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ゴメンねジロー〜「キャラ捨て山の天狗退治」より〜

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●17人 ●3時間半〜4時間程度

●あらすじ

伝説のタネ本「キャラ捨て山の天狗退治」で村おこし? タローの家のジローが半端なお供を連れて…。(注)たぶん舞台化不可能。読み物としてお楽しみ下さい。

●キャスト

ジロー
おじいさん
おばあさん
動物①
虫たち
村長
ミタニ
ニナヤマ
ポッピー
地蔵
ウサギ
カッパ
カメ
天狗(本物)
天狗(タロー)
九ちゃん

●台本(全文)

中央に演壇。その後ろには本を開いたような形の屏風(スクリーン)が立てられている。

演壇の前にはパイプ椅子がズラリと並べられているが、座っているのはジローひとり。

やがて「村長の祝辞」の文字が屏風に浮かび、パラパラと拍手の音。

ノロノロとした足取りで村長が登場。面倒くさそうにマイクの高さを調整しつつ。

村長   (おもむろに顔をあげ、会場を見渡し、小さくため息。小声で)なんだよ、…ったく。ガラガラじゃんかよ。案内とかちゃんと出したの?(袖のほうに顔を向け)出した。…ほぅ〜出したんだ。…出してこれかよ、…ったく。えっ? 何? 入ってる? だから入ってないって。見りゃわかるだろ。ガラガラじゃんか。…はぁ? マイク? ああマイク、マイクが入ってるのか。(気を取り直してひとつ咳払い)エー、本日は成人式ということで、エー、誠におめでとうございます。エー、今日からみなさんは晴れて大人の仲間入りをされるわけでして、そういうみなさんの晴れ姿を………ん? (小声で)まてよ、みなさんってのは変だよな。(ジローをのぞき込み)君ひとりだもんね。(ジローうなづく)…だよね。ク〜。侘びしいねぇまったく。成人式だよ成人式。村主催の成人式に出席者がたったひとりじゃトホホすぎるよね。……よかったよなぁ〜昔は。大体さぁ、言わせてもらえば根性ないっつーの。今時の若いモンは。でしょ。なんだよ。ちょっと景気が悪いからってさぁ、われ先に逃げ出しちゃってさ。ズルいよまったく。本来はこういうときこそ若者が先頭に立つべきなんじゃありませんかっつーの。だってそうでしょ。時代を切り開くのは若い力なんじゃないの? 俺はそう思うけどなぁ。それがなんだよ…(袖のほうに顔を向け)えっ? 何?(ハッと気がつき)……ああ悪い悪い。お祝いの言葉だよねお祝いの。お目出たい席なんだよねこれは。最近めっきりグチっぽくなっちゃってね。ゴメンゴメン。(ジローに)君には関係ない話だったよね。エーっと。…エー、今日からみなさんは晴れて大人の仲間入りを…、あっこれは読んだか。エー、これからは責任ある大人のひとりとして、村のため、家族のため、そして何より自分自身のため、粉骨砕身頑張ってください。みなさんの、アッいや、君のその手で明るい未来をつかみとり……。(小声で)明るい未来かぁ…。あるのかねぇ、この村に明るい未来なんて…。(ジローに)わかる? この俺のつら〜い気持ち。(ジロー首をかしげる)…だよね。わかるわけないよね。いいんだいいんだ。でも君なかなか正直でいいね。どこの子なの?……ほほぅタローの家の。そりゃ珍しい。ずいぶん久し振りじゃないか、タロー家から成人式の参加者が出るなんて。そうかいそうかい。じゃタロー君なんだね君は。(ジロー、座ったまま村長に何事か説明している)…えっ? タロー君じゃないの? なんでよ? あそこんちの子は代々タローに決まってるはずだけど。…はぁ? ジロー? ジローっていうのかね君は。なんでまた…。えっ? 知らない?  知らないんだ! 君、それ確かめたほうがいいよ、おじいさんとおばあさんに。だって変だもん。タローの家の子がジローだなんて。何か事情があるのかも知れないから帰ったら聞いてごらん。(ため息。小声で)はぁ…。とうとうタローの家からもタローが出なくなったとはねぇ〜。こりゃまったく世も末だ。にしてもなぁ…。(ジローの顔をしげしげと見つめ)…ジローか。ジローじゃあんまり期待できんな……。(村長、袖のほうに顔を向ける。注意されたらしい)なんだよ。わかってるよ。やるよ、やりゃいんだろ。わかってるって。村長なんだから、やることはやるっつーの。いちいち俺に指図すんじゃねぇよまったく。言っておくがな、今の俺に恐いモンなんてねぇんだ。フン、なぜだかわかるか? いいかよーく聞け。この村はこのまま行けば近い将来必ず合併される。合併といってもそれはまぁ綺麗な言い方をしたらそうなるだけで、実際は吸収だ、吸収。もっとはっきり言えば潰されて、あとかたもなく消えてなくなるわけだ。だろ? みんなだって知ってんだろ、例の話。で、それはもうこっちの都合でどうのこうのできるような段階じゃないわけよ。だろ? とするとさぁ、村長ってのはどうなる? そうさ、村がなくなったら当然村長って肩書きもなくなるわけよ。つまり今の俺はな、近々消えてなくなる村ととともに村長という肩書きを失うことが明々白々な、そういう村長なわけだ。だからつまり、次の選挙で落ちたらどうしようとか、票集めのために村のみんなにいい顔しなくっちゃとか、そういう世間の市長や村長がしがみついてるこまごました浮き世の苦労とは無縁の立場にあるわけよ。そういう意味で俺はもう恐いものなんてないんだ。ワッハッハッ。どうだ参ったか。参ったろ。さぁ参ったと言え! 俺はな、だから村のためなら、もし村が残る可能性が万分の一でもあるのならなんでもする。そういう覚悟だけをこの胸の奥にしまい込んで、こんなくだらん成人式に出てきているんだ。いいいか、忘れるな。俺はなんでもする。もし村を残せるならな!(今度は泣き顔になって)……だから、だから俺から村をとらないでくれぇ〜。お願いだぁ〜。俺は村のためだけに今まで生きてきたんだ、村がなくなったら俺が今までしてきたことはすべて水の泡じゃないか! 一体俺の人生はなんだったんだ。イヤだぁ〜。そんなのイヤだよぉ〜。俺から村をとらないでくれぇ〜。

村長泣き崩れる。ジローうつむいたまま 暗転。

***************

タロー家。ラジオから競馬中継が流れており、おばさんは興奮気味にそれに聴き入っている。おじいさんは少し離れた場所で、一升瓶をかかえて酒を飲んでいる。

おばあ  させぇ〜! させぇ〜! そこだぁ〜、行けぇ〜行かんかぁ〜! ……アアァ…。くそバカがぁ! 何やってんだよ、クソ馬!

おじい  (小声で)フン。バァさんこそ何やってんだよ…。

おばあ  何か言ったかい?

おじい  いや、何も。

おばあ  (おじいさんを見て)昼間っから酒かい。いい気なもんだ。

おじい  何か言ったかい?

おばあ  いい気なもんだって言ったんだよ、耳まで遠くなったのかい。

おじい  いい気なのはバァさんのほうじゃろ。明けても暮れてもギャンブルギャンブルで。

おばあ  フン。それもこれもジィさんに甲斐性がないからじゃないのかい。…人の苦労も知らないで。

険悪な雰囲気。そこへジローが帰ってくる。

ジロー  ただいま戻りました。

おばあ  ああ、おかえり。どうだった、成人式は。

おじい  村長は元気にしておったかのう。

ジロー  …ええ、まぁ…。

おばあ  なんだい、ジロー。元気がないねぇ。いつも私が行ってるだろ。元気のない子はヒーローになれないって。

おじい  そうじゃぞ、ジロー。バァさんの言うとおりじゃ。気合いが足りん。気合いが。顔を上げて胸を張れ! タローの家に生まれた者ならな!

暗転。

***************

成人式会場。動物①と虫たちがあとかたづけをしている。

動物①  しかしあれよね。今日の成人式ひどくない。

虫たち  もーひどすぎ! 村長途中退場だもん。珍しいわよ、村長がつまみ出される成人式って。普通逆でしょ。

動物①  しょーがないわよ、あの人もいろいろ苦労が多いのよ。

虫たち  でもさぁ、一応村長なんだからさぁ。

動物①  まっ、今のところはね。

虫たち  それどういうことよ?

動物①  村長も言ってたでしょ。例のウワサ本当らしいのよ。

虫たち  ああ、あれ。スタジオジブリがこの村買収するっていう。

動物①  そうそう。しかも買収って言ったって、タダ同然らしいわよ。

虫たち  そうなの?

動物①  そうよ。だってこの村にはさぁ、稼げるキャラがいないんですもの。

虫たち  えっでもさぁ、昔のキャラたちが…。

動物①  昔のキャラの権利関係なんてとっくになくなってるわよ。フリーよフリー。ロイヤリティーフリー。なんにも村には入ってこないのよ。

虫たち  そうなんだぁ。

動物①  そういうこと。

虫たち  じゃあジブリはなんで買収しようとしてるのよ?

動物①  新しい市を作ったからよ。で、そこにこの村の住人を全部移住させるんですって。

虫たち  ジブリが市を作ったの?

動物①  ええそうよ。たしか漢字かな混じりで「セントチヒロノカミカクシ」。

スクリーンに文字

「せん都ちひろ野かみかく市」

虫たち  せん都ちひろ野かみかく市?

動物①  ええ、そうよ。さすがジブリね。やることが大きいわよ。都よ都。いってみれば東京都みたいなもん作ったわけよ。ドーンと。

虫たち  へぇ〜そうなの。

動物①  そうよ。たぶん絶対そう。

虫たち  じゃあ、あたしたち都民になれるの?

動物①  ええそうよ。

虫たち  ならいいじゃない。格上げよ。格上げ。だってこの村なんて名前すらないんだもの。郵便物とかどうすんのって感じじゃない。

動物①  それはそうなんだけどね。…でも、この村だって、前は市だったわけだし。

虫たち  そうなの?

動物①  そうよ。あなた何にも知らないのね。ここはね、「むかしばな市」っていうれっきとした市だったのよ。しかも都でもあったのよ。

虫たち  ええっ! 都? ここって都だったの?

動物①  そうよ。「ふるさ都」よ「ふるさ都」! 「日本ふるさ都むかしばな市」それがこの村の本当の姿よ!!

スクリーンに文字

「日本ふるさ都むかしばな市」

虫たち  ニホンフルサトムカシバナシ…。

動物①  だから私達は、その、なんていうの、もっと誇りみたいなものを持っていいわけなのよ、本来。だから村長だってあんなに取り乱してるんじゃない。だってそうでしょ。この由緒ある村がよ、いくら最近ノシてきたからって、たかがジブリごときによ、村ごと買いたたかれてるんだもの。プライドずたずたじゃない。

虫たち  それはそうかもしれないけど、あたしたちには関係ないんじゃないの。

動物①  じゃあ、あなただけかみかく市に移れば。

虫たち  あなたは行かないの。

動物①  わたしはノーサンキューよ。

虫たち  どうして? いい話じゃない。

動物①  あなたホントに何にも知らないのね。かみかく市で何をやらされると思ってるの。

虫たち  さぁ?

動物①  風呂掃除よ風呂掃除。死ぬまで風呂場で働かされるのよ。いいえ、風呂掃除だけじゃないわ、客の背中とかも流さなきゃいけないのよ。しかも、しかもよ、その客たちときたら全員化け物なんですって!

虫たち  お化け!

動物①  そう、お化けよ。それも半端な数じゃないんだから。

虫たち  ウゲゲ。

動物①  要するに一生風呂屋に閉じこめられて、化け物の世話しなくっちゃならないのよ。アアやだやだ。

虫たち  いやよそんなの。私絶対イヤ!

動物①  でもね、かみかく市行きを断ったらもうワンランク下の市に移されるってウワサよ。

虫たち  ワンランク下の市?

動物①  猫の恩返市。

虫たち  アアそれは勘弁して。マイナーなのはイヤよマイナーなのは。きつくてもメジャーじゃないと。

動物①  でしょ。私達キャラってスポットの当たるとこにいてなんぼだもんね。

虫たち  アア滅入ってきた。なんとかならないの?

動物①  まぁ今のところ一〇〇%無理ね。この村が立ち直るのは。奇跡が起きれば別だけど。

虫たち  奇跡?

動物①  そうよ、奇跡よ。

虫たち  たとえば?

動物①  ニューヒーロー誕生。とか。

虫たち  ヒーローが出るとどうなるの。

動物①  そりゃぁ、ヒーローってことは人気者ってことだからこの村も一躍観光名所よ。そうなったらグッズやらなんやらでお金が入ってくるじゃない。

虫たち  ええ、ええ。

動物①  お金が入ってくればそのお金でドンドン新キャラを集めるのよ。するとさらにドンドンお金が入ってくるわけ。まさに村おこし。V字回復よ!

虫たち  すっごーい!

動物①  そうなればあたしたちだって当然そのおこぼれにあずかれるじゃない。

虫たち  おこぼれ?

動物①  そうよ。もちろんよ。あたしたちだって長年村に住んでるキャラなわけだからさぁ、何もこんなアルバイトみたいなことする必要ないわけよ。そりゃまぁ主役ってことはないにしても脇でキュートな人気者になれるはずなのよ。ほら、ディズニーランドとかでもさぁ、なんか名前も知らないキャラとか歩いてるじゃない。それでも歩いてれば「カッワイイ〜」とか「写真お願いします」みたいな扱いされるわけでしょ。それはなぜ? それはそこがディズニーランドだからよ。同じように見えるキャラでもスーパーのチラシを配ってるのと、ディズニーランドで歩いてるのとは扱いが違うのよ。

虫たち  なるほどねぇ〜。じゃあ。ニューヒーローを作りましょ。

動物①  ずいぶん簡単に言うじゃない。

虫たち  だって元々「日本ふるさ都むかしばな市」なわけでしょ。やる気になったらすごいヒーロー出せそうじゃない。

動物①  いないわよ、そんなキャラ。

虫たち  そう? いないかしら。

動物①  いないわよ。

虫たち、鏡に自分の姿を映している。

動物①  ちょっとあんた何やってるのよ? あんたまさか自分がヒーローになろうってんじゃないでしょうね。

虫たち  村のためだったら一肌脱ぐのもやぶさかじゃないわよ。

動物①  あんたバカじゃないの。

虫たち  なによ。なんで私がバカなのよ。

動物①  あんたが一肌脱いだってどうしょうもないのよ。あんた虫なんだから。

虫たち  あら、失礼ね。一肌脱ぐのは虫の得意技なのよ。

動物①  それは脱皮でしょ、脱皮。意味が違うわよ。(気にせず虫たち服を脱ごうとする)あっ、やめてよ、こんなとこで脱皮するのは。

虫たち  いいからいいから、私にまかせて。

動物①  だから、あなたがそんなことしても何にもならないんだってば。

虫たち  あっ、わかった。あなたくやしいんでしょ。脱皮できないから。

動物①  したくないわよ、そんなこと。

虫たち  あら、気持ちいいわよ。パーッと脱ぐと。

動物①  オェ〜。自分で皮を剥いでるようなものじゃない。あーやだやだ寒気がする。(動物①来ているコートの襟を立てる)。

虫たち  ……わたし、前から気になってたんだけど。

動物①  何よ?

虫たち  あなたってどうしてそんなに寒がりなわけ?

動物①  オホホホホ。昆虫のあなたにわかってもらえるかどうかわからないけど、それはね、私が哺乳類だからよ。オホホホホ、いいこと、哺乳類っていうのはね、体の中に温かい血が流れてるの。わかる? だからほんの少しの出来事にもおどろきあきれて、かぼそく震えてしまうのよ。そこがすぐに脱ぎたがるあなたとは違うの。ゴメンね。

虫たち  あら、言ってくれるじゃない。どうせ私は冷血漢よ。ゴメンね、血の色緑で。でもね、私はそんな虫であることにプライド持ってるわ。なぜって、私の名前は「虫たち」だからよ。(スクリーンに「名前は〈虫たち〉」の文字)つまり虫全体の代表として私はここにいるの。そういう意味で私に対する侮辱は昆虫類すべてに対する侮辱であり、挑戦なのよ。そのことを忘れないで!

動物①  オホホホホ。大げさね。あなたが「虫たち」って呼ばれてるのはそんな理由からじゃないでしょ。

虫たち  他にどんな理由があるっていうのよ。

動物①  わからないの? なら教えてあげる。それはね、いくらこの村が落ちぶれたっていってもね、いちいち虫けら一匹一匹に名前つけてるほど暇じゃないからよ。つまりあなたなんかいてもいなくてもいいんだけど、いるならしょうがいないから、後ろのほうでうごめいてればって感じの扱いなワケ。ただそれだけのことよ。書き割りに適当に描いてある雑草一本一本に名前がないのと同じことなの。そんなあなたが村のために一肌脱ぎましょうなんて大見得きるんだもの、もう勘弁してって感じだわ。

虫たち  ヒドイ! ヒドイわ! 昆虫類を代表してあなたがた哺乳類に抗議します!

動物①  だからあんたは代表でもなんでもないんだってば。虫たち集まれーって言われたら、何も考えずに後ろでブンブン飛んでればいいのよ。

虫たち  よくもそこまで言ってくれたわね。なら聞くけどそういうあなたは何なのよ。

動物①  だから私は哺乳類よ。

虫たち  哺乳類の何よ。

動物①  大人よ。大人の哺乳類よ。

虫たち  そういうこと聞いてんじゃなくて、種類を聞いてんの、種類を。

動物①  ……種類…は……。

虫たち  さぁ言いなさいよ。犬? ゾウ? それともライオン?

動物①  それは……。

虫たち  ならあたしが教えてあげる。あなたはね。動物①よ。

スクリーンに「名前は〈動物①〉」の文字

動物①  いいでしょ。まだはっきりと決まってないだけよ。

虫たち  おもしろいこと言うのね。それともあれかしら、哺乳類っていうのは、大人になってから種類が決まる仕組みになってるの? でも変よね。あなた自分のこと大人だって、たった今言ってたものねぇ。

動物①  やめてよ、もうその話はしたくないわ!(コートに顔を隠す)

虫たち  あら、都合が悪くなったら首を引っ込めるの。あっ、わかった。あなたひょっとしてカメじゃない。そうよ、あなたはカメよ!

動物①  (小声で)カメは哺乳類じゃないわよ…。

虫たち  この際、いいじゃない。四つ足仲間ってことで。

動物①  イヤよ、そんなの。

虫たち  あら、泣いてるの動物①さん。

動物①  あなたがヒドイ言い方をするからよ。

二人しばらく沈黙

虫たち  だってあなたが先に言うから…。

動物①  ゴメン。

虫たち  あたしもゴメン。言い過ぎた。

動物①  うん。

虫たち  やっぱなんだかんだ言っても私たち似たもの同士なのよ。仲良くしなくちゃ。

動物①  そうね。私は単数形あなたは複数形って違いはあるけど、漠然としたキャラであることには変わりないんだものね。

虫たち  そうよ。オスメスだっておぼろげなんですもの。

動物①  ある意味開き直ったほうがいいのよね。自分自身に対して。

虫たち  ガンバリましょ。

動物①  ええ、ガンバリましょ!

二人固く握手。暗転。

***************

タロー家。

ジロー  おじいさん、おばあさん。

おばあ  なんだい。

ジロー  ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……。

おばあ  あ〜、今日の成人式のことかい。いやぁすまなかったね、見に行けなくて。急に神経痛が出ちゃってさ。

おじい  ……競馬中継見とったくせに。

おばあ  ああっ、なにチクってんだい、このくそジジィ。自分だけいい子になるつもりかい。

おばあ  ワシゃ着ていく服がなかっただけじゃ、何もやましいことはしとらん。…こんな格好で人様の前には出て行かれんじゃろ。

おばあ  フン! 今さら体面保ってどうすんだい。いつまでたっても気位ばっかり高くてやんなっちゃうよ、まったく。そりゃあたしゃ競馬中継見てました、それでこの子の成人式行きませんでした、…でもね、あたしだって好きでギャンブルやってんじゃないんだよ! あたしがギャンブルでもやって稼がなきゃ、あんたもジローも生きてきゃしないんだからね!

おじい  フン! 何かと言えば金金金じゃ。

おばあ  何だって!

ジロー  やめて下さい。成人式なんていいんです。ボクがお聞きしたいのはそんなことじゃなくて……。

おばあ  なんだい、言いたいことがあるんならさっさとお言い!

おじい  そうじゃぞ、ジロー。男なら腹から声を出すもんじゃ!

ジロー  あっ、ハイ…えっと、……そのぅ〜。なんて言ったらいいか……。ちょっと聞きにくいことなんですが…。実は……。

おばあ  ガァ〜ッ!(威嚇する)

ジロー  あっ、あの。 あの…どうしてジローなんですか!!

おばあ  はぁ?

おじい  何が?

ジロー  あの、だからですね、どうしてボクはジローなんでしょうか…。タローの家に生まれた者はみなタローのはずだって村長さんが…。

おばあ  (変な笑い方)フェッフェッフェッ。そうかいそうかい、村長がそんなことを。

おじい  (変な笑い方)フェッフェッフェッ。とうとうジローに我が家の秘密を明かすときが来たか。

ジロー  なんなんですか? 秘密って。

おじい  ジローよ。これを見るがいい。

おじいさん、壁をはがす。中から肖像画が現れる。

ジロー  こっ、これは…。

おばあ  (肖像画を順番に指さし)これがモモタロー、こっちが浦島タロー。で、これが力タローで、このおかっぱ頭が金タロー。エ〜っと、この子は三年寝タローだね。

ジロー  全員タロー…。あの…ひょっとして、この方たちがボクのお兄さん…。

おばあ  兄さんというよりもな、もっとずっと昔の、いわばご先祖様みたいなもんさ。

ジロー  (壁の絵をしげしげと眺めつつ)そうなんですか。

おじい  昔ばなしの全盛期を作ったヒーローじゃ。

ジロー  ヒーロー? 昔ばなしの…。

おばあ  ああそうさ。ニホンフルサトムカシバナシのタローたちと言やぁ、泣く子も黙るヒーロー中のヒーローだったもんさ。

おじい  しかも、驚くなかれ全員わがタロー家の出身なんじゃ!

ジロー  全員! すごいじゃないですか!

おばあ  だろ〜。だから本当ならお前だってタローにしたかったんだよ。

おじい  ああ、そうとも。村長の言う通り、タロー家の男は代々タローと決まっておったんじゃからな。

ジロー  …じゃぁどうして…。

おばあ  お前の一人前までは、タローだったんだけどね…。

おじい  そこで打ち止めにしちゃったんだわ。

ジロー  ……。

おばあ  そんな寂しそうな顔するんじゃないよ。これには、いろいろふか〜い事情があるんだよ。

おじい  その通り!

おばあ  しかも、つまるところお前のためを思ってしたことなんだよ。

おじい  それもその通り。

ジロー  ボクのため…ですか。

おばあ  ああ、そうさ。

おじい  …つまり、その、なんだ…。我が家の恥をさらすようなもんなんで、ちょっと言いにくいんだが。

おばあ  ……ここにいるタローたちが活躍して以来、後に続く者がね…。出なかったんだよ。

おじい  …モモタローはじめ、ここにいるタローたちが超有名になって一時代を築いてからというもの、わがタロー家からはめっきりヒーローが出なくなってなぁ。

ジロー  どうしてですか。

おじい  名前負けじゃよ。

ジロー  名前負け?

おじい  なまじタローの家に生まれ、タローを名乗り、歴代タロー達の大活躍を聞かされて育ったばっかりにな、その重圧に潰されたんじゃ。期待に応えたい。先輩タローよりも有名になりたい。そんな思いばかりが空回りしたあげく…。…今思えば、怖かったのかもしれん。背負わされた看板の重さに耐えきれず、逃げ出すように村を飛び出し……。

おばあ  ……(おじいさんに向かって)いろんなことがありましたよねぇ。

おじい  ああ、いろいろあった…。ワシらの言うことには耳も貸さず威勢よく飛び出したあげくに…。

おばあ  腕力に自信があった子は、大体暴力事件を起こして警察沙汰になりましたよね。

おじい  アドベンチャー系のはさ、舟で漕ぎ出して行方不明になったりしてさぁ、よくニュースになったよね。

おばあ  ギネス系ってのも結構いましたよね。三年寝タローじゃ二番煎じだからオレは四年寝てやるとか言って閉じこもったのはいいけど、とうとうそのまま部屋から出てこなくなって…。

おじい  単なる引きこもりだよね。

おばあ  引きこもりの最長記録でならギネスに載れたかも。

おじい  ほんとバカだったよね。どいつもこいつも。そういえば「敷かれたレールの上を走らされるのは御免だぜ」とか言ってたやつもいたな。あいつどうしたっけ?

おばあ  たしか「機関車トーマス」でエキストラやってるんじゃないですか。貨車かなんかの。

おじい  きっちりレールの上走ってるっちゅーの。しかも引っ張られてるじゃん。…ったく思い出すだけでも腹の立つおまぬけどものオンパレードよ。……でな、わしらも考えたわけじゃ。

おばあ  こりゃぁ、モモタローたちのことは伏せておいたほうがいいんじゃないかってね。

おじい  そうそう。ある程度大きくなるまでは、そういうおはなしは聞かせないようにしたほうがいいんじゃないかって。

おばあ  でね、お前のひとり前の子にはね。そういう育て方してみたわけ。

ジロー  なるほど。

おばあ  するとそれが大当たり。グレるどころかジジババ想いのいい子に育ってねぇ。

おじい  これで我が家も安泰と思った矢先。

おばあ  旅に出て、帰らぬ人さ。

ジロー  亡くなったんですか。

おじい  おそらくな…。マジメな子じゃったからなぁ。ムリをしたのかもしれん。

おばあ  きっとそうですよ。「ボクもここに飾ってもらえるくらいの働きをしてきます」なんて言ってましたからねぇ。シクシク。

おじい  シクシク。聞かせなきゃよかった、歴代タローたちの武勇伝なんか…。励ますつもりで言ったんだけど…。裏目だったよね。

おばあ  「実はお前もそんなタローのひとりなんだよ」ってね。成人式の夜、打ち明けたのさ。そしたら…。

おじい  サーッと顔色変わったもんね。

おばあ  震えてたもん。

おじい  武者震いかと思ったけど、今思えば、怖かっただけだったんだよね。

おばあ  そりゃそうだよね。ある日、急に自分の宿命を知らされたんだもん。

間。

おばあ  で、ここからが本題なんだけどね。

ジロー  はい。

おばあ  こりゃもう、タローじゃダメじゃないかなって思ったわけ。

おじい  タローっていう名前自体が重いんじゃないかなって。

おばあ  プレッシャーなんだろうね。歌舞伎役者みたいなもんでさ。何代目タローです、みたいな肩書きが。…でね。今度の子はジローにしよう、ってことになったんだよ。

おじい  そのおかげで、お前は今日までスクスクと育ったというわけじゃ。

ジロー  そうだったんですか。

おじい  それにな、お前はどう思っているか知らんが、タローに負けず劣らず、ジローにだって有名人はたくさんおるぞ。

ジロー  そうなんですか。

おじい  ああ。

ジロー  たとえば?

おじい  石原裕ジロー。

ジロー  あのぅ、それって昔ばなしですか…。

おばあ  ちょっと違うがヒーローであることには違いない。まばたきが多いだけの慎タローとは大違いじゃ。

おじい  あとはそうねぇ〜。ソウジロー。

ジロー  ソウジローって誰ですか?

おじい  わしもよう知らんが、何か楽器を弾くんじゃ。たぶん有名じゃぞ。

おばあ  バラエティ番組に染まりきったアニキのきだタローとは格が違う!

おじい  …あの二人って兄弟だっけ? …まっいいか。

おばあ  それにな、ジロー。タローがいなければジローはありえない、タローあってのジローじゃないか、なんていう俗説があるが、それも大間違いじゃ。

ジロー  そうなんですか!

おばあ  そうともよ。ツノダジローはおるがツノダタローはおらん。アサダジローはいてもアサダタローはいない。清水のジロ長はいても清水のタロ長なんか聞いたことないじゃろ。

おじい  そうともそうとも。

ジロー  ……はぁ。

おじい  あとは、そうねぇ…。そんなもんかな…。

おばあ  ええ、そんなとこですかねぇ。

おじい  とにかく、ジローだって有名になった人はたくさんおるんじゃ。タローでないからといって引け目を感じることなんかないんじゃぞ。

おばあ  そうだよ、ジロー。それにね、万が一「タローが一番ジローは二番」みたいな風潮があったとしてもだよ、そういうハンディをはね飛ばしてこそ、本物のヒーローなんだよ。わかったね!

ジロー  …ハッハイ。

おばあ  よしいい子だ。…でね。ここからが本題の中のさらに本題なんだけど、自分がタローの血をひく者だと知った以上、いつまでもこのうちでブラブラしててもらっちゃこまるんだよね。

おじい  なんか夢とかあるの?

ジロー  えっ、夢…ですか…。それは…。

おばあ  大人になったらこんなことがしたかったんだぁ〜みたいな計画とかさぁ。

ジロー  えっ、ええっと………。ゴメンナサイ、特にありません。

おばあ  そうかいそうかい。いや、いいんだいいんだ。よくあることなんだよ、そういうのは。そりゃそうじゃないか。この村から一歩も出たことのないお前が、いきなりジィやバァが腰抜かすような計画立てられるわけがないって。…でもね、お前はエラいよジロー。わかんないことをわかんないって言えるだけね。

おじい  やっぱりジローにしといてよかったなバァさん。

おばあ  ええ、ええ。これくらい思慮深くないとダメなんですよ。このご時世。

おじい  なら、そろそろ出すかな、例のものを。

おばあ  ですね。

ファンファーレ。おじいさん、紐を引く。

おじい  そりゃぁ〜!

扉が開き、本の山が現れる。

ジロー  こっ、これは! 何なんですか!

おばあ  タネ本だよ。おはなしの。

ジロー  タネ本?

おばあ  ああそうさ。ヒーローになるっていったって、とっかかりがないんじゃそれこそ雲をつかむようなはなしじゃないか。そこでこれを使うのさ。これはね、代々タローの家に伝わる「話のタネ本」なんだ。どうだい、すごいだろ。

ジロー  ええ。驚きました…。こんなものがあったなんて。

おばあ  (壁の肖像画を指さしながら)これを元にして歴代のタローたちは、みんなそれぞれの話をつむいでいったんだよ。いわば台本みたいなものさ。で……書いたのは誰だと思う?

ジロー  さぁ…?

おじい  ワシじゃワシじゃ。フォッフォッフォッ。

ジロー  すっ、すごい!

おばあ  やることはやるんだよ、このジィさん。

おじい  照れるじゃないか、バァさん。フォッフォッフォッ。

おばあ  どうだい驚いたかい。至れり尽くせりだろ。

ジロー  ハッ、ハイ。

おばあ  お前のことをどれくらい大切に思ってきたか、これで十分わかってくれたよね。

ジロー  ハイ!

おばあ  よしよし。いい子だ。今の気持ちを忘れないでおくれ。

おじい  さぁジロー。お前の気に入ったものを選んでもってゆけ。ワシらからの成人式のお祝いじゃ!

ジロー  ありがとうございます。

ジロー、本の山に飛び込む。

ジロー  それにしてもすごい数ですねぇ。

おじい  まぁな。

おばあ  好きなものをお選び。お前の一生の問題だからね。

ジロー  ハイ!

しばらくして、ジロー、本の山から顔を出す。手には一冊の本。

おばあ  おおっ、気に入ったのがあったのかい。

ジロー  いえ、……あの、これは…。

おばあ  うん、どれどれ。なになに…「みにくいアヒルのこ」 ??? あらイヤだ。よそのが混じってるじゃないか。

おじい  そんなはずはないんじゃが…。(本を手に取り)ああ、これか。(笑いながら)これはこれでいいの、いいの。

おばあ  はぁ?

おじい  ほら、よく見てよ。

スクリーンに「みにくいアヒルどこ」の文字。

おじい  ほらほら、「のこ」じゃなくて「どこ」なわけよ。「みにくいアヒルどこ」。わかる?探してるんだよみにくいアヒルを。つまり主人公のアヒルがいなくなっちゃってまわりがチョーあわてるって話なんだけど、イヤ〜、これは結構ハラハラするぞ。

おばあさん、おじいさんをにらむ。

おじい  ダメかぁ…。ダメだね。うんうん。じゃぁこれはなしってことで…。

おじいさん笑ってごまかす。

おばあさん、おじいさんの手から本をもぎとり、捨てる。

おばあ  たまたまだよ。忘れておくれ。

ジロー  ハイ。

ジロー再び本の山の中に。

ジロー  これは……。(ジローの手に一冊の本)

おばあ  どれどれ。なになに…ああこれは「長靴を…」。ん?違うね。

スクリーンに「長靴を吐いた猫」の文字。

おばあ  ??? ジィさん、なんだいこれは!

おじい  ああ、それね。一体どうしちゃったんだろ。よりによって長靴食べるってねぇ…。

おばあさん、おじいさんをにらむ。

おじい  ダメかぁ…。ダメだね。うんうん。じゃそれもなしってことで…。

おじいさん笑ってごまかす。

おばあさん、ジローの手から本をもぎとり、捨てる。

おばあ  たまたまが続いただけだよ。忘れておくれ。

ジロー  ハイ。

ジロー再び本の山の中に。

ジロー  あのぅ…これは……。

おばあ  どれどれ。なになに…。

スクリーンに「万引きの子豚」の文字。

おばあ  ジィさん、あんたって人は!なんなんだい、これは。

おじい  ああ、それね。「どうしたのよ、この子豚」「あっ、いや可愛いかったから…」「どこで買ってきたのよ」「あっ、買ったっていうか…」「買ったんじゃないの?もらったとか?」「ううん。…万引き」「エ〜!万引き!万引きの子豚!」。みたいな。

おばあ  (なぜかゴキゲンなおじいさんの胸ぐらをつかみ)てめぇ、こんなものしか用意してねーのかよ。毎日毎日酒飲んでひまこいてる間があんなら、ちょっとはマシな本用意しとけってのよ!

おじい  …そうは言うがなぁバァさんよ。

おばあ  言い訳は聞きたくないね。どれもこれもおふざけモードじゃないか。

おじい  パロディと言ってくれ。

おばあさん、本の山から一冊取り上げる。

スクリーンに「割とギリギリっス」の文字。

おばあ  ムムムムム…ジジィてめえ…。これのどこがパロディなんだよ!

おじい  あっ、いや、それはパロディっていうか、タイトルを少しひねらせてもらったっていうか…。

おばあ  ひねらなくていいんだよ、そんなもの。しかも洋モノばっかりじゃないか。

おじい  だってハリーポッターとかさぁ、すごい売れたから…。

おばあ  ジィさん。主人公はジローなんだよ。そこのところをよーく考えておくれでないかい。

おじい  ああそうか。

おばあ  ああそうかじゃないよ。この穀潰し!

おじい  シクシク。

おじいさん泣き出す。

おばあ  泣いてごまかす気か…。…ったく。てことは、オリジナルの新作はこの山の中に一冊もないってことかい?

おじい  ハイ。

おばあ  じゃあどうすんのさ、ジローは。

おじい  さぁ…。

おばあ  さぁって。

おじい  すまん。

おばあ  困ったねぇ〜。なんとかならないのかい。

おじい  シクシク。だってこういうのしか書けないんだもん。

おばあ  あんた枯れたのかい。才能が。

おじい  っていうかさぁ、あれですら成功しなかったわけでしょ。…正直、あれで失敗するとは思わなかったもんなァ〜。……あれ以来、もうどうしていいかわからなくなっちゃって。で、ついつい、外国作品の焼き直しっていうか、そういうのでお茶を濁しちゃうようになったわけ…。

おばあ  ……あれって、あの本のことかい。

おじい  そうそう、あれあれ。

おばあ  こんなことなら、タローに渡さず置いておけばよかったねぇ…。

おじい  まったくじゃ。惜しいことをした。

ジロー  なんのことですか。

おじい  一冊だけいい本があったんじゃが。

おばあ  お前のひとつ前にいたタローにね……。

おじい  渡しちゃったんだよね。

おばあ  実は、さっき言った通りでさ。お前のひとり前のがね。思いのほかいい子に育ったもんで、ジィさんも気合いいれちゃってさ。傑作を書き上げたんだよ。

おじい  そうそう。この子なら久しぶりにやってくれるんじゃないかって気になったもんで、渾身の一本を書き上げて渡したんじゃが…。

おばあ  (ブツブツ独り言のように)何がいけなかったんですかねぇ…。

おじい  あれで失敗するわけがないんじゃがなぁ……。

おばあ  …そうだ、ジィさん。ジローに同じ話を書いてやればいいじゃないか。あれをもう一回ジローにやってもらうんだよ。

おじい  しかし、タローがしくじった話をジローにやらせるのは危険すぎるじゃろ。

おばあ  それはそうだけど、他に手はないよ。いいタネ本がないんだから。

おじい  じゃがなぁ…。あのタローにできなかったことを…。

おばあ  大丈夫だよ。ジロー用に少し書き直してさぁ、改訂版ってことで。

おじい  ん〜。書き直すといってもどこをどう書き直せばうまくいくものやら…。本も今は手元にないわけだし…。

おばあ  なにをグズグズ言ってんだい。やるしかないよもう一回。あの「キャラ捨て山の天狗退治」をね。

スクリーンに「キャラ捨て山の天狗退治」の文字。

ジローそれを見て驚き、下げていた鞄の中から本を取り出す。

ジロー  あのぅ。

おばあ  (ジローを見て)ジローすまなかったね。でももう心配入らないよ。話は決まったからね。

ジロー  あのぅ…。

おばあ  なんだい?

ジロー  「キャラ捨て山の天狗退治」っていうのはひょっとしてこの本のことですか?

ジロー、鞄から取りだした本をおばあさんに手渡す。

おばあ  ヒッヒェ〜!

おじいさんものぞきこみ。

おじい  なっなんと!

おばあ  これぞまさしく「キャラ捨て山の天狗退治」!

おじい  お前これをどこで?

ジロー  はい、成人式の帰り道、神社の祠の前で。

おばあ  ウォ〜!!!!!!

おじい  ウォ〜!!!!!! ウォ〜!!!!!!

おばあ  奇跡だよ。奇跡だ。

おじい  (本を手に取り)しかも見ろ。既に改訂されている。主人公の名前は…。ジロー。

おばあ  ええっ、まさか!!!!!!!!!!

おじい  …まさしく奇跡だ。

おばあ  ジロー、よくお聞き。お前は自分ではそう思っていなかったかもしれないし、実はあたしも、ジィさんもそうは思っていなかったんだが、お前は選ばれた者だったんだよ。おはなしの神様にね!わかるかい。お前はヒーローになれる男だったんだ。

ジロー  ボクが、ヒーローに。

おじい  ああ間違いない。人にはな、ジロー。定められた星というものがあるんじゃ。お前はお前自身の大きな星に向かって歩いてゆけ!

おばあ  スターだよ。スター。タローの家から久し振りにスターが出るんだ。

おじい  長生きはするもんじゃ。なぁバァさん。

おばあ  ええ、ええ。

おじいさんとおばあさん、抱き合って泣く。

暗転。

***************

成人式会場。

動物①  やっと片づいたわよ、一人っきりしか来ない成人式にこんなに大袈裟なことしちゃってさ。バカバカしいったらありゃしないわよ。(持っていたパイプ椅子を袖に投げ込み)アア、やだやだ。フリーターって見かけほど楽じゃないのよね。

虫たち  …でも私たち他にできることもないしさぁ…。

動物①  あきらめちゃダメよ。チャンスっていうのはね、突然扉を開けて入ってくるものなのよ!

扉開く。動物①と虫たちがハッとして振り向くと、村長が立っている。

動物①  なんだぁ、村長か…。

村長   いきなり「なんだ村長か」はないんじゃないの。こんないい話をもってきたってぇのに。実はな、今しがたタロー家のジィさんとバァさんが俺のところに相談にやってきてな。で、その内容というのが他でもない、村にとっても、お前達にとってもまたとないイイ話だったりするわけよ。

動物①  イイ話?

村長   ああそうとも。

虫たち  どういうこと?

村長   さっき成人式に出てたタローんとこのジロー、覚えておるか?

動物①  ああ、あいつ…。

村長   ただの青二才かと思っておったが、どっこいなかなかの器かもしれん。

動物①  そうかなぁ。

虫たち  あたし趣味じゃない。

動物①  あたしも。

村長   まぁまぁ話を聞け。俺もな、タロー家のもんには全然期待してなかったんだが…。(二人の顔をジッと見つめ)…お前達「キャラ捨て山の天狗退治」って知ってるか?

動物①  何それ。

虫たち  聞いたこともないわ。

村長   まぁお前達が知らないのも無理はない。日の目を見ずに埋もれてしまった話だからな。フッフッフッフッフッ。

動物①  変な笑い方しないでよ。

虫たち  気持ち悪いわね。

村長   フッフッフッ…。聞いて驚くな。「キャラ捨て山の天狗退治」というのはな、ふるさ都むかしばな市復活のために、タローの家のジィさんが、全身全霊を傾けて仕上げた伝説のタネ本のことよ。

動物①  伝説の…。

虫たち  タネ本?

村長   モモタローの鬼退治に匹敵するとまで言われたな。

動物①  で?

村長   その伝説のタネ本をあのジローが見つけたんだと。

動物①  へぇ〜、すごいじゃん。

村長   しかもその伝説を今に蘇らせると豪語しているらしい。

動物①  つまりあの子が主人公になってその「キャラ捨て山の天狗退治」って話を完成させるってわけ。

村長   その通り!

動物①  へぇ〜そうなんだ。

虫たち  よかったじゃない。

村長   そこで相談。お前達ここの片づけはもういいから、ジローのお供になってすぐに出発してくれないかな。

動物①  はぁ?

虫たち  お供?

動物①  イヤよそんなの。

虫たち  いまさら村を出たくないわ。

動物①  歩きでしょ。

村長   もちろん。

虫たち  どこまで行くのよ。

村長   だからキャラ捨て山だってば。

動物①  知らないわよそんな山。遠いんでしょ。

村長   まぁ、ソコソコ。

動物①  まぁ、ソコソコ…?。その言い方、かなり遠いとみた。断固拒否!

虫たち  大体、なんで私たちがそんなとこ行かなきゃなんないわけ!

村長   だから天狗退治だってば。

動物①  天狗ってあれでしょ、鼻の長い.

村長   そうそう。

動物①  耳の大きい。

村長   それはゾウ。

虫たち  ああ、赤い顔で木の上にいて。

村長   そうそう。

虫たち  バナナ食べてる…。

村長   それはサル。

動物①  もう、いいわよそんなことどうでも。とにかく私は行きません!

虫たち  私も行きません!

①と虫  お断りします!!

村長   (小声で)うーん。残念だ…。…というかもったいない。こんなチャンス二度とないというのに…。

動物①  何ブツブツ言ってんのよ。

村長   あっいや、別に。…ただなぁ…ちょっとかわいそうで。

動物①  誰がよ。

村長   お前達が。

虫たち  なんで私達がかわいそうなのよ。

村長   ん。…あっ、いや、一生「動物①」とか「虫たち」とか、そういう漠然としたキャラで終わんのかなって思ったもんだからさ。

動物①  悪かったわね、漠然としてて!

虫たち  好きで複数形やってんじゃないわよ!

村長   だろぉ〜。イヤだろ、このまま種類もわからない動物とか、単数形にもなれない虫のままってんじゃせつないじゃんか。この話に乗ればさ、そういう境遇から抜け出せるわけなんだけどなぁ〜。

虫たち  どういうことよ。

動物①  言いなさいよ。

動物①と虫たち、村長につかみかかる。

村長   あっこらこら、落ち着け落ち着け。要はこういうことなのよ。

以下「プロジェクトx」風に。

ナレーションに合わせて、村のスライドが写し出される。

ナレ   ほろびゆく一つの村があった。

     ヒーロー不在。

     村は、いつしか時代にとりのこされ、人々の記憶からも消え去ろうとしてしてた。

     華やかな生活にあこがれ、村人たちはひとり、またひとりと村を離れていった。

     日本ふるさ都むかしばな市。

     かつて村はそう呼ばれていた。

     数多くのタローを生み、子ども達の心を夢中にさせた夢の王国。

     栄光の過去。

     もう一度伝説を蘇らせたい。

     子ども達の笑顔が見たい。

     ヒーローを。

     伝説を。

     これは「日本ふるさ都むかしばな市」復活プロジェクトに賭けた熱き村人達の血と汗と涙の物語である。

     (プロジェクトxのオープニングの曲流れる)

     (村長の顔)→字幕「このままで終わりたくない!」

     (おじいさんの顔)→字幕「家をおこせ!」

     (おばあさんの顔)→字幕「もう一度豊かさを!」

     (字幕のみ)「村おこしにかけたそれぞれの想い」

     (字幕のみ)「動き出したプロジェクト」

     (天狗の顔)→字幕「天狗の逆襲!」

     (トトロの顔)→字幕「乗っ取り屋の影」

     (ジローの顔)→字幕「そこに現れた伝説の男」

     (続いてすぐにエンディングのテーマ曲に変わる)

ナレ   村は市になった。

     村長は市長になった今も元気で働いている。

     来年、「日本ふるさ都むかしばな市」は「せん都ちひろ野かみかく市」を吸収合併する予定である。

動物①  ちょっと、何よこれ?

村長   メデタシメデタシだろ。

虫たち  なんでそんなにご満悦なのよ。これって最初と終わりだけじゃない。

村長   うん、まぁね。でもオレなんかもうこれだけで涙出そうになっちゃうんだよね。

動物①  これだからおやじはイヤなのよ。

虫たち  前立腺と涙腺が緩みすぎよ。

村長   前立腺は緩んでないよ。むしろ肥大気味で…。

動物①  とにかく、これだけじゃなんとも言えないわ。だって肝心の部分、全然見えないんだもん。

虫たち  そうよそうよ。このおはなしと私たちが凄いキャラになれるのと、どう関係あんのよ。

村長   ああなるほど。じゃスライドお願いします。

虫たち  …誰に言ってんのよ。

暗くなって、スクリーンに紙芝居風の絵と文字。

     一枚目:タイトル「キャラ捨て山とは」

村長   次お願いします。

     二枚目:「キャラ捨て山とは、使いものにならなくなったキャラたちが捨てられる山。つまり、キャラ版のうば捨て山のことである」

村長   次お願いします。

     三枚目:タイトル「キャラ捨て山の天狗退治〜あらすじ」

村長   以下順々にお願いします。

     四枚目:「キャラ捨て山のてっぺんには、『キャラの木』という不思議な木が生えていた」

     五枚目:「そのキャラの木のつける『キャラの実』には不思議な力があった。一口食べれば、どんなダメキャラもいっぺんによみがえって新キャラになれるという不思議な力が」

     六枚目:「そんなわけで、キャラ捨て山に捨てられたキャラたちは、『いつかキャラの実を食べたい』とみんな思っていた。『新キャラになって復活』……夢のような話だから。が、しかし、キャラの実を食べたものは誰ひとりいなかった。今まで一度もキャラの木はキャラの実をつけたことがなかったので」

     七枚目:「それでも、いつかキャラの木にキャラの実のなることを期待して、ダメキャラたちは毎日毎日山の頂上のキャラの木を見て暮らしていたのである」

     八枚目:「そんなある日、真っ黒い雲にまたがって、天狗が飛んできた」

     九枚目:「天狗は、山のてっぺんにドシーンと降りると、真っ黒い雲をキャラの木の枝に引っかけて、こう言った。」

     一〇枚目:「ワシは天狗だ。天狗には神通力がある。ワシがこのうちわをひとふりすれば、たちまちこの木には取りきれないほどの実がなるぞ」

     一一枚目:「それを聞いたキャラたちの喜んだこと喜んだこと。みんなでどっと山の頂上に駆け上り、声をそろえて天狗にお願いした」

     一二枚目:「天狗どん、どうかそのうちわでキャラの木にキャラの実をつけてください」

     一三枚目:「『よしわかった。お前たちを助けてやろう。しかし、その前に、ワシの言うことを聞け』と天狗。『なんでも聞きます』とみんなは言った。すると天狗は『よし、それなら、今すぐ里におりて、うまそうな大根を一〇〇本抜いてこい』と言った。『そんなことしたら泥棒です』『なんでも言うことを聞くんじゃなかったのか』。キャラたちはしかたなく里におりて大根を一〇〇本抜いた。それを見た天狗は『次はイモ一〇〇〇個』と言った。

     一四枚目:こうして天狗は、ダメキャラたちを自分の手下にして、里の者を苦しめるようになった。キャラ捨て山のてっぺんにはまっ黒い雲がかかってゴロゴロと雷が鳴り続けた。里の者たち大ピンチ。

     一五枚目:そこへ正義の味方とお供の者が登場。

     一六枚目:天狗をさんざんにやっつける。

     一七枚目:「もうしません」天狗は泣いてあやまり、うちわを振った。キャラの木の色がサッと変わって、みるみるたわわに実がなった。

     一八枚目:正義の味方は差し出されたキャラの実をみて、天狗を許した。そして、キャラの実を一口食べて、伝説のヒーローへとパワーアップ。お供のものにもおすそわけ。ついでにダメキャラたちにもひとつずつ。

     一九枚目:里の者は大喜び。伝説のヒーローと伝説のお供の者は、新キャラをたくさん従えて、村へ戻った。村は活気づき、大いに栄えた。とさ。おしまい

村長   どうよ。

動物①  つまり、ジローについてって、天狗を退治したらキャラの実が食べられるってことね。

村長   まっ、そういうことになるかな。

虫たち  で、そのキャラの実を食べたら、一人前のキャラになれるわけね。

村長   そうそう。

動物①  エキストラ扱いじゃなくなるんだ。

村長   もちろん。

虫たち  しかも単数形よね。

村長   当然。

①と虫  連れてってちょーだい!!

暗転。

***************

タロー家。おばあさんが、ジローの旅立ちの支度を整えている。きらびやかな出で立ち。ジローの背中には「世界一」の旗

おばあ  おーおー、よく似合ってるじゃないか。(おじいさんに向かって)おじいさん、見てくださいよ。このジローの晴れ姿を。村長さんが餞別にって旗と着物を…。

おじい  おおっ、なんということじゃ、ワシにはジローが見えン。まぶしくて見えんぞ、ジロー。お前なら、きっとキャラの実を手に入れることができる。うんうん。きっとできるとも。

おばあ  当たり前じゃありませんか、おじいさん。この子はタロー家が育てた史上最高のヒーローなんですから。

おじい  前祝いじゃ、飲もう、飲もう。(おじいさん手酌で茶碗酒)

おばあ  ああもう、おじいさんたら仕方のない。…でもまぁ今日はいいでしょ。おじいさんが飲みたくなる気もわかるってもんですよ。(ふと思い出したように)ああそうだ。そういえば思い出した。(天井を指さし)あそこんとこ前から雨漏りがひどかったんですがねぇ…。

おじい  ああ、そんなもの屋根ごととりかえちまえばいいじゃないか。

おばあ  屋根ごとですか。ああ、それもそうですね、屋根もずいぶん傷んでますから、雨漏りの修繕だけじゃおっつきゃしませんものねぇ。……でも屋根だけ新しくしてもはげ落ちた壁とじゃ不釣り合いじゃありませんかねぇ。

おじい  いっそ建て替えちまえばいいんじゃないの、いい機会だから。

おばあ  ああそれはいい。それはいいですね。…う〜ん。でも建て替えたはいいが、中の調度がこれじゃぁねぇ…。

おじい  もちろん全部新品じゃ!

おばあ  新品! ああもうめまいがしそう、立ってられない!

おじい  ああ、そうだ、地下にワインセラー作ってもいいかな。夢だったんだよね。

おばあ  いいですとも、いいですとも。そのかわりお風呂にジャグジーつけさせてもらいますよ。

おじい  ほほぅ、そんなことまで考えておったか。さすがバァさん。ならワシは…。

ジロー  あのぅ…。

おばあ  ああジロー。心配しなくてもいいよ。お前の部屋のこともちゃんと考えてあるから。

ジロー  あっいや、部屋とかはいいんですが…。

おばあ  えっ部屋じゃなかったら、何なんだい? 車かい?

ジロー  いえ、違うんです。そういうことじゃなくて、あの…。この本のことなんですが…。

おばあ  その本がどうかしたのかい?

ジロー  あのぅ…実はおじいさんにちょっと…。

おじい  何じゃ。

ジロー  この本は元々おじいさんが書かれたんですよね。

おじい  ああ、まぁな。フォッフォッフォッ。

ジロー  この本は伝説のタネ本なんですよね。

おじい  ああ、まぁな。フォッフォッフォッ。お前も一杯飲むか?

ジロー  いえ、結構です。あのぅ…。

おじい  何かね。

ジロー  この本がそんなにすばらしい本なら、もうそれでいいような気もするんですが…。…つまり、ボクが出掛けていってこの本をなぞるように話を進める必要が本当にあるんでしょうか?

おじい  ワッハッハッ。何を言っとるんだ、ジロー。いいか、この本がどんなにすばらしい本でもな、しょせん本は本なんじゃ。この本の中に書いてあることを本当に実現して、みんなの目の前で成し遂げてこそ、お前はヒーローになれるんだぞ。生々しい奇跡を目の当たりにしたとき、人々は感動し、それが伝説となって語り継がれて行くんじゃないか! おもしろそうな話を作ろうと思えばいくらでも作れる。だがな、それでは伝説にならん。伝説は庶民の目の前で実際に起きた事件、あるいは庶民が疑いもなく信じ込めるような、…つまりその、なんと言うか、庶民の夢の実現でなければならんのじゃ。わかるか。

ジロー  はぁ…なんとなく…。

おじい  なんだよおい、たのむよ、もうちょっとキリッとしてくれよ。何度も何度も言ってほんと申し訳ないくらいなんだけどさぁ、この本はさぁ、オイラがチョー緻密な取材を重ねて書き上げた渾身の成功マニュアルなわけよ。でさ、この本の中には、虐げられた一般大衆の情念みたいなものがギッシリつまっているわけ。だからさぁ、あとは、お前がちょっとやる気だして、このおはなしに乗っかってくれれば、ダダーッと堰を切ったように伝説が生まれるわけなの。わかるよねオイラの言ってること。

ジロー  はぁ…。…でもボクにその資格があるんでしょうか?

おばあ  資格?

ジロー  ですからこのおはなしのヒーローとしての資格…。

おばあ  いまさら何言ってるんだいジロー。お前は選ばれた者なんだよ。

ジロー  ホントにそうなんでしょうか。ボクなんかに…。

おじい  こらジロー。シャンとしろ。シャンと。その手に持っているタネ本が何よりの証拠だろうが。おはなしの神様はお前を選んだんだ。それはお前が考えている以上にすごいことなんじゃぞ。今さらグズグズ言うんじゃない。いいな。

ジロー  あっ、ハイ。…すみません。

おじい  わかればよろしい。

おばあ  ビビる気持ちはわからないでもないがね、ジロー。おじいさんの言うとおりだよ。お前にはそのタネ本があるんだ。心配することなんかなんにもないんだからね。

ジロー  あっ、ハイ。…ですが、天狗っていうのが…。

おばあ  お前天狗を知らないのかい?

ジロー  いえ、天狗は知ってます。知識としては。ただ、…見たことがないもんですから…。

おばあ  大丈夫だよ。天狗なんかたいしたことないって。

ジロー  でもタロー兄さんは天狗にやられたんですよね…。

おじい  タローを超えていけ、ジロー! タローにできなかったことを成し遂げてこそお前は一人前なんじゃぞ!

ジロー  ハッ、ハイ。ですが…。

おばあ  ああもう煮え切らない子だね、まったく。だからさっきから何度も何度も言ってるじゃないか。この本がお前を導いてくれるんだってばさぁ。

ジロー  ですが、おばあさん。この本には、すべてが書いてあるわけじゃありませんよね。

おばあ  当たり前じゃないか。これは仕様書だよ、仕様書。

ジロー  仕様書。ですか。

おばあ  ああそうさ。伝説の仕様書さ。

ジロー  じゃあ、この仕様書からはずれたどんでん返しや、悲劇的な結末はないと思っていいわけですね。

おばあ  まぁよほどのことがなければね。

ジロー  よほどのことって? タロー兄さんにはそのよほどのことが起こったってことですか?

おばあ  そんなことわかんないよ。アーもうイライラする。とにかくやってみなきゃわかんないこともあるし、とにかくやるしかないんだよ。お前が体はって勝負するしかほかに道はないんだ。今さら泣き言は聞きたくないね!

おじい  そのとおり!

おばあ  そりゃぁさぁ、話がどっちに転ぶかわからないような局面もあるかもしれないさ。でもさぁ、そういうのがあるからこそ、面白いわけでしょ。何の起伏もないおはなし、誰が興味持ってくれるのさ。山あり谷ありだからいいんじゃないか。そんなこともわかんないのかい!

ジロー  ………わかりました。じゃあ、一応この本に沿った形で進めていけばいいわけですね。

おばあ  「一応」ってなんだよ、「一応」って。「進めていけばいいわけですね」ってなんだい、「進めていけばいいわけですね」って。お前、三流サラリーマンがイヤイヤ仕事してるみたいな言い方すんじゃないよ! ジロー、お前はね、このタネ本に 命を吹き込むっていう使命を背負っているんだよ。

おじい  まったくじゃ!

おばあ  お前がシャンしないと、この本だってシャンとした本にならないんだ。育てるんだよ、この話のタネを。ふくらますんだ、大きく大きく。いいね。

ジロー  …はい。

おばあ  よし、いい子だ。それでこそジローだよ。あたしもちょっと言いすぎたかもしれないが、とにかくお前にはこのジィもバァも、そして村のもの全員が期待してるってことだけは忘れておくれでないよ。いいね。

ジロー  …はい。

村長、動物①、虫たち入ってくる。

村長   どうした、どうした。何大きい声を出しとるんじゃね。

おばあ  なんでもないよ。

おじい  気合いを入れておっただけじゃ。

村長   ほほぅ、そりゃ頼もしい。で、例の件だが…。

おじい  お供かい。

村長   ああ、連れてきたぞ。

おばあ  わざわざすみませんねぇ。で、どちらの?

村長   こっちが動物①、で、こっちが虫たち。

おばあ  動物①と虫たち…。

おじい  ふん、キャラ無しか。まぁしょうがない。いないよりはマシじゃろうからな。

動物①  なによ。

虫たち  失礼しちゃうわ。

村長   まぁまぁ。

おじい  いいかジロー、こいつらがお前の手足となって働くしもべ達じゃ。何かあったときは、こいつらが身代わりになってくれよう。

動物①  しもべって何よ、しもべって。

虫たち  身代わりってなによ、身代わりって。

おじい  くちごたえするな! タロー家の者についていけるだけでもありがたいと思えバカモン!

動物①  ちょっと村長、何よこれ。

虫たち  話が違うじゃない。

動物①  やってられないわよ、こんなんじゃ。

村長   まぁまぁ、ここはコラえてくれ。ジィさんは気位の高い人なもんで…。

動物①  ただのおいぼれじゃない。

おじい  言わせておけばこのカスども、図にのりおって…。貴様、そこになおれ。成敗してくれる。

おじいさん、包丁を振りかざす。

動物①  キャ〜、動物虐待よぉ〜。

ジロー  やめてください、おじいさん!

村長   ジィさん。晴れの門出なんじゃから、押さえて、押さえて。

おばあ  そうだよ、ジィさん。キャラ無し相手に大人げないじゃないか。

村長   こいつらに逃げられたら、もう代わりは連れてこれんぞ。

おじい  ヌヌヌヌヌ。

動物①  どうしたの。もうおしまい?

おじい  まだ言うか!

村長   (動物①に)コラ、やめんか。お前にだって、目的があるんだろうが。

動物①  …それはそうだけどさ。

おばあ  皆興奮してるのさ、何しろ久し振りの出陣式だからね。さぁさぁ、そんなことより、ジローの支度を整えようじゃないか。ねぇジローや。

ジロー  あっ、はい。

おばあ  え〜っと、あとなんだったっけね。用意するものは。(タネ本をのぞきこみながら)途中で忘れ物に気づいたって、取りに帰ってこれないんだから、ちゃんと持ち物チェックしとかないと。

ジロー  そっ、そうですね。

おばあ  えーっと。

スクリーンに「刀」の文字。

おばあ  ああ、刀ね。…これで間に合うかな。

おばあさん、タンスから小刀を取りだし、ジローに渡す。

ジロー  少し小さくないですかね。

おばあ  すまないねぇ、大きいのはないんだよ。……前はあったんだけど、質に入れちまってねぇ…。ウッウッウッ…。

村長   でもそれじゃあねぇ…。

おじい  ウォ〜。(包丁を振り回す)

動物①  キャー。

おじい  これを持ってゆけ。

おばあ  それ、あたしの包丁じゃないか。明日から台所はどうすんだい。

おじい  しかたがないじゃろ、小刀よりはマシじゃ。

おばあ  なんてこったい。…わかったよ。いいよ。貸してあげる。そのかわり、ジロー。なくすんじゃないよ。

ジロー  はい。

おばあ  物いりだねぇまったく。え〜っと、あとは…。

スクリーンに文字「お札3枚」

村長   おおっ、それらしいものが出てきたぞ!

動物①  やっぱり、昔話はこうでなくっちゃ。

虫たち  おフダはいいわね、おフダは。

スクリーンに文字「おさつです。おさつ3枚」

おばあ  なっ、なんと。

おじい  おさつって、お金かね、しかも紙の。

二人で  ありえねぇ〜!

動物①  ないわけ。

二人で  ありえねぇ〜!

虫たち  この人たち、かなり貧乏ね。

村長   う〜ん。しょうがないなぁ…。(村長財布からお札を出して)貸しですよ貸し。貸すだけですからね。

おじい  すまんのう、村長。

村長   いや、これも村のためですからな。

おばあ  (村長からお札を受け取りつつ)できればもう一枚。

村長   ダメ。

おばあ  やっぱりね。…え〜っと、あとは…。

スクリーンに文字「おとも二〜三匹」

おばあ  これはオッケー。

動物①  ちょっとぉ〜私たちって持ち物なわけ?

虫たち  しかも二〜三匹ってどういうことよ。適当すぎない?

村長   まぁまぁ。

おばあ  え〜っと、あとは…。

スクリーンに文字「ゲロ袋二〜三枚」

おばあ  ああ、これもオッケー。それから…。

スクリーンに文字「灰皿」

おばあ  灰皿ね。これもあるある。こういう小物ばかりだと助かるわ。それから…。

スクリーンに文字「餃子(王将)のタダ券二枚」

おばあ  ヒッヒィ〜!

おじい  バァさんどうした。腰抜かしおって。

おばあ  この持ち物一覧はジィさんが書いたのかい。

おじい  いや、ここは改訂されておるな。ワシではない。

おばあ  これはまさしく神様がお書きになったものだよ。間違いない。絶対私しか知らない極めて個人的な秘密をこうまでつまびらかにされるとは…。(おばあさん、神棚の後ろから餃子のタダ券を二枚取り出す)

おじい  おお、そんなところに、そんなものが。

おばあ  これはあたしがいつかこっそり食べに行こうと思って隠し持っていたのさ。アアおそろしい。天網恢恢疎にして漏らさずとは良く言ったもんだよ、まったく。(震えながらジローに)さぁ持ってお行き、これはお前のもんだ。

村長   う〜ん。

動物①  すごいことなのよね、これって。

虫たち  たぶんそうじゃないの。たぶんだけど。

おばあ  (震えつつ)ああ、神様、まだ何かあるのでしょうか…。

スクリーンに文字「最後に伝書鳩」

おばあ  神様ありがとうございます。これでお終いですね。それなら大丈夫です。ポッピー!

ポッピー登場。

ポッピー クルッパー。

おじい  行ってくれるな。

ポッピー クルッパー。

おばあ  ジローや、ポッピーはね、タローのときもついていったベテランだ。ポッピーがいてくれれば百人力さ。

ジロー  そうなんですか。

おじい  そうとも。こいつは絶対役に立つぞ。なにしろ、我が家に代々つかえる由緒ある伝書鳩じゃからな。言葉こそしゃべらないが、間違いなく信用できるぞ。(動物①を見ながら)どこかのだれかみたいな怪しいところは微塵もないしな。

動物①  それ、どういうことよ。

村長   まぁまぁ。キャラの実さえ手に入れば、すべてが丸くおさまる。それまでの辛抱だと思って。

動物①  わかったわよ。さぁ、とっとと行きましょ。

おばあ  よしよし、なんとか形はついたね。さぁ出発だよ。

おじい  ジロー、行ってこい。

ジロー  はい。行って参ります。

おばあ  みんな、ジローを頼むよ。

ポッピー クルッパー。

村長   ジロー君、バンザーイ。ジロー君、バンザーイ。

おじい  バンザーイ。バンザーイ。

おばあ  バンザーイ。バンザーイ。

ジローたち立ち去る。

暗転。

***************

しばらく音楽が流れてから、

スクリーンにタイトル「キャラ捨て山の天狗退治」の文字浮かぶ。

つづいて説明。

「ジロー達はいくつもいくつも山を越え谷を越え、ようようキャラ捨て山の麓までやってきた…」

スクリーン消えて、明るくなる。

ジロー、動物①、虫たち立っている。

動物①  あーもうくたくた。

虫たち  ここどこ?

ジロー  (本を見ながら)どうやらここがキャラ捨て山の入り口らしい…。

動物①  マジ? じゃあさっさと天狗見つけてやっつけちゃいましょうよ。

虫たち  そうよそうよ。

ジロー  でも、天狗は山の頂上だからさぁ、とりあえず登る途中で、それを邪魔する手下たちとの戦いがある予定なんだよね…。

動物①  はぁ? 戦いながら登るワケ?

ジロー  うん、そうだよ。

動物①と虫たち山の頂を見上げ。

動物①  ゴメン、ジロー。あたしムリだわ。

虫たち  あたしも。ここで待っててもいいかな。

ジロー  ええっ、それは困るよ。お供なんだから一緒に来てくれないと。

動物①  だって、もう歩けないモン。

虫たち  そうよそうよ。見てちょうだい。ほら、足が棒よ。

動物①  あら、あなた普段から棒みたいな足してるじゃない。虫なんだから。

虫たち  それがさらに棒なのよ。さらにひとまわり棒的になっちゃってるの。何?なんでそういうさげすんだような目でみるのよ。フン、なによ。そういうあなたこそまだまだ大丈夫なんじゃないの、ホントは。

動物①  何いってるの。この汗を見てちょうだい。あたしがどれだけ頑張ったか、この汗が証明してるでしょ。それにひきかえあなたときたら…。

虫たち  ハイハイ、毎度毎度すみませんねぇ、汗もかかずに。わたくし虫なものですから、汗かかないのでございますの。…いいわよねぇ〜哺乳類は。ちょっと動いただけで、ハァハァ舌まで出して。そんなに暑いならまず毛皮を脱いだらどうなのかしら。あたしなんかこんな薄着で頑張ってんのよ(虫たち、さらに服を脱ごうとする)。

ジロー  やめろよ。やめてくれよ。誰かに見られたらどうすんだよ。

虫たち  あら、ジローさん。あなた人目を気にしてらっしゃるの?

ジロー  だって、正義の味方が仲間割れしてるなんてことが知れたら笑われるよ。

動物①  あたしたちだって好きでケンカしてるわけじゃないわよ。

ジロー  それはわかるけどさぁ…。

虫たち  わかってないわよ。全然わかってない。…あなただって哺乳類だもの。(動物①を指さし)いざとなったら、どうせあいつの味方をするんでしょ。

ジロー  そんなことないって。とにかく仲直りしてよ。ここはもうおはなしの入り口なんだからさぁ。

動物①  関係ないわよ、そんなこと。

ジロー  ああもう、どうしたらいいんだよ。(本をめくりながら)…ん? 確か…山のふもとには、あれがあるはずなんだけど…。

動物①  何があるの?

ジロー  ああ、これだ。(ジロー、布のかかった石の台を見つける)

スクリーンに文字。

「ジローが布きれをとると、そこには、団子が山のように供えられておった」

ジロー、スクリーンの指示のとおり布をとる。

動物①  キャー。なにこれ。すごい。

虫たち  団子よ。団子。食べていいのかしら。

動物①  当然よ。

二人で  いただきまーす。

ジロー  あっ、ちょっと。

二人で  (団子を食べながら)なに?

スクリーンに文字。

「その団子は腐っておりました」

二人で  オェ〜。

動物①と虫たち苦しむ。

動物①  ウゲェ〜。気持ちわるぅ〜。

虫たち  ゲロ袋ォ〜。

ジロー  なるほど、こういうことを予測して持ち物にゲロ袋が入っていたのか。なるほどォ〜。

動物①  なに感心してるのよ。オェ〜。

虫たち  いいから早くゲロ袋を〜。

動物①と虫たち、ゲロ袋を受け取り、走り去る。

物陰から地蔵出てくる。

ジロー  あなたは?

地蔵   見てのとおりの地蔵ですが、どうかなされましたかな。

ジロー  あっ、実はですね、ボクと一緒に来た二人がそこのお団子を食べちゃったんですよ。お腹が減ってたもんで…。スミマセン。そしたら急に苦しんじゃって。

地蔵   ああ、あれね。あれ食べたんですか。そりゃ大したもんだ。

ジロー  と、言いますと?

地蔵   あれゴミですよ。

ジロー  お供えもんじゃなかったんですか?

地蔵   ゴミですよ。ゴミ。賞味期限過ぎたんで里のモンがここに捨てていったんです。

ジロー  そうだったんですか。でもヒドイなぁ。お地蔵さんの前にゴミを置いてくなんて。

地蔵   しかたありませんよ。私だってゴミみたいに捨てられたくちですから。文句は言えませんよ。

ジロー  捨てられた?

地蔵   ええ。捨てられました。

ジロー  お地蔵さんを捨てたんですか?

地蔵   いやぁ、まぁ、自分の恥をさらすようでお恥ずかしいかぎりなんですが、実は私、正確に言うと元地蔵なんですよ。

ジロー  元?

地蔵   ええ、リストラされちゃったもんで。

ジロー  リ・ス・ト・ラですか。

地蔵   ええ。

ジロー  お地蔵さんの世界にもそういうのあるんですか。

地蔵   もちろんですよ。そりゃぁ、はた目から見てたらじっとしてるだけでお供え物なんかもらえたりして、そのうえ手なんかあわせてもらったりで、いいことづくめ、さぞ気楽な商売に見えるでしょうが、なんのなんの、聞くと見るとは大違い。

ジロー  はぁ…。

地蔵   あなた「かさ地蔵」って知ってます?

ジロー  ああ、笠をかけてもらったお礼に宝物を届けるっていう…。

地蔵   そうそう。あれ、辛いんですよ。まず雪の中で立ってなきゃいけないでしょ。で、笠をかけてもらったお礼ってんで、袋に宝物詰めましてね、夜中に七人で歩いていくんですよ。雪の中を。でね、また来た道を帰っていくっていう。

ジロー  はぁはぁ。

地蔵   笠のお礼にしちゃ、大袈裟すぎやしませんか。

ジロー  さぁどうでしょう…。

地蔵   大袈裟ですよ。大袈裟過ぎます。しかも道が遠いんだ。…まっ、それでも真面目にやってたわけなんですが、私も、ほら、このとおり歳とっちゃって、もう歩くのが辛くて辛くて、だんだんと遅れがちになるわけなんですよ。するとね、先頭の地蔵が言うんだ。「君、困るよ。我々はかさ地蔵なんだからさぁ。一列でキッチリ歩いてかないと、絵にならんでしょ」なんてことをね。…で、まぁ居づらいっていうか、いろいろありましてね。ちょうど若いのが入ったんで、追い出されたってわけなんですよ。

ジロー  ホォ〜。そういうことあるんですねぇ。

地蔵   世の中、厳しいもんですよ。…それでもまぁこう言っちゃなんだが、痩せても枯れても地蔵なわけだから、どこか小さな村の四つ角にでも立って、ほそぼそと暮らしていこうと思いましてね、それでこの山の麓にね、小さな里があるんですが、そこへやってきたわけなんですよ。ところがなんて言うのかなぁ、うまくいかない時は何をやっても裏目裏目になるもんです。たまたま立ってた場所が再開発事業地域みたいなとこだったらしくて、私の知らないところで話が進んでたんでしょうなぁ、ある日、里のモンがわーっとやってきましてね、私を取り囲んだんですよ。イヤァ〜、恐かった。こっちはもう体カチカチですよ。地蔵だけに。…あっ、あのぅ、もしおかしいと思ったら無理せず笑ってくださいね。

ジロー  あっ、はい。そうします。

地蔵   でね、結局、許可なしでそこに立ってたってことがいけなかったんでしょうなぁ。「流れの地蔵には御利益はない」なんてことであっさり話がまとまっちゃいましてね。こんなとこに捨てられたってわけですよ。

ジロー  そりゃヒドイ話ですね。

地蔵   いやいや、自業自得ですよ。言われてみりゃありがたがられるようなことなにもしてませんしね。ただもう、ボーッと立ってただけでしたから。…にしてもねぇ、お地蔵様捨てるかなぁ〜。

ジロー  ですよね。

地蔵   すさんでるんですよね、今時の人の心は。

ジロー  そうなのかもしれませんねぇ。

地蔵   山を降りてもいいんだが、どうせまた煙たがられるだけですからね。ここでこうして何をするでもなく暮らしていると、まぁそういうわけです。

ジロー  なるほど…。

動物①と虫たち帰ってくる。

動物①  あー死ぬかと思った。

虫たち  もう一生団子は食べないわ。

地蔵   なにはともあれ、無事で良かった。ここでよければ、ゆっくりしていって下さい。

ジロー  いいんですか。

地蔵   もちろんですよ。どうせあなたがたもお払い箱になったくちでしょ。

動物①  お払い箱ってどういうことよ。

地蔵   お払い箱っていうのはまぁ、その、ありていに言えば、いらなくなって捨てられたということですよ。

虫たち  何ですって! もう一回言ってごらんなさいよ!

地蔵   あっ、それともキャラ作りに行き詰まって逃げ出してきたとか?

ジロー  あっ、いえ、違うんですよ。ボクたちはですねぇ、(スクリーンに「キャラ捨て山の天狗退治」の文字浮かぶ)この本を元にして新たな伝説を作るためにやってきたんですよ。

地蔵   「キャラ捨て山の天狗退治」ですか。

ジロー  はい。「キャラ捨て山の天狗退治」です。

地蔵   と、言いますと、キャラ捨て山に…。

ジロー  ええ、キャラ捨て山に。

地蔵   天狗さんを…。

ジロー  ええ、天狗を。

地蔵   退治しにやってきた?

ジロー  その通り。

地蔵   (しばらく考えて)…ヒッ、ヒィ〜!

動物①  なによ、急に。

虫たち  ていうか、反応遅いわよ。

地蔵   あなたがた、天狗さんに恨みでもあるのかね。

ジロー  いや、別に恨みがあるわけじゃないんですが、そういうおはなしなんですよ。天狗が里の人を苦しめてて…。

地蔵   天狗さんが里のもんを苦しめる? そんなわけないでしょ。

ジロー  ? ちがうんですか。

地蔵   もちろんですよ。天狗さんはとにかくいい人なんだ。あなたたちも会えばわかりますよ。

ジロー  あなた、天狗に会ったことがあるんですか?

地蔵   ええ、そりゃもう、月に一回くらいですが様子を見にきてくれるんですよ。

ジロー  様子? お地蔵さんの様子をですか?

地蔵   ええ。そうですよ。

ジロー  なんのために?

地蔵   そりゃぁ私だって元は笠地蔵ですからね、言ってみれば地蔵の中のエリートなわけですよ。でね、やっぱ昔の栄光っていうんですか、そういうの思い出しちゃうときがあるわけですよ。するとね、今の我が身とひき比べて胸が痛くなるっていうか、アー俺は一体…みたいな気になって、ちょっとブルーになっちゃうんですよねぇ〜。そんなとき天狗さんは「ダメですよ、弱気が一番…」

天狗、浮かび上がる。地蔵の声に重ねて。

天狗   弱気が一番いけないんだ。あなたは捨てられた自分をもう価値のないキャラだと思っているかもしれませんが、そんなことはないんです。あなたの過去が輝いていたようにあなたの未来も輝かせることができるんですよ。今は捨てられたキャラかもしれませんが、希望を捨てちゃダメです。キャラ捨て山の頂にそびえ立つキャラの木が実をつける日が来たら、そのときはみんなで食べる約束じゃありませんか。ねっ、そして新キャラになってみんなで山を降りましょうよ。いいですかその時がくるまで、くじけないで、頑張りましょう!

天狗消える。

地蔵   と、まぁ、こういう風に…。

ジロー  ちょっ、ちょっと待って下さい。あなたもしかしてもしかすると、天狗にキャラの実をやるからと言われて。

地蔵   ええ、まぁ。

ジロー  それをエサに、天狗の手下になってるんじゃ!

地蔵   いや、手下とかそういうんじゃぁ…。

動物①  怪しいわ!

虫たち  こいつも一味よ! 間違いない!

地蔵   なんのことか私にはさっぱり…。

動物①  とぼけるつもり。

虫たち  あなた天狗と一緒になって里の人を苦しめてるんでしょ!

地蔵   そ、そんな、まさか。

①と虫  どうするジロー!

ジロー  …うん、たしかに怪しいと言えば怪しいけど…。なんか悪いキャラには思えないんだけど…。

動物①  なに言ってんのよ。…そうだわ、さっきの腐った団子だってこいつがワザと置いてたんじゃないの。

虫たち  ヒッドーイ。

動物①  きっとそうよ。毒入り団子で私たちを追い返す計画だったのよ。

虫たち  許さないわよ、天狗党!

地蔵   なんですかそれは…。

動物①  ごまかしたって無駄よ。

虫たち  あなた天狗党の生物化学兵器担当者ね。そうでしょ!

地蔵   そっ、そんな…。

①と虫  問答無用!

動物①と虫たち、地蔵に殴りかかる。が、

地蔵   やめて下さい。危ないですから。

地蔵、平然と立っている。

動物①  イターい!

虫たち  手が折れそう。

動物①  なんて石頭なの!

地蔵   スミマセン…。地蔵なもんで…。大丈夫ですか?

動物①  ますますムカつく!

虫たち  もう絶対許さないから!

①と虫  ジロー、なんとかして!

ジロー  …なんとかって言っても…(本を開く)。

動物①  あんた主役でしょ。こんな半端キャラさっさと片付けてよ。

ジロー  でもさぁ…。(本を見つつ)アア〜ッ! こいつは嘘つき地蔵!

虫たち  やっぱり!

ジロー  なになに、嘘つき地蔵はキャラ捨て山の麓に住み、外からやってくる者をたぶらかす…。間違いなーい!

地蔵   ちょっと待って下さいよ。なんで私が嘘つきなんですか。

ジロー  フッフッフッ。とぼけてもダメです。ちゃんとネタは上がってるんだ。

地蔵   なんのことでしょう?

ジロー  そういうとぼけかたが、さらに嘘つき感アップじゃないか。

地蔵   はぁ?

ジロー  ほら、ここにちゃんと書いてあるんだ。観念しろ。

地蔵   なんですか、その本は。

ジロー  伝説のタネ本だ。

地蔵   はぁ? にしても、私のことを嘘つき地蔵だなんて、何かの間違いですよ。地蔵違いじゃありませんか?

ジロー  地蔵違い?

地蔵   ええ、そうです。世界中に地蔵は私一人じゃないでしょうから。

ジロー  なるほど。…じゃあ、あなたが嘘つき地蔵でないという証拠を見せて下さい。

地蔵   証拠ですか? 嘘つきでないという証拠かぁ〜。あっそうだ。

地蔵、奥に引っ込み、カサを持って出てくる。

地蔵   これを見て下さい。これが証拠です。

ジロー  それって、まさか!

地蔵   ええ、そうです。カサ地蔵をやってたときに、おじいさんにかけてもらったカサです。

動物①  でも、それがそうだっていう証拠はあるの!

虫たち  そうよそうよ。そんなものどこにだってあるわよ。

地蔵   いいえ。これはどこにだってあるカサとはカサが違います。ホラここを見て下さい!

地蔵、カサの裏側を指さす。

地蔵   おじいさんのサイン入りです!

三人   おおっ!

地蔵   これで信じていただけましたか?

動物①  あっ、でも、そのサインだってニセ物なんじゃ。

虫たち  そうよそうよ。

虫たち  盗んだって可能性もあるし。

動物①  なるほど! 嘘つき泥棒地蔵ってことね。

地蔵   もう勘弁して下さいよ。本当なんですってば。

ジロー  う〜ん。これは困ったな。怪しいのは怪しいけど、万が一、人違い、イヤ、地蔵違いだったら…。

ジロー、再び本を開く。

スクリーンに文字。

「行き詰まったらお札を使うべし」

ジロー  なるほど。

ジロー、お札一枚を取り出し、ついたてに貼る。

ジロー  えぃ!

光がチカチカして、煙。ついたての後ろからニナヤマが出てくる。

ニナヤマ、あたりを見回してから、さりげなくお札をはがし、ポケットに入れる。

ニナヤマ ニナヤマだ。ヨロシク。

ジロー  はぁ?

ニナヤマ ニナヤマだ。ヨロシク。

スクリーンに「ニナヤマ:日本一忙しい自称天才演出家」の文字。

動物①  天才演出家ですって…。

虫たち  しかも自称よ…。

ジロー  あのぅ…。

ニナヤマ なんだ。

ジロー  あのぅ…実は、そのぅ〜。……。

ニナヤマ なんだ。

ジロー  …どう言ったらいいのか…。実はそのぅ〜。

ニナヤマ (動物①の持っていた鞄の中から灰皿を取りだし)バカヤロー! (と言いつつ客席に投げる)

スクリーンに文字。

「出ましたニナヤマ得意の大技〈灰皿投げ〉」

ニナヤマ 何オロオロしてやがんだ。いいか、若いもんはな、ギラギラしてなきゃダメなんだよ!

ジロー  ギラギラ…ですか。

ニナヤマ おう。ギラギラだ、ギラギラ。脂が足りねぇんじゃないのか、お前ら。

動物①  何よこの人。やけに偉そうじゃない。ベェ〜。

虫たち  やな感じ。ベェ〜。

ジロー  やめなよ。せっかく出てきてくれたのに、悪いよ。……えーっと、あの、ニナヤマさんでしたっけ。

ニナヤマ ああ、ニナヤマだ。

ジロー  実はボクたちまだ話を始めたばかりなんですよ。これから山を登っていって天狗を退治するんですが、……そのぅ〜なんていうか、出だしで行き詰まってるっていうか、具体的に言うとですねぇ、あの方、ええ、あのお地蔵さんなんですけど、いいお地蔵さんなのか、悪いお地蔵さんなのかよくわからなくて……。だからやっつけていいものかどうか…。

ニナヤマ バカヤロー! あれこれ考えんじゃねぇ! 芝居ってのはな、ハートでするもんなんだよハートで。役者はなぁ、よけいなこと考えずにまっすぐな芝居すりゃいいんだ、まっすぐな芝居を。それをなんだよ、てめぇら。小さくまとまろうとしやがって。いいか、よく聞け。うまいとかへたってのはなぁ、それは観てる客が決めることなんだよ、客が。わかったか! わかったら、さっさと腹くくりやがれ!

動物①  なんでこんなに強気なのよ、この人。

虫たち  しかも具体的な指示は出さないタイプよ。

ニナヤマ (動物①と虫たちの話には耳をかさず、今度は地蔵に向かって)お前もお前だ。バカヤロー!

地蔵   なんですかいきなり。

ニナヤマ お前、悪者だよな。

地蔵   私が? 違いますよ。

ニナヤマ バカヤロー! じゃぁどうすんだよ。それじゃ話しになんねぇじゃねぇか。いい芝居にはな、必ずかたき役がいるもんなんだよ。お前どうしてそれくらいのことがわかんねぇんだ。てめえがやる気見せなきゃ演出のしようもないだろうがよ。えっ、オイ、わかるか? 俺がかわりにやってやるわけにはいかねぇんだぞ。板の上に立ったらな、一人でなんとかするしかねぇんだ。甘ったれんじゃねぇ〜、バカヤロー!

動物①  そうよそうよ、いいことも言うじゃない、ニナヤマ。

虫たち  ついでにやっつけちゃいなさいよ、ニナヤマァ〜。

ニナヤマ (今度は動物①と虫たちに)バカヤロー! テメェ〜らなにお客様やってんだよ。さっきから言ってんだろ。俺がかわってやるわけにはいかねぇんだ。さぁ、とっととやっちまえ!

動物①  だから石頭でダメなのよ。

虫たち  こっちの骨が折れるわよ。

ニナヤマ ん? 石頭? (地蔵の頭をさわって)ああほんとだ、こりゃ硬そうだ。イヤなやつだな、こいつ。…よーし。じゃあ水だ水。

ジロー  水?

ニナヤマ おお、水だ水。石なら水に沈むだろ。

動物①  なるほど。

虫たち  いいこと言うじゃない。

動物①  で、水はどこ?

ニナヤマ バカヤロー! 人に頼るんじゃねぇ! 水がないならな、掘ればいいだろ、掘れば。無我夢中で掘るんだよ。そういう姿が感動を呼ぶんじゃねぇか。だろ。だったらつべこべ言わずに堀りやがれ。そしたらそのうち水もわくってんだよ!

動物①  (ジローに)やっぱりダメよ、この人。

虫たち  強引なだけじゃない。

ジロー  …そうだね、帰ってもらおうか。

動物①  それがいいわよ。

動物①と虫たち、ニナヤマを両脇からかかえるようにして、ついたての後ろに連れて行く。ニナヤマ「蓮の花も用意しろ〜」とか「仏壇がえしだぁ〜」とか騒ぎながら消える。

動物①  フゥ〜。まったく…。

虫たち  どうする? ジロー。

ジロー  ちょっと待って (本を開く)。

スクリーンに文字

「お札はまだ残っている」

ジロー  だって。

動物①  ねぇちょっとぉ〜。

ジロー  何?

動物①  この本信じていいの?

虫たち  あたしもなんだか心配になってきちゃったわ。

ジロー  それは大丈夫。この本は由緒あるタネ本だから。

動物①  でもそれって、あんたの兄さんがずっと前に持って出たものなんでしょ。

ジロー  うんそうだよ。

虫たち  それをなんであなたが持ってるわけよ。兄さん行方知れずなんでしょ。おかしいじゃない。

ジロー  たぶん、兄さんの魂がボクにこの本を託したんじゃないかな。ボクにはそう思えてしかたがないんだよ。因縁って言うか、宿命って言うか、ボクは兄さんの志を継ぐことで伝説を作るんだから。

動物①  まぁそれならそれでいいけどさぁ…。

虫たち  他に頼るものもないしね…。

ジロー  じゃ、もう一枚使ってみるから。

ジローお札を取りだし、ついたてに貼る。

ジロー  エィッ!

ピロピロピ〜ッという音とともに、ついたての後ろからミタニ登場。

手にはノートパソコンを持っている。

おどおどしながらお札をはがし小銭入れにしまいつつ。

ミタニ  あっ、いや、まっ、その、実はですね、いきなり出てきて驚かれたかもしれませんが、これにはいろいろとわけがあるわけなんですよ、今はちょっと詳しいことは言えないんですけど…。そのうちすべてがつまびらかになるっていうか、ならないっていうか…。

動物①  何よあんた。

ミタニ  あっ、どうも、ミタニです。

スクリーンに「ミタニキョウキ、自称売れっ子脚本家」の文字。

虫たち  また自称じゃない。

ミタニ  あっ、ですからこれにもいろいろとわけがあってですね…。(間)まっ、なんて言うんでしょうか…。(間)まっ、忘れてください。

動物①  なんだか、まどろっこしい人ね。

ジロー  あのぅ、ミタニさん…。

ミタニ  あっ、ハイ。なんでしょう?

ジロー  実はですね。

ミタニ  あっ、いや、わかってますわかってます。ついたての後ろで聞いてましたから。要するに、あの地蔵を使ってうまく話を進めればいいわけですよね。

動物①  そうよ、そうなのよ。この人案外わかってるじゃない。

虫たち  さすが売れっ子脚本家ね。話が早いわ。

ミタニ  ん〜。(腕組み)困ったな…。

ジロー  どうかしたんですか。

ミタニ  いえ、大したことじゃないんですが、最近パソコン変えたんですよ。

ジロー  はぁ…。

ミタニ  でね、パソコン変えたっていうのがですねぇ、前のが調子が悪くってですね、もう締め切り間際ってときに、うまくプリントできなかったりして、アッハッハッ。ずいぶん泣かされました。ええ、ええ。

ジロー  はぁ…。

ミタニ  そこで、まぁ気が進まなかったんですがね、ボク、引っ込み思案でしょ。新しいことに挑戦するってだけで、どうも尻込みしちゃうほうなんですがね、背に腹はかえられませんでしょ、それでこいつに買い換えたってわけなんです。

ジロー  はぁ…。

ミタニ  ところがです! こいつの調子も近頃悪くって…(腕組み)どうしようかなぁ〜。話はできてるんですがねぇ〜

動物①  できてるんなら、口で言ってよ。

虫たち  そうよ、言ってくれればやるわよ。

ミタニ  …そうもいかないんですよね…。ボク、口べただし…。

動物①  まどろっこしいわね。

虫たち  イライラする。

ジロー  とにかく、一度試してもらえませんか。

ミタニ  …そうですか、…そこまでおっしゃるなら、やってみますがね。

ミタニ、ノートパソコンを開き、スイッチを入れる。

ミタニ  …おおっ、いけそうだぞ!

動物①と虫たち、画面を覗き込み。

動物①  いいじゃない!

虫たち  いけそうよ!

ミタニ  おおっ、すばらしい。よーし。一気に書き上げますよ。なんてったって、話はできてるんですから。

ミタニ、パソコンを打ち始める。その文字がスクリーンに打ち出されていく。

「ジロー:お前の正体をあばいてやる!」

「地蔵:なにをおっしゃるジローさん。あっしゃ見てのとおりの良いお地蔵様ですぜ」

「ジロー:お前、これでもまだ良いお地蔵様と言うつもりか!」

「地蔵:畜生、よく見破ったな!」

「ジロー:当たり前だ。さぁこうしてやる!」

「地蔵:こりゃマイッタァ〜」

「おしまい」

ミタニ  フゥ〜。(納得)

ジロー  あのぅ…。

ミタニ  ハイ。

ジロー  おしまいですか?

ミタニ  ええ、おしまいです。

ジロー  なんだか、とっても漠然としてるような気がするんですが。

ミタニ  気のせいでしょう。たぶん。とにかくなんでもいっからギッタギッタにしちゃってくださいよ。

動物①  (小声でジローに)ダメよ。こいつも。

虫たち  (小声でジローに)使えないわ。

ジロー  …だね。帰ってもらおうか。

動物①と虫たち、ミタニをついたての裏に連れて行く。ミタニ「いえ、大丈夫です。一人で大丈夫ですから」とか言いつつ消える。

地蔵   あのぅ…。私、帰ってもよろしいでしょうか…。

ジロー  あっ、イヤ、もうちょっと待って下さい。

地蔵   はぁ…。

動物①  どうすんのよ、ジロー。

ジロー  う〜ん。

虫たち  間延びしちゃってるじゃない。しょっぱなから。

ジロー  お札はもう一枚残ってるけど…。

虫たち  あっ、これってもしかしてあれじゃない。

動物①  なに?

虫たち  大体、昔話とかってパターンがあるじゃない。一回目と二回目はそれとなくはずしといて、三回目で決めるみたいな。もしかして、これってあのパターンじゃないの。

動物①  あら、あなた、たまにはいいこと言うじゃない。そうよ、きっとそうよ!

ジロー  なるほど。そうだよね。すぐにビシッと決まっちゃったら盛り上がりに欠けるもんね。よーし。

ジロー、三枚目のお札を取り出し、ついたてに貼る。

ジロー  とりゃー!!

ついたて怪しく光りだす。

①と虫  来るわよ!

息をのむ三人。

ドドーンという音とともにニナヤマとミタニが手をつないで現れる。

ニナヤマ ニナヤマだ。ヨロシク。

ミタニ  あっ、どーも。ミタニです。

動物①  何よ、あんたたち。

虫たち  どういうことよ。

ミタニ  …さぁ。

ニナヤマ バカヤロー!

動物①  帰りなさいよ。

ミタニ  帰れって言われてもですねぇ…。(ニナヤマに)どうします?

ニナヤマ バカヤロー! 世界のニナヤマが二度まで出てきてやったんだ。手ぶらで帰れるわけ、ないだろ。

ミタニ  そうですよね。呼ばれたから、出てきただけなのに、この人たち、すぐ帰そうとするんだもの。…いや、まぁボクは犬の散歩がありますから、それまでには帰りますけどね。

動物①  なによ、あんたたち、居座るつもり。

ミタニ  別にそういうつもりじゃないんですけど、引っ込みがつかないっていうか、腑に落ちないっていうか、ねぇ…。

動物①  要するに手ぶらで引っ込みたくないわけね。

ニナヤマ ワッハッハッ。なにもお前、そんな風にハッキリ言わなくても。なぁ。ワッハッハッ。

虫たち  図星じゃない。

ジロー  …じゃあ、あのぅ、餃子でもいかがですか。この会場出た、通りの向こうに餃子の王将がありますから…。

ミタニ  中華ですか。なるほど。考えましたね。

動物①  ワケわかんない。

ニナヤマ (ジローから餃子のタダ券を受け取り)餃子か。…悪くねぇな。(ついたてに貼ってあったお札をはがしつつ)よーし。俺のおごりだ。ビールでも飲んでパァ〜っといこうじゃねぇか。

ミタニ  じゃ、話はそのあとでってことで。

ニナヤマ ああ、ああ、とにかくパァ〜っとな。

ミタニ  ええ、ええ、犬の散歩までならなんとか。

ニナヤマ (ジローたちに)おう、てめえら、行くぞ!

ジロー  いや、ちょっと、ボクたちは…。

ニナヤマ なんだよ、おい。ノリの悪い野郎だな。世界のニナヤマの誘いを断ろうってのか。上等だ!

ジロー  いや、でも、みんないなくなるっていうのは…。

地蔵   私、帰っていいんですか…?

ジロー  あっ、いや、ちょっと待ってください。……動物①さんと虫たちさん。

①と虫  なに。

ジロー  悪いんだけどさ。お二人を王将までご案内してきてくれないかな。

動物①  イヤよ。

虫たち  私も。

ジロー  (小声で)だってさぁ、とにかくこの場をなんとかしないとさぁ。…まずいよこのままじゃ。(地蔵を指さし)あの人はボクが正体をつきとめとくから、君たちあの二人を連れて出てさぁ、適当な頃合いを見計らって、戻って来てよ。

動物①  (虫たちに)どうする。

虫たち  …この際、しかたないわね。

ジロー  ……じゃそういうことで。…ああ、お待たせしました。あのちょっとボクは無理なんですけど、この二人がお供しますので。

ニナヤマ そうか。

ミタニ  じゃ、行きますか。

ニナヤマ、ミタニ、動物①、虫たち、連れだって舞台を降り、客席を通り抜けて、ドアから出て行く。その間、ニナヤマとミタニは犬のことやら餃子のことやら雑談をして上機嫌。動物①と虫たちはぶつぶつ言いつつ後ろからついて行く。

それを見送るジローと地蔵。

四人が出て行き、残されたジローと地蔵の間に、気まずい沈黙が流れる。

しばらくして。

ジロー  ……戻ってこないなぁ…。

地蔵   ああ、驚いた。セリフ忘れたのかとおもいましたよ。

ジロー  なんてこと、言うんですか。そんなことあるわけないでしょ。…それに、セリフなんてもの、この本には書いてないんですから。

地蔵   ああ、そうなんですか。

ジロー  ええ、台本じゃなくて、タネ本なもんで。

地蔵   じゃあ、私がこうしなきゃいけないとか、こう言わないといけないってことは、別に決まってないんですね。

ジロー  ええ、そうです。だから困ってるんですよ。

地蔵   なんだ、じゃあ、無理して悪役やらなくてもいいわけですね、私は。アアよかった。私、悪い役やったことがないもんで。アッハッハッ。なにせ、元かさ地蔵ですから。ワッハッハッ。

ジロー  ホントにいいお地蔵さんなんですか?

地蔵   ハイ。しかも不幸な。

ジロー  ん〜でもなぁ〜。どうするかなぁ〜。

地蔵   どうするかって?

ジロー  ええ、最終的には天狗を退治するわけなんで、あなたのことは、まぁ、疑わしきは罰せずってことで、特別に見逃すっていう手もないことはないんですけどね。

地蔵   ああ、じゃあそれでお願いします。

ジロー  でもなぁ〜。途中がスケスケになるのもイヤだしなぁ…。

地蔵   …あのぅ。

ジロー  ハイ。

地蔵   ひとつ聞いてもいいですか。

ジロー  ええ。

地蔵   あなた、天狗さんを退治して、それでどうするつもりなんですか?

ジロー  どうするって、キャラの実を食べるんですよ。

地蔵   ああ、なんだ、そういうことですか。アッハッハッ。じゃあ話は簡単だ。それならここでお待ちなさい。私が天狗さんに話してあげますから。

ジロー  何をです?

地蔵   だから、キャラの実のことですよ。実がなったら、あなたも一つもらえるように、天狗さんにお願いしてあげますから。ねっ、それですべて丸くおさまる。

ジロー  ン〜。そういうんじゃないんですよねぇ〜。…イヤ、ご親切はありがたいんですが、…それだと話にならないっていうか…。つまり、それっておはなし的にちょっとマズいかな、と…。

地蔵   いいんじゃないですか、別に話が違ってきちゃっても。…よけいなお世話かもしれませんが、何かと言うと悪者をこしらえて、それをやっつけるっていうおはなしのパターン、今どきどうなんですかねぇ…。

ジロー  というと?

地蔵   いえね、今さらモモタローや金タローみたいなことしてもウケないんじゃないかと…。

ジロー  モモタロー兄さんや金タロー兄さんの悪口は言わないで下さい!

地蔵   いや、別に悪く言うつもりはなかったんだが…。…まっちょっとそんな気もしたもんだから…。

ジロー  どう言えばいいのかなぁ〜。強いヒーローっていうのはいつの時代にも必要なんですよ。伝説が生まれる瞬間をみんな待ち望んでいるんです! だから…。

地蔵   …さぁ、それはどうなんでしょう…。私たちが待ち望んでいるのはあなたが言うようなタイプのヒーローじゃないような気がするんだが…。

ジロー  それはあなたが、この山に捨てられた地蔵だからですよ。あなたのような特殊なケースは別として、一般的には、ボクの考えているようなヒーロー像で正しいんです!

地蔵   それなら、それでいいんだが…。

ジロー  納得していただけないならそれでも結構です。ですが、これだけは覚えておいて下さい。ボクはタロー家の男として、伝説をつくる宿命を背負ってここにやってきているんです。だからボクには失敗は許されないし、時間もないんです。

地蔵   う〜ん。これ以上、この老いぼれが何を言ってもしかたがないか…。まぁそこまで言うのなら、止めたりはしないが、天狗さんは悪い人じゃない。それだけは覚えておいてくださいね。

ジロー  (ハッと手を打ち)なるほどそうか。やっとわかりました。

地蔵   おおっ、わかってくれましたか。

ジロー  あなたは天狗に洗脳されているんだ。だから、いつまでたっても話が平行線なんだ。(思いついたように)…そうか、天狗はそういう術を使えるんだな。よしよし。これはひとつ収穫だぞ。あっ、地蔵さん、できればあなたのその洗脳を解除してあげたいんだけど、時間がなくてゴメンなさい。でも、安心してください。天狗をやっつければ恐らくその洗脳もとけるでしょうし、あとでキャラの実も持って来ますから。

地蔵   ……。

ジロー  じゃ、ボク行きます。

地蔵   ウーン割り切れないが、仕方がないか…。

ジロー  ああ、そうだ。ホントはいいお地蔵さんかもしれないんで、とっても申し訳ないんだけど、一応洗脳されてるってことで、おはなし的には悪者扱いさせていただきますので、悪しからず。

地蔵   おはなし的には悪者ねぇ…。

スクリーンに文字。

「昔かさ地蔵をしておった地蔵の一人が、もういいことをするのに飽き飽きして仲間を捨てて逃げ出したそうな」

「で、その悪い地蔵はな、キャラ捨て山の麓に隠れ住み、山にやってくる者に毒団子を食わせたり、「ワシはリストラされたんじゃ」とウソをついてはその隙に盗みをはたらいておったがの、そこへジローとその仲間たちが現れて地蔵のウソを一目で見破ったから大変じゃ」

「地蔵はウソが里の者にバレるのを恐れて、石頭でジローたちに襲いかかった」

「しかしさすがはジロー。すかさず地蔵の頭にお札を貼った」

「すると地蔵は眠ったようにおとなしくなったそうじゃ」

地蔵   とか、なんとか、そんな風にするんですね。

ジロー  ええ、そうですそうです、そのとおり。そういう話にしましょう。よーし、なんだかやっていけそうな気がしてきた。あっそうだ、ひとつお願いしてもいいですか。

地蔵   なんでしょう。

ジロー  あの団子を食って苦しんでたボクの家来たちなんですが、もう少ししたらここに戻ってくると思うんですよ。そしたらジローは先に行ったと伝えておいてくれませんか。

地蔵   それは構わんが、信じるかなぁ〜。

ジロー  信じなければ、それでもいいですよ。足が痛いとかブツブツ言って、足手まといになるばかりだから。とにかく、もし会えたら、それだけお願いします。

地蔵   ああ、わかった。あんたも気をつけて。

ジロー  あっそうだ。おじいさんとおばあさんに手紙を出しておこう。第一関門はクリアしたとね。おーいポッピー。

ポッピー、どこからともなく飛んでくる。

ポッピー クルッパー。

暗転。

***************

タローの家、おじいさんとおばあさんが、村長の話に耳を傾けている。

三人とも難しい顔。

村長   ですから、まぁ、今日のところはそういう話があったということだけをお伝えしているわけでして、先方さんとしても、今日中に返事をしろとか、明日契約してくれってことではないと思うんですよ。だって、そりゃあんまり急ぎすぎってもんですからね。……しかし。しかしだ。だからといっていつまでも態度を決めないってわけにもいきませんからなぁ。やはりこういうことにはタイミングっていうんですか、勢いみたいなものも大事ですし。まっ、いずれにしてもだ、一応そういう選択肢もあるってことだけは心にとめておいてくださいよ。あちらだって、忙しい中、わざわざ話をもってきてくれてるわけなんで、こっちとしても筋だけは通さんと。

おばあ  …いやいや、村長さんもご苦労なこってす。まっ、今の村長さんのお話で、大体のところはわかりましたがな、わかった上でもう一回念押ししたいんですがのう…。

村長   はい何でしょう。

おばあ  私たちの身分保障みたいなもんは、それは絶対確かなことなんで?

村長   ああ、それはもちろん。さっき言った通りですよ。先方としては十分こちらの顔を立てた上で、さらに十二分の待遇を用意したい、と。…何しろ(手をお金の形にして)こちらのほうは吐いて捨てるほどあるでしょうから。

おじい  しかしなぁ…。なんと言ってもタイミングが悪いわさ。もうちょっとこの話が早く届いておったらのう…。

村長   …それはそうなんですよね。

おばあ  こうなったらジローには帰ってきてもらったほうがいいかもしれないねぇ。

おじい  う〜ん。どうかのう。一度動き出したおはなしを途中で止めることができるかどうか。

村長   まったく、今となってはそのことだけが気がかりですな。…ジロー君のことがジブリの耳にでも入ったら、この契約、当然破棄してくるでしょうからなぁ。

おばあ  ポシャるかね?

村長   そりゃそうでしょう。向こうは言ってみれば手をさしのべてくれてるわけですからね。それがですよ、「巻き返しを狙って新しい伝説を作ろうとしてる」なんてことが知れてごらんなさい。「だったら村もプロジェクトも潰しちまえ」ってなことになりかねん。いや、きっとそうなりますよ。私はそれが一番怖いんだ。そりゃ、「むかしばな市復活プロジェクト」を始めた時点で、契約のことは打診されてなかったわけだから、こっちだって言い分がないわけじゃないが、それを信じてくれるどうか。…信じてくれるかなぁ…。いやきっと信じてくれんでしょうなぁ。「恩を仇で返すのか」ってことになる。うん。きっとそうなる。…そしたら、ああ、もしそうなったら、すべてはおしまいだ…。この村は完全に消されるんだ。いや、それだけじゃない。わが村のオリジナル作品だって、いつのまにかジブリ作品ってことになって後世に伝わるわけだ…。ああ、全部あのタッチの絵にされちゃうんだぁ〜。

村長泣き崩れる。

おじい  それだけは断固阻止せねば。

村長   (急に気をとりなおし)でしょ。苦しい選択ではありますよ。確かに。でもイエスかノーかしかない。そういうことなんです。弱い立場のもんは大体こういう目にあうんですよ。…要するに、イエスと言えば生き残れる。ノーと言ったら即アウトだ。

おばあ  しかし、ジブリもうまいこと考えたもんだよねぇ。

村長   まったくです。強引にこの村を吸収したらジブリのイメージが悪くなる。が、どうしても村は取り込みたい。

おじい  それで、「むかしばなし記念公園計画」。ですか。

村長   さすがといえばさすがですよね。いわばむかしばなしの保護区だ。それを自分たちが新しく作る市の中に作っておけばどうころんでも損はない。貴重な文化を保存致しましたってことでね。

おばあ  (村長に)で、あんたはむかしばなし記念館の館長におさまる。

村長   ジィさんとバァさんは語り部として終身雇用。

おじい  かなわんなぁ〜。大資本には。

おばあ  しょせん長いモンには巻かれていくしかないんですかねぇ…。

ポッピー来る。

ポッピー クルッパー!

おばあ  おおっ、ポッピー。

おじい  こりゃ、グッドタイミングじゃ。

おばあ  ジ、ジローはなんと?

おばあさん、ポッピーに近づき、足元を見る。

おばあ  なんだい、まったく。しょうがないねぇ、ジローのやつ。手紙をつけてないよ。舞い上がっちゃってんのかねぇ…。

おじい  バカモンが。これじゃあっちの様子がわからんじゃないか。

村長   困りましたな、これは。

おばあ  (ポッピーを見て)話ができたらねぇ…。

おじい  (ポッピーを見て)かしこいお前に向こうの様子を聞くことができるんじゃが…。

ポッピー得意げに自分を指さす。

おじい  なんだい? 自分が? …なんだいそりゃ。ああ。ゼスチャーで教えようってのかい?

ポッピーうなずく。

おじい  おおっ、それは助かる。

ポッピー、ゼスチャーを始める。注目する三人。

おばあ  なんだい、それは。…何かを食べてるんだね。…三兄弟? ええっ人間を食ったのかい! ん? 違う? ああ!ダンゴ三兄弟!

村長   ダンゴを食ったんだな。

ポッピーうなずきジェスチャーを続ける。

おじい  ダンゴを食ったら…。ええっ! 苦しんで…。まっ、まさか。死んだのか!ジローは!

ポッピー首を横に振りジェスチャーを続ける。

おばあ  ん? 生き返って…。ああ、吐いたんだね、ダンゴを。で、大丈夫なのかい。ジローは。……ん? ジローは食ってない。…はぁはぁ、お坊さんが?

村長   地蔵じゃないか。

ポッピーうなずきジェスチャーを続ける。

おじい  …地蔵がダンゴを食って、倒れたのかい。奇妙な話じゃな…。えっ、違う。ああ、なんだ。あいつらか、動物①と虫たちとかいうあの二人。

ポッピーうなずきジェスチャーを続ける。

おじい  バカなやつらじゃな、まったく。

おばあ  で、どうなったんだい。

ポッピージェスチャーを続ける。

おばあ  はぁ?

村長   将棋のようですなぁ。

おじい  なにやってんだ、あいつら。

おばあ  ああ、王将だね、王将。餃子のタダ券を使ったんだね。

ポッピーうなずきジェスチャーを続ける。

おじい  食ってばっかりじゃないか!

おばあ  まったくだよ。こっちが真剣に村のこと考えてるっていうのに…。

村長   どうやらジロー君、まだペースがつかめてないようだ…。

おじい  (決心したように)よし。「天狗退治」は中止しよう。これならまだ間に合う!

おばあ  ああ、ああ、それがいい、それがいい。それがあの子にとってもいいことだよ。

村長   そうと決まったら善は急げだ。

おばあ  ポッピーや。戻ってきたばかりで申し訳ないが、今から手紙を書くから、それをジローのところへ届けておくれでないかい。

ポッピー (敬礼をして)クルッパー!

暗転。

***************

キャラ捨て山。洞窟の前。

茂みの中からジローが本を片手に一人で出てくる。

スクリーンに文字。

「ここは鬼の住む洞窟」

ジロー  ううっ…。なんてひどい道なんだろう。ええっと、ここは…。(スクリーンに目をやり)鬼! 鬼か…。ついに本格的なのが現れるんだな…。やっぱり二人を待ってればよかったかな…。(震えつつ包丁を手にし、洞窟の中に向かって)で、出てこ〜い…。…イヤならいいけど、出てこ〜い。ボッ、ボクは…。ボクはジローで〜す。

応答なし。

ジロー  ……留守かな。(本を開き)留守の場合はどうすればいいんだろう…。

ジロー、本をめくっている。

鬼、岩陰から顔を出す。

ジロー、ふと顔を上げる。

鬼とジロー目があって。

ジロー  ヒィ〜! でっ、出たぁ〜!

鬼    キャー!!

ジロー、飛びのく。鬼、岩陰にうずくまる。

しばらくして、顔をあげる二人。再び目があって。

ジロー  ヒィ〜!!

鬼    キャー!!

繰り返し。

ジロー  ヒィ〜!!

鬼    キャー!!

ジロー  ヒィ〜!!

鬼    キャー!!

ジロー  ヒィ〜!!

鬼    キャー!!

ジロー  ヒィ〜!!

鬼    キャー!!

ジロー  

鬼    ??

ジロー  あのぅ…。

鬼    ……。

ジロー  あなた、誰?

鬼    鬼です。

ジロー  ほんとに鬼?

鬼    スミマセン。

ジロー  謝られても困るんだけど…。(独り言)まいったなぁ、またこういう半端キャラじゃないか…。あんまりスゴいのも困るけど、こういうのって相手しにくいんだよなぁ…。…やっぱり捨てられるキャラってのは、捨てられるだけの理由ってもんがキャラ自身にがあるってことなのかなぁ…。

鬼    私、捨てられたんじゃありません。

ジロー  えっ。あっ、聞こえちゃった? ゴメンゴメン。

鬼    私は、私自身の意志でこの山に来たんです。

ジロー  ああ、そうなの。そういうパターンもありなんだ。…なんだかまだ若そうだけど、その歳で世をはかなんだ、とか?

鬼    別にそういうわけじゃないけど、…なんていうか…。私、鬼が嫌いなんです!

ジロー  はぁ?

鬼    私、鬼なんてイヤなんです! だって、なんだかヒゲぼうぼうだし、顔こわいし、それにツノついてるし!

ジロー  だって、それが鬼でしょ。

鬼    だからそれがイヤなんです。

ジロー  イヤって言われてもなぁ…。鬼は鬼だもんなぁ〜。それにさぁ、それって贅沢だよ。

鬼    贅沢?

ジロー  うん。贅沢だよ。だって鬼って言えばさぁ、お話の中じゃ、まぁ言ってみれば悪の主役じゃないか。俺は鬼だって言えばさぁ、まぁたいがいの場面ではフリーパスっていうか、大手を振って通れるよね。チョー恵まれてるよ。

鬼    そんな恵まれ方好きじゃない。

ジロー  あのさぁ、君、こんな山奥に隠れてるから、知らないと思うけど、今さぁ、世間ではキャラ欲しがってる人、山ほどいるんだよ。その証拠に、ボクがさっきまで一緒だったのが二人いるんだけど、その二人にしてもさぁ、虫とか動物とかそういうものすごく曖昧なキャラで仕事してるわけよ。ほんとそういう人、身近に知ってるからさぁ、悪いけど、君の言ってること、すごく贅沢に聞こえちゃうんだよね。

鬼    虫のほうがよほどマシです。

ジロー  どうしてさ? なんで、鬼より虫のほうがいいんだい? ああ、悪役がイヤなわけ? もしそう思ってるなら、それも違うよ。鬼って言うのはね、なんて言うのかなぁ、まぁ言ってみれば、ものすごく大きなパワーの固まりみたいなものなんだよ。要するに、強さの象徴って言うかさぁ。ほら、よくあるでしょ、「俺は今日から仕事の鬼になる!」みたいな気合いの入れ方。人間の心の中にはあるんだよ、鬼への憧れみたいなものが。それってキャラ的に言えば最高恵まれてるってことだよ。わかる?

鬼    でも、私。もっと普通でいいんです…。

ジロー  困ったなぁ…。じゃあ聞くけどさぁ。君、鬼を捨てて、どういうものになりたいのさ。虫なの? 虫になりたいの? 違うでしょ。

鬼    それは…。

ジロー  やっぱりそうだ。鬼はイヤだけど、他に絶対なりたいってキャラもないんだろ。よくある話だよまったく。

鬼    とにかく鬼はイヤなんです。暴れたり、壊したり、そういうの絶対イヤ!

ジロー  割り切れば? 仕事なんだから。

鬼    できません。

ジロー  怖いんだ。

鬼    ……。それに私、ダメなんです。

ジロー  なにが?

鬼    …これは、そう大したことじゃないかもしれないけど、…私のツノ。

ジロー  ツノがどうかしたの?

鬼    …少し曲がってるんです…。

ジロー  そうなの?

鬼    はい。だからいくらがんばっても一人前の鬼にはなれないんです!

ジロー  ちょっと見せてみて。

鬼    イヤです。

ジロー  だって、見ないとわかんないじゃない。

鬼    でも笑うから…。

ジロー  笑わないよ。

鬼    ホントに?

ジロー  ホントだよ。

鬼    …やっぱりイヤです。

ジロー  ならいいよ。

鬼    あっ、やっぱりみせます!

鬼、帽子をとる。小さく曲がったツノが一本ついている。

ジロー  (ちょっと笑いつつ)あれ、ホントだ。でもかわいいんじゃないの。ユニークだよ、そういうの。流行るかもしれないよ、今年あたり。

鬼    やっぱりおかしいんだ…。

ジロー  そんなことないって、ドードーとしてればいいんだよ、鬼なんだし。

鬼    オニオニ言わないでください。私、鬼を捨てる覚悟でここに来たんですから!

ジロー  ここにいれば鬼を捨てられるのかい?

鬼    ええ。天狗さんがそう言ってくれてますから。

ジロー  天狗! 君も天狗と連絡をとりあってるのか!

鬼    ええ、月に一回くらい訪ねてきてくれて…。

ジロー  キャラの実がなったら、届けてあげるよ、それを食べれば…

天狗浮かび上がる。ジローの声にかぶせて。

天狗   君はもう鬼じゃない。鬼じゃないなにか素敵なキャラに生まれ変われるんだ。だからそれまでは、この洞窟で心の傷を癒せばいいんだよ。いいね。あせることはないさ…。

天狗消える。

ジロー  …とか、なんとか。

鬼    そうです。その通り。よくご存じですね。

ジロー  かぁ〜。これだよ。これで百パーセントはっきりした。天狗のやり口がよーくわかった。こうやって、この山の半端キャラたちを洗脳していって、いつか手先として悪事を働かせるつもりなんだ!

鬼    天狗さんのやり口ってなんのことですか?

ジロー  今の君に言っても無駄だと思うけど、一応教えておいてあげるよ。君は騙されてるんだ。天狗にね。

鬼    そんなことありません。

ジロー  そう言うと思った。でも、いずれわかるよ。

鬼    天狗さんはいい人です。

ジロー  はいはい。いい人ね。(本をめくりつつ)君はこの本では、「人食い鬼」ってことになってるんだけど…。

鬼    人食い鬼! 私、人なんか食べたことありません。味だって知りません!

ジロー  そうなの。

鬼    はい。

ジロー  なら、よかった。君はまだやり直せるよ。でも気をつけないと。君の心はもうすっかり天狗に支配されているんだ。だから、いつ天狗の手先として悪事の片棒を担がされても不思議じゃない。ボクの来るのがもう少し遅かったら、たぶん君は本当に「人食い鬼」になってただろうよ。

鬼    そんなぁ…。

ジロー  でも大丈夫。ボクが君を目覚めさせてあげるから。いいね。それまではここでおとなしくしているんだ。天狗が何を言ってきても聞いちゃだめだからね。

鬼    …あなた何かとても根本的なところで勘違いしてるんじゃありませんか…。

ジロー  勘違い? フン。はっきり言っておくけど、キャラの実の話は本当さ、でも、そのキャラの実の伝説を悪用してる張本人が天狗なんだ。

鬼    信じられません。

ジロー  まぁいいや。いずれわかるから。それに、ある意味、君にはお礼を言わなくっちゃね。

鬼    そうなんですか。

ジロー  ああ、君のおかげで、ボクの推理に間違いがなかったことがはっきりしたし、これからボクが何をすればいいのかもよくわかったからね。…ただ。

鬼    ただ?。

ジロー  ボクがこの山に来るの、少し早かったのかもしれないね。君も、さっきの地蔵も、天狗に洗脳されているだけで、まだ、天狗の手先として悪事を働いていないだろ。それって、君たちを退治する理由がないってことなんだよね。まぁ里の人にとってはいいことなんだけど、おはなし的にはちょっと熟してないかなって。

鬼    あの…。あなたのおっしゃってること、全然わかりませんけど、もし頭が少し疲れてらっしゃるのなら、ここで休んでいかれますか?

ジロー  (鬼の話には耳をかさずに)…それより、問題は話をどうするかだ…。どうしようかな……。君、もうすでに何人か食べてることにしといてくれないかな。

鬼    はぁ?

ジロー  で、ボクも食べようとするんだけど…。

スクリーンに文字。

「しかし、ジローを食べようとした鬼の前に、立ちはだかるように飛び出したのは虫たちじゃった」

「が、虫たちは、鬼の指にチョイとつままれて、クルクルと小さく丸められてしもうた」

「鬼はその丸めた虫たちをポイッとほうりあげると、豆でも食うようにパクリと飲み込んだ」

「それを見た動物①はさっと鬼の右足にかみついた。が、鬼は片手で動物①をつまみ上げると、ポイッと空にほうりあげ、落ちてくるところをこれまたパクリとひと飲みにした」

「満足そうに笑う鬼。それを見たジローは鬼の左足に組み付いた。鬼はまたかという顔をして、ジローをつまみ上げると、ヒョイッと空に。そしてうれしそうに大きな口を開けた。ジローはすかさず腰の刀をスラリと抜いて、そのまま鬼の顔に振り下ろす」

「鬼はな。スパリとまっぷたつに切れてな。あんまりきれいに切れたもんで血もでんかったということじゃ」

ジロー  てな具合に。うんうん。これでいい。あっ、大丈夫。お話の中でも、最終的にはキャラの実の力で蘇るようにしておきますからその点はご心配なく。

ジロー、納得したように歩きだす。

鬼    絶対、休んでいかれたほうがいいと思います。

ジロー  (鬼の話には耳をかさずに)じゃ、また後で。

暗転。

***************

天狗の自宅。天狗着替え中。

後ろ向きのまま服を着替え、お面をつけている。

鼻歌。

天狗   ♪迷惑なんだよぉ〜。そういう感じぃ〜。

髪型を整えつつ。

天狗   ♪てーんてーんてーんぐ ♪てーんてーんてーんぐ

     ♪ずるいよ君はぁ〜 いつも逃げ場はてんぐぅ〜。

     ♪ボクにはどうにもお手上げさぁ〜

     ♪てーん!

天狗、奥の誰かに話しかける。

天狗   じゃ、行ってくるから(投げキッス)。……うん、そうだね。いつもどおりだから。……そうだなぁ、そのくらいには戻れると思うよ。…えっ? 雨? あっそうなの。じゃあカッパ持っていくね。でもカッパ着た天狗ってのも変か。ハハハハハ。じゃ、行ってきます。

天狗、荷物を肩に背負い、自転車をこいで去っていく。

暗転。

***************

山の中。

ジローきょろきょろしながらやってくる。

ジロー  しまったぁ〜。道がわかんないよ。どこなんだ、ここは。

しゃがみ込み、地図を広げる。

会場の奥から、ニナヤマ、ミタニ、動物①、虫たち現れ、

客席を通って舞台へ。

四人とも酔っぱらっている。ごきげん。

動物①  あぁ〜、いたいた。いたわよ。ジローちゃんが。

虫たち  ほんとだぁ〜。何してんのこんなとこでぇ〜。

ジロー  あっ、君たち。…実は。

動物①  あら、相変わらず硬いわね。君たちだなんて。

虫たち  そうよそうよ。硬いわよ。見てよ私たちを。もうグニャグニャよ。

ジロー  うっ、クサい…。君たち、お酒飲んだのかい?

動物①  あら、いけない。

ジロー  いや、そういうことじゃないんだけど…。

虫たち  だいたい、一人で行っちゃうなんてひどいわよ。

ジロー  ゴメンゴメン。でもこれにはわけがあって…。

動物①  ジローつめたーい。わたしたちアツーい。

ジロー  大丈夫かい。みんな相当酔ってるみたいだけど。

ミタニ  いや、まったくお恥ずかしい。

ジロー  犬の散歩はいいんですか。

ミタニ  妻に変わってもらいましたから。えへへへへ。

ニナヤマ おい、お前!

ジロー  あっはい。

ニナヤマ 俺たちがいないあいだ、ちゃんとやってたんだろうな。

ジロー  あっそのことなんですが、だいぶ調子がでてきました。一応ですね。話としてはこんな具合に…。(ジロー、ニナヤマに話を書いたメモを見せる)

ミタニ、ニナヤマ、メモを覗き込む。

ジロー  ボク的にはかなりいい感じになってると思うんですが…。

ニナヤマ、急にメモを破り捨てる。

ジロー  あっ! なにするんですか!

ニナヤマ バカヤロー。それはこっちのセリフだよ。てめぇ俺の言ったこと、全然聞いてねぇじゃねぇか。俺は忙しいんだ。このあとも演出の依頼、山ほど来てるんだぞ。

ジロー  なにがいけないんですか。

ミタニ  あっ、いや、ニナヤマさんが言いたいのは、こういうでっち上げはよくないってことですよねぇ。

ニナヤマ そのとーり。

ジロー  でっちあげじゃありませんよ。そりゃぁ事実とはちょっと違いますが、天狗をやっつければいいわけですから、途中経過は盛り上がるようにしておけばいいじゃありませんか。だって、地蔵も鬼も洗脳されてるだけなんですから。

ニナヤマ バカヤロー。俺たちの目的はな、地蔵とか鬼とかそういう半端キャラどもをこの山から一掃することなんだぞ。天狗退治ってのはその仕上げなわけだ。それをてめぇ、端折りやがって。これじゃ話として成立しねぇじゃねぇか。

ジロー  ですが、なんにも悪いことしてないものをやっつけるわけにもいかないじゃありませんか。

ミタニ  この山に住んでること自体が悪いことなんですよ。あいつらよそ者のくせにどんどん増殖しちゃって、いい迷惑ですよ。弱そうなくせにしたたかで、何かと言えば天狗さん天狗さんって、気持ちの悪い!

ジロー  どういう意味ですか。

ニナヤマ とにかくつべこべ言わずに、てめぇは包丁振り回して、あいつら始末すればいいんだよ。

ジロー  できませんよ、そんなこと。

ニナヤマ おい、聞いたか。正義の味方さんがよぅ、悪者は退治できませんときやがったぜ。

動物①  今のはジローちゃんが悪いわ。

虫たち  そうよ、ジローちゃん。とにかく、全部やっつければいいのよ。

ジロー  でもさぁ。もうここまで来ちゃったし…。

動物①  大丈夫よ。ジローちゃん。私たちが後かたづけはしておいたから。

ジロー  後かたづけって?

虫たち  これ見てよ。これ。

虫たち、カバンから赤い前掛けを取り出し、つける。

ジロー  こっ、これは!

虫たち  そうよ。あの地蔵の前掛けよ。

ジロー  それをどうしたんだい。

虫たち  どうしたって、あの後さぁ、さっきの場所に戻ったらさぁ、あいつが、ボーッと立ってるじゃない。なんかムカついちゃったわけ。でね、近づいていって、前掛けをむしりとってやったってわけ。ただそれだけよ。そしたら、あいつ急に泣き出しちゃってさぁ。面白いったらありゃしない。

動物①  これも見て。

動物①、曲がったツノをとりだし、頭にのせる。

ジロー  こっ、これは、鬼のツノ!

動物①  ピンポーン。なんかやたらツノを隠したがるからさぁ、「そんなに気になるならこうすればっ」て言って引っこ抜いてやったわけ。

ジロー  …なんだってそんなことを。

ミタニ  正義の味方だからですよ。

ニナヤマ そのとーり。ヒック。

ジロー  で、鬼は?

動物①  知らないわ。泣きながらどっか逃げてったけど。

虫たち  結構楽勝。あいつら。前掛けとか、ツノとかとっちゃうと急に力抜けちゃうらしいのよ。あっ、そうそう、これなんだと思う?

虫たち、紙袋の中から大きなお皿のようなものを取り出す。

ジロー  なんだい、それ。わかんないよ。

虫たち  甲羅よ甲羅。

ジロー  甲羅?

動物①  カメよ、カメ。カメのコ〜ラよ。

虫たち  さっきこっちに来る途中で、出会ったのよ。カメに。でね、「ぼかぁ〜こう見えても昔は竜宮城で」みたいなことペラペラ言い出すもんだからさぁ、ベリッっとやってやったわけ。(甲羅を背負い)どう、似合う?

ジロー  なんてことするんだ、君たちは!

動物①  だってイヤじゃない、昔のキャラ自慢なんかしちゃってさ。

虫たち  そうよ、ムカつくわよ。しかも、あいつらのキャラ的な部分ってチョー取れやすいんだもん。なんかスカッとするのよね。

ジロー  でもそんなことしたら、取られたほうはどうなるんだよ。彼らのプライドみたいなもんだろ、それって。

ミタニ  ピンポ〜ン! まさにそういうことだったんですよ。要するにキャラ的なものをとっちゃうとどんどん弱るんですよ。

動物①  そうそう。おもしろいくらいに。

ミタニ  これはすごい発見ですよ。ボクとニナヤマさんは離れて見てたから、特に指示は出してなかったにもかかわらずですよ、彼らのちょっとしたアイデアが大発見に結びついたんですよ。どうしてこんなことに気づかなかったのかなぁ〜。いやまったく脚本家としてお恥ずかしい。大幅に筋書きを変えないと!(ジローに)さぁ、その本を貸してください。

ジロー  イヤですよ。

ミタニ  いいから貸しなさい!

ジロー  お断りします。勝手に変えちゃだめですよ。それにそんなやり方納得できません。それじゃただの乱暴者ですよ。いいですか、彼らは今の時点でまだなんにも悪いことはしてないんです。それを…。

ニナヤマ もういい。お前にはおりてもらう。

ジロー  そんなことできるもんか。ボクにはこのタネ本が…。

ミタニ  ヒック。残念ですがさようなら。

ジロー  ボクはタローの家の……ウッ!

ミタニ、後ろから布でジローの口をふさぐ。ジロー倒れる。

動物①  あっ、ジロー。

虫たち  死んだの?

ミタニ  気をうしなっただけです。でもしばらくは起きてこないでしょうね。

動物①  ああ、クロロホルムとかそういうのを布にしみこませておいたのね。

ミタニ  (手にもった布をヒラヒラさせながら)いえ、これ下着です。ボクの。

虫たち  (少し近づいてニオイをかぎ)キョーレツ!

動物①  でも、どうすんのよ。ジローなしで。

ニナヤマ これからはお前ら二人にやってもらう。

動物①  私たちが?

虫たち  ってことは?

ミタニ  あなたたちがこの話の主役ってことですよ。

①と虫  主役!

ニナヤマ 当然だ。

動物①  あたしたちが…。

虫たち  主役…。

動物①  できるかしら。

ミタニ  (倒れたジローから本を奪い取り)これがありますから、ご心配なく。ちょっと書き直せば使えますから。(本をめくりながら)…ええっと、じゃあ、主役は鬼に食われたことにして、そのカタキをお供の二人がとるってことで…。

虫たち  でも…。

ニナヤマ やるしかねぇんだよ。幕があいちまったらな、どんなことがあっても最後までやるしかねぇんだ。ショーなんとかゴーなんとかだ。わかるな。

ミタニ  うまくいけば、あなたたちは伝説のヒーローですよ。村も救えるし、みんなが喜ぶ。

ニナヤマ (ジローを足で突っつきながら)こいつのお供で終わりたくねぇだろ。共倒れだぞ、こんなのにくっついてたら。

ミタニ  ヒーローになったら、人気も出るし、お金も入る。

ニナヤマ 餃子だって毎日食えるんだ。

ミタニ  おはなしの世界の王将になってみませんか。

動物①  人気。お金。

虫たち  餃子。王将。

動物①  人気。お金。

虫たち  餃子。王将。

動物①  人気。お金。

虫たち  餃子。王将。

ニナヤマ いいな。

①と虫  はい!

ニナヤマ よーし。行くぞ。野郎ども!

三人   おう!

暗転。

***************

村はずれの神社。

♪ポッピーのテーマ流れる。スクリーンに歌詞うつる。

     「ポッピー ポッピー 空飛ぶ ポッピー」

     「ポッピー ポッピー 伝書鳩」

     「ポッピー ポッピー 空ゆけ ポッピー」

     「ポッピー 人気者ぉ〜」

ポッピー登場。足に手紙をつけている。

ポッピー、歌に合わせてゴキゲンで踊る。

     「ポッピー ポッピー 偉いぞ ポッピー」

     「ポッピー ポッピー 伝書鳩」

     「ポッピー ポッピー すごいぞ ポッピー」

     「ポッピー 今日もゆくぅ〜」

繰り返し。そして歌の調子が変わる。

     「だけど君にもひとつだけぇ〜」

     「やっちゃいけないことがあるぅ〜」

ポッピー、神社の祠に気づき、手をたたく。

     「誰のマネだか知らないが」

     「見様見まねの柏手を」

     「打つのは別にいいけれどぉ〜」

     「そこから後が問題だ〜」

ポッピー、足の手紙をほどき、木の枝に結ぶ。祠の後ろの木が浮かび上がると、その枝にもおみくじに混じって二通の手紙が結びつけられている。

     「それは大事な手紙だぜ」

     「誰のマネだかしらないが」

     「オミクジなんかじゃないんだよ〜」

     「枝に結んじゃ、アア、いけないぜぇ〜」

     「デ・モ・ネ」

最初に戻る。

     「ポッピー ポッピー 空飛ぶ ポッピー」

     「ポッピー ポッピー 伝書鳩」

     「ポッピー ポッピー 空ゆけ ポッピー」

     「ポッピー 人気者ぉ〜」

繰り返し。

ポピー、再び踊り出し、やがて飛び去る。

暗転。

***************

天狗自転車に乗って現れる。気楽な感じ。

天狗   ♪てーんてーんてーんぐぅ〜。♪てーんてーんてーんぐぅ〜。ボクにはどうにもおーてーあーげーさぁ〜。

ポッピーのテーマ。

     「ポッピー ポッピー 空飛ぶ ポッピー」

     「ポッピー ポッピー 伝書鳩」

     「ポッピー ポッピー 空ゆけ ポッピー」

     「ポッピー 人気者ぉ〜」

ポッピー、天狗の後ろから現れ、風のように通り過ぎてゆく。

天狗、それをチラッと見て。

天狗   あっ、あれは!

天狗、立ち止まり。

天狗   オ〜イ。ポッピィ〜。

ポッピーの去ったほうを眺めつつ。

天狗   行っちゃったよ……。まっいいか。♪てーんてーんてーんぐぅ〜。♪てーんてーんてーんぐぅ〜。

天狗去る。

暗転。

***************

ジロー倒れている。

ポッピー風のように登場。

ポッピー クルッパー!?

ポッピー、倒れているジローの前をいったん通り過ぎるが、急ブレーキで立ち止まり、戻ってくる。

ポッピー クルクルクルッパー!

ポッピー、ジローを起こそうとするが、ジロー動かない。

ポッピー ポォ〜……。

嘆き悲しむポッピー。ジローが死んだと思ったらしい。

ポッピー ポポポポポ…。

ポッピー、倒れているジローに手を合わせ、ジローの背中にさしてあった世界一の旗を抜き取ると、涙をぬぐって立ち上がり、

ポッピー ポォ〜ポポポ。ポー!

元来た方向へ、旗を手に風のように立ち去る。

暗転。

***************

天狗自転車に乗って現れる。

天狗   ♪てーんてーんてーんぐぅ〜。♪てーんてーんてーんぐぅ〜。

ポッピー現れ、天狗の前を風のように通り過ぎてゆく。

天狗   おい、ポッピー!

ポッピー、脇目もふらず飛び去る。

天狗   あの旗は……。

天狗、少し顔を曇らせ、やや急いだ風に自転車で去る。

暗転。

***************

キャラ捨て山、山奥。

木の切り株のようなものがいくつか並べられている。

客席奥から、耳のないウサギが泣きながら走ってきて、切り株の一つをノック。

声    入ってます。

ウサギ、焦ってその隣の切り株をノック。

声    入ってます。

ウサギ、さらにいくつかをノック。同じ答え。

ウサギ、焦りつつ、切り株をノックしながら奥へ消える。

手前の切り株のフタが少し開き、中から声。

鬼    今のは?

隣の切り株のフタが少し開き。

地蔵   あれはウサギじゃないかな。

鬼    なんかモルモットみたいでしたけど。

地蔵   ああ、たしかに。…耳がなかったからな。

鬼    ひょっとしてあのウサギさんも…。

地蔵   たぶんな。…逃げ足の早いウサギまであのざまじゃぁ、もうこの山に住むキャラはほとんど全滅だな。

森の奥からウサギの声。

ウサギ声 返事くらいしろよ!

シーン。

ウサギ声 返事がないなら、勝手に入っちゃうぞ。

もみ合う音。

ウサギ声 いいじゃないか。代わってくれよ。こんな格好じゃ、外にいられないんだよ。…いいじゃないか。ケチくさいこと言うなよ。…おいトカゲ。代われってば。…えっ? トカゲじゃない? …あっ、お前カメか! どうしたんだよ、その格好。

鬼    …もう空いている切り株があまりないのかもしれませんね。

地蔵   …こんなことはキャラ捨て山はじまって以来だ。

鬼    そういえば、あの方は…。

並んでいた切り株が左右に動き、開いた隙間にジローが倒れているのが見える。

鬼    どうして、この森に来たんでしょう?

地蔵   来たっていうか、連れてきてもらったようだけど…。

鬼    一人で来たんじゃないんですか。

地蔵   ああ、なんか気をうしなって道で倒れてたみたい。

鬼    まぁかわいそう。

地蔵   でね、カメが背負ってここまで連れてきたらしいよ。

鬼    まぁカメさんたら優しい。私、カメのこと見直しました。

地蔵   いや、そんなんじゃないみたいだよ。カメも甲羅を取られて、なんていうの、背中にポッカリ穴があいたっていうか、焦ったんじゃないの。それで、その埋め合わせに背負ってきたみたい。愛用のカツラをなくしたハゲオヤジが苦しまぎれにワカメのせちゃうみたいなもんでしょ。

鬼    ちょっとたとえとしてどうかと思いますが…、まぁ、そういうこともあるかもしれませんね…。(倒れているジローを見て)…あの方もなにかをなくしたんでしょうか?

地蔵   さぁ?

ジロー、頭がくらくらする様子で、立ち上がる。

鬼    あっ。立ち上がった。

地蔵   ほんとだ。…でも、かかわりにならんほうがいい。

地蔵と鬼、切り株のフタをしめて隠れる。

ジロー  ……。どこなんだ、ここは? …ああ、そうか。あいつら…。…あっ、本が! 本がない!

鬼の声  本を盗られたんだ。

地蔵の声 ずいぶん大切にしてたからなぁ。

鬼の声  じゃあ、私たちと同じ境遇なんですね。

ジロー  ああっ! 旗もない。旗も盗られてる!

鬼の声  二つも盗られたんだ。

地蔵の声 旗はキツいな。ああいうシンボリックなものは精神的に特にキツいんだ。

鬼    (切り株のフタを少しあけて)ガンバレ。

ジロー  誰だ?(あたりを見回す)

地蔵の声 あっ、話しかけないほうがいいってば。

鬼の声  でも…。あの人、早くしないと入る切り株がなくなっちゃいます。

鬼、切り株のフタを少しあけて、ジローを見る。ジローもそれに気づいて。

ジロー  あっ、あなた!

鬼    あっ、コンニチワ。

ジロー  どこなんですか、ここは?

鬼    森です。

ジロー  森?

鬼    はい。ヒキコ森。

スクリーンに文字。

「ヒキコ森:人目にふれる場所へ出て行く自信がないキャラたちが集まり、心を癒す森。ただし、いったんこの森に入るとなかなか抜け出せなくなる」

ジロー  ヒキコモリ?

地蔵もふたを少しあけて。

地蔵   そう。ヒキコ森じゃ。

ジロー  あっ、あなたも。…どうして二人ともそんなところに?

鬼    だって、ツノが。…ツノがない鬼なんて…。シクシク…私もうダメです!

ジロー  でも鬼さん。あなた、鬼なんか嫌だとか、ツノなんかなければいいとかって言ってたじゃないですか。

鬼    それはそうですけど…。でもやっぱりダメ。あれがないと私やってけない。

ジロー  なんか、言ってることわけわかんないですよ。

地蔵   そういうもんだって。私だってね、たかが前掛け一枚だと思ってたが、なくなってみると、首のあたりっていうか、胸のあたりっていうか、つまるところハートがね、妙に寒々しくてね、ゾワゾワするっていうか、ビクビクしちゃうっていうか…。要するにかすかに残ってたキャラとしての自信までもってかれちゃったって感じなんですよ。こうなるとね、新キャラに生まれ変わりたいっていう気持ちよりも先に、元に戻りたいっていう気持ちがこみ上げてくるわけで……。

鬼    あっ、わかる。わかります、その気持ち。戻りたい、帰りたいって気になるんですよね。

地蔵   そうそう。で、こういう切り株の中とかに入ってないと落ち着かなくなるんだよね。

鬼    できるだけ狭いところがグッドですよね。

地蔵   そうそう。

ジロー  なるほど。つまり、キャラなしたちが集まる吹きだまりなんですね。

地蔵・鬼 ヒッ、ヒィ〜。(切り株のフタをしめ、隠れてしまう)

ジロー  あっ、ゴメンゴメン。そんなつもりじゃ…。

地蔵の声 悪いことは言わん。お前さんも早く隠れなさい。

ジロー  隠れる? どうしてボクが隠れなきゃならないんです?

地蔵の声 お前さん、本と旗を盗られたんじゃろ。

ジロー  ええ、まぁ。

地蔵の声 なら、隠れたほうがいい。あんたもキャラを失ってるんだから。

鬼の声  そうですよ。早くしないと入れる切り株がなくなっちゃいますよ。

ジロー  関係ないよ。ボクには。それに切り株がなくなるったって、見てごらんよ、切り株はこんなに…。(しばらく考えて)まっ、まさか、この中には!

地蔵   その通り。

鬼    みんな同じ目にあったんです。

ジロー  ひょっとして犯人は…。

地蔵   (切り株から顔を出し)アア、お前さんの仲間じゃよ。みんな、あいつらにヒゲやら甲羅やら耳やらハサミやら、自慢の一品をとられたんじゃ。

森の奥から「ヒゲをけえしてくれぇ〜」とか「皿がなかんべや〜」とかの声が聞こえる。

地蔵   で、ああして切り株の中で泣いておるんじゃ。

鬼    この山のキャラたちの大半はここに集まってます。

地蔵   このままじゃ、この山もおしまいじゃ。ナンマイダナンマイダ。

ジロー  なんてことを! …あっ、そうだ。ボクどれくらい気を失ってたんですか?

地蔵   さぁなぁ〜。

鬼    カメに背負われてきたのが昨日朝でしたから。

地蔵   二〜三日ってとこかな。

ジロー  二〜三日! そんなに!

地蔵   目が覚めただけでもよかったじゃないか。

ジロー  (地蔵の話には耳をかさず)…クソッ! とにかく、このままにはしておけないぞ。あいつら、ボク抜きでおはなしを作ろうとしてるんだ。まったく、油断も隙もあったもんじゃない。お供に裏切られるなんて前代未聞だよ。くそっ、必ず見つけ出して成敗してやる。…あっそうだ。この森に天狗、天狗は来てるんですか?

鬼    天狗さんは来てません。

地蔵   きっと天狗さんはキャラの木を守ってるんじゃろ。

ジロー  手下を見殺しにしてまでキャラの木を守っているんだな…。

地蔵   あっ、いやそんなんじゃなくて。

ジロー  (地蔵の話には耳を貸さず)冷血漢め! あいつらともども成敗してくれる!。

ジロー走り去る。

暗転。

***************

おじいさんとおばあさんの家。村長も来ている。

おじい  そろそろポッピー、帰ってくるんじゃないかな。

おばあ  ええ、私もそんな気がしてるんです。

ポッピーのテーマ♪

ポッピー登場。

おじい  噂をすれば、じゃ。

おばあ  よくお戻りだねポッピー。おや、また今度も手紙はなしかい…。で、ジローは?

ポッピー、急に突っ伏して泣く。

おばあ  一体どうしたんだい、ポッピー!

おじい  泣いてちゃわからんじゃないか。

村長   まっまさか。

ポッピー、ゼスチャー。

おばあ  なになに? 倒れたんだね、ジローが。

おじい  で、ケガでもしているのかい?

おばあ  はっ? 動かない? 動かないのかい!

ポッピー、空へ舞い上がる仕草。

おばあ  ええっ! 天国へ、天国へいったのかい!

村長   死んだのか、ジローは!

おじい  なんてこった…。

おばあ  ……。

しばらく沈黙。

村長   どうします。

おじい  どうしますって言うと?

村長   今後の…、これからのことですよ。……こんなときに言うのもなんだが、こんなときだからこそ言っておきたいんです。我々は今回のプロジェクトの中止をジロー君に伝えようとした。が、ジロー君は既に亡くなっていた。つまり、結果として、既にプロジェクトは中止になっていたわけです。ですから…。

おじい  わかっとるよ、村長。あんたの言いたいことは。…これでワシらの腹も決まった。

おばあ  そうだねぇ。こうなってしまった上は、こうなってしまったなりに考えるしかないからねぇ……。

おじい  それにしても不憫よなぁ。

おばあ  あの本さえ出てこなけりゃ、わざわざキャラ捨て山なんかに行かせたりしなかったものを…。間が悪いって言うかなんて言うか、あの子にもともと運がなかったってことかねぇ…。

おじい  やっぱりあの本は呪われておるのかなぁ…。

村長   お察しします。お二人のお気持ちは。…ああ、そうだ。せめてジロー君を祠に祀ってあげませんか。それが村のために命を捧げた彼へのせめてもの償いだ。

おじい  ああ、それはいい。きっとあの子も喜ぶじゃろ。

おばあ  そうだねぇ、それがいい。それがいい。

暗転。

***************

スクリーンに文字。

「ヒキコ森」

たくさんの切り株がうごめいている。そこへ自転車で通りかかる天狗。

天狗   ♪てーんてーんてーんぐぅ〜。てーんてーんてーんぐぅ〜♪

     あれぇ〜? どうしちゃったの、みんな。なんでこんなとこに集まってるわけ?

切り株たち、奥へ逃げていく。

天狗   あっ、待って! 待ってってば。(残っている二つの切り株を見つけ)もしもーし。どうかしたんですかぁ〜。

地蔵、切り株から顔を出す。

地蔵   はずかしながら、ひきこもってます。

天狗   そりゃ、ここはヒキコ森だし、今の様子からしたらそうかなぁ〜って思ったんだけど、みんなが一斉にひきこもっちゃうなんて、何があったのさ。

鬼、顔を出す。

天狗   やぁ、君か。

鬼    ……私、何か変じゃありませんか。

天狗   変? 変って、…そういえば少しすっきり……。あ〜っ! ツノとれちゃってるじゃない!

鬼    とられてしまいました…。

地蔵   ワシは前掛けじゃ! この森にひきこもってる他の連中もみんな同じような目に遭わされて、それで…。ウッウッウッ…。

天狗   誰がそんなことを?

鬼    変な二人組です。

天狗   二人組。どんな?

鬼    なんだかよくわかりません。あまり特徴がなくて…。

天狗   服とかは?

鬼    一人はすごく薄着で、もう一人はすごく厚着でした。

天狗   う〜ん。わからん。…お地蔵さんは何か覚えてますか?

地蔵   ワシのときは、最初三人で、あとからお札の力で二人出てきて、合計五人になって、そのあと一人になったんだが、その一人がいなくなったら、しばらくして四人が酔っぱらって戻ってきて、そのうち二人は離れて見てたけど、最終的には、鬼さんと同じで、変な二人組が近づいてきて前掛けを引きちぎったんです。

天狗   う〜ん。状況が見えない。……その離れて見てた二人はどんなでした?

鬼    一人はおハゲで、もう一人はトッチャンボウヤでした。

天狗   おハゲとトッチャンボウヤ……。もしかして、ニナヤマとかミタニとか言ってなかった。

地蔵   ああ、それそれ、最初にお札の力で出てきたとき確かそういってた。

天狗   やっぱりあいつらか。しょうこりもなく!

天狗   ……他になんでもいいから覚えてることないかい。

鬼    ジローっていう人がいました。

天狗   ジロー? タローじゃくて?

鬼    ええ、ジローです。

地蔵   たしかにジローだった。その人がリーダーみたいだったけど…。

鬼    なんだか途中で仲間割れみたいになったらしくて、さっきまでここで寝てましたけど、目が覚めたら、四人を追いかけて行っちゃいました。

天狗   うーん。どうなってんだろう…。……あのさぁ、もしかして、そいつら何か本のようなものを持ってなかったかい?

地蔵   本。ああ、ええ。持ってました。

天狗   キャラ捨て山の天狗退治。だね。

地蔵   そう、その通り。さすが天狗さん。あっ、そうだ。気をつけて下さい! あの方たち、天狗さんを退治する話を作るって言ってました!

天狗   やっぱりそういうことか。……大丈夫。ボクはやられたりしないから。

鬼    ホントに?

天狗   ああ、だから隠れてるみんなにも安心するように言っておいてくれないかい。とられたものはボクが必ずとりかえすから。

鬼    ハイ。……ああ、そういえばジローって人も、天狗さんと同じこと言ってくれました。取り返してきてあげるからって。

天狗   そうなの? ……とにかくボクは彼らのあとを追いかけてカタをつけてくるから、心配しないで。いいですね。

天狗、自転車で去る。

暗転。

***************

村はずれ。祠の前。おじいさん、おばあさん、村長、ポッピー立っている。

村長   (祠に手を合わせ)ジロー君。君のことは決してわすれない。君はこの村の守り神として、これからもずっと、この村を見守り続けてくれ。

おじいさんとおばあさんも祠に手を合わせている。

おばあ  しかし、寂しいねぇ。何かこの祠に納められるような形見の品でもあればいいんだけど。

おじい  ホントになぁ…(と、言いつつふと顔を上げると、祠の横の木に「世界一」と書いてある旗指物が立てかけてある)。……お〜やぁ〜?

おばあ  どうしたんだい、急に変な声を出したりして(と、言いつつふと顔を上げ)。……お〜やぁ〜?

村長   お二人ともどうした…。……お〜やぁ〜?(旗指物を手にとり)これは餞別として私が持たせたものじゃないか!

おばあ  あの子、なんでこんなところに旗をおいていったんだろう?

おじい  いくらトンチンカンでも、こんな忘れ物するかなぁ?

村長   気に入らなかったのかなぁ…。

おばあ  それはないでしょ。

ポッピー、神妙な顔でうつむいている。

おばあ  ポッピー、お前、なんでこんなところにジローが旗を置いていったか、知ってるかい?

ポッピー、空を見上げる。ゼスチャーはなし。

おじい  どうしたんじゃ、ポッピー。いつものお前らしくないぞ。

おばあ  何か知ってることがあるんなら教えておくれ。

村長、木の枝に結んである手紙に気づく。そしてその一つを手にとって読み。

村長   こっこれは!!

おじい  どうかしたかね?

村長   これ、手紙だ! 手紙ですよ。

おばあ  手紙? 誰の?

村長   (手紙を読む)おじいさん、おばあさん、お元気ですか。(ジロー浮かび出て、一緒に声に出す)ボクは今、キャラ捨て山の麓に来ています。お札三枚と王将のタダ券は使いました。細かいことは帰ってからお話ししますが、とりあえず第一関門はクリアといったところです。先を急ぎますので、取り急ぎご報告まで。早々 ジローより(ジロー消える)。

おじい  どういうことじゃ。

おばあ  どうしてここにこんなものが。

村長   (もうひとつ枝から手紙をとり)……これも手紙じゃないか。なになに、「ジロー元気かい。今日はお前に一つお願いがあって手紙を書きました。実は村長の勧めもあって、今回の…。

おばあ  それは私が書いた手紙じゃないか!(村長から手紙を奪い取り読む)「今回のキャラ捨て山の話の件は中止することにしました。でも心配しなくていいよ。事情が変わって、村もこのババも、ジィさんも、そしてお前も安心して暮らせるようになったのさ。だからすぐに戻ってきておくれ。くれぐれもそこから先に進んじゃいけないよ。いいね。お前を愛するババより」(ポッピーをにらみつつ)……どういうことかねぇ。

おじい  こんなことができるのは、ワシらとジローのやりとりの間に入っていた(ポッピーをにらみつつ)お前しかいないんだがなぁ。

おばあ  ポッピー、すまないがねぇ、ゼスチャーでもなんでもいいから、よーくわかるように説明しておくれでないかい。

おじい  ポッピー、ことと次第によっては…。

村長   まぁまぁ、落ち着いて下さいよ、二人とも。……しかし驚いたなぁ、ここに結んであるのはオミクジばかりだと思っていたが……。

おばあ  ……お前、人に頼まれた手紙を運びもせず、ここに結びつけていたんだね。

おじい  さぁ、白状しろポッピー。

ポッピー腕組みをしたまま空を見上げている。

おじい  考えるようなことでもなかろう! さぁ神様の前で白状しろ!(おじいさん、ポッピーの首をつかんで祠の中に投げ込む)

暗くなって、スクリーンに映像。

ポッピーが手紙を木の枝に結んでいるシーン。

「ジローの手紙むすんじゃいました」の文字。

続いて、再びポッピーが手紙を木の枝に結んでいるシーン。

「おばあさんのもやっちゃいました」の文字。

おばあ  なんてこったい。

おじい  絶対許せん! 飼い鳩に手をつつかれた気分じゃ!

村長   それにしても、なぜポッピーはこんなことをするようになったんでしょうかねぇ。

暗くなって、スクリーンに文字

「ポッピーの回想。その①。成人式前日。キャラ捨て山のふもとの里」

明るくなって回想がはじまる。

タローが庭の花に水をやっている。そこへポッピーが通りかかかる。

タロー  あれっ、お前もしかしてポッピーじゃないか。

ポッピー ポォ?

タロー  ボクだよ。タローだよ。

ポッピー ポポポ〜!(喜ぶポッピー)

タロー  久しぶりだなぁ〜。おじいさんやおばあさんはあいかわらずなのかい。

ポッピー ポー。(うなずく)

タロー  そうかぁ〜。ずいぶん会ってないなぁ〜。で、最近どうなの村は?

ポッピー ポポポ…。(首をかしげる)

タロー  お前に聞いても無理か…。あっそうだ。ポッピーひとつ頼みを聞いてくれるかい。

ポッピー ポ〜。(うなずく)

タロー  村を出るときに預かった本があるんだけど、返しそびれちゃってさ。気にはなってたんだけど。……手紙を書くからおじいさんとおばあさんに届けてくれないかなぁ。

ポッピー ポ〜。(うなずく)

スクリーンに文字。

「ポッピーの回想。その②。成人式当日。祠の前」

「本と手紙を持ったポッピーが通りかかかる。九官鳥の九ちゃんがおまいりをしている」

以下、セリフはスライドに映し出される。

ポッピーと九ちゃんは映し出されたセリフに合わせて演技。

ポッピー あれっ? 九ちゃんじゃないか。

九ちゃん ああ、ポッピー。何してんの?

ポッピー ボクは仕事だよ。君こそなにしてんだい。

九ちゃん 祠の前に立ってるんだから、お参りに決まってるでしょ。

ポッピー お参り?

九ちゃん あなた、お参りを知らないの?

ポッピー ???

九ちゃん お参りっていうのはね。神様に願い事を聞いてもらうことよ。

ポッピー へぇ〜。そうだったのか。神様っていいね。

九ちゃん あなたもハトだったら、お参りくらいしなきゃダメよ。

ポッピー そうなの?

九ちゃん そうよ、当たり前よ。ハトとしての義務よ。

ポッピー じゃあお参りするよ。で、どうすればいいの?

九ちゃん まず手をたたくの。

ポッピー 手? 羽でもいいかな。

九ちゃん そうよ、羽よ。羽で十分よ。

ポッピー (手をたたくマネをして)これでいいのかい。

九ちゃん ダメよ。

ポッピー なんで?

九ちゃん 何かお供え物をしなきゃダメに決まってるでしょ。

ポッピー お供え物?

九ちゃん 持ってきたものをここに置くのよ!

ポッピー ああ、そうなんだ。さすが九ちゃん。よく知ってるね。(ポッピー、本を祠に供える)

九ちゃん そうよ。それでいいの。やればできるじゃない。(と言いつつ、オミクジを木の枝に結ぶ)

ポッピー それは?

九ちゃん あなた何も知らないのね。これはオミクジを木に結ぶっていう風習なの!

ポッピー オミクジって何?

九ちゃん オミクジっていうのは、紙にいろいろ字が書いてあるものよ。

ポッピー ああ、それなら持ってるよ。…でもどういう意味があるの?

九ちゃん そんなこと知らないわよ。どうでもいいでしょ。やるの、やらないの!

ポッピー …やるよ。

九ちゃん こういうのは儀式なんだから深く考えちゃダメ。型どおり、見様見まねでやればいいの。わかった?

ポッピー (手紙を木の枝に結びつつ)うん、なんとなくわかってきたよ。

九ちゃん ね、すがすがしい気分になってくるでしょ。いいわね、お供え物はこっち、オミクジは枝よ。わすれないで。

ポッピー うん、わかった。

ポッピー、飛び去る。

スクリーンに文字。

「ポッピーの回想終わり」

ポッピー、祠から出てくる。なぜか少し照れている。

おじい  なんてこった。

おばあ  畜生は所詮畜生ってことかい。

村長   要するにあれですか。ジロー君が祠で見つけたっていうあのタネ本は、もともとタロー君が持っていたもので、それを託されたポッピーが、手紙ともどもここに置いていったと。

おじい  らしいな…。

村長   ジロー君は神様に選ばれたわけじゃなかったんですな。

おばあ  おかしいと思ったんだ。あの子はそんな器じゃないもの。

村長   ちょっと待って下さいよ。今の話が本当なら、タロー君からの手紙もこの木の枝に…。あっ、これだ!

おじい  おおっ!

おばあ  で、何と?

村長   なになに、「おじいさん、おばあさん、ご無沙汰いたしております。(タロー浮かび出る)もっと早くご連絡するべきでしたが、なかなか気持ちの整理がつきませんでした。ごめんなさい。あれからボクはタネ本の指示に従ってキャラ捨て山に登りました。けれども、結局おはなしを完成させることはできませんでした。できなかった理由はいくつかあります。言い訳は男らしくないぞとおじいさんに怒られそうなので、詳しくは書きませんが、これだけは確かです。キャラ捨て山に住んでいるキャラたちは、何も悪いことはしていません。加害者ではなく、どちらかといえば被害者です。だからもう、キャラ捨て山の天狗退治のおはなしを完成させようとはしないで下さい。頂いたタネ本はお返ししますが、これは封印するか焼却して下さい。お願いします。
ああ、それから、近況をお知らせします。ボクはキャラ捨て山の麓の里で家族を持ち、ごく普通に暮らしています。そして、サラリーマンをするかたわら、ときどき天狗をやっているんですよ。まぁ、ちょっとしたボランティアです。とにかく、こちらは、穏やかで幸せな毎日なので、くれぐれもご心配なく。では」(タロー消える)

おじい  なんてこった。

おばあ  なんてことでしょう。

村長   これは驚いた。

おばあ  この手紙に書いてあることが本当なら、ジローを山に行かせたりしなかったものを…。

村長   まぁ今となっては仕方ないでしょ。それもジロー君の運命だったんだ。

おじい  それにしてもタローのやつ、今まで連絡もなしに…。

おばあ  そうだよ。帰ってきもせずに、薄情な。

おじい  しかもサラリーマンだと。ふざけるのもいいかげんにしろ。タロー家のものが他人の下で働くとは言語同断じゃ!

おばあ  それよりもなによりも「ときどき天狗をやってるって」あの子、一体…。

村長   まぁ、二人とも落ち着いて。とりあえずよかったじゃありませんか。タロー君の消息が知れただけでも。ここはひとつ穏便に…。

おじい  いいや。村長さん。それではワシの気持ちがおさまらんのです。

おばあ  私もだよ。タローに一言文句を言わないと気がすまないよ。どれだけ心配したと思ってんだい。年老いたジジババの面倒を見もしないで、なにが「こちらは、穏やかで幸せな毎日」だよ。まったく。

おじい  そうとも。あのバカモン。名門タロー家の看板に泥を塗りおって! 連れ戻して鍛え直してくれる!

おばあ  ポッピー、あたしをキャラ捨て山まで運ぶんだ。いいね。

おじい  出てこい九官鳥!(九ちゃん出てくる) お前にも責任とってもらうぞ。いいな。ワシらを山まで運べ。

暗転。

***************

山の中、動物①と虫たち歩いている。二人ともツノやら前掛けやら皿やら異様にたくさんのものを身につけている。

動物①  ねぇ。

虫たち  なによ。

動物①  これってちょっとやりすぎじゃないかしら。

虫たち  ここまでやると動きにくいわよね。

動物①  ていうか、そもそもこんなにつけちゃうと、かえってどういうキャラだかわかんないと思わない?

虫たち  そうよね、私もそう思うわ。これってやりすぎよ。だって、たとえば道で誰かに会ったとするじゃない。その人、きっと私たちを見て驚くと思うのね。でも、でもよ。「あっ」って叫んだのはいいけど、その後が出てこないと思うのよ。「鬼だぁ〜」とか「カッパだぁ〜」とかって言葉が。

動物①  そうそう、そうよ。絶対そう。その人、「あっ」って叫んで、里へ逃げ帰って、それから里の者にこう言うわよ。「山で何かに出会ったけど、それが何だかわからない」ってね。

虫たち  過ぎたるは及ばざるがごとしよ。やめましょ、こんなんじゃ、何もつけてなかったときと同じよ!

動物①  キャラ的過ぎてキャラになってないわ!

動物①と虫たち、体につけているものを取ろうとする。

いつの間にか客席に座っていたミタニ、立ち上がって舞台へ。

ミタニ  あっ、スミマセン。ちょっと止めてもらえますか。え〜っと、どうなっちゃったのかなぁ〜。

動物①  どうもこうもないわよ。重いのよ!

虫たち  しかも、無駄よ!

ミタニ  あ〜重いんですか。あっそうか、いっぱいくっつけちゃいましたからねぇ〜。それで重いのかもしれない…。

動物①  だから重いのよ。事実重いのよ。

虫たち  腰抜けそうよ!

ミタニ  う〜ん、困ったなぁ…。話としてはですねぇ、キャラたちを倒しつつ、そのキャラたちのキャラ的な部分を取り込んでですねぇ、どんどん強くなっていくっていう設定なんですよ…。

動物①  強いも弱いもないわよ。それ以前に動けないって言ってんの。脱ぐわよ、私。

虫たち  私も脱ぐわ。

ミタニ  あっ、ちょっと待って下さいよ。脱いじゃうとキャラ的に薄くなっちゃいますよ。いいんですか、それでも。

動物①  濃すぎんのよ。

虫たち  これじゃ逆効果よ。

ミタニ  ああ、ダメですよ、ダメ。勝手にそんなことしちゃ。演出家の意見も聞かないと…。(客席に向かって)ニナヤマさーん。…あれっ?(客席で眠っているニナヤマにスポット)……寝てるよ。ニナヤマさーん。ニナヤマさんってば。(客席に)スミマセン隣の方、起こしてもらえますか…。

ニナヤマ (隣の人が起こそうとすると)バカヤロー…。ムニャムニャ……。

ミタニ  …寝言だよ。…ったく。面倒なことは全部人まかせなんだもんなぁ〜。(客席に)ああ、もう結構です。(動物①と虫たちに)…で、どうしたいんでしたっけ?

動物①  脱ぐのよ。脱ぐの!

ミタニ  ああそうか、そういうことか。ええっと、ちょっと待って下さいよ。(本をひろげて)…ああ、なるほど、ふむふむ。脱ぐのか…。あーでもどうかなぁ〜。これは重要なポイントだからなぁ〜。

虫たち  何が重要なのよ。

ミタニ  ですから、お二人がいろんなものをつけてるってことがですよ。

動物①  どう重要なのよ。

ミタニ  つまりですねぇ。今までやっつけてきたキャラっていうのは天狗の手下なわけですよ。考えてみて下さい。天狗の気持ちを。

虫たち  天狗の気持ち?

ミタニ  ええ。手下がとられたキャラ的なものを取り返そうとするんじゃありませんか?親分としては。

虫たち  それはそうね。

ミタニ  でしょ〜。てことは、天狗をおびきだすためには、なるべくアピールするっていうか、ここにありますよーみたいなパフォーマンスが必要だと思いませんか?

動物①  それはそうかも…。

ミタニ  そのためにはお二人にはもうちょっと我慢して頂きたいんですよねぇ〜。ほら、頂上はあとちょっとなんだから。

虫たち  そうなの。

ミタニ  ええ、すぐそこです。

動物①  くわしいのね。

ミタニ  あっ、いや、その、まぁ、脚本家ですから当然ですよ…ポポポポポン。

虫たち  何よ、そのポポポポポンっていうのは。

ミタニ  あっ、いや、その、気にしないで下さい、ただの笑い声ですからポポポン。とにかく…。

動物①  わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば。

ミタニ  納得して頂けましたか。ではしゅっぱーつ。…あっニナヤマさんを忘れるところだった。ニナヤマさーん。

ミタニ、客席に降りて、ニナヤマを起こす。

ニナヤマ なんだバカヤロー。

ミタニ  起きて下さいよ、もう。これからいよいよクライマックスだっていうのに。

ニナヤマ クライマックス? ああ、そうか、いよいよ待ちに待った天狗退治か。よっしゃぁ〜、気合い入れていくぞ、気合い!

動物①  なんか調子いいのよね。

虫たち  どことなく怪しいっていうか。

ニナヤマ あん? 何か言ったか?

虫たち  別に…。

動物①  でもこのまま頂上に行って、天狗が出てきたら私たちどうすればいいわけ?

虫たち  そうよ、それってチョー重要なことじゃない。

ニナヤマ なんだ、てめぇらおじけづきやがったな。

動物①  そんなんじゃないわよ、ただ、手順を教えてって言ってるんじゃない。

虫たち  身動きもままならないのよあたしたち。それでどうやって天狗をやっつけるのよ。

動物①  そうよそうよ。このままじゃ、あたし、上には行けないから。

虫たち  どうなの。どうやって天狗をやっつけるの、その辺、はっきりしてちょうだいよ。

ニナヤマ よし、わかった。おい、(ミタニに)説明してやってくれ。

ミタニ  またボクですか…。ええっとですねぇ、動物①と虫たちはですねぇ(本をめくりながら)体にキャラ的なものをいっぱいつけて、山を登って行きました…と。

スクリーンに文字。

「そこには大きな大きな木があった」

「〈これがキャラの木か〉二人はそう思った。しかし、そこに天狗の姿はない」

「逃げたのか? いや、天狗は木の上から手下たちが取られたものを奪い返すスキをうかがっていたのである」

「そしてキャラ的なものをびっしりとくっつけた二人を見て天狗は思った」

「近づいて一つ一つとっていては、やつらに見つかってしまうぞ。…そうだ!」

「そこで、天狗は自慢の隠れ蓑を身にまとった。するとあ〜ら不思議。天狗の姿はどこにも見えなくなってしまった」

「〈しめしめ〉隠れ蓑のおかげで誰からも見えなくなった天狗は、するするひょーいっと、木からおりてきた。そして二人のすぐ横に立って、ツノやら皿やらをむしりとると、自分の隠れ蓑の中にしまった」

「二人には天狗の姿が見えない。しかもどんどん身につけたものが取られていく」

「二人の慌てる様子を見て、天狗はすっかり調子に乗ってしまった。

〈バカなやつらめ、どうれ、ちょいとふところの中も調べさせてもらおうか〉」

「天狗は動物①のふところに手を入れた。「ん?」天狗の手になにやら硬いものが触れた」

「〈これはなんじゃろうか〉ぐいっと引っ張り出すと、天狗は蓑の中にしまいこんだ」

「〈どうやらビンのようじゃが…。何が入っておるんじゃろう? ちょっとニオイを…〉天狗はビンのふたをとって、鼻を近づけた」

「〈クンクンクン??? ウベー!!!〉それは胡椒の入ったビンだった」

「〈ハックションハックション。こりゃたまらんわい〉天狗は思わず蓑の中から鼻を突き出した」

「それを二人が見逃すはずはない。〈そこだな、天狗!〉二人は天狗の鼻をつかむと、力一杯ひっぱった」

「〈ハックション、イテテテテ〉蓑から出てきた天狗の鼻に、こんどは虫たちが、持っていたラー油を流し込んだから大変じゃ」

「〈ハックション、イテテテテ。ヒィーヒィー。こりゃ参ったぁ〜〉いやもう痛いこと痛いこと。鼻は天狗の急所での、隠れ蓑から引きずりだされた天狗どんは大泣きして謝ったそうじゃ」

「おしまい」

ミタニ  とまぁ、こうなるわけですよ。

①と虫  なるほど。

動物①  でも胡椒とラー油が…。

ニナヤマ これを使え(ニナヤマ、胡椒とラー油のビンを出す)。

虫たち  これどうしたの?

ニナヤマ ああ、さっき王将でな…(客席に向かって)いい子はマネすんじゃねぇぞ。

ミタニ  どうですか、完璧な作戦でしょ。

動物①  わかったわ。その作戦でいいわ。

虫たち  そうと決まったら早く行きましょうよ。立ってるだけで疲れるもの。

ミタニ  じゃ、そういうことでよろしく。

ニナヤマ がんばれよ、バカヤロー。

ミタニとニナヤマは客席から外へ。動物①と虫たちはソデへ去る。

暗転。

****************

ポッピーがおばあさんを、九ちゃんがおじいさんを背負って客席から登場。

おばあ  ジィさんや、キャラ捨て山が見えてきたよ。

おじい  あれがそうか…。

おばあ  なんだか嫌な感じの雲がかかってますねぇ…。

おじい  ところで、バァさん。もしタローに会えたとしたら、どうするつもりなんじゃ。

おばあ  それは会ってみないとわからないねぇ…。ジィさんこそどうするつもりなんだい?

おじい  ああ、ワシか。ワシもよくわからん。最初手紙を見たときは頭にきたんじゃが……。ワシにも責任があったのかもしれんしな…。

おばあ  どういうことだい?

おじい  だから、あのタネ本のことじゃよ。ワシのタネ本がいけなかったのかな…と。

おばあ  そんなことあるもんですか。あれは立派なタネ本でしたよ。

おじい  そうかい。

おばあ  そうですよ。思い出してみて下さいよ。あの頃のことを…。

おじい  あの頃か……。

スクリーンに文字。

「ジジィの回想」

「さかのぼることずっと前。見かけは同じだがジジィが今よりちょっと若めのジジィだった頃」

「蝉の声。タロー家」

「うだるような暑さの中、筆を持ったままじっと一点を見つめているジジィ」

「ババァがお茶を持ってくる」

おばあ  どうですか。進み具合は?

おじい  ……。

おばあ  そうですか。まぁ焦らずにいいものを仕上げて下さいね。

おじい  わかっとる…。

おばあ  お茶でもいかがですか。

おじい  うむ。

おばあ  (机の上を覗き込み)進んでませんね。

おじい  ああ。

おばあ  まぁいいじゃありませんか。タローには何か別のものを渡してやれば。

おじい  何を言っとるんじゃ、バァさん。そんなわけにはいかんよ。あんな出来のいい子は久しぶりなんだ。…随分長い間ワシはあんな子を待ってたんだ。そのタローが成人するというのに、古い本なんぞ渡せるわけがなかろう。

おばあ  それはそうですが、あんまり根を詰めると体にさわりますよ。

おじい  ワシの体なんかどうでもええんじゃ。ワシはな、バァさん。ワシがこれから書く渾身の一冊で、あいつを送り出してやりたいんじゃ。そして、あいつが大成功をおさめて凱旋し、この家をもう一度盛り立て、村を再興させる、そんな光景をひと目見たいんじゃ。他にもう何も望むものはない!

おばあ  ええ、ええ。それは私だって同じですよ。あの子ならきっとやってくれます。やってくれますとも。でもね、おじいさん。書けないものを無理矢理絞り出すようにして書いてもねぇ…。

おじい  わかっとる。それはわかっとるよ、バァさん。

ミタニとニナヤマ登場。

ミタニ  あのぅ〜。失礼してもよろしいでしょうか。

おばあ  あ、ハイ。どちらさまでしょうか?

ニナヤマ ニナヤマだ。ヨロシク。

おばあ  ニナヤマさん? ですか。

ミタニ  あっ、私、ミタニです。どうも。えっと実はですねぇ…。あっ、ここタローさんのおうちですよね。

おばあ  ええ。

ミタニ  ああ、よかった。ええ、間違いないとは思ったんですがね、でもひょっとしたら違うかなぁ〜って気もしたもんですから。(家の中を見渡し)うーん、なんて言うか、あの名門タロー家にしてはちょっとさびれてるっていうか…。ああ、スミマセン。ゴメンナサイ。そういうつもりじゃ…。

おじい  いや、ホントのことですからな…。お恥ずかしいかぎりですよ。

ミタニ  あ〜! おじいさまですね。わーっ本物だぁ〜。ボク、ずっと憧れてたんですよ。

おばあ  ジィさんにかい?

ミタニ  ええ、ええ。実はボク、脚本家志望なんです。まだ駆け出しなんですが。

おじい  ほほぅ。

ミタニ  で、この人はニナヤマさんて言って、ちょっと気むずかしい人なんですが、腕のいい演出家なんです。

ニナヤマ オレは天才ニナヤマだ。

おばあ  はぁ…。

ミタニ  で、実はボクたち二人でなんとかいいおはなしを作ろうじゃないかってことになって、各地を取材して回ってたんですよ。

おじい  ほほぅ。

ミタニ  で、ずいぶん苦労もしたんですがね、…ご存じでしょうか、キャラ捨て山。

おばあ  キャラ捨て山? ああ、聞いたことはあるね。使い物にならなくなったキャラたちが住みつくようになったっていう…。

ミタニ  ええ、そうです、そうです。そこで、結構おもしろいネタを仕入れてきたんですよ。

おじい  ネタを?

ミタニ  ええ、ですが、そのぅ、なんて言うか、どうも話としてまとまらなくて…。…ええ、ボクの力不足なんですが…。それに話の主人公って言うんですか、そういう人見つけるにもツテがなくて…。で、どうしようかってことになりましてね。それでここタロー家にお願いしてみようかな、と。

おばあ  てことは何かい。早い話が、うちにその企画を持ち込みたいってことだね。

ミタニ  そうなんですよ。是非名門タロー家のお力で、この一本、モノにしてもらえないでしょうかねぇ。

おばあ  どうします、おじいさん。

おじい  う〜ん、まぁ聞くだけは聞いてみてもいいが。

ミタニ  ありがとうございます。これがその取材メモです。

ミタニ、おじいさんにメモを渡す。おじいさん、食い入るように読む。

おじい  ………。

ミタニ  どうでしょう?

おじい  ………。

ミタニ  ダメですか。

おじい  ………。

ニナヤマ ニナヤマだ。ヨロシク。

おじい  ………。

ミタニ  ああ、やっぱりダメなんだ…。

おじい  ………。イケる。

ミタニ  えっ、今なんと?

おじい  これはイケる。

ミタニ  ホントですか!

おじい  この話、是非ワシに書かせてくれ。

ミタニ  ええ、ええ、もちろんですよ。そのつもりで持ち込んだんですから。

おばあ  こりゃぁよかった。こっちにしても渡りに舟だ。…しかし、あれかね。ネタをくれるってことは、そちらさんは見返りとして何か条件でもあるのかい?

ミタニ  見返りだなんて、そんな。ボクらはもう、この話がまとまればそれでいいんですよ。…ただ、ああそうだ。もしよろしければ、一つだけ。

おばあ  なんだい?

ミタニ  ボクとニナヤマさんを主人公のお供として連れて行ってもらえませんかね、キャラ捨て山に。間近で見たいんですよ、おじいさんの仕上げたおはなしの成り行きを。

おじい  そんなことはお安いご用じゃ。よーし、書くぞ、久しぶりに燃えて来た。

スクリーンに文字。

「ジジィの回想終わり」

おじい  懐かしいのう…。

おばあ  ホントにねぇ…。

おじい  おかしいなぁ〜。何度も言うようじゃが、なんでタローはしくじったんじゃろう…。

おばあ  さぁ、それは私にも。

おじい  天狗はいたんだろうか…。

おばあ  逃げ出したんでしょうかねぇ。

おじい  あるいは見つけられなかったか…。

おばあ  あの手紙が作り話だってこともありえますよね。

おじい  ウソをつくような子ではなかったが…。「今は天狗になってます」とは一体どういうことなんだ…。

おばあ  一味になったってことですかねぇ…。

おじい  バカな。

おばあ  とにかく行ってみましょう。

おじい  ああ。

暗転。

***************

山の中、ジロー歩いている。

スクリーンに文字。

「ジローはビビっていた」

ジロー  (スクリーンを見て)ビビってなんかいない!

スク文字 (スクリーンに文字で。以下同じ)いーや、ビビってる。

ジロー  そんなことないって。

スク文字 だってもう日が暮れるぞ。暗くなるんだぞ。

ジロー  平気だ。日が暮れたって、暗くったって。

スク文字 独りぼっちでも平気なの?

ジロー  もちろん。

スク文字 ホントは心細いんだろ?

ジロー  そんなことない。ボクは、ボクはタロー家の者だ!

スク文字 ムリするなよ。お前はジローなんだろ。タローのマネをして強がってもムダさ。タローにできなかったことがジローにできるわけがない。

ジロー  ムリなんかしてない。頂上に行けば全部うまくいくんだ!

スク文字 そうかな。そんなにうまくいくのかな。

ジロー  当たりまえさ。ボクは伝説を作るためにここまで来たんだからな。

スク文字 しかし、お供にも逃げられ、本まで盗られ、村と連絡もつかないじゃないか。

ジロー  ……ああ、それはそうだけど。……でもやらなきゃならないんだ。キャラたちを救うためにもキャラの実が必要なんだ!

スク文字 そうかな。救うってのは口で言うほど簡単なことじゃないと思うよ。救おうとして救えるとも限らないしね。

ジロー  とにかく前に進まなけりゃ、ここまでやってきたイミがないだろ。

スク文字 元々イミなんかあったのかな?

ジロー  何言ってんだ。村のため、タロー家のおじいさんやおばあさんのため、そしてボク自身のために、こうして頑張ってるんじゃないか!

スク文字 まっ、今まで見てきた感想を言わせてもらえば、お前は悪いヤツではない。けれどそれほど大したヤツでもない。

ジロー  わかったようなことを。

スク文字 悪いことは言わない。このまま回れ右をして今来た道をおりていったほうがいい。それがキミ自身のためだよ。

ジロー  お前、天狗の手先だな。

スク文字 天狗なんか忘れろ、さぁ帰れ。

ジロー  騙されないぞ!

スク文字 騙すも騙さないもないよ。ナレーションとかスライドとか、そういう説明役ってのはウソをつかないことになってるんだから。

ジロー  黙れ、天狗!

スク文字 だから、天狗じゃないってば。……ジロー君、キミもうだいぶみんなから置いてかれちゃってるわけなのよ。つまり、早い話が、キミなしでもこの話成立しちゃうんだよなぁ〜。

ジロー  何言ってんだ。主役はボクだぞ!

スク文字 ホントの主役はさぁ、「主役はボクだぞ!」なんて言わないんだよね。言わなくてもまわりやお客さんがそういう目で見る人のことを主役って言うんだよね。

ジロー  そりゃ、まだまだ未熟かもしんないよ。でも仕方ないだろ、やんなきゃならないことはやるしかないんだ。

スク文字 だからさぁ〜。やんなくていい状況になってきちゃってるんだよね〜。

ジロー  とくかくボクは行く。

スク文字 困った人だなぁ〜。じゃあ来てもいいけど、あんまり急いでこなくていいよ。話がややこしくなるから。

ジロー  ややこしくなるってどういうことだよ。

スク文字 じゃ、お先に。

ジロー  おい、待てよ。答えろよ。

スク文字 アア…。でも、ひょっとしたらキミみたいな子がいて、おはなしをややこしくすることが大切なのかもしれないね。うんうん、それは言えるな。…じゃ、グッドラック。

ジロー  ひとりで納得するなよ!

スクリーン消える。

暗転。

***************

スクリーン現れる。

スクリーンに文字。

「ここはキャラ捨て山の頂上。いよいよクライマックス」

風がゴーゴーと吹いている。

中央に大きな木の幹。上は見えないほどの大きさ。

木の横には書き割りの岩が置いてある。

そこへ、動物①と虫たちやってくる。

動物①  ついたわよ。

虫たち  ここが頂上なのね。

動物①  ねぇ、見て。これじゃないのキャラの木って。

虫たち  これだわ、間違いない。

動物①  (客席に向かって)ニナヤマさーん。ここに立ってればいいの〜?

ミタニ  (客席から)ごめんなさーい。ニナヤマさん、寝てまーす。

虫たち  ったく…。

ミタニ  そのままお願いしまーす。

動物①  そのままって、どうすんのよ。しかも、なんであんたたち、そんなに離れたところに座ってんのよ。

ミタニ  いや、まぁ、一応スタッフだから、ポポポポポ。

動物①  いいわよ。わかったわよ。え〜っと、とにかく天狗は木の上に隠れてるわけよね。

ミタニ  はーい。

動物①  じゃあ天狗に話しかけてみるわ。

ミタニ  グッドでーす。

動物①  天狗さーん、聞こえますかぁ〜。

虫たち  天狗さーん。こんにちはぁ〜。私たちでーす。

動物①  ねぇ、私たちって変じゃない。

虫たち  でも、名乗りにくじゃない、虫たちでーすって。

動物①  それもそうね。私も動物①でーすって言うの嫌だわ。

虫たち  こういうときってビシッと決めたいのにさぁ。全然しまらないじゃない。

動物①  あたしたちってやっぱり不幸よね。

ミタニ  スミマセ〜ン。もう少しなんとかなりませんかぁ〜。

ニナヤマ バカヤロー!

ミタニ  あっ寝言です。気にしないで。

動物①  ああもう面倒くさい。やい天狗。とにかくこそこそ隠れてないで、出てきなさいよ。男でしょ!

虫たち  男なの?

動物①  ちがうの?

虫たち  さぁ。

動物①  ミタニさーん。

ミタニ  適当にお願いしまーす。

動物①  もう…。とにかく出てきなさいよ。あんたの手下のキャラ的なものは、ほらこの通り、全部私たちが付けてるわよ。

虫たち  手下を見殺しにする気? こそこそ隠れてないで、出てきなさいよ。やっつけてやる!

天狗   (声だけで)オ〜ッ。

①と虫  キャー!

天狗   (声だけで)お前たち、よくぞここまで来たと褒めてやりたいところだが、ワシをやっつけるとは、片腹痛い。ワッハッハッハッハァ〜。

動物①  何かチョー強そう…。

虫たち  やっぱりムリよ…。

ミタニ  頑張ってくださーい。

動物①  そりゃ、あんたたちはいいわよね。離れたところでテキトーなこと言ってればいいんだから。

ニナヤマ バカヤロー! 役者だったらやりとおせ!

ミタニ  寝言でーす。

動物①  ムカつく!

虫たち  ねぇ、どうする。

動物①  とにかく天狗をここまで降りてこさせないと…。

虫たち  そうね。

天狗   (声だけで)何をブツブツ言っているんだぁ〜。キャラ的なものをそこに置いて立ち去れぇ〜。さもないと…。

動物①  さもないと?

天狗   (声だけで)ヒドイ目にあわせるぞぉ〜。

虫たち  ヒドイ目ですって。

天狗   (声だけで)ホントにヒドイぞぉ〜。

虫たち  もうやだぁ〜。

その時、風がビューっと吹く。岩の書き割りがバタンと倒れて、後ろにしゃがんで隠れていた天狗(タロー)が見える。

①と虫  ???

天狗   やぁ…。

動物①  あんた誰?

天狗   一応、天狗だぁ〜。

虫たち  天狗がどうしてそんなところにいるのよ。

天狗   なんとなく。

動物①  天狗は木の上に住んでるんじゃないの?

天狗   いや、まぁ、たまには下もいいかなぁ〜って…。とにかく穏便に済ませたいんで、その身につけたもの、全部置いていってもらえます?

動物①  …いっ、嫌よ。

虫たち  そうよ、嫌よ。欲しければ隠れ蓑を使いなさいよ。

天狗   隠れ蓑か…。う〜ん。困ったな…。

動物①  どうしたのよ。

天狗   ゴメン。持ってない。

虫たち  なんでよ。あんた天狗でしょ。

天狗   一応そうなんだけど…。困ったなぁ〜。え〜っと、隠れ蓑があれば返してくれるわけ?

動物①  ていうか、あんたが隠れ蓑を使って私たちからキャラ的なものを取っていくんじゃない。

天狗   ああ、そうなの。

虫たち  そうよ。そうしないと話が進まないじゃない。

天狗   難しいもんだね。……でもないものはないしなぁ…。

動物①  (ミタニに)どうすんのよ。

ミタニ  ちょっと待って下さいよ。ニナヤマさん、ニナヤマさんてば。起きて下さいよ。ちょっとプランが狂っちゃってるんですけど…。

ニナヤマ …ん? 何? 誰が狂ったって?

ミタニ  話ですよ、話。話の筋が狂っちゃってるんです。

ニナヤマ なんだよ、またかよ。で、天狗の野郎はいたのかい?

ミタニ  ええ。

ニナヤマ じゃあ、別に問題ねぇだろうよ。

ミタニ  それがですねぇ、天狗のやつ、隠れ蓑を持ってないって言ってるらしくて。

ニナヤマ なんだと。あの野郎ふざけやがって、質にでも入れやがったな。

ニナヤマ、立ち上がり舞台に近づく。

ミタニ  あんまり近づかないほうが…。

ニナヤマ おっと、そうだった。これ以上はヤバいぜ。天狗の法力でやられかねないからな。

動物①  やばいってどういうことよ。

虫たち  ホウリキって何?

ニナヤマ 気にすんな。役者は体はってなんぼだろうが。

動物①  ちょっと、あんたたち、やばそうなことはみんな私たちに押しつけて、そこで高みの見物ってわけ。

ミタニ  いえ、そんな、ポポポポポン。そんなつもりじゃないんですが、何しろ相手が相手なもんで、用心にこしたことはないかなって…。

天狗   (ミタニとニナヤマを見て)あいかわらずだなぁ〜君たち。

動物①  (天狗に)ちょっと、ミタニさんとニナヤマさんのこと知ってるの?

天狗   まぁね。

虫たち  どういうこと。

ニナヤマ オレは天狗なんか知らねぇぞ。

ミタニ  ボクもです。

天狗   ボクはよく知ってるよ。君たちのこと。

ドドーンという音。おじいさんとおばあさん、ポッピーと九ちゃん、空から落ちてくる。

虫たち  あっ、ジィさんとバァさんが落ちてきた。

おじい  イテテテテ。何かにぶつかった。

おばあ  アイタタタ。だいじょうぶかいジィさん。

おじい  ああ、なんとか。

動物①  (おじいさんとおばあさんに)なんでこんなとこに?

おばあ  おや、あんたたち。あんたたちこそ、なんだいその格好は。

虫たち  いろいろ事情があんのよ。

おじい  (ミタニとニナヤマを見て)おや、あんたたちまで。

ミタニ  あっ、ども。お久しぶりです。

ニナヤマ ヨロシク。

動物①  何よ、四人は知り合いなの?

ミタニ  ええ、まぁ…。

おじい  で、ここはどこなんじゃ?

動物①  キャラ捨て山の頂上よ。

おじい  頂上?

おばあ  ポッピーったら、この天気で目測をあやまったんだね。

おじい  (ポッピーに)お前それでも伝書鳩か!

ポッピー ポォ〜。

おばあ  (動物①と虫たちに)あっ、そうだ。あんたたちタローを見なかったかい?

動物①  タロー?

虫たち  いないわよ、タローなんて。ここにいるのはニナヤマさんとミタニさん…それにあいつ。天狗よ!

おばあ  (天狗に気づき)タローかい。タローだね。

ミタニ  あっ、いや、おばあさん、あれは天狗…。

動物①  婆さんボケたの?

おじい  (動物①に)バカモン。あれがタローじゃ。

動物①  どういうことよ?

ミタニ  どういうことですか?

天狗   (お面を取り)こういうことですよ。(以下、「天狗」→「タロー」に)

ニナヤマ あっ、貴様!

ミタニ  タロー!

ニナヤマ 生きてやがったのか。

タロー  おかげさまで。

おばあ  手紙は本当だったんだね。

虫たち  どうなってんのよ。わかるように説明してよ。

タロー  (おじいさんとおばあさんに)ご無沙汰してます。

おじい  ああ、ホントにな。

おばあ  手紙は見たよ、つい最近ね。

タロー  つい最近?

おばあ  ポッピーが適当な仕事をしてたもんで、気がつかなかったってわけさ。

タロー  そうでしたか。

おばあ  しかもお前が手紙と一緒に送り返してきたタネ本がね、巡り巡って今はほれ、どうやらそこに。(ミタニを指さす)

ミタニ  ああ、これですね、アハハハハハ。

動物①  送り返してきた? 話見えないんだけど…。

おじい  (タローに)ワシが精魂込めて書いたこの本を台無しにした上に、今じゃ天狗きどりか、ええ、タローよ。

タロー  おじいさん、落ち着いて下さい。それともう一つ。この二人は脚本家のミタニでも演出家のニナヤマでもないんですよ。

おじい  何? どういうことじゃ。

スクリーンに文字。

「タローの回想」

「さかのぼること、ずっと前。タローがミタニとニナヤマを連れてキャラ捨て山に来た頃」

タロー  ここがキャラ捨て山か。いよいよですねミタニさん。

ミタニ  タローさん、頼みますよ。やつらをギッタンギッタンにして下さいね。

ニナヤマ あいつらみんなバカヤローなもんで、ヘッヘッヘッ。

タロー  そろそろ誰か出てきそうだね。

遠くからカッパの歌声。

カッパ  ♪カッパッパァ〜、ルンパッパァ〜、カッパいい気持ちぃ〜♪

カッパ、酔っている。

カッパ  おや、こりゃまた、珍しいこってす。…で、どなたでしたでしょうか?

ミタニ  出ましたよ。一匹目。

タロー  なんだい、こいつは。

ミタニ  カッパですよ、カッパ。

ニナヤマ バカヤロー、アッカンベェ〜。

カッパ  ヘッ? はぁ。こりゃどうもです。

タロー  酔ってるみたいだね。

ミタニ  ええ、こいつはいつも酔っぱらってるんです。

タロー  カッパだから、あれかな。相撲がすごく強いとか…。

ミタニ  いや、そんなことないですよ。そんな大したやつじゃありませんから。

カッパ  おっ、お前。今なんかオレのこと噂してなカッパか。うんうん。カッパだけに「なカッパか」。座布団一枚!ウシャシャシャシャ。オェ〜(吐く)。

ミタニ  ねっ。

タロー  うん。確かに。

ミタニ  しかもこいつ泳げないんですよ。

タロー  泳げない?

ミタニ  ええ、カッパのくせにカナヅチで、それで使いものにならなくてここに捨てられたっていう話です。

ニナヤマ 要するにバカヤローだな。

タロー  ふーん。なるほど。

ミタニ  な、わけなんで、タローさん、軽くひねっちゃって下さいよ。

タロー  でもなんか、相手が、こう、悪ぶって向かってきてくれないと、こっちが喧嘩しかけてるみたいでどうもしっくりこないなぁ〜。

ミタニ  なに言ってるんですか。こんな脱力キャラにいちいち同情してたらこの先進めませんよ。気にすることありませんから、さぁ、ひと思いに…。

カッパ  さて、ここで問題です。カッパが悪いことをしました。何しちゃったんでしょう? チッチッチッ、ピー。正解です。答えはカッパらいです。どうぞよろしく!

タロー  ………。

ミタニ  さぁ、タローさん早く!

タロー  早くって言ってもさぁ…。それにあれでしょ。おじいさんの本によれば、一応やっつけるけど、最後はキャラの実で使えるキャラに再生させるわけだよね。

ミタニ  えっ、ええ、ええ。そりゃまぁそうですが、今はカッパ退治ですよ。そういうことは天狗の野郎をやっつけてから考えましょうよ。

タロー  う〜ん。でも一応事情を聞いておこうかな。…あのぅ、カッパさん。

カッパ  ハイ。なんでしょう。

タロー  あなた、里の人とか苦しめたりしてます?

カッパ  里の人? 苦しめる? ウェップ…、バカ言っちゃいけませんよ。苦しんでるのはこっちですぜ、旦那。

ミタニ  ウソですよウソ。

カッパ  ウソなもんか。そりゃこっちだって、泳げねぇんだから大きなことは言えねぇけどよぉ。何も好きでカナヅチになったんじゃねぇんだ…。オレだって泳げるもんなら泳ぎてぇよ…。それをなんだい、よってたかって。……アアもういい。思い出したくねぇよ……。あームシャクシャする。(カッパ、頭の皿を杯にして、酒をあおる)

ミタニ  黙れ酔っぱらい! 適当なこと言うんじゃない! お前たちが夜な夜な山を降りて里を荒らしてることはわかってんだぞ。

ニナヤマ そうだぞ、バカヤロー。

カッパ  知らねぇよ、そんなこと。だいたいオレはなぁ、今はまだこの山を降りたくねぇんだ。オレが山を降りるのはなぁ…(うっとりと)天狗様の力で新キャラに生まれ変わったときさ。

ミタニ  聞いたでしょ、タローさん。とうとう白状しやがったな。やっぱりこいつは天狗の一味なんだ。

カッパ  一味? お前、天狗様のことを悪く言うと承知しねぇぞ。

ミタニ  黙れ、悪の一味!

カメ出てくる。

カメ   やぁ、カッパさん、どうかした?

カッパ  どうもこうもねぇよ。こいつらどこのどいつだか知らねぇが、ウェップ、オレが里のもんをいじめてるとかなんだとか難癖つけたあげくに、天狗様のことまで悪く言いやがるんだ。

カメ   それは聞き捨てなりませんね。ことと次第によっちゃぁ、タダじゃ済ませませんよ!

タロー  この方は?

ミタニ  カメですよ、カメ。

タロー  カメですか。この方は何となくエリートっぽくありませんか。

ミタニ  いえいえ、しょせん脱力キャラですよ。

タロー  そうなの。

ミタニ  こいつはね、カメのくせに走るのが異常に早いんですよ。でね、なにかっていうと競争して、ことごとく勝っちゃうもんだから、みんなに嫌われて、で、とうとうここに捨てられたってわけで…。ですから気をつけて下さいよ。たいしたキャラじゃないが、すぐに競争しようって言ってきますから。

タロー  そうなんだ…。

カメ   なにそこでこそこそ相談してるんです。さぁ潔く勝負しようじゃありませんか。(カメ、走る準備)

タロー  走らないよ。

カメ   おじけづいたんですね。そうか、そんなに私と競争するのがイヤなのか……。シクシク……。私だって、もっと遅く走りたいですよ。カメなんだから…。で、のろまだけどマジメな性格ってキャラで人気者になりたいですよ…。でも、しょうがないじゃありませんか。ついアツくなって勝っちゃうんだから。…いいでしょ、一匹くらい足の速いカメがいたって。なんでそういうのつまはじきにするんですか。オウオウオウ(カメ、突っ伏して泣く)。

ミタニ  ね。ダメでしょ、こいつも。

タロー  う〜ん。なんかいろいろ抱えてるんだね、この山のキャラたちって。

ミタニ  ええ、そうなんですよ。そしてこいつらをここに集めたのが元締めの天狗なんですよ。

ニナヤマ そういうことだ。

カメ   (立ち直って)君たち、何ヒソヒソ話してるんです。とにかくここは君たちみたいな部外者が来るところじゃないんだ。とっとと帰って下さい! さもないと天狗様が…。

ミタニ  くそいまいましい。天狗がいなけりゃ何もできないダメキャラのくせに!

ニナヤマ そうだそうだ。お前ら天狗の威をかるカッパとカメだろうが!

カメ   天狗様の悪口を言うな!

カッパ  お前たちなんか、天狗様にやられてしまえばいいんだ!

風が鳴る。

ミタニ  おっとヤバい。気をつけろ。

ニナヤマ 天狗がどっかから見てやがるのかも知れねぇ…。

タロー  やい天狗、いるなら出てこい!

再び、風が鳴る。

ミタニ  やっ、ヤベぇ…。近くにいるぞ。

ニナヤマ くそっ、どうする。逃げるか?

タロー  逃げたりするもんか! いるなら出てこい! 卑怯だぞ、ここで勝負だ!

ミタニ  いいぞタロー!

ニナヤマ 日本一!

タロー  さぁ、出てこい!

タロー、持っていた刀をスラリと抜く。

カッパとカメ、それを見て、

二人で  ヒィ〜!

カッパとカメ、慌てて逃げだす。逃げるときにカメがミタニとニナヤマに強くぶつかり、ミタニとニナヤマ吹っ飛ぶ。

ニナヤマ イテテテテ。

ミタニ  なんてすばしっこいカメなんでしょう。

ニナヤマ しかも硬いんだよ、甲羅がよぉ〜。

ミタニ  アー痛い。腰打っちゃいましたよ。

タロー  ………。(二人を見ている)

ミタニ  あれっ? どうかしましたか?

ニナヤマ 何だよ?

タロー  あなたたち、誰なんですか?

ミタニ  誰って、ミタニですよ。

ニナヤマ ニナヤマだ。

タロー  シッポが出てますよ。

二人で  エエッ〜!(自分のおしりを見る。確かにシッポが出ている)

タロー  (ミタニに)あなたタヌキですね。

ミタニ  アッ、いや…、その、まぁ、そうです…。

タロー  (ニナヤマに)あなたはキツネかな。

ニナヤマ そうとも言う…。

タロー  どういうことか説明してもらいましょうか(刀を二人に向ける)。

二人で  ヒィ、ヒィ〜!

スクリーンに「タローの回想終わり」の文字。

おばあ  なっ、なんと!

おじい  きさまらぁ〜!

動物①  なんなのよ、あんたたち!

虫たち  悪ふざけにしても度が過ぎるわよ!

おばあ  この歳になってキツネとタヌキに騙されるとは…。

おじい  許せん! 絶対許せん!

スクリーンに「タローの回想のつづき」の文字。

タロー  さぁちゃんと説明しろ!

ミタニ  ウウウ、ウウウ。

タロー  ウウウじゃわかんないよ。(刀を近づける)

ミタニ  ヒー! わかりました。言います、言います、言いますから。

スクリーンに文字。

「これはタローの回想の中のキツネとタヌキの回想。キツネとタヌキが明かす、そもそものはじまり」

「ずっと前のキャラ捨て山」

「ある日」

「タヌキ(=ミタニ)とキツネ(=ニナヤマ)が森で出くわす」

タヌキ  やぁお久しぶり。どうですか。

キツネ  いかんなぁ、どうもいかん。

タヌキ  住みにくくなりましたよねぇ、この山も。

キツネ  まったくだ。ヒデェ〜もんだぜ、あいつらが入り込むようになってからってもの、こっちは肩身のせまい思いのしっぱなしよ。

タヌキ  ですよね。やつらポンコツで捨てられたくせに、近ごろどういうわけか元気がよくなっちゃって…。

キツネ  前からこの山に住んでたオレたちをまるで邪魔者扱いだ。

タヌキ  そっ、そうなんですよね。山の名前だっていつの間にかキャラ捨て山に変えられちゃってるし。

キツネ  そうそう、そのせいで、さらにポンコツどもが集まってきやがる。

タヌキ  どこに行っても、昔はどうの、今はどうのと自慢だか愚痴だかわかんないような話ばっかり聞かされて、こっちはもううんざりだってんですよ。

キツネ  ネチネチ長げぇ〜んだ、その話がまた。

タヌキ  この前も話かけられて、しばらくは我慢してたんですけど、もう相づち打つのも疲れちゃって、とうとう逃げだしちゃいましたよ。…でもね、そのあとあのタヌキは礼儀を知らんってことになっちゃって、あっというまに村八分ですよ。

キツネ  でもよぉ〜。おかしいと思わねぇか。この山はもともとオレたちが住んでたオレたちの山なんだぜ。なのになんでオレたちのほうが肩身のせまい思いをしなきゃなんねぇんだよ。

タヌキ  ですよね。ボクたちが先住民なんだから、ボクたちには彼らを追い出す権利があるはずですよね。

キツネ  まったくだよ。

タヌキ  実力行使ってわけにはいかないんですかね。

キツネ  力ずくで追い出すってことか。

タヌキ  ええ、どうせあいつら脱力キャラなんだし、ちょっとこっちがその気になれば…。

キツネ  …なるほどな。…おっと誰か来やがった。

キツネとタヌキ隠れる。カッパとカメ現れる。

カメ   どうでしたカッパさん。初めて参加した集会は。

カッパ  ウィップ。オレはなんだか気持ちがいいわけだ。正味の話。

カメ   それはお酒のせいでしょ。そういうのじゃなくて、今日の集会をどう思いました?

カッパ  あっ、集会ね。いいねぇ〜。最高だね。

カメ   でしょー。

カッパ  あれかい、てことは、あの山のてっぺんに天狗様がいらっしゃるわけだね。

カメ   ええ、ええ。そうですよ。そして頂上にあるキャラの木を守ってらっしゃるんです。

カッパ  うんうん。

カメ   で、キャラの木が実をつけたら、それをもって木から降りてくるんです。

カッパ  うんうん。ウェップ。

カメ   そして、その日が私たちの復活の日になるんですよ。

カッパ  ホントに?

カメ   もちろん。キャラの実の力は絶対なんです。その実さえあればどんなダメキャラでもスーパーキャラに生まれ変われるんです。

カッパ  オレっちみたいなアル中でも?

カメ   当然です。

カッパ  で、いつなんだい。天狗様がキャラの実をもって降りてこられるのは。

カメ   もうすぐですよ。もうすぐ。

カッパ  ホントかい。

カメ   ええ、みんなそう言ってます。いよいよ天狗様が降りてこられるって。

カッパ  あ〜、よカッパァ〜。生きててよカッパァ〜。

カメ   ガンバリましょ。もうその日はそこまできてるんですから。

カッパ  でも、オレなんかにキャラの実をくれるかな…。

カメ   何を言ってるんです。天狗様はこの山に捨てられた私たちみんなの味方なんですよ。もし誰かがボクたちをここから追い出そうとしても必ず天狗様はボクたちを守ってくれます!そう、あの雲の間からイカズチが閃いて、悪者どもは真っ黒コゲにされるんです。

カッパ  真っ黒コゲ!

カメ   ええ、三日前にこの山に入り込もうとした毒蛇がいたらしいんですが、そいつもアッという間にイカズチに打たれて死んだそうです。

カッパ  ああ、そういえば三日前のどしゃぶりの夜、ものすごい音がしたけど…。

カメ   そうです。あれがそうだったんです。

カッパ  なるほどぉ〜。

カメとカッパ、話をしながら去る。

キツネとタヌキ、出てくる。

タヌキ  聞きましたか、今の話。

キツネ  天狗様ってなんだよ。そんなやついたか?

タヌキ  知りませんでした。でも、どうやらその天狗が山の頂上にいて、あいつらを守ってるらしい…。

キツネ  それであいつら、最近態度がデカいんだな。

タヌキ  どんどんダメキャラたちが集まってるのも天狗のせいですよ。天狗の力で復活したいやつらがウワサをききつけてやってきてるんだ。

キツネ  天狗め。クソいまいましい。

タヌキ  しかし困りましたね。あいつらだけなら何とかできそうな気もしたんですが、うしろに天狗がついてるってことになると…。

キツネ  雷で真っ黒コゲなんてまっぴらだぜ。

タヌキ  でもこのままじゃこの山は完全に占領されちゃいますよ。

キツネ  う〜ん…。クソッ!

タヌキ  ………そうだ! ふるさ都むかしばな市へ行ってみませんか?

キツネ  むかしばな市へ? 逃げるのか?

タヌキ  いえ、逃げるんじゃありません。力を貸してもらうんです。

キツネ  力を? どういうことだよ。

タヌキ  むかしばな市には、タローの家ってのがあるんですよ。

キツネ  タローの家? なんだよそれ?

タヌキ  タローの家は代々悪者退治をナリワイにしてるんです。ジィさんが筋書きを書いて、子供のタローってのがそれを元に悪者をやっつけるそうです。

キツネ  ほぅ…。それで?

タヌキ  タローの家を利用するんですよ。天狗やあいつらを悪者にした話をもっていって、タローに天狗を退治させればいいんです。

キツネ  なるほど! でも、そんなことできるのか?

タヌキ  できますよ。きっとできます!

スクリーンに文字。

「タローの回想の中のキツネたちの回想終わり」

タロー  ……そういうことか。……全部ウソだったんだね。

タヌキ  でも、天狗や脱力キャラたちのせいで、ボクたちが山に居づらくなったのは本当なんです!

キツネ  そうだよ。オレたちは被害者なんだ。

タロー  でもだからといって、おじいさんにウソの話をもっていったのは感心しないな。その話におどらされてここまで来てしまったボクもマヌケといえばマヌケだけどね…。

キツネ  …なぁ、いいじゃねぇか。オレたちに力を貸してくれよ。せっかくここまで来たんだ。いっちょう天狗を退治してくれよ。

タヌキ  ええ、お願いしますよ。ボクたちが山を追い出されそうなのは事実なんですから。あいつらのほうが悪者っていえば悪者でしょ。

タロー  その程度じゃ味方はできないよ。誰もが認める悪者をやっつけてこそヒーローってもんでしょ。

キツネ  誰もが認める悪者なんて、そうそういないって。

タヌキ  そうですよ。今時そんなはっきりした悪役キャラなんていませんよ。

キツネ  だからさぁ、いいじゃんか。このままジィさんの作った話をなぞってくれよ。そうすればすべて丸く収まるんだからよ。

タヌキ  タローさんだって、手ぶらじゃ村に帰れないでしょ。いいじゃないですか、勝てば官軍……。

タロー  ……なるほど、そうかもしれないね。

キツネ  だろ〜。

タヌキ  そうですよ。

タロー  ……でもやっぱりダメだ。ボクにはできない。そんなことしたらボクはただの暴れん坊になってしまうもの。力は正しいことに使ってこそ正義なんだ。

キツネ  ……何きれいごと言ってんだよ。

タロー  えっ?

キツネ  きれいごと言うなって言ってんだよ。タロー、タローってチヤホヤされてきたお前なんかに説教されたくねぇんだよ!

タヌキ  そうですよ。あんたは正しいこと正しいことって言うけれど、その正しいことの中にボクやキツネさんを助けようっていう覚悟、入ってないじゃないですか。そんなのボクらから見れば正義でもなんでもないんです。それはあんたにとって都合がいいだけの正義じゃありませんか!

タロー  ……。

キツネ  ケッ! せっかくここまでうまくいってたのに、台無しだぜ。

タヌキ  天狗に仕返しされる前に、ボクらは山を出ます。もうきっとこの山には戻れません。こうなったのは、タローさん、あんたのせいですからね。

キツネ  フン! いい子ぶりやがって。バカヤロー!

キツネとタヌキ走り去る。

スクリーンに文字。

「タローの回想終わり」

おじい  そうか…。そうだったのか…。タロー、ワシを許してくれ! ワシがこいつらの口車にのったばっかりに、苦労かけたな…。

タロー  いえ、いいんです。そんなことは。

おばあ  それにしても天狗ってのは、結局いたのかい? それともいなかったのかい?

タロー  いましたよ。

おじい  お前、天狗に会ったのか?

タロー  ええ、会いました。キツネたちが去ったあと、一人残ったボクは、真相を確かめるために、ここに来たんです。このキャラ捨て山の頂上に。そしてそこで……。

スクリーンに文字。

「ふたたびタローの回想」

「キツネたちと別れたあと」

「キャラ捨て山の頂上での出来事」

風がビュービュー吹いている。暗い。

タローがやってくる。

タロー  ここが頂上か…。(大きな声で)誰か、誰かいないのか〜。天狗はいるかぁ〜。ボクはタローだぁ〜。話をしにやってきた。いたら出てきてくれぇ〜。

返事はない。

タロー  おーい、いないのかぁ〜。

タロー、木の近くに近づく。

木の幹に寄りかかって天狗が座っている。

タロー  ワッ!

驚いて飛びのくタロー。刀を抜き、身構えたまま天狗を見つめて。

タロー  天狗…だな。

天狗   …アァ…。(天狗ぐったりしている)

タロー  (天狗の様子を見て)……あの、もしかして、具合でも悪いんですか?

天狗   …まぁな。…この歳じゃからなぁ…。

タロー  よけいなお世話かもしれませんが、ここにいないほうがいいんじゃありませんか。もっと山の麓のほうで…。

天狗   それはできん。痩せても枯れても天狗じゃからな。…麓におりて他の者たちと暮らすなんてことはできんのじゃよ。

タロー  でもこのままじゃ体にさわりますよ。

天狗   ハッハッハッ。同情してくれるのか、このワシに。

タロー  だって、辛そうじゃありませんか。

天狗   いいんじゃ、いいんじゃ、どうせ長くはない。

タロー  ダメですよ。そんな弱気なことでどうするんです。山のみんながあなたのことを待ってるんですよ。

天狗   待ってる? このワシを? ……なぜ?

タロー  えっ? 知らないんですか。天狗さんの不思議な力でキャラの木に実がなるって話。で、そのキャラの実を食べればどんなダメキャラでも生まれ変われるって……。

天狗   …ほぅ。そんな話になっておるのか…。

タロー  そうですよ。だからしっかりして下さい。

天狗   悪いがの、それはムリな相談というもんじゃ。……実はな、ワシもここに捨てられた一人なんじゃよ。…もう歳でな、体もボロボロ。ただ天狗の格好をしているだけのジジィじゃ。法力なんぞ、もうとっくに失せておるわ。…お前さんが言うことが本当なら、そのようにしてやりたいのはやまやまじゃがな、この木に実をつけさせるような力はもうない…。

タロー  そうだったんですか…。じゃあどうしてカメやカッパは…。

天狗   ウワサじゃろ。このワシが一人で山の頂上に住んでいることを伝え聞いた山の者たちがいろんなウワサをしているうちに、話に尾ひれがついたんじゃろうよ。

タロー  ウワサがウワサを呼んで天狗伝説になったと?

天狗   まぁそんなところではないかな…。ゲホッゲホッゲホッ…。

タロー  (駆け寄り)しっかり!

天狗   ワシもいよいよダメかもしれん。最期にいい話を聞かせてくれてありがとう。こんなワシでも少しはみんなに希望を与えておったんじゃな……。

タロー  しっかりして下さい。しっかり! 天狗さんが死んだら山のみんなは何を支えにして生きていけばいいんですか!

天狗   ゲホッゲホッ…。お前さん…。

タロー  はい。

天狗   お前さん天狗になってくれんか…。

タロー  えっ? ボクが天狗に。

天狗   アア。

タロー  ボクには法力も念力もありませんよ。

天狗   いいじゃないか、そんなものなくても。ただ天狗の格好をしてときどき山の者たちを励ましてやってくれんか。

タロー  ムリですよ。

天狗   頼む。ワシを伝説にしてくれ。

タロー  天狗さんの代わりになって伝説を。

天狗   アア、そうすればみなも助かる。人助けだと思って…。

タロー  人助け…。

天狗   アア。

タロー  ……わかりました。

天狗   ありがとう。じゃあ、そういうことで。

ガクッ、と天狗倒れる。

タロー  天狗さ〜ん。

スクリーンに文字。

「タローの回想終わり」

おばあ  タロー、お前、それでそんな格好を…。

タロー  はい。以来、天狗の姿をかりて、この山の者たちを励ましてきました。

おじい  そうか、そうか。そうだったか…。

タヌキ  天狗は死んでたのか…。

キツネ  騙された…。

タロー  騙されたんじゃない。君たちも伝説を信じただけだよ。

タヌキ  でも、天狗がいないって知ってれば…。

キツネ  こんな回りくどいことしなくてすんだんだ。

タヌキ  まったくです。しかも二度までも…。実はボクたちタローさんと別れたあと、村に逃げ込んでたんです。

キツネ  で、ほそぼそと暮らしてたところに……。

タヌキ  (手にしたタネ本を指さし)これですよ。これ。これをあのとき見つけたりしなけりゃ……。

スクリーンに文字。

「キツネとタヌキの回想」

「ジローの成人式当日。村の神社」

「ポッピーがタローから預かったタネ本と手紙を祠に置いていった直後の出来事」

タヌキとキツネが祠の後ろから出てくる。

キツネ  おいおい、なんだよ今のハト。こんなところにこんなものを…。(ギョッとして)おい、これ見てみろ。

タヌキ  なんです? ア〜ッ! これは「キャラ捨て山の天狗退治」! なんでこんなところに?

キツネ  おい、こりゃぁオレたちへの神様のプレゼントじゃねぇのか。

タヌキ  そうかもしれませんね。山を追い出されてこんなところでこそこそ暮らしてる二人を神様がかわいそうだと思って。

キツネ  きっとそうだぜ。もう一回ガンバレってことに違いねぇ。

タヌキ  ですね。

キツネ  よーし。これを持ってもう一回タローんとこのジィさんに会いに行こうぜ。

タヌキ  ちょっと待って下さいよ。ボクたちが直接持っていくのはまずいな…。そうだ少し話を変えて……。

タヌキ、本に書き込みを始める。

キツネ  どうする気だよ。

タヌキ  ええ、ボクたちはお札の力であとからでてくる設定にしておきましょう。うん、それがいい。お札で出てきたお助けマンっていうことで話を脇から監督するんですよ。

キツネ  お前、こういうこと考えさせるとスゴいな。でもオフダじゃつまんねぇな…。

タヌキ  じゃあ、オサツにしときますね。

キツネ  ああ、いいね、いいね。

タヌキ  え〜っと、あそこの子供タローじゃなくてなんでしたっけ?

キツネ  ええっと、ジローじゃないか。そうだジローだ。

タヌキ  ジロー? ああ、ジローね。よしよし。……あと、何かありますか?

キツネ  なんかうまいモンが食いたい。

タヌキ  …うまいモンですか。…ああ、そうだ。タローんちのバァさん、この前、餃子のタダ券隠してたなぁ。…よしよし、あれをいただきましょう。うん、これでいい。……あとは、ここをこうして、ここはこう……っと。

キツネ  おい、誰か来たぜ。

タヌキ  あっ、ウワサをすれば。

キツネ  ジローじゃないか。飛んで火にいる夏の虫たぁこのことだ。

キツネとタヌキ、本を祠に戻し隠れる。

スクリーンに文字。

「キツネとタヌキの回想終わり」

おじい  お前たち、許さん!

タヌキ  すみません…。

キツネ  スマン。

おじい  謝ってすむことか! お前たちのせいで我が家は…。

おばあ  今さら言ってもはじまりませんよ。こうしてタローと会えただけでももうけものだと思わないと。

動物①  あの、もしもし。お取り込み中すみませんけどねぇ。

おじい  なんだお前たち、まだいたのか。

虫たち  いたわよ。しかも、きっちり聞かせていただきました。

動物①  聞かせていただいた上で、一言いわせてもらうとすれば、「じゃあどうすんのよ」ってことなんだけど。

タロー  ああ、その身につけてるものは、元の持ち主に返さないとね。

動物①  冗談言わないでよ。どの面さげて返しにいけばいいのよ。

虫たち  絶対仕返しされるわよ。

タロー  大丈夫、大丈夫。ボクがついてってあげるから。

おじい  タロー、お前まだ天狗を続ける気か?

タロー  それはムリでしょうね。ここにいるみんなにもバレちゃったし、こういう話は山中にすぐ広まるから…。ホントのことを言って謝るしかないでしょ。

おばあ  なら、タロー、どうだい、私たちと一緒に村へ帰らないかい。

おじい  おおそうじゃ。今度ジブリの力添えでワシらも記念館で働けることになったんじゃ。お前も一緒にどうじゃ。お前なら一も二もなく採用してもらえるぞ。なにしろ最後のタローなんじゃからな。

タロー  ありがとうございます。でも、遠慮しときます。結婚してますし、子供だっているんで…。

おばあ  そうなのかい。

おじい  残念じゃな…。

タロー  あっ、でも今度家族を連れてその記念館に遊びにいきますよ。

おばあ  おお、おお、そうしておくれ。

おじい  いつでも大歓迎じゃ。

タロー  ありがとうございます。正直言うと、ボクもあの話を完成させられなかったことをずっと引きずってたんです。でも、今ここで全部話したらスッキリしました。もっと早くこうするべきだったのかもしれませんね。

動物①  (虫たちに)なんだかとってもハートウォーミングな展開になってるんだけど、どうする? 私たち。

虫たち  どうするって、帰るしかないんじゃないの。この身につけたものを返して。……すべては終わったのよ。

動物①  そうね。短い間だったけどヒーローになれる夢もみさせてもらったし。

虫たち  やっぱり私たちに主役はムリよ。

動物①  同感。

タヌキ  キツネさん。どうしますか。ボクたちのほうは。

キツネ  どうもこうもねぇよ。バカヤロー! 天狗がいないとわかりゃこっちのもんよ!(タローがキツネをにらむ)…なんてこと言うわけないでしょ、へっへっへっ。(ふっと息を吸い込み)自分にバカヤロー。

タロー笑う。

タロー  よかったら里に住まないか? 里に住めばきっと二人とも人気者になれるよ。

タヌキ  ホントに?

タロー  ああ、ホントさ。ここにいてリアクションの悪いキャラたち相手にするより、里で人間相手にイタズラしてるほうが君たちも楽しいんじゃない?

キツネ  いいのかよ。

タロー  いいさ。そういう伝統は守っていくべきなんだよ。ただしほどほどにね。

キツネ  (タヌキを見て)どうするよ。

タヌキ  どうするって…。

キツネとタヌキ、目を合わせて。

二人で  ぜひ、お願いします!

タロー  じゃあこれで話はまとまったね。

おじい  さすがタローじゃ。キレがいいわい。

タロー  ああそうだ。みなさん帰りにうちに寄っていって下さいよ。

おばあ  いいのかい。

タロー  もちろんですよ。

おばあ  うれしいことを言ってくれるねぇ、タローは。

タロー  さぁみんなで山を降りましょう!

全員   オゥ!

幕がおりはじめる。

が、

途中で止まる。

ジロー登場。

ジロー  ちょっと待ったぁ〜!

おじい  ジ、ジロー!

おばあ  お前、生きてたのかい!

ジロー  おじいさん、おばあさん、どうしてここに? あ〜っ、動物①に虫たち! よくもボクを…。あっ、ミタニさんとニナヤマさんも。さぁ本を返して下さい!

おばあ  ジロー。よーくお聞き。話はついたんだよ。

ジロー  はぁ? 話はついた? そんなわけないでしょ。クライマックスはこれからなんですよ。

おじい  待て、ジロー。よーく聞け。いろいろあってどこから話していいかわからんが、とにかくすべては丸くおさまったんじゃ。

ジロー  おじいさんまで、何言ってるんです。天狗は、天狗はどこですか?

タロー  天狗はいないよ。死んだんだ。ずっと前にね。

ジロー  あなたは?

タロー  タローだよ。

ジロー  タロー兄さん?

タロー  ああ。

ジロー  タロー兄さんが天狗を退治したんですか?

タロー  いや、天狗は病気で死んだんだ。そのあとボクが天狗のふりをしていたんだ…。

おばあ  (ジローに)帰ってからゆっくり話してあげるから…。

ジロー  帰ってから? 村はどうなったんです。村は。

おじい  それがなぁ…。ジロー。よーく聞いてくれ。村はジブリに吸収合併されることになってな。ワシらは記念館で…。

ジロー  記念館? 何ですか、それ?

おばあ  むかしばなし記念館だよ。村長も館長になれるって喜んでるんだ。

ジロー  カンチョウ?

タロー  ジロー、とにかく山を降りよう。キミがここでするべきことは何もないんだ。

ジロー  ……あんたホントにタロー兄さんなのか?

おばあ  当たり前じゃないか。

ジロー  ホントに?

おばあ  育てたあたしが言ってるんだ。間違いないよ。

おじい  そうとも。正真正銘タロー家のタロー。お前の兄さんじゃ。

ジロー  ……おかしいな。おかしいぞ、これって。…ミタニさん、本を返して下さい。本にはなんと書いてあるんです。

タヌキ  あっ、いやこの本は…。

ジロー  本がどうしたんです。

タヌキ  これは実は……。

キツネ  この本は違うんだって……。

ジロー  何が違うんです。

タヌキ  だからカッパとカメのウワサ話を元に…。

ジロー  カッパとカメ? 言ってる意味がわからないなぁ。とにかく…。あれっ? なんです二人とも、そのシッポ。

おじい  この二人はミタニとニナヤマじゃなくてタヌキとキツネだったんじゃ。

ジロー  タヌキとキツネ…。ボクを騙してたんだな。

タヌキ  いや、騙すっていうか、なんていうかですね…。

キツネ  こっちにも事情があって…。

ジロー  怪しいぞお前たち! いや、お前たちだけじゃない。タロー兄さんも。それにおじいさんとおばあさんだって、よく考えたらこんなとこにいるわけないんだ。

おばあ  タローの手紙を読んで駆けつけたんだよ。

おじい  その本もタローが送り返したもので、それをポッピーが…。

ジロー  怪しい。ますます怪しいじゃありませんか。大体おじいさんもおばあさんもちょっと変だぞ…。

おじい  何が変なんじゃ。

ジロー  キャラが変わってる!

おばあ  変わってるもんか。

ジロー  いーや、変わってる! おばあさんはもっとお金に汚い人で、ボクがここに来たのもそんなおばあさんを養うためだったんだ。

おばあ  お前、なんてことを…。

ジロー  おじいさんは家柄が自慢で、家の格式を上げたい一心でボクをこの山によこしたんだ。必ず成功してこいって。それが今度は手のひらを返したように山を降りようなんておかしいじゃないか!。お金は? 名誉は? 手に入ったんですか?

おじい  いや、それは、だから、事情が変わったんで…。

おばあ  お前は、そんなこと心配しなくてよくなったんだよ。

ジロー  やっぱりおかいしいよ。絶対おかしい。ジィさんやバァさんのキャラがそんなに丸いわけないんだよ。どっちかっていうと、一円でも多く金拾ってこいとか、死んでもいいから名を残せとか、そういう言い方するはずなんだよ。それがさぁ、もういいから山を降りましょうってのは怪しすぎる!

タロー  ジロー、とにかく落ち着くんだ。

ジロー  やい、お前! 兄さん風吹かすんじゃねぇ! この状況で落ち着いていられるわけないだろ。さっきから聞いてりゃ、みんなして、わけのわかんない作り話ばかり並べやがって。……ハハァ〜ン。わかったぞ。お前らみんな天狗が作り出したまやかしだろ。えっ、そうだろ!

動物①  しっかりしてジロー!

虫たち  私たちがわからないの?

ジロー  フン。わからないね。もし本物だとしても、ボクを主役から引きずりおろそうとしたお前たちの言うことなんか誰が信じるもんか!(全員を見回し)さぁ、これ以上のおしゃべりはなしにしてもらいましょうか。(ジロー、包丁を抜く)

おばあ  お前!

おじい  やめろ、ジロー!

ジロー  うるさい! 黙れ、黙れ、黙れ! 黙れと言っているのが聞こえないのか! ……(キョロキョロしながら)本物の天狗はどこだ! 一体どこにいる? こいつらがすべてまぼろしだとすれば……。

ドーンという雷の音。

雨、風強くなってくる。

タロー  木に近づくな。

ジロー  (ニコリとして)なるほどね、本物は木の上か。

タロー  違うんだ、ジロー!

ジロー  騙されるもんか!

ジロー、包丁を持ったまま木に登っていく。

タロー  やめろ! 危ない!

おばあ  ジロー、降りてきておくれ!

おじい  ジロー、戻ってこい。頼む!

ジロー  待ってろよ、天狗。今すぐそこに行ってお前を倒してやる! 主役はボクだ。ジローだ。誰にも邪魔はさせない。さぁ、そこでおとなしく待ってろ!

ジロー、木に登っていって、消える。

しばらくして、ひときわ大きなカミナリの音。

全員   ジロー!

暗転。

***************

タローの家。

おじいさん、おばあさん、それに村長もいる。

のどかな雰囲気。

スクリーンに文字。

「一年くらいたちました」

村長   ジィさん、調子はどうかね。

おじい  ああ、まぁなんとか。記念館の仕事もようやく慣れてきたところじゃ。

村長   そりゃなによりだ。で、記念館にはバァさんも一緒に?

おじい  それがな、今日は川に洗濯に行くんだと。

村長   おやまぁ、そうかね。もう歳なんだから洗濯機を使えばいいものを。

おじい  ワシもそう言うんじゃがなぁ…。

おばあ  いやいや、やっぱり洗濯は川が一番じゃ。

村長   …それにしてもいい天気だ。

おばあ  ああそうだ、タローから手紙が届いたんですよ。

村長   そうか、手紙がちゃんと届くようになったってことは、ポッピーもマジメに働いてるんだな。結構結構。……で、手紙にはなんと?

おばあ  ええ、山のほうのボランティアは順調で、どういうわけか動物①と虫たちも手伝ってるみたいですよ。

村長   ホホ〜。まぁあいつらもキャラ的に薄いやつらだったから、あの山が肌に合ってるのかもしれませんなぁ。しかし…。あの山の者たち。天狗が死んでたと知って、さぞ気落ちしてるでしょうなぁ。

おばあ  いえね。それがそうでもないんですって。

村長   ほう。キャラの木が実をつけたとか?

おばあ  いえいえ、キャラの木はあのときのカミナリで根元からバッキリ折れたままですよ。

おじい  まぁ、そもそも立ち枯れの状態だったんで、あのカミナリが落ちなくても早晩腐って倒れてたじゃろうよ。

村長   そうですか。ではなにがキャラたちの支えに?

おばあ  伝説ですよ。新しい伝説が生まれたんですって。

村長   新しい伝説?

おばあ  ええ、カミナリに打たれて死んだジローの伝説ですよ。

村長   ジロー君が伝説に…。

おじい  あの嵐の夜、ジローはキャラの実を取りに一人で木に登っていった。しかしキャラの木にはキャラの実どころか葉っぱ一枚ついていなかった。キャラの実がないことを知ったジローは悲しみのあまり木のてっぺんから身を投げた。そのときカミナリが閃いて……。とまぁこういう話でな。

村長   そんな悲惨な話がどうしてダメキャラたちに希望を与えるのかね?

おばあ  ジローが木から身を投げたからですよ。

村長   身を投げた…。ああ、なるほど、木からミを。木の実を投げたと。

おばあ  ええ、そういうことらしいですよ。ジローはあんなことになったけれど、ともかくみんなを幸せにしようと一生懸命頑張ったんです。そのことはダメキャラたちもよく知ってたんでしょうねぇ。だから、自分たちのために身を投げ出して死んだジローのことが忘れられなかったんでしょう。「ジローは木から身をなげたらしい」というウワサが、いつしか「ジローは自分たちのためにキャラの実を投げてくれたんだ」というイメージに変わったようで、それが今では、ジローそのものがキャラの実になっていつか空から落ちて来るという伝説になったようなんです。

おじい  やつらは、ジローがキャラの実に変化(へんげ)したと信じておってな、天気の良いこんな日には、みるともなく空を見上げておるそうだ。

村長   いつ落ちてくるか、いつ落ちてくるかと心待ちにしているわけですね。

おばあ  タローは書いてます。ジローは伝説になっていつまでも生きて行くと。

村長   そうか…。そりぁジロー君も本望だろう。

おじい  (間)あいつ、ジローの分際(ぶんざい)で伝説を作りおって…。

おばあ  (間)立派でしたね…。

間。

おじい  (立ち上がりながら)よっこらせと、じゃ、村長、…あっイヤ、館長さん、一足お先に。

村長   ああ、いってらっしゃい。

おばあ  それじゃ、あたしも行くとするかね。

おばあさん、片手にタライと洗濯物、もう片一方には網。

村長   いってらっしゃい。気をつけて。……おや、バァさん、洗濯に行くのになんでそんなに大きな網を持っていきなさる?

おばあ  ああこれかい。あの川の水、キャラ捨て山から流れてきてるだろ。

村長   で?

おばあ  (空を見上げて)抜けるような青空だからね、今日あたりキャラの実が降ってくるかもしれないじゃないか。もしダメキャラたちがそれを拾いそこねたら、キャラの実は山を転がり、川に落ち……。ね。ひょっとしたらひょっとするだろ。

おじい  ドンブラコドンブラコとな。

おばあ  そのときはこの網でバサッと。

村長   さすがバァさん。抜け目がない。

おじい  その実の中にもし赤子が入っていたら、その時はジローと名付けるんだと。

村長   ジロー…。

おばあ  ああ、ジローさ。次もジローでいくよ。…おっと急がないと。

おばあさん足早に去る。おじいさんも去る。村長は座ってお茶を飲んでいる。

村長   なるほど…。(空を見上げて)確かに抜けるような青空だ…。

スクリーンに「おしまい」の文字。   (幕)

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