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ハカセとピッチョン君~宇宙を旅する愉快なふたり~

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●3人 ●30分程度

●あらすじ

調査のため、地球に降り立った宇宙人「ハカセ」と「ピッチョン君」。そこへ現れた地球人を、ふたりは早速調べはじめるが…。

●キャスト

ハカセ
ピッチョン
ミコ

●台本(全文)

夜の公園。

下手にはまたがって遊ぶゾウの形の遊具。

上手にはゴミ箱。

背景には、トンネルと縄ばしごのある山や、ジャングルジム、すべり台などの絵。

ピューン、ピピピピ…という機械的な音。

次にガガガガガ…という音がして、明かりが明滅。

ゴミ箱が前に倒れて、中からハカセ(宇宙人。宇宙人っぽい格好)登場。

ハカセ ウワップ…。イタタタタ…。また、転送失敗か…。やっぱりダメだな中古品は…。

ハカセ、服をはらいつつ立ち上がる。

そばにあった弁当の空箱を手にして。

ハカセ ん? なんだこれは…。(調査用の器具を空箱に当てて)化合物の表面に有機物が付着している…。(ニオイを嗅いで)…クサい。かなり有機物の腐敗が進んでいる。…オッ。

ハカセ、今度は転がっている缶ビールを見つけ。

ハカセ (調査用の器具をビールの空き缶に当てて)合金か。穴があいているぞ…。(ニオイを嗅いで)…クサッ! これもクサいじゃないか。(ビールの空き缶を投げ捨て)一体どうなってるんだこの星は。(キョロキョロとあたりを見回し)ピッチョン君! ピッチョン君!

ピッチョン(ハカセの弟子。ハカセと同じような格好)、上手より走り出てきて。

ピッチ ハ、ハカセ。ご無事でしたか!

ハカセ オオ、ピッチョン君、キミこそどこに?

ピッチ アッ、ハイ。それが、この先の小さな建造物の中に転送されてしまいまして…。

ハカセ ほう、建造物。で、中は?

ピッチ ハイ、同じような小部屋が並んでいて、それぞれにドアが付いていました。そしてドアを開けると、どの部屋にも白い楕円形の容器が埋め込まれていました。

ハカセ ほうほう…。楕円形の白い容器か…。他には?

ピッチ ハイ、金属製のレバーがあって、押すと透明な液体が流れる仕組みでした。

ハカセ ふーん、レバーね…。なるほど。

ピッチ なんなんでしょうか、ハカセ。

ハカセ …はっきりしたことは言えんが…、ミソギの部屋かもしれんな。

ピッチ ミソギ…ですか?

ハカセ アア。

ピッチ なぜそのように推論されるのですか? 私にはさっぱり…。

ハカセ まわりを見てみたまえ、ピッチョン君。

ピッチ (山を指さし)アッ、あんなところに山があります。

ハカセ しかも自然にできたものではない。ホラ、あそこ。山のなかほどに穴が開けてあるのがわかるかね。

ピッチ アッ、ホントだ。

ハカセ あれは人工物じゃよ。この星の生物が作った。

ピッチ ということは、王の墓でしょうか。

ハカセ まだまだだな、ピッチョン君。よく考えてみたまえ。王の墓に、あのようなトンネルを付けたりするわけがなかろう。そんなことしたら、どうぞ盗掘して下さいと言っておるようなもんじゃないか。

ピッチ なるほど。

ハカセ しかもよく見ると、頂上に登れるように縄ばしごが付けられているのがわかる。

ピッチ ホントだ。

ハカセ つまりあれは、中に入って何かをする、そしてまたあるときは、上に登って何かをする、そういう目的で作られたものだということだ。

ピッチ その何かとは、なんなんでしょうか?

ハカセ 観察じゃよ観察。ピッチョン君。科学者は、いつ、いかなる時でも冷静に、そして客観的に観察すべきなんじゃ。そうすればおのずと答えは見えてくる。わかるかね。

ピッチ ハ、ハイ。

ハカセ 見てみなさい、あの山のまわりを。(ジャングルジムを指さし)金属の棒を組み合わせた幾何学的建造物と、(すべり台を指さし)何かを流れ落とすような装置。

ピッチ 工場ですか!

ハカセ ちがーう! 工場なら、動力装置があるはずじゃろ。

ピッチ …アア、そうか…。

ハカセ そして、一番のヒントを与えてくれるのが、(下手にあるセメントのゾウを指さし)ほれ、あれじゃよ。

ピッチ 生き物をかたどっているようですね…。

ハカセ アア。しかも、上に何かを乗せるのに適した形状をしておる…。まるで捧げ物を置くかのような、な…。

ピッチ 捧げ物…ということは…。

ハカセ ここまで言えばわかったろう。(間)ここは神殿じゃよ。

ピッチ 神殿…。アア、なるほど! さっきの小部屋をミソギの部屋と看破されたのは、そこまで見抜いてのことだったのですね。あの部屋で体をきよめ、ここで儀式を行うんだ!

ハカセ おそらく、な。フッフッフッ。

ピッチ アッ、そういえばハカセ、ミソギの部屋に関して少し気になることが…。あまり関係ないかもしれませんが…。

ハカセ 何かね?。

ピッチ 実は、ミソギの部屋にしては…思いのほかクサかったんですが…。

ハカセ いいところに気がついたな、ピッチョン君。(ゴミ箱を指さし)実は私が転送されたあのカゴ状の容器も異常にクサかった。

ピッチ どうして、どこもかしこもクサいんでしょう…。

ハカセ 確証はないが、ひょっとしたらこの星の生物は、我々にとってはクサいと感じるようなイヤなニオイで興奮するのかもしれないな。一種のトランス状態に入るというか…。

ピッチ ニオイを吸引して、瞑想しつつ宗教的な儀式を…。

ハカセ そう考えればつじつまが合う。

ピッチ さすがハカセ。この星に転送されてからのほんの短い時間で、既にここまでのことを見抜いてしまうとは! お見それ致しました!

ハカセ フッフッフッ。まぁね。研究一筋、この歳までやってきとるからね。経験の蓄積っていうのかな。そういう引き出しは、結構もってるかもしれんね。フッフッフッ。

ピッチ いやぁ〜、さすがです。

ハカセ いろんな星を旅したからネェ〜。

ピッチ まさに星の数ほどですか。

ハカセ キミ、うまいことを言うねぇ。ワッハッハッ。

ピッチ アッハッハッ。

ハカセ (急に暗くなり)…しかしな。私は残念でならない。これだけ調査を重ね、山のようなレポートを提出したにもかかわらず、どうして私の研究に対して上のヤツらは無関心なのかね!

ピッチ おっしゃる通りですハカセ!

ハカセ 私のやっとることはそんなに無駄かね。

ピッチ そんなことありません! いつか必ずご研究の成果が正当に評価される日がくるはずです!

ハカセ 慰めはやめてくれたまえ。毎年毎年研究費は削られる一方じゃないか。スズメの涙ほどの研究助成金で、この先、一体何ができるというんじゃ! 円盤はつぎはぎだらけ、転送装置も中古品で、どこに転送されるかわかったもんじゃないんじゃぞ。

ピッチ でも私は、地道な調査をコツコツ重ねるハカセこそ、科学者の鏡、科学者本来の姿だと信じています! だから私は、どんなことがあってもハカセについていく覚悟です!

ハカセ よく言った、ピッチョン君。それでこそ私の愛弟子じゃ。(気合いを入れ直し)よし、やるぞ。いつかこういうフィールドワークの積み重ねが大きな実を結び、宇宙プロジェクトとして認められる日を夢見てな!

ピッチ そうですよ。ハカセ。夢を持ちましょう!

ハカセ アアそうだな。科学者たるもの夢を持たんとな。たとえば…。そう、…もしもこの星に、植民地としての価値があるとしたら…。(ニヤリとして)フッフッフッ、そうすれば宇宙プロジェクトとして登録されるのも夢ではないぞ。…正式な宇宙プロジェクトということになれば、黙っていても莫大な予算がつく。もしそうなったら、円盤も買い換えて、ちゃんと思った地点に降りられる機能のついた新品の転送装置を買って…。アアそうだ。秘書も雇おう、秘書も。そして秘書にお茶を入れてもらおうな、ピッチョン君。

ピッチ ハイ、ハカセ。

ハカセ よし、とにかく、そのためにも、この星の生物の生態と文化を徹底的に調べるんだ。いいな!

ピッチ ハイ、ハカセ!

手をとりあう二人。

下手より人影。

ピッチ アッ、ハカセ。二足歩行の生物が!

ハカセ 隠れよう。

上手、ゴミ箱の影に隠れる二人。

下手より、ミコ(地球人。女子)登場。

ゾウの横にペッタリと座り込む。

ピッチ 我々に近いタイプの宇宙人ですね。

ハカセ 「宇宙人」と呼んでいい程度には進化しているな…。ある程度の知能はあるかもしれん。

ピッチ オスでしょうか、メスでしょうか。

ハカセ キミはどう思う。

ピッチ 見た目、オスのような気がしますが…。

ハカセ 私も同意見だ。

ピッチ (メモをとりつつ)では、とりあえずオスということで…。(ミコを見て)それにしても変わった服を着ていますね。

ハカセ 儀式ための特別なものかもしれんな。

ピッチ ということは、あの生物がこの神殿の祭司ということですか?

ハカセ まず間違いない…。それが証拠に…。

ハカセ、ミコを指さす。

ミコ、カバンから手鏡を取り出しながめる。

ピッチ なんですか。アレは。

ハカセ 鏡じゃよ。

ピッチ 鏡?

ハカセ アア。原始レベルの宇宙人が儀式に用いる道具としては、ごく一般的なものと言える…。おそらく、これから、コンタクトを始めるんじゃろう。ヤツらが信じる神とのな。

ピッチ 興奮しますね。(ミコを見て)…アッ、ハカセ、あれ。宇宙人がまた別のものを…。

ミコ、カバンからビューラーを取りだし、まつげをカールさせはじめる。

ピッチ …なんでしょうか。金属製の器具で、顔面をさわっていますが…。

ハカセ 目だな。目を広げてる。…思った通りだ。

ピッチ どういうことですか?

ハカセ あれは神への挨拶みたいなもんじゃ。目を大きくするということは、すなわち、視覚をとぎすまして、これから現れる神様をよーく見ますよ、私はあなたのお姿を目に焼き付けたいんです、だから現れて下さい、というアピールじゃよ。(間)フッフッフッ。いよいよ儀式が始まるぞ。ピッチョン君。

ピッチ すごい! すごいです! 初めてです、こんな場面に遭遇するのは!

ハカセ しっかり見ておきなさい。原始宇宙人の儀式の一部始終を。

ピッチ ハイ。…それにしても熱心ですね。

ハカセ だんだんと気持ちを集中させていってるんだろう。

ピッチ 目を広げれば広げるほど、ほかのものは一切目に入らなくなるということですね。

ハカセ キミ、うまいこと言うね。今日はさえてるじゃないか。

ピッチ 恐縮です。

ハカセ だが、ここからだぞ。ここから様々なパターンにわかれていくからな。

ピッチ アッ、目の準備が終わったようです。

ハカセ さぁーて、次はどうする宇宙人。

ミコ、ビューラーをカバンにしまい、こんどは口紅をとりだし、塗りはじめる。

ピッチ …口を。口をさわりはじめましたね…。

ハカセ …うーん…。

ピッチ ずいぶん赤くしてますが…。

ハカセ …これは…。

ピッチ どうかしましたか、ハカセ。

ハカセ マズイな…。

ピッチ 何がですか? 何がマズイんですか、ハカセ。

ハカセ 生け贄の儀式かもしれんよ。これから始まるのは。

ピッチ イケニエ?

ハカセ アア、見てみたまえ。必要以上に口を赤くしておるじゃろ。口イコール食べ物を入れる場所、そして赤は血の象徴。つまり、これから新鮮な生け贄を捧げます、どうぞ召し上がって下さい、ということを、口を赤くすることで暗示しておるのじゃ…。そして、(ゾウを指さし)あの生き物をかたどった台座に置かれる捧げ物とは…おそらく生け贄の臓物…。

ピッチ ゾウモツ?

ハカセ 生け贄を殺し、その内臓をあの台の上に置いて神に差し出すのじゃよ。私は恒星M305の第五惑星でこれとそっくりな儀式を見たことがある…。

ピッチ おどろおどろしい儀式ですね…。

ハカセ アア。ヤツらにとっては神聖な行為なのだろうがな…。

ミコ、口紅をしまう。

ピッチ ヤヤッ。終わったみたいですね…。

ハカセ アア。

ピッチ いよいよでしょうか?

ハカセ だろうな…。

ミコ、カバンから香水を取りだし、つける。

ピッチ あれは…?

ハカセ やはりそうか…。

ピッチ …ウッ。なんですかこの刺激臭は。

ハカセ フフフ。この星の宇宙人はニオイを嗅ぐことでトランス状態に入るのでは、という私の最初の推論は、どうやら当たっていたようだ…。

ピッチ アッ、なるほど!(メモしつつ)それにしてもハカセ。ハカセの観察眼のするどさには、私、感服するばかりです!

ハカセ いやいや、宇宙民俗学の研究者としては当然の推理じゃよ。

ミコ、今度はカバンから漫画を取りだし読み始める。

ハカセ ホォ〜。そうきたか。

ピッチ どういうことですか?

ハカセ 祈祷書の類だろうな。おそらく。

ピッチ キトウショ。…儀式の手順を確認しているのですね。(メモしつつ、ミコの様子を見て)…宇宙人のヤツ、ずいぶん熱心に読んでいますね…。

ハカセ それだけかね?

ピッチ エエ…。あの、ほかにも何か?

ハカセ いかんなぁ、ピッチョン君。宇宙人が祈祷書を読んでいる。それは確かにそうだが、それ以前にもっと根本的なことに気がつかないかね。

ピッチ …と、おっしゃいますと?

ハカセ この星の宇宙人は文字が読める、文字を持っている、ということにまず思いを巡らすべきではないのかね。

ピッチ アアそうか…。

ミコ、漫画を読み続けている。

ハカセ そうだ。キミ、ちょっとあの宇宙人の後ろに回ってこっそり祈祷書の内容を撮影してきたまえ。

ピッチ エッ。私がですか。

ハカセ 仕方ないだろ。小型カメラ付き自動探査機はこの前の調査のときに行方不明になっちゃったんだから。

ピッチ ですが…。

ハカセ、ピッチョンにカメラを渡しつつ。

ハカセ 若いうちは、なにごともチャレンジじゃよ。ピッチョン君。

ピッチ …ハッ、ハイ。わかりました。

ピッチョン、カメラを手に、そっとミコに近づく。

ハカセ 気づかれんようにな。

ピッチ (小声で)ハイ…。

ピッチョン、ミコの後ろに回り、カメラを向ける。

ミコ、振り向き、目が合う。

慌てて逃げ帰るピッチョン。

ピッチ ハッ、ハカセ。申し訳ありません。見つかってしまいました。

ハカセ …そうか。見られたか。…仕方ない。コンタクトしよう。

ピッチ コンタクト、ですか。

ハカセ アア。あれは持ってきているな。宇宙語翻訳機。

ピッチ アッ、ハイ。ここに。

ピッチョン、リュックから宇宙語翻訳機を取り出す。

ハカセ よし、それを使ってコンタクトを試みたまえ。

ピッチ 私がですか?

ハカセ 他にいないだろ。

ピッチ …わかりました。…でも、なんと言えば…。

ハカセ あなたは誰ですかとか、適当に言っとけばいいんだよ。相手は原始宇宙人なんだから。

ピッチ ハッ、ハイ。

ピッチョン、宇宙語翻訳機を持って、再びミコに近づく。

ピッチョン、宇宙語翻訳機に向かって話す。

機械的な声になり。

ピッチ アナタハダレデスカ。

ピッチョン、ミコにマイクを近づける。

ミコ、振り向いて。

ミコ  ミコ。

ピッチョン、走ってハカセの元に戻り、興奮した面持ち(オモモチ)で。

ピッチ やりました。ハカセ。音声サンプルの採取に成功しました!

ハカセ 落ち着きたまえ。で、なんと?

ピッチ 再生してみます。

ピッチョン、宇宙語翻訳機のスイッチを入れる。

「ミコ」と再生される。

ハカセ なるほど…。分析してみたまえ。

ピッチョン、宇宙語翻訳機にデータを入力。

ピッチ ミ…コ…。アッ、出ました。「神に仕える者。多くは未婚の女性」。やはりハカセの予想通りでした。あの宇宙人は神官です!

ハカセ う〜ん…しかし、分析の結果によると、ヤツは未婚の女性である可能性が高いということになるが…。(ミコを見て)あれがこの星ではメスなのか…。

ピッチ 驚きです。

ハカセ (独り言のように)これだから宇宙民族学はおもしろい…。(手帳型のマイクに向かって)調査中の第三惑星にて二足歩行の宇宙人を発見。宇宙人は一見オス的なメス。原始宗教施設にて祭司を司っている模様。(手帳をしまって)…よし。ピッチョン君。セカンドコンタクトに行ってきてくれたまえ。

ピッチ エッ、またですか。

ハカセ アア、これだけではデータが足りんからな。さっ、早く。

ピッチ …わかりました。

ピッチョン、宇宙語翻訳機を持って、再びミコに近づく。

ピッチョンがマイクを向けると、ミコ、振り向いて、ピッチョンの服をさわり。

ミコ  チョーイイジャン。

ピッチョン、慌てて逃げ戻り。

ピッチ ハッ、ハカセ!

ハカセ どうした。

ピッチ 宇宙人にさわられました!

ハカセ どこをかね。

ピッチ ここです、ここ。おなかのあたりです。

ハカセ 何か言っていたかね?

ピッチ ハイ。サンプルを録音してきました。

ハカセ 聴かせてくれたまえ。

ピッチ ハイ。

ピッチョン、宇宙語翻訳機を操作。

「チョーイイジャン」というミコの声。

ピッチ 分析してみます。

ピッチョン、宇宙語翻訳機を操作。

ピッチ …出ました。…「チョー」は消化管の一種。栄養素の吸収をもっぱらとする。…「イイ」は好ましい、適しているという意味。「ジャン」は味噌などをベースとした調味料の一種か…。(顔をあげ)…どういうことでしょうか?

ハカセ …気に入られたのかもしれんな…。

ピッチ 気に入られたって…私がですか?

ハカセ アア。生け贄の対象としてな。

ピッチ 生け贄の対象? エェェ〜まさか!

ハカセ イヤ、間違いない。「あなたの消化管をとても気に入った。調味料をかけたい」と言ったのだからな。…キミの腹部をさわりながら。

ピッチ 私は食われてしまうんですか! 私は、私は!

取り乱すピッチョン。

ハカセ 落ち着くんだピッチョン君。キミを食おうとしているんじゃない。生け贄になってくれと言っているだけだ。

ピッチ 同じですよ、ハカセ。今すぐ宇宙船に戻りましょう!

ハカセ まぁ、待て。とにかく冷静になることじゃ。(ピッチョンの肩に手をかけ)しっかりしろ。キミは科学者だろ!

ピッチ それはそうですが…。

ハカセ (ミコを見つつ)う〜ん。しかし、ここまでズバッと言ってくる宇宙人も珍しい…。初対面の相手に向かっていきなり生け贄になってくれとは、普通言えないからな。(少し考えて)…ある意味フレンドリーなのかもしれん。

ピッチ フレンドリー…。

ハカセ アア。言葉の裏に、私は、あなたのおなかの中までほしい、それほど親しくなりたいんだ、というメッセージが込められている可能性もなくはないじゃろ…。

ピッチ 腹を割って話し合おう、ということですか。

ハカセ そう。まさにその通りじゃ。(少し考えて)…これは、ひょっとするとひょっとするかもしれんよ。

ピッチ どういうことですか?

ハカセ もし本当にこの星の宇宙人がバカみたいにフレンドリーだとすれば、我々のやり方を受け入れることに抵抗が少ないはずじゃ。つまり、植民地化したときに扱いやすいとは考えられんかね。

ピッチ なるほど。

ハカセ うん、これはいけるかもしれん。さぁ、ピッチョン君、サードコンタクトじゃ。

ピッチ エッ、また私ですか…。

ハカセ なにを弱気になってるんだ。ヤツはキミを気に入ってるんだぞ。つまり、交渉窓口として認めてくれたんだ。こんなチャンスは滅多にない。さぁ、早く!

ピッチ ですがハカセ、ひょっとして、フレンドリーなのではなく、そのものズバリの意味で、私を生け贄にしたいんだとしたら…。

ハカセ こんなことでひるんでどうするんだね。大量の音声データが採取できれば、それだけで一本論文が書けるんじゃぞ。…それともなにかね。キミ、次の学会で発表できるようなものを他に用意しておるのかね?

ピッチ …イ、イエ。

ハカセ それに、これは私の勘だが、もしきれいなデータがとれれば、これは学術賞モノの成果になるような気がする…。

ピッチ 学術賞? ホントですか!

ハカセ アア。まぁ、キミの努力次第だがな。

ピッチ わ、わかりました。やらせて下さい…。

ハカセ (たたみかけるように)ゆっくりとヤツの横に立て。横に立ったら、まずゼスチャーで敵意のないことを示すんだ。いいな。

ピッチ やってみます。

ピッチョン、おそるおそるミコの横に立つ。

振り向くミコ。

ピッチョン、ミコに向かって親指を立てる。

それを見たミコもピッチョンに向かって親指を立て。

ミコ  チッチキチー。

ピッチョン、走って戻って。

ピッチ サードコンタクト成功です。挨拶を返してきました。

ハカセ うん。よくやった。分析してみたまえ。

ピッチ ハイ。

ピッチョン、宇宙語翻訳機を操作。

「チッチキチー」というミコの声。

ピッチ …「チ・チ・イキチ」…「チ」は血液。「イキチ」は生きている動物からとった新鮮な血液…。(顔をあげ)ってことは…。ヤバイですよ、ハカセ。ヤツは私の血液を欲しがっています! もう、これ以上は無理です!

ハカセ 相手は本気か…。フン。おもしろくなってきたぞピッチョン君。

ピッチ 私にはおもしろさがわかりません。

ハカセ (ピッチョンの言葉には答えず)キミはペットを飼ったことがあるかね?

ピッチ ペット…ですか。…イエ。

ハカセ 動物をしつけるときは、まず、最初にドカーンとかまして、どっちが上かをはっきりわからせることが肝心なんじゃ。そうしないとどんどん調子に乗って手に負えなくなる…。

ピッチ …ハァ。

ハカセ ああいう原始的な宇宙人にもまったく同じことが当てはまるんじゃよ。つまり、ここでピシッと教育しておかんと、あとあと植民地化するときにやっかいだということだ。

ピッチ どうするおつもりですか?

ハカセ、自分のリュックから、変なお面を取り出し。

ハカセ これを付けたまえ。

ピッチ ハァ?

ハカセ 神だと思わせるんじゃ。

ピッチ カミ?

ハカセ キミのことを神様だと思わせるんじゃよ。

ピッチ 私が神様? そんなこと…。

ハカセ いいからこれをかぶりたまえ。

ピッチ (しぶしぶお面を付けて)…これでいいんですか。いくらなんでもこんなことではダマされないんじゃ…。

ハカセ (軽い感じで)いいんだ、いいんだ。どうせヤツだって、本物の神様なんか見たことないんだからさぁ。こういう何か非日常的な姿のものが突然神殿に現れたら、それがすなわち神様ってことになるってわけさ。

ピッチ でも、そんなことしたら…。

ハカセ そんなもこんなもないよ。いいかね、ピッチョン君。もし成功すれば、キミが、この星における神様のスタンダードになるんじゃぞ。千年先、二千年先まで、今のそのキミの姿が伝えられ、あがめられることになるんじゃ。これほど光栄なことがあるかね?

ピッチ ですが、こんなことで論文は書けるのでしょうか? 書けたとしても、これではねつ造と言われる可能性が…。

ハカセ ねつ造ではない。創造だ。私たちがこの星に、神を創造するんだ。わかるかねピッチョン君。これは論文を仕上げることよりもずっとずっと価値のあることなのだぞ。

ピッチ 創造…。

ハカセ そうだ。創造だ。気持ちを強く持て。

ピッチ …わかりました。やってみます。

ハカセ うん。それでこそ、私の一番弟子だ。さぁ、行きなさい。翻訳機は私が操作して逐一伝えるから心配はいらんぞ。キミは神様になりきることだけに集中しろ。いいな。

ピッチ ハイ。…あの、それで、神様っていうのはどうすればいいんでしょうか…。

ハカセ どうもしなくていい。神は威厳を示せばそれでいいんじゃ。余計なことをせず笑っていろ。

ピッチ …わかりました。行ってきます。

ピッチョン、お面を付けたまま、ミコに近づく。

ハカセ ガンバレよ。ピッチョン。巫女であるヤツが、キミにひれ伏せば、それはすなわちこの星の宇宙人全部が我々にひれ伏したということになるんだぞ。さぁ、思いっきりビビらせてやれ!

ピッチョン、ミコの前に立って、手を広げ。

ピッチ フォッフォッフォ〜。フォッフォッフォ〜。

ミコ、お面を見て。

ミコ  キモイ。

ピッチ フォッ?

ミコ  キモイヨ。

ハカセ、宇宙語翻訳機にデータを打ち込みながら。

ハカセ …「キモイ」。…「キモ」…キモは肝臓の別称。栄養を貯蔵。また解毒作用や胆汁を産生…。…「イ」…胃は消化器官のひとつ。胃液を分泌し…。…これは…。

ミコ、カバンからハサミを取り出す。

ハカセ (ミコの様子を見て)いかん! ピッチョン君、戻れ、戻るんじゃ! 腹を裂かれるぞ!

ピッチョン、ハカセの言葉を聞いて、慌てて戻る。

ピッチ ウウ〜。腹を裂かれるってことは…やっぱり内臓目当てだったんですね。

ハカセ アア。恐ろしいヤツだ。終始一貫、キミを狙っておったんじゃ。これほど野蛮で融通のきかない宇宙人が存在していたとは…。見ろ。金属製とおぼしき器具を持ってこっちをみておるじゃろ。

ピッチ 何をしてくるかわかりませんね。

ハカセ アア、あの目つき。尋常じゃない。

ピッチ しきりに頭髪をさわっていますが…。

ハカセ 威嚇しておるんじゃ。

ピッチ きわめて戦闘的な種族ということですね。

ハカセ アア、これでは、とても植民地化することなど無理だ。命がいくつあってもたりない…。

ピッチ どうしましょう。

ハカセ 退却じゃ。退却。こんななんの利用価値もない邪教の星に長居は無用。さぁ、ピッチョン君、ヤツが襲ってくる前に転送装置を作動させろ!

ピッチ ハイ、ハカセ!

ピッチョン、転送装置のスイッチをオン。

ピューン、ピピピピ…という機械的な音。

次にガガガガガ…という音がして、明かりが明滅。

一瞬暗くなって、ハカセとピッチョン消える。

一人残ったミコ、特に気にもせず、枝毛をハサミで切りはじめる。

ケータイの音。

ミコ、カバンからケータイを取りだし。

ミコ  アッ。何? ウン、公園。…枝毛切ってた。…バカ、違うよ。むだ毛じゃないよ。枝毛だよ枝毛。エッ、ううん。一人。さっきまで宇宙人みたいな人がいたけど。…うん。でももう帰ったみたい。…わかんない。あんまり話してないから。…今どこ? アッそう。じゃあすぐ行く。

ミコ、ケータイをカバンにしまって、下手に去る。

真っ暗になって、ウィーンという音。

どうやら宇宙船の中らしい。

ハカセとピッチョンが座っている。

二人にのみ明かり。

ハカセ しかし、ひどい目にあった…。まだあんな未開な種族がいたとはな…。(ため息をついて)宇宙はまだまだ広いということか…。

ピッチョン、ハカセの横で、膝においた宇宙語翻訳機を再生し、熱心に聞き入っている。

「ミコ」「チョーイイジャン」「チッチキチー」「キモイ」「キモイヨ」というミコの声。

ピッチ ハカセ、この音声データ、どうしますか?

ハカセ どうって?

ピッチ …一応センターのほうに送って、もう少し詳しく分析してもらってもいいかなと…。

ハカセ 何か気になることでも?

ピッチ イエ、大したことではないのですが…。あの宇宙人の言い方に、悪意が感じられないのが不思議で…。ひょっとしたらこの翻訳機に翻訳ミスがあった可能性もあるのでは…と、ちょっと思ったものですから…。

ハカセ (ムッとして)ピッチョン君。その翻訳機が古いのはわかっとるよ、古いのは! だから新しい翻訳機が買えるようにこうしてガンバッテいるんじゃないか。キミはそうやってなんでもかんでも機械のせいにしているからいつまでたっても一人前になれんのだぞ。

ピッチ スミマセン…。

ハカセ まったく不愉快じゃ。あんな目にあっておきながら、なぜキミは原始宇宙人をかばうのかね。

ピッチ イエ、そういうわけでは…。

ハカセ アア、そうか。なんとかして論文にまとめようという魂胆か。

ピッチ まさか、そんなことは…。

ハカセ とにかく、これ以上の解析なんか無駄無駄無駄。まったく必要なーし。わかったね。

ピッチ …ハイ。

ハカセ それより、気持ちを切り替えて、次だよ次。次の星の調査じゃ。さぁピッチョン君。資料を見せてくれたまえ。

ピッチ アッ、ハイ。

ピッチョンがスイッチを押すと、スライドが映し出される。

スライドには太陽系の図。

ピッチョン、地球と火星を指し示し。

ピッチ 次は、先ほどの青い星の外側にある赤い星です…。

ハカセ 青の次は赤か。で?

ピッチ 文献によるとタコ型の宇宙人がいるようです。

スライド変わる。

火星人の想像図。

ハカセ、スライドを見て。

ハカセ タコか…。タコの放牧…。宇宙タコ牧場。新鮮なタコを食卓に…。ウン、悪くないな。ヨシ、行くぞピッチョン君。目指せ新しい円盤、新しい翻訳機、そしてお茶を入れてくれる優しい秘書。振り返っているヒマなんかないぞ。我々には前進あるのみじゃ!

ピッチ ハイ、ハカセ。

暗くなって、円盤の飛び去る音。(幕)

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