少人数向け演劇台本を無料提供。

鎖をひきちぎれ(3人用)

●3人 ●40〜50分程度

●あらすじ

動物霊園の一角。鎖につながれたまま自分の墓から離れられないポチとピーコ。ポチは半ばあきらめ、ピーコは自由に飛べないことにいらだっている。そこへ新入りのカメが現れ、やがて3匹は…。

●キャスト

ポチ
ピーコ
カメ

●台本(全文)

上手と下手に二つの墓。

上手の墓には「ポチの墓」、下手の墓には「ピーコの墓」と書いてある。

ポチの墓の前にはポチ。

墓に腰掛けて、新聞を読んでいる。

足には鎖。自分の墓とつながっているが特に気にしている様子もない。

ポチ  (新聞を読みながら)「吉野家の牛丼復活。一年七カ月ぶり」…か。BSE問題も長引いてたけどまずは一安心ってとこだな…。(ちょっと懐かしむような感じになって)…それにしても牛丼ってのはいいよねぇ…。ご飯の上にギュウがドーンと…。いいなぁ〜。(客席に向かって)そりゃぁなんてったって、ギュウが一番ですよギュウが。いい牛肉は、脂身がトロリと甘くて、噛んだときに肉汁がジワッと…あの口に広がる感じが格別なんだよなぁ〜。 ア〜食べたいなぁ、もう一回。…うちではね、三日に一回はギュウが出たんですよ。しかも松阪牛。すごいでしょ。ボク専用の冷凍庫があって、そこにストックしてあったんです。…想像してみて下さいよ。冷凍庫一杯の松阪牛。それが全部ボクのために用意されてたんだもの…。でね、ご主人様が、その冷凍庫の扉をガシャって開けると、いよいよだぞって、わかるわけですよ。…なんてったってボクたち犬は耳がいいから。で、そのうち、ガシャって音聞いただけでヨダレが出るようになったもんです…ハッハッハッ。
(ふと気づいたように)アッ、これって何とかの犬って言うんだよなたしか…。何だっけ、ベルの音がどうのこうのっていうやつ。…エエッと、アアそうだ。パブロフだパブロフ。パブロフの犬! ベルを鳴らしてから食べ物を与えてると、そのうちベルの音聞いただけでヨダレが出ちゃうってやつ。それでパブロフさんは条件反射ってのがあるってことを証明したわけですよね。(間)でもね、ボクに言わせれば、その実験で証明されたのは、犬ってもんの賢さだと思うんです。(客席に)皆さんもそう思いません? 犬は知的生命体であり、高度な想像力が確かにあるってことの証明だと、ボクは思うけどなぁ〜。
(だんだんと説教クサくなりつつ)そもそもですよ、パブロフって誰なんですか、パブロフって? 皆さん知ってます? …ロシア人かなぁ…。それにしても失礼ですよね、パブロフの犬だなんて。その犬にだって名前あったと思うんですよ、絶対。なのにそれが残ってないっていうか、伝わってないっていうか、歴史に埋もれちゃってるでしょ。それって納得できないなぁ〜。犬が知的生命体であることを証明したのはその犬でしょ? その犬の名前が残ってないなんておかしいですよ。きっとハチとかジロとかそういう…。…ああそうか、ロシアだから…ロシア風に…ハチネンコとかジロフスキーみたいな名前。あったはずですよ。だからさぁ、パブロフのハチネンコとかって風に言ってもらいたいんですよ。…イヤ。もっと言えばパブロフとハチネンコでもいいかもしれない。共同研究者だもの。…イヤ待てよ。だったら逆でもいいかもしれないな。ハチネンコとパブロフ! ん?待てよ。だったらいっそ思い切ってハチネンコのパブロフ! (間)…これはちょっとやりすぎか…。まっ、とにかく「パブロフの犬」なんてのは論外ですよ。(間)アアそれともう一つ! 百歩譲って条件反射を証明した実験だったとしても、納得いかないことがあるんです。だってひどいと思いません? パブロフってやつ。ベル、肉。ベル、肉。ベル、肉。ベル、肉。ときてですよ。そのあとベル、ヨダレ。ベル、ヨダレ。ベル、ヨダレ。ベル、ヨダレ。ヒャッヒャッヒャッヒャァ〜、こりゃおもしろい、大成功じゃぁ〜…だなんて! 実験としてひどすぎますよ。一種の虐待じゃありませんか!
(少し冷静になり)それにひきかえ、ボクのご主人様ときたら、三日に一度は必ず松阪牛。一度だってウソをついたことなんかありませんでしたよ。…エエ、そういう意味じゃ、最高のご主人様でした。もちろん、ボクもそういうレベルの高い飼い主に見合うだけの犬であったわけですけどね…。

下手。ピーコの墓の後ろからピーコ登場。

足には鎖。自分の墓とつながっている。

ピーコ、鎖を引きずりながら。

ピーコ あら、ポチ。ゴキゲンじゃない。墓石の角で頭でも打った?

ポチ  ああ、ピーコさん、おはようございます。今日もいい天気ですね。

ピーコ オハヨ。今日も朝から鼻につくほどお行儀がいいことで…。

ポチ  あのねぇ、ピーコさん。ボク前々から思ってたんですけど、ボクたちお隣さんなわけじゃないですか。…その、何て言うか…もう少し、心を開いてもらえるとありがたいんですけどねぇ…。

ピーコ 心を? 開く? あんたバカじゃない? この状況でどうやって心を開けばいいわけ? 私たちは死んだのよ!

ポチ  …ええ、それは十分承知してますよ。

ピーコ じゃあ聞くけど、死んでんのに、何で(鎖でつながれた足を指さし)鎖につながれてんのよ!

ポチ  アア…それは…。

ピーコ 何よ。

ポチ  たぶんお墓があるからじゃないですか…。

ピーコ 墓があるから?

ポチ  ええ、つまりボクたちは人間に飼われてたわけじゃないですか。

ピーコ そうよ。

ポチ  人間っていうのは、死んだものを弔うんですよ。

ピーコ トムラウ?

ポチ  何て言うか…生前の思い出をタイムカプセルみたいに閉じこめて、またいつでも会えるよ、みたいな。

ピーコ だから何だって言うのよ。

ポチ  だからつまり、ここに来れば死んだペット、つまりボクたちにいつでも会えるようにってことでお墓をつくったわけなんです。だからつまり(墓をたたいて)これがある限り、ボクらはここから離れちゃいけないわけで、だからつまり(鎖を指さし)こんな風なことになっちゃってるわけなんじゃないんですかね。

ピーコ そんなの人間の勝手じゃない!

ポチ  …勝手って言えば勝手だけど…。それだけ大切にされてたってことでもあるわけで…。

ピーコ 大切? 笑わせないでよ。私がいつ大切にしてくれって頼んだ? 頼んでないでしょ。せまいカゴに閉じこめるってことが、大切にするってことなの? そんなの大切にしたってことにならないわよ!

ポチ  まさしくカゴの鳥だったわけですか…。

ピーコ そうよ!

ポチ  でも、エサも水も十分与えられてたわけですよね?

ピーコ そりゃぁまぁ、そうだけど…。

ポチ  夜は?

ピーコ 夜?

ポチ  家の中に入れてもらって、暑くもなし、寒くもなし。だったんでしょ。

ピーコ でもカゴごとよ!

ポチ  カゴごとでも、いいじゃないですか、安全なんだから。ピーコさんは知らないと思うけど、大変なんですよ、野生で生きるってのは。まず自分のねぐらは自分で用意しなくっちゃならない。鳥なら巣ですよ、巣。でも、巣の中にいたって安全じゃない。(ピーコをジロリと見て)夜はヘビが来ますからね。だからグッスリ眠ったりはできないわけで、ちょっとした音にもビクリと目がさめちゃう。明るくなって、やっと朝になったかと思う間もなく、今度はエサ探しだ。でもそれだって気が気じゃない。猫がいつどこから飛び出してくるかわからないもの。キョロキョロビクビクしながら、やっとエサをついばんだかと思ったら、ほ〜ら、油断した。上ですよ上。カラスがあなた目がけて急降下してくる! …要するに、危険が一杯。毎日神経すり減らしながら生活しなくちゃなんないんですよ。

ピーコ 知ったような口聞かないでよ! あんただって飼われたくせに。

ポチ  ええ、そうですよ。ボクは飼い犬です。でもね、犬っていうのは、毎日散歩に連れていってもらえるんですよ。だからごく自然に顔見知りもできて、いろいろ情報交換できるわけで…。

ピーコ だったら私の気持ちなんかわかるわけないわ! ヘビがなによ、猫がなによ、カラスがどうしたっていうのよ! それでも飛べるだけいいじゃない! いい、私は鳥よ。飛べない鳥なんて鳥じゃない!

ポチ  落ち着いて下さいよ、ピーコさん。現実を受け入れて、少しは心を開いてくれませんか…。

ピーコ 私が開きたいのは心じゃない。羽よ羽! 思いっきり羽を広げてあの青空の中を飛びたいのよ! もしそれが出来たら、心だってなんだって開いてやるわよ!

ポチ  (小声で)いやはや、これは重症だ…。(ピーコに)まぁそう興奮しないで…。いくら騒いだって生きてるものには聞こえやしないんだから。…つまり、ピーコさんがおっしゃりたいのはこういうことでしょ。生きてた頃もカゴの鳥だったのに、何で死んでからも鎖につながれてなきゃなんないのかって…。

ピーコ …そうよ。

ポチ  で、悪いのはカゴに閉じこめ、墓にしばりつけた人間だと。

ピーコ そうよ。

ポチ  …しかし、まぁ、物は考えようっていうか、ボクらはそういう運命だった…とは、考えられませんか?

ピーコ 運命?

ポチ  運命っていうのが仰々しいなら、ズバリそういう種類だったって言ってもいい…。

ピーコ 種類…。

ポチ  つまり、あなたはルチノータイプのセキセイインコ。ボクはエアデール・テリア。ともに愛玩動物でしょ。

ピーコ アイガンドーブツ?

ポチ  ええ、人間がペット用に品種改良した動物ってことです。だから、人間に飼われ、エサをもらい、人間の気に入るようなスタイルで生きる。それは至極当然なことなんです。…そう思いませんか?

ピーコ 死んでからも?

ポチ  …それは、…仕方ないでしょ。

ピーコ そうかしら? あなただって本当は自由になりたい、思いっきり走り回りたいって思ってるんじゃない。緑の草原とか、木漏れ日の林の中とかを。どう? せめて死んだあとくらいはさぁ。

ポチ  そっ、そんな…。そんなことはありませんよ。ボクたち犬はね、あなたたちと違って義理人情に厚いんです。(遠くを見て)ご主人様は毎日散歩に連れて行ってくれました。雨の日も、風の日も。月に一度はトリミングにも連れて行ってもらって、そりゃぁ綺麗にしてもらったもんです。病気したときなんか、夜中なのに、車で病院まで…。…つまり、ボクは家族の一員としての扱いを受けてたんです。その恩を忘れるなんて…。しかも三日に一度は松坂牛…。

ピーコ それで、ガシャっていう音を聞いただけでヨダレがとまらなくなった。…パブロフの犬と一緒じゃない。

ポチ  ピーコさん、あなたボクの独り言を盗み聞きしてたんですか! あんまりイイ趣味とは言えませんね!

ピーコ あんな大きな声で独り言言えば、聞きたくなくても聞こえちゃうわよ。

ポチ  それにしても失礼ですよ。パブロフの犬だなんて! ボクにはポチっていうれっきとした名前があるんですからね。

ピーコ …ポチねぇ…。あなたたしかエア…なんだっけ?

ポチ  エアデール・テリア。

ピーコ そうそう、それそれ。要するにテリアの一種でしょ?

ポチ  ええ。

ピーコ 洋犬にポチってダサくない?

ポチ  エッ! …そ、それは…。

ピーコ ズボシね。ダサいと思ってんでしょ。ポチって名前。

ポチ  イッ、イヤ。でもこれはご主人様が…。

ピーコ ポチってつけたんだ。ダサダサじゃない、あんたの飼い主。

ポチ  ご主人様の悪口はやめて下さい!

ピーコ だってダサいもんはダサいでしょ。墓石にまでしっかり名前刻まれちゃってさ。バカみたい。

ポチ  なっ、なら、あなたはどうなんですか。ピーコってのもかなりありきたりな名前だと思いますがね。

ピーコ ええ、そうよ。問題外よ、ピーコなんて。どーせなら「おすぎ」のほうがよかったくらい!

ピーコ、自分の墓にツバ。

ポチ  悲しすぎますよ、ピーコさん。あなた、これから先もずっとそんな風に飼い主を恨んで生き続け…、あっ、イヤ、死に続けるんですか!

ピーコ 私の勝手でしょ! とにかく私は飛びたいの! (足で鎖を引っぱるがとれない)クソいまいましい! (さらに鎖を引っぱり続けながら)何でよ…何で私を自由にしてくれないの!

ピーコ、泣き崩れる。

ポチ、その様子を見て、うなだれ。

ポチ  スミマセン。言い過ぎました…。

ポチ、置いてあった新聞を静かに拾い上げ、墓石に腰をおろし読みはじめる。

ポチ、独り言のように。

ポチ  「吉野家の牛丼復活。一年七カ月ぶり」…か。(ため息)アア…もうこの新聞の記事、全部暗記しちゃったよ…。新しい新聞が読みたいな…。

ポチ、新聞を閉じ、遠くを見る。

ハッとして。

ポチ  アッ誰か来る!

ピーコ (顔を上げ)エッ?

ポチ  隠れましょう。

ポチ、ピーコ、墓の後ろに隠れる。

暗転。

お経が流れる。

やがてお経の音消え、明るくなる。

中央に新しい墓。「カメの墓」と彫ってある。

ポチとピーコ、自分の墓の後ろから出てきて、中央の「カメの墓」をしげしげと眺め。

ポチ  どうやら新人さんのようですね。

ピーコ カメだって。

ポチ  ということは、ズバリ、カメですか。わかりやすい名前ですね。

ピーコ ある意味斬新ね…。どんなやつなのかしら。

ポチ  呼んでみますか?

ピーコ ええ。

ポチ  せーの。

二人で カメさ〜ん。カメさ〜ん。

中央、カメの墓にスポット。ピンクレディーの曲「カメレオンアーミー」流れる。

激しく踊りながら、墓の後ろから迷彩服姿のカメ登場。

カメ  オ〜ス!

ポチとピーコ、顔を見合わせ。

ポチ  あなた、カメさん?

カメ  そうだけど。

ピーコ カメにしては身が軽いわね。

カメ  カメは名前だよ名前。俺カメレオンなんでヨロシク。

カメ、ポチに手を差し出す。

ポチ、握手をしながら、

ポチ  アッ、いえ、こちらこそよろしく。

カメ  で、あんたは?

ポチ  これは失礼。ボクはポチ。

カメ  (キョロキョロして)で、ここどこ?

ピーコ 墓地よ。

カメ  フーン。(ポチを見て)墓地のポチか。覚えやすいな…。

ポチ、ちょっと顔を曇らせる。ピーコ、ちょっと笑う。

カメ  (今度はピーコに向かって)オバサンは?

ピーコ オッ、オバサン…。

ピーコ、顔を曇らせる。ポチちょっと笑いつつ。

ポチ  ピーコさんです。セキセイインコの。

カメ  フ〜ン…。で?

ポチ  でって?

カメ  何で俺、ここにいんのかなぁ〜って思って。

ポチ  それは、つまり…。

ピーコ 死んだからよ。

カメ  ハァ? 死んだ? 俺、死んだわけ?

ポチ  ええ、たぶん。

ピーコ 後ろ見てごらんなさいよ。

カメ、後ろを振り向き、じっと自分の墓を見て。

カメ  「カメのくれ」って何だよ?

ピーコ あんた、結構なバカね。

ポチ  ハカですよハカ。お墓。

カメ  (墓石を見ながら)ああハカって読むのか、「カメの墓」ね。なるほどぉ〜。

ポチ  何か心あたりあるでしょ。病気になったとか。

カメ  病気? したことないなぁ〜。

ピーコ 何か変なもの食べたとか。

カメ  俺、コオロギしか食べないもん。

ピーコ ゲッ、コオロギ…(小声でポチに)十分変じゃない…。

ポチ  (小声でピーコに)ダメですよ、そんなこと言っちゃ…。(カメに)じゃあ、そのコオロギが腐ってたとか…。

カメ  んなわけねぇじゃん。俺は生きてるのしか捕まえねぇよ。シャ〜!

カメ、口から舌を伸ばす。(ゼスチャーで)

ゼスチャーに合わせて客席から空き缶を投げてもらい、それを受け取ってポーズ。

ポチとピーコ声をそろえて。

ポ・ピ オオオッ! 舌が伸びて、離れたところにあった空き缶をスルスルと!

カメ、空き缶を手に。

カメ  ヘッヘッヘッ。こうやってコオロギをさ、パクッとひと飲みにするわけよ。

ポチ  ということはですよ。カメさんの場合、コオロギが入ったお皿で、エサをもらってたわけですか?

カメ  皿? そんなもんねぇよ。

ピーコ じゃあ何、お箸か何かでつまんで、ア〜ンとかしてくれるわけ? 飼い主が。

カメ  カイヌシ? 何だそれ。

ポチ  飼われてたんじゃないんですか、あなた。

カメ  飼われてた? いや別に…。

ピーコ カゴとかオリとかなかったの?

ポチ  首輪とかヒモとか…。

カメ  ないね、そんなもの。

ピーコ じゃあ、自由気ままに生活してたってこと?

カメ  まぁね。

ポチ  好きなときに、好きな所へ行けたんですか!

カメ  ふつうそうだろうよ。…エッ? 何? おたくら違ったの?

ポチ  ボクは犬小屋、あの方は鳥カゴの中。です。

カメ  へぇ〜、不便だね、そういうの。

ピーコ でも、おかしいわよ。飼われてたんじゃなけりゃ、こんなとこに来るわけないじゃない。何かあったはずよ。鉄条網とか落とし穴とか。

カメ  イヤァ〜特になかったけどなぁ〜そういうのは。(しばらく考えて)アア、そういえばときどきトーメイなカベがあって、よく頭とかぶつけたりはしたけど…。

ポチ  透明なカベ…。ひょっとしてそのカベがぐるっとあなたを取り囲んでませんでしたか?

カメ  さぁ〜、どうかなかぁ〜。ぶつかったら反対のほうに行けばよかったからね…。

ポチ  反対のほうに行くと、またカベがあったでしょ。

カメ  オッ、よく知ってるね。そうなんだよ。まっすぐ歩いてると必ずゴツンと…。

ピーコ こいつかなりノーテンキ…。

ポチ  カメさん。今お聞きした感じだと、どうやらあなた、水槽の中で飼われてたような気がするんですが…。

カメ  スイソウ? そうなの?

ポチ  上はどうなってました? 空とか見えました?

カメ  上はもちろん空だったよ。青くてさぁ、アミアミで。一カ所透き通ったところがあるんだけど、ときどきそこがパカッと開いて、…そこからなんだよ。コオロギがバラバラ降ってくるのは。すごいだろ。コオロギが雨みたいにさ…。

ピーコ 完全に飼育されとる…。

カメ  そうなの?

ポチ  ええ、間違いありません。カメさん、あなた、飼育されてたんですよ。人間に。

カメ  そんなはずないんだけどなぁ…。

ピーコ 自分の足を見てごらんなさいよ。

カメ、ここで初めて自分の足に鎖がついていることに気づき。

カメ  ア〜何だよコレ!

カメ、鎖を取ろうとするが、取れない。

カメ  エ〜ッ、これヤダよ。取ってくれよ!

ポチ  それは無理なんですよ…。

カメ  何で?

ポチ  人間に愛された者の宿命なんです。

カメ  知らねぇよ、そんなこと。うっとうしいじゃんかよ! 何とかなんねぇの!

ポチ  ええ何とも…。(ポツリと)この墓を壊せば別でしょうが…。

カメ  アッそうなの。壊せばいいの。なら壊すよ、オレ。

カメ、自分の墓を壊そうとするが、ビクともしない。

カメ  …ハァハァハァ…。重いねこれ。(ポチとピーコに)あんたら見てねぇで、手伝ってよ。

ポチとピーコ、カメの墓にゆっくりと近づくが、鎖に引っぱられ届かない。

ポチ  残念ですが、このとおり。

ピーコ 無理なのよ。

カメ  エ〜、ヤベェじゃん! ずっとこのままかよ! あんたらずっとこうしてんの? それで平気なわけ?

ピーコ 私は気が変になりそうよ。(ポチを見て)あの人は平気らしいけど。

ポチ  平気だなんて…。ただボクは見苦しいことはしたくないんですよ。無理なものは無理。諦めるしかないじゃありませんか。

ポチ、新聞を読み始める。

カメ  (ポチに)何だよ何だよ。そっけないじゃんかよ。(ピーコに)じゃあオバサン、二人で何とかしようぜ。

ピーコ オバサンはやめて! 私、一応、若くして死んだ薄幸の美女なのよ。

カメ  アッそう。若いんだ。へぇ〜…。(しげしげとピーコを見て)じゃあさぁ…何で死んだわけ?

ピーコ いいでしょ。そんなこと!

カメ  あっ、わかった。チョーかっこわるい死に方したんだ。なっ、そうだろ?

ピーコ 違うわよ。

カメ  どう違うんだよ。

ピーコ イヤになったのよ。

カメ  イヤになった?

ピーコ 生きてるのが。

カメ  ハァ? わけわかんねぇ…。

ピーコにスポット。

ピーコ …カゴの外は広くてね。うらやましかったなぁ…。青い空と白い雲がどこまでも続いてて、スズメやツバメが自由に飛び回ってた。みんな自分の力で羽ばたいて……まぶしく見えた。(間)…ときどき、ものすごく高いところをトンビが飛んでてね。…それがさぁ、羽広げたまんまなんだ。トンビって羽広げてるだけで、ドンドン空の高いところへ行けちゃうんだよ。すごいよね。(上を見上げる)…あそこまでいけたら…。ううん、あそこまではいけなくてもいい、でもせめて木から木へ飛びうつりたかった。屋根の上で思いっきり唄ってみたかった。自分の声が届くあたりまで、まっすぐに飛んでみたかった! (間)でもそんなこと無理だって知ってた。…自分は一生カゴの鳥だってわかってた。…だからよ。だから死んでやったの! 三日よ三日。三日間何もせず目を閉じてた。そしたらどうやら死ねたみたい。…目を閉じてじっとしてるとね、不思議に気持ちが落ち着いたわ。何も考えなくてよくなって、ふーっと気持ちが軽くなっていくのが心地よかった。だからひどくノドが乾いたけど我慢できた。…で、四日目の朝、まぶたに朝日が当たってぼうっと目の中が明るくなったそのとき、止まり木をつかんでた足がふっとはずれてね、私はコロリと落ちていったのよ…。

明るくなる。

ポチ、いつのまにか新聞から目をはなしてピーコの話しに聞き入っている。

ポチ  …お気の毒に…。

ピーコ アラ。同情?

ポチ  いや、そんなんじゃ…。

ピーコ (ポチに)ねぇ、そういえばあなたどうして死んだの? あなただって、見たところ、天寿を全うしたってわけじゃなさそうじゃない。

ポチ  ボクのことはいいじゃないですか…。

カメ  よくねぇよ。

ピーコ そうよ、聞かせてよ。この状況を受け入れられるような死に方したんでしょ、あなたは。それを聞かせて!

ポチ  そんなんじゃありませんよ、そんなんじゃ…。

カメ  もったいぶってねぇで、教えろよ!

ポチ  いいでしょ、そんなことはどうでも!

ポチ、興奮して持っていた新聞を破り捨てる。

ポチ  あっ! …。

ポチ、うなだれる。破り捨てた新聞を拾い、自分の墓石に置き、背中を向けたまま。

ポチ  …逃げ出したんですよ。ボクは…。

ピーコ 逃げた? あなたが?

ポチ  ええ、そうです…。

ポチにスポット。

ポチ  …あの日、いつものように朝の散歩に出て…。(間)最初から気づいてました。首輪がゆるんでいることには…。(向き直り)そして公園に…。その日はとてもいいお天気でね。池の水がキラキラ光ってましたよ。カモでしょうか、カイツブリでしょうか、水鳥たちが気持ちよさそうに泳いでいて…。そのとき、ふっと思ったんです。首輪から頭を抜いて駆けだしていきたい、あの池にザブンと飛び込んだら、そしたら水鳥たちはどんなに驚くだろうか、って。…ボクはご主人様の顔をチラッと見ました。ご主人様もボクの顔をチラッと見ました。少し笑って。(間)どうしてだろう。ボクはその時はじめてご主人様のことが嫌いになったんです。なぜだかわからない…今でも。「やれるもんならやってみろ」彼の目がそんな風に言っているような気がしたんです。首輪はもうグスグスで少し後ずさりすれば抜けるのは確実でした。(間)ボクは少し立ち止まり、もう一度彼を見ました。…彼もボクを見ました。そしてヒモをグィっと…。そのとき彼の心の声が聞こえたような気がしました。「お前はそんなことをしない。お前にはそんなことはできっこない」彼のそんな声が…。…胸の奥から言いようのない気持ちが突き上げてくるのがわかりました。ボクはブルッと体を揺すり、無我夢中で首輪から頭を引き抜きました。彼とボクをつないていたものが、あっけないほど簡単にはずれて、なんだか不思議な気がしたのを覚えています。ボクは体をひるがえし、池に向かって駆け出しました。土手を下り、遊歩道を突っ切って…。

ポチ、沈黙。明るくなる。

ピーコ どうしたの。

ポチ  そこでおしまいです。エンジン音と体に響く鈍い音がして、ボクは死んだんです。…バチが当たったんだ。最低ですよ、ボクは犬として…。最後の最後に飼い主を裏切った…。

カメ  間がさしたんだよ。誰にだってあることじゃんか。気にすんなよ。

ピーコ そうよ。誰だって自由になりたいんだもん。わかるよその気持ち。いい子にしてたって疲れるだけだし。

ポチ  そうでしょうか…。

カメ  そうだよ。元気出せよ!

ピーコ (わざと話題を変えるような感じで)あっ、そういえば、カメ。あんたは何で死んだのよ。

カメ  さぁ…。

ピーコ さぁって、死んだときのこと覚えてないの?

カメ  う〜ん、覚えているような、覚えてないような…。

カメにスポット。

カメ  …ああ、そう言えば、あの時、妙にすばしっこいコオロギがいて…。シャ〜!

カメ、舌を出すジェスチャー。

カメ  チッ! しくじったか。あの野郎、絶対食ってやる。…よーし、いい子だ。じっとしてろよ…。よしよし。シャ〜!

舌を出すジェスチャー。

カメ  クソッ! 何て野郎だ! (ゆっくりと歩きながら)いいぞ、追いつめた。遊びはここまでだぜ、フッフッフッ。くらえぇ〜! シャ〜!

舌を出すジェスチャー。

客席から石(模型)飛んでくる。

カメ  しっ、しまったぁ〜…。

石、カメを直撃。

カメ、後ろにひっくり返る。

明るくなる。

ピーコ 間違えて石を口に入れちゃったわけ?

カメ  たぶん。

ピーコ それで死んじゃったんだ。

カメ  かなぁ…。

ピーコ お気楽ね。

カメ  面目ねぇ…。でもよぉ〜、死んだのはしょうがないけど、マジ、この鎖なんとかなんねぇかな。

ポチ  (自分の鎖をジッと見つめて)これはサダメなんですよ…。

ポチ、頭をかかえて墓石に座る。

ピーコ ねぇポチ。あんたがそうやってグジグジするのは勝手だけどさぁ、こうやって墓まで作ってくれてるってことはさぁ、あんたの飼い主、別にあんたのことキライになったわけじゃないんじゃないの?

ポチ  …それはどうでしょう。人間ってのは、体裁を気にしますからね。散歩中の事故で死んだ飼い犬に、墓も作らないってんじゃ、世間的にマズイでしょ。だからじゃないですか。…逃げ出したボクのことなんか何とも思ってないと思いますよ。

ピーコ あんた、そんな風にいろいろかかえこんでて、ツラくない?

ポチ  いいんですよ。ボクなんか…。

ピーコ 一度、そのグダグダのしがらみ全部捨ててみたら?

ポチ  どうやって?

ピーコ たとえば、その足の鎖をひきちぎって。

ポチ  (小声で)…できれば、いいけど。

ピーコ …そうね、できればいいけど…。(しゃがみ込み、自分の足の鎖を手に取り)やっぱ堂々巡りか…。

カメ  (二人を見て)あのさぁ…。

ピーコ 何?

カメ  とりあえず何かしない?

ポチ  何かって?

カメ  (足の鎖を指さし)これしたままでも、できること考えようよ。

ポチ  ほぅ。たとえば?

カメ  う〜ん、そうだなぁ…。たとえばかくれんぼとか?

ピーコ はぁ?

カメ  かくれんぼだよかくれんぼ! (自慢げに)実はさぁ、オレ体の色変えられるんだぜ、ヘヘヘ。知ってた?

ピーコ (あきれて)あのさぁ、できること考えるっていうのはさぁ、鎖をはずすためにできることを考えるっていう意味じゃなかったの?

カメ  だって、それは急には無理じゃん。

ピーコ たとえ無理だとしてもよ、どうして急にかくれんぼになるわけ?

カメ  夢中で遊んでるとさぁ、結構イヤなこととか、忘れるじゃん。だからだよ。

ピーコ 却下よ、却下!

カメ  エ〜ッ。ノリ悪いじゃんかよぉ〜。このままじゃ、滅入っちゃうぜ、オレたち。

ピーコ …それはそうだけど。

カメ  ただのかくれんぼがイヤならさぁ、缶けりでもいいぜ。(空き缶を手に)ホラこれで。

ピーコ、手で大きくバツ印。

カメ  じゃあさぁ鬼ごっこしない? ポチが鬼ってことで。

ピーコ あんたホントにバカでしょ。鎖にしばられてんのにどうやって鬼ごっこするのよ。

カメ  (ピーコに近づき、小声で)シー。だからいいんじゃんか。絶対つかまらないから…。

ピーコ それっておもしろいかしら。

カメ  おもしろいよ。だってポチがさぁ、ずっと鬼なんだぜ。

ポチ  (ぶっきらぼうに)…それで気が晴れるんなら、いいですよ、やりますか、鬼ごっこ?

カメ  ほら、ポチもああ言ってる!

ピーコ あなたの空気の読み方が私にはわからないワ…。

ピーコ、あきれる。

カメ  なんだよ、なんだよ。とにかく何かしようぜ。(思いついたように)アッ、そうだ。これならいいじゃん。伝言ゲーム。オレが真ん中に入ってさぁ、二人に伝えるから。ねっ。

カメ、ピーコに近づき、笑顔で手招き。

ピーコ …面倒くさいなぁ、もう。

ピーコ、しぶしぶカメに近づく。

カメ  オッ、お姉さん。やる気だね。

ピーコ ったく…。

カメ  では、どーぞ。

ピーコ …。

カメ  (耳を向け)ほら、何か言えよ。ただし、小さな声でだぞ。いいな。

ピーコ、少し考えてから、耳打ち。

カメ  …おうおう、なるほど。よしよし。やればできるじゃん。

カメ、ポチのほうに走ってゆき、笑顔でポチに手招き。

ポチ、しぶしぶ近づく。

カメ、ポチに耳打ち。

カメ  いいか。よく聞け。ゴニョゴニョゴニョ……。

ポチ  ……。

カメ  さぁ〜て。では、答えをどーぞー。

ポチ  …私は諦めたくない。

カメ  せーかーい! じゃ、今度はポチ言えよ。ピーコに伝えるから。

ポチ、少し考えてから、耳打ち。

カメ  …おうおう、なるほど。

カメ、ピーコのほうに走ってゆき、ピーコに耳打ち。

カメ  いいか。よく聞け。ゴニョゴニョゴニョ……。

ピーコ ……。

カメ  では、答えをどーぞー。

ピーコ …ボクだってこのままじゃイヤだ。

カメ  せーかーい! じゃ、今度はピーコ言えよ。ポチに伝えるから。

ピーコ、カメに耳打ち。

カメ  …おうおう、なるほど。

カメ、ポチのほうに走ってゆき、ポチに耳打ち。

カメ  いいか。よく聞け。ゴニョゴニョゴニョ……。

ポチ  ……。

カメ  では、答えをどーぞー。

ポチ  …何もかもこわしてしまいたい。

カメ  せーかーい! じゃ、今度はポチね。

ポチ、カメに耳打ち。

カメ  …おうおう、なるほど。

カメ、ピーコのほうに走ってゆき、ピーコに耳打ち。

カメ  ゴニョゴニョゴニョ……。

ピーコ ……。

カメ  では、答えを…。

ピーコ、カメの言葉をさえぎるように。

ピーコ 鎖を…。

ポチ  ひきちぎれ。

カメ  あっ、ポチ、ダメじゃん。答えを言っちゃ。

ピーコ 鎖を…。

ポチ  ひきちぎれ。

カメ  ルール無視かよ!

ピーコ 鎖をひきちぎれ!

ポチ  鎖をひきちぎれ!

二人で 鎖をひきちぎれ!

カメ  ちょっとタイム! なんだよなんだよ。ダメだよこれじゃ。オレに言ってくれないとさぁ…おもしろくないじゃん。…ったく、ワケわかんねぇ…。(二人の思いつめた表情を見て)いいよ。わかったよ。そんなに力があまってんなら、綱引きしようぜ。

ポチ  …綱?

ピーコ …綱がないじゃない。

カメ  (客席を指さし)あるじゃん。あそこに。

ピーコ アッ、ホントだ。ひっかかってる。

ポチ  …でも、とどかないよ。

カメ  ヘッヘッヘッ。忘れたのかよ。オレがカメレオンだってことを?

ポチ  取れるのか。

カメ  まかせろ! シャ〜!

カメ、大きくそりかえってから、舌をのばすジェスチャー。

客席から、綱が飛んでくる。

カメ、それを受け取り。

カメ  どうよ! さ、綱引きしようぜ!

ピーコ ちょ、ちょっと待ってよ!

カメ  何だよ何だよ。またクレームかよ!

ピーコ 違うの! その綱を使ったら…。

ポチ  ああ、ひょっとしたら…。

カメ  ハァ?

ピーコ 貸して!

カメ  アッ、アア。

ピーコ、カメから綱を受け取り、自分の墓石に結ぶ。

ポチ  それをこっちへ!

カメ、綱の先をポチに。

ピーコ いい?

ポチ  オッケー!(カメに)さぁ、引っぱるぞ!

カメ  ヘッ? オオ…。

ポチ  せ〜のぉ〜!

かけ声にあわせて、ポチとカメ、綱を引っぱる。ピーコは反対側から自分の墓石を押す。

やがてゴゴゴという石がずれる音。

ピーコ 動いてる!

ポチ  よし、いける!

カメ  ヒ〜ッ、疲れるぅ〜。

ポチ  せ〜のぉ〜!

ピーコ せ〜のぉ〜!

カメ  へぇ〜ほぉ〜…。

ゴゴン。という音とともにピーコの墓石倒れる。

ピーコの鎖、はずれて。

ピーコ 見て!

ポチ  はずれた!

カメ  オ〜やったぜ!

ピーコ ポチ、今度はそっちに結んで!

ポチ  アア。

ポチ、綱を自分の墓に結ぶ。

ポチ  よし!

ピーコとカメ、綱を引っぱる。ポチ、反対側から自分の墓を押す。

ピーコ ひっぱるわよ! せ〜のぉ〜!

ポチ  せ〜のぉ〜!

カメ  へぇ〜ほぉ〜…。

ゴゴゴという石がずれる音。

ポチ  もうちょっと!

ゴゴン。という音とともにポチの墓石倒れる。

ポチの鎖、はずれて。

ポチ  やった!

ピーコ やったわ!

ポチとピーコ、しばらくの間、抱き合って喜ぶ。

カメ、それを見て。

カメ  …あのぅ、お取り込み中スミマセンが…。できればオレの墓も…。

ポチとピーコ、気づかない。

カメ  シャ〜!

カメ、舌を伸ばすジェスチャー。ポチとピーコ、抱き合ったままクルクルと回って、中央へ。ようやくカメに気づき。

ポチ  アッ、ゴメンゴメン。

ピーコ アア、そうか。(カメの墓を指さし)じゃ、これもついでに…。

カメ  ついでかよ!

ポチ  …まぁまぁ。じゃ、いきますよ!

三人、カメの墓の後ろにまわって押す。

ポチ  せぇ〜のぉ〜!

三人で そぉ〜れぇ〜!

ゴゴゴという音とともに、カメの墓、前に倒れる。

カメの鎖はずれ、三人、墓の後ろから出てくる。

カメ  スッとしたぜ!

ピーコ 自由よ!

ポチ  自由だ!

三人で バンザ〜イ!

暗転。

音楽流れる。

しばらくして明るくなる。

墓はいずれも壊れたまま。

中央の墓の前で、カメ、上を見上げてじっと立っている。

上手よりポチ。

新聞を読みながら登場。

ポチ  なるほどぉ〜。…やっぱり、新聞は新しくないとな…。

ポチ、カメに気づき。

ポチ  おやぁ〜? あなたあれからずっとここにいたんですか?

カメ  (上を見たまま)アア。

ポチ  せっかく自由になったっていうのに、一体どういうわけなんですか?

カメ  (上を見たまま)エサをとろうと思ってよ。

ポチ  …エサ? ひょっとしてコオロギを?

カメ  (上を見たまま)アア。

ポチ  無理じゃないですかねぇ…。

カメ  どうしてわかんだよ。

ポチ  まず、第一に、コオロギっていうのは、普通、空からは落ちてこないんですよ。

カメ  (目だけ動かしポチを見て)マジ?

ポチ  ええ。そして第二に、今はコオロギのいる季節じゃない。

カメ  季節? なんだそれ?

ポチ  四季ですよ。四季。春夏秋冬、日本にはそういうのがあってですね。要するに寒い時期と暑い時期があるわけです。で、今は、(新聞を見せて)ほら、三月なんですよ、三月。三月っていうとですね、季節で言えば春なんです。コオロギが出てくるには寒すぎますよ。

カメ  でも前は毎日暑いくらいだったけどなぁ…。

ポチ  たぶん、あなたの飼い主、温室作ってたんじゃないかな。

カメ  温室?

ポチ  一年中温かい部屋のことです。で、その中に水槽を置いて、あなたを飼ってたんだと思いますよ。…たぶん、エサのコオロギも同じ部屋で育ててたんじゃないかな。だから、一年中、コオロギが…その…空から落ちてきたんだと思いますが…。

カメ  ヘェ〜、そうなんだ。結構手間じゃんか。

ポチ  まぁ、そうですね。

カメ  でもよぉ〜、そしたらオレ、このままじゃエサ食えねぇじゃん。(思いついたように)あっ、そうだ。家に帰ってみようかな。

ポチ  (ニヤッとして)今は水槽でコオロギが飼われてたりして。

カメ  ありえねぇよ、それは!

ポチ  (からかうように)でも、あなたが死んで水槽はからっぽなわけでしょ。

カメ  まぁ、そうだろうな…。

ポチ  だったらどうかなぁ〜。コオロギはまだ生きてるんですよねぇ。今まではあなたのエサだと思って育ててたけど、よく見るとカワイイじゃん、みたいなことになって…。

カメ  情がうつるってことか…。(急にあせって)ありえるな、それは! じゃあオレ、ここにいても、家に帰っても結局コオロギにはありつけねぇってことかよ!

ポチ  (笑いつつ)大丈夫ですよ。

カメ  何で。

ポチ  もう死んでますから。お腹減らないでしょ?

カメ  アア。…ホントだ。ハラ減ってねぇや。…じゃいいか。

カメ、ポーズをといて、体をほぐしながら。

カメ  ア〜、ちくしょう。何かオレ、無駄なことしてたかも…。

ポチ  まぁいいじゃありませんか。時間はいくらでもあるんだし。

ポチ、新聞を広げる。

ピーコ、下手よりとぼとぼと。

ピーコ ……。

ポチ  ああ、お帰りなさい。どうでした? (空を指さし)気持ちよかったでしょ?

ピーコ エッ。エエ…。

カメ  何だよ、元気ねぇじゃん。飛べなかったのかよ?

ピーコ …飛べたわよ。飛んで飛んで、すごく飛んで…。

ポチ  どうかしましたか…?

ピーコ 気がついたら家の前にいた…。

ポチ  帰ったんですか。飼われてた家に。

ピーコ (しょんぼりと)…そしたらね。縁側の端のいつもの場所にかけてあったんだ。鳥カゴ。私がいたときのまんまで…。…かあさん、洗濯物干してて…。私、ハッとして木の陰に思わずかくれちゃった。…見えるはずないのにね…。でさぁ、木の陰からそっと見たんだかあさんのこと。そしたらね、かあさん、ときどき空っぽの鳥カゴのぞいてね、すごく悲しそうな顔してた。干しながら何度も…。ため息ついたりして。(間)それ見ててね、私、わかったんだ。かあさん、私の声、もっともっと聞いていたかったんだなって。私が鳴くと、うれしそうに顔近づけてきたりしてたから…。だから私、鳴いてみた。木の陰から。でも聞こえなかったみたい…。当たり前だよね。私、死んでんだもん。(間)…私、なんか悪いことしたのかなって…。

ピーコ、うなだれる。

ポチ、励ますように。

ポチ  …よかったじゃないですか。愛されてたって証拠ですよ。

ピーコ だから悲しいんじゃない!

ポチ  わかります。…わかるような気がします、その気持ち。(間)でも、まぁとにかくよかったじゃありま…

ポチ、突然、新聞を持ったまま、わなわなと震える。

ピーコ どうしたの?

カメ  具合でも悪いのかよ?

ポチ、ゆっくりと新聞を読み始める。

ポチ  …「公園内での暴走行為に歯止め。このほど○○市の定例議会において、公園整備条例の一部が改正され、公園敷地内への単車の乗り入れに対し、過料を含む罰則が適用されることとなった。これは市民グループ「公園を守る会」の働きかけに対し、議会がこたえたもの。「守る会」代表の林義男さん自身、昨年、公園を散歩中、愛犬を単車にはねられた経験を持つ。今回の条例改正につき、林さんは、「私の不注意で死なせてしまったポチも、これで少しは浮かばれると思います、とコメントした…」。

ピーコ あんたの飼い主、自分の責任だと思ってんだ…。

ポチ  ボクがいけなかったのに…。それなのに…。アア、ボクは何てことを!

ポチ、泣き崩れる。

ピーコ (やさしく)ねぇ、壊したお墓、元どおりにしない?

ポチ  えっ?

ピーコ だって、このままじゃ、お墓参りに来たとき、きっとまた悲しくなると思う。あなたの飼い主も、私の飼い主も。

ポチ  …うん。

ピーコ 私たちの手で、元に戻そうよ。

カメ  でもよぉ〜、こういうのって、壊すのより、元に戻すほうが大変なんだぜ。

ピーコ それはわかってるけど…。

ポチ、立ち上がり。

ポチ  やりましょう。ええ、元に戻すべきです。

カメ  無理だって、三人じゃ。

ポチ  だったら仲間を集めましょうよ。

ピーコ どうやって?

ポチ  まわりにたくさんいるじゃありませんか。鎖につながれたままくさってるやつらが。

カメ  アッ、ホントだ。(客席を指さし)あいつ、暗そうだなぁ〜。そうとうモヤモヤたまってんな。

ピーコ アッ、見て見て。(客席を指さし)あの人、チョー荒れてる!

ポチ  あのパワーを活かさない手はないでしょ。

ピーコ つまり、あの人たちの墓をみんなで倒して、鎖をひきちぎってから…。

カメ  アアなるほど。みんなでまたひとつずつ元に戻していくってわけか。

ピーコ あんたもそれくらいはわかるのね。

カメ  (得意げに)まぁな。

ピーコ ほめてないわよ。

ポチ  じゃあ、早速。

三人  オ〜!

暗転。

お経が流れる。

明るくなる。

三つの墓は元どおりになっている。

ピーコの墓の後ろから、ピーコ顔を出す。

ピーコ 帰ってくね。

カメの墓の後ろから、カメ顔を出す。

カメ  なんで、みんな同じ日に来るわけ?

ポチの墓の後ろから、ポチ顔を出す。

ポチ  お彼岸ですから。今日は。

カメ  へぇ〜。

ピーコ、墓から体を半分出す。

手には花。

ピーコ ありがとね。かあさん。また来てね。

ポチ、墓から体を半分出す。

手にはパックに入った肉。

ポチ  松阪牛。食べられないけど、ありがとう!

カメ、墓から体を半分出す。

手にはナス。

カメ  ナスだろ、これ。ナスだよな。…オレ、ナスとか食わねぇぞ。…コオロギのエサと間違えてねぇか? (間)やっぱコオロギ飼ってんじゃねぇの!

三人、墓の前に出てきて。

ポチ  まぁいいじゃありませんか。

ピーコ そうよ。愛されてたっていう、記憶があればそれで十分よ。

カメ  (手にしたナスを見てニッと笑い)まっ、いいか。

三人、並んで、何歩か前に進み出て、ゆっくりと見送るような視線で。

三人  (呼びかけるように)バイバ〜イ。ピース!

(幕)

【備考】お墓は、たとえば、とび箱などを土台として利用すると、よいかもしれません。

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