少人数向け演劇台本を無料提供。

プレゼン・教育改革最終試案

●4人 ●40分程度

●あらすじ

「ダリィ〜」「ネミィ〜」「カエリテェ〜」。教室にはびこるけだるい空気を払拭するため、日本教育科学総合研究所が考え出した究極の教育改革案とは一体…?

●キャスト

研究員(ヤマネ)
生徒A(カヨ)
生徒B(リョウコ)
生徒C(ユウコ)

●台本(全文)

暗い中。上手に明かり。

演壇が置いてある。

上手ソデより研究員のヤマネが登場。

ヤマネ、演壇に立ち、会場に向かって一礼。

拍手の音。

研究員 日本教育科学総合研究所のヤマネです。本日は私どもの研究成果を発表する機会を与えて頂き、誠にありがとうございます。(再度会場に向かって礼)では、さっそく…と申し上げたいところですが、今日提案させて頂く教育改革案の具体的説明に入る前に、現状把握も兼ねまして、私どもがシミュレート致しました「とある高校のとある教室のよくある風景」を、まずご覧頂きたいと思います。

全体明るくなる。

中央には机とイスが三つずつ並べてあり、生徒A(カヨ)、生徒B(リョウコ)、生徒C(ユウコ)の三人が、机やイスに姿勢をくずして座っている。

生徒A …でさぁ、ハッと目がさめたら一二時半なわけよ。一時からバイト入ってたから、それでチョー焦ったわけ。

生徒B でもカヨ、日曜って、バイト夕方からじゃなかったっけ?

生徒A それが、昨日だけシフトになってて一時からだったんだワ。

生徒B アア、あるある。そういうときに限って寝ちゃったりするんだよね。

生徒C で、どうしたの?

生徒A だから、もう速攻で着替えてさぁ、化粧なんか何をどこにつけたかわかんないくらいだったんだけど、まっ、なんとかね。

生徒B 間に合ったんだ。

生徒A ギリギリセーフって感じ。

生徒C ヨカッタじゃん。

生徒A チョーヨカッタよ。今月ガンバったら時給上げてやるって店長に言われてたからさぁ、マジ気合い入ってたんだよね。だから遅刻は絶対マズかったわけ。

生徒B そりゃガンバルわな。

生徒C いいなぁ〜。時給上がるんだ。

生徒A けど、疲れた。ホントはさぁ、今日、学校休んでさぁ、疲れとろうとかって思ってたんだけどさぁ…。

生徒B でも、月曜休むと、その週、ズルズルいっちゃうんだよね。

生徒C そうそう。まっイイかって感じでさぁ。

生徒B おっくうになるよね。

生徒C 大体、学校って、なんもイイことないしさぁ。やる気ゼロ。つーかマイナスじゃん。

生徒B けだるいよね。

生徒A 特に数学のヤマネ。あいつけだるくない?

生徒B あっ、そう? なんで?

生徒A だってさぁ、いっつも前髪パラッと落ちててさぁ、髪の毛に全くコシってものがないじゃん。

生徒B アア、毛がダルイってことか。

生徒C なるほど、それは言えてる。あいつはけだるすぎ。

生徒A あんなけだるいやつの授業なんか受けてらんねぇっつーの。

生徒C ホントホント。まず自分の毛をシャキッとさせてからにしてほしいよね。

生徒B ところが次がそのけだるいヤマネの授業なわけだ。

生徒C アー最悪。マジ、ダリィ〜。

生徒B しかもネミィ〜。

生徒A とりあえずカエリテェ〜。

生徒C ダリィ〜ヨ〜。

生徒B ネミィ〜ヨ〜。

生徒A カエリテェ〜ヨ〜。

三人、暗くなり。上手演壇にのみ明かり。

研究員 いかがでしたでしょうか。ダリィ〜ネミィ〜カエリテェ〜。現代の教育現場に蔓延する(髪の毛をさわりつつ)けだるい雰囲気がおわかり頂けたかと思います。では一体、このけだるさを払拭し、生徒たちを(髪の毛を立てて)シャキッとさせるためにはどうしたらよいのでしょうか。教室に活気を取り戻すにはどうしたらよいのでしょうか。…答えを得るため、まず我々は、生徒たちの行動を細かく分析することから始めました。バイト…遅刻…化粧…。あらゆるキーワードの洗い出しとランクづけ。…その結果、先ほどの「ダリィ〜」「ネミィ〜」「カエリテェ〜」この三つの言葉の中に、今の学校教育の問題点がすべて凝縮されているのではないかとの結論に至ったのです。そこで我々は「ダリィ〜」「ネミィ〜」「カエリテェ〜」のそれぞれ頭の一文字をとって、これを「ダネカ症候群」と名付けました。そして「ダネカ症候群」を研究テーマの一つの大きな柱として、様々な角度から解析を加えることとしたのです。(研究員、演壇をおりてゆっくりと舞台中央へ)…研究を続けていく中で実に様々なアイデアが出され、数多くのシミュレーションが繰り返されました。今ここでそのすべてを紹介するわけにはいきませんが、参考までにいくつかを紹介させて頂きます。

舞台奥にスライド。

「漫画で解く数学」の文字。

研究員 教科書を漫画本にすることで若者たちの興味をひけないか、というところから発想されたのがこのパターンです。ではシミュレーションをどうぞ…。

全体明るくなる。

研究員、生徒たちの前に立って、手にした漫画本を開く。

生徒たちの机の上にも漫画本。

研究員 よーし。いいかぁ〜。今週から新連載だからな。

舞台奥にスライド。

「宇宙戦艦危機一髪〜因数分解の逆襲!」の文字。

研究員 巻頭カラーだから、気合い入れていくぞ。

「宇宙戦艦ヤマト」のテーマ曲流れる。

研究員、ナレーション風に。

研究員 西暦二二××年、地球は因数分解の危機に見舞われていた…。

ドカーンという大きな音。

研究員、アニメ風に。

研究員 「ダメだ。このままでは人類は滅亡するぞ!」「イヤよ。コダイ君、私たちの地球を守って! 因数分解する方法を見つけるのよ!」「ああ、やってみる…。ここをこうして…それからこうして…。…ダメだ。分解できない!」「諦めちゃダメ! 方法はあるはずよ」「けど、分解するってどういうことなんだよ! オレにはそれがわからないんだよ、ユキ」「コダイ君。まず降べきの順に並べ替えてみたら?」「降べき? …ユキ、キミ、ホントは知ってるんじゃ…?」「何言ってるの、コダイ君。そんなわけないでしょ。さぁ、早くして!」「…わかった。これでいいのかい?」「そうよ。それでいいわ。じゃあそれをまとめてみて」「まとめる?」「エエ。展開された式を因数の積の形にまとめるのが因数分解ってことなのよ」「なんだって! 分解っていうのはバラバラにすることじゃなかったのか!」「やっとわかってくれたのね。コダイ君」「そうだったのか。オレ、勘違いしてた」「しかたないわよ。今までは、なんでもかんでも波動砲で解決してたんだから」「うん」「これからはもっと頭を使いましょ」「ああわかったよ。ユキ」「スキよ! コダイ君」

研究員、本を閉じて。

研究員 どうだ。わかったか?

三人、勝手に漫画を読んでいる。

研究員、三人に近づき。

研究員 アッ、コラ。それ違う漫画じゃないか!

生徒A いいだろ。漫画は漫画なんだから。

研究員 バカ野郎。今のはな、原作者にお願いして、学校教育用に新たに書きおこしてもらった…。

生徒B カタいこと言うなっつーの。

研究員 地球の危機だったんだぞ。それをコダイ君とユキが…。

生徒C 知らねーっつーの。しょせん漫画だろ。

生徒A 気に入らねーんだよ。コダイの髪型。

生徒B それに、ユキ、やせすぎ。うちらに対する当てつけかっつーの。

生徒C 大体、地球の危機だっつーのに、イチャイチャすんじゃねーよ。バーカ。

研究員 静かにしろ! とにかく、このあとアナライザーによる因数分解の解説があるから、それを見てだな、それでもまだわからないところがあったら、イスカンダルのスターシアが助けてくれるんだから…。

三人、まったく無視。

研究員、とぼとぼと演壇に戻る。

中央の明かり消える。

研究員 …エーご覧頂いたとおり、ヤマト撃沈…と、まぁ、そういうことになりました。題材が多少古かったのかもしれません。ヤマトって言っても今どきピンとこないでしょうしね…。(間)じゃあ、同じく宇宙モノで、よりグローバルな人気をほこるスターウォーズならばどうだろうということになり、ジョージ・ルーカスに問い合わせてみたりもしたんですが、ダークフォースがどうのこうのと、わけのわからないことを言われまして、結局、漫画化は諦めました。それなら今流行の漫画をそのまま使ってみてはどうかという意見も出まして、それもためしにやってはみたんですが、なんて言うんでしょうか、今どきの人気漫画っていうのは、海賊とか忍者とかが暴れる無国籍映画みたいなものばっかりで、あれを使ってシミュレートすると、失笑をかうんですよね、生徒に。「いくらなんでもそれはありえねぇだろう」って。…やはり、まぁ、結論的に言って、教科書を漫画本化することで、授業自体が漫画チックになってしまうと言いましょうか、かえってだらけることが判明して、それで漫画案はボツということになった次第です。…で、次にトライしたのが、こちらです。

舞台奥にスライド。

「数学に音楽を」の文字。

研究員 エー、これはですね。やはり若者文化の中心である音楽をですね、広く授業に取り入れてみてはどうか、ということで発案されました。ではシミュレーションをどうぞ…。

全体明るくなる。

研究員、リズムにのって踊りつつ、生徒たちの前に出て行く。

舞台奥にスライド。

「ラップで楽々、三角関数」の文字。

研究員 イェーイ。

三人、沈黙。

研究員 イェーイ。

三人、沈黙。

研究員 サイン、コサイン、タンジェント、Yo〜!。

三人、沈黙。

研究員 サイン、Yo〜!。

三人、沈黙。

研究員 コサイン、Yo〜!。

三人、沈黙。

研究員 タンジェント、Yo〜!。

三人、沈黙。

研究員 ちょっとでいいから、聞いてくれYo〜!。

三人、沈黙。

研究員、とぼとぼと演壇に戻る。

中央の明かり消える。

研究員 …正直、これは漫画のときよりキツかったです。…ウクっていうのはこういうことかなって初めてわかりました。あとラップを授業に取り入れた場合、三日以内に九〇パーセント以上の教員が倒れるだろうという解析結果が出て、それで最終的にボツとなりました。で、研究室では、方向性を確認するためのディスカッションを重ねましてですね、その結果、漫画や音楽にすればわかりやすくなる、絵や音に変換すれば、文字だけでは難解な説明も理解しやすくなる、という発想自体が古いのではないか、という結論に達したわけです。そこで出てきたアイデアが(ケータイを取りだし)コレです。

舞台奥にスライド。

「ケータイで友達感覚の授業を」の文字。

研究員 今の若者は、メールによる情報交換、コミュニケーションを日常的に行っています。つまり、文字を読むことに関しては、ひと昔、ふた昔まえの若者より数段熟練しているという特徴があるわけです。それを授業に取り入れれば、教師と生徒の溝も埋まってスムーズな授業が行えるのではないか、というのがこの方式です。シミュレーションをどうぞ。

全体明るくなる。

研究員、メールを打ちつつ、それを声に出しながら、生徒たちの前に出て行く。

研究員 イマ、ナニシテタ。カオモジ(顔と手で顔文字のマネ)」…送信!

三人のケータイ、一斉に鳴る。

三人、ケータイを取りだし、画面を見て。

三人 削除!

研究員 (メールを打ちつつ)ネェネェ、コノモンダイ、トイテミヨウヨ。カオモジ(顔と手で顔文字のマネ)」…送信!

三人のケータイ、一斉に鳴る。

三人、ケータイを取りだし、画面を見て。

三人 迷惑メール!

研究員 (メールを打ちつつ)スウガクッテケッコウタノシイヨ。カオモジ(顔と手で顔文字のマネ)」…送信!

三人のケータイ、鳴らない。

沈黙。

研究員 (メールを打ちつつ)オーイ。トドイテルカァ〜。カオモジ(顔と手で顔文字のマネ)」…送信!

沈黙。

研究員 (メールを打ちつつ)ダレカヘンジヲクダサイ。カオモジ(顔と手で顔文字のマネ)」…送信!

沈黙。

研究員、ケータイを閉じ、絵文字風に困った顔。

とぼとぼと演壇に戻る。

研究員 …というわけで、すべてのアイデアは失敗に終わりました。…この時点で、研究室全体に大変重苦しい雰囲気が流れまして、もうこれ以上研究を続けることは無理ではないかと、誰もが諦めかけていたそのとき、研究員の一人がポツリと言ったのです。「ひっくり返せばいいんじゃないですか」と。…私は最初、彼が何を言っているのかわかりませんでした。「何をひっくり返すんだ」。私は聞き返しました。「ダネカ症候群をです」。彼は答えました。「ダネカ症候群をひっくり返す? それはどういう意味だ」。私は、少しイライラして聞き返しました。そんな私に彼はこう言ったのです。「ダネカをひっくり返せばカネダ」と。「カネ?」。私は彼がふざけているのだと思いました。私と彼とのやりとりを聞いていた仲間の間からも笑いが起こりました。しかし、彼は至極マジメな表情で、こう続けました。「やる気はお金で買えます」と。そして「答えは最初のシミュレーションにあったんです」と言いました…。

全体明るくなる。

最初のシミュレーションの場面の前半を再現。

中央には机とイスが三つずつ並べてあり、生徒三人が、机やイスに姿勢をくずして座っている。

生徒A …でさぁ、ハッと目がさめたら一二時半なわけよ。一時からバイト入ってたから、それでチョー焦ったわけ。

生徒B でもカヨ、日曜って、バイト夕方からじゃなかったっけ?

生徒A それが、昨日だけシフトになってて一時からだったんだワ。

生徒B アア、あるある。そういうときに限って寝ちゃったりするんだよね。

生徒C で、どうしたの?

生徒A だから、もう速攻で着替えてさぁ、化粧なんか何をどこにつけたかわかんないくらいだったんだけど、まっ、なんとかね。

生徒B 間に合ったんだ。

生徒A ギリギリセーフって感じ。

生徒C ヨカッタじゃん。

生徒A チョーヨカッタよ。今月ガンバったら時給上げてやるって店長に言われてたからさぁ、マジ気合い入ってたんだよね。だから遅刻は絶対マズかったわけ。

生徒B そりゃガンバルわな。

生徒C いいなぁ〜。時給上がるんだ。

三人、暗くなり、上手演壇にのみ明かり。

研究員 「ダネカをひっくり返せばカネダ」…「やる気はお金で買える」…。まさに逆転の発想でした。この彼の発言を契機として、我々のプロジェクトの方針は一八〇度変わったのです。漫画、音楽、ケータイ…。今までご紹介したアイデアはすべて生徒の機嫌をとって、つまり、生徒にこびる形でそのやる気を引き出そうとしたものでした。しかし、それらがすべて無効だと判明した以上、教育そのものをもう一度根本から捉え直すべきだと我々は気づいたのです。そして得た結論がこれです。

舞台奥にスライド。

「授業は労働だ」の文字。

研究員 以後、我々は研究室の総力を結集し、この方針に沿った検討を開始しました。(間)そしてたどりついた究極の教育システム、それがこれです!

舞台奥にスライド。

「時給制授業の導入」の文字。

オオ〜ッというどよめき。

研究員 まず、時給制授業の基本理念をご説明させて頂きます。それは、ズバリ、「社会のしくみ」イコール「学校のしくみ」にしようではないかということです。これまでの教育改革が十分な効果を挙げ得なかったのは、それらが目指した理想の教育制度と実際の社会制度との間に整合性がなかったからではないでしょうか。学校といえども社会の一部です。だから学校の中と外が一元的な価値観で統一されていない限り、必ずどこかにヒズミが生じてしまうのです。二つの価値観を使い分けられるほど、人間は器用にはできていないんですから。…では、社会制度全般を支える基本的要素は何か、と言えば、それはつまりルールとマネーです。…もちろんルールは学校にもあります。そしてそれは、社会のルールにある程度近似しています。しかし今までの学校には、そのルールに釣り合うだけのマネーの裏付けがなかったのです。ルールばかりを押しつけられ、それにマネーが伴わないような組織の中に一体誰が居たがるでしょうか。だから、今、時給制なのです。(間)そこでまず我々は時給七五〇円のシミュレーションを行いました。ご覧下さい。

全体明るくなる。

研究員、演壇をおりて三人の前へ。

研究員 ハイ、チュウモーク。今日から本校は時給制を採用することになりました。皆さんガンバって稼いで下さい。では。

研究員、上手へ去ろうとする。

生徒A (研究員に)エッ? 何? なんだよ、それ。

研究員 (振り返って)お前、時給って言葉がわからんのか?

生徒A …それはわかるけどさぁ。

生徒B ウチら働かされんの?

研究員 イヤ。今までどおり授業を受ければいいんだ。

生徒C 今までどおり? …授業を受ければカネもらえるってこと?

研究員 そのとおり。

生徒A マジ? いくらくれんの?

研究員 七五〇円。

生徒A 一日で?

研究員 お前、バカか。時給って言ってるだろ。

生徒B エーッ、じゃあ八時から三時までだと…。

生徒C 五二五〇円?

研究員 そうだ。

生徒A すげぇ〜。太っ腹!

生徒B 何かウラがあるんじゃないの。

研究員 イヤ、ない。お前らはただ学校に来て、座ってればいいんだ。それがお前たちの仕事だからな。仕事をした者にカネを払うのは当然だろ。

生徒C じゃあサボったら?

研究員 もちろんその分は支給されない。サボるのは勝手だが、その分みんなより、支給額が減る。それだけのことだ。以上。

研究員、演壇に戻る。

研究員 三カ月後、シミュレーションではこうなります。

中央のみ明かり。

三人、明細書を持っている。

生徒A ねぇ、ユウコ。今月、あんた、いくらになった?

生徒C 私? (明細書を生徒Aに見せ)こんな感じ。

生徒A ワッ、スゴー。私より一万以上多いじゃん。

生徒C そりゃ、カヨ、二日休んでるからでしょ。私、今月、全部出てるからさぁ。

生徒A アイタァ〜。こんなことなら休むんじゃなかった…。…もう日曜のバイト、辞めようかな…。あれ、疲れんだもん。学校休むくらいなら、そのほうがいいよね。(生徒Bに)…ねぇ、リョウコは?

生徒B (明細書を生徒Aに見せ)私、こんな感じ。

生徒A 一〇万四二五〇円か…。ユウコよりちょっとだけ少ないんだ…。

生徒B 先週、一時間、保健室行ってたから…。

生徒A アア、それで七五〇円、削られてるんだ。

生徒B うん。前の晩、夜更かししちゃったから、気持ち悪くなっちゃって…。…もっと早く寝るようにしないとな…。

生徒A アッ、そう言えばさぁ、隣のクラスの内藤君、学校来はじめたんだって。

生徒B マジで? ずっと不登校だったのに。

生徒A うん。なんかさぁ、部屋にこもってたら、親が入ってきて、引きずりだされたらしいよ。

生徒B ゴーイン。

生徒C なんでそんなことに?

生徒A よくは知んないけどさぁ、親のほうがキレたらしいよ。どーせジッとしてんなら、学校でジッとしてろって感じで。そりゃそうだよね。そうすりゃ一〇万以上もらえんだもん。気持ちわかるよね。

生徒B なるほど。学校でひきこもれって話なわけね。

生徒A そうそう。

生徒C アッ、それはそうとさ。話違うんだけど、(小声で)ミサキんとこ、妊娠したらしいよ。

生徒A エエッ! あのミサキが?

生徒C 違うってば。ミサキじゃなくて、ミサキの親。

生徒A 親? 親ってもうトシじゃないの?

生徒C ウン。トシはトシだけど、なんかガンバッタみたい。

生徒A へぇ〜

生徒B アッ、そういえばさぁ、この前、五つ子産んだ人のことニュースでやってたんだけど、その人、「五人もいればそのうち家が建ちますよ」って、高笑いしてたよ。

生徒C 五人だと毎月四〜五〇万入ってくるわけだもんね。

生徒A なるほどねぇ〜。私も早いとこ結婚して、バンバン子供産んじゃお。

三人の明かり消える。

演壇の研究員に明かり。

研究員 いかがでしょうか。このように、時給制では、登校意欲が高まり、不登校、ひきこもりが減少するだけでなく、二次的な効果として、少子化対策にもなるのです。(間)…ところで、もう既にお気づきの方もいらっしゃるかと存じますが、このような教育改革を行うに当たって財政面での裏付けはあるのか、ということが最大の問題となります。一体どれくらいの予算が必要となるのか、ということです。この点に関しましては、たとえば全国の中学・高校生全員に対して一律に実施した場合、総数が約七〇〇万人ですから、ザッと見積もって、年間約七兆円となります。

エ〜ッというため息。

研究員 しかし、みなさん、ここがこの制度のキモなのですが、時給制にするとともに学校の機能、設備を大幅に拡充することで、おそらく二兆円以上が回収可能になるはずなのです。具体的に説明致しますと、まず第一に学校内に積極的に民間の業者を参入させます。たとえば昼食のためのレストランや喫茶店、弁当屋、休み時間にのぞけるブティックやコンビニ、放課後利用できるカラオケ店やフィットネスクラブ、映画館。学校の基本施設の周囲にこうした民間の施設を配置し、テナント料・借地料を徴収します。また、デリバリーも積極的に取り入れ、大量注文による値引きとマージン収入を確保するのです。第二に体育館、講堂等の既存設備を一般に開放し、コンサートや各種イベントを開催します。これにつきましても、もちろん施設使用料等が見込めます。さらにPCルームを開放したネットショッピングの導入など、学校を核としたビジネスの可能性は無限と言っても過言ではありません。その一端をシミュレーションでご確認下さい。

中央に明かり。

生徒三人、私服になっている。

生徒A アレッ。リョウコ髪切った?

生徒B ウン。

生徒A いつ?

生徒B 昨日の放課後。

生徒A どこで?

生徒B 二組の横にできた美容院。

生徒A アア、あそこ評判いいよね。近いし。

生徒B でもさぁ、なんでもかんでも校内でできちゃうから最近運動不足なんだよな。それに、休み時間、おやつとか買ってきてガンガン食べてるじゃん。なんか太ってきちゃって…。

生徒A だったらさぁ、プールの隣にオープンしたフィットネスクラブに行けば? 今なら入会金タダだってよ。

生徒B ホント? あとで覗いてみる。夏休みになったら海行きたいからさぁ、いくらなんでもこのままじゃヤバイっしょ。

生徒C 海? どこの?

生徒B まだ決めてないけど…グアムとか。

生徒C ふ〜ん、グアムかぁ、いいね。でも、混むから早めに予約しといたほうがいいよ。

生徒B そうだよね。

生徒C 職員室に入ってる旅行会社に聞いてみたら。校内割引あるっていうし。

生徒B そうなんだ。

生徒A 行く前に焼いときたいんなら、屋上にできたヒサロが安いって。確か木曜日は半額だとか言ってた。

生徒B でも今度の木曜はダメだワ。昼下がり必死隊のライブが体育館であるから。

生徒C アッ、それ私も行くつもり。

生徒A おもしろいの? 私も行っちゃおうかな…。

中央の明かり消えて、演壇の研究員に明かり。

研究員 いかがでしょう。校内の雰囲気が格段に明るくなったことにお気づき頂けたかと思います。生徒たちの学校生活満足度も、研究室独自の計算式を用いて算出したところ、平均約七〇パーセントアップするとの予測値が出ています。(間)…さて、出席率もアップした、学校生活も明るくなった、少子化対策にもなった、七兆円の予算のうち、二兆円は回収できそうだ、しかしそれでもまだ五兆円かかるのか…。それがみなさんの本音ではないでしょうか。

「そのとおり!」という会場からの声。

研究員 けれども、みなさん、この制度にはまだ効用があるのです。それはつまり、学校を地域における消費基地と位置づけることで、経済の活性化につながる、ということです。若者には家のローンもありません。貯蓄に対する意識も希薄で、手にしたお金はすぐに使ってしまいます。まさに消費者としては優等生と言えるのではないでしょうか。そうした消費の優等生を数百人単位で集めた施設が全国一万六〇〇〇カ所に出現することになるのです。そのことによって、校内に参入した業者のみならず、広く地域経済全体が刺激・活性化されます。また、もう一点、この制度を導入することで、中高生のアルバイトが確実に減少します。あえて働く必要がないからです。それはとりもなおさず、主婦層のパートや新規の雇用の増大に直結し、雇用対策としても非常に有効なのです。おそらく数十万人単位の新規雇用創出が見込まれるでしょう。こうした景気・雇用対策として年間二兆円を投入している、と考えれば、まぁこれは少々強引な考え方ではありますが、実質的に教育制度に関わる予算としては、三兆円程度の歳出であると捉えることができるかと思われます。しかし、それでもまだ三兆円です。それを一兆円にまで圧縮する方法が…これです。

舞台奥にスライド。

「罰金制の導入」

研究員 自由になるお金と、それによって得られる享楽。しかし社会がそうであるように、学校においてもそれは無制限ではありません。キッチリとしたタガをはめ、そこからはみ出した者には罰金という形で支給額の減額を行います。平たく言えばより多くの支給を受けたいのであれば規則は守れ、ということです。

中央明るくなる。

生徒A しまったぁ〜。今日、プリントの提出日じゃん!

生徒B 忘れたの?

生徒A うん。

生徒B ヤバイじゃん。(生徒手帳を取りだし)提出日を守れない場合は…、一日につき罰金二〇〇〇円だよ。

生徒A どうしよう。

生徒B 私のプリント写しちゃえば?

生徒C (生徒手帳を取りだし)他人にプリントを写させたら罰金四〇〇〇円、写したほうも四〇〇〇円の罰金よ。

生徒B …そうか。

生徒A しかも、私、プリントもってない…。なくしたかも。

生徒C プリント紛失は罰金一〇〇〇円で、プラス再発行料五〇〇円だから実質一五〇〇円ね。

生徒A アッ、そうだ。プリント盗まれたことにして…。

生徒C 教師への虚偽の報告は一万円の大罪よ。

生徒A エー、もうよくわかんないよ。結局、私、いくら罰金払えばいいわけ。

生徒B コンサルタントに相談してみたら?

生徒A 何、それ。

生徒B 週一回、カウンセリングルームに専門の人が来てるみたいだよ。その人に相談したら一番罰金が少なくてすむ方法教えてもらえるんだって。

生徒A ラッキー!

生徒C コンサルタント料、一時間五〇〇〇円だけどね。

生徒A エ〜ッ!

生徒B とにかく、いろいろあるからさぁ、できるだけ校則守って、授業に出て、言われたことやってればいいんじゃない。

生徒A そうだね。それしかないね。

間。

生徒C …でもさぁ、私、それちょっと気持ち的に割り切れないところあるんだよね。ホントのこと言うと…。

生徒B 何が?

生徒C だってさ、バイトだってガンバれば時給上がっていくわけじゃない。でも学校っていくらガンバっても支給額決まってて、学校休んだとか、罰金払ったか払わなかったかとかそういうとこだけでしょ、差がつくのって。それってちょっとさ…。

生徒A 何が言いたいのよ、ユウコ。

生徒C だからさぁ、授業に全部出て、宿題やって、違反なしの人って結構いっぱいいるわけよ。そのいっぱいいる人の中にも、ただおとなしくしてるだけの人もいれば、本当にガンバって実力つけてる人もいるってこと。

生徒A ユウコ、自分がガンバってるってこと、自慢してんの。

生徒C そういうんじゃないけどさぁ…。

中央暗くなり、演壇明るくなる。

研究員 さて皆さん。いよいよ改革案の最終形をお見せするときがやってきました。罰金制の導入によって校内風紀や生活態度の面では確実に向上するわけですが、罰金制はしょせんマイナスの計算式なのです。だからさきほどのシミュレーションでもご覧頂いたとおり「おとなしくしていればよい」という発想を生み、「真のやる気」アップにはつながらないのです。そこで、…これです。

舞台奥にスライド。

「時給別クラス編成と報奨金制度」の文字。

研究員 時給別クラス編成とは、時給七五〇円を基準とし、成績優秀者を一〇〇〇円クラスに、成績の低い者を五〇〇円クラスに振り分けるというものです。報奨金制度とは、部活やテストの成績優秀者、ポスター、作文コンクール等の入賞者に対し一時金を支給するというもので、罰金制を強化してその財源とします。この二つのプラスに作用するシステムの導入により、我々の「時給制授業」は完成するのです。

演壇暗くなる。

中央明るく。

生徒Aと生徒Bが座っている。

生徒A リョウコ七五〇円クラスなんでしょ。いいよなぁ〜。私なんか予想どおり五〇〇円クラスだもん。

生徒B 大して変わんないよ。私だって部活が忙しいから、いつ成績落ちるかわかんないし。

生徒A でも部活で県大会まで行ったらまとまったお金もらえるんでしょ。

生徒B うん、行けたらだけどね。それはちょっと楽しみ。

生徒A いいなぁ〜。私なんか、勉強も部活もパッとしないもんなぁ…。

下手より生徒Cやってくる。

生徒C オハヨ。

生徒B オハヨ。(生徒Cを見て)アッ、かわいいネックレス。

生徒C エヘへ。

生徒A やっぱ違うな。一〇〇〇円クラスの人は。

生徒C (生徒Aをにらんで)イヤな言い方するじゃない。

生徒B カヨは褒めてるんだよ。

生徒C そんな風には聞こえなかったけど。

生徒A (よそみをしながら)そんな風に言ってないし。

生徒C あんた、ケンカ売ってんの!

生徒A (生徒Cを見て)そうよ。いくらで買う? お金持ちの一〇〇〇円クラスさん。

生徒C もう頭にきた!

生徒C、生徒Aにつかみかかる。

生徒B、二人の間に割って入って。

生徒B やめなよ、二人とも。ケンカは罰金二万円だよ!

生徒C、つかみかかった手をはなし。

生徒C …二万円。てことは、私の時給が一〇〇〇円だから、二〇時間分じゃんか…。

生徒A 私なんか四〇時間分だよ…。

生徒C どうする?

生徒A 私やめとく。もったいないもん。

生徒C 私も。

生徒B そうだよ。ケンカなんか誰の得にもならないんだからさ。やめよ、やめよ。

中央暗くなる。

演壇に明かり。

研究員 いかがでしたでしょうか。時給別クラス編成にすることによって、一種の身分差別が生じているのがおわかりかと思います。しかし、社会制度と教育制度を一体化するという私どものシステムの大原則に則った場合、これは当然といえば当然の成り行きなのです。一時的には違和感を覚える生徒も出てくるでしょうが、いずれお互いの能力や個性の違いを尊重できるようになるのではないでしょうか。…半年後をご覧下さい。

演壇暗くなる。

中央明るく。

生徒Bと生徒Cが座っている。

生徒C オハヨ。よかったじゃん、部活。

生徒B うん、アリガト。

生徒C 何か買った?

生徒B ううん、まだ。ユウコもすごいじゃん、実力テストで三位に入ったんでしょ。

生徒C うん。

生徒B 三位以内だと報奨金あるんだよね。

生徒C うん。

生徒B 何か買った?

生徒C ううん、まだ。

下手より生徒Aがやってくる。

生徒B オハヨ。

生徒A オハヨ。

生徒C (生徒Aに)どう、最近。

生徒A どうって?

生徒C 聞いたよ。放課後有料ボランティアに参加してんでしょ。

生徒A 知ってたんだ。

生徒B へぇ〜、有料ボランティアか。…どうなの、それって。

生徒A どうって、ホームで雑用してるだけだよ。…でも、体動かしてるのキライじゃないし、有料ボランティアは総支給額に合算してカウントしてもらえるからさぁ、そういうところで稼がないとね。

生徒B ガンバってんだ。

生徒A まぁね。年間支給額、もうちょっとで一〇〇万いくから…。

生徒B アッそう。そしたら、推薦もらえるじゃん。

生徒A そうなんだ。就職するにしても、やっぱ大台はクリアしとかないとマズイし。

生徒B そりゃそうだよね。会社だって、どれくらい稼げる人かっていうとこ見てるもんね。

生徒A そういうこと。

生徒C アッ、そういえばさぁ、うちのクラス、この前アンケートあったんだけど。

生徒B アア、うちもあったよ。

生徒A あった、あった。ちゃんと答えたら三〇〇〇円だって言うから、マジでやったよ。

生徒B あれで三〇〇〇円はおいしいよね。

生徒C うん、おいしい、おいしい。

中央暗くなる。

演壇に明かり。

研究員 これでシミュレーションはすべて終わりです。いかがでしたでしょうか。我々のこのシステムを採用すれば、教育の現場から「ダリィ〜ネミィ〜カエリテェ〜」を払拭できることがご理解頂けたかと思います。…それから、シミュレーションの最後に出てきたアンケートですが、(用紙を手に取り)これがそうです。学校生活全般ならびに将来展望、我々のシステムに対する評価等につき、繰り返し行ったシミュレーションの中の登場人物たち合計一〇〇〇名に対してアンケートを行いました。回答率は一〇〇パーセントで、学校生活、システムに対する評価はいずれも高得点となっております。また将来展望に関しましても、社会に対する信頼感と申しましょうか、参加意欲が非常に高くなっております。これは、教育制度と社会制度の間の矛盾をなくしたことで、異なる価値観の狭間で戸惑うことがなくなったからだと推測でき、我々の当初の目的が十分達成されていることの証左であると考えられます。

間。

研究員 エー、なお、付言致しますと、アンケートの末尾に設けた特記事項の中に、「あなたが尊敬する人物は?」という項目がありまして、これについては、大変興味深い集計結果が得られております。一位から三位まで記入できるのですが、一〇〇〇名中、一〇〇〇名、つまり全員がまったく同じ回答でした。驚くべきことに順位まで同じです。…エー、参考までにご紹介致しますと、第一位、福沢諭吉、第二位、樋口一葉、第三位、野口英世。このようになりました。…この点につきましては、個性を伸ばすという教育的観点からしても、もう少し回答がバラけることが望ましいと考えられます。したがいまして、次回アンケートの際、この三名の名前を書いた者については、即罰金ということで対応する予定です。

短い間。研究員、演壇の書類をかたづけ。

研究員 エー、以上をもちまして、日本教育科学総合研究所による教育改革最終試案の発表を終わります。我々は今回の試案を元に、学校教育のよりよい発展のため、今後とも鋭意研究を重ねていく所存です。本日ご来場の皆様におかれましては、引き続きご助言、ご協力のほどお願い申し上げます。ご静聴ありがとうございました。

研究員、礼。

拍手の音。

暗くなって。(幕)

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