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パパとママの唄

●8人 ●50〜60分程度

●あらすじ

産卵期、生まれた川に戻ってきた6匹のサケたちのお話。それにフナとナマズが登場。サケは男女3人ずつが理想的ですが、別にそうでなくても大丈夫だと思います。

●キャスト

サケ太(サケ一)
サケ子(サケ二)
サケ夫(サケ三)
サケ代(サケ四)
サケ吉(サケ五)
サケ美(サケ六)
フナ
ナマズ

●台本(全文)

舞台上、青くゆらめく照明。ブクブクという泡の音。

客席奥より六匹のサケ現れる。

六匹、客席を通り過ぎ舞台上へ。一団となって、上手下手へと走りまわり、やがてハァハァと肩で息をしつつ舞台中央へ戻ってくる。

サケ子 …このあたりじゃないかしら。

サケ太 …そうですね。(方位磁石を取り出し)北緯三六度三四分。東経一四〇度三九分。うん。ここで間違いないでしょう。

サケ夫 (方位磁石を見て)それ、ホントに当てになんの?

サケ太 もちろんですよ。

サケ吉 けど、サケ太の「もちろんですよ」は怪しいからな。

サケ太 どういうことですか?

サケ吉 お前、この前だって、塩分濃度はかって、「濃度が下がってきました! これは河口が近い証拠ですよ!」とかって興奮してたけど、あれ、河口が近かったからじゃなくて、低気圧が降らした雨のせいだったじゃんかよ。

サケ夫 あのまままっすぐ突っ込んでたら、愉快なことになってたよな。

サケ太 …あのときは、データ量が少なかったからですよ。ボクは、なるべくみんなに早く知らせてやろうと思って…。それで…。

サケ吉 間違いは間違いだっつーの。お前、なんでもかんでも考えすぎなんだよ。

サケ代 …でも、今度は間違いなさそうだよ。

サケ美 なんでわかんの?

サケ代 ニオイ。

サケ子 ニオイ?

サケ代 ウン。

サケ美 (鼻をクンクンさせて)…アア、ホントだ。

サケ子 わかる?

サケ美 ウン。わかる。

サケ子 アア、ホントだ。(鼻をクンクンさせて)…なつかしいね。

サケ夫 (鼻をクンクンさせて)五年ぶりだからな。

サケ美 五年かぁ〜。大きくなったよね、私たち。

サケ吉 (サケ美のお腹を触って)特に、ここがな。

サケ美 アッ、なにすんだよ。このエロジャケ!

サケ吉 エロジャケはねぇだろ、エロジャケは。オレたち、そういうことのために川に戻ってきたんだからよぉ。オレがエロジャケなら、ここにいる全員エロジャケじゃんか。

サケ美 …それはそうだけどさぁ…。

サケ太 今のは、サケ吉の言うことが正しいですね。ボクたちはただエロい気持ちに突き動かされて南下してきたわけじゃなくてですね、子孫を残すというこの上もなく神聖な行為を全うするために、こうして何千キロも旅をしてきたんです。つまり、この胸にはサケとしての誇りが満ち満ちているわけですよ。エロい気持ちなんかこれっぽっちもありはしない!

サケ夫 そうそう。エロいどころか、厳粛だよな。

サケ吉 アア、厳粛だ。とてつもなく厳粛で厳かだ。

サケ子 厳粛も厳かも一緒じゃない。

サケ吉 倍だよ。倍。通常の倍、すごいんだよ。

サケ代 意味わかんない…。

サケ美 ねぇねぇ、どうでもいいけどさ、早いとこ川に入って行こうよ。私、マジ、お腹パンパンでさぁ、ヤバイんだよね。

サケ吉 オレが押さえといてやろうか? 出ないように。

サケ美 こいつなんとかしてよ!

サケ代 やっぱエロエロじゃん。

サケ吉 だから、オレは通常の倍、イヤ、三倍、厳かな気持ちでだな。サケ美のことを気遣い、かつまた、子孫繁栄のために…。

サケ子 なにが子孫繁栄よ。

サケ太 ウーン。さすがに今のはセクハラでしょうね。

サケ夫 どうみても触りたいだけだよな。

サケ吉 アッ、なんだよ、お前ら、裏切んのかよ。

サケ太 裏切るっていうかですねぇ…。

サケ夫 一緒にされたくないっていうか…。

サケ太 はやる気持ちはわかりますが、そこをグッと我慢するのも優しさですからね。

サケ夫 そうそう。ためてためて、ここぞってときに行かないと…。

サケ太 困るんですよね。サケ吉君のようなオスがいることで、オス全体がエロいと思われてしまいますから。

サケ吉 エラそうに…。

少し離れたところで、サケ美、突然しゃがみこんで。

サケ美 …アッ。

サケ代 どうしたの?

サケ美 どうしよう。一粒出ちゃった。

サッとサケ美のほうに振り返るオス三匹。

サケ美、オレンジ色の玉(ピンポン球)を一つ手にして。

サケ美 …これはダメだよね。

サケ美、ピンポン球をポイッと上手に投げ捨てる。

オス三匹、興奮して。

オス達 オオオオオオ〜! どこイクラぁ〜!

ピンポン球を追いかけ、上手へ走り去るオスたち。

サケ子 アッ、ちょ、ちょっと!

サケ代 なにやってんのよアイツら…。

サケ子 ホント、バカだよねぇ〜。男って。

サケ代 サケとしての誇りとか、厳粛な気持ちでとか言ってたくせにさぁ。

サケ子 一粒見ただけで、急に目の色変えちゃって。

サケ代 「どこイクラぁ〜」はないよね。

サケ子 しかも声そろえて叫んでたよ。

サケ代 あれってやっぱ本能かな。

サケ子 少なくとも理性ではないと思う…。

サケ美 (二人に)ゴメン。私、なんかいけなかった?

サケ代 いいよいいよ。あいつらがバカなだけだからさ。

サケ子 そうだよ。…でも、とりあえず、あいつら連れ戻さないと川に入れないしな…。

サケ美 私たちだけじゃダメ? 先に行くとか。

サケ代 苦しいの?

サケ美 苦しいっていうか…パンパンで。…また出ちゃいそう。

サケ代 そっか。困ったね。

サケ子 とりあえず、あいつら呼んでくるね。

サケ美 うん。

サケ子、上手へ去る。

サケ代とサケ美、しゃがみこんで。

サケ代 大丈夫?

サケ美 たぶん…。

サケ代 もうちょっとだからさ。

サケ美 うん。アリガト。

サケ代 アッ、ネェネェ、サケ美。生まれたときのこと覚えてる?

サケ美 生まれたとき? 川で? う〜ん、どうだったっけ? よくわかんない…。

サケ代 わき水があったの覚えてない?

サケ美 わき水ねぇ…。

サケ代 すっごく綺麗な水。

サケ美 …アア、あったかも。

サケ代 そこだけへこんでてさ、へこんだ中で砂がポコポコ動いてて。

サケ美 アア、そうそう! そうだった。

サケ代 なんか水が透き通ってて、キラキラしてたよね。

サケ美 丸い石とかたくさんあったよね。その間をくねくね泳ぎ回ってさ。

サケ代 あれ、今見たら小さいんだろうね。

サケ美 小石じゃない。これくらいの。

サケ代 だよね。

サケ美 …なつかしいね。

サケ代 …なつかしいよ、とっても。

サケ美 早く帰りたいね。

サケ代 うん、帰りたい。

上手より、サケ子とオスのサケ三匹、戻ってくる。

サケ子、オスたちに。

サケ子 ホント、しっかりしてよね。これじゃ先が思いやられるわよ、ったく…。

サケ代 (サケ子に)アッおかえり。(サケ太に)イクラ、どうなった?

サケ太 …流れが速くて、見失いました。

サケ子 見失ってよかったわよ。見失ってなかったら、どこまで行ってたことか…。まったく…情けないったらありゃしない。言ってることとやってることが全然違うじゃない。

サケ太 いや、それはですね。貴重な卵を一粒でも無駄にしちゃいけないっていう、いわゆる「もったいない」の精神でですね…。(サケ夫に同意を求めるように)そうですよね。

サケ夫 あ、そうね、そうだったかも…。

サケ吉 でもさぁ、なんていうの。…アッと思ったときには体が動いてたよな。

サケ太 ええ、ええ。それがいわゆる博愛精神なんですよ、博愛精神。仲間の卵を思いやる気持ちっていうんですか。そういうサケとして当然の気持ちが、ごく自然に働いた結果、思わず知らず体が動いてしまったわけで、そういう意味でボクたちには、何度も言うようですがエロい気持ちというのはですねぇ…。

サケ代 声、裏返ってるよ。

サケ太 アッそうですか? おかしいな、塩分が薄くなったせいかな、アハハハハ…。

サケ夫 まっ、いいじゃん。とにかく済んだことは済んだこととしてさぁ…。

サケ太 そうですよ! ボクたちには前進あるのみです!

サケ子 それには賛成。

サケ代 サケ美のこともあるからね。

サケ夫 じゃあさぁ、すぐ出発しようぜ。

サケ吉 ヨッシャァ〜! やるぞぉ〜! ウォ〜!

サケ太 (サケ吉に)落ち着いて下さいよ、サケ吉君。みんなもいいですか。沈着冷静なこのボクについて来て下さい。けっして脇見なんかしないで下さいよ!

夫・吉 オウ!

しゃがみこんでいたサケ美、お腹を押さえて。

サケ美 アア〜ン…。

その声を聞いて、サッと振り向くオスたち。

サケ子 …いきなり脇見かよ。

サケ太 いや、だからこれは仲間を思う博愛精神なわけで…。

サケ子 博愛精神の持ち主にしては、あまりにも目が血ばしってるんですけど!

サケ太 こっ、これは…これも塩分濃度ですよ、塩分濃度。

サケ子 わけわかんない。

短い間。

サケ代 とにかくさぁ、サケ美のこともあるからさぁ、すぐ出発しようよ。

サケ夫 賛成!

サケ太 そうですね。一粒を追う者は、二粒を得ずと言いますからね。

サケ子 もうしゃべんないで! 頭変になりそう。…クラクラしてきた。

サケ吉 (サッと振り向き)エッ、何? イクラがどうしたって?

サケ子、サケ吉の言葉を無視。サケ代と共にサケ美を抱き起こし。

サケ子 (サケ美に)行こうか。

サケ美 うん。

サケ吉 オレ、手伝おっか?

サケ太 じゃあボクも。

サケ子 結構です!

サケ美を両脇からかかえてサケ子とサケ代、上手へ。

サケ太 アッ、ダメですよ。ボクが先頭でですねぇ…。

走って後を追うサケ太。その後からサケ夫とサケ吉もついていく。

暗転。

////////////////////

下手よりオス三匹。

サケ太 (手にした計器に目をやりつつ)入ったみたいですね。川に。

サケ夫 いっきにのぼっちまおうぜ。(下手を振り返って)…あっ、でも、まだあいつら来てないか…。

サケ吉 (下手を振り返って)なにやってんだよ…ったく。

サケ夫 サケ美、結構キツそうだったからな。

サケ吉 しょうがねぇなぁ〜。オレ、ちょっと見てくるわ。

サケ太 大丈夫ですよ。サケ子たちがついてるんだし。それより、ボクたちは、この先の安全を確認しておくべきです。(手にした計器に目をやりつつ)ちょっと気になることもあるし…。

サケ吉 でもよぉ〜、ここではぐれたりしたらどうすんだよ、サケ美たちと。

サケ太 サケ吉君、よく考えて下さいよ。ボクたちは、川に入ったんです。川というものはですねぇ、海と違って、上と下があるんです。水は必ず上から下へ向かう。つまり一本道なんです。わかりますか? この先、支流があって、いくつか枝分かれしているようなら、そこではぐれることはあり得ますが、今の段階ではぐれることなんてあり得ませんよ。

サケ吉 だけどよぅ、もしかしたら他のオスたちが追いついてきて、サケ美たちを…。

サケ夫 …サケ吉さぁ、お前、ひょっとしてサケ美のこと…。

サケ吉 バカ言ってんじゃねぇよ。なんであんな太巻きジャケを…。

サケ夫 じゃあ、誰だよ。

サケ吉 誰って…。まだ決めてねぇよ。

サケ太 (手にした計器をサケ吉に押し当てて)ピピピピピ。ア〜なるほど。今のはウソですね。サケ吉君はサケ美か…。

サケ吉 ふざけんな、この野郎。

サケ吉、サケ太につっかかる。

サケ太 やめて下さいよ。本当のことでしょ。

もみあう二匹。

サケ夫、サケ太が落とした計器を拾い、サケ太に押し当てて。

サケ夫 ピピピピピ。ア〜なるほど。サケ太はサケ子か。

サケ太 そ、そんな。何を証拠に!

サケ夫 だって、この機械でわかるんじゃないの?

サケ太 それは流速計ですよ。そんなものでわかるわけないでしょ。

サケ吉 やっぱ、デタラメじゃねぇか。

サケ太 でも、サケ吉君がサケ美のこと好きだっていうのは、機械なんか使わなくったってわかりますよ。

サケ吉 じゃあ、お前はサケ子でいいんだな。

サケ太 話をごっちゃにしないで下さいよ。ボクはサケ吉君とサケ美のことを言っているわけで…。

サケ夫 でも、サケ子だろ。サケ太は。

サケ太 そんなこと、どうしてわかるんですか。

サケ吉 見てればわかるよ。

サケ太 …。

サケ吉 あんなギスギスしたのの、どこがいいのかねぇ…。

サケ太 (ムキになって)サケ子さんは標準体型です! サケ美さんが太りすぎなんです!

サケ吉 ちょっと待てよ。あれは太ってんじゃなくて、卵をいっぱい抱えてるだけだろうがよ。

サケ太 でも、あなただって、さっき、サケ美さんのこと、「太巻きジャケ」って言ったじゃないですか。

サケ吉 オレはいいんだよ。オレは。

サケ太 論理的に話のできない人とは会話が成立しませんよ、まったく…。

サケ夫 まぁいいんじゃないの。こういうことって、理屈で割り切れるもんじゃないからさぁ。

サケ太 そういうサケ夫君はどうなんですか?

サケ夫 オレ? オレは…まぁ…そうねぇ、消去法でいけばサケ代ってことになるのかなぁ…。

サケ吉 別に誰でもいいってことかよ。

サケ夫 誰でもってことはないけど…あえてみんなと取り合いするほどのこともないからさぁ…。

サケ吉 じゃあ、オレ、やっぱ、サケ代にしよっかな。

サケ夫 エエッ、そんなのはなしだよ。

サケ吉 冗談だよ、冗談。お前やっぱ、百パーセント、サケ代じゃんかよ。

サケ夫 てめぇ…。

サケ太 まぁまぁ、とにかく、この先の川幅が少し狭くなったところまで行ってみて、そこでサケ子さんたちを待ちましょう。いいですね。

オス三匹、上手へ消える。

下手よりメス三匹。

サケ代 (サケ美に)大丈夫?

サケ美 うん、なんとか。

サケ子 (上手を見て)あいつらどこまで行ってんのよ。…ったく。

サケ代 焦りすぎだよね。

サケ子 うん。特にサケ吉。あいつ完全にテンパってない?

サケ代 だよね。あそこまでギラギラしてると、ちょっと引くよね。

サケ美 …でも、サケ吉の気持ち、ちょっとわかる気がする。

サケ代 エーッ、マジ?

サケ美 うん。私だってかなりテンパっちゃってるし…。

サケ代 サケ美はいいんだよ。卵いっぱい抱えて頑張ってるんだから。

サケ子 そうだよ。ただ勢いだけで突っ走ってるサケ吉とは違うよ。

サケ美 でもサケ吉だってホントはいろいろ考えてるんじゃない…。

サケ代 エッ、何? サケ美はサケ吉なの?

サケ子 エエ〜ッ! あんながさつなののどこがいいのよ?

サケ美 がさつって言えば、がさつだけど…。結構頼りになるとこもあるしさぁ…。

サケ子 そうかなぁ。

サケ美 私のこと見ててくれるし…。

サケ子 それ、エロエロだからだよ。

サケ美 …でも。

サケ代 まっいいじゃん。こういうのって相性だと思うし。

サケ子 そういうサケ代はどうなの?

サケ代 エッ、私? 私は…あの中で言えば、サケ吉以外って感じだけど…。

サケ子 サケ太とサケ夫ならどっち?

サケ代 ウーン、難しいなぁ…。まだ実感わかないんだよね、正直。…サケ太は冷静な感じするけど、結構ムッツリだしさぁ…。

サケ子 それはさぁ、この時期のオスとしては落ち着いてるほうだからさぁ、それで、ちょっとムッツリっぽく見えちゃうんだよ。

サケ代 …でも、なんかさぁ、「じゃあここでとりあえず百粒産んでみて下さい」とか言いそうじゃない。

サケ美 アッ、言いそう言いそう。でさ、いちいち数えてさ、「二粒オーバーしちゃってますね。まっ、いいでしょ。次の産卵場所では九八粒でお願いしますね」とか言うんだよね。

サケ子 いくらなんでも、そこまではしないでしょ。

サケ代 サケ子、ずいぶんサケ太の肩をもつじゃない。

サケ美 ひょっとしてサケ太なの?

サケ子 やめてよ。私はただ、サケ太みたいなのもいないと、困るから、それで…。

サケ代 エー、怪しいぃ〜。赤くなってるぅ〜。

サケ子 こ、これは婚姻色だよ。

サケ代 ブッブー。婚姻色が出るのって、オスだけだよ。

サケ美 それとも、サケ子も、オスみたく発情してるってこと?

サケ子 違うってば!

サケ代 わかったわかった。じゃあさぁ、私はサケ夫でいいからさぁ、サケ子は愛しのサケ太とうまくやればいいじゃない。そしたら丸くおさまるんでしょ。

サケ子 何それ。「あなたのために譲ったのよ」みたいな感じになってるじゃん。

サケ代 へへへ。

サケ子 ずるいよ。サケ代だって、ホントは最初からサケ夫なんでしょ。

サケ代 へへへ。

突っつき合うサケ子とサケ代。

サケ美 まっ、なるようになるんだからさぁ、とにかく先を(お腹を押さえて)…イテテテテ。

サケ子 アッ、大丈夫?

サケ代 行こっか。

サケ美 うん。

メス三匹、上手へ消える。

暗転。

////////////////////

ザーザーという水の音。

パッと明るくなる。

舞台奥、下手から上手にかけて壁。

その前で立ちつくす六匹。

サケ子、壁を見上げて。

サケ子 何、これ?

サケ代 壁?

サケ吉 なんでこんなとこに壁があんだよ。

サケ吉、壁を蹴飛ばす。

サケ吉 イテテテテ。カテェ〜。

サケ夫 石だもん。硬いよ。

サケ美 …なんでこんなふうになっちゃってんの。

サケ子 上流から流れてきたのかな…。

サケ太 いや。これは人工的なものです。…たぶん堰でしょう。

サケ子 セキ?

サケ太 川の流れを調節するために人間が作った装置ですよ。しかもこれはかなり旧式ですね…。

サケ夫 旧式? 古いってこと?

うなずくサケ太。

サケ吉 ラッキー。だったらみんなで壊しちゃおうぜ。

サケ太 それは無理ですよ。いくら旧式と言っても、人間が作ったものですからね。…それに…。

サケ子 それに? 何?

サケ太 かえってこっちのほうがやっかいです。新しい堰は可動式になってて、…つまり水量の調節をこまめにしてくれるし、魚道といって、ボクたちが通れるような道を造ってくれてたりするんですがね…。どうやらこの堰には…なさそうです…。

サケ吉 じゃあ、どうすんだよ。オレたち。

サケ美 …この先には行けないってこと?

サケ太 上流で雨が降れば、水かさが増えます。そうすれば相対的に堰の高さは低くなるわけですから、超えていけるはず…。

サケ吉 その雨はいつ降るんだよ!

サケ太 わ、わかりませんよ。いくらなんだって、そんなこと。

サケ吉 なんとかしろよ。

サケ太にくってかかるサケ吉。

サケ太 そんなこと言われても…。

サケ吉 サケ美はもう、パンパンなんだぞ。

サケ太 ボクだって、なんとかしたいけど…。

サケ吉 もういい。こんなもの、オレがたたき壊してやる!

サケ夫 落ち着けよ。

サケ吉 ひっこんでろ!

止めようとしたサケ夫を突き飛ばし、壁に体当たりするサケ吉。

壁にはじきかえされて倒れる。

サケ美 大丈夫!

サケ吉 大丈夫、大丈夫。今のは五〇パーセントの力だから…。よし…今度は百パーセントで…。

再び壁に体当たりするサケ吉。壁にはじきかえされて倒れる。

サケ子 無理だよ…。

サケ美 もうやめて…。

サケ吉 (立ち上がって)勝負はこれからだっつーの。見てろよ、オレの二百パーセントの力で…。

再び壁に向かっていくサケ吉。

サケ夫、後ろから止めて。

サケ夫 やめろよ。そんなことしても体がボロボロになるだけだって。

サケ太 そうですよ。もう少し冷静になって考えましょう。

サケ吉 冷静? バカ言ってんじゃねぇよ。

サケ美を見るサケ吉。

サケ美、下手でうずくまっている。

サケ太 …わかりました。じゃあ、みんなここに集まって下さい。

サケ子 何するの?

サケ太 うまくいくかどうかわかりませんが、計算している時間はないようですからね。…みんなでピラミッドを作りましょう。いいですか、ボクたちオスが下の段、その上にサケ子とサケ代、最後にその上にサケ美が乗って、この堰をイッキに飛び越す…いいですね。

サケ吉 できるか、サケ美。

サケ美 …わかんないけど。…やってみる。

サケ吉 …わかった。ガンバレよ。

サケ美 …うん。

サケ太 じゃあ、急いで。

五匹で二段のピラミッド。

サケ美、その上に登っていく。

サケ代 気をつけてサケ美。

サケ子 もうちょっとだからね。

サケ吉 上だけ見ろ、上だけ。

サケ美 うん。

壁に手をかけるサケ美。

力を入れるが登れない。

サケ吉 気合いだ、気合い!

サケ美 …でも。

サケ代 生まれた場所、一緒に見ようよ。わき水のあったあの場所。

サケ美 うん…。

六匹  (声をそろえて)せーの!

サケ美 …キャッ!

サケ美、力を入れて登ろうとし、手を滑らせて落ちる。

ピラミッド崩れる。

サケ太 イタタタタ。みんな、大丈夫ですか…。

サケ子 私は大丈夫…。

サケ夫 なんとか…。

五匹、立ち上がる。倒れたままのサケ美。

五匹、サケ美に駆け寄って。

サケ代 しっかり、サケ美!

サケ吉 おい、おいってば!

サケ美 イタッ…イタタタタ…。(腰を押さえて)アッ、ヤバイな…これ。…ちょっと無理っぽい…。

サケ代 何、弱音吐いてんの。サケ美らしくないよ。

サケ美 ゴメン。でも、まっすぐになれないもん…。…うん、ダメみたい。…ダメだな。もう泳げないや…。

サケ代 ダメって…。せっかくここまで来たのに…。どうすんのよ。

サケ美 (間)…悪いけど、私の体、水の流れに乗るように、ちょっと押してくんない…。

サケ子 そんなことしたら、下流に流れていっちゃうじゃない。

サケ美 うん。それでいい。…私、一人で、下流に行って、そこで産む…。

サケ子 ダメだよ、そんなの。

サケ美 でも、マジ、もう無理だからさ。…足手まといになりたくないよ。

サケ子 だけど、そんなことしたって、卵かえらないよ。そもそもオスがいなきゃさぁ…。

サケ吉 オレ、行くわ。

サケ夫 行く?

サケ吉 アア。オレ、サケ美と下流に行く。いいよな、サケ美。

サケ美 エッ、でも、悪いよ…。

サケ吉 悪くないって。だってさぁ、この先、どうなるかわかんないじゃん。実はさぁ、オレも、ちょっと疲れてきたっていうかさぁ…。この先、辛い目にあうくらいだったら、近場でパッパッとすましちゃったほうが楽かなって思ってたところだからさぁ。ちょうどよかったよ。

サケ子 何、その言い方!

サケ代、首を振って、サケ子を止める。

サケ美 …ホントにいいの?

サケ吉 もちろん。

サケ美 水、キレイじゃないよ。

サケ吉 気にしねぇ。

サケ美 変な魚いるかも…。

サケ吉 全部、食ってやる。

サケ美 卵、ダメかも…。

サケ吉 バカ言ってんじゃねぇよ。オレとお前の子だぜ。絶対生きるって。

サケ美 ……アリガト。

間。

サケ吉 (他の四匹のほうに振り返って)じゃ、そういうわけだからさ。悪いけどお先にってことで。

サケ夫 サケ吉…。

サケ吉 (サケ太とサケ夫に)お前たちもガンバレよ。

サケ吉、サケ美を抱き起こし。

サケ吉 じゃあな。

サケ夫 アア。

サケ太 気をつけて。

サケ美 (サケ代に)ゴメンネ。一緒に行こうって約束したのに。

サケ代 いいよ。そんなの。

サケ美 (サケ子とサケ代に)ガンバッテね。

サケ代 サケ美もね。

サケ子 気をつけるんだよ。

サケ美 うん。

抱き合うメス三匹。

サケ吉 行くか。

サケ美 うん。

サケ吉とサケ美、下手へ消えていく。

暗くなる。

乾いた感じの音楽。

しばらくしてゆっくり明るくなる。

同じ場所。

ゴロゴロしている四匹。

サケ代 何日目?

サケ夫 三日…いや四日目かも…。

サケ代 雨、降んないね。

サケ夫 逆に水かさ、低くなってきたような気さえするんだけど…。

サケ代 サケ美とサケ吉、どうしたかな…。

サケ夫 あいつらのことだから、テキトーにさぁ、うまくやったんじゃない。

間。

サケ子 …私たちも、うまくいくかなぁ。

サケ太 うまくいきますよ。きっと。

サケ子 でも、もしこのままずっと雨が降らなかったら…。

サケ太 きっと降りますよ。

サケ子 それっていつ? いつ降るの?

サケ太 いつって…それは…。

サケ子 わからないんだ。…わかりもしないくせにいい加減なこと言わないでよ。

サケ太 仕方ないでしょ。気象予報士じゃないんだから…。

サケ子 わかってるわよ、それくらい。わかってるけど…。

サケ代 落ち着きなよ、サケ子。

サケ子 でも、サケ太が雨さえ降ればって言うから、私たちここにいるわけでしょ。サケ太のせいじゃない。

サケ夫 でもさぁ、他に方法ないしさぁ。

サケ代 もう一度、海に出て、他の川に回ってみるとか?

サケ太 それは危険すぎます。時間もないし…。

サケ子 じゃあどうすんのよ!

サケ太 このまま待ちましょう。それしかありませんよ。

サケ子 だから、いつまで待てばいいのか教えてよ!

サケ太 落ち着いて下さいよ。サケ子さんらしくもない。

上手よりフナ登場。

フナ  フーフーフナフナ♪ フナナナー♪ フーフーフナフナ♪ フナナナー♪

サケ夫 …なんだ、あいつ?

サケ代 川魚じゃない。

フナ  (サケたちを見て)フナナー。

サケ代 フナナーだって。

サケ夫 フナだな。

サケ代 わかりやすいね。

サケ夫 うん。

フナ  (サケたちに近づき)あれっ? 君たち、ここらでは見かけない顔だね。(ジロジロ見て)…ひょっとしてマス?

サケ太 サケです!

フナ  アー、サケ。サケか。…そりゃぁよかった。

サケ子 よかったってどういう意味?

フナ  だってマスよりサケのほうがおいしいでしょ。

サケ夫 お前、オレたちを食ったことがあんのかよ!

フナ  フナナァ〜。怒らないでよ。

サケ夫 (フナに詰め寄り)答えろ! あるのか。ないのか!

フナ  ないよ。ないってば。

サケ太 本当ですか。

フナ  本当、本当。話で聞いただけだってば。

サケ太 誰に?

フナ  長老。

サケ太 チョーロー?

サケ夫 じゃあ、そのチョーローが、オレたちサケを食ってんだな。

再び、フナに詰め寄るサケ夫。

フナ  くっ苦しい…。エラが…。違います。違いますってば。長老はサケを食べたりしませんよ。ただの物知りですってば。

サケ太 物知り?

フナ  エエ、この川のことならなんでも知ってます。

サケ太 何でも?

フナ  エエ。何でも。

サケ太 (サケ夫に)…その長老とかってのに聞いてみましょうか?

サケ夫 うん、それはいいかもな。

サケ太 (フナに)あのですね。一つ頼みがあるんですが…。

フナ  何?

サケ太 その長老に会わせてもらえませんかね。

フナ  別にいいけど。

サケ太 ありがとう。助かります。…アッ、それと、急にお願いしておいて、恐縮なんですけど…できればすぐにでもお会いしたいんですが…。無理でしょうかねぇ…。

フナ  別にいいよ。(上手、下手へ)チョーロー! チョーロー! …どこにいるのかなぁ…。日中はあんまり出てこないからなぁ…。(上手、下手へ)チョーロー! チョーロー! アーどこだろ、わかんないや…。チョーロー! サケたちが長老に会いたがってますよぉ〜!

その声を聞いて、下手よりナマズ登場。

ナマズ ナマナマナマァ〜。

サケ代 何、アレ!

サケ夫 わかんない。ナマコかな。

サケ代 そうだね。ナマナマナマァ〜って言ってるもんね。

サケ子 でも、ナマコって川にもいるんだっけ?

サケ太 いないはずです…。でも似てる…。

フナ  こんにちは、長老!

サケ夫 あれが?

サケ太 長老? ですか。

フナ  エエ。そうですよ。この川の主。長老ナマズです。

ナマズ ナマナマナマァ〜。

サケ子 ヤダ。くねくねしてる…。

サケ代 照れてるみたいだけど…。

サケ夫 大丈夫かな…。この長老。

サケ太 うーん。…どうでしょう。

ナマズ (気にせず近づいてきて)マーンズ。マーンズ。

フナ  立派になったな。と言ってます。

サケ太 立派?

ナマズ マンズマンズ。

フナ  よかった、よかった。と言ってます。

サケ代 私たちを知ってるの?

ナマズ マンズーマンズー。

フナ  よく知ってるそうです。

ナマズ ナーマンズ。

フナ  子供の頃、この川で育ったサケだろって。

ナマズ (サケ太を指さし)ナマンズ。

フナ  サケ太、大きくなったな。と言ってます。

サケ太 ボクの名前を…。

ナマズ ナマンズ。

フナ  こんなに小さかったのに。と言ってます。

サケ太 スゴイ…。

ナマズ ナマンズ、ナマンズ、ナマンズ。

フナ  あとの三匹は、サケ夫とサケ代とサケ子だな。と言ってます。

三匹 スゴイ…。

ナマズ マーンズ、マズ。

フナ  よく戻ってきたな。サケと聞いてまさかとは思ったが、やはりお前たちだったか。まずはゆっくりしていけ。と言ってます。

サケ太 それが、ゆっくりしてられないんですよ。

サケ子 ていうか、もうすでにゆっくりしすぎてるの! この堰をなんとかして!

ナマズ ナマンズー、ナマンズー。

フナ  アア、今年は異常気象で雨が極端に少ないからな。と言ってます。

サケ太 お願いします。長老!

ナマズ ナマナマズンズン。

フナ  方法がないわけではない。と言ってます。

サケ太 ホントですか!

サケ子 教えて下さい!

ナマズ マンズ。

フナ  まず。

サケ子 それはわかりますから。

ナマズ ナマナマナマァ〜! でナマナマナマァ〜!

フナ  ワシがここに座る。で、ワシをもし本気で怒らせることができたら、この堰に穴をあけることができるだろう。と言ってます。

サケ子 どういうこと?

フナ  長老が怒ると地面が揺れるんですよ。ナマズですからね。…昔はもっとすごい力があったみたいですけど、今でもまぁ、これに穴を開けるくらいのことはできるんじゃないですか。

サケ夫 よし、やってみよう!

フナ  ただし、長老は立派なお方ですからね。滅多なことでは腹を立てないと思いますよ。

サケ代 そうなの。

フナ  エエ。怒ったところ、見たことありませんから。

サケ夫 でも、やるしかないよな。

サケ太 ですね。

サケ子 そうよ。やりましょ。

ナマズ …マンズマンズ。

ナマズ、壁の前に座り、静かに目を閉じる。

サケ夫 オレ、やってみる。…やーい、ナマズ。バーカ。バーカ。

ナマズ、首を振って。

ナマズ …マンズマンズ。

サケ夫 ヒーゲ。ヒーゲ。口クサい。ヒーゲ。ヒーゲ。口クサい。やーい、やーい。

ナマズ、首を振って。

ナマズ …マンズマンズ。

サケ太 サケ夫君。…ちょっとレベルが低いみたいですよ。

サケ夫 そう?

サケ太 今度はボクがやってみます。…長老さん。あなたね、見たところニホンのナマズのようですがね。ペットショップ行ってごらんなさいよ。同じナマズの仲間でも、キャットフィッシュや、コリドラスなんていうのが、たいそうもてはやされてるそうですよ。どうですか。腹が立つでしょ。

サケ子 ダメだよ。サケ夫のときより冷静じゃない。

サケ代 もういいよ、サケ太。あんた、こういうの向いてないよ。

サケ夫 交代、交代。

サケ太を後ろに下げるサケ夫。

サケ太 ちょっと待って下さいよ。これからですよ、本番は。…いいですか。ナマズには鱗がないんです。びっくりじゃありませんか、鱗がないなんて。どうです、腹が立つでしょ…。

完全に、後ろに下げられるサケ太。

サケ子、サケ代とともにナマズの前に出て。

サケ子 次は私たちよ。…この泥ナマズ! 死んでおしまい!

サケ代 お前が死んだって悲しむ者なんて誰一人いやしない!

サケ子 お前は、この世にいるべき価値のない魚。

サケ代 外道の中の外道。それがあなたなのよ!

ナマズ、首を振って。

ナマズ …マンズマンズ。

フナ  アーいい気持ちだ…。と言っています。

サケ子 どうしよう。全然怒んないよ。

サケ代 ウーン…何か、もっと根本的に気にしているようなことを言うしかないわね…。

サケ子 たとえば?

サケ代 そうだな…。やい、お前、この前、二組の山下さんにコクりそこなって、あげくのはてにフラれたろ。

ナマズ ナナ…。

サケ子 アッ、ちょっと顔色変わったわよ。

サケ代 家の前まで行ったんだけど、出てきてくれなくて、インターホンごしに愛を語ってたら、後ろに山下の父ちゃんが立ってたんだってな。

ナマズ ナナナ…。

サケ子 その調子よ。

サケ代 しかも、実は山下は留守で、てめぇがインターホンごしに必死に愛を語ってた相手は、山下の母ちゃんだったそうじゃねぇか。

サケ子 人妻くどいてんじゃねーよ、バーカ。

ナマズ ナナナナナ…。

サケ代 そりゃぁ父ちゃん怒るっつーの。

サケ子 最悪だよ、最悪。

サケ代 最悪って言えばさぁ、あいつ、勉強してるくせに、いっつも赤点なんだって。

サケ子 赤点の取り方ならあいつに聞けって評判らしいよ。

サケ代 赤点先生って言われてるんでしょ。

サケ子 勉強しないで赤点はポリシー感じるけど、頑張って赤点はせつないよね。

サケ代 どうしてできないんだよ、○○(ナマズ役の人の本名)。

サケ子 アッ、まずいよ。本名出しちゃ。こんな大勢の前でさぁ。

サケ代 それがイヤなら、もう少しマシな人間になれ、○○。

サケ子 バカでモテないんじゃ、マジ、アドバイスのしようもないけどさぁ。せめて芝居くらいは頑張れよな。

サケ代 セリフくらいはちゃんと言え、○○。

サケ子 マンズマンズだけなんだからさぁ。

サケ代 マンズでカンじゃだめだろ、○○。

ナマズ ナナナナナ…。ナマンズゥ〜!

ナマズ、立ち上がる。

地鳴りの音。

フナ  アッ、来る!

ナマズ、ヒゲを揺らし、体を震わす。

壁、崩れる。

サケ夫 やった!

サケ太 ありがとうございます、長老。

サケ子 サンキュー。

サケ代 気にしないでね! ○○。

壁を乗り越えて奥に消える四匹。

ナマズ、奥に向かって。

ナマズ てめーら、ふざけんなよぉ〜!

フナ  チョーロー? …チョーローですよね?

ナマズ、気を取り直し。

ナマズ あっ、いや…。マ、マンズ、マンズ。

フナ  エッ? なんですか長老。…ワシを本気で怒らせるとは大したものじゃ。お前、あいつらのことを見届けてきてくれ。と言ってるんですね。いいですよ長老。長老は楽屋で少し休んでて下さい。じゃ。

フナも舞台奥に消える。

残ったナマズ、正面を向いて首をかしげつつ発声練習。

ナマズ ナーマーズーズーエオアオー。ナーマーズーズーエオアオー。

腑に落ちない様子で、上手に去る。

暗転。

////////////////////

勢いよく水が流れているような音楽。

下手より四匹登場。四匹にのみ明かり。

下手から上手に向かって、スローモーションで走っているような感じ。

ときどき、下手に流されそうになったり、手を取り合って上手に進んだりしつつ、最後は中央で四匹ともしゃがみこむ。息が荒い。

ゆっくりと明るくなる。

下手には網が張られている。

サケ代 ハァハァ…もうそろそろかな…。

サケ夫 だと思うけど…。

サケ代 さすがに疲れたね…。

サケ夫 なんか体ボロボロ。

サケ代 (サケ夫を見て)白くなってない?

サケ夫 (自分を見て)ホントだ。(サケ代を見て)…サケ代も白いぜ。

サケ太 (サケ代とサケ夫に)カビですよ。カビ。

サケ夫 カビ?

サケ太 免疫が落ちてるんです。たぶん、真水の中に長くいすぎたせいでしょう…。

サケ代 もつかな…。生まれた場所まで。

サケ夫 生まれた場所? アア、お前が言ってたわき水の…。

サケ代 うん。

サケ夫 どうだろ…。まだ遠いのかな…。

下手よりフナ登場。

フナ  アー、追いついた。すごいスピードだったから、もう追いつかないと思いましたよ。やっぱりパワーが違いますね。海の魚は。(四匹の様子を見て)…アレ。そうでもないか。…どうかしたんですか?

サケ太 …大丈夫。少し休んでいるだけです。…さぁ、皆さん、出発しましょう。

サケ太、立ち上がる。

サケ夫とサケ代も立ち上がる。

サケ子、しゃがんだままで。

サケ子 もう行くの…。

サケ太 あと少しですから。

サケ子 ホントに?

サケ太 エエ。たぶん。

サケ子 たぶん? …ねぇ、この先に産卵場所なんてあるのかな…。

サケ代 あるよ。絶対ある。だって、私たちそこで生まれたんだもの。

サケ子 もう今はないかもよ。

サケ代 そんなことあるわけないでしょ。

サケ子 でも、護岸工事でわき水が途絶えるとか、土砂で埋まるとか、…そういうことないって言い切れる?

サケ代 何が言いたいの。

サケ子 別に…。…でも、もう疲れたかも。

サケ代 サケ子らしくないよ。

サケ夫 とにかく先に進もうぜ。こんなところで時間くってたら、それこそ着いた頃には体中がカビだらけになっちゃうよ。(網を指さし)オッ、こっちが近道っぽいな。行ってみようぜ!

サケ夫、網の中に入ろうとする。

フナ  アッ、ダメですよ!

サケ夫 なんで?

フナ  それ、あなたたちを捕まえるための仕掛けなんです。

サケ代 私たちを…捕まえる? どうして?

フナ  …それはイクラを取ってですね…。

サケ夫 食うのかよ。

フナ  違いますよ。

サケ太 (フナに)人工繁殖のためですよね。

フナ  よくご存じで。

サケ太 北の海で何匹も会いましたから。

サケ夫 アア知ってる知ってる。人間に育ててもらったヤツらだろ。

サケ代 なんでそんなことするの?

サケ太 カムバックサーモン運動みたいなやつですよ。サケがのぼってくる川にしようぜ、みたいなノリの。

サケ夫 よけいなお世話だっつーの。

サケ太 でも、自然の中で育つより、かなり生き残る確率が高いそうですよ。…そういう意味では合理的です。

サケ子 そうなんだ…。だったら、あの網の中に入るのもありかも…。

サケ代 何言ってんのよ、そんなの不自然だよ。

サケ子 でも、一粒でも多くの卵に生きてもらいたいじゃない。そう思うのって自然なことじゃないの?

サケ太 でもサケ子さん。網に入るということは、人間に捕まって…腹を裂かれて、卵を取り出されるってことなんですよ。

サケ夫 ゲーッ、最悪!

サケ子 …でもどうせ卵産んだら、すぐ死ぬんだよね、私たち。

サケ代 それはそうだけど…。

サケ子 …どっちが子供のためなのかな…。

サケ代 せっかくここまで来たんだから、もうちょっと頑張ろうよ。

サケ子 できればそうしたいけど…。でもさ…(背中を見せる。真っ白)私、もうこんなになっちゃってるし…。のぼれないよ。

サケ代 サケ子…。

サケ夫 ひどいな…。

サケ太 どうしてこんなになるまで黙ってたんですか。

サケ子 だって…。

サケ夫 クソッ。なんとかなんないのかよ。…アッそうだ。(フナに)チョーローに頼んでくれよ。

フナ  …無理ですよ。

サケ夫 無理でもなんとかしろよ。

フナに詰め寄るサケ夫。

フナ  そんな無茶な…。

サケ子 …私、やっぱり網に入る。

サケ代 そんな…。

サケ子 だって、仕方ないよ。正直、恐いけど、ここで私がビビったら、お腹の子供たちに悪いし…。

サケ夫 …なんだよ、ここまで来て…。

サケ子 ゴメンネ。みんな。

サケ子、ゆっくり立ち上がって、網の中に入ろうとする。

サケ太、サケ子の腕をとって。

サケ太 じゃあボクも行きます。

サケ子 エッ? …なんで?

サケ太 なんでって。…それは…。特に理由はないけど…。なんとなく網の中でつがいっぽく泳いでたら、きっとサケ子の卵にボクのが…。…そしたら二人の子供が生まれるわけで…。それはそれでいいんじゃないかなって…。

サケ子 いいの?

サケ太、うなずく。

サケ太、サケ夫とサケ代に。

サケ太 そういうわけで、ボクもこの中に入りますから。

サケ夫 オイ、待てよ。残ったオレたちはどうすればいいんだよ。

サケ代 そうだよ。

サケ太 生まれた場所を見つけて下さい。わき水のある砂地を。…そこがあなたたちのゴールでしょ。

サケ代 …ゴール。

サケ太 ビシッと決めて下さいね。そして野生のサケの意地を見せて下さい。

サケ夫 …。

サケ子 サケ代、頑張ってね。私、信じてるから。

サケ代 …うん。

サケ子 じゃあね。

サケ太とサケ子、網の中に入っていく。

ガガガッという音がして、サケ太とサケ子、網とともに下手に消えていく。

サケ夫 サケ太!

サケ代 サケ子!

フナ  …。

サケ夫 (サケ代に)オレたちも行こう。

サケ代 うん。

サケ夫とサケ代、上手へ走り去る。

フナ  アッ、待って下さいよ。

フナ、二匹の後を追う。

暗転。

////////////////////

激しく水が流れているような音楽。

下手よりサケ夫とサケ代、登場。二匹にのみ明かり。

下手から上手に向かって、スローモーションで走っているような感じ。

低い姿勢で、ぶつかったり、転んだりしつつ、進んでは戻り、戻っては進む。

やがて、中央で倒れ込んで動かなくなる。

フナ、下手より追いつき。

フナ  アッ、大丈夫ですか!

サケ夫、目をさまし。

サケ夫 …まだついてきてたのか…。

フナ  ええ、まぁ、なんかなりゆきで来ちゃいましたけど…。

サケ夫 、倒れているサケ代に気づき。

サケ夫 おい、おいってば!

サケ代 ア…。どこ?

サケ夫 …わからない。大丈夫かよ。

サケ代 うん、なんとか…でも、体に力が入らない。

サケ夫 アア、オレも。

サケ代 よっこいしょ…と。

サケ代、なんとか立とうとするが立てない。

フナ  あんまり無理しないで、少し休んだほうが…。

サケ代 …大丈夫。こんなところで休んでられないからね…。せーの、ドリャ〜!

サケ代、気合いで立つ。

サケ夫 すごいな、お前。

サケ代 へへへ。

サケ夫 じゃあオレも、立つか…。せーの、ウリャァ〜!

サケ夫、立つ。

フナ  …どうして、あなたたち、そんなに頑張れるんですか…?

サケ夫 さぁ。

フナ  …やっぱり、本能なんですかね。

サケ夫 本能? …アア、そうかな。そうかもしんない…。ちょっと前まではイクラって言葉聞いただけで興奮してたからな…。(間)…でも、なんか今はちょっと違う感じがするなぁ…。うまく言えないけど。

サケ代 うん。私も。…うまく言えないけど、なんか今はちょっと違う感じがしてる。

サケ夫 これって、なんだろな。

サケ代 わかんないけど、サケ美やサケ吉、サケ子やサケ太も、みんなこんな感じだったんじゃないかな…。

サケ夫 かもな。

間。

サケ代 アッ。この音!

サケ夫 音?

サケ代 うん、聞こえる。ホラ。

サケ代とサケ夫、耳をすます。

かすかにポコポコという音。

サケ夫 これ、お前が言ってたわき水の…。

サケ代 うん。間違いない。

舞台奥。うっすらと輝く。

サケ代とサケ夫、奥に振り向いて。

サケ代 やっぱりあったんだ…。

サケ夫 …あそこがオレたちのゴールか。

サケ代とサケ夫、舞台奥に歩いていこうとするがよろける。

フナ  行けますか。

サケ代 ここまで来たら行くしかないよ。

サケ夫 そりゃあそうだ。…さっ、行こうぜ。

サケ代 うん。

サケ夫、サケ代の肩に手を掛け、ゆっくりと歩きだす。

フナ  …あの。

サケ夫 (振り向き)アア、なんか悪かったな。最後まで付き合わせちゃって。

フナ  アッ、イエ…。あの…。

サケ夫 ん?

フナ  …行ってらっしゃい。

サケ夫 (ちょっと笑って)アア。じゃあな。

フナ  あの、何かできることありますか?

サケ夫、サケ代の顔を見る。

サケ代 アッそうだ。(フナに振り向き)来年、春になったら、私たちの子供、きっと川を下って海に出て行くから、…もし…子供たちに会ったら伝えてほしい。…海に出たら…北の海は寒いけど、いっぱい食べて大きくなるんだよって。

フナ  わかりました。必ず伝えますから…。

サケ代 アリガト。

サケ夫とサケ代、ゆっくりと舞台奥に消えていく。

暗転。

////////////////////

明るくなる。

中央にナマズ。

下手よりフナ。

フナ  チョーロー! チョーロー! あそこのアシのそばで、また、ブラックバスのでかいのがうろうろしてるんですよ。なんか最近あそこを縄張りにしてるみたいで…。ホントいやですよねぇ〜。

ナマズ マンズマンズ。

フナ  …まぁそうかもしれませんけど。…長い冬が終わって、やっと暖かくなってきたっていうのに、あんなのがいるとがっかりですよ。

上手より、「すてきなパパ」(作詞・作曲 前田恵子)の歌(歌詞一部改変)が聞こえてくる。

歌いながらサケ六匹、登場。

サケたちは園児の格好。

六匹で ♪パパ パパ えらい えらいパパ。せかいのだれよりえらいんだ。おおきなおくちでわらったら かいじゅうみたいに みえるけど すてきーな すてきな パパなんだー♪ ♪ママ ママ つよい つよいママ。せかいのだれよりつよいんだ。おこったおかおはこわいけど ほんとはとっても やさしくて すてきーな すてきな ママなんだー♪

フナ  アッ、君たち…。

サケ一 サケだよ。

さけ三 サケだい!

サケ五 すごいだろ!

フナ  どこから来たの?

サケ二 上のほう。

フナ  上のほう…。で、どこに行くの?

サケ四 海!

サケ六 海は広いんだよ!

フナ  そっか…。気をつけて行くんだよ。特にあそこのアシのそばは危ないからね…通っちゃいけないよ。

サケ三 わかってるよ!

フナ  あっ、そうだ。…君たちどこで生まれたの?

サケ二 わき水のあるところ。

フナ  わき水…。

サケ四 ポコポコ音がしてて。

サケ六 ちょっとへこんでた。

フナ  アア…あそこだ…。

サケ四 パパとママがそこに私たちを産んでくれたんだ。

サケ五 お前、知ってんのかよ! パパとママのこと。

サケ四 知ってるよ!

サケ二 私も知ってる!

サケ一 ボクも!

サケ五 じゃあ、オレも知ってる!

サケ三 パパとママは最高さ!

サケ四 最高さ!

サケ一 行こ、行こ。

六匹で オー!

サケたち、「すてきなパパ」を歌いながら下手へ歩きはじめる。

フナ  (サケたちの後ろ姿に)アッ、ねぇねぇ。北の海は寒いらしいからね、いっぱい食べて大きくなるんだよ〜!

サケ三 (振り向きもせず)知ってるよ!

六匹で ♪パパ パパ えらい えらいパパ。せかいのだれよりえらいんだ。おおきなおくちでわらったら かいじゅうみたいに みえるけど すてきーな すてきな パパなんだー♪ ♪ママ ママ つよい つよいママ。せかいのだれよりつよいんだ。おこったおかおはこわいけど ほんとはとっても やさしくて すてきーな すてきな ママなんだ…♪

サケたち下手へ消えていく。

フナ  アア…行っちゃったよ。大丈夫ですかね…。

ナマズ マンズマンズ。

フナ  …ですよね。(間。下手を見ながら)…それにしても、まぶしいっていうか、けなげっていうか…。なんだか見てると切なくなってきちゃいますね…。なんなんですかね、あの子たちは…。

ナマズ …マンズ。

フナ  命…ですか。

ナマズ、うなずく。

フナ  また戻ってくるのかな。

ナマズ、うなずく。

フナ  会えるといいな…。…でも覚えてないか…。(気をとりなおし)あっ、そうだ。そういえば、この先の流れ込みのところに、顔がワニみたいな、すっごくデカいカメがいたんですけど、長老、あいつなんとかして下さいよ。さっ、こっちこっち。

フナ、ナマズの手を引いて上手へ。

ナマズ (「無理だって」という感じで)ナマンズゥ。ナマンズゥ。

フナ  できますよ、長老なら! さっ、早く、早く!

ナマズ ナマンズゥ〜。

舞台上、誰もいなくなる。

音楽が流れて。(幕)

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