少人数向け演劇台本を無料提供。

パラレル

●4人 ●30〜40分程度

●あらすじ

軽い気持ちでひきこもりのふりをした女生徒が、ひきこもりを救おうと活動するグループと接するうちに・・・。平行線をたどる人間関係。

●キャスト

シズカ
カゴメ
コマツ
クドウ

●台本(全文)

部屋の中。

ジャージ姿のシズカが寝そべって漫画を読んでいる。

しばらくしてケータイの音。

シズカ、おもむろにケータイをとり。

シズカ …アア、カゴメ。オ・ハ・ヨ。

電話の相手カゴメ浮かび上がる。

手にはケータイ。制服を着ている。

カゴメ オーイ。生きてるかぁ〜。

シズカ まぁね。

カゴメ さぼり?

シズカ まぁね。なんかダルくて。

カゴメ シズカが休むんなら、私も一緒に休めばよかった…。

シズカ あたし、明日も休むかも。

カゴメ 何で?

シズカ だから、ダルいんだってば。

カゴメ 病気?

シズカ 違う違う、全然元気なんだけどね、ダルいわけよ。なんとなく。

カゴメ いつまで休むつもり?

シズカ 三日か四日くらいじゃない。

カゴメ じゃあ、カラオケ行こうよ。

シズカ う〜ん、そういう気分じゃないんだなぁ〜。

カゴメ じゃあ、どういう気分なのよ。

シズカ ひきこもり。

カゴメ ひきこもり?

シズカ うん。…変?

カゴメ ううん。なんか今風。

シズカ でしょぉ〜。あたし、前からこういうのやってみたかったんだ。でね、今朝、紙にさぁ、「今日からひきこもります」って書いて、階段のとこ置いといたんだ。そしたらさぁ、何にも言ってこないんだわ。ママもパパも。

カゴメ ラッキーじゃん。

シズカ  でっしょぉ〜。頭痛いとか、お腹痛いとか言ってもさぁ、なんかウソくさいじゃん。でも「ひきこもります」は結構インパクトあったみたい。

カゴメ いいね、それ。こんど私も使おうかな。

シズカ 絶対いいよ。

カゴメ …でもさぁ、ひきこもりじゃ、外で遊べないね。

シズカ うち、来てよ。

カゴメ いいの?

シズカ いいよ。紙に書いとくから。

カゴメ 何て?

シズカ 「カゴメだけは入ってよし」って。

カゴメ わかった。じゃあ今晩。…アッダメだ。今日明日バイトだ。じゃあまた後で連絡する。

シズカ 来るときは差し入れヨロシク。チョコとか雑誌とか。

カゴメ わかったよ。じゃ〜ね。

カゴメ、消える。

シズカ (深呼吸をして)ア〜、いいもんだねぇ、こういうの。フツーに休むよりひきこもってますって言うほうが、断然リラックスできちゃうなぁ〜。

ラジカセのスイッチを入れ、音楽を流しつつ、お菓子を食べる。

シズカ シ・ア・ワ・セ! これってクセになるかも!

暗転。

カゴメ、歩いてくる。学校の帰り道らしい。

後ろからクドウとコマツ足早に近づき声をかける。

クドウ あっ、ちょっと。

コマツ ちょっといいかな。

カゴメ立ち止まって振り向き。

カゴメ 何か?

コマツ カゴメさん、だよね。

カゴメ アッ、ハイ。そうですけど…。

クドウ シズカさんのことなんだけどさぁ。

コマツ お友達よね、シズカさんの。

カゴメ ええ、まぁ…。シズカが何か?

クドウ ええっと…、学校行ってないみたいなんだけどなぁ〜、三日ほど。

コマツ (手にした書類を見ながら)ひきこもるって言ってたでしょ。

カゴメ まぁ、一応そうみたいだけど…。

クドウ アッ、ゴメンゴメン。急に声かけて、いろいろ聞いてゴメンね。まだ自己紹介してなかったよね。実はボクたち、ボランティアなんだ。

カゴメ ボランティア?

コマツ DHA知りませんか。DHA。

カゴメ DHA? どこかで聞いたことあるような…。アアあれだ。確か…ドコヘサキ…。違うな…。ドコヘキヘキエン…。…!。ドコサヘキサエン酸!

クドウ 惜しい! それもそうなんだけど。

コマツ (クドウに)ちっとも惜しくないよ。(今度はカゴメに)私たちを不飽和脂肪酸と一緒にしないで。

カゴメ …ゴメン。

コマツ よく間違われるんですが、私たちは

コ・ク一緒に 脱・ひきこもらー・アソシエーション です!

カゴメ 脱ひきこもらーアソシエーション…。

コマツ ハイ。脱・ひきこもらー・アソシエーション。

クドウ 略してDHA。

コマツ 私がコマツで。彼がクドウ君。ドコサヘキサエン酸は体に効くけど私たちDHAは心に効くの。おわかりいただけたかしら?

カゴメ ゴメン。ちょっとまだよくわかんない…。

コマツ ですから、シズカさんがひきこもらーになったんで、助けてあげてほしいっていう依頼があったんですよ。私たちDHAに。

カゴメ ひきこもらー?

クドウ ひきこもりの症状が出てる人のこと。

カゴメ …ああ、そういう言い方もあるんですか。

クドウ まだ、一般には浸透してないんだけどね。

コマツ そのうち普及すると思います。絶対。

クドウ いじめられっ子って言うでしょ。だから最初はひきこもりっ子っていうのもいいかなって思ったんだけど。ひきこもらーのほうが若い人にウケがいいかと思って。

コマツ で、早速なんだけど、シズカさんについての情報がほしいの。

カゴメ 情報?

コマツ ええ。ひきこもらーになった経緯って言うか、原因って言うか、心当たりない?

カゴメ 別にそんなんじゃないと思うんだけどな…。三、四日ひきこもるだけだって言ってたし。

クドウ ああ、やっぱり。

コマツ 典型的なタイプね。

カゴメ どういうこと?

クドウ みんなそう言うんだよね。最初は。で、かる〜い気持ちで部屋に閉じこもって…。

コマツ 気がついたら五年、十年経っちゃうんだな、これが。

カゴメ でも、シズカは本当にそんなんじゃないから。

コマツ どうしてそう思うの?

カゴメ どうしてって…、ちょっとダルいだけだって言ってたし…。

コマツ (書類にメモしながら)ちょっとダルい、か。なるほど…。

カゴメ ねぇ、あなたたち、依頼されたって言ってたけど、誰に頼まれてこんな探偵みたいなことしてるわけ?

クドウ よくぞ、聞いてくれました。

コマツ 私たちDHAは学生ボランティアなんです。

クドウ DHAとは、脱・ひきこもらー…。

カゴメ それはさっき聞いたわよ。

クドウ 要するに、ボクたちDHAは、ひきこもらーの人を一人でも多く更正させるための活動をしてるわけ。

コマツ 本来、こういうことは行政のほうで対応するのが筋なんですが、ご存じの通り行政は動きが悪い。

クドウ て、言うか。一言で言ってひきこもらーやってる人と窓口になる人の世代の差っていうか、歳の差がありすぎるんだよね。だから面接するにしても、何となく上からものを言うっていうか、押しつけるみたいなスタイルになっちゃうんだよね。するとさぁ、ただでさえ弱気になってるひきこもらーは、さらに怖じ気づいちゃって…。

コマツ 奥へ奥へと。

クドウ どんどんどんどん。

コマツ ひきこもっていくわけ。

カゴメ …それはそうかもね…。

クドウ でしょぉ〜。そこでボクたちみたいなひきこもらー世代の人間がひきこもらーと同じ目線でカウンセリングしようじゃないかってことで始めたのがDHAなんだよね。

コマツ ところで、カゴメさん。ひきこもりの定義って知ってる?

カゴメ 家に閉じこもるんじゃないの。

コマツ まぁそうなんだけど、正確にいうと、「六カ月以上自宅にひきこもって社会参加していない状態が持続している」ってことになってるの、厚生労働省の定義によると。

カゴメ じゃあ、シズカはひきこもりじゃないじゃない。まだ三日だもん。

コマツ 実はそこが問題なのよ。行政はもっと早期発見、早期治療に目をむけるべきなの!

カゴメ …。

コマツ つまり、完全にひきこもりの症状が固定してからでは、遅すぎるの!

カゴメ …はぁ。

クドウ 先手必勝ってわけ。

コマツ  私たちDHAでは、将来的に「ひきこもり」になる可能性のある人も含めて「ひきこもらー」と定義しているんです。だっておかしいでしょ。五カ月とじこもってる人はひきこもりじゃなくて、六カ月になったら急にひきこもりだって言うのは。

カゴメ まぁねぇ…。

コマツ 本来こういうことはどこからが「ひきこもり」ですなんてキチッと線引きできる性質のものじゃないの。ひきこもり傾向にある人はみんなまとめて「ひきこもらー」として扱うべきなのよ!

クドウ でね。ようやく行政のほうもDHAのそういう活動を評価してくれるようになって、今では、この地域のひきこもらーの超早期的介入をほぼまかされるようになったんだよ。

カゴメ チョーソーキテキカイニュー?

コマツ 軽度のひきこもらーを見つけ出し、完全なひきこもり状態になる前に積極的にアプローチしていくことを超早期的介入って言うんだけど、その結果、多くのひきこもらーは、軽い症状で済むし、万一、重度のひきこもりになったとしても脱ひきこもらー化させるまでの時間が大幅に短縮できるっていうデータが出てるの。

カゴメ そうなんだ…。

クドウ ひきこもってる人って、全国にどれくらいいるか知ってる?

カゴメ さぁ…。

コマツ 少なく見積もっても一五万人。その数倍だって言う専門家もいるわ。

クドウ しかも、年々低年齢化が進んでるだよね。

カゴメ へぇ〜…。

クドウ ボクたちが知ってる中で一番若かったのは…。

コマツ (書類をめくって)五歳と四カ月ね。

クドウ ああ、そうだ、そうだ。あれは確か…。

コマツ (書類を見ながら)もみの木保育園のタケシ君。

クドウ そうそう、そうだった。自分の部屋がないもんだから犬小屋にひきこもろうとして、犬が大迷惑したんだよね。

コマツ (カゴメに)どう思います?

カゴメ どうって…。

コマツ このまま、低年齢化が進んでいったら。

カゴメ …さぁ。

クドウ 二歳とか三歳のひきこもらーが出てくるかもしれないよね。いや、ひょっとしてゼロ歳までいくかも!

カゴメ そんな…。

コマツ  まぁそこまでは行かないとしてもよ。カゴメさん。あなた自分の子供が幼稚園や保育園に行く前にひきこもらーになっちゃったらイヤでしょ。

カゴメ それはイヤよ。

コマツ それとね、低年齢化よりもさらに深刻なのが長期化なの。

クドウ ボクたちが知ってる中で一番長かったのは…。

コマツ (書類をめくって)二七年と二カ月ね。

クドウ ああ、そうだ、そうだ。あれは確か…。

コマツ (書類を見ながら)椎の木中学のツトム君。

クドウ そうそう。中学二年からひきこもってるから、今は…。

コマツ 四一歳。

クドウ きついなぁ〜。ていうか、それだけひきこもり続けられる情熱に、ある種感動すら覚えるよね。このままいったらそのうち、ひきこもり歴四〇年、五〇年、いや百年くらいのツワモノが現れるかも…。

カゴメ それじゃ死んじゃうよ。

クドウ でしょぉ〜。低年齢化と長期化。まさに、ゆりかごから墓場までだよね。

コマツ 人知れずひきこもり、人知れず死んでいく…。むなしいわ。むなしすぎる。…そう思わない。

カゴメ それはそう思うし、ひょっとしたらそんなこともあるかもしれないけど…。でも、とにかくシズカはそんなのとは違うから!

コマツ わかってない…。

クドウ 全然わかってないね。

コマツ まぁいいわ。今日はカウンセリングの前の情報収集と協力依頼に来ただけだから。

クドウ じゃあね。

コマツとクドウ、去ろうとするが、コマツ立ち止まる。クドウも。

コマツ そうそう。ひとつだけお願いしておきたいことがあるんだけど…。

カゴメ 何?

コマツ シズカさんに同情しないで。

カゴメ はぁ?

クドウ まわりの人が同情すると、ひきこもらーは、どんどんパワーアップするんだよ。

コマツ だから、絶対同情しないこと。これだけは守って!

クドウ じゃあね。バイバイ。

コマツとクドウ、去る。

カゴメ あっ、ねぇ、ちょっと…。…何なのよ…。

暗転。

シズカの部屋。シズカ、寝そべって漫画の本を読んでいる。

カゴメ登場。ドアの前に立ってノック。シズカ立ち上がり、ドアの前で。

シズカ 誰?

カゴメ 私。

シズカ、ドアを開ける。

シズカ 遅かったじゃない。

カゴメ うん。なんか途中で変な二人組みにつかまっちゃってさ。

シズカ 変な二人組?

カゴメ DHAとか言ってたけど。

シズカ 何それ。

カゴメ よくわかんないけど、ボランティアなんだって。…シズカのこと調べてるみたい。

シズカ はぁ? 話見えないんだけど…。そいつらあたしをボランティアに勧誘するつもりなの?

カゴメ ていうか、ひきこもらーを脱ひきこもらーにするんだって。

シズカ どういうこと?

カゴメ ホントかどうかわかんないんだけど、シズカがひきこもらーだってこと、誰かから聞いて知ってるみたいで…。ああ、ひきこもらーっていうのは、ひきこもり傾向のある人のことをそう言うらしくて、もみの木保育園のタケシ君は五歳でひきこもらーになって、犬が大迷惑したのよ。

シズカ それがなんなのよ。

カゴメ とにかく、チョーソーキテキな何かでシズカを助けたいみたいな話してた。

シズカ よけいなお世話よ。大体どうしてあたしがひきこもり宣言したこと、その…何だっけ…。

カゴメ DHA。

シズカ DHAが知ってるわけ?

カゴメ 行政の依頼があったとか言ってたよ。

シズカ …アア、わかった。そういうことか。(本をドアに投げつけ)ママだ。ママが市の窓口とかに電話したんだ。…あの人、すぐにそういうとこに電話するから。

カゴメ …心配してるんだよ。シズカのこと。

シズカ そりゃぁ心配してるんじゃない。一応ひきこもってるんだから。

カゴメ なんか、おかあさんカワイソウ。

シズカ そんなことないって。いいクスリよ。

カゴメ クスリ?

シズカ だってさ、ふだんはうるさいことばっか言うじゃん。外で遊んでたりすると。何やってるの!とか、宿題は!とか。でも、ひきこもってるとそういうこと一切言わないんだよね。何ていうの、ハレモノにさわるような感じって言うか、あたしのこと気にしてくれてるっていうのがわかるんだよね。だからいいクスリなわけ。「ひきこもるくらいなら、外で元気に遊んでくれてたほうが良かったワ」って今頃反省してるはずよ。

カゴメ ああ、それわかるわかる。いつもは文句ばっか言ってるけど、子供が病気とかになると急に優しくなって、「元気でいてくれたらそれだけで十分」って思うんだよね。親ってのは。

シズカ そうそう。だから絶対いいことなんだよ、こういうのは。親が悔い改める機会を与えてあげてるんだもん。

カゴメ でもさぁ、そろそろヤバイんじゃない。二人組みのこともあるし…。

シズカ 気にしない気にしない。ていうか、そういう遠回しなやり方で、あたしを何とかしようっていうのがイヤなのよ。出てきてほしいんなら、ママやパパが自分で説得すればいいじゃない。でしょ。

カゴメ それはそうだよね。

シズカ 市に相談するとか、ボランティア使うとか、どうして人まかせにするのかなぁ〜。家族のことなんだからもっと家族が向き合うべきだとあたしは思うけどなぁ〜。

カゴメ そうだよね。まずそこからだよね。

シズカ でしょぉ〜。そういうことについてもこの際きっちり反省してもらわないとダメじゃない。そういう意味で、今回のことはママやパパのためのひきこもりでもあるのよ!
これからの親子関係を考える上でも、ここでなぁなぁで済ませるわけにはいかないわ。

カゴメ (間)…ねぇ。

シズカ 何?

カゴメ なんか、私たちって、すっごく出来た娘じゃない?

シズカ ホントホント。親に似ず。

シズカとカゴメ、顔を見合わせて笑う。

暗転。

軽い音楽が流れて、消える。

明るくなって、カゴメ歩いてくる。

陰からコマツとクドウ、顔を出す。クドウ大きなカバンをもっている。

クドウ コンニチワ。

カゴメ DHA!

コマツ お久しぶり。

クドウ どう。シズカさん。

カゴメ どうって、別に…。

クドウ え〜っと、今日で確か…。

コマツ (書類をひろげて)十日目よ。

クドウ (おおげさに)ア〜十日目か。…参ったなぁ〜。

カゴメ 何が?

コマツ 十日っていうのはひとつの節目なの。統計的にみて。

カゴメ フシメ?

コマツ 閉じこもって十日以内にカウンセリングを受けたひきこもらーは、十日すぎてからカウンセリングを受けたひきこもらーに比べて、脱ひきこもらーになるまでの期間が有意に短いのよ。

カゴメ ユーイに短い?

コマツ 両者には有意差がある。つまり十日以内にカウンセリングを受ければ、明らかに短い期間で脱ひきこもらーになれるってこと。

クドウ 要するに今日がそのタイムリミットなわけ。

カゴメ …。

クドウ ボクたち的には、もっと早く介入したかったんだけど、ボクたちのことを耳にしたシズカさんが、親御さんにかみついたらしくて…。

コマツ 行政のほうから、しばらく様子を見てくれないかってクギをさされちゃったのよ。

クドウ 困ったことになったよね。

コマツ 全くよ。せっかく行政とは今までうまくつきあってきたのに、なんだか私たちDHAがシズカさんの家庭をかき回してるみたいに思われて、信用がた落ちよ。

クドウ シズカさんにとってもすごくマイナスだしね。

コマツ ホントにやっかいなことになったもんよ…。(カゴメに)あなたでしょ。私たちのことをチクったのは。

カゴメ 違うわよ。私はただあなたたちがシズカんちのことに口だししようとしてるから…。

コマツ やっぱりチクってる。

カゴメ だって親子のことは親子で解決するべきじゃない。

コマツ シズカさんがそう言ったのね。

カゴメ そうよ。シズカにはシズカの考えがあってやってることだから…。

コマツ 言ったでしょ。同情しないでって。

カゴメ 私、同情なんかしてません。ただ、シズカの言うことすごくわかるし、私はシズカの親友だから…。

クドウ やっぱり同情してる。

カゴメ 違います! 同情っていうか、共感よ、共感。友達として共感したのよ。

クドウ まぁそれならそれでもいいけど…。結果としては同情したのとおんなじことになっちゃってるんだよなぁ〜。

コマツ (書類をチェックしつつ)…シズカさんは、ひきこもらーとして、確実にパワーアップしてるわね。

クドウ (コマツの持っている書類をのぞきこみ)これはかなりやっかいなケースになるかもね。

カゴメ そうなの?

コマツ 以前に比べて攻撃的になってないかなぁ。近頃のシズカさん。

カゴメ …そういえば少し…。

コマツ (メモをとりつつ)やっぱり…。

カゴメ でも、それって、シズカのおとうさんやおかあさんが反省しないからで…。

コマツ いいえ違うわ。今の状況から自力で脱出できなくなってる自分に気づきはじめてるのよ。シズカさん自身が。それでイラついて、親やまわりに対して攻撃的になってるの。

クドウ よくあるパターンなんだよ。こういうのは。

コマツ このまま放置すると、シズカさんは確実に次の段階に進むわよ。

カゴメ 次の段階って?

コマツ 自分を消そうとするの。

クドウ もう消えてしまいたいって思うんだよね。

カゴメ まさか…。

コマツ おそらく次の段階に進んだ時点で、カゴメさんも部屋に入れてもらえなくなるわよ。

クドウ なるね。絶対そうなる。

コマツ (カバンから電卓を取り出し)今の状況からすると…(電卓をたたいて)シズカさんが三年以上ひきこもる確率は…と。八七パーセントよ。

カゴメ エエーッ。八七パーセント! マジで!

コマツ 責任は、カゴメさん、あなたにもあるのよ。

カゴメ そんなぁ〜。

コマツ だってそうでしょ。シズカさんが外からの援助を拒みはじめたそもそものキッカケは、あなたの接し方にあるんだもの。

クドウ 中途半端に友達づきあいすると、結局誰のためにもならないっていうことだよね。

カゴメ …どうしたらいいの?

クドウ とにかく、ボクたちと一緒にシズカさんの家に行こうよ。

カゴメ でも、しばらく様子をみるように言われてるんでしょ。

クドウ 実は、さっき連絡があったんだよね。

コマツ やっぱり介入して欲しいって、親御さんから行政のほうに。

クドウ それで、こうして急遽出動ってことになったわけ。

コマツ で、あなたの協力が必要なんで、ここで待ってたの。

カゴメ 協力?

クドウ ボクたちだけじゃ、シズカさんが拒絶的になりすぎるから、一緒にいてカウンセリングに協力するようにしむけてほしいんだよね。

カゴメ でも…。

クドウ シズカさんを助けてあげようよ。

カゴメ ……。

コマツ 時間がないの。はっきりして。

クドウ 友達だろ。

カゴメ …わかった。行く。

コマツ じゃ、急ぎましょ。(クドウに)ホントずいぶん時間を無駄にしたわよね。

クドウ 仕方ないよ。カゴメさんもこんなことになるなんて思ってなかったんだし。

コマツ そうね。こういうことをめんどうがらずにひとつひとつクリアしていくのもボランティアとして大切なことだしね。

クドウ そうそう。

コマツとクドウ歩き出す。カゴメも後ろからついていく。

暗転。

音楽。

シズカの部屋。シズカ、寝そべっている。

カゴメ登場。ドアの前に立ってノック。

シズカ立ち上がって。

シズカ カゴメ?

カゴメ …うん。

シズカ (ドアをあけて)入んなよ。

コマツ、クドウ現れる。シズカ、二人に気づき、カゴメに。

シズカ 誰? この人たち。

カゴメ DHAの人。

シズカ なんで連れてきたのよ! 信じらんない!

クドウ コンニチワ。ちょっといいかな?

シズカ いいわけないでしょ。帰ってよ!

クドウ 友達になろうよ。(手を出す)

コマツ そうよ、私たち友達よ。(手を出す)

シズカ オェ〜。気持ちワルゥ〜。

クドウ (部屋の中をのぞき込み)マンガが好きなんだぁ〜。あっ、あれボクも持ってる! おもしろいよね。

シズカ 勝手にのぞかないでよ!

コマツ (書類を開き書き込みつつ)拒否的態度ランクA。

シズカ あなたたち、あたしを調べにきたの。

クドウ 助けに来たんだよ。

コマツ 遠回しなのはイヤだからこの際はっきり言うけど、シズカさん、私たちのカウンセリング受けてみない?

シズカ おあいにくさま。こっちも遠回しなのはイヤだからこの際はっきり言うけど、あたしはね、あなたたちが思ってるようなひきこもらーじゃないの。

クドウ でもさぁ、せっかくキミのためにたずねてきたボクたちを、部屋にも入れないってのいうのはさぁ…。

コマツ ひきこもらーだと思われても仕方ないんじゃない?

シズカ だからそんなんじゃないってば!

クドウ じゃあどうしてボクたちを中に入れてくれないの?

コマツ (書類を広げつつ)「自分だけの世界に他人が足を踏み入れることを極端に嫌う傾向あり」ってことでいいのかしら?

シズカ アアうるさい! もう。入りたけりゃ入れば!

クドウ じゃあ、お言葉に甘えて。

コマツ 失礼しまーす。

カゴメ (小声で)ゴメン。イヤだった。

シズカ (小声で)当たり前じゃん。ママに頼まれたの?

カゴメ (小声で)違うよ。この人たちが八七パーセントだって言うから…。

シズカ (小声で)何それ?

コマツ ちょっといい。

シズカ 何。

コマツ 部屋に入れてくれてありがとう。私はDHAのコマツ、彼はクドウ君。大体のことはカゴメさんから聞いてるわよね。

シズカ まぁね。

コマツ じゃあ、さっそくなんだけど。

クドウ カラオケでもしない?

シズカ あのさぁ、あなたたち、ちょっと唐突すぎない?

クドウ そうかなぁ、仲良くなるにはもってこいだと思うんだけど。

シズカ 基本的に仲良くなりたくないんですけど。

コマツ でも、歌とかは歌うんでしょ、普段。

シズカ …そりゃぁ歌うわよ。

コマツ カラオケとかも行くんでしょ。

カゴメ 行くよね。前はよく行ってたよね。

クドウ じゃあ、久しぶりにやろうよ。カラオケ。

シズカ あのさぁ、この部屋にカラオケなんかないんだけど。見てわかんない?

クドウ (カバンの中からマイクを取りだし)あっ! こんなところにこんなものが!

クドウ、ドアの外を指さし。

クドウ あっ、しかも階段のところにカラオケ本体がある!

シズカ あのねぇ…。

クドウ こりゃぁ、歌うしかないでしょ。そうだ、コマツさん、景気づけに一曲やってよ。

コマツ いいわよ。

クドウ (カバンからテープをとりだし、シズカに向かって)じゃあさ、悪いんだけど、このテープ入れてきてくれないかな。

シズカ それであたしが部屋を出て行くっていう作戦なの?

クドウ えっ、わかっちゃってた?

シズカ 本物のバカじゃないの、あなたたち。子供でも引っかからないわよ、そんな作戦。

クドウ (今度は、カバンから大きな赤の蝶ネクタイを取り出し、女性の声色で、蝶ネクタイに向かって話す)「あら、でもママもコマツさんのカラオケ聞いてみたいわ。テープ入れてきてあげれば」

シズカ (あきれて)なんでコナン君になってるのよ。

クドウ エヘへへヘ。

シズカ 時間の無駄よ。帰って。

クドウ (今度は男性の声で)「ちょっと待ってくださいよメグレ警部」

シズカ だから、コナンはやめろっつーの!

クドウ (今度は子供の声で)「ランねぇちゃん、コワーイ」

シズカ 出てって!

コマツ (クドウがふざけている間、書類にメモをとっていたコマツ、書類を閉じつつ)もういいわよ、クドウ君。大体のところはわかったから。(シズカに向かって)気にさわったんならあやまるわ。カラオケは自分でセットするから気にしないで。

コマツ、部屋を出て行き、ソデへ。すぐに戻ってきて、マイクを手にする。

「願いごとひとつだけ」♪のイントロはじまる。

シズカ なんで、歌までコナン君なのよ!

コマツ、気にせず歌い始める。

しばらく、ゴキゲンで歌うコマツ。

シズカ、カゴメに耳打ち、カゴメうなづきドアの外へでていく。

カゴメ、ソデに入って、カラオケを止める。

シズカ、机の引き出しから、鐘をとりだし、ひとつ鳴らす。

シズカ はい、ごくろうさま。

コマツ 鐘ひとつなの?

シズカ そうよ。ひとつでも多いくらいよ。

コマツ 自信あったんだけどなぁ〜。…じゃあ、シズカさんお手本を見せてよ。

シズカ どうしてそうミエミエの作戦をドードーと使えるのかしら。そんな誘いにのると本気で思ってるの?

クドウ 歌ったほうがいいよ。

シズカ なんで?

クドウ だって、カラオケっていうのはすごく開放的な気分になるし、社交的になれるじゃない。

シズカ だから何。何が言いたいわけ。

クドウ だからさぁ、カラオケを拒否し続ければし続けるほど、やっぱりひきこもらーなのかなって、思っちゃうじゃない。まわりはさぁ。

シズカ それは、あんたたちが、そう決めつけてるだけでしょ。

コマツ あんまり興奮しないで。…わかったわ、じゃあ、こうしない。あなたがカラオケを歌って、ひきこもらーじゃないってことを証明してくれたら、私たち、二度とこの部屋には来ないから。それでどう?

シズカ ホント?

コマツ もちろん。

カゴメ シズカ歌っちゃえば。それでDHAさんが納得してくれるんなら、そのほうがいいんじゃない。

シズカ …うん、まぁね。なんかもうこの人たちとおんなじ空気吸うの限界だし。

コマツ いいのね。

シズカ いいわ。

コマツ じゃあ、クドウ君、お願い。

クドウ (シズカに)今日はちょっとアニメソング特集ってことで、それ系のテープたくさん持ってきたんだけど、どういうのがいいかな。気に入ったの選んでよ。

コマツ 別に、うまく歌おうとしなくていいのよ。好きなものを選んで。

シズカ、しばらくテープをながめてから、ひとつ取り出す。

シズカ これでいいわ。カゴメ、入れてきて。

カゴメ うん、わかった。

カゴメ、ソデに去り、すぐに戻ってくる。

ドラえもんのテーマ♪、始まる。

シズカ、歌い始める。

シズカ ♪あんなこといいな、できたらいいな。あんな夢こんな夢…。

歌っている途中で、今度はコマツが鐘をひとつならす。

クドウ、カラオケを止める。

シズカ 何すんのよ!

コマツ もういい。わかったから。

シズカ 何がわかったのよ。

コマツ あなたが本物のひきこもらーだってことがよ。

シズカ わけわかんないよ。歌ったら帰るって言ったじゃない!

コマツ そんなこと言ったっけ?

クドウ 言ってないよ。

シズカ 言ったわよ、ウソつき!

コマツ 私は、「あなたがカラオケを歌って、ひきこもらーじゃないってことを証明してくれたら、二度とこの部屋には来ない」って言ったの。わかる?

シズカ わかんない。

カゴメ 私も。

クドウ 選曲だよ選曲。

シズカ 選曲?

クドウ どういう曲を選ぶかで、その人のひきこもらー度が判断できるんだよ。

コマツ だから 歌うとか歌わないかとか、うまいヘタはこの際どうでもいいことなの。選んだ曲がひきこもらー度の低いものだったら二度とこの部屋には来きませんよって話よ。「歌を歌ってくれたら帰ります」なんて一言も言ってないでしょ。

シズカ インチキよ。

カゴメ でも確かに、そうは言ってなかった…。

シズカ カゴメどっちの味方なのよ!

カゴメ どっちのって…。シズカ落ち着いて。

クドウ とにかく、今の歌で、ひきこもらーであることが完全に証明されちゃったからなぁ〜。これじゃ帰れないよ。

シズカ わけわかんないよ。なんでドラえもん歌ったらひきこもらーなのよ。おかしいじゃない。

コマツ そういうデータが出てるの。

クドウ 実は、ドラえもんの歌っていうのは、ひきこもらーが選ぶアニメヒットソングベスト百の堂々第一位なんだよね。しかもダントツで。

シズカ 偶然でしょ。

コマツ いいえ、偶然なんかじゃない。あなたはあなたがひきこもらーであることを無意識に証明したのよ。

クドウ、カバンからポスターのような紙を取り出す。

壁に貼って広げると、そこにはドラえもんの歌詞が書いてある。

シズカ なんでそんなもの持ち歩いてるのよ。

コマツ それだけこの歌を歌うひきこもらーが多いってことよ。(クドウに)説明してあげて。

クドウ、指示棒を手に。

クドウ ええっと、では、まず一行目。「あんなこといいな できたらいいな あんな夢 こんな夢 いっぱいあるけど」どう思います?
一見夢がたくさんあってバラ色のように見えるけど、その実、ひとつの夢を追いかけられない、つまりはっきりした目標がないってことなんだよね。ただ漠然とああならいいな、こうならいいな、と空想してるだけなんだよ。で、そういうかないそうにない夢ばかり見てるもんだから、自信をもって胸をはることができない。だから「いっぱいあります」じゃなくて、「いっぱいあるけど」になっちゃうわけ。要するに弱気なんだよね。そして次「みんなみんなみんな かなえてくれる ふしぎなポッケでかなえてくれる」どうですかこれ。明らかに依存的だよね。自分で夢をかなえようとしないで、誰かにかなえてもらおうとしてる。しかもかなえてくれるのはポッケだって言うんだから驚きでしょ。

コマツ じゃあ、シズカさんに質問。このポッケって一体何でしょう?

シズカ 知らないよ。

コマツ カゴメさんはわかる?

カゴメ さぁ…。

コマツ ひきこもらーにとってのポッケとは、すなわち自分の部屋なのよ。

シズカ こじつけよ!

コマツ 耳をふさがず最後まで聞いて、シズカさん!

クドウ なんでも思い通りにつめこめるスペース、そして外から吹いてくる冷たい風から守ってくれる暖かいスペース。そういうポッケがこの部屋そのものなんだよ。そして次「空を自由に飛びたいな」…そりゃぁ気持ちいいだろうねぇ〜。でもひきこもらーにとっての空は、閉じこもった部屋の中だけに広がるバーチャルな空なんだよね。

コマツ 本当の空を飛びたいとは思ってないし、飛べないことも自分が一番よく知ってるはず。そうでしょ、シズカさん!

クドウ キミはのび太じゃない。キミにはドラえもんはいないんだよ。

シズカ わかってるわよ、そんなこと。

クドウ わかってくれましたか。

シズカ じゃなくて、あたしにドラえもんがいないことくらいわかってるって言ってるの。

コマツ (カゴメの目を見て)カゴメさん。

カゴメ 何?

コマツ あなたどう思った?

カゴメ どうって…。

コマツ  「願いごとひとつだけ」って祈るような気持ちで歌った私と、「あんなゆめこんなゆめいっぱいあるけど」ってのんきなこと言って閉じこもってるシズカさんと、どっちの言い分が正しいと思った?

カゴメ それは…。

シズカ しっかりしてよ、カゴメ。こいつらの口車にのっちゃダメよ!

コマツ カゴメさん、あなた本当は前から思ってたんじゃない。子供じゃあるまいし、いつまでもドラえもんばっかり得意げに歌ってるシズカさんのこと、ちょっと変だなって。

カゴメ えっ、…それは…。

シズカ 何よカゴメ。あんたそんな風に思ってたの!

カゴメ そうじゃないけど…。シズカってちょっとオタクっぽいとこあったし…。

シズカ ヒッドーイ!

クドウ 言えなかったんだよね。友達だから。

コマツ カゴメさん優しいから。

カゴメ そういうんじゃないけど、あたしシズカが心配だから…。(シズカに)ねぇ…この人たちに任せてみたら。

シズカ ふざけないで!

カゴメ 違うのシズカ! 私はただシズカに元気になってほしくて!

シズカ もういい! 何が元気になってほしくて、よ。あんたもグルだったのね!

カゴメ 違うよ。そんなことない。信じて!

シズカ こんなやつら連れてくるからおかしいと思ったんだ。…ママに頼まれたんでしょ!

カゴメ おかあさんは関係ないよ。シズカ、すぐにママ、ママって言うけど、そういうのちょっと変だよ!

シズカ 何が変なのよ。みんなでよってたかってあたしを本物のひきこもらーにしたいだけじゃない。

コマツ そんなことないよの。私たちはあなたを…。

シズカ わかってるわよ。「脱ひきこもらー」にしたいんでしょ。でもね、これだけははっきり言っておくわ。あたしはね、ひきこもらーにされるのも脱ひきこもらーにされるのもどっちもイヤ。あたしにレッテルを貼らないで!
あたしはあたしよ!

カゴメ 落ち着いてシズカ!

シズカ もういい。出てって。

カゴメ 私まで閉め出す気。

シズカ 出てって! みんな出てって!

コマツ まずいわね。介入するのが遅すぎたのかしら。

シズカ うるさい! 出て行け!

暗転。

明るくなってシズカの部屋。誰もいない。

机の引き出しが空いている。

一人で立っているカゴメ、浮かび上がる。

カゴメ シズカはあれからしばらくして姿を消しました。DHAの人たちは、シズカが部屋にいないことを確認して、自分たちのやるべきことはやれたと思う、と話していました。シズカのおかあさんは、今度は家出人探しの窓口に相談に行くそうです。
…でも、シズカのいなくなった部屋に入ってみて、私は気づいたんです。シズカの机の引き出しが開いたままになっていることに。…シズカはあの引き出しを通り抜けてどこか違う世界に行ってしまったんじゃないだろうか。私にはそんな気がしてなりません。そして、ひょっとしたらいつか私も、そんなふうになるかもしれないな、と、ぼんやり考えたりもします。
…シズカが本当にひきこもらーだったのかどうか、私にはわかりません。私が本当にシズカの友達だったのかどうか、もう私にはわからないように。
…わからないことばかりが積み重なっては消えていく、そんな毎日の中で、今はただ「あたしはあたしだ」と叫んだシズカの声だけが、海鳴りのように重く確かに、私の心に響き続けています。

(幕)

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