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アイツが死んだ夜

●2人 ●20分程度

●あらすじ

夢に関する心象風景的な台本。

●キャスト

●台本(全文)

薄暗い。

舞台中央にはカーテン。カーテンの両脇は壁。

カーテンの向こう側(舞台奥)には別の部屋があるような感じ。

カーテンはぼんやりと照らされている。

下手よりA登場。うつむいたまま歩いてきて、カーテンをながめてから、力なくイスに座る。

しばらく沈黙。

カーテンの脇からB登場。

B 遅かったじゃない。

A、顔をあげて。

A ゴメン。やんなきゃいけないことがいろいろあって…。

B 仕事?

A …うん、まぁ。

B 忙しいんだ。あいかわらず。

A …うん、まぁ。

B そう。

A (カーテンを見て)で、どうなの?

B、首を横に振る。

A そう。

カーテンを照らす明かり、弱くゆらめく。うなだれるA。

B 大丈夫?
疲れてるみたいだけど。

A 大丈夫。たぶん。

B 休んでる?

A うん。適当に休んでる。…忙しいのは忙しいけど…でも、全然休んでないわけじゃなくて…、なんていうか…ひょっとしたら、中途半端に休むからかえってダルいのかも…。よくわかんないけど…。

B 気持ちが疲れてるんじゃない。

A …うん、そうかもしれない。

B 仕事大変なの?
ストレスとか。

A いろいろあるからね、仕方ないんじゃない。まわりもみんなそんな感じだし…。

B ゴメンね。疲れてるのにわざわざ来てもらって。…ひょっとして、知らせないほうがよかった?

A ううん。そんなことない。教えてくれて感謝してる。だって知らないうちに、もし亡くなってたら、それってすごく後悔すると思うし…。はっきり最期を見届けておきたいっていうか…。あっゴメン。まだそうなるって決まったわけじゃないよね。ひょっとしたら、奇跡が起こって、前よりもっと元気になるかもしれないんだし…。

B 奇跡?
奇跡が起こって蘇るってこと?

A えっ、うん、まぁ…。

B (ちょっと怒って)あなた、本当にそんなことがあるって信じてるの?

A いや、それは…。

カーテンを照らす明かり、さらに弱くなる。

B 見てご覧なさいよ。消えかかってるじゃない。はっきり言うけど、ここまできたら、二度と…もう二度と輝かないと思う。…こんなになるまでほっておいたくせに、今頃、奇跡とか蘇りとか、そんな都合のいいこと言ってるようじゃダメだよ。

A わかってる…。私のせい…だって言いたいんでしょ。

B さぁね。あなたのせいかもしれないし、もしかしたら誰のせいでもないのかも。つまり、よくあることなのよ。(カーテンを見て)…「夢が消える」なんてことは。

A それはそうかもしれないけど、でも、これは、誰か他人の夢じゃなくて、まぎれもなく私の夢なんでしょ。…だったらやっぱり私の責任だよ。私が頑張らなかったから…だから私の夢がこんなに弱々しくなって、とうとう消えちゃうんだよ…。もっと頑張ってればこの夢だって…。

B でもあなた、それなりに頑張ってきたんじゃないの?

A 頑張ってきたけど…でも、それは夢のためじゃない。私が頑張ってきたのは、生活っていうか…そうしなきゃなんないからで…なんていうか…頑張ってないと沈んでしまいそうな気がして、たまらなく不安で。…だから今はそれが恐くて頑張ってるだけだよ…。

B 楽しくないんだ。頑張ってても。

A うん。

B ひとつ聞いてもいい?

A 何?

B 昔は楽しかった?

A 楽しかったっていうか…。少なくとも今よりは充実してたと思う。

B 夢があったから?

A たぶん、そう。そりゃぁツラいこともあったけど…。あの頃は、それもひっくるめて楽しかったって思う。

B じゃあ、ずっと夢に向かって頑張りつづければよかったじゃない。

A …なんでそんなこと言うの。こんなときに…。

B 別に。ちょっと気になったもんだから。…いいのよ、別に。答えたくないなら答えなくて。尋問じゃないんだから。

A 答えたくないっていうか…。よくわかんないよ。どっかで諦めたのかもしんないし…。はっきり挫折したって記憶もないけど、なんとなく他のこといろいろやんなきゃならなくなったし…。才能ないってことも、わかってたし…。つまり、気がついたら夢どころじゃなくなってたっていうか…そんな感じ…。

B その結果、今は夢のためじゃなくて頑張ってるんだ。楽しくはないけど。

A …嫌な言い方しないでよ。私だけじゃないでしょ。世の中の大多数の人はそうやって夢を諦めていくんじゃないの?

B そうよね。きっとそうよね。よくあることよ。だから取り立てて大騒ぎするほどのことでもないのかも。ただ…。

A ただ、何?

B 夢を見るのって大変だなぁって。

A …。

B だってそうでしょ。大多数の人が途中で夢を諦めちゃうわけだし、諦めちゃったことや、捨てちゃったことに対して、一種の罪悪感を持ち続けるわけじゃない。いつまでも。それってなんだか、切ないよね。

A 最初から夢なんか見なければよかったのにって言いたいの?

B 別にそうは思わないけど、ひょっとしたら、踊らされてたっていうか、追い立てられてたっていうか、そんなふうにも見えるもんだから…。

A 踊らされてた?
夢に?

B さぁ、夢かもしれないし、あるいは夢を売りつけた人にかも。

A 私の夢は私の夢でしょ。私、誰かに夢を売りつけられた覚えはないよ!

B でも、夢を売る人はたくさんいるからね。なにげなく、そっとポケットに入れられたのかもよ。

A なにげなく?

B 「私みたいになりたくないかい?
だったら、まぁ遠慮せず、おひとつどうぞ」ってね。

A でも、たとえそうだったとしても、私のポケットに入ったら、その時点でそれは私の夢でしょ。いいんじゃないの、キッカケなんかどうでも。

B 怒った?

A 別に怒ってないけど…。でも…。

B 自分の夢をけなされるのはツラい?

A いい気持ちにはならないよ。

B 今でも大事にしてるんだね。夢を。夢を見たっていう思い出を。

A そりゃまぁ…。

B そっか…。わからなくもないな、その気持ち自体は。…たぶんあなたは、ポケットの中に夢を見つけたとき、とっても嬉しかったんだと思う。「私にも夢がある」って叫びたいような気持ちになったんじゃない?
そして、夢に向かって進んでいくぞって、心に誓ったんでしょ。

A うん。

B そしたら仲間もできたし。まわりのみんなも喜んでくれた。違う?

A うん。

B そうなのよね…。ホントそうなのよ。世の中、応援団だらけだから。

A 確かに応援してくれた人はたくさんいたけど…でも、それって悪いことじゃないでしょ?

B ううん。あるイミ、夢を売る人よりも、夢の応援団のほうが始末が悪いのよ。

A 夢の応援団?

B 「フレーフレーユーメ。フレーフレーユーメ。ガンバレガンバレユーメ。ガンバレガンバレユーメ。夢を持てぇ〜!
夢を持てぇ〜! 夢は必ずかなうもの。夢は必ずかなうもの。だからなんでもいいから夢を持てぇ〜! 夢を持ったら突き進めぇ〜。振り向かないで突き進めぇ〜。後は野となれ山となれぇ〜」…まっ、こういう人たちよ。覚えがあるでしょ?

A でもそれは、悪意があってしたことじゃなくて、私のためを思って…。

B (カーテンを指さし)その結果がこれでも?

A だから、それはまわりの人たちのせいじゃなくて、私の努力が足りなかったから…。

B もともとしなくていい努力を強制されたとは思わない?

間。

A …たとえそうだとしても、今はそんなふうに思いたくない。だって、今、私の夢が消えようとしているんだよ。そんな時に、夢をくれた人や夢を応援してくれた人たちの悪口を言ってどうなるの?
そうでしょ。今はただ、静かに私の夢の最期を看取ってあげたいの。だから、もう意地悪なことを言わないで、そっとしておいて!

B 夢を看取る…か。いい心がけじゃない。夢を看取ってあげるっていうのは、とってもいいことよ。少なくとも、今さら奇跡なんかを願うよりはね。…ただ、あなたにはまだ、本当の意味で、夢を看取る覚悟はできていないように思えるの。

A 夢を看取る覚悟?

B そう。まだ夢を夢見てるっていうか、夢に夢を抱いているような気がして…。つまり、夢が消えようとしているのに、まだ、夢にすがろうとしているような…、そんなふうに見えるの。「この夢が消えるのは仕方ないけど、できればまた違う夢を見たい。この夢が消えてももっとすばらしい夢がこの先見つかるんじゃないだろうか。だって、いくつになっても、やっぱり夢は見たいじゃない」…そう思ってない?

A …。まぁ、少しは。

B 私は、あなたのそういうところがイヤなの。今、あなたが看取ろうとしているのは、今まで見てきた夢じゃなくて、夢そのものなんだってことをわかってほしいのよね。

A もう、これから先、夢は見るなっていうの。

B そうよ。

A そんなのヒドイ!

B でも、夢なんかなくても生きていけるでしょ。それに現実問題、夢を追いかけるような余裕が、余力が、パワーが、あなたにあるの?
もしあるのなら、今消えかかっているこの夢をまず大切にしてあげなさいよ。この夢がダメでも、もっと違う夢なら…なんて都合のいいこと考えてても、結局同じことになるわよ。本当はわかってるんでしょ、そんなことくらい、あなた自身が一番。

A でも…。

B 夢がなければパラダイスに行けない。夢はパラダイスに行くためのパスポート。そういう考えをとりあえず捨てたらどう?

A でも…。

B パスポートが、失効してしまうのが恐い?
できれば更新しておきたい? せめて再発行を? そうなの?

A だって、誰だって、そうじゃないの?
いくつになっても夢を見ていたいっていうのは、ごく普通の考え方じゃないの? 昔の夢は確かにかなわなかったかもしれないけど、新しい夢を手に入れて、それに向かって少しでも努力していくことが、そんなにいけないことなの!

B じゃあ聞くけど、あなたが今から見ようとしている夢って一体何なの?
年に一回の海外旅行? ブランド品の大人買い? それともマンション最上階での生活?

A …それは。それはまだよくわからないけど…。

B まぁいいわ。夢ほどいろんな扱いをされるものもないからね。あなたがパスポートだと思えばパスポートだし、ニンジンだと思えばニンジンなのよ。

A なんでいきなりニンジンが出てくるのよ。

B 目の前にニンジンをぶら下げられて、それを食べようと必死で走り続ける馬。…そんなイメージかな。

A 馬…。私が馬だって言うの。

B 実際、世間では、よくそういう使われ方もするからね。気をつけないと。夢だと思って近づいていったら実はニンジンで、まぁニンジンでもいいかと思ってるうちに、気がついたらノルマになってたりしてね…。バカみたいだけど。

A もういいよ。聞きたくない。そんな話。

B でも、わかってほしい。あなたが今看取ろうとしている夢こそ本当の夢で、本当の夢は(カーテンを指さし)そこにしかないってことを。だから、これから先、まわりの都合に合わせてねじ曲げた、無理矢理変形させた「夢らしきモノ」を、それでも夢だと、自分に思いこませるのはやめてほしいの。それは本当の夢に対して失礼だから。

A …本当の夢。でも、私の夢は人から売りつけられたものなんでしょ。しかも応援団にあおられて、かなうはずもないのに一人でその気になってただけなんでしょ。バカみたいに。

B そうよ。でも、そんなバカみたいな夢でも、いいえ、バカみたいだったからこそ、夢は夢だったんじゃない。いっそう輝いてたんじゃない?
(間)…今のあなたはバカじゃない。どこかで夢を計算してる。そんな歪んだ夢は輝かない。そういうことよ。

A 夢を計算…。

B さっき私が、「もともとしなくていい努力を強制されたとは思わない?」って言ったとき、あなた少しドキッとしたでしょ。

A …。

B 「結果が出せなかった以上、その努力は無駄な努力だった」「無理なことは初めからやめておけばよかった」そんなふうに思わなかった?

間。

A …思った。

B 大人になったんだよ、あなたも。だからね、それをそのまま認めて欲しい。きちんと夢を看取って、そこからスタートしてほしい。ずっと引きずったまま、ごまかさないでほしいの。

A 確かに…そうだよね。中途半端はよくない…。自分でも感じてた…。

B いろいろ意地悪なこと言って悪かったけど…。

A ううん。なんとなくわかった。…はっきり言ってくれてありがとう。(間)…ねぇ。

B 何。

A …見てもいい?
夢。亡くなる前に。お別れが言いたいから。

B ええ、どうぞ。

A、立ち上がり、カーテンに近づく。

A、カーテンの隙間から舞台奥を覗き、ややあって、サッとBに振り向き。

A どういうこと。

B 何が?

A ふざけないで。

B ふざけてなんかいないわよ。

A じゃあ、これは何なのよ!

A、カーテンを引きちぎる。

カーテンの向こう、何もなく暗い。

A もっともらしいことばっかり言って私を騙してたのね。夢なんてどこにもないじゃない。ウソつき!

B、時計を見て、平然と。

B ご臨終です。

A 何言ってんの!

B たった今、夢が亡くなりました。

A まったく意味がわかんないんだけど。

B (カーテンのあったところを指さし)見ての通りよ。夢がなくなったの。

A 私がカーテンを開けた瞬間に夢が消えたって言うの。そんな都合のいい作り話、絶対信じないからね。

B あなた、何か勘違いしてない。

A 勘違い?

B あなたの夢は消えたけど、夢は今、あなたの手の中にあるのよ。

A 手の中…?

A、自分の持っているカーテンを見る。

間。

A まさか…これが?
これが夢だったの…。

B (うなずいて)そうよ。あなたは、それがただのカーテンだと思ってたの?
(カーテンのなくなった場所を指さし)あの向こうに夢があると?

A …違うの。

B 夢はスクリーン。あなたの想いがそこに映し出されていたのよ。

A そんな…。

B あなたは今、自分の夢を抱きしめている。夢のなきがらを。何も映らなくなったスクリーンを。

A じゃあ、…私は、私の手で、夢を…。

B そうよ。あなたによって引きちぎられ、あなたの夢は破れたの。

A どうしよう…。

カーテンを握りしめ、がっくりと膝をつくA。

B 何を悲しんでいるの?

A だって…。

B あなたはあなたの夢をちゃんと看取ったのよ。何も悲しむことなんかないでしょ。

A でも…。

B 無理矢理夢を見ようとすると、いつか夢が歪む。一度歪んだスクリーンには永久に歪んだものしか映らない。だから歪む前に外してあげたほうがいいのよ。たとえ、自ら破り捨てたとしても、あなたにとってそれは決して悪いことじゃない。

A、手に取ったカーテンを広げる。カーテンは破れ、もう光っていない。

A ここに私の夢が…。どうすればいいの…これから私…。

短い間。

B 来るわよ。

A エッ?

ゴーッという強い風の音。

舞台奥から吹きつける風。

A 何、これ!

B 風。

A 風?

B 夢の帳(とばり)が消えたとき、夢の向こうから風が吹いてくる。

A 夢の向こう?

B さえぎるものがなくなって、本当の現実が今、ポッカリ口を開けた。

A 現実…。(舞台奥を覗きこみ)これが現実…。

ゴーッという強い風の音。

舞台奥から吹きつける風。

A 寒い…。

A、うずくまる。

B 世間の風は冷たいもの。行くなら覚悟を決めていったほうがいい。

A 無理だよ…。こんなの…。歩けない…。

B あなたならできるはず。

A 慰めはやめて。

B 慰めなんかじゃない。

A だって恐いよ…。行きたくない…。

B 大丈夫。

A でも寒い…。中に入ったらきっと凍えてしまう…。

B 気持ちをしっかり持ちなさい。あなたが握りしめているものは何。

A、手にしたカーテンを見る。

B あなたは一人だけど一人じゃない。夢は、本当の夢はいつまでもあなたを包み、守ってくれる。

A、顔をあげて。

A 夢が…守ってくれる…。ホントに?

B、うなずく。

A バカみたいな夢でも?

B (うなずいて)バカな夢だったからいいんじゃない。バカは風邪引かないって言うでしょ。

A 破れた夢でも?

B (うなずいて)ユーズドのほうがしっくりくるものよ。

A もう二度と輝くことがなくても?

B (うなずいて)今度は自分が輝きなさい。

間。

A わかった。(短い間)行く。

A、立ち上がり、マントのようにカーテンを身にまとう。

ゴーッという強い風の音。

舞台奥から吹きつける風。

以降、AとBは、並んで正面を向き、ひとつの詩を交互に朗読しているような感じでしゃべる。

A 夢が消えて、初めて世界の向こうが見えた

B 風はますます激しく

A 私には夢しかない

B 夢は輝くことをやめ、ほころび、破れて、今は見る影もないけれど

A それでも私は、やぶれた夢を身にまとい

B 風の中を

A この強い風の中を

A・B 進んでいこうと思う

A 何故なら

B 風が強ければ強いほど

A 私の夢は私にはりつき

B 私は私の夢とともに

A・B いつか私になる

A だから行こう

A・B この風の中を

B、消える。

A、身をひるがえし舞台奥へゆっくりと歩きはじめる。

さらに強くなる風と風の音。

舞台奥に消えていくAの背中がぼんやりと光りはじめる。(幕)

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