少人数向け演劇台本を無料提供。

戦えボクらのナットクマン

●1〜12人 ●70分程度

●あらすじ

ナットクマンは出動できるのか? 怪獣ゲボラはなぜ暴れているのか? みたいなお話。一応1人用の台本ですが、声だけの登場人物に役をふれば12人程度まで増やせると思います。

●キャスト

ナットクマン
アナウンサー(声)
レポーター(声)
沖山隊長(声)
クダマキング(声)
ゲボラ(声)
街の声数人(声)
テレビの声数人(声)

●台本(全文)

ナットクマンの部屋。

中央にソファー。下手にテレビ、上手にはパソコン。

ナットクマン、ソファーに寝ころび、お菓子を食べながらテレビを観ている。

やがてお菓子の袋がカラになったことに気づき、おもむろに体をおこしてアクビ。テレビのスイッチを切って。

ナマン ア〜ア。ダルいなぁ…。

ナットクマン、のろのろと立ち上がり、パソコンのメールをチェックして。

ナマン 今日も今日とて迷惑メールのみ…か。ア〜つまんない。…かといって他にすることもないしなぁ…。

ナットクマン、再びソファーに寝ころぶ。

間。

ナマン いかん、いかん。こんなんじゃカラダがなまっちゃうよ。

ナットクマン、立ち上がって軽い運動を始める。

ナマン ゲッ…ヤバ。もう息があがってきた…。(柔軟体操をしつつ)イテテテ…しかもカラダ硬すぎ。(お腹に手を当て)また太ったかも…。マズイな。ちょっとしぼっとかないと、いつまたなんどき、怪獣たちが暴れだすとも限らないんだからな…。そして、ひとたびその時がきたら、このナットクマン、世界平和のため、人類の未来のため、いの一番に駆けつけて、命をかけて戦わねばならないのだからな!

ナットクマン、戦うポーズ。

ナマン …しかしなぁ…。最後に怪獣が現れてから、はや二〇年…。何やってんのかなぁ、怪獣たちは。…ったく仕事しろっつーの、仕事。ヤツらがサボってるせいで、こっちはまるで出番無しじゃんか。二〇年だよ。二〇年。なんでこんなに平和になっちゃったのかなぁ…。そりゃ、怪獣が暴れるのは良くないけどさ、多少、やる気みせてくんないと…。やっぱ、あれかな。オレがスゴすぎて、怪獣たちがビビッちゃったのかな。こんなことならもうちょっと手加減しとくべきだったなぁ。……アー、スゴすぎた自分がうらめしい…。

間。

ナマン …それにしても、実際のところ、いつかまたオレに日の当たるときってのは来るんだろうか…。もし怪獣が現れなかったら、オレ、このまま太り続けて終わるのかな…。ていうか、ひょっとして、オレってもう終わっちゃってるのかな…ヒーロー的には。でもって、なんか懐かしのヒーローみたいな扱いになっちゃうのかな…。「いたよなぁ〜ナットクマンっていうの…」「そうそういたいたぁ〜」ってな感じで飲み屋とかの小ネタにされちゃう程度の…。…いやいや、そんなこと考えちゃダメだ。ポジだよポジ。こういう時こそポジティブシンキングでいかないと…。いざという時には、昔以上に活躍できるよう、今こそしっかりと体を鍛えておくべきなんだ…。

再び、運動を始めるナットクマン。

しかし、すぐに運動をやめて。

ナマン …けど、もし本当に怪獣がいないんなら、…いても現れないんなら、こんなの無駄な努力じゃないか…。人類は楽しくやってるっていうのに、どうしてオレばっかりがこんな努力をしなくっちゃいけないんだ…。

間。

ナマン 考えてみれば人類も人類だよな。いくら怪獣が現れないからって、オレのことすっかり忘れて、自分たちの力だけで今の平和手に入れたみたいな顔してんだもの。昔はさぁ、怪獣が現れるたびに、「助けてナットクマーン」「あなたしかいないの〜」なんて土下座しそうな勢いですがってきてさ、オレが見事怪獣をやっつけたら、「アリガトーナットクマン!」「君こそヒーローだぁ〜」とかって涙流してたヤツもいたっていうのに…。…こうもあっさりオレのこと忘れちゃうもんかねぇ…。当時は励ましの手紙とかお礼の手紙とかどっさり届いてさ、読み切れないくらいだったよな…。ナットクマン消しゴムとかナットクマンチョコとかいろいろグッズにもなってさ、…CMにも出たよな、何本も。セリフはいつも「これでナットク、ナットクマン!」だったけど、そのセリフもちょっと流行ったりなんかして…。

間。

ナマン アーやっぱりあれだな…ヒーローってもんは戦ってないと…注目されないんだよな…。戦ってる姿ってカッコいいからね…。アー戦いたい。…そりゃぁ平和が一番だってのはそうだと思うけど、「空気と平和はタダ」みたいには思ってほしくないんだよね。平和の影には、オレみたいに命がけで怪獣と戦ったヒーローがいたってこと、いつだって忘れてほしくないな。たとえ、今は出番がなくてもさ、まさかの時にはやっぱオレしかいないわけじゃん。だったらさ、平和な時だって、オレのこと忘れないでさ、多少は気にかけてくれてもバチは当たらないんじゃないか。

だんだんと怒りがこみあげてくるナットクマン。

ナマン こう言っちゃなんだけど、いつも矢面に立って戦ってきたのはオレなわけで、(腕をまくって)この傷だって、怪獣との戦いで受けた傷なんだぜ。これだけじゃないよ。ドロップキックが不発に終わったときにしたたか痛めちゃった腰なんか、寒くなると今でも疼くし、ここも、ここも、ここも。体中傷だらけなんだぜ。そんなこと人類の誰一人わかってないじゃないか。なのに、どうしてオレばっかりが苦労して人類のために戦わなくっちゃならないんだよ。世の中、ギブアンドテイクじゃないの? 別にお金が欲しいとかそんなことちっとも思わないけど、オレの今までの働きに見合った待遇ってもんがあるんじゃないか? こういう戦力外通告みたいな扱い受けてたんじゃ、今度怪獣が現れたとき、モチベーション保てる自信ないんだよね。いくら正義のためだって言ってもさ、ヒーローだって正直クサるっつーの。

ナットクマン、不満げにソファーに腰をおろし、新しいお菓子の袋を乱暴に開ける。テレビのスイッチを入れて。

ナマン (ためいきまじりで)ふぅ…なんかないの。オレにピッタリの事件。

ナットクマン、しばらくテレビに見入る。

ナマン ダメダメ。政治家の汚職なんかどーでもいいじゃん。国会が荒れようがどうしようがいいんだよ、そんなのは。国会議事堂ごとぶっ壊すようなそういうスケールの大きな政治家いないわけ? そういうヤツじゃないと相手しないよ、オレは。…小粒なんだよ小粒。悪役が。

テレビのチャンネルを変えるナットクマン。

ナマン …何? ゴジラ?(一瞬ハッとするが、すぐに元に戻って) …九号ホームラン。なんだ野球の話か…。まぎらわしいなぁ、もう。どう見ても大きさが違うだろ、あの人とゴジラじゃ。…マツイさんって明らかにミニラよりも小さいじゃんか。それなのに「ゴジラ」だなんて大袈裟すぎるっつーの…。それにさ、マツイさんやっつけるのは簡単だけどさ、もしやっつけたら、間違いなくこっちが悪者になるじゃんか…。

再びテレビのチャンネルを変えるナットクマン。

ナマン ガソリン、来月から一円値上げ…。意味なーし。

再びテレビのチャンネルを変えるナットクマン。

ナマン 沖縄地方梅雨明け…。関係ありましぇ〜ん。

再びテレビのチャンネルを変えるナットクマン。

ナマン アキバで第一回巨乳祭り開催…。なめてんのか、オイ。

ナットクマン、テレビを消して。

ナマン なんかナットクできんなぁ…。一体怪獣はどこにいるんだ? …いないわけないと思うんだけどなぁ、怪獣…。…まさか最近の怪獣は透明人間みたいに姿形が見えなくなっちゃってるわけでもなかろうに…。

急に立ち上がって。

ナマン これでナットク、ナットクマン!(キメのポーズ)…思いっきりやらせてくれよ頼むからさぁ…。

ナットクマン、ためいきまじりでソファーに腰をおろし、おもむろに、そばにあったアルバムを開く。

ナマン アーア、昔はよかったよなぁ…。アッ、こいつこいつ。こいつには手こずったよ。ウジラ。だってこいつ勝負しないんだもの。ウジウジしてばっかでさ。「さぁ、かかってこい!」とか言っても、「でも…」みたいな感じで全然ノッてこないの。こっちが辛抱きらして、ちょっとこづいたらさぁ、「エッ? 何するんですか。何も悪いことしてないボクがどうしてこづかれなきゃなんないんです」みたいな顔して、ちらっと目だけで睨みやがってさ。あの時はさすがにムカついたよな…。でも、オレって正義のヒーローであるとともに理性あるヒーローだからさ、グッと我慢してこう言ってやったわけだ。「お前なぁ、ウジウジしてればそれですむ、はっきり主張しなければまわりとぶつかることもないし、誰にも迷惑かけることもない、と思ってんのか?それはとんでもない考え違いだぞ。お前はウジウジしすぎて怪獣になったんだ。ウジウジした気持ちから生まれた怪獣なんだ。そんなすごいウジウジ力がもし誰かに伝染してみろ。世界中がウジウジして気持ち悪いだろ。な。お前のウジウジはただそれだけで世界を腐らせるほどの力をもっているんだ。だからオレはお前を許さない。世界を腐らせるお前を許すことはできないんだ!ナットクパーンチ!」

ナットクマン、思わず立ち上がってパンチ。

ナマン キマッタ…。怖いくらいキマッタ。オレがそこらへんのヒーローと決定的に違うのは、こうやって、ナットクさせてからやっつけるところなんだよな。相手の気持ちを推しはかって、その上で、ちゃんとやっつける理由を述べて、それからやっつけて。…しかも、そのあと更正プログラムを用意してやって、怪獣たちを立ち直らせる…。すばらしい。完璧だ。ナットクパンチは、自分も、怪獣も、そして戦いを見守る人類すべてが、そうさ、みんながナットクするパンチなんだ。アア、美しい…。

ひとり悦にいるナットクマン。

再びソファーに腰をおろして、アルバムを広げ。

ナマン アア、こいつは…ダメラだ。ダメラってマジでダメなやつだったよな。仕事はしない、ギャンブル大好き、喧嘩っぱやくて、大ウソつきときたもんだ。まったくこれくらいダメだと普通はやっつけるほうも情がわかないから思いっきり戦えていいんだけどさ、オレって相手に自分の非を認めさせ、ナットクさせてからじゃないとやっつけられないから、そういう意味では手強い相手だったよな…。…結局、アアそうそう、最後に「お前、ホントは寂しいだけなんだろ」が効いたんだよな。あれで、ダメラのやつ、がらにもなく涙ぐみやがって、しんみりしたもんだから、たたみかけるように「だがな、寂しいのはお前だけじゃないんだぞ。強くなれダメラ!」で、ナットクキ〜ック。倒れたダメラが最後に一言「ありがとうございます…」。あれ見てたテレビの前のちびっ子たちの泣いたこと泣いたこと。すごかったなぁ〜あの回の反響は。アー懐かしい…。

ナットクマン、アルバムをパラパラとめくって。

ナマン アッ、こいつだこいつ。忘れもしないよ。クダマキングだろこれ。ワーッ、今見てもしつこそうな顔してんな。ひどいアル中でさぁ、こっちの話、聞く耳もってないんだもんな。説得のしようがなかったよ…ホント。しかも体グニャグニャで、なれなれしく寄っかかってきたりするんだけど、近づいてくるととてつもなく息がくさくてさ。それで、なんかブツブツ言ってるかと思うと、急に耳元で大きな声出したりしてスゴむんだよ。かと思うと、自分から倒れこんで、寝たのかなぁと思ったら、むっくり起きあがって「わたしゃ、死んでません!」みたいなこと言うんだ。そのくせ、その後みるみる泣き顔になって、「もう死にてぇ〜よ」とくるわけだ。こっちがしびれをきらして諭したりすると、逆に説教されちゃってさ。…説教っていうか、もう酔っぱらっちゃってるから口とかまわんないくせに、「好きで怪獣やってるわけじゃない」とか「お前は恵まれてる」とか、グダグダグダグダいつまでもクダまきやがってさ。イヤァ、参った参った。一週で片づけるはずが、三週かかったもんな。…まっ、今となってはそれも懐かしい思い出だけどね…。

ナットクマン、アルバムをパラパラとめくりつつ。

ナマン アア、こいつも、こいつも…。みんなオレが立ち直らせてやったんだ。(立ち上がってセリフっぽく)「お前、そんなことばっかりしてると一生日陰もんで終わっちゃうぞ!」「どうだ、ここらで心を入れかえてみたら」「オレにできることならどんなことでもしてやるぞ」「お前にぴったりのいい働き場所を探してやるから」「ダマされたと思って、この再生プログラムを受けてみないか」「死んだ気になってできないことなんかないんだぞ!」「そうか、わかってくれたか普通に生きていくことの大切さを…」「そーれ、ナットクパーンチ!」「立ち上がれ! 一度倒れて、そこからまた立ち上がるんだ!」「そうだ、今お前は生まれ変わったんだ」「忘れないでくれよ、今の痛みを。いいな、人の痛みのわかる怪獣になってくれ」「これでナットク、ナットクマン!」…いいねぇ。サイコーだったね。

ナットクマン、アルバムを閉じて。

ナマン …今でも十分通用すると思うんだけどなぁ。ていうか、今だからこそ見直すべきなんじゃないの、オレのやり方っていうか、スタイルっていうか、そういう部分。今はさぁ、なんか口ばっかりのヤツか、やけに暴力的なヤツか、どっちかにかたよっちゃってると思うんだよね。愛のムチをちゃんと使えるヒーローっていうのがいないじゃん。絶対必要だと思うんだよね、オレみたいな存在。…まっ、ナットクマンっていうのが少し古いんだったら新シリーズってことでさ…、たとえばナットクマンZとかナットクマンエースとか、そういうのでもいいよ、別に。オレはそういう細かいことにはこだわらないからさぁ。(壁にかけてあったコスチュームを手にとり)もし昔のままじゃ新鮮味がないっていうんだったら、コスチュームだって多少は変えたっていいと思ってる。(コスチュームを体に当てて)…いや、むしろ変えるべきだろうな。確かにこのコスチュームに愛着はあるが…何しろピッタリすぎて…今着るのはかなりキツそうだからな。アッそうだ。肩にパッドを入れて、お腹の贅肉は太いベルトで隠して…。胸には大きくZの文字。(ポーズを決めて)「これでナットク、ナットクマンZ!」

ナットクマン、しばらくポーズを決めたまま。ややあって。

ナマン (くずれるようにソファーに腰をおろし)…ムダな努力か。アーア。

ナットクマン、ソファーに寝そべり、テレビのスイッチを入れる。

テレビからアナウンサーの声。

アナ声 番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお知らせします。つい、先ほど、東京湾にゲボラが出現したもようです。繰り返しお伝えします。怪獣ゲボラが東京湾に出現しました。ゲボラです。怪獣ゲボラが東京湾を北上中です! 沿岸地区の全住民はただちに避難して下さい…。

ナットクマン、ソファーからバッと立ち上がり。

ナマン 何ィ〜! ゲボラが現れただとぉ〜! こうしてはおれん。ただちに出動だぁ!

ナットクマン、コスチュームに足を入れながら。

ナマン 来た来た来たぁ〜! ついに来たぞぉ〜。ゲボラの野郎、性懲りもなく現れやがって。

ナットクマン、コスチュームに着替えつつ、棚から資料のファイルを取りだし、パラパラとめくって。

ナマン エーッとエーッと、ゲボラ、ゲボラっと…。あ、あった、あった。怪獣ゲボラ。習性ゲボを吐く。攻撃ゲボを吐く。防御ゲボで威嚇…なんだよ、ゲボオンリーか…パッとしねぇな…。まっいいか。とりあえず怪獣は怪獣だからな。なになに…アル中で…、アアそうだそうだ。クダマキングと同じアル中系の怪獣で…。(短い間)そっか、そっか。目立たないヤツだったから忘れてたけど、だんだん思い出してきたぞ…。泣き上戸で、顔色悪くって、元気なかったよな。クダマキングと違ってこいつはクセが悪くなかったからな、なんとなく戦ったときの印象も薄いんだけど…たしか、アルコールから遠ざけといて、少し酔いがさめたところで、「苦しいんだろ。オレが助け船を出してやるよ。だからもう酒におぼれるのはよせ」。で、ナットクパンチで全部吐かせて、更正施設のあるゲボ島へ送ってやったんだった。…やりやすいって言えばやりやすかったが…歯ごたえがなかったって言えば歯ごたえがなかったな…。…どうせ今度もそんな感じでグズグズッと終わっちゃうんだろうけど…まっ、贅沢は言えないな。久しぶりの仕事なんだし…こっちもブランクあるからな…。肩慣らしにはちょうどいいか。

ナットクマン、コスチュームに着替えようとするが、キツくてうまく着替えられない様子。

ナマン い…いかん。なんとか足は通したが…お腹がつっかえてる…。どうすんだよ、オレ。こんな格好じゃ出動できないじゃんかよ。クソッ、こら、入れ、入れってば! 自分のお腹にナットクパーンチ! 畜生! 入れ、入れってば!

ビリッという音。

ナマン ゲゲゲゲゲ。破れたぞ、オイ。どうしよう、どうしよう、大チャンスが来たっていうのに…こんなことならもっと摂生しとくんだったな…。アー、でもそんなこと言ってる場合じゃないぞ。早く、代わりのコスチューム探さないと…。

ナットクマン、タンスから違うコスチュームを次々と引っ張り出すが、どれもこれも役に立たない。

ナマン …コレも違う。コレもダメ! (フリフリの服を手にして)なんだこれは…なんでオレこんな服もってんだ…。アーもう、ナットクできん!

テレビの音。

アナ声 たった今、ゲボラに関する新たな情報が入りました。怪獣ゲボラはお台場に上陸。お台場中にゲボを吐いている模様です。ヘリで取材中の里中さーん。

レポ声 今、私は、お台場上空に来ています。ご覧下さい、怪獣ゲボラです。アッ、吐きました。吐いています。しきりに吐いています! お台場の温泉施設が台無しです!

ナマン いかん。急がないと。ヤツは吐ききったらけっこうおとなしくなるタイプ。おとなしくなってからやっつけてもイマイチ盛り上がらないのは目に見えてる。なんとしても吐ききる前に現場に到着しなければ…。アークソッ! なんで服がないんだ!

しばらく暗転。少しして暗い中でテレビの音のみ。

アナ声 …お台場を出たゲボラですが、現在、東京タワー方面に向かっている模様です。アッ、映像が入りました。ご覧下さい。ゲボラです。ゲボラが東京タワーに近づいています。やはり怪獣と言えば東京タワーなんでしょうか。かつて何度も怪獣たちによって破壊されてきた東京タワーに、今再び危機が近づいています。危険です。近隣住民の皆さんは直ちに避難して下さい。

明るくなって、上手よりナットクマン。マントに身を包んで登場。

ナマン よし、間に合った。…今ひとつだが、このマントに身を包んでいればなんとかごまかせるだろ。どうせゲボラは吐き疲れてヨロヨロのはず。パンチやキックは必要ない…。あまり映像的には盛り上がらないが、今回は口だけでナットクさせちゃうことにしよう…。でも、意外とこういうのがウケたりしてな…。平和の使者ナットクマンZ、口だけで怪獣を退治。二一世紀型の新ヒーロー誕生! とかいいんじゃないか。ヨーシ、すぐに出動だ!

部屋を出ていこうとする、ナットクマン。

テレビより音。

アナ声 現在のそちらの状況を伝えて下さい、里中さーん。

レポ声 ハイ。こちらは今、東京タワー上空です。ご覧下さい。ゲボラが一歩一歩、東京タワーに…アッ、ゲボラが手をかけました! 大変な事態です! ゲボラが東京タワーを破壊しようとしています! (間)アレッ? …どうした、ゲボラ。ゲボラ、東京タワーに寄りかかってグッタリしています。何が起こったのでしょうか。ゲボラ、じっとしたまま動こうとしません。(間)…ひょっとしてこれは…、ひょっとしたら繭になるつもりかもしれません! そうです。そうとしか考えられません。全国の皆さん、今まさに、カメラの前で恐ろしいことが起ころうとしています。ご覧下さい。ゲボラが東京タワーの前でピタリと動きを止めました。あのモスラがやったように、ゲボラもまた東京タワーに糸を吐くのでしょうか! 世紀の瞬間です。世紀の瞬間をご覧下さい!

間。

アナ声 …どうしたんですか。里中さーん。

レポ声 …ゲボラがしゃがみ込みました。…何を悩んでいるんでしょうか。糸が無理なら、せめてゲロだけでも…。(間)ダメです。…ゲボラ動きません。

アナ声 (小さい声で)アッ、ハイ。わかりました…。エー…ここでいったんCMです。

ナットクマン、頭をかかえて。

ナマン ダメだ。恐れていたことが起こってしまった…。ヤツは吐ききったんだ。もうこれでヤツの攻撃能力はゼロも同然…。チクショウ…遅かったか…。

ガックリとその場にしゃがみこむナットクマン。

再び暗くなり、しばらくしてテレビの音。

アナ声 ゲボラに関する情報をお伝え致します。…ゲボラは東京タワーで一休みした後、皇居を迂回して練馬区に侵入。石神井公園で少し水を飲んでから埼玉方面に向かって北上、現在はさいたま市近郊にいる模様です。アッ今、中継がつながりました。里中さーん。

レポ声 ハイ。里中です。今私は、ヘリでさいたま市上空に来ています。ご覧頂けますでしょうか。ゲボラです。ゲボラが畑の中を歩いています。

アナ声 里中さん、ゲボラは何をしているんですか。

レポ声 ハイ。ここからでははっきりとしたことはわかりませんが、どうやら、歩きながらタマネギ畑のタマネギを食べている模様です。

アナ声 タマネギですか。

レポ声 ハイ。タマネギです。

アナ声 ゲボラはタマネギが好きだということですか?

レポ声 イエ、それはなんとも…。ただ、複数の目撃情報によると練馬区ではしきりにキャベツを食べていたとのことです。

ナットクマンに明かり。

ナットクマン、テレビに近づいて。

ナマン おかしいな…。ヤツはただ吐くだけの怪獣のはず…。気持ちが悪くなって、吐ききった後に、またすぐに食べものを口にしたりするわけがないんだが…。しかもキャベツは消化にいいからまだわかるにしても、タマネギはないだろうタマネギは…。…ああ、そうか。キャベツ食って、少しスッキリしたもんだから、調子にのってタマネギも口に入れちゃったんだ。バカなヤツ。

アナ声 …映像で見るかぎり、すごい食欲のように見えますが…。

レポ声 そうなんです。異常とも思える食欲で、既に練馬区のキャベツ畑は壊滅状態とのことです。…アッ、ちょっと待って下さい。今、動きがありました。ゲボラ吐いています。ご覧下さい。ゲボラ、再び吐き始めました。リバースです。リバースを続けています!

ナマン …だから、言わないことじゃない。やっぱり吐いたよ。タマネギなんか生で食ったら、普通の状態でも吐くっつーの。ホント、バカだな、あいつ…。これで完璧に終わったな…。さすがに、もう動けないだろう。アーア、終わり終わり、と。

ソファーに座るナットクマン。

アナ声 ヒドイ吐き方ですね。

ナマン (テレビに向かって)そりゃそうさ。弱った胃に生のタマネギだもん。

レポ声 まったくです。農家の方が一生懸命作られた作物を…。

ナマン (やや自暴自棄な感じで)いいんじゃねぇのタマネギぐらい。

レポ声 アッ、ご覧下さい。ゲボラがまたタマネギを食べ始めました…。

ナマン 何? まさか!

レポ声 アアッ、そしてまたリバースだぁ〜! 大変です。食べては吐き、吐いては食べています。アアッ、今度は私たちのヘリに向かってゲロを…。危険です。これは危険です! 大変なことになってきました!

ナットクマン、立ち上がって。

ナマン これは…。イヤ、間違いない。ヤツは進化したんだ。ただ気持ちが悪くて吐いていただけのアル中怪獣から、今やエンドレスで吐き続ける凶悪怪獣になっている。エネルギーを補充しながら、つまり、食べ物がある限りそれを食べ続けながら、連続して戦える進化型ニューゲボラだ!

ナットクマン、おもむろにマントを脱ぎ、ニヤリと笑って。

ナマン フッフッフッ…そうとわかれば焦ることはない。人類に今のゲボラは止められない。ヤツがこのまま暴れ続けて、打つ手のなくなった人類が、オレのことを思い出し、頭を下げてくるまで待つとしよう。そのほうがよりありがたみがアップするからな。フッフッフッ…。今までの経験から言うと、たぶん二〜三日後ってとこだろうな。よしよし。その間にもう少しマシなコスチュームを整えておくとするか。…フッフッフッ、いい流れになってきたぞ…。(テレビを見て)ゲボラ、その調子だ。今のうちにせいぜい暴れておくんだな、ハッハッハッ。

暗転。

アナ声 ニュースの時間です。昨日、草加煎餅の工場を襲ったゲボラは、そのまま北上を続け、本日早朝、栃木県に入った模様です…。

間。

アナ声 宇都宮に侵入したゲボラは、餃子店をすべて破壊、餃子を食い尽くしたあと、ゲロを吐き、餃子くさいゲロで宇都宮市街は足の踏み場もありません…。

間。

アナ声 日光にゲボラが出現しました。地元観光協会は名物のユバならびに羊羹の移送を開始しました…。

明るくなる。

ナットクマン、新コスチュームをまとい、腕組みをして立っている。

ナマン さぁ、いつでもこい、ゲボラ。このナットクマンZがいつでも相手になってやるぞ!

ナットクマン、キメのポーズ。

短い間。

ナマン ああ、そうだ。出動の前にちょっと世論的なものの動きをチェックしておいたほうがいいな。やはり、庶民あってのヒーローだからな。うんうん。

ナットクマン、パソコンに向かう。

ナマン え〜っと…。ネットはどうなってるかな…。

舞台奥の背景にネット上の文字が次々と映る。

文字、横書きで順次現れては消えていく。

ネット 「ゲボラヒドイ!」

ネット 「あんな怪獣早く始末してほしい」

ネット 「百害あって一利なし」

ネット 「くいもん返せ。バカヤロー!」

ネット 「シネシネシネ」

ナマン 世間もゲボラ憎し一色か。まっ、当然といえば当然だろうな。

さらに舞台奥の背景にネット上の文字が次々と映る。

ネット 「ゲボラのやつ映画に出ることになってたらしいぜ」

ネット 「映画?」

ネット 「そうそう。オレも聞いた」

ネット 「どーせ、悪役だろ」

ネット 「それが違うらしい」

ネット 「マジ?」

ネット 「いい役ってこと?」

ネット 「らしい」

ネット 「じゃあなんで暴れてるんだ」

ネット 「さぁ」

ネット 「本人はまだ悪キャラで通したいんじゃないのか」

ネット 「ああナルホド」

ネット 「まだ悪役でいけるってとこ、アピールしてるわけね」

ネット 「そうそう」

ナマン なになに、映画出演? ゲボラのヤツにそんなおいしい話が来てたとは…。これはチェックだな。もうちょっと調べておくか…。

さらに舞台奥の背景にネット上の文字が次々と映る。

ネット 「で、映画はどうなったの?」

ネット 「頓挫」

ネット 「なにゆえ?」

ネット 「監督が雲隠れしたらしい」

ネット 「なんだそれ」

ネット 「ゲボラが暴れ出したんで、責任感じたんじゃないか」

ネット 「まっ、どうせ四流映画だろ。どうでもいいよ」

ナマン …四流だとしても映画は映画だからな。…それなのにゲボラのやつ、みすみすチャンスを捨てるようなマネをするとは、とことんバカなやつ。ああ、そうだ。これは説得の材料に使えるかもしれんな…。「自分からチャンスを捨てるヤツが幸せになれるはずないだろう」…とかなんとか。

ナットクマン、メモ。

間。

ナマン それにしても遅いな…。人類は何をしているんだ…。こうなったら、もうオレしかいないだろ、オレしか。

ナットクマンのケータイ鳴る。

ナマン 来た来た来たぁ〜!(すばやくケータイを手にとり)ハイ。もしもし。こちらナットクマンでございます! …アッ、その声は! 科学警備隊の沖山隊長! お久しぶりです隊長。その節はお世話になりました。…イエイエ、とんでもない。…イエ、そんな。恐縮です。…エエ、エエ、もちろん元気です。元気すぎて自分でも怖いくらいです、ハイ。…アッ、ハイハイ。存じております。…ニュースで見ましたが、ずいぶん暴れているようですね、ゲボラのヤツ。まったく何を考えてるんだか…。…で、今日は…? …エエ、エエ、…ゲボラの資料…。調査? …そうですか…ごもっともです。…あの、ちなみに、沖山隊長はどのようにお考えですか…。…アア、なるほど。…エエ、エエ、おっしゃる通りです。…エエ、エエ。そうですよね。私も、沖山隊長のご意見にまったく同感です。
…そうなんですよ。明らかにゲボラは進化してます。ヤツはなんらかの理由で以前より数倍凶暴になってるんです。…エエ。ハイ…。そりゃもう今や完全な悪役キャラですよ。同情の余地なんかこれっぽっちもありゃしない! 世論もゲボラ憎しでまとまってるわけですし…なんて言うか…ここはひとつ、誰かが出ていってきっちりカタをつけないとなんないんじゃないかなって思ってますけど…。…エッ。ハイ。そりゃもう声をかけて頂ければ私のほうはいつでも…エエ、エエ、このナットクマン、人類のお役に立てることでしたら骨身を惜しむつもりはもうとうありませんから…。

間。

    …で、どうなんですかね…実際のところ、人類からゲボラ退治を仰せつかるヒーローっていうのはもう決まってるんですかね…。(間)…ハァ、…わからない。アッでも、科学警備隊のほうの動きとしては…。…アア、そうですか。リタイアして長いから…。それはそうですよね。…そうか、沖山さんにもわからないのか…。…それは残念だなぁ…。(間)私なんか、少なくとも一度はゲボラを退治してるわけですし…、まっ実績としてはそこそこあるんじゃないかなって自分では思ってるんですけど…。…ハイ、もちろんです。やる気はバリバリあるわけなんですが…。正直言って、出ていくタイミングが難しくて…。…すぐ出ていけばよかったんですが、私のほうにもいろいろ事情があったもんですから、ややタイミングをはずしたというか…。だから今出ていくとなると、それなりに、みんなが納得する理由がいると言うか…、そういうのがないと、「今頃なにしにきた」みたいな感じになりはしないかと…。…そうなんです。それが心配なんです。それに、もし、ヒーローが既に内定してたりするとですね、出ていった時点で私は完璧に浮いちゃうじゃないですか。ホラ、たまに行ったスナックでそれとは知らず常連さんのオハコを思いっきり歌っちゃって、「エッ、なんでそれ歌うかなぁ」みたいな。そういう空気になるんじゃないかと思って…。…アア、スミマセン、たとえがオヤジくさくって。…ただ、ニュースで見聞きする限りでは、人類にも打つ手がないようですし…。現時点でヒーローが決まっていないようでしたら…。なんというか、私の出番というのも、あっていいんじゃないかなぁって…。
…エエ、エエ。そうです。そうです。そういうことなんです! 要はキッカケなんです。誰がなんと言おうと、ゲボラを倒したのはまぎれもなく私なわけですから、当然、今回も私が出ていくべきなんですよ! いないでしょ、私しか! ここは絶対ナットクマンなんです! 違いますか沖山さん! 人類はなにをためらっているんですか! …アア、すみません。つい興奮してしまいました。…でも、これだけはわかって下さい。私は人類のためなら、いつだってこの身をささげるつもりでいるんです。…どうでしょうか。…もし、ご迷惑でなかったら沖山隊長、一肌脱いで頂けないでしょうかね…。イヤ、いくら引退されたとはいえ、元科学警備隊隊長の沖山さんがお口添えして下さったら、そりゃもう、心強いのなんのって、それ以上のバックアップはありませんから…。アッ、そうですか。考えて頂けますか。…エッ? 生放送? 今からですか! それはスゴい! エエ、エエ、エエ、エエ。是非、是非、よろしくお願い致します! …アッそうだ。それからですね、私、このたびナットクマンあらためナットクマンZとして……。? 切れちゃったか…。まっいいや。

ナットクマン、ケータイを切って,丁寧な扱いで机の上に置き、ガッツポーズ。

ナマン ヨッシャァ〜! 沖山隊長、たのんまっせぇ〜!

ナットクマン、テレビのスイッチを入れる。

アナ声 それでは今日の特集です。本日は、元科学警備隊隊長で、怪獣退治にお詳しい沖山さんをスタジオにお迎えして、ゲボラ対策のすべてを語って頂きます。それでは沖山さんよろしくお願い致します。

沖山声 ハイ、よろしくお願いします。

アナ声 では早速ですが、沖山さんは現在のゲボラの状況をどう見ておられますか?

沖山声 以前とは違いますね。明らかに。

アナ声 そうですか。沖山さんはかつてゲボラと戦ったことがあるそうですが、その時の状況をかいつまんでお話頂けますか?

沖山声 もう二〇年以上前になりますが、当時、ナットクマンというヒーローがおりまして…。実は、最終的には、彼がゲボラを倒したんですよ。

ナマン (テレビに向かって)いいぞ、オキヤマァ〜!

アナ声 ナットクマン、ですか?

沖山声 エエ。

アナ声 ナットクマンについて、少し説明して頂けますか。

ナマン (テレビに向かって)てめぇ、知らねーのかよ。

沖山声 ナットクマンというのはですね。まっ、ちょっと変わったヒーローでして…。正確に言うと、「倒す」と言うよりも、「納得」させるんです。…改心させるというか。言葉で…。

アナ声 つまり口でまるめこむんですね。

ナマン (テレビに向かって)イヤな言い方すんな!

沖山声 エエ、まぁ、スタイルとしてはそういう形になります…。

ナマン (テレビに向かって)エエエッ!…そんなふうに思ってたんですか、沖山さん。

アナ声 それで、納豆マンというのは…。

ナマン (テレビに向かって)ナットクだよ、ナットク。

アナ声 現在は何をしているんですか?

沖山声 さぁ、それが…。詳しいことは私にもわからないんですよ。つい先ほど、二〇年ぶりに電話してみたんですが…。

アナ声 今も生きてるんですね。

ナマン (テレビに向かって)生きてるよ。当たり前だろ! ヒーローは死なないっつーの!

沖山声 特に何かをしているということはないみたいでしたが…。

アナ声 ブラブラしている。

沖山声 エエ、たぶん。

アナ声 二〇年間も? 重症のニートということですか?

ナマン (テレビに向かって)違うよ、バーカ!

沖山声 ニートと言うか…。私の想像ですが…。

アナ声 沖山さんのご想像では?

沖山声 燃え尽きたんじゃないですかね。

アナ声 燃え尽き症候群ですか。

沖山声 エエ、まぁ、そういう感じだと思います。我々にも経験があるんですが、正義のために戦うってことは皆さんが思う以上にストレスなんですよ。…何が正義なのかわからなくなるというか…そういう混乱した精神状態になっていくもんなんです。理想に燃え、正義を愛し、「怪獣と戦うことイコール悪と戦うこと」そう信じて戦っているうちはいいんですが…。長年戦いを続けていると、中には同情の余地のある怪獣もいたりしましてね。そういうのに向けてミサイルを発射するのは正直気が引けたりするもんなんです。だから細かい事情には目をつぶるようになるというか…。だんだん、自分に言い聞かせながら戦うようになるんです。「怪獣は悪なんだ。だから戦うんだ」と。でもそういう意識もだんだん麻痺してきて…。すると、最後には、「仕事としてやらざるを得ないからやるんだ」というところに落ち着いていくんです。そうなるともう、自分で判断して正義か悪かを決めるというよりは、ただなんとなく「あの怪獣は悪だとみんなが言うからたぶん悪なんだろう。いずれにしても、とにかくオレは戦えばいいんだ」と、まぁそういうふうになってしまうんですよ。…私だって事情がわからないまま、ただ出撃命令の赤いブザーがなったから出動したってこと、何度もありますからね。…そういう「仕事としての正義」に疲れたんじゃないかな。ナットクマンは。

ナマン (テレビに向かって)ちょっと待って下さいよ沖山さん!

沖山声 でもね。さっき話をした感じでは、彼、少しやる気を取り戻したみたいだったなぁ。

ナマン (テレビに向かって)そうそう。そこを強調しないと!

アナ声 やる気、ですか?

沖山声 エエ。ゲボラを倒せるのは自分しかいない、といったようなことをしきりに言ってましたね。

アナ声 少し話は戻りますが、二十数年前、ゲボラを倒したのは本当に納豆マンなんですか。

ナマン (テレビに向かって)ナットクだよ、ナットク!

沖山声 ハイ。間違いありません。

ナマン (テレビに向かって)よーし。よく言った。オキヤマ! たたみかけろ!

アナ声 つまり、ゲボラを口でまるめこむことに成功したわけですよね。

沖山声 エエ、昔のことなんで、よくは覚えていませんが、確か…口でまるめこんで油断させてから、ゲボラを殴って、ゲロを吐かせて…。最後は島に…。ゲボ島という絶海の孤島に閉じ込めたと記憶しています。

アナ声 油断させておいてから、殴って、吐かせて、閉じ込めたんですか。

ナマン (テレビに向かって)オイ。待てよ!

沖山声 ハイ。

ナマン (テレビに向かって)オキヤマさん!

アナ声 当時、ゲボラはどのような怪獣だったのでしょうか? やはり凶暴な…。

沖山声 イエ。別に。元々は気の小さい、おとなしいヤツですから。

アナ声 納豆マンは、気の小さい、おとなしい怪獣を、ダマして、殴って、吐かせて、閉じ込めたんですね。

沖山声 エエ、まぁ。

アナ声 …今回の事件を沖山さんはどのようにお考えですか?

沖山声 どのように、と言いますと?

アナ声 たとえば、かつて納豆マンにネチネチいじめられて、島に閉じ込められたゲボラが、その仕返しに来た…ということは考えられませんか?

沖山声 …なくはないと思いますが…。

アナ声 ありがとうございました。では、ここでいったんCMです。

ナットクマン、テレビを切って。

ナマン ちょっと待てよ! なんだよこれ。話が違うじゃないか。あのくそジジィ、ボケやがって! 殴って、吐かせて、閉じ込めただと。それじゃオレのほうが悪者じゃねぇか。ちゃんと説明しろよ、細かい経緯を。ヤツは完全なアルコール依存症だったんだ。だから更正させるためのプログラムを用意して、施設の整ったゲボ島を紹介したんじゃないか! ゲボラだって、そのおかげで立ち直れたわけだから、オレに感謝こそすれ、恨む筋合いなんかこれっぽっちもないっつーの。そういうことを言えよ、そういうことを! アア、クソッ。まったく! …やっぱダメだな、テレビは。取り上げ方が中途半端で。…よーし、こうなったら仕方ない。匿名でネットにコメント入れてやる!

ナットクマン、パソコンに向かい、キーボードを打ち始める。

舞台奥の背景にナットクマンが打ったネット上の文字が映る。

ナマン (キーボードを打ちつつしゃべる。同じ文面、舞台奥背景にも映る)「やっぱナットクマンしかいないんじゃない。ゲボラを倒せるのは。ナットクマンサイコー! ちなみにバカアナウンサーが納豆マンって言ってたけど、ナットクマンなんでヨロシク。ダメだね、今どきのアナウンサーは。アアそれから正確に言うとZがつくみたいだよ。別にいいけどね、ナットクマンでも」と。

舞台奥の背景にネット上のコメントが映る。

ナマン オッ、早速きたか。なになに…。

ナットクマン、モニターをのぞき込む。

ネット 「納豆マンのほうがかわいくないか?」

ネット 「ていうかマンなしで納豆だけでいいよ」

ネット 「納豆さえあれば三杯はいけるからな。納豆だけでいい」

ネット 「でも納豆ってネバネバしててヤダ」

ネット 「ネバネバしてない納豆なんて納豆じゃないだろ」

ナマン なんだこれ。話がそれちゃってるよ…。(キーボードを打ちつつしゃべる。同じ文面、舞台奥背景にも映る)「納豆はこの際、どうでもいいんじゃないかな」

ネット 「どうでもよくない! 納豆は最高だ」

ネット 「イヤ最低だ」

ネット 「なら食うな」

ネット 「イヤ、食う」

ネット 「じゃあ、食え」

ネット 「でもやっぱり納豆はマズいかも」

ナマン 納豆から離れろよ、もう…。

ネット 「マズいって言えば、さっきのテレビどう思う。あれってまじマズくない?」

ナマン オオッ。戻った。

ネット 「何が?」

ネット 「ナットクマンってゴーインすぎると思うわけ」

ネット 「確かに相手を油断させて、殴る、蹴るってのはヒーローのすることじゃないな」

ナマン クソッ! 変な風に戻りやがった!(キーボードを打ちつつしゃべる。同じ文面、舞台奥背景にも映る)「そんなことないと思う。彼はアルコール依存症のゲボラを助けたヒーローじゃん」と。

ネット 「アル中だからダメっていうの変じゃない?」

ネット 「酒飲むのも、それで死ぬのも本人の勝手だっつーの」

ネット 「酒飲んだだけで殴られるんじゃ、オレなんか生きてけねーよ」

ネット 「頼んでもいないのに吐かせんな、バーカ」

ナマン ちょっ、ちょっと待てよ…。エーッと…。(キーボードを打ちつつしゃべる。同じ文面、舞台奥背景にも映る)「みんな、落ち着こうぜ。ナットクマンは人類の平和のために戦ったんだ」

ネット 「ウゼー」

ネット 「サムイ。凍えそう」

ネット 「ていうか、平和のための戦いって、オレ、キホン違うかなって思うけど」

ネット 「賛成」

ネット 「オレも」

ナマン アーもう。(キーボードを打ちつつしゃべる。同じ文面、舞台奥背景にも映る)「それって、このままゲボラに好き勝手させていいってこと?」と。どうだ、これで。

ネット 「ゲボラ死ね。ナットクマンも死ね」

ネット 「つーか。オレ、ゲボラとナットクマン、つるんでるって気するんだけど」

ネット 「どういうこと?」

ネット 「ヒマしてたナットクマンが、目立ちたいばっかりにゲボラをそそのかしたってこと」

ネット 「ナルホド」

ネット 「あるね。それは」

ネット 「キマリ、キマリ」

ネット 「大ナットク!」

ネット 「キタナイぞ。ナットクマン」

ネット 「踊らされてるゲボラがかわいそう」

ネット 「出てこいナットクマン。卑怯者」

ナマン ちょっ…ちょっと…。エーッと…。(キーボードを打ちつつしゃべる。同じ文面、舞台奥背景にも映る)「それはないだろ。ナットクマンがそんなことするわけない!」

ネット 「うるせー」

ネット 「ナットクマン死ね。ナットクマンのサポーターも一緒に死ね」

ネット 「シネシネシネシネシネシネ」

ナットクマン、パソコンから離れて。

ナマン ダメだこりゃ…。テレビもネットもこんな状況じゃ、いつまでたっても出動要請なんかくるわけないよ…。せっかくおニューのコスチュームまで用意したっていうのに、すべては水の泡か…。

ソファーに座り、うなだれるナットクマン。

暗転。

ゲボラの様子を伝えるニュースの声が断片的に流れる。

やがてゆっくりと明るくなる。

ソファーで寝ているナットクマン。

ケータイ鳴る。

ナットクマン、けだるそうに寝たままケータイをとり。

ナマン …ハイ。もしもし。どちら様ですか…。クダマ…。オオ、クダマキングか。久しぶりだな…。で、なんだよ。…アア、ゲボラのことか。言っておくが、ゲボラが暴れてるのは、オレのせいじゃないからな。…ん? 知ってる? …お前、ゲボラが暴れだした本当のわけを知ってるのか? アア、アア、そうか、是非、聞かせてくれ! 世間では、オレのせいだとか、オレがそそのかしたみたいなことまで言うヤツがいるんだ。ぬれぎぬを晴らすためにも…。何? 映画? アア、そうらしいな。…それは知ってる。映画出演が決まってたんだろ…。…へぇ〜「ゲボ戦記」って言うのか。…なるほど。ゲボ島でロケして…ウンウン…。それって主役級じゃないか、すごいなゲボラのやつ。
…ん? 迷ってた? どういうことだよ。…ウンウン、出演するかどうか? アア、そういうことか。初めていい役やることになったからビビってたのか。なるほどな…。で? 監督が来て…アア、雲隠れしたっていうヤツな。知ってる知ってる。だいぶ前にネットに出てたよ。…でも結局、その映画、ダメになったんだろ。…責任? ゲボラが? なんでだよ。自分のせいで…。アア、映画がポシャったのは自分のせいだと思ったってことだな。…イヤ、絶対そうだって。あいつ変にマジメなとこあるからさぁ…。…それで…ハァ? 吐きはじめた? その頃から吐き始めたんだな。アア、アア、何? 食べては吐き、吐いては食べる…。罪悪感から? 一日中? お前、それ完全な摂食障害じゃないか!

間。

    …そうか、わかったぞ! ゲボラのやつ、監督に「もっと痩せてくれ」とかなんとか言われたんじゃないか。「そんな体型じゃ主役は無理だ」とかなんとか。イヤ、絶対そうだって。それで無理に痩せようとして強引に吐くうちに…映画会社が手を引いて…。わかった! わかったぞ! よーし、これでいただきだ。ありがとうクダマキング。…イヤイヤ、心配するなって。摂食障害だとわかれば話は早い。すぐに更正プログラム用意するから、あとはオレに任せろ。心配すんな。絶対ヤツを立ち直らせてやるから。…エッ? なんだよ。イヤ、だから間違いないって。あいつ気が弱いだろ。元々アル中になったのもそういう弱い性格だったからじゃないか。今回だって根っこは同じなんだよ。ヤツは結局、プレッシャーに押しつぶされて、摂食障害という病気に逃げてるだけなんだ。…ハァ? レッテル? なんだよ、イヤな言い方すんなよ。バカだな、オレはレッテルを貼るつもりなんか全然ないぞ。ただ、この状況では、どう考えたって、百パーセント摂食障害以外に考えられないだろ。違うか?
…キャラクターに悩んでた? アア、だから、よくあることなんだって。悪役からの脱皮が怖かったんだろ。「自分にはいい人キャラは向かない」「オレにそんな資格はない」とか、そういう感じだろ。わかる、わかるって。けどな、そういうの、オレに言わせれば贅沢だぞ。だってそうじゃないか。まわりがキャラを作ってくれるなんて、そうそうあることじゃないんだ。みんな自分一人で頑張って、どういうキャラでいこうか、どういうキャラで世間に認めてもらおうかって、それで必死に悩んでるんだぜ。そういうヤツらから見れば、ゲボラの悩みなんて、悩みのうちに入らないって。キャラ作りで苦労してる人たちに失礼だよ失礼。…ハァ? 本当の自分? なんだ、それ? 意味わかんねぇよ。…お前、今どき「自分さがし」なんて流行んないぞ。なにぬるいこと言ってんだ。古いよ。古い古い。キャラさがしだよ、キャラさがし。今はそういう時代なんだって! いいか、よく聞け。オレだって、今回、新しいコスチュームを用意してだな、ナットクマンZとして再デビューしようとしてるんだ。つまり、時代は日々刻々と移り変わってて、その時々に、一番受け入れてもらえるキャラに自分を変えていかないと、世間からは取り残されちまうって仕組みさ。それなのに本当の自分とか自分さがしとか夢みたいなこといつまでも言ってんじゃないよ! …お前がアル中仲間のゲボラのことを心配する気持ちはわかるが、もし本当にゲボラのことを友達だと思ってるんなら、キャラさがしを手伝ってやるべきだったんじゃないか。
…わからない? もういいよ。とにかく、貴重な情報を提供してくれたことには感謝してる。だから、後はオレに任せておけ。(間)…だからさぁ。なんだよ。しつこいな相変わらず。千パーセント摂食障害だって。プロだぞオレは。うるさいよ。お前こそ、アル中が治ってないんじゃないのか。…アル中患者の五〇パーセントは再発するっていうからな。ゲボラを更正させたら、お前のとこにも行ってやるよ。…だからさぁ、案外自分のことはわかんなくて、まわりのほうがよくわかってたりするもんなんだって。アア、もういい、もういい。しつこすぎるよ。何度も言うが、アル中はアル中だし、摂食障害は摂食障害なんだ! それ以上でもそれ以下でもない。オレの言うとおりにしてればいいんだ。お前たちのことはオレが一番よくわかってるんだ。お前たちは…。

エコーの効いたクダマキングの声。

クダ声 キメツケナイデクレ。

プチッという、電話の切れる音。

ナマン チッ、切りやがった。クダマキングのやつ、相変わらずたちが悪いな…。…まっいいか。超シークレットな情報が手に入ったわけだから…。

ナットクマン、棚から書類を引っ張り出し。

ナマン エーッと…摂食障害、摂食障害っと…。あったあった、(書類を手に取り)「摂食障害更正支援プログラム」。これさえあればこの勝負、勝ったも同然。よし、こうなったら人類の要請を待たず出動しよう。うん、そうだ、そうだ。そのほうがよりインパクトがあるじゃないか。不意に現れ、人類のためにゲボラを倒し、名乗りもせず風のように去っていく一人のヒーロー。これだ、これだ。これこそ、みんなが待ち望んでいたヒーローじゃないか! ヨッシャー! ゲボラ、どこだ! 今、どこにいる!

ナットクマン、テレビのスイッチを入れる。

テレビよりアナウンサーの声。

アナ声 …ゲボラに関する最新の情報が入りました。…ゲボラは十和田湖に身を投げた模様です。繰り返します。本日午後六時二〇分頃、ゲボラは十和田湖に身を投げました。

ナマン なんだって!

アナ声 …政府は引き続き十和田湖周辺を警戒区域に指定し、自衛隊ならびに警察による警戒監視を続けています。…アッ、今、さらに情報が入りました。ゲボラの死亡が確認されました。ゲボラ死亡です…。

テレビの音、小さくなる。

ナマン ゲボラ死亡…。…しまった。…遅かったか。ようやく答えが見つかったっていうのに、どこまでツイてないんだオレは…。(ガックリとソファーに腰をおろし、手にした書類を床に投げ捨て)アーア、元の木阿弥か…。…もう少し早く気づいてさえいれば…。せっかくのチャンスだったのに…。おしいことをした…。…摂食障害患者は時に自殺願望を持つものだからな…、そういう意味ではある程度想定はしていたが…それにしてもそこまで重症の摂食障害だったとは…。

エコーの効いたクダマキングの声。

クダ声 キメツケナイデクレ。

ナマン (立ち上がって)ん? …空耳か。

ナットクマン、ゆっくりと座り直す。

テレビの音、大きくなる。

アナ声 ゲボラの自殺というショッキングな幕切れを迎えたわけですが、この点に関して、沖山さんはどのようにお考えですか?

沖山声 いや、正直驚きました。しかし、その一方で、ゲボラの自殺により、事件の真相がより鮮明に浮かび上がってきたのではないかと考えています。

アナ声 どういうことでしょうか?

沖山声 今回の一連の騒動の根本にはゲボ島での映画撮影があるのではないかと、私は思っているんですよ。

アナ声 「ゲボ戦記」のことですね。

沖山声 エエ。ゲボラはですね、「ゲボ戦記」への出演が決まり、既にシナリオを受け取っていたんです。そしてその後、すぐに今回の事件を起こしたわけですよね。

アナ声 ハイ。おっしゃるとおりです。

沖山声 この状況から普通に推論すれば、映画と事件との間になんらかの因果関係があると考えるのが自然じゃありませんか。

ナマン (テレビに向かって)だから摂食障害だよ、摂食障害!

アナ声 もう少し、詳しくお聞かせ下さい。

沖山声 私が今手にしているのは、映画「ゲボ戦記」のシナリオなんですが、ここを見て下さい。ここ、これがゲボラのセリフなんです。…いいですか。ゲボラ、食堂に現れ、怖い顔で客たちに詰め寄りつつ、「食べ物を粗末にするヤツなんか大嫌いだ!」…いかがですか。「食べ物を粗末にするヤツなんか大嫌いだ!」。このセリフと、吐いては食べ、食べては吐いたゲボラの姿を重ね合わせてみるとですね、私にはひとつの答えが見えてくるんですよ。…つまりゲボラは「食べ物を粗末にするヤツなんか大嫌いだ!」という言葉を、映画の中のセリフとしてではなく、現実の社会への重大なメッセージとして受け止めてしまった可能性が強いんです。そんな折りも折、不幸なことに映画は撮影中止になってしまった…。これでは自分の役目が果たせない。ゲボラはそう考えたんじゃないでしょうか。そこで生真面目なゲボラは、このメッセージを伝えるため日本に上陸し、この飽食の時代に警鐘を鳴らすため、自らが食べ続け、吐き続けた…。私にはそう思えてしかたない…。

アナ声 なるほど。つまりゲボラは今の日本のひずみそのものが作り出した怪獣だったというわけですね。

ナマン (テレビに向かって)考えすぎだよ!

沖山声 そのとおりです。我々は今回のゲボラ事件を貴重な教訓とすべきではないでしょうか。そして二度とこのような怪獣を生み出さないよう、もう一度、この国がかかえる問題のひとつひとつについて、真正面から取り組むべきだと思います。

ナマン (テレビに向かって)なにキレイにまとめてんだよ、オキヤマ!

アナ声 そういう点からみると、ゲボラは私たちに大切なことを教えてくれたような気さえします。そして、ゲボラの自殺という悲しい結末を迎えてしまったことを私たちは深く反省すべきなのかもしれません。今にして思えば、怪獣ゲボラにはどことなく影があったような気もしますが、それは彼が抱えていた問題の大きさゆえだったんですね…。

ナマン (テレビに向かって)病気だからだよ、病気!

沖山声 エエ。彼はこの国の負の部分を背負って、湖に身を投げたんです。彼こそ真のヒーローというべきではないでしょうか…。

ナマン (テレビに向かって)ちょっと待てよ! なんで暴れ回ったゲボラがヒーローなんだよ。いい加減なこと言うんじゃないよ! ゲボラは何も背負っていない。あんなヤツがヒーローなもんか! まったくテレビのいい加減さときたら、とんでもない…。

ナットクマン、パソコンのモニターを見る。

舞台奥の背景にネット上のコメントが映る。

ネット 「ゲボラ最高!」

ネット 「オレはこれからなんでも完食するぞ!」

ネット 「彼は殉教者だ!」

ネット 「けど自殺する必要はなかったんじゃないか」

ネット 「イヤ、あれはナットクマンへの当てつけだろ」

ネット 「どういうこと?」

ネット 「ゲボラがナットクマンに脅かされてたっていうのはジョーシキ」

ネット 「そうそう。ナットクマンとの腐れ縁を断ち切るために死んだんだろ」

ネット 「映画に出演して、自分より目立ったら、ワルだった頃のゲボラのこと全部バラすって言われてたらしい」

ネット 「じゃあ、飽食の時代に生きる私たちへのメッセージっていうのはウソなの?」

ネット 「いや、そうじゃない。正面きってメッセージを伝えて、ヒーロー扱いされるわけにはいかなかったってこと」

ネット 「あくまで悪役のふりをしつつオレたちにメッセージを伝えるには、ああやって暴れるしかなかったんだと思う」

ネット 「ツラかったろうね」

ネット 「悲しすぎるよ」

ネット 「要するに本当のワルはナットクマンか」

ネット 「ナットクマン絶対許さねぇ!」

ナマン なんだよ、コレ。デタラメにもほどがあるぞ!(キーボードを打ちつつしゃべる。同じ文面、舞台奥背景にも映る)「私が本当のことを教えよう。ゲボラは摂食障害という病気で苦しんでいただけなんだ。ナットクマンは全然関係ない」

ネット 「証拠あんの?」

ナマン (キーボードを打ちつつしゃべる。同じ文面、舞台奥背景にも映る)「ゲボラの友達のクダマキングが言っていた」

ネット 「誰だよ、クダマキングって」

ネット 「そいつが摂食障害だったって断言したわけ?」

ナマン (キーボードを打ちつつしゃべる。同じ文面、舞台奥背景にも映る)「ハッキリそうとは言ってないが、そうとしか考えられない。オレにはわかるんだ!」

ネット 「あなたは医師免許を持っているんですか?」

ナマン (キーボードを打ちつつしゃべる。同じ文面、舞台奥背景にも映る)「イヤ、持ってはいないけど」

ネット 「デタラメ。デタラメ」

ネット 「シンジラレナーイ」

ナマン (キーボードを打ちつつしゃべる。同じ文面、舞台奥背景にも映る)「信じてくれ。ウソじゃない。ゲボラは絶対、摂食障害なんだ。」

舞台奥背景に「キメツケナイデクレ」の文字。

一瞬、ギクリとするナットクマン。

ナマン 決めつけてるわけじゃない、事実を言ってるんだ…。オレはなにも…。

ネット 「悪いのはナットクマン。ゲボラはヒーロー」

ネット 「悪いのはナットクマン。ゲボラはヒーロー」

ネット 「悪いのはナットクマン。ゲボラはヒーロー」

ネット 「悪いのはナットクマン。ゲボラはヒーロー」

ネット 「ナットクマンハ…」

ネット 「シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ…」

舞台奥背景一面に「シネ」の文字が流れ続ける。

ナットクマン、パソコンから離れて、呆然。

ナマン なんだよこれ…。

テレビの音、大きくなる。

街の声 ゲボラってちょっとかわいかったりしたよね。吐いたときの顔とか。

街の声 そうそう。涙目になってて。ウルウルッみたいな。

街の声 ギュッてしてあげたかったよね。

アナ声 …このように世間では自殺したゲボラへの同情が集まっているようですが…。どうなんでしょうか、沖山さん。一部にナットクマンがゲボラを見殺しにしたという話もあるようですが?

沖山声 エエ、ナットクマンはしきりにゲボラと戦いたがっていましたからね。ひょっとしたら、なんらかの解決方法を予め知っていたのかもしれません。

アナ声 影で糸を引いていたという人もいますね。

沖山声 私の知人に警察関係者がいるんですが、そのスジからの話では、近々、公安が動き出すだろうとのことです。そういう意味では、今回の事件はこれで終わったわけではなく、新たな局面を迎えたと言えるかもしれませんね。

アナ声 いずれにしても一日も早く真相を明らかにして、しかるべき対応をしてもらいたいものです。

ナマン ふざけるな! いいかげんにしろ! よってたかってオレを犯人扱いする気だな! オレはヒーローだぞ! ヒーローをなんだと思ってるんだ! クソバカ野郎ども、消え失せろ!

ナットクマン、テレビを倒す。

テレビの音、消える。

舞台奥背景には「シネ」の文字流れ続けている。

ナマン お前も消えてなくなれ!

ナットクマン、パソコンとモニタを投げたおす。

背景文字消える。

ナマン 消えろ! 消えろ! 消え失せろ!

部屋の中を暴れまわるナットクマン。

ケータイが鳴る。

ナマン やかましい!

ナットクマン、ケータイも投げ捨てる。

やがて暴れるのをやめ、静かになった部屋で一人たちつくすナットクマン。

ポツリと。

ナマン …オレが一体何をした…。なぜオレが悪者になるんだ。何もわかっちゃいないくせに、オレのことを…。勝手にオレのことを…。

ナットクマンの声に合わせて、エコーの効いたクダマキングの声。

ナ・ク キメツケナイデクレ。

暗くなる。

舞台奥背景にネット上のとりとめのないやりとりが流れ続ける。

テレビの声、断片的に聞こえてくる。

テレ声 では次のニュースです…。

テレ声 ゲボォ〜。

テレ声 アハハハハハ…。

テレ声 ガソリンの値段が一円下がりました…。

テレ声 いよいよ夏本番、海岸を埋め尽くした行楽客で…。

テレ声 …今日はスタジオに第一回巨乳祭りで優勝されたリコさんに来て頂いてます…。

テレ声 アハハハハハ…。

テレビの音、小さくなっていく。

ぼんやりとした明かり、ナットクマンに。

コツコツとドアをノックする音。

ナマン …。

再びコツコツとドアをノックする音。

ナマン …あいてるよ。

ドアの開く音。顔を上げるナットクマン。客席側が入り口で、そこに誰かが立っているらしい。

ナマン …お前。…クダマキング。

やや身構えるナットクマン。

ナマン なんの用だ。

ナットクマン、ドアの向こうに立つクダマキングと話をしているらしい。

ナマン …手紙? …オレに? 見せにきた? (間)…ゲボラの? …それ遺書じゃないのか。(間)…読んでほしい? オレに? いいのか、これお前宛の手紙だぞ…。…アア、わかった…。

ナットクマン、(ジェスチャーで)手紙を受け取る。

ナマン (手紙を広げて読み始める)…ボクは怪獣です。ボクはゲボを吐く怪獣です。汚い怪獣です。ゴメンナサイ。もうどうしていいかわかりません。友達と呼べるのは君しかいないので、君にだけ本当のことを書きます。(この後はゲボラの声で)ゲボ島に来て二〇年以上が経ちました。ずいぶんおだやかな暮らしができたと自分でも驚いています。アルコールもやめました。おかげで少し太ったくらいです。おだやかすぎて、なんだか空や海や草や木やいろいろなものに自分も溶け込んでしまったような気さえしていました。そんなとき、サングラスをかけた怖そうな人が現れて、ボクに「映画に出てみないか」と言いました。その人は映画の監督さんで、「いい役なんだよ」「絶対みんなに好かれるはずだ」「イメージチェンジしてやり直さないか」「君にはいい怪獣になる素質がある」と、とても熱心に映画への出演を勧めてくれました。けれどもボクはあまりやりたくありませんでした。別に悪者が好きなわけじゃないけど、いまさらいい怪獣になって、みんなの前に出ていくのも億劫だったからです。君ならわかってくれると思いますが、ボクは正直言って、今の自分がいい怪獣だとも悪い怪獣だとも思っていません。そういうことはどうでもいいのです。空や海や草や木やいろいろなものに溶け込んで生きているだけで十分なのです。だからそういうことを正直に監督さんに伝えました。
すると監督さんは急に怒り出しました。「怪獣のくせに偉そうなことを言うな。お前を推薦したオレの顔を潰す気か。世の中で生きていくんだから、いいか悪いかしかないだろ。中途半端なところでグダグダしやがって」。…とても怖かったです。そしてとうとう「ヨーシわかった。そんなに言うなら、オレがお前の腹の中を見てきてやる、シロかクロかオレが決めてやる」と監督さんは言いだしました。ビデオカメラを持った監督さんがボクに近づいてきて「さぁ口を開けろ」と怒鳴りました。監督さんの顔がボクの顔の前にありました。監督さんは酔っぱらっていました。すえたアルコールの臭いがしました。スミマセン。気がついたらボクは監督さんをお腹の中に入れてしまっていました。監督さんを食べてしまいました。ボクは食べてしまった監督さんをなんとか吐き出そうとしましたが、どういうわけか、どうしても吐き出すことができません。お茶を飲んで吐いても、ごはんを食べて吐いても、どうしても無理なんです。
このままでは監督さんが溶けてしまうので、東京に上陸しようと思っています。ナットクマンさんが出てきて、また昔のようにボクのことを助けてくれるかもしれないからです。ナットクマンさんのナットクパンチで監督さんを吐き出せるかもしれません。だからボクはこれから日本へ向かいます。ボクが暴れ続けていればきっとナットクマンさんが来てくれるはずです。けれど、どうしてもうまくいかなくて、監督さんを吐き出すことができなかったときは、そのときは、ボクは死んでお詫びをするつもりです。ボクはダメ怪獣なのでそうするしかないのです。

間。

ナットクマン、呆然として。

ナマン 摂食障害じゃなかったのか…。あいつはオレに助けを求めて…。

間。

ナマン 許してくれ…ゲボラ。

ナットクマン、コスチュームを脱ぎ捨てる。

ナマン …クダマキング。オレは自分が恥ずかしいよ。本当に恥ずかしい…。最低だよな…。

ナットクマン、クダマキングに手紙を返し、ドアを出て、ゆっくりと下手へ歩いて行きつつ。

ナマン どこへ行くのかって?…さぁ、わからない。(間)ヒーローを続けるかって? どうだろう。無理かもしれないな…。…正直、今はやれる気がしないよ…。(間)オレには資格がないもの…。今さら言っても遅すぎるけど、ヒーローにとって大切なことは、怒ることでも、褒めることでも、説得することでもなかったんだ…。一番大切なことは、困っているヤツ、苦しんでいるヤツの、かすかなため息に耳を傾けられるかどうかだったんだ。なのに、オレは、うわべに惑わされて本当の姿が見えなかった。雑音にばかり気をとられて本当の声が聞こえなかった。…バカだよ、オレは。どうしようもないバカだ…。今頃気づくなんて…。

とぼとぼと下手へ消えていくナットクマン。

真っ暗な中、

舞台奥に、縦書きの白い文字が現れては消えていく。

文字  でも、ゲボラは

文字  死ぬまで待ち続けていたんだと思います

文字  あなたを

文字  ヒーローを

文字  だから

文字  ヒーローになってください

文字  本当の

文字  ヒーローに

一瞬、ナットクマンのコスチュームが舞台中央に浮かび上がる。

「ヒーローに」の文字だけが残り、真っ暗な中で。(幕)

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