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エレメント診療所へようこそ

●1人 ●40分程度

●あらすじ

記憶を失った元素「ランタン」がエレメント(元素)診療所を訪ねる。診察を受けるうちに、ランタンの秘密が明らかに…。ヒロシマと原爆、核兵器についての元素の告白。

●キャスト

ランタン

●台本(全文)

舞台中央がぼんやりと明るい。

客席に向かってイスが一つ。

その後ろにはスクリーン。

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下手より(または客席から)ランタン登場。手には四角いランプ。

♪「上海の花売り娘」を口ずさみつつ。

ランタン ♪「あ〜かい〜ランタン ほのかにゆれるぅ〜 宵のシャンハァ〜イ 花売り娘ぇ〜 誰のかたみぃ〜かぁ〜 かわいい耳輪ぁ〜 アア、アンアン」と。

ふと立ち止まり、客席を見て。

ランタン ランタンって知ってます?(間)…う〜ん、知らないかなぁ〜。今どきの人たちは。(手に持ったランプを持ち上げて)こういう感じの角ばったランプのことなんですけどね。(ランプを揺らしながら)いいでしょ、なかなか。雰囲気があって。

ランタン、再び曲の頭から歌い出す。

ランタン ♪「あ〜かい〜ランタン ほのかにゆれるぅ〜」…。

ランタン、また、客席に向かって。

ランタン ああ、でも、この歌。「上海の花売り娘」って言うんですけど、この歌に出てくる「紅いランタン」っていうのは、(手に持ったランプを持ち上げて)こういうのじゃなくて、いわゆる中国提灯って言われてるやつなんですよ。紙で出来た丸いの。…知らないかなぁ。…知らないですよね…。

ふと、思い出したように。

ランタン 確かヒロシマかナガサキに、ランタン祭りとかランタンフェスティバルとかってのがあったような気がするけど…。それが提灯のほうのランタンなんですよ。提灯いっぱい並べてね、綺麗らしいですよ。中華街のお祭りかなんかですかね…。(考え込むような仕草で)どっちだったかな、ヒロシマだったかなぁ…、ナガサキだっけかなぁ…。(間)まっ、いいか、そんなことはどうでも…。(間)もし、興味のある方がいたら、ネットででも検索してみて下さい。他にもいろいろ出てくるはずだから…。

少しわざとらしい仕草で。

ランタン ああ、そうだそうだ。ついでだから言っとこうかな。申し遅れましたが、なにをかくそう、この私もランタンって言うんですよ。…名前が。ランタン。でね、ランタンはランタンでも私の場合はちょっと違ってて、つまりどこが違うかと言うというとですね、そもそも根本的に違うんですよ。ランプとか提灯とかはただの照明器具でしょ。ですが私の場合はですね…(ふと照れて)エヘへ。アレッ。なんか無理矢理自己紹介してるみたいな格好になっちゃってます? エヘヘヘ。(ランプを床に置いて)こういうのなしで、ダイレクトに自己紹介したほうがよかったですかね。歌とかもなしで。スミマセンねぇ。難しいですよね、自然なアピールのしかたって…。(間)で、どうですか? 知ってます? ランタン。ランプとか提灯以外に。

ランタン、客席を見渡す。

ランタン やっぱり知らないか…。知らないですよね、私のことなんか…。(打ち明け話をするような感じで)実はね。私、元素なんです。

間。

ランタン ほーら、やっぱり知らない。へぇ〜って顔してる。…やっぱダメだな。マイナーな元素は…。アーア、いいよなぁ〜、鉄とかって。「オレ鉄。ヨロシク!」って言えば、子供にだって通じるもの。…あいつは用途が広いから得だよ、まったく…。…それにひきかえ私ときたら…。(間)だって、わかんないでしょ、ランタンが何に使われてるのかなんて…。…正直、自分でもよくわかんないし。(間)アーア、なんか違う元素になりたかったなぁ〜。…たとえば金とか。いや、金とは言わないまでも銀、…せめて銅くらいは…。(ブツブツと)なんかオリンピックの選手みたいなこと言ってるな…。まぁ、メダルはあきらめるとしても、どうかなぁ〜、アルミニウムとかはダメかな。(客席に)なんかカッコよくないですか、○○ニュームって。いかにも元素です、みたいな感じがして。結構あるんですよね、ニュームのつく元素。ゲルマニュームでしょ、アクチニュームでしょ、ルテニュームなんてのもいるよな。どうせ用途不明なら、私もせめて名前くらいはランタンニュームとかにしてもらえないかな。それならある程度納得できるんだけど…。

ハッと思いついて。

ランタン アッ、でもさぁ、逆にスズなんてのもよくないですか。かわいいし、覚えやすいし。「スズちゃん」「アーイ」ってなノリで。うんうん。それもいいな。「スズちゃん」「なにぃ〜」「スズちゃんこっち向いてぇ〜」「スズちゃ〜ん…」

ランタン、ひとりでゴキゲン。が、客席からヤジられたらしい。

ちょっとムッとして。

ランタン わかってますよ。そんなこと。どうせ私はかわいくないですよ。わかってますってば! じゃあ、ホントのこと言います! ホントは前々からなりたい元素ナンバーワンがあるんです。もしなれるんならコレだっていうのが。(もったいぶった感じで)わかります? わかんないだろうな。(客席と適当にやりとりしている感じで)…違います。それじゃない。エッ? ネクタリン? それ元素じゃないよ。ダメだな。出そうもないな…。ジャジャーン! では、発表しまーす。なりたい元素ナンバーワンは、マンガンで〜す!(間)あれ? 反応悪いな…。ダメですか?マンガン。(客席からの声に反応する感じで、手を横に振りつつ)ヤクマンのほうがいい? それ麻雀の話でしょ。そういうんじゃなくってね。元素ですよ元素。元素のマンガン。カッコいいでしょ。音が。ガンマンみたいで。…私ね、どういうわけか西部劇が大好きなんですよ。だから、荒野のガンマンならぬ、荒野のマンガン! (銃を撃つマネをしつつ)バキューン、バキューン。フ〜。(ピストルの銃口から出ている煙を吹くような仕草)街のならず者をアッという間になぎたおす、西部のヒーロー。どうです? キマッテルでしょ。

ランタン、ポーズ。ひとりで納得。が、再び客席からヤジられたらしい。

ちょっとムッとして。

ランタン エッ? 駄洒落? ええ…まぁ、駄洒落って言えば駄洒落ですけど…。でもちょっと似てるでしょ、ガンマンとマンガン。だから、ガンマンがダメなら、せめてマンガンになってみたいなぁ〜っていう、そういうけなげな夢、それくらいは持ったっていいじゃありませんか。だって私には…。

ランタン、客席から舞台中央に目を移す。

ちょっと真剣な顔になって、中央に近づき、(ゼスチャーで)ドアをノック。ドアを開け、部屋の中に入り。

ランタン 失礼します。

ランタン、お辞儀をしてイスに腰掛ける。

(これ以降、ランタンは、正面(客席側)にいる医師と会話している感じになる)

ランタン アッ、ハイ、名前ですか…。ランタンです。原子番号五七の…。…エエ、そうです。元素名ランタン。そのランタンの一原子です。(恐る恐る)…先生ご存じですか? 私のこと…。

正面を見つめて、間。

ランタン ア〜よかった! さすが先生だ。私のこと知ってるだなんて。イヤァ〜驚きました。正直うれしいです。(やや調子に乗って)♪「あ〜かい〜ランタン ほのかにゆれるぅ〜 宵のシャンハァ〜イ…」この歌ね、テーマソングにしてるんですよ。なんとかみんなに私のこと覚えてもらおうと思って…。イイ歌でしょ。イイ歌ですよね。三番まであるんですけど…。

ランタン、立ち上がって歌おうとするが、医師にとめられたらしく。

ランタン …あっ、そうですか。もういいですか…。そうですよね。診療所ですもんね。大きな声で歌なんか歌っちゃマズイですよね…スミマセン。(イスに座り)…あのぅ、それにしても先生、ここって「エレメント診療所」って言うんですよね。エレメント…、つまり元素を専門に診てるってことでしょ。珍しいですよね、元素専門なんて…。でも、よかったです。地獄に仏です。こんな診療所があったなんて。(間)…けど、儲かるんですか? こういうのって。(部屋を見回すような感じで)なんだか、かなりさびれてるような気もするんですけど…。アッ、ゴメンナサイ。私、患者ですよね。患者は患者らしくしないと…。

ランタン、姿勢を正す。

医師の問診が始まったらしい。

ランタン、ときどきうなずきつつ。

ランタン ハァ…。どうしたか?…。アア、症状ですか。え〜っと、それが自分でもよくわからないんです。よくわからないって言うのは、つまり…。自分のことがわからなくて…。…イエ、そういうんじゃないんです。今の自分がわからないんじゃなくて、過去の自分が…。記憶? …エエそうです、そのとおり。要するに記憶がないんです。自分が何をしてたのかがまるっきりわからなくて…。しかも思い出そうとすると、きまって胸が苦しくなるんです。こう、なんて言うか、しめつけられるような、息苦しいような、そんな感じです。…頭? イエ、頭は別に…。胸です。胸の奥のほうがうずくんです。…あと、なんだか気が重いですね、ふだんでも一人でいると。

ランタン、医師の言葉に耳を傾ける。

ランタン ええ、ハイ。…そうですね。思い出そうとしなければ別に苦しくはありません…。でも先生、どうしたって、ふと考えちゃうもんじゃないですか、そういうことって。…でしょ。だってどこで何をしてたのか、全くわからないんですもの…。気になりますよ。ひょっとしたらすごくイイ思い出かもしれないし…。(間)まぁ、たぶん、ごくフツーのことしかしてなかったとは思うんですけどね…。なんたってランタンですから…。

間。

ランタン それにしたって、やっぱり自分の過去って知りたいもんですよ。昔があるから今があるんだもの。…なのに思い出そうとするたびに苦しくなるなんて…。先生、一体、私はどうしちゃったんでしょう?

間。

医師から指示があったらしい。

ランタン 口? 口ですか? 口を(上を見て、口を大きく開け)…こうれ(で)すか?

間。

ランタン (口を開けたまま)へんへー(先生)、こんなことひ(し)て何かわかるんへ(で)すか?

間。

ランタン (口を開けたまま、うなずきつつ)はぁ、ほ(そ)うなんれ(で)すか。ほ(そ)れはひ(し)らなかった…。

間。

ランタン (元の姿勢に戻って)ア〜、アゴはずれるかと思った…。しかし先生、口のなか見ただけで私のことわかるなんてすごいっすね。一体、何が見えるんですか?

うなずきつつ間。

ランタン なるほどぉ〜。私の。原子の中身を見るわけですか。つまり原子の中心にある原子核を見るんだ…。なるほどぉ〜。…でも、原子核を見たって、私がランタンだってこと以外、わからないような気がするんですけど…。…何かわかるんですか? それ以外にも。

間。

ランタン 記憶? 原子核の記憶…ですか…。へぇ〜、そんなものがあるんだ…。…やっぱり先生のところに来てよかったです。…で、何かわかりました?

間。

先生に質問されたらしい。

ランタン えっ、熱? 熱、ですか? …いやぁ〜、あんまり覚えてないですねぇ〜。少なくとも最近はないです。熱を出したなんてことは…。

間。

また先生に質問されたらしい。

ランタン ハァ? カゼ? いや、ありません。カゼなんかひいたことは…。エッ? 違う? カゼをひいたかじゃなくて、カゼをおこした覚えがあるか? …どういう意味ですか?

間。

ランタン (うなずきつつ)ええ、ええ…。…ああ、そうなんですか。私の原子核の記憶の中にそんなものが…。いや、まったく身に覚えがありません。どの程度の熱とカゼなんでしょう…。エッ! 摂氏数百万度の熱? 音速より速い衝撃波? まさか! 私がそんなにすごい元素のわけないじゃありませんか。私はただのランタンですよ。

間。

ランタン もう少し詳しいことを…? エエ、わかりました。

ランタン、再び、上を向いて口を開ける。

間。

ランタン (元に戻って)オエェ〜。ウ〜。今の苦しかった。ああ、気持ち悪い。…あの、先生。熱とかカゼのことはちょっとわからないんですけど、今、口を開けてたら、吐きそうになっちゃって…。これってひょっとして、胃がどうにかなってるんじゃないでしょうか。神経的なものって胃にくるって言うじゃありませんか。思い出せずに悩んでるうちに胃潰瘍になったとか。そういう可能性ありませんかね。…アッ、ゴメンナサイ。こういうのいけないんですよね。患者が勝手に病名とか言ったりするのって。そういうの、先生ってすごくイヤがるんですよね。

間。

ランタン アッ、そうですか。よかった、イイ先生で…。じゃあ、まず胃を調べて下さいませんか。できればレントゲンとか…、そういう検査お願いしたいんですが…。

間。

ランタン ヤダな、先生。なに笑ってるんですか、急に。私、なにか変なこと言いました? アッ、ひょっとして、ここ、そういう機械がないとか? …イヤァ〜これは失礼しました。(間)エッ? 違う? そういうんじゃなくって…バリウム? ああ、バリウムをまず飲むんですか。いいですよ。こうなったら何杯でも飲みますよ!

間。

ランタン ヘッ? 飲む必要はない? レントゲンも必要ない? (うなだれて)…シクシクシク。それって診療拒否ってことですか? イイ先生だと思ってたのに…。(ブツブツと)いいじゃないですか、患者がそうしてほしいって言ってるんだから、けちけちしないでレントゲンくらい…。シクシクシク。

間。

医師が説明を始めたらしい。ランタン、顔をあげ。

ランタン …そうじゃなくて? 元々がバリウムなんだからバリウムを飲む必要はない? 元々バリウム? 誰が? …私? 私がバリウム? またまたまたぁ〜。先生ったらもう、冗談ばっかり。私はランタンだって言ったでしょ。♪「あ〜かい〜ランタン ほのかにゆれるぅ〜」

ランタン、歌をさえぎられたらしい。

ランタン スミマセン…。でも、先生が私のことバリウムだって言うから…。

説明を聞きつつ。

ランタン ホントに? マジで? 私が? 私、バリウムだったんですか?

説明を聞きつつ。

ランタン …バリウム。放射性の? …ますますわからなくなってきた。何ですかホウシャセイって。(間)…本当ですかそれ。私はランタンじゃなくて、バリウム。それも放射性のバリウムだったって言うんですか…。(間)エエ、エエ、エエ。で、放射線を出して、ランタンになった、と。(間)…あの、ホウシャセンっていうのもよくわかんないんですけど…。

医師が説明を始めたらしい。

医師の話にあいづちを打ちながら聞き入るランタン。

ランタン エエ、エエ、たとえば…。ハイ。たとえば何ですか…。(間)たとえば、お出かけをするときに付けていくアクセサリーが決まらなくて悩むとき…、エエ、まぁ、あるかもしれませんね、そういうことも…。で。…アア、ハイハイ。イヤリングを付けてみたり、スカーフをとってみたり、エエ、まぁ、あるかもしれませんね、そういうことだって…。エエ、エエ、エエ。…そうこうしているうちに人が変わる? つまりはそういうこと。…なんですかそれは? いろいろ付けたりはずしたりしているうちに、最終的に気持ちが落ち着いてきて、そわそわしてた以前の自分とは別人になる? …なんか、かえってわかりにくいんですけど…。そのたとえ話…。

間。

ランタン エエ、ハイ。…つまり放射性物質っていうのは、そわそわした状態にある物質のことで…。ハァ…。(間)それが落ち着こうとして、あれこれしているときに出てくるのが放射線なわけですか。(間)で、その「あれこれしてる」ってのは具体的に言うと何してるんですかね?…(間)原子核の中の陽子や中性子の数を加減する。(間)…ハァ、なるほど。安定した状態になるためには、陽子や中性子を出したり入れたりして全体の数を合わせなきゃなんないわけですか…。で、その作業中に出るのが放射線…。で、最終的に落ち着いたときには、陽子の数が変わって、…つまりは別の元素になっちゃうってこともあるってわけですか…。(間)そんなこんなで、私の場合は、元々は原子番号五六のバリウムだったんだけど、なんだかんだやってるうちに原子番号五七のランタンになった、と。

間。

ランタン う〜ん。なんだかにわかには信じられない話ですけど…。(ひとりごとのように)そう言われてみると、そんな気がしなくもない…。もしそうだとしたら、昔のこと覚えてないのも当然だよな…。だって、別人になっちゃったわけだもの…。

間。

ランタン バリウムねぇ…。元バリウムだった私が、今さらバリウム飲ませろとか、レントゲン撮ってくれとかって、そりゃ変ですよね。確かに。…先生、ちなみに、あの飲むバリウムってのは、あれもやっぱりバリウムなんですよね?

間。

ランタン …ハァ。硫酸バリウム。正確には。…そうですか。化合物。…じゃああれは落ち着いてるバリウムってわけですね。(間)なるほどなるほど…。なんだかちょっとずつわかってきました…。

腕組みをして。

ランタン それにしても、元々はバリウムだったとは…。(間)バリウム。う〜ン。バリウムねぇ〜。まっ、ニュームじゃないけど、バ・リュームだからな。ランタンよりはイケてるよな…。

間。

ランタン、だんだん元気になり。

ランタン あっ、そうだ、先生。もっと見て下さいよ。それで、私がバリウムだった頃のこと詳しく教えて下さいよ。ねぇ、早く早く!

ランタン、自らすすんで口を開ける。

ランタン ふぃ〜。たのひみィ〜。(フヒィ〜。楽しみぃ〜)

間。

診察を受けているらしい。

診察が終わったらしく、口を閉じて、前を向き。

ランタン (ワクワクした感じで)どうでした? (間)…なんなんですか、ヤダなぁ〜。もったいぶらないで下さいよ。ねぇ、教えて下さいってば。

間。

ランタン ヘッ? 実はバリウムじゃない? 先生、私のことからかってるんですか! さっきバリウムだったって言ったばっかりじゃありませんか。その舌の根も乾かないうちに…。(間)エッ? バリウムの前がある? バカ言っちゃいけませんよ。いくらなんでも、そんなにコロコロ変わるわけないでしょ! サイコロじゃあるまいし! (ジロリと見て)まさか今までの話、全部ウソなんじゃないでしょうね。(ジロジロ見て)…アヤシイなぁ〜。もぐりの医者じゃないの、ひょっとして。…まぁ、いいや。もういいです。じゃ、どうも。

ランタン、立ち上がって、帰ろうとする。

が、医師に何か言われたらしい。ピクリと立ち止まって。

ランタン 今、なんておっしゃいました?

ランタン、振り向き。

ランタン …ウラン。ウランですか。今、先生、ウランとおっしゃいました?

ランタン、イスに座りなおし。

ランタン ウランって、あのウランですか! 自然界の元素の中で最も重く、最も大きな原子番号を持つという、あのウランですか! 私が、そのウランだったって言うんですか!

間。

ランタン 私がウラン。まさか…。信じられない。それって動物で言えばライオンとか虎とか、そういう感じですよね。…マジですか。マジ、ウランだったんですか。

間。

説明を受けているらしい。

ランタン 二三五? …ウラン二三五? それが私の本当の名前なんですか。…二三五か。(ちょっと考え込んでから、顔をあげ)…ところで、二三五ってなんなんですかね?(間)エエ、エエ。なるほど。質量数。(間)ヘェ〜。ウランにもいろいろあるんだ…。二三八とか二三四とか…。フ〜ン…。(間)で、ウランの九九パーセント以上が二三八で…。エッ! 二三五は〇・七パーセント! エエ〜ッ。それじゃ、私、メチャメチャ少数派じゃないですか。大丈夫なんですか、そんなに少なくて。

間。

ランタン けど、一番割れやすい? …割れる? こりゃまたわかりにくいことおっしゃいますね。割れるってどういうことですか? (間)ブンレツ? カク? 核分裂? あの、もうちょっとわかりやすくお願いできます?

間。

ランタン たとえば、エエ、エエ。たとえば、ここにチョコレートがあったとして…。今度はチョコレートですか…。いいでしょう。で、チョコがどうしたんですか。エエ、エエ。板チョコですね、板チョコ。エエ、エエ。それをパキンと半分に割ると…何になるか? ハァ? そりゃチョコでしょうよ。チョコはいくら割ってもチョコですよ。…違う。また、違うんですか。じゃあ一体何になるんですか? ハァ? アメとかガムに?(ガクッとなって)先生! 先生も一応、先生と呼ばれてるほどの方なんだから、あんまり変なことばっかり言ってると…。

間。

医師に話をさえぎられたらしい。

医師の話に聞き入るランタン。

ランタン …エエ、エエ。それはマクロの世界の常識。大きな世界ではあり得ないことだけど、ミクロの世界では、チョコが半分に割れると、アメとガムになる…。ホントですか、それ。割れただけで? (間)さっきの話? ええ、覚えてますよ。(間)アクセサリーを付けたりはずしたりしてるうちに、人が変わるって話でしょ。だから私はバリウムからランタンに…。そうか! そうですよね。そんなことくらいで別人になるんだもの、半分に割れたら、そりゃ全然別のお菓子になったっておかしくはないですよね。(納得して)そうか、そうか。ウラン二三五っていうチョコが半分に割れて、割れた半分がバリウムになったんだ!

間。

医師にほめられたらしい。

ランタン イヤイヤ、そんな。先生の説明がお上手だからですよ。ハッハッハッ。ちなみに、あとの半分はどうなったんですかね? (間)クリプトン? へぇ、知らないなぁ〜そんなヤツ。なんだか紅茶みたいな名前ですね。ハッハッハッ。イヤァ〜、しかしスッキリしましたよ、先生のおかげで。そうか、ウランか。ブンレツしてねぇ〜。えっと、核分裂でしたっけ。それでバリウムになったのか…。つまりは、あれですよね、先生。核分裂でバリウムになったのも、そのあとランタンになったのも、同じことなんですよね。

間。

 ランタン 違う? 違うんですか? でも、別物になっちゃうわけだから…。

間。

ランタン まず第一に。…エエ、何ですか。勢いが違う。(間)ああ、なるほど。それはわかります。パキンと割れるのと、あれこれアクセサリーに迷うのとじゃ、確かに…。(間)エエ、エエ。はぁ、そうですか。勢いが違うと、全然パワーが違ってくるわけですね。出てくるエネルギーが。熱とか放射線とかそういうのがね。エエ、エエ。ヘェ〜。で、第二に。…続いちゃう。ハァ? どういうことでしょうか?(間)割れたときにカケラが飛び散る…。エエ、そりゃ板チョコですからね。少しはカケラが飛び散ることもあろうじゃありませんか。(間)で、それが近くにあった別の板チョコに当たって、別の板チョコも半分に…。ハァハァ。それじゃ近くにあった板チョコはみんな割れちゃいますね。…ああ、それが続くってことですか。ホウホウ。連鎖反応。フ〜ン…。つまり、一枚が割れたら、まわりも一斉に割れて、それが全部アメとガムになっちゃって、割れた勢いで熱は出るわ、放射線は出るわ。そんなこんなで、大騒ぎになるってことか…。すごいな核分裂は。

間。

少し興奮気味のランタン。やや冷静になり。

ランタン じゃあ先生。さっきウラン二三五のことを「一番割れやすい」って言ったのは、つまり、ウランの中で一番核分裂しやすいってことなんですね。

間。

医師にほめられたらしい。

ランタン でも、そんなに割れやすいんじゃ、世の中からウラン二三五ってすぐになくなっちゃうような気がするけど…。(間)ああ、そうか。少ないからね。ああ、なるほど。まわりに割れやすいウラン二三五がいっぱい集まってなければ、たとえどれか一枚が割れたとしても、反応が続かないわけだ。つまり連鎖反応は起こさないってことだ。…ウラン全体の〇・七パーセントだもんな。そりゃそうだ。

間。

ランタン あれ? でも、そしたら、先生。どうして私は割れちゃったんですかね? それって確率の問題ですか? たまたま遠くから飛んできたカケラが当たったとか、そういうことなのかな? あれぇ〜、でも、そういうのって、鉱山とかの岩石の中で起こることじゃないのかなぁ〜。…先生、その辺、どうなんでしょうか?

少し長い間。

ランタン 先生、なんで黙っちゃうんですか。私、なにかいけないこと言いました? ねぇ先生、なんとか言って下さいよ。(間)…あれ、先生、顔色悪いですよ。どうかしました? エッ、大丈夫。…そうですか。ならいいけど…。

間。

ランタン コンゴ? コンゴってなんです? 国? アフリカの。へぇ〜。で、それがなにか? エッ。私が? コンゴ生まれ? 私、コンゴ生まれなんですか! いやはや、今日は本当に驚きの連続だなぁ〜。コンゴ生まれのウラン二三五か…。すごいところにルーツがあったんだ…。(間)それじゃ、私、なんで今、こんなところにいるんですかね。不思議だなぁ〜。

間。

ランタン アメリカ? 今度はアメリカですか。エエ、さすがに知ってますよ。アメリカくらいは。エエ、エエ。コンゴで採掘されて、船でアメリカに運ばれた。で…テネシーの工場で濃縮された、と。…ふ〜ん。(ちょっと考え)ノウシュクってなんですか?

間。

ランタン ああ、他のウランと一緒に石の中に混じってた私をね…。ウラン鉱石の中から取りだしたってことですか。へぇ〜。なんのためにそんなことを…。(間)アッ、わかった! わかりました。つまり、割れやすくするためでしょ。…わかりますよ、それくらい。濃縮して、板チョコ同士を接近させて、割れやすくしたんだ。(間)でも、なんでそんなことする必要があったんだろ。結構手間なんじゃないですかね。そういう作業って。お金もかかりそうだし…。

間。

ランタン 二〇億ドル? 今に換算すれば二兆円! すごい額じゃないですか! 私を分裂させるためにそんなにお金を使ったんですか。…いや、光栄って言うか、なんて言うか…。…あの、これはちょっとした推測なんで、見当違いだったらゴメンなさい。(控えめな感じで)そんなにお金をかけてまで、私を分裂させたかったってことは、…ひょっとして、私が分裂すると人間にとっていいことがあったりするんですか?

間。

ランタン ヤバ! 先生、ますます顔色が…。先生、倒れないで下さいよ。(間)エッ? エエ、エエ。ああ、なるほど。エネルギーをね。そうか、そうですよね。エネルギーを利用したかったんだ。そうかそうか。これですべてわかりました。最初に先生が、熱とカゼって言ったのは、そのときの核分裂で出たエネルギーのことだったんですね。で、そのときっていうのは具体的に言うと、どんなだったんですかね? そのとき私の出したエネルギーは何に使われたんですか?

スクリーンに、爆弾のシルエットが浮かぶ。

ランタン これが何に見えるか、ですか? …うーん、そうだなぁ〜。子供用のスカートを無理矢理はいて、ウエストがきつくて思わず倒れたオバQ? …冗談ですよ、冗談。…魚? 違いますか…。

スクリーンに三角形。まんなかあたりに×印。

ランタン 何だろ。難しいなぁ。小人の帽子にくっついた虫? 違うな。絶対違う…。…うーん。

スクリーンにキノコ雲の形。

ランタン アア、これはわかる。キノコですよね、キノコ。これは簡単だ。

間。

ランタン 何か思い出さないかって? いえ、別に…。で、答えは何なんですか?

スクリーンに、一枚目、爆弾のシルエット浮かぶ。

ランタン (真剣な表情で)…最初のは爆弾。爆弾って、あのドカーン、メラメラ〜の爆弾ですか? …ひょっとして私、爆弾だったんですか?(間)リトルボーイ? それが私の名前ですか? 私は人間にそう呼ばれていたんですね。リトルボーイと。…そうか、人間は私のエネルギーを爆弾にして使ったのか…。(ランタンうなづき)なるほどね…。そういうことか。これですべてが腑に落ちました。さすが先生。名医ですね。で、二枚目は?

スクリーンに、二枚目の絵。

ランタン 投下地点。…ああ、私を爆発させた場所か。(スクリーンを見つつ)ここ、どこなんですか? …ヒロシマ? ああヒロシマね。てことは、私は、コンゴで掘り出されて、アメリカに運ばれて、テネシーで濃縮されて…。

間。うなずきつつ。

ランタン …なるほど。ロスアラモス。荒野の街。すごい! 西部劇みたいだ…。そこで爆弾になって、それから、いったんバラバラにされて…。バラバラ? シークレット? 極秘任務だったんですね! なるほど、なるほど…。で、船でマリアナ諸島のテニアンに。ほぅ〜。そこでもう一度組み立てられて、飛行機でヒロシマへ。う〜ん。すごい! 地球半周以上してるじゃないですか。

スクリーンに三枚目の絵。

ランタン じゃあ、これは? キノコ雲? 雲ですか。へぇ〜。変わった形ですね。(間)エッ。爆発したときの? 私が? 雲ができるんだ、私が爆発すると…。そっかぁ〜。(間)あの、先生。もうちょっと具体的なことわかりませんかね。なんだか、こういうイラストだけじゃ、どうもピンとこないんですよ。イメージがわかないって言うか…。(間)エッ? これ以上は知らないほうがいい? そうかなぁ〜。爆弾だったんなら、爆弾でいいんですよ、別に。少なくとも、私は、役立たずの原子じゃなかったってことでしょ。正直、それがうれしいんですよ。爆弾というれっきとした製品であったわけですから。…だから、もうちょっと具体的なことを知りたいんですよ。そして、記憶の空白部分を埋めたいんです。わかるでしょ、先生、この気持ち。投下されたのっていつのことですか?

医師、しぶしぶ話しはじめたらしい。

ランタン 昭和二〇年八月六日。…あの、それって、戦争かなんかのときだったんですか? それとも実験? ああ、やっぱり戦争か。(間)日本とアメリカの。…で、どうなったんです? アア、アメリカの勝ち。…私が爆発して九日後。ふ〜ん…じゃあ私も少しは役に立ったのかな…。

間。

ランタン アアッ、先生どこ行くんですか! ここまで話しておきながら、肝心なところだけ言わないなんてズルいですよ!

ランタン、目で上手に立った医師を追う。

そこにはドアがあるらしい。

ランタン 何ですか先生。どうしてドアを…。

うめき声のような泣き声が、ドアの向こうから聞こえてくる。

ランタンも立ち上がってのぞきこみ。

ランタン 泣いてる…。誰ですか彼は?

間。

ランタン ファットマン? 彼は何で泣いてるんですか? …プルトニウム? 彼はそういう元素なんだ…。(首をかしげ)…プルトニューム…。ニュームか…。…でも、そんな元素ありましたっけ…。(間)エッ? 人工的に作られた? 人間が作ったんですか、彼を? そういうことできるんだ、人間って。(間)…彼も? 彼も爆弾だったんですか…。で? エエ、エエ。ナガサキに…。私の三日後…。

間。

ランタン ? 私と逆? どういうことです?

間。

ランタン 忘れられない? …彼は自分のしたことが忘れられずに、ああして毎日泣いているんですか…。(間)だから思い出さないほうがいい、…先生はそうおっしゃるんですね。…つまり、思い出せば、私もあんなふうに泣いて暮らすことになると…。

ランタン、イスに戻る。

医師がドアをしめたらしい。泣き声消える。

ランタン どうしようかな。そんなふうに脅かされると、気が引けちゃうな…。…まぁ、確かに爆弾だったわけだし、戦争で使われたってことは、…たぶん私のせいでヒロシマの人が傷ついたり、死んだりしたんだろうけど…。(間)でも、戦争だもんなぁ…。お互い様じゃなかったのかなぁ…。…そういうもんでしょ。戦争って。違いますか? 先生。

間。

ランタン カクヘイキ。…私や彼のことを人はそう呼ぶんですか。カクヘイキと…。

迷うランタン。

やがて、顔をあげ。

ランタン 先生。やっぱり、知りたいです。私、ここに来て、今まで知らなかった自分のこと、いろいろ知ることができて、すごくよかったと思ってます。けど、まだ、自分では何も思い出せてないんです。(間)…たぶん私は、自分で自分の心にフタをしてしまっているんじゃないでしょうか。思い出すのが怖くて…。でも、そのフタのせいで、私はいつも心が重いんです。それは、ファットマンが泣いて暮らしていることに比べれば、大したことではないのかもしれません。だから、このままフタをしたままでいたほうがいいという、先生の言葉もわからないではありません。…ですが、先生。それでも私は私のしたことを知っておくべきだと思います。もしそれがひどいことだったとしても…。いえ、そうであるならなおさら、私はそれを思い出したいんです。でないと、私は、いつまでたっても、私自身の言葉で謝ることすらできません。教えて下さい。お願いします!

ランタン、頭を下げる。

ゆっくりと頭をあげ。

ランタン ありがとうございます。…ええ、覚悟はできていますから。

間。

医師が下手より何かを運んできたらしい。

ランタン、目で追いつつ。

ランタン 何ですか、それは?

間。

ランタン 眼底写真撮影。ガンテイ…。目の奥を…。撮影するんですね。…私の目の奥…網膜に焼き付いている光景を、それで写しとる…。…わかりました。お願いします。

ランタン、カッと目を見開く。

ピカッとフラッシュが光る。

ゴーッという地鳴りのような音。

続いてキノコ雲の写真がスクリーンにうつる。

ランタン …これが…キノコ雲。

続いて、泣き声や、燃える音、倒れる音、割れる音などが流れる中、

フラッシュが光るたびに、原爆投下後のヒロシマの風景が次々とスクリーンにうつしだされていく。

画面が変わるたびにランタン、目を見開いたままで、うめくようにつぶやく。

ランタン …これは…。

ランタン ……。

ランタン …こんな…。

ランタン ……。

ランタン アア…。

ランタン、イスから転げ落ちる。

胸を押さえながら。

ランタン 先生、苦しいです…。先生…何かクスリを…。いや、水。水がいい…。先生、水を…。ミズヲクダサイ…。

ランタン、ドキッとして顔をあげる。

呆然として。

ランタン ミズヲクダサイ…。アア、思い出した…。ミズヲクダサイと言っている…。あの人も、あの人も…。ボロボロになった人たちがドウカミズヲクダサイ…と。

ランタン、突っ伏して泣く。

ランタンに当たっていた照明消え、スクリーンのみ。

スクリーンには、水爆実験の映像・記事、その他、戦後の核兵器に関するものが映し出される。

間。

沈黙。ランタンにスポット。

しばらくして、ランタン立ち上がり。客席に向かって話しはじめる。

ランタン …私は自分が何者であったかを知りました。…自分が何をしたかも。…本当にスミマセン。…許して下さい。

ランタン、頭を下げる。(しばらくの間)

が、

ランタン、ふと何ごとかを思いついたように、パッと顔をあげ、

ランタン …いやダメだ。許さないで! 私を許しちゃいけない! 私は、人が人を踏みにじる究極のやり方、最悪の方法を、皆さんの目の前に突きつけました。私は、人間が一番見たくなかったものを、はっきりと見える形にしてしまったのです。だから、皆さんの心のなかになんとも言えないイヤな感情が沸き上がるのは当然のことなのです。私のことを、…核兵器のことを考えるときに。…けれど、そのなんとも言えないイヤな感情こそ、皆さんの正しさの証(あかし)であると私は思います。皆さんが感じる、その生理的な嫌悪感だけは、たぶんどんな大義名分をもってしても覆い隠すことはできないでしょう。ですから、皆さん。お願いです。私のことを、私がしたことを、どうかいつまでも憎み続けて下さい。
「ユルサナイデ」…それが私からのたったひとつのお願いです…。

ランタン、深くおじぎ。

暗くなって。(幕)

【備考】

原爆資料については、広島平和記念資料館・広島平和文化センターで借りることができると思います。

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館にも、いろいろ資料があるようでしたが、貸し出してくれるかどうかは不明です。

【参考文献】

『夏雲〜広島女学院原爆被災誌』改訂版、広島女学院教職員組合平和教育委員会編集、一九七六年

『ドイツの原子力物語幕開けから世紀をこえて』P・アウアー著、外林秀人・外山茂樹訳著編、ITI総合工学出版会、二〇〇三年 他

【引用】

「上海の花売り娘」川俣栄一作詞、上原げんと作曲

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