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パンデミック〈エピソード1〉~ドラゴンはキラキラがお好き~

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●7人 ●45分程度

●あらすじ

エピソード2の7年前の話。魔女の森に入り込んだ4人の兵士。魔女は兵士たちを追い出そうとするが…。エピソード3で完結予定の第1話部分。

●キャスト

魔女
アン
タツロー
ドン・ピロテ
兵士A
兵士B
兵士C

●台本(全文)

魔女の洞窟。

魔女、テーブルにうつぶせて寝ている。

テーブルの横には水晶玉。

鳥や獣の鳴く声。

魔女、ゆっくりと顔をあげ。

魔女   …どうしたって言うんだい。騒々しい。

魔女、耳をすまして。

魔女   森が妙にざわついているじゃないか…。

魔女、杖をついて立ち上がる。

テーブルの横には、鉢植えの花が咲いていて、赤く点滅している。

魔女、それを手にとって。

魔女   ヤッテキ草が咲いてる。(顔をしかめて)人間がこの森に入ってきたんだね…。

魔女、鉢植えを置き、テーブルの前に立って。

魔女   どうせ、山菜とりかなんかだろうけど、一応チェックしておくかね…。ヨッコラセと。…アッ!

魔女、水晶玉を取りあげ、テーブルの上に置こうとして地面に落とす。

魔女   しまった!

魔女、慌てて拾い上げ。

魔女   ありゃりゃりゃりゃ。これはイケない。ヒビが入ってるよ。アー歳はとりたくないねぇ…。魔女が水晶玉を落とすなんて…。(上手に向かって)アン! アンはいるかい!

上手よりアン。

アン   どうしたの、おばあさま。そんなに大きな声を出して。

魔女   水晶玉を落としちゃってね…。

アン   水晶? アッ、ホントだ。キズがついてる!

魔女   これじゃ使いものにならないよ。悪いけど、お前、ちょっと沼まで行って、滝の水でこの玉を洗ってきておくれ、そうすれば元に戻るはずだから…。

アン   ハイ。おばあさま。

アン、水晶を持って、上手へ去ろうとする。

魔女   気をつけてお行き。

アン   ?…。どうかしたの?

魔女   (鉢植えを指さし)花が咲いてるだろ。人間がこの森に入ってきた証拠さ。大したことはないと思うがね、用心するにこしたことはない…。

アン   それで水晶玉を…?

魔女   アア。水晶でのぞいてやろうと思ったらこの始末さ。まったく。

アン   だったら、おばあさま。アレを代わりに使ってみたら?

魔女   アレ?

アン   水槽。

魔女   水槽?

アン   丸くてキラキラしてるから、代わりになるんじゃないかしら。

魔女   なるかねぇ…。ま、やってみてもいいけど…。

アン   じゃあ、私、取ってくる。

アン、水晶を置き、上手へ去り、水槽を持って帰ってくる。

アン   どう。

魔女   ホー。(水槽に手をかざし)…なんとかいけるかもしれないねぇ…。とりあえず、これでやってみるか…。

アン   アッそう。よかった。じゃあね。

アン、水晶を持って、上手へ行こうとする。

魔女   アッ、アン。

アン   何?

魔女   …なんか変なものが入ってるんだけど…。

アン   アア、それ。それタツロー。

魔女   タツロー?

アン   そう。タツノオトシゴのタツロー。

魔女   捨ててもいいのかい?

アン   ダメよ。私のペットなんだから。

魔女   ペット? (水槽の中をのぞきこんで)これが?

アン   そうよ。かわいいでしょ。

魔女   かわいい…かねぇ…。どっちかって言うと、かなり不細工…。

アン   アッ! おばあさま、なんてこと言うの。タツローに聞こえちゃうでしょ。(水槽に近づき)ね〜タツロー。かわいいよね〜タツローは。タツローが一番だからねぇ〜。

魔女   お前、こういうのが趣味なのかい? 大体、こんなものどこから…。

アン   アー、おばあさま忘れちゃってるんだ。いつか魔法の薬の材料にするからって、おばあさまが取り寄せたんじゃない。

魔女   アア、そういえば、そうだったような気がする。

アン   でも、「なんかキモい」って言って、捨てようとしたんだけど、それを私がもらって…。

魔女   …こうやって水槽で育ててたのかい。

アン   エエ。

魔女   フーン…。(しげしげと水槽の中を見て)それにしてもかわいくない…。

アン   シッ! ダメ。タツロー、気にしてるんだから。

魔女   お前、こいつの…。タツローの気持ちがわかるのかい?

アン   わかるわよ。ホラ、口をとがらしてるでしょ。これは怒ってる証拠。

魔女   口? うん、確かにとがってるけど…。これは普段からこういうものなんじゃ…。…まっ、いいか。とにかく助かったよ。ちょっとだけ、これを使わせてもらうからね。

アン   うん。じゃあ、私、沼に行ってくる。

アン、水晶玉を持って、上手へ去る。

魔女、水槽を中央に持ってきて、テーブルの上に置く。

水槽の上で、手を動かしつつ、目をつぶって。

魔女   さぁ…教えておくれ…森の様子を…。さぁ…うつしておくれ…森の景色を…。

水槽をのぞきこむ魔女。

魔女   …なになに…森の中にはタツノオトシゴがいて…。? ハァ? (間)アア、そうか。これじゃダメだ…。(タツノオトシゴに話しかけるように)悪いけど、ちょっとこの水槽借りるよ。ちょっとの間だからね…。

魔女、水槽の中からタツノオトシゴをすくいだし、テーブルの上に置く。

魔女、再び水槽の上で、手を動かしつつ、目をつぶって。

魔女   よし。これでいい…。さぁ…教えておくれ…森の様子を…。さぁ…うつしておくれ…森の景色を…。

暗くなる。

下手よりピロテと兵士A・B・C登場。四人にのみ明かり。

四人、ピロテを先頭にゆっくりと上手へ進む。

兵士A  それにしても暗い森ですね…。

兵士B  まったくだ。

兵士C  (兵士Bに)…なぁ、王様はどうしてこんな森に我々を?

兵士B  さぁな。

兵士A  別荘を建てるそうですよ。

兵士C  別荘?

兵士A  エエ。

兵士B  こんなところに?

兵士A  森林浴がしたいからって。なるべく深い森を探したらここが見つかったらしくて…。

兵士C  それで、我々が事前に偵察というわけか。

兵士A  らしいですよ。

兵士C  やれやれ、またいつもの気まぐれだ…。

兵士A  でも、偵察って言っても、どうすればいいんですかね。ただの森じゃないですか。こんなところに敵なんかいませんよ。

兵士B  つまりあれだろ。危険がないか調べればいいんだろ。猛獣とか、毒蛇とか、そういうのがいないかどうか。ネッ、隊長。

ピロテ  アア。

兵士A  もしいたらどうするんですか?

ピロテ  (カバンから手紙を取りだし)「すべて駆除すべし。王ベテロン」…ということだ。

兵士A  何もいなければいいですね。

兵士B  大丈夫だよ。大したものはいないって。

兵士C  でも、広いからなぁ…。くまなく偵察するにはかなりの時間が…。(ピロテに)どうされますか、ピロテ隊長。日が暮れてしまいますが…。

ピロテ  うん。…そうだな。よし、とりあえず二手に分かれよう。お前たちはこの先を右に行け。私は左に行く。一時間後、ここに集合。いいな。

兵士達  ハイ。

四人、上手へ消える。

舞台明るくなり。

魔女   なんてことだい! 身の程知らずの人間どもめ。この森に別荘を建てるだって。ふざけるんじゃないよ。この森は魔女の森、人間の好き勝手にはさせないからね!

魔女、ソワソワしつつ。

魔女   …とは言っても、どうしたもんかねぇ…。この森には、猛獣も毒蛇もいないし…。アア、こんなことなら、人間どもを追い払ってくれるようなすごい怪獣でも飼っておくんだったねぇ…。

魔女、ふとテーブルの上に置いたタツノオトシゴに目をやり。

魔女   アッ、ゴメンゴメン。もういいよ。水槽に戻してやるからね。

魔女、タツノオトシゴをてのひらに乗せ、水槽に戻そうとして。

魔女   …それにしても変な顔だねぇ…。こんな顔でよく生きてるね。…アンたら、こんなののどこが気に入ったんだか…。…どうみても怪獣じゃないか…。…ん? 怪獣? (間)そうだ! こいつを大きくして森にはなせば…。ドラゴンだよ。ドラゴン。絶対ドラゴンに見えるよ! そしたら人間ども、腰を抜かして逃げ出すはず。よしよし。名案だ名案だ。…確かタツノオトシゴを大きくする魔法があったはず…。

魔女、本棚からぶ厚い本を引っ張り出し、パラパラとめくりながら。

魔女   エーッと、違う違う。…これじゃない…これも違う…。大きくする魔法、大きくする魔法…と。アッ、あったあった! …なになに、ホウホウ…。

魔女、薬箱から何種類かの粉をとりだし、混ぜる。

魔女   よしよし。これでいいんだね。…エーッと、これを水に溶かして…。よし、できた!

魔女、薬の入った壺をテーブルに置く。

さらに、タツノオトシゴを手にとり、壺の中に入れる。

魔女   頼んだよ。

魔女、杖を振り、壺の上で手をかざし呪文。

魔女   ヒポカンパス。ヒポカンパス。大きくな〜れぇ〜。ヒポカンパス。ヒポカンパス。大きくな〜れぇ〜。

煙。ドドーンという音。光、明滅。

一瞬暗くなり、パッと明るくなる。

テーブルの前にはタツローが立っている。

魔女   オオッ! すばらしい!

タツロー フギィー。

魔女   うんうん。なかなか不気味だよ。

タツロー フギィー。

魔女   さっ、人間どもを蹴散らしておいで!

タツロー フギィー!

タツロー、上手へ走り去る。

魔女   うまくやるんだよ。タツロー。

魔女、道具を片づけながら。

魔女   アアよかった。これでなんとかなりそうだ。…アンにお礼を言わないとね。あんな化け物、そうはいないもの…。それにしても、私の魔法もまだまだ捨てたもんじゃないねぇ。この分なら当分現役でやれそうだよ…。

ややあって、タツロー、戻ってくる。

手には花束。頭には花で作った髪飾り。

「どう、かわいいでしょ」という感じで。

タツロー フ〜ギィ〜。

魔女   ゲゲゲ。タツロー。なんだい、その格好は。

タツロー (かわいく)フギフギィ〜。

魔女   バカだね、お前。そんなんじゃ人間が怖がらないだろ。まったく何を考えてるんだい!

魔女、タツローの花束と髪飾りを奪い取る。

タツロー (悲しげに)フギィ〜…。

魔女   (杖を振り上げ)いいからお行き! 今度、こんなマネしたらただじゃおかないよ!

とぼとぼと上手へ消えるタツロー。

魔女   …気持ちの悪い。ドラゴンのくせに花束だなんて。調子っぱずれもいいとこじゃないか。(手にした花束と髪飾りをジッと見て)アア…そうか。きっとそうだ。アンが「お前はかわいい、お前はかわいい」って育てたもんだから、それですっかりその気になってんだ。…あのバカドラゴン、思いこみが激しいにも程があるよ、まったく…。

ややあって、タツロー、戻ってくる。

今度は綺麗なドレスを着ている。

魔女   ゲゲゲゲゲ。お前、それはアンのお気に入りのドレスじゃないか。コラ、脱げ! 脱がんか!

ドレスを脱がそうとする魔女。

タツロー フギィ〜フギィ〜。(やめてやめて)

魔女   いいかげんにおし! キモチの悪い。男のくせに!

タツロー フギフギ。(首を振る)

魔女   ? エッ。ひょっとして、お前、女なのかい?

タツロー フギ。(うなずく)

魔女   フゥ〜。女か…。やれやれ…。あのねぇタツロー。私だって女だ。綺麗になりたいっていう気持ちはわからないでもないんだがねぇ…。その服はやめておくれでないかい。趣旨が違うんだよ、趣旨が。…わかるかい。お前は怪獣なんだ。笑わせに行くんじゃないんだからさぁ…。

魔女、ドレスを脱がそうとする。

タツロー フギフギ!

抵抗するタツロー。

魔女   アーもう。イライラするねぇ。もうそこまで人間がやってきてるっていうのに…。(タツローを睨んで)タツロー!

タツロー フギ?

魔女   (鏡を取りだし)こんなことはしたくないんだがね、こっちも余裕がないんだ。さぁ、これでよーく自分の姿を見てごらん。お前はね、ドラゴンなんだよ、ドラゴン。醜く、恐ろしいドラゴンなんだ。ホラ!

魔女、タツローに鏡を手渡す。タツロー、鏡を見て。

タツロー フギィ〜! キラキラ! キラキラ! フギィ〜!

喜ぶタツロー。

魔女   なんなんだい。この喜びようは…。

タツロー キラキラ! キラキラ!

タツロー、鏡を見つつ、体をくねらせる。

魔女、タツローの様子を怪訝な表情で眺めつつ。

魔女   アア…なるほど…そういうことか。こいつ、水槽の中にいるような気になってるんだ…。

タツロー キラキラ! キラキラ!

魔女   …水槽の中にいたときは、いつもまわりがキラキラ光って見えてたから、キラキラしたものを見ると、つい嬉しくなっちゃうってわけか…。(体をくねらせるタツローを見て)一応、泳いでるつもりなんだ…。バカだねホントに…。(ため息)アーもうダメだ…。ブリッコで、光りモノ大好き少女のドラゴンなんて…。

タツロー キラキラ! キラキラ!

魔女   この役立たず! お前なんかどこへでも行っておしまい!

タツロー キラキラ! キラキラ!

タツロー、スキップで上手へ消える。

魔女、ガックリとして。

魔女   ア〜ア、なんてことだい。いいアイデアだと思ったんだけどねぇ…。(間)…けど、こうしててもしかたない、とにかく人間の様子を見ておこう…。

魔女、水槽の上で、手を動かしつつ、目をつぶって。

魔女   さぁ…教えておくれ…森の様子を…。さぁ…うつしておくれ…森の景色を…。

暗くなる。

下手より兵士A・B・C登場。兵士達にのみ明かり。

兵士A  もう戻りましょうよ。

兵士B  アア、これ以上奥に行っても同じかもな。

兵士C  時間も時間だし、戻って隊長に報告するか。…よし、引き返…ん? 待て。なんだアレは?

兵士A  どこですか?

兵士B  アッ、あそこだ。あの木のかげ。何かいるぞ。

上手、ぼんやり明るくなる。タツローが背を向けて立っている。

兵士A  なんでしょう…。

兵士B  女?

兵士A  こんなところに、まさか…。

兵士C  イヤ、女だ。ドレスを着てる…。

兵士A  道に迷ったんですかね。

兵士C  さぁ。

兵士B  (兵士Cに)どうする。

兵士C  どうするって、ほうっておくわけには…。

兵士B  よし、行ってみよう…。

兵士達、ゆっくりとタツローに近づいていく。

兵士C  (兵士Aに)話しかけてみろ。

兵士A  ボクがですか。ボク、こういうの苦手なんですけど…。

兵士B  つべこべ言わずに、やれ。

兵士A  (タツローに)お、お嬢さん…。どうかされましたか?

じっとしているタツロー。

兵士B  どんな様子だ。

兵士A  向こうを向いたままで…。

兵士C  何か持ってるぞ。

兵士A  なんなんでしょう。

兵士C  …鏡だ。鏡を持ってる。

兵士B  鏡? こんなところでおめかしかよ。

兵士A  ほっておいて帰りましょうよ。変ですよ。

兵士B  そうはいかないだろ…。(タツローに近づき)あの、もしもし、お嬢さん…。

タツロー、振り向く。

タツロー フギ?(何か?)

兵士B  ギャァ〜!

兵士A  で、出たぁ〜!

兵士C  ド、ドラゴンだ!

兵士達、うしろに下がり剣を抜く。

タツロー、光る剣を見て興奮。

タツロー キラキラ! キラキラ! キラキラ!

タツロー、兵士達に近づいていく。

兵士B  く、来るな!

タツロー キラキラ! キラキラ!

兵士B  ワーッ!

兵士B、タツローに斬りかかる。

タツロー、兵士Bを投げ飛ばし、剣を奪う。

兵士B  た、助けてくれぇ〜!

タツロー フギィ〜! キラキラ〜!

奪った剣を振り回し、喜ぶタツロー。

兵士C  化け物め!

兵士C、タツローに斬りかかる。

タツロー、兵士Cも投げ飛ばし、剣を奪う。

タツロー キラキラ! キラキラ! 大フギィ〜!(大好き!)

兵士A  ヒィエ〜!

様子を見ていた兵士A、剣をその場に投げ捨て、下手へ逃げ去る。

タツロー、兵士Aが捨てた剣に駆け寄り、拾う。

剣三本を振り回し、はしゃぐタツロー。

タツロー キラキラ! 大フギィ! キラキラ! 大フギィ〜!

兵士B  …化け物だ!

兵士C  …ドラゴンだ!

兵士BC 逃げろぉ〜!

兵士B、兵士C、下手へ逃げ去る。

タツロー、スキップで上手へ消える。

明るくなって。

魔女   す、すごい。人間どもを追い払った…。武器まで奪い取って。

タツロー、上手より、スキップで登場。

魔女、タツローに抱きつき。

魔女   よくやったよ、タツロー。エラいエラい。お前はドラゴンの中のドラゴンだ! その鏡も、ドレスも全部あげるからね。これからもさっきの調子で頑張っておくれ。いいね。

タツロー フギィ。

魔女   よしよし。これでひと安心だ。…人間がこれで諦めてくれればいいんだが…。どれどれ…ちょいと様子を見てみるか…。

魔女、水槽の上で、手を動かしつつ、目をつぶって。

魔女   さぁ…教えておくれ…森の様子を…。さぁ…うつしておくれ…森の景色を…。

暗くなる。

下手にピロテが立っている。兵士A・B・C上手より走り出て、ピロテに駆け寄る。ピロテと兵士達にのみ明かり。

兵士A  ピロテ様!

兵士B  隊長!

兵士C  た、大変です!

ピロテ  どうした。落ち着け。何があったんだ。

兵士C  ド、ドラゴンです!

ピロテ  ドラゴン?

兵士B  この森にはドラゴンが棲んでいます!

ピロテ  ハッキリと見たのか。

兵士B  ハイ。見ました。かわいらしいドレスを着ていて、油断して近づくと、急に振り向くんです。「私キレイ」って感じで。そしたら、その顔が、ド、ドラゴンだったんです!

ピロテ  で、どうした。

兵士B  斬りつけたんですが…。

兵士C  ものすごい力で、剣を奪われて…。

兵士A  逃げてきました…。

ピロテ  逃げてきた? なんてことだ。しかも剣まで奪われるとは…。お前達、それでも兵士か。

兵士B  ですがピロテ様。相手は魔物です。とても我々の力では…。

兵士C  隊長。いったん城へ戻りましょう。そして援軍を…。

兵士A  もう、一分、一秒だってこの森にいるのはイヤです。隊長、お願いです。家へ返して下さい!

ピロテ  腰抜けどもめ。…だが剣もないのにこのまま連れて行くわけにもいかないか…。(間)よし、わかった。お前達は森を出て城へ戻れ。そして大臣にこう報告しろ。「森にてドラゴンを発見。ドン・ピロテはドラゴンを退治するため、森に留まっている」と。

兵士B  無理ですよ、隊長。

兵士C  私もそう思います。一人でなんて無茶です。

ピロテ  いや、(手紙を取りだし)「すべて駆除すべし」これが命令だからな。

兵士A  …でも。

ピロテ  いいか。万一、私が戻らないときは、もう誰も二度とこの森に近づいてはいけない。…そう大臣に伝えるんだ。いいな。

兵士C  ハ…ハイ。

ピロテ  よし、行け。

兵士B  隊長…。

ピロテ  安心しろ。ドラゴンは絶対倒す。この剣でな。

兵士C  どうかご無事で。

兵士A  ピロテ様…。

兵士達、下手へ去る。

ピロテ、剣を抜いて。

ピロテ  ドラゴンめ…。

ピロテ、上手へ走り去る。

明るくなって。

魔女   いまいましい。しつこいヤツだね、あのピロテって男。タツロー、おいで。(タツローに水槽をのぞかせ)よーく見るんだ。あの男を。ものすごくキラキラした剣を持っているだろ。いいかい。あれをお前にやるから、とっておいで。いいね。

タツロー フギフギ。

魔女   さぁお行き。人間なんか踏みつぶしておしまい!

タツロー、スキップで上手へ去る。

魔女   あの男さえやっつければ、この森は安泰…。頑張るんだよ。タツロー。

上手より、水晶玉を持ってアン戻ってくる。

アン   ただいまぁ。おばあさま。

魔女   オー、おかえり。早かったね。

アン   ねぇ、今、何かがそこを走っていったんだけど…。フギフギ言いながら…。

魔女   アッ、いや、気にしなくていいよ。

アン   う、うん…。…アッ、そうだ。ハイ、これ。

アン、魔女に水晶玉を渡す。

魔女   アア、ありがとう。助かったよ。(水晶玉をのぞきこみ)いいねぇ〜。すっかりよくなってる。この水槽は返すからね…。

魔女、アンに水槽を渡す。

アン   ウン。(水槽を受け取り)アレ? タツローは?

魔女   エッ? アッ、タツロー…。…いないかい。

アン   うん。いない。

魔女   いないか…。いないよね…。…実はね、アン。

アン   何。

魔女   実はタツローは…。

アン   うん。

魔女   …実は…。…アッそうだ。実はタツローはメスだったんだ。

アン   エエッ! そうだったの。すごい! おばあさま大発見じゃない。じぁあタツローじゃなくてタツミにしておけばよかったかな。でも、いまさら変えるのも変だよね。ねぇねぇ、おばあさまはどう思う?

魔女   エッ、アア、そうだね、いいんじゃないかい。どっちでも…。

アン   アッ、そうだ! 私いいこと思いついた。名前はタツローのままで、名字をタツミにしよっと。タツミタツロー。どう? これなら、どっちで呼んでもいいもんね。

魔女   アア、そうだね。アンはエラいね、うんうん。(さりげなくその場を離れつつ)…さてと、疲れたから、ちょっと横にでもなるかねぇ…。

魔女、去ろうとする。

アン   で、タツローは?

魔女   エッ? アア、そうか、そりゃ気になるよね…。そりゃそうだ…。一体…どうしたんだろうねぇ…。おかしなこともあるもんだねぇ…。(間。ひらめいた感じで)アーそうだそうだ。思い出した。実はね、タツローが女の子だってわかったもんだから、綺麗な服を着せてやったんだよ。そしたらタツロー喜んじゃってさ。ピョンピョン跳ねて、散歩に行っちゃったんだ。

アン   エーッ。またまた大発見! タツローって、歩けたんだ。スゴーイ!。 アッ、でも、あの子、水がないと弱っちゃうから、そろそろ連れ戻さなくっちゃ。私、呼んでくるね。で、どっちに行ったの?

魔女   (上手を指さし)あっち…かな…。

アン   わかった。じゃあね。(上手に向かって)どこにいるの、タツミタツロー!

アン、上手へ去る。

魔女   ふぅ〜。やれやれ。あとでアンには謝っておかないとね…。さてと(水晶玉を手にして)うん、やっぱり本物はいいねぇ…。

魔女、なにげなく水晶玉をのぞきこむ。

魔女   ? …なんだい、これは…。ひょっとして未来? まさか…。

魔女、水晶から顔をはなし、首をかしげる。

魔女   とにかく、今はあの男の様子を…。

暗くなって魔女消える。

手前、ピロテに明かり。

ピロテ  そろそろお出ましの頃かな…。

上手、背を向けて、タツローが立っている。

ピロテ、目をこらし。

ピロテ  …女。…ヤツか…。

ピロテ、近づいて行く。

ピロテ  私はドン・ピロテ。お前、ドラゴンだな。

タツロー、背を向けたままじっとしている。

ピロテ  こっちを向け! 奪い取った部下の剣はどこだ。…ナゼ黙っている。さぁ、勝負しろ!

タツロー、背を向けたままじっとしている。

ピロテ  オイ。ドラゴン。私をバカにしているのか? さぁ、かかってこい!

ピロテ、剣を抜く。

魔女に明かり。

魔女   よし、剣を抜いたよ。さぁ、タツロー。あの剣を奪い取っておしまい!

タツロー、背を向けたままじっとしている。

魔女   どうしたんだい、タツロー。

ピロテ  どうした、ドラゴン。怖じ気づいたか。さぁ!

剣をかまえるピロテ。

魔女   やれ! やっておしまい! タツロー!

タツロー、背を向けたままじっとしている。

ピロテ  正々堂々と勝負しろ!

タツロー、ゆっくりと振り向き。

タツロー …カサカサ…。

タツロー、倒れる。

ピロテ  

魔女   カサカサ? しまった! 体が乾いてしまったんだ。タツロー!

魔女、消える。

ピロテ、ゆっくりとタツローに近づき。

ピロテ  …どうしたんだドラゴン。ケガでもしているのか?

タツロー …カサカサ…。

ピロテ  カサカサ? どうしたんだ。オイ、ドラゴン!

上手より魔女走り出る。手には水筒。

魔女   しっかりおし!

ピロテ  誰だ!

魔女   うるさい。さがってな! さぁ、お水だよ。

魔女、タツローに水筒の水を飲ませる。

タツロー、目を開け。

タツロー …フギィ〜。

魔女   オーよしよし。よかったよかった。どうだい、立てるかい?

ピロテ  …そいつ病気なのか?

魔女   あんたには関係ないだろ。

ピロテ  関係あるさ。私はこいつを倒すために…。

魔女   フン。おあいにくさま。見てのとおりこいつはもう倒れちまってるんでね。これ以上、倒しようはないよ。さぁ、帰った帰った。

ピロテ  オイ、ふざけてないで教えてくれ! なぜドラゴンはそんなに弱っているんだ!

ピロテ、魔女に詰め寄る。

魔女   ギャーギャーわめくんじゃないよ。…ったく。それが人にものをたずねる態度かねぇ…。

ピロテ、少し冷静になり。

ピロテ  ア、アア。すまない…。おばあさん…そのドラゴンは、いつ頃、元気になるんだろう? 教えてくれないか?

魔女   さぁね。

ピロテ  さぁねって…。困ったな…。…死にかけのドラゴンをやっつけるような卑怯なマネはできないし…。(タツローをのぞきこみ)…なんとかならないのか?

魔女   さぁね。

ピロテ  また、さぁね、か…。…もし、私にできることがあったら言ってくれ。

魔女、ピロテを無視。一人でタツローを動かそうとするが、重くてできない。

それを見ていたピロテ。

ピロテ  …よかったら手伝おうか?

魔女   よけいなお世話だよ。誰が人間なんかの世話になるもんか。

ピロテ  ? あんた、人間じゃ…。

魔女   バカにすんじゃないよ。私は魔女。魔女だよ!

ピロテ  …魔女。

魔女   アー重い。大きくしすぎたよ、まったく…。

ピロテ  やっぱり手伝おうか? 一人じゃ無理だろ。腰でも痛めたら大変だし…。

魔女   あんた、手伝う気があるんなら、ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと手伝いなよ。

ピロテ  ア、アア。わかった…。

ピロテ、タツローを背負う。

魔女   とにかく洞窟に戻らないと…。さっ、こっちに運んでおくれ…。

魔女とピロテ、タツローを抱えて上手へ去る。

暗くなって、上手よりアン。アンにのみ明かり。

アン、地面の草をかき分けるような仕草で。

アン   タツロ〜。どこぉ〜。タッちゃーん。出ておいでぇ〜。カサカサになっちゃうよ〜。タツロー。タツローってばぁ〜。

アン、下手へ消えてゆく。

舞台、明るくなる。

魔女の洞窟。

魔女、タツローを寝かせつつ。

魔女   さぁ、着いたよ。待ってな、今、水をかけてやるからね。

魔女、じょうろでタツローに水をかける。

魔女   よしよし。これで元気になるからね。

ピロテ  …なぁ、ひとつ聞いても…。

魔女   (ピロテをキッと睨んで)おかわり!

魔女、じょうろをピロテに投げつけ、上手を指さす。

ピロテ  アア…。

ピロテ、じょうろを持って上手に去り、すぐに戻ってくる。

ピロテ  これでいいか。

魔女   ヨシ。

魔女、再び、じょうろでタツローに水をかける。

ピロテ  おばあさん。ひとつ聞いてもいいかな…。

魔女   なんだい。

ピロテ  私にはさっぱり事情がわからないんだが…。どうしてドラゴンは…。

魔女   (水をかけつつ)何もかも人間どものせいさ。

ピロテ  人間の?

魔女   …勝手にこの森に入ってくるから。

ピロテ  どういうことかな?

魔女   ここは私の森。魔女の森さ。人間の勝手にはさせない。だからタツローを使って脅かしてやったのさ。

ピロテ  タツローっていうのは、このドラゴンのことかい?

魔女   アアそうさ。できそこないのドラゴンだけどね…。…無理に働かせて、かわいそうなことをしたよ…。おかわり!

ピロテ  アッ、アア。

ピロテ、じょうろを持って上手に走り去り、すぐに戻ってくる。

ピロテ  どうぞ。

魔女   うん。

魔女、じょうろでタツローに水をかける。

ピロテ  おばあさん。

魔女   何?

ピロテ  …あんた、さっき、ここは魔女の森だと言ってたが…。

魔女   アアそうさ。

ピロテ  実は、ここは我が王国の一部なんだ。(地図を取りだし)ホラ、見てくれ、このとおり。…だから、ベテロン王の領地であるわけで…。

魔女   おだまり! そんな人間の理屈がこの森で通用すると思ったら大間違いだよ!

ピロテ  だが、王様がここに別荘を建てるとおっしゃってるんだから、立ち退いてもらわないと…。

魔女   お断りだね。なんで私が出て行かなきゃいけないんだい。この森はね、私たち魔女が、代々薬草を育ててきた大切な森なんだ。人間が住むような所じゃないんだよ。さぁ、出てお行き。そして二度とくるんじゃない!

ピロテ  それはできない。それでは命令を果たしたことにならない。

魔女   命令?

ピロテ  アア。「王に危険を及ぼすものすべてを駆除すべし」それが私に与えられた命令だ。

魔女   じゃあ、力ずくで追い出そうってのかい。アーいいだろう。煮るなと焼くなと好きにおし! 弱ったタツローとこの年寄りをやっつけて、王様に褒めてもらえばいいだろ。

ピロテ  そんな弱いものイジメするような言い方はやめてくれ。

魔女   だって、弱いものイジメじゃないか。

ピロテ  困ったな…。とにかくそのドラゴンを元気にしてくれないか。私は正々堂々と勝負したいんだ。弱ってるドラゴンと戦って勝っても嬉しくもなんともない。そんなズルいやり方は武人として絶対したくない…。

魔女   戦う? この子と? 無理だね。それにこの子を倒しても、ドラゴンを倒したことにはならないよ。

ピロテ  なぜだ。

魔女   タツローはドラゴンじゃないもの。

ピロテ  ドラゴンじゃない?

魔女   アア。この子は、タツノオトシゴだからね。

ピロテ  そんなバカな。

魔女   私が作った薬で、無理矢理大きくしたのさ。だから見かけはドラゴンだけど、中身はタツノオトシゴ。着ぐるみみたいなもんだよ。

ピロテ  (タツローをしげしげと見て)これがタツノオトシゴ…。なんてことだ…。

タツロー フギフギフギ…。

魔女   アア、大分元気になってきた。けど、このまま水をかけつづけるわけにもいかないし…アンが帰ってくる前に元の姿に戻すとしようかねぇ…。

ピロテ  元に戻す?

魔女   アア。小さくする薬を飲ませるのさ。

魔女、上手に去ろうとする。

ピロテ  ちょっと待ってくれ。

魔女   なんだい。

ピロテ  あんた魔女だろ。

魔女   アア。

ピロテ  ものは相談だが…魔法で、そいつを本物のドラゴンにしてもらえないだろうか?

魔女   変なことを言うねぇ。

ピロテ  …私はドラゴンを倒さないと、城に戻れない…。

魔女   知らないよ、そんなこと。

魔女、上手に去ろうとする。

ピロテ  待ってくれ! 私の部下たちはドラゴンを見た。剣も奪われた。だから私は、ドラゴンを倒すために森に残ったんだ。「絶対倒す」と約束して。それが実はタツノオトシゴでした、だから帰ってきましたと言って、一体誰が信じる? 誰も信じるもんか。みんなの笑いものだ……このまま帰ったら私はウソつきにされてしまう。

魔女   じゃあ、この森に残っておくれよ。あんたが戻らないときは、誰も二度とこの森には近づかないんだろ。

ピロテ  なぜそれを…。

魔女   一応魔女なんでね。(間)…どうだい。それで丸くおさまるじゃないか。

ピロテ  イヤ、それはできない。私には家族もいる、仲間も、部下だって。それを全部捨ててこの森にとどまるなんてできっこないだろ。

魔女   じゃあ、こういうのはどうだい。あんたはドラゴンを倒した。けれど倒したドラゴンの最後の呪いによって、この森には二度と人間は近づけなくなった…。

ピロテ  私にウソをつけと?

魔女   ウソじゃないよ。ちょっとした事実の修正さ。タツローが奪った剣は返してやるから、ドラゴンを倒した証拠として、持って帰ればいい。それでドラゴンを倒したってことにすればいいじゃないか。剣を見れば王様だって信じるはずさ。いいかい。人間ってのはね、真実なんかに興味はないんだよ。信じやすい事実があればそれでいいのさ。それで納得するもんなんだよ。

ピロテ  …かもしれない。だが…。

魔女   何を迷ってるんだい。いくらあんたが強くても、いないものを倒すことなんかできないだろ。

ピロテ  …それはそうだが…。

魔女   それとも何かい。弱ったタツローを斬って、オレは森でタツノオトシゴを退治してきたと自慢するほうがいいとでも?

ピロテ  それはできない。

魔女   だろ。それに、もし、あんたがホントのことを言えば、あんたの部下たちだって、恥ずかしい思いをするんだよ。タツノオトシゴに剣を奪われたことがバレちゃうわけだからねぇ。いい物笑いの種だよ。

ピロテ  …でも、呪いのほうはどうする? それこそ根も葉もない嘘っぱちじゃないか。

魔女   そんなことないさ。人間が森に入ってくるたびに脅かせばいいんだろ。

ピロテ  どうやって?

魔女   そうだねぇ…。アア、いいものがある。これを使おう。

魔女、袋から種を取り出す。

ピロテ  それは?

魔女   これはヤッテキ草の種さ。ヤッテキ草はね、(鉢植えのヤッテキ草を指さし)人間がやってくるとあんなふうに真っ赤な花をつけて明滅するんだ。この種をほら、こうやってそこら中に播いておけば…。

魔女、種をばらまく。舞台奥、赤く点滅しはじめる。

魔女   どうだい。

ピロテ  すごい…。森が燃えているようだ…。

魔女   人間が近づくたびにこんなふうに森が真っ赤に燃え上がるとしたら…。ドラゴンの呪いだってみんな信じるんじゃないかい。

ピロテ  でも、もし花が枯れたら?

魔女   ヤッテキ草は人間がくれば何度でも花をつける。永久にね。

ピロテ  永久に続くドラゴンの呪い…か。(間。しばらく考え)わかった。それでいい。手を打とう。剣を返してくれれば、以後、人間はこの森に近づかない。約束する。

魔女   そうこなくっちゃ。

ピロテ  …王様の命令を果たせなかったのは残念だが…。弱っている者を斬るわけにはかないし…。それに…。

魔女   それに?

ピロテ  …ここは別荘を建てるにはふさわしくない。

魔女   どうしてそう思うんだい?

ピロテ  (ぐるっとあたりを見回し)こんなエマージェンシーな景色、とても王様がくつろげるとは思えないからな。

魔女   なるほど、そりゃそうだ。…あんたは人間だけどそれほど悪くないね。気に入ったよ。…おっと、いけない。あんた少しの間タツローを見てておくれ。薬を作ってすぐに戻ってくるから。

魔女、上手へ去る。

残ったピロテ、腰をおろして。

ピロテ  まぁ、仕方ない。ウソをつくのは気がすすまないが、ウソをつかないと、それこそ本当のウソつきにされてしまうんだからな…。部下たちにも迷惑がかかるし…。…事実の修正、か。…妙なことになったが、これですべてが丸くおさまるはず…。王様や大臣も許して下さるだろう。

ピロテ、剣を抜き。

ピロテ  …この剣を思う存分振るう機会がなかったのだけは残念だが…。

タツロー、ピロテの背後でむっくりと起きあがる。

ピロテの剣を見て。

タツロー キラキラ…。

ピロテ、振り向き。

ピロテ  アア、よかった。少し元気になったな。ちょっと待ってろよ。今、おばあさんが薬を…。

タツロー キラキラ! フギィ〜!

タツロー、剣を奪おうと、急にピロテに襲いかかる。

ピロテ  やめろ! 何をする!

タツロー キラキラ! フギィ〜!

ピロテ  やめろ! やめないか!

もみあう二人。やがて、剣がタツローの胸に刺さる。

タツロー フググググ…。

ピロテ  しまった! オイ、しっかりしろ! 大丈夫か! オイ!

ピロテ、タツローの胸に刺さった剣を抜く。

そこへ魔女戻ってくる。

魔女   タツロー! なんてことを…。(ピロテを睨んで)人間め、裏切ったな!

ピロテ  違うんだ…。

魔女、ピロテを突き飛ばし、タツローを抱きかかえる。

魔女   しっかりおし、タツロー。今、元の姿に戻してあげるからね。しっかりするんだよ!

タツロー フギィ…。

魔女   元気を出すんだ。お前が死んだら、アンになんて言えばいいんだい。ホラ、薬だよ。薬をお飲み。

タツローに薬を飲ませる魔女。

魔女   そうだよ、もっとお飲み。ホラ、もっと…。よしよし、頑張るんだよ。

魔女、立ち上がって手をかざし呪文。

魔女   ヒポカンパス。ヒポカンパス。小さくな〜れぇ〜。ヒポカンパス。ヒポカンパス。小さくな〜れぇ〜。

魔女、タツローを抱きかかえて。

魔女   どうだい。タツロー。…よしよし。そうだよ、戻ろうね、元の姿に。水槽の中はいつだってキラキラだからね…。

タツロー キラキラ…。

魔女   目を閉じちゃダメだよ、タツロー。しっかりおし! タツロー!

タツロー …フギッ…。

タツロー、死ぬ。

魔女   タツロー!

煙。ドドーンという音。光、明滅。

一瞬暗くなり、パッと明るくなる。

タツローの姿は消えている。

魔女は、小さくなったタツローを、てのひらに乗せているらしい。

魔女、てのひらを見つめながら。

魔女   …アア、なんてことだ。…なんてことに…。せっかく元の姿に戻れたっていうのに、死んじまったんじゃ、なんにもならないじゃないか…。私はアンになんて言って謝ればいいんだい…。

魔女、タツローを指で撫でながら、水槽に近づく。

魔女   さぁ、お前が好きだった水槽の中にお戻り…。

魔女、タツローを水槽の中に戻す。

魔女   …アア、よかったね、タツロー。(水槽を見つめて)タツローが…タツローが溶けていく…。

ピロテ  …おばあさん。

魔女、ピロテを睨んで。

魔女   私はお前を許さない…。

ピロテ  待ってくれ。話を聞いてくれないか。

魔女   聞きたくない。

ピロテ  違うんだ。

魔女   違わない。人間はみんなウソつきだ。

ピロテ  約束は必ず守る!

魔女   よくもまぁぬけぬけと…。

ピロテ  信じてくれ。

魔女   信じる? バカもやすみやすみに言うんだね。動けないタツローを刺し殺しておきながらよくもそんなことが言えたもんだ。

ピロテ  だから違うって言ってるだろ!

魔女   うるさい! 卑怯者!

魔女、杖を振り上げる。

ピロテ、飛びのき。

ピロテ  やめろ!

魔女   やめない!

魔女、杖をピロテに振り下ろす。

ピロテ、手で受け止めて。

ピロテ  やめてくれ。

魔女   怖じ気づいたのかい。

ピロテ  話し合おう。

魔女   無駄だよ。

魔女、杖でピロテを叩く。

ピロテ  いいかげんにしろ!

二人、もみあってテーブルにぶつかる。

テーブルに置いてあった水槽が後ろに倒れ地面に水がこぼれる。

ピロテ  アッ!

魔女   水槽が!

二人、動きが止まる。

間。

「フギィ〜」というタツローの声が響く。

ヤッテキ草の花の点滅がとまり、赤く光り出す。

ピロテ  

魔女   ヤッテキ草の光りかたが変わった…。でもどうして…。

魔女とピロテ、あたりを見回す。

ピロテ  一体これは…。

魔女   …わからない。花が…水を吸って…それで…。

赤い光強くなる。

ピロテ  ウウウ…。なんだ、どうしたっていうんだ…。まるで…。…頭の中に霧がかかっていくようだ…。

魔女   私もだよ…。記憶が…。記憶が遠のいていく…。

頭をかかえて苦しむ二人。

やがて、二人とも表情を失い立ちつくす。

魔女   (呆然として)…あんた、誰だったかね?

ピロテ  (呆然として)…私? 私は…。アア、ピロテ。ドン・ピロテです。

魔女   さっき、あんたとここでケンカしてたような気がするんだが…。気のせいかい?

ピロテ  さぁ…。どうでしょう…。…ところで…ここはどこですか?

魔女   ここ? これだけ木がはえているんだから森なんじゃないかい。たぶん。

ピロテ  アア、森か…。アアそうだ、森だ。私はピロテ。ドラゴンを倒すためこの森に来たんだ…。

魔女   ドラゴン? アア、そうだ、そうだった…。タツローを大きくして、それから小さくして…。(間)でも一体なぜこんなことに…。

魔女、地面に落ちていた水槽を手に取り、何かを思い出そうとするかのようにジッと眺め。

魔女   そうか、そういうことか…。わかった…。

魔女、上手へ去ろうとする。

ピロテ  どこへ?

魔女   (振り向かず)アンにこのことを伝えないと…。

ピロテ  このことって?

魔女   …あの子は知らないからね…。花のことも、これから先に起こることも…。

ピロテ  花? アアそういえば…。そうだ。そうだった。私は城に戻らなければ…。そして、みんなに伝えよう。…ドラゴンは死んだ…この森は呪われている…ドラゴンの呪いは永久に続くんだ…と。

ピロテ、呆然として、下手へ去る。

魔女、振り向いて、ピロテが去っていくのを見つつ。

魔女   ドラゴンの呪い? …違う。違うんだ。…これは呪いなんかじゃない。これは私が…。…アン、どこだい、アン…。

魔女、呆然として、上手へ去る。

誰もいなくなった舞台。赤い光、いっそう強くなり、「フギィ〜」というタツローの声。(幕)

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