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パンデミック〈エピソード3〉~一応、世界が終わるとき~

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●7人 ●45分程度

●あらすじ

エピソード2の約1カ月後の話。ワスレ草の秘密を解いた博士は、抽出したエキスを王様に。しかし、王様がそれを口うるさい大臣に飲ませたため…。

●キャスト

王様
大臣
エル・ピロテ
博士
付人A
付人B
付人C

●台本(全文)

お城。

王様の部屋。

王様が寝そべっている。

ノックの音。

王様、寝そべったまま動かない。

再びノックの音。

上手より、大臣の声。

大臣声 王様。いらっしゃいますか、王様! いらっしゃるんでしょ!

王様  …。

大臣声 いらっしゃいますよね。入りますよ。(ノブを回す音)失礼します。

大臣、上手より。

寝そべっている王様を見て。

大臣  アーア…なんですか、その格好は。早く着替えて下さいよ。

王様  今日は休みだろ?

大臣  そんなわけないでしょ。八時からは隣国の使節団との朝食会があって…。(時計を見て独り言のように)アーもう三〇分しかないじゃないか…。(上手に向かって)オイ、服だ服。ベテロン王の服をご用意しろ! 急げ。

王様  食事って、一人じゃダメなの?

大臣  ダメですよ。もう用意がととのってるんですから。

王様  でも、知らない人と食べるのヤダな。話もないし。…気まずくない?

大臣  適当にうなずいたり相づちうってればいいんですよ。むこうだって大人なんだから、いきなり「どっちの足がくさいか勝負しましょう」とかそんなこと言ってくるわけないんだし…。王様だって、わかってるでしょ。大体「本日はお招き頂きありがとうございます」から始まって、型どおりに終わるんですよ。いつものことなんだから…。

王様  でも、つまんないよ。

大臣  いいんです。つまんなくて。そういうもんなんですから。(上手に)オイ、まだか。早くしろ! (王様に)アッ、でも、もし、エルベ川の下流に橋をかける話が出たら、それには答えないで下さいよ。あそこに橋がかかると隣国の要塞からこの城までは一直線。防衛上好ましくない…。まっ、そこまで突っ込んだ話はしてこないと思いますが念のため…。

王様  …食事が終わったらどうすんの?

大臣  九時から使節団とともに観劇です。

王様  カンゲキ? 朝から? 何観るの?

大臣  王立歌劇団によるオペラ「王国バンザイ、王様バンザイ」です。

王様  エ〜。また、アレなの。いいよアレ。おもしろくないんだもん。…もう何回も観てるし。

大臣  急に演目を変えるわけにはいきませんよ。

王様  でもさぁ、(オペラ風に)「バンザーイ♪ すばらしい国ィ〜♪」とかやられてもさぁ。

大臣  我慢して下さいよ。国同士のつきあいなんですから。

王様  だってくだらないんだもん。それに、アレ観てると急激に眠くなっちゃうんだよね。…寝ててもいいかな? できれば横になって。

大臣  いい加減にして下さい! 知ってるんですよ、私は。昨日の演奏会だって、途中でうつらうつら船をこぎ出したでしょ。そばで見ててハラハラしどおしだったんですからね。いいですか、王様。王様は国の顔なんです。いつもみんなが王様を見てるんです。人前に出たときは、頭のてっぺんからつまさきまでシャキッとさせて、自分は王様なんだってことを一時(いっとき)だって忘れちゃいけないんです。臣下に威厳を示し、民から尊敬される、そんな王様を目指して下さい。…使節団の前で寝ようなんてとんでもない。王様が笑われるってことは、この国が笑われるってことと同じなんですよ。

王様  だって興味ないんだもん。

大臣  だーかーらー。さっきも言ったでしょ。国と国とのつきあいなんですよ、つきあい。

王様  別にいいじゃん…。

大臣  よくありません。

王様  なんで?

大臣  それが王様としてのつとめですから。

王様  …やだな。王様って。

大臣  (王様には答えず、上手を振り返って)服はまだか!

上手よりお付きの者三人(付人A,付人B,付人C)、服をもって登場。

付人A お待たせ致しました。

大臣  急げ!

付人A かしこまりました。

大臣  (王様に)さっ、王様。いつまでも寝てないで。(付人三人に)かまわんから、起こして着替えを。

付人A ハッ。

お付きの者たち、王様を起こし、着替えさせはじめる。

王様、体に力が入っていない。

大臣、気にせず。

大臣  ちなみに、観劇は一二時までで…。

王様  三時間か…。

大臣  使節団とはそこで別れます。

王様  アアよかった。

大臣  それから馬車に乗って王様は、競技場視察に…。

王様  シサツ? 競技場って?

大臣  建設中の競技場ですよ。来年行われる国対抗スポーツ大会の。

王様  ふ〜ん…。

大臣  ふ〜んって、わが国は開催国なんですよ。

王様  そうだっけ。

大臣  (きっぱりと)そうです。(咳払い)エーッと、そのあとお城に戻って…。

王様  アッちょっと待ってよ。お昼はどうすんの?

大臣  アア、お昼ですか。…適当に馬車のなかで食べておいて下さい。

王様  揺れるじゃん。

大臣  そりゃ揺れますよ。馬車なんですから。

王様  気持ち悪くなりそう…。

大臣  (王様には答えず)…お城に戻って、三時より表彰式に出席。

王様  表彰式って?

大臣  城下の清掃ボランティア「ぴかぴか」の代表と、自警団を組織しているネットワーク「グループじろじろ」の代表への表彰です。

王様  そんなの表彰しなくてもいいんじゃないの。好きでやってんでしょ。

大臣  表彰しとくと、さらにやる気がでますから。

王様  やる気ねぇ…。だったら誰か自分にも表彰状出してよ。…なんかさぁ、年々やる気なくなっていくんだよね…。

大臣  (ため息)…しっかりして下さいよ。…で、その後は…。

王様  まだあるの?

大臣  ありますよ。

王様  何時まで?

大臣  寝るまでです。

王様  …やだよ、こんな生活。

大臣  しかたありませんよ。王様なんだから。

王様  (付人Bに)キツイよ。キツイキツイ! それ以上ベルト絞めたら口から内臓飛び出ちゃうよ。

付人B 申し訳ございません。

王様  (大臣に)あのさぁ、次の休みっていつ?

大臣  今のところ、二三日の午後なら四時間空きがあります。

王様  二三日? (カレンダーを見て)エーッ! まだ一〇日も先じゃんか。それまで休みなしかよ…。

大臣  正確に言えば休みではありません。今のところ空いているだけです。

王様  ショェ〜。アーやだやだ。何かリフレッシュできることないかな。…たとえば森林浴とかさぁ。

大臣  …森林浴。

王様  うん。どう。いいアイデアでしょ。あっ、そうだ。二三日の予定に入れといてよ。他の用事で埋まる前に。ネッ。

ウキウキする王様。

大臣  …そういえば王様。ピロテの処分ですが、いかが致しましょうか。

王様  なんだよ大臣。なんで突然話が変わるわけ? 今、せっかく、森林浴の気分にひたってたのに…。

大臣  お忘れですか。森林浴の件…七年前のことを。

王様  七年前? 何それ?

大臣  突然、森林浴がしたいとおっしゃられて、それでドン・ピロテに森を…。

王様  覚えてないなぁ〜。そのピロテっていうのがどうかしたの? 処分って?

大臣  いえ、処分を決めていないのはドン・ピロテではなく、その息子のエル・ピロテのほうです。…それもお忘れですか?

王様  なんだっけ?

大臣  先々月のパーティーの夜、厨房で乱闘騒ぎを起こしたあのピロテですよ。

王様  フーン…。で?

大臣  ふぬけの森に魔女退治に行かせたところ、変な花を持ち帰ってきて…それでとりあえず事の真偽がわかるまで牢屋に入れているのですが…。

王様  事の真偽?

大臣  ハイ。ピロテが言うには、ふぬけの森の不思議な現象は、すべてその花が原因だと…。

王様  ヘェ〜。花がねぇ…。不思議って?

大臣  …以前にもご報告したと思いますが、ふぬけの森に入った者は皆、記憶を失うのです。王様が七年前に森林浴をするために別荘を建てようとしたのがそのふぬけの森で…。

王様  そういえばそうだったかも…。記憶をなくす森ねぇ…。(付人Cに)オレなんかそんな森に行かなくても普段から記憶、消えかかってるけどね。アッハッハ。

付人C …そんなことは…。

王様  (大臣を見て)それに引き替え大臣はすごいよね。七年前のことも覚えてるし、私のスケジュールだって全部暗記してるしさぁ、何が違うんだろうね。

大臣  …しいて言えば、やる気かと…。で、そのピロテの件ですが…。

王様  いいよいいよ。適当にやっといてよ。

大臣  …わかりました。ピロテが持ち帰った花は、現在、博士に分析させておりますので、近々結果が出るものと思われます。何かわかり次第、報告するように命じておきましたので、ピロテの処分はその結果を見てからということで。

王様  うん、そうね。

王様の着替え終わる。

付人A (大臣に)お召し替えが終わりました。

大臣  よし、下がれ。

お付きの者たち、上手へ去る。

大臣  では、参りましょうか。

王様  アーア。…エッと、なんだっけ?

大臣  使節団との朝食です。

王様  断れないんだよね。

大臣、うなずく。

大臣  笑顔ですよ笑顔。

王様  (笑顔で)アーア。

大臣  アーアはやめて下さい。

王様  …。

王様、つくり笑顔のまま、大臣に連れられて上手へ去る。

暗転。

////////////////////

牢獄。

ピロテ、牢の中で、落ち着きなく行ったり来たりしている。

ピロテにのみ明かり。

ピロテ、ふと立ち止まって。鉄格子に手をかけ。

ピロテ オイ。誰か。誰かいないのか! オーイ。…。クソッ…。

ピロテ、うずくまる。

ピロテ もう一月も経つっていうのに…。どうしてだ…。どうして牢から出してもらえないんだ…。ちくしょう、ふぬけの森の秘密を解き明かしたのはボクだっていうのに、そのボクがどうして牢屋に入れられなきゃならないんだよ…。(拳で床を叩く)イテテ…。いかんいかん。短気は損気。少し落ち着こう、焦ってもしかたない…。博士があの花の不思議な力を証明してくれさえすればいいんだからな…。それまでの辛抱だ…。(間)…しかし、それにしても時間がかかりすぎてないか…。ひょっとしてあの花はニセモノだったとか? …ボクはアンにだまされたのか? いやいや、そんなことはない。花を切ったら記憶が戻ったのは確かだからな。ふぬけの森の不思議な現象の原因は絶対あの花のはずなんだ…。

間。

ピロテ しかし、そうだとしても腑に落ちないことがひとつある。あの花はなぜあんなに不思議な力を持つようになったんだろうか…。人が近づくと花をつける、花が咲くと人は記憶を失う…しかし花を落とせばまた記憶が戻る…。…わからない。…アンのおばあさんは、はじめてワスレ草が咲いたときに森から消えた…。ということは、そのとき、突然ワスレ草が咲き出したってことだろ…。でもどうして急にあんな花が咲くようになったんだろう…。(頭を抱えて)ダメだ。さっぱりわからない…。アア、謎が解けない限り、ボクはずっとここにいなければならないんだろうか…。…なんてことだ…。

暗転。

////////////////////

王様の部屋。

博士が立っている。

王様上手より入ってくる。

王様、博士には気づかず独り言。

王様  アー疲れた…。ったく。なんなんだよ「ミスすいか」って。可愛いのかと思ったら顔が丸いだけじゃねぇか。おまけに「プレゼントです」とかって、でっかいすいか二つももたせやがって。あんなものいらねぇっつーの。アー肩凝ったぁ〜。

王様、博士に気づき。

王様  アレッ、博士。いたの。

博士  ハイ。

王様  ちょうどよかった。なんか肩凝りがひどいんだけど、治すクスリ発明してよ。

博士  おやすいご用で。ただ、少しばかり研究費がかかりますが、それでもよろしいでしょうか?

王様  アア、いいよいいよ。じゃんじゃん使って。肩凝りがとれるんなら、安いもんだよ。

博士  かしこまりました。

王様  で、今日は何?

博士  ハイ。実は大臣から渡された花の件で…。非常に興味のある結果が出ましたので、そのご報告にあがりました。

王様  …花? 興味のある結果?

博士  ハイ。あの花のエキスを取りだし、ネズミに飲ませたところ、ネズミは自分の巣へ帰ることもできなくなりました。つまり記憶障害を起こしたのです。

王様  アア、それって、なんとかってヤツが森から取ってきたっていう花でしょ。

博士  ハイ。エル・ピロテがふぬけの森から持ち帰ったワスレ草です。

王様  じゃあ別に普通じゃないの。人間だってふぬけになっちゃうんだから、ネズミだって同じことでしょ。

博士  ハイ、そこまではその通りで…。しかし王様。ワスレ草を持ち帰ったピロテは「花を切り落とすと記憶が戻った」とも証言しております。…そこで我々は、次に、花に付いていた茎の部分からもエキスを抽出し、それをネズミに飲ませてみたのです。すると…。

王様  すると?

博士  そのネズミは一度通った迷路を完璧に記憶し、二度と迷うことがなくなりました。異常に記憶力が高まったのです。

王様  へぇ〜。どういうこと?

博士  ワスレ草の花の部分には記憶を失わせる作用があり、ワスレ草の茎の部分には記憶力を高める作用があるということです。つまり、ワスレ草は相反する作用を併せもっているのです。

王様  ふーん…。

博士  さらにその原因を明らかにするため、我々はそれぞれのネズミを解剖し、詳細に調べました。

王様  ゲゲゲ。ネズミを解剖したんだ…。

博士  ハイ。真理を究明するためです。

王様  …アッそう。まぁどうでもいいけど…。で?

博士  その結果、それぞれのネズミの脳に特徴的な異常が見つかりました。すなわち、花の部分のエキスを飲ませたネズミの海馬は著明に縮小しており、茎の部分のエキスを飲ませたネズミの海馬は著明に肥大していたのです。

王様  カイバ?

博士  カイバ。海の馬と書きます。別名、ヒポカンパス。

王様  ヒポカンパス…。海の馬…。…ネズミの中に馬がいるの?

博士  イエ。馬ではありません。海馬とはタツノオトシゴのことです。タツノオトシゴを海の馬。海馬と。

王様  ネズミの中にタツノオトシゴがいるんだ。

博士  いる…と言うよりは、そう呼ばれる部分がある、ということです。そしてそれはネズミだけではなく、人間の脳にもあり、主に記憶を司っているということがわかっています。

王様  タツノオトシゴが記憶をねぇ…。へぇ〜…。(間)つまりアレだ。ワスレ草のせいで、頭の中のタツノオトシゴが大きくなったり小さくなったりするんだ。

博士  そういうことです。そして花のエキスを飲ませたネズミに茎のエキスを飲ませると、ごく普通のネズミに戻るということも確認できました。

王様  変な花だね、ワスレ草っていうのは。

博士  ハイ。実はそのワスレ草なのですが、文献を調べてみると…。(ぶ厚い本を開いて、王様に見せ)ここをご覧下さい。

王様  (開いたページを見て)…ヤッテキ草?

博士  そうです。ヤッテキ草。人間が近づくと赤い花をつけ明滅すると言われている伝説の花。魔女が薬草として栽培していたという伝承がある以外、詳しいことは一切不明ですが、このヤッテキ草の花の形態とワスレ草の花の形態が完全に一致しました。

王様  じゃあさぁ、ヤッテキ草がワスレ草になったわけね。

博士  そうとしか考えられません。あくまで推測ですが、あのふぬけの森に元から咲いていたヤッテキ草が、なんらかの原因で突然変異を起こした結果、人間に反応して花をつけるだけでなく、咲いた花から海馬を萎縮させるエキスを放出するようになった…。そして同時に、茎の部分には正反対の効果を有するエキスを持つようになったと…。そのように考えるとつじつまがあうのですが…。

王様  なんでだろうね。不思議だね。

博士  残念ながらそこまでは…。海馬を小さくする作用のあるエキスと、大きくする作用のあるエキスをブレンドして、それをヤッテキ草に同時に吸収させた…そういった特殊な状況以外考えられないのですが…。

王様  ほうほう。

博士  ちなみに、ふぬけの森に入って記憶障害を起こした症例の疫学的分析に基づくと、ヤッテキ草が突然変異を起こしたのは、おそらく七年前のある時期だろうと推測されます。

王様  いいんじゃない。そこまでわかったんなら。じゃ、もういいよ。ご苦労さん。

王様、寝ようとする。

博士  王様。

王様  まだ何か?

博士  私、これは使えると思うのですが。

王様  使える?

博士  (赤と青の小瓶を取り出し)ここにワスレ草から抽出したエキスが入っています。赤いビンは花のエキス。青のビンには茎のエキスです。

王様  それがどうしたの?

博士  たとえば…もし、この赤いビンのエキスを王様に口うるさく言う人物に飲ませたとしたら…。

王様  どうなるの?

博士  その者は二度と王様に文句を言わなくなるでしょう。言いたかった文句の内容をすべて忘れてしまうわけですから。

王様  アア、なるほど。

博士  逆に、王様に忠誠をつくした者には、褒美として頭の良くなるクスリ、この青い瓶のエキスをやると言えば…。国中の者が先を争って王様のために働くのでは?

王様  それはいいね。それはわかりやすい。

博士  (二つの瓶を王様に渡して)使い方はご自由に…。

王様  うんうん。

博士  では私はこれで。

王様  アア、ご苦労さん。ありがとね。

博士、去り際に振り向き。

博士  ところで王様。

王様  何?

博士  …前から空席になっている王立アカデミーの所長の人選ですが…。

王様  アア、まだ、決まってないんだっけ?

博士  もし、ご指名頂ければ、私、王様のため、今以上に研究に邁進する所存でございますので…。

王様  うん、わかった。いいよ。ガンバッテ。

博士  (頭を下げ)ハハァ〜。

博士、上手へ去る。

王様、瓶をポケットにしまいこみ。

王様  さてと、寝なくちゃ…。

王様、寝ようとする。

そこへ、大臣。ノックの音とともに。

大臣  王様!

王様  なんだよ、大臣。今日の予定はおしまいでしょ。…まだ何か?

大臣  予定はありません。私が申し上げたいのは先ほどの件です。

王様  何かしたっけ?

大臣  しましたとも! ミスすいかから受け取ったすいか二個、王様はアレをどうされました。

王様  重いから捨てた。

大臣  どこにです。

王様  お城の堀。

大臣  なんでそういうことするんですか。

王様  だって重かったから。

大臣  だってじゃありませんよ。お堀に浮いていたすいかを取ろうとして子供が溺れかかったんですよ。

王様  死んだの?

大臣  助かりましたけどね。

王様  ならいいじゃん。

大臣  よくありません。その後があるんです。救助隊やらなんやらを呼んだもんだから、お城の中でちょっとした騒ぎになって、結局、王様がすいかを堀に投げ捨てたってことがミスすいかの耳にも入っちゃったんですよ。それで、ミスすいかが「すいかがカワイソウ」って大泣きしはじめて…。

王様  アッ、そう。

大臣  王様、これは「アッ、そう」じゃ済みませんよ。このままじゃ、数日以内に、ミスすいかの地元からクレームが来ることは必至です。

王様  大袈裟だよ。すいかの一つや二つで。

大臣  大袈裟なことあるもんですか。私、事前に申し上げたはずですよ。ミスすいかの父親は地方の有力者だから、くれぐれも気をつけて下さい、と。それなのに、よりによってこんなことをするなんて、一体どういうつもりなんですか。

王様  アッ、ゴメン。忘れてた。

大臣  なんでもかんでもすぐに忘れないで下さいよ。いいですか、明日は四時に起きて、ミスすいかの地元に行きます。そしてこう言うんです。「私は冷やしたすいかが大好きだ。冷えたすいかがいつでも食べられるように、お城の堀をすいかで一杯にしたい。だから、すべてのすいかを買い上げに来た」と。いいですね。

王様  ヤダよ。そんなにすいかばっかりいらないよ…。大して好きじゃないもん。

大臣  いいんです。王様の好き嫌いはどうでも。とにかく、明日は四時起きです。そして、午前中にはお城に戻ってきて、予定はすべて三時間遅れでこなすことにしますから、そのつもりでお願いします。

王様  エ〜ッ。じゃあ、寝るのも三時間遅れなわけ?

大臣  当然です。

王様  ヤダよ。三時間早く起きて、三時間遅く寝るなんて。

大臣  ヤダヤダ言わないで下さいよ。私だって大変なんですから。

王様  あのさぁ、大臣って、ちょっと頑張りすぎじゃない?

大臣  それは王様がシャンとしてくれないからじゃありませんか…。

王様  ちょっとはさぁ、力を抜いてみたら?

大臣  抜けるものなら抜いてみたいですよ。

王様、ポケットに手をやり。

王様  アッそうだ。ゆったり構えてさぁ、予定とかも全部忘れちゃうのってどう?

大臣  忘れられるわけないでしょ。ふざけないで下さいよ。

王様  実はいいクスリがあるんだよ。

大臣  クスリ?

王様  うん、(赤い小瓶を取りだし)これ飲むとね、イヤなこと忘れちゃうから、飲んでみれば。

大臣  精神安定剤ですか。

王様  うん、まぁそんな感じ。

王様、大臣に瓶を渡す。

大臣  効くんですか?

王様  たぶん。

大臣  (におって)ツンとしますね。

王様  それが効くんだよ。さぁ、グーッとグーッと。

大臣  じゃあ、せっかくですから…。私、これを飲んだらすぐ寝ますから、王様も寝て下さいね。明日は早いんですから…。

大臣、赤い小瓶のフタをあけ、飲み干す。

大臣  では、私はこれで…。

大臣、王様におじぎをして、上手へ歩きだす。

何歩か歩いて、立ちどまり。

大臣  ん。んんん…。これは一体…。なんだか頭の中に霧がかかっていくような…。

王様  きっとクスリが効いてきた証拠だよ。

大臣  アア、なんだかぼんやりしてきました…。

大臣、うずくまる。

王様  大丈夫?

大臣  エ、エエ…。

大臣、フラフラッと立ち上がる。

鼻が赤い。ぼんやりとした表情。

大臣  …。

王様  どう?

大臣  ホーホケキョ。ピヨピヨ。

大臣、「ホーホケキョ。ピヨピヨ」と繰り返しつつ、フラフラと上手へ去る。

王様  スゴイ。スゴイ効き目だ。ふざけたことが大嫌いだったあの大臣が、ウグイスの親子の鳴きマネをするなんて…。この分なら、大臣もしばらくはうるさいことを言わないな…。よしよし。これで明日はゆっくり寝られるぞ。

王様、ベッドにもぐる。

暗転。

////////////////////

お城の廊下。

付人A、付人B、付人Cが掃除をしている。

付人A さてと、そろそろおしまいにしましょうか。

付人B 疲れたよね、今日も。

付人C 早く帰ろ。明日の朝、早いっていうし。

付人A アア、そうか。大臣、明日は王様を四時に起こすって言ってたもんね。

付人B ゲェ〜。四時っスか。四時ってことは、ウチら三時起き…。ヒーッ、キツー。

付人C 王様にも困ったもんだよね。

付人A 大臣がカワイソウだよ。いつも一人で走り回ってさ。

付人B でもいいコンビなんじゃないの。漫才とかやらせてみたいよね。

付人C シッ!

付人A 大臣だ。

三人、姿勢をただす。下手より大臣。

付人A お疲れ様です。

大臣  …。

付人B (付人Cに)ねぇ、見て見て。大臣、鼻が赤い。

付人C ホントだ。

付人A どうかされましたか?

大臣  …鼻がムズムズする…。

付人A お風邪でも?

大臣  …頭がボーッとしちゃって…。

付人B 熱でもあるんじゃ?

付人C (大臣に近づき、手をとって)少し横になられますか?

大臣  (付人Cを見て)…キミ、誰?

付人C 誰って…。大丈夫ですか大臣。

大臣  ダイジン? ダイジンって?

付人B (付人Aに)…ひょっとしてふざけてるんじゃない?

付人A でも大臣、そんなキャラじゃないと思うんだけど…。

付人B 思い切って変えてきたんじゃないかな。今までのキャラ。

付人A まさか…。熱のせいじゃない?

付人C (付人Aのそばに来て)熱はないみたいだったよ。

付人A ホントに?

付人C うん、熱くなかった。鼻が赤いだけ。

付人B じゃあやっぱりふざけてるんだよ。

大臣  …ちょっと教えてほしいんだけど。

付人B ハイ。なんでしょう。

大臣  私は誰かね?

付人B またまたぁ〜。じゃあ三択で選んで下さいね。一番、ドスコイすいか男爵。二番、つるっとバナナ太郎、三番、フリフリ食べ頃イチゴ姫、さぁ何番!

大臣  …一番?

付人B ギャハハハハ。大臣、チョーおもしろいんですけど。

付人A …ねぇねぇ、でもやっぱりなんか変だよ。今日の大臣。(大臣に近づき)大臣、大臣!

大臣  …鼻がムズムズする…。(近づいてきた付人Aに向かって)クシュン!

付人Aしゃがみ込む。

付人A ……。…クシュン! …クシュン!

付人A、立ち上がって振り向くと鼻が赤い。

付人B やっぱり風邪だったんだ。うつってる。

付人C にしても早くない?

付人B 強力なんだね、今年の風邪は。

付人C (付人Aに)ねぇ、大丈夫?

付人A …クシュン! …クシュン! 私は誰?

付人B ゲゲゲ。ふざけかたまでそっくりじゃん。

付人C (付人Aに)とにかく、帰ろ。ねっ。

付人A 教えて下さい。私は誰…。…クシュン!

大臣  私はドスコイすいか男爵でいいのかな…。…クシュン!

付人A だったら私もすいか男爵でいいかしら…。…クシュン!

付人C ちょっとしっかりしてよ!

付人Bと付人C、付人Aに駆け寄る。

付人A (駆け寄った二人に)…クシュン!

付人Bと付人Cしゃがみ込む。

立ち上がると二人とも鼻が赤い。

付人B …クシュン!

付人C …クシュン!

付人B 私は誰?

付人C 私も誰?

付人B …クシュン!

付人C …クシュン!

付人A …クシュン!

大臣  …クシュン!

四人、フラフラと上手へ消える。

暗転。

////////////////////

クシュン、クシュンという音。

だんだんと大きくなる。

パッと明るくなると、王様の部屋。

王様、寝ている。

上手よりドアを開け、博士駆け込んでくる。

博士  王様! 王様!

王様  …ん? アレ? 今日は大臣じゃないの?

博士  王様、起きて下さい。大変です!

王様  …何時?(時計を見て)一一時か…。

博士  王様! 目を覚まして下さい! 街中が大変なことになってます!

王様  …大変?

博士  ハイ。人々がふぬけのようになって街中をさまよっています!

王様  …ふぬけ?

博士  大臣はどこです! 至急、大臣を呼んで下さい!

王様  …大臣。…アアそうだ。大臣は今日は休みかも。

博士  休み? あの大臣がですか。

王様  うん。キミにもらったクスリ。あれ飲ませたから。

博士  クスリ…。あのエキスを飲ませたんですか。

王様  うん。

博士  赤ですか、青ですか!

王様  エーッと、どっちだっけ、忘れるほう。

博士  赤か…。…どうしてそんなことしたんです。

王様  だって、キミが言ったんじゃないか。口うるさいヤツに飲ませれば黙るからって。

博士  確かに言いましたが…。で、どれくらい飲ませたんです。

王様  どれくらいって…全部じゃない。ググーッといっきに飲んでたみたいだったから。

博士  全部…。それで大臣はどうなったんです。

王様  エッ、どうって、ウグイスの親子のマネしながら出て行ったけど。

博士  …なんてことだ。(独り言のように)落ち着け、落ち着くんだ。私は科学者。どんなときでも冷静に状況を分析しなければ…。

頭をおさえ、ウロウロと歩き回る博士。

王様  どうかした? 顔色悪いよ。寝不足?

博士  (ちょっと王様を睨んで)いいえ。

王様  怖いよ、その顔。キミもクスリ飲んだほうがいいんじゃない。

博士  王様!

王様  何?

博士  人々がふぬけのようになって街中をさまよってるんですよ。少しは深刻になれないんですか。

王様  …そんなこと言ったって、どうしていいか…。大臣に相談してみてくれないかな。

博士  …たぶんそれは無理でしょうね。

王様  なんで?

博士  おそらくこの病気、「ふぬけ病」の感染源は大臣だからです。

王様  ふぬけ病の感染源?

博士  あの赤い瓶のエキスを飲んだことによって発病したんでしょう…たぶん。今頃は、ふぬけになって、どこかをさまよっているはずです。

王様  エーッ、でも博士がクスリだって言うからさぁ…。軽い気持ちでさぁ…。

博士  赤い瓶のほうをクスリだなんて言ってませんよ。私は青い瓶のエキスを「頭の良くなるクスリ」だと言えば、皆が忠誠をつくすだろうと言ったんです。(間)…いずれにしても、二つの瓶をあなたに渡したのは、私の間違いでした。…まさかこんなことになるとは…。

王様  なんか、非難されてるっぽいんだけど、そうなの?

博士  (王様の言葉には答えず)とにかく、状況はかなりシビアです。昨夜のうちに大臣から城の者へ伝播。明け方になって街中へ拡大。…この感染力の強さから推定すると、たぶん数日のうちに国中の者が「ふぬけ病」に罹るでしょう。

王様  そんなにすごいの?

博士  エエ。ふぬけになった者たちは、皆、一様にクシャミを繰り返しています。そして、そのクシャミによって、人から人へさらにふぬけ病が広がっているのです。…ものすごい勢いで。

王様  どうしよう…。

博士  とりあえず、これまでに起こったことを分析してみると…。王様が花のエキスを大臣に飲ませたことによって、大臣の海馬が小さくなって…。ここまでは私の予想どおりだが…。しかしナゼ人から人へ感染するんだ。ネズミの実験ではそんな現象は起こらなかったのに…。(間)…ん。まてよ! ヤッテキ草だ。ヤッテキ草は人間に強く反応する。そのヤッテキ草の成分がエキスに混入していたんだ。だから、ヤッテキ草が人間に反応して赤い花を咲かせるように、ふぬけ病に罹った人間は鼻が赤くなって…。そうか、「ふぬけ病」の感染力の異常な強さはヤッテキ草に由来しているんだ。…私としたことが、こんなことに気づかなかったとは…。…ワスレ草の毒素とヤッテキ草の反応性、この二つが合わさって空気感染していくとなると…。(間)もはやこの感染爆発を防ぐことは不可能…。

王様  で、結局どうなんの?

博士  つまり、遠からず世界中の人間が「ふぬけ病」に罹るということです。

王様  なんとかならないの?

博士  助かる方法がないわけではありません。

王様  どうすれば?

博士  王様、あの青い瓶はありますか?

王様  (ポケットから青い小瓶を取りだし)エーッと、アッ、コレ?

博士  ひょっとしたら、それがワクチンの働きをしてくれるかもしれません。

王様  ワクチン?

博士  エエ。赤い瓶のエキスと正反対の作用を持つその青い瓶のエキスを感染した者に飲ませれば、元に戻るのではないかと思われます。また、感染する直前に、そのエキスを飲んでおけば、プラスとマイナスの作用が打ち消し合って、おそらく、感染を予防できるはず。

王様  いいじゃん。いいじゃん。

博士  …ただし。

王様  何。

博士  その青い瓶のエキスは茎から抽出したものです。茎の部分には人間に反応する性質はないはずなので…。

王様  うんうん。

博士  青い瓶のエキスを飲んだ者が、既に「ふぬけ病」に罹っている者を元に戻すことはできないでしょう。…つまり、その青い瓶のエキスを飲んだ者だけが助かる、ということです。

王様  …そうなんだ。

ドアの開く音。

大臣、付人A、付人B、付人C、フラフラと入ってくる。

王様  大臣!

大臣  ダイジンって誰?

付人A ダイジンって何?

付人B 私って誰?

付人C 私って何?

博士  (後ずさりしつつ)来るな! あっちへ行け!

大臣  私は誰?

付人A 鼻がムズムズする…。

付人B 私は誰?

付人C 鼻がムズムズする…。

王様  ヒェ〜。ゾンビじゃんか。

博士  来るな! 来るんじゃない!

後ずさりしていた博士、つまずいて転ぶ。

転んだ博士に集まってくる大臣たち四人。

博士を取り囲んで。

四人 クシュン! クシュン! クシュン!

博士  イヤだぁ〜。ふぬけになりたくない! …王様、その瓶を、その瓶を私に…。早く…。

博士、四人の輪から抜け出し、王様にしがみつく。

王様  ワッ、何をする。やめろ。やめないか。

博士  早く瓶を…。早く…。

王様  はなせ! はなすんだ!

王様、しがみつく博士をふりほどき。

王様  これは私のものだ。お前なんかに渡すもんか!

博士  何を言う。それは私が作ったものだぞ。よこせ。よこすんだ!

王様  なんてヤツだ。それが王である私に対する態度か!

博士  態度もへったくれもあるもんか。よこせバカ野郎!

王様  王立アカデミーの所長にしてやったのはこの私だぞ!

博士  うるさい! さぁ早く…。(突然ガクッとヒザをつき)…アア、なんだか頭の中に…。アア、ダメだ…。よこせ、よこすんだ…。アア、霧がかかっていく…。

博士、立ち上がる。鼻が赤い。

博士  私は誰…。

王様  博士…。

大臣  私は誰。

付人A 私は誰。

付人B 私は誰。

付人C 私は誰。

博士  私は誰。

五人、王様に近づいていく。

王様  ウワァ〜! 来るな。来るんじゃない!

王様、手にした青い小瓶をいっきに飲み干す。

五人 クシュン! クシュン! クシュン!

五人、王様を取り囲み、やがて、フラフラと上手へ消えていく。

後には倒れている王様。

やがて、王様、ゆっくりと起きあがり、あたりを見回して。

王様  …助かった。助かったんだ。私はふぬけじゃない。ハッハッハッ…。

暗転。

////////////////////

牢獄。

ピロテ、牢の中で、しゃがみこんでいる。

ピロテにのみ明かり。

ギギッという扉の開く音。

ピロテ立ち上がる。

下手より王様。大きな袋を背負っている。

ピロテ 王様!

王様  エル・ピロテだな。ドン・ピロテの息子の。

ピロテ ハイ、そうです。王様!

王様、牢に近づき、ピロテの様子を見て。

王様  どうやらお前は、まだ大丈夫なようだな。

ピロテ しかし、王様、牢番が来なくなって今日でもうまる三日です。その間、私は、水だけで…。

王様  牢番…。メルロンとドルメンの二人だな。

ピロテ アッ、ハイ、そうです。

王様  メルロンは三二歳。ドルメンは二八歳だ。

ピロテ エッ、エエ。…そうですか。

王様  アアそうだ。ところでお前は牢に入って今日で三四日目だが、私を恨んでいるか?

ピロテ イ…イエ。そんなことは…。

王様  ウソをつけ。お前は私を恨んでいるはずだ。父ドン・ピロテをウソつき呼ばわりした張本人なのだからな。

ピロテ …。

王様  しかも、森から戻ったお前を牢につないだ。…どうだ。恨んでいるだろう。

ピロテ …ハ、ハイ。少しは…。

王様  少しではない。たくさんのはずだ。違うか。

ピロテ …ハ、ハイ。ですが…。

王様  (ピロテの言葉をさえぎり)しかし、私は、お前の父、ドン・ピロテのことも、お前のことも、まったく気にせずいたのだ。…エル・ピロテよ、それがなぜだかわかるか?

ピロテ …わかりません。

王様  ハッハッハッ。覚えていなかったからだ。

ピロテ 覚えていなかった…。

王様  ピロテよ。お前は、一日に何枚の書類がこの私の元に届くと思う?

ピロテ …わかりません。

王様  三六五日前の水曜日は五〇四枚、三六四日前の木曜日は四七七枚、三六三日前の金曜日は四九一枚。この一年間で平均すると四八五枚だ。その他に、表彰式や競技場視察、使節団との朝食にオペラ鑑賞。私はこの一年間で一万六三四五人と言葉を交わしたのだぞ。これだけの人と行事と書類の山の中にいて、出会った人物や報告されたことの内容をいちいち覚えていたらどうなると思う? …いくらなんでも身が持つまい。だから、私は忘れることにした。できるだけ多くのことをな。わかるかピロテ?

ピロテ …。

王様  そんな顔をするな、ピロテ。いかに上手に忘れるか。いかに上手に知らない振りをするか。それこそが王に求められる唯一の資質。王とはそういう仕事なのだ。そして私はその資質を完璧に身につけ、まがりなりにも王であり続けた…。だがな、私はもう王であることをやめようと思う。

ピロテ やめる? 退位されるのですか…。

王様  アア。私は既に「王としての資質」を失ってしまったからな。

ピロテ どういうことですか?

王様  私はあらゆることを忘れられない人間になったということだ。もはや私の海馬はすべてを思い出す。まるで走馬燈だ…。水晶玉にうつるように、すべてがありありとこの目に浮かぶ。二三八九日前は朝から雨が降っていた。四五二一日前は寝過ごした。急いで着替えたせいで、左袖のボタンがはじけ飛び、もう一度着替えなおすことに…。七〇一九日前。あの日は…。わかるだろピロテ。このまま王を続けていたら、新たに降り積もる記憶の重さで私の頭はパンクしてしまう。だから、私は、もうこれ以上、新たな記憶を増やしたくないのだ。

ピロテ …。

王様  しかし、王とは不思議な稼業。誰かが私のことを王と呼ぶ限り、私は王であり続けねばならん。「王様」と呼ぶ者をすべて消し去らない限り、私は「王様」として振る舞い続けねばならないのだ。(間)ハッハッハッ…。ところがだ。なんという偶然。そして、なんという必然。幸いにして…と言うべきか…、不幸にして…と言うべきか。もう既にこの世で私のことを王と呼ぶ人間はいない。お前以外にな。

ピロテ どういうことですか?

王様  お前のおかげだよ、ピロテ。ハッハッハッ…。とにかく、お前さえいなくなってくれれば、晴れて私はお役ご免、元王様として静かな余生をおくれると言うわけだ、ハッハッハッ。

王様、牢のカギを開け、ピロテに出るよう促す。

王様  さぁ、どこへでも行くがいい。

ピロテ 一体何が起こったというのですか。

王様  ハッハッハッ。それは自分の目で確かめろ。ハッハッハッ。だが一つ忠告しておくぞ。お前が、この国で、そしてこの世界で、何が起こっているかを知ったときが、同時にそれを忘れるときだ。ハッハッハッ。気をつけろ、キチガイはうつらないが、バカはたやすくうつるものだ。ハッハッハッ。無事を祈るぞ。ハッハッハッ。

王様、ピロテを牢から引きずり出し、自らが中に入る。

王様  さぁ、どけ。

ピロテ 王様が牢に…。

王様  黙れ! 二度と私のことを王様と呼ぶな。

ピロテ ハ、ハイ…。

王様  私は記憶の海の囚人、ここが私のいるべき場所なのだ。ハッハッハッ。

王様、中から牢のカギをかけ、背負っていた袋を置いて、床に座る。

ピロテ …まさか、ワスレ草が。

王様、袋を広げる。

中からは金銀財宝。

王様、宝石をひとつ手にとり。

王様  これは五八〇七日前にベロベネの王が送ってきた献上品。

王様、またひとつ宝石を手にとり。

王様  これは八九〇四日前の歓迎式典で身につけたもの。あの時は、式典が始まって二三分後、右から二番目の馬が急に暴れ出し、乗っていた騎兵の一人が転げ落ち…。クックックッ…。

王様、また別の宝石を手にとり。

王様  これは六六六二日前…。

王様、ふと、ピロテに気づき。

王様  まだいたのか。ムムムムム…頭が痛い…。早く消えてくれ…。ドン・ピロテによろしくな。クックックッ…。それにしてもドラゴンはいたのか、いなかったのか、なぜだろう、それだけがわからない…。クックックッ…。頭が痛い…。割れそうだ…。クックックッ…。海馬が怒っている…ヒポカンパスが叫んでいる…。フギフギ…。聞こえるか? オイ、聞こえるかピロテ。これは私の頭蓋骨がきしんでいる音だ。クックックッ…。

ピロテ 狂ってる…。

ピロテ、下手に去る。

残った王様にのみ明かり。

王様  クックックッ…。

王様、袋の中から、王冠を取りだし。

王様  おお、これは。これはすばらしい。これこそ思い出の中の思い出。美しすぎる…。なんとまばゆい光…。キラキラとして…。目がくらみそうだ…。フギフギ…。この輝き。なにものにもかえがたい…。クックックッ…。フギフギフギ…。アアたまらない…。フギィ〜キラキラ…。キラキラ、フギィ…。

王様、財宝の中に倒れ込む。

ゆっくりと暗くなって。(幕)

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