●3人 ●30分程度
●あらすじ
弓道部のクミは極度のスランプ。そこへ「スランプの精」が現れるが、「ランプの精」のようには役に立たないようで…。暗転がなく、道具も少ない台本です。
●キャスト
クミ
スランプの精
弓道部の先輩
●台本(全文)
中央に、弓道部員のクミが立っている。
クミ、上手に向かって弓をひく動作(弓と矢は不要。ゼスチュアで)。
クミ、矢を放つ。弦の音と、矢の音。
矢のゆくえを確かめ、首を振るクミ。
クミ …ダメだ。
クミ、もう一度矢をつがえ、弓をひく。
首を振るクミ。
クミ ダメ、ダメ、ダメ。全然ダメ! …なんでだろ。なんでこんなにアタらなくなっちゃったんだろ。もうすぐ大会だっていうのに…。
クミ、再び弓をひく動作。
引き絞り、矢を放とうとした瞬間、動きがとまる。
クミ、驚いたような表情。少し前(上手)に顔を突き出し首をかしげる。
クミ …何? あれは…?
上手よりスランプの精、フラフラッと登場。
クミ 誰ですか!
ス精 アレッ! 見つかっちゃいました?
クミ あなた、どこから入ってきたの?
ス精 どこからって、別にどこからってこともなく…。
クミ いつからいたのよ!
ス精 いつって…、前からずっと…。
クミ ずっと? この弓道場に?
ス精 イエイエ。弓道場じゃなくて、あなたのそばに。
クミ 私のそばに?
ス精 エエ。クミちゃんの。
クミ ちょっと! なんでアタシの名前知ってんのよ!
ス精 (ニヤニヤしつつ)エヘヘヘヘ。そりゃぁ、まぁ、ねぇ…。
クミ (小声で)アヤシイ。一〇〇パーセント、アヤシイ…。
ス精 エヘヘヘ…。
クミ あなた、不審者でしょ。
ス精 違いますよ。
クミ じゃあ誰。
ス精 まぁまぁ、落ち着いて下さいよ。順を追って説明しますから…。
スランプの精、クミに近づいて行く。
少しあとずさりするクミ。
スランプの精、気にせず。
ス精 へぇ〜。それであの向こうのマトを狙うわけですね。ふぅ〜ん。なるほどぉ〜。…これなんていうスポーツなんですか?
クミ 弓道よ。見ればわかるでしょ。
ス精 ハァ。キュードー…ですか。で、さっきからずいぶん熱心にキュードーやってらっしゃいますけど、おもしろいですか、キュードー。
クミ おもしろいっていうか…。まぁ…。練習だからさぁ…。
ス精 アッ練習ね。なるほどなるほど。…それにしても、全然アタってませんでしたけど、今のはハズす練習だったんですか。
クミ ちょっと、アンタ。私のことバカにしてんの!
ス精 そんな、滅相もない。(ハッとして)アッ、ひょっとして!
クミ 何よ。
ス精 まさか! ゴメンナサイ。もしかしてキュードーってのはマトに当てちゃいけないスポーツなんですか!
クミ ムカツク! アンタね、マトにアテちゃいけないっていうスポーツがどこの世界にあんのよ!
ス精 てことは、マトを狙ったのに全部ハズれたんですか。ン〜こりゃスゴイ。感動さえ覚える!
クミ (スランプの精に弓を向けるしぐさをして)あんた、射抜かれたいの。いくら調子が悪くったって、この距離ならハズさないわよ!
ス精 ちょっ、ちょっと待って下さいよ。アブナイじゃありませんか。
クミ だったら、今すぐここから消えて。さぁ早く!
ス精 イヤ、でも…。それは無理です…。
クミ なんでよ。
ス精 だってクミちゃん、スランプだから…。
クミ 私がスランプなのと、なんの関係があるわけ! って言うか、見ず知らずのあなたにスランプだとかって言われたくないんですけど!
ス精 でも、スランプでしょ。しかもかなり重症の。
クミ なんでわかるのよ! 弓道のルールも知らないくせに!
ス精 それは…。…クミちゃん、私のこと見えてるから…。
クミ どういう意味?
ス精 どういうって…。あの、私、一応、スランプの精なんで…。
クミ ハァ? スランプの精?
ス精 エエ。
クミ、下手へ振り返って。
クミ 誰かぁ〜。キューキュー車一台お願いしまーす!
ス精 (心配そうに)ケガでもしたんですか? アア、それでスランプになったってわけですか…。なるほどなるほど…。
クミ (キッと睨んで)それってワザとよね。わかっててワザと言ってるんでしょ。
ス精 …質問の意味がわかりませんが?
クミ てめぇワザとボケてんのかってーの!
ス精 「ワザとボケる」ってそんなことできるんですか! 人間っていうのは、大体、自然にボケていくもんじゃ…。
クミ アア、もうイライラする!
ス精 (クミの肩に手をおいて)大丈夫ですか?
クミ (キッと睨んで)オイ。
ス精 ハイ。
クミ もう一度だけチャンスをやる。
ス精 ありがとうございます。
クミ お前は誰だ。
ス精 ハイ。スランプの精と申します。
クミ ホゥ〜。まだ言うか。
ス精 気に入りませんか。
クミ 大いに気に入らない。
ス精 あの…。もしスランプっていう言葉に、なんて言うか、心理的な圧迫感があるようでしたら、あの…、しばらくはスを小さく発音して頂いてですね、(ス)「ランプの精」ってことでも私はかまいませんが…。どうでしょうか、(ス)「ランプの精」ということで。
クミ そういう問題じゃない。
ス精 じゃあ、どういう…。
クミ 要するに、そこまで言うのなら、自分がスランプの精だっていう証拠を見せろってことよ!
ス精 (笑いつつ)証拠って、クミちゃんに私の姿が見えてるってこと自体が、一番の証拠じゃないですか。普通、見えないんですよ、人間には。だから私のことが見えたってことは、クミちゃんが、今、すごいスランプだっていうことの証拠でもあるし、私がスランプの精だっていうことの証拠でもあるわけですよ。アッハッハッ。
クミ じゃあ、何。スランプになった人間のそばにはあなたみたいなのが張り付いてるってこと?
ス精 エエ、まぁ。
クミ で、私はスランプな人間の中でも、特に大スランプなんで、本来見えないはずのスランプの精が見えちゃったと?
ス精 ハイ。そういうことです。
クミ つまり、あなたがここから消えられないのは、大スランプに陥った私の責任だって言いたいわけ?
ス精 さすがクミちゃん。頭は悪くない!
クミ 悪いのはウデだけだってか!
ス精 エヘヘヘヘ。
クミ 何笑ってんのよ、バカじゃないの。そんなとってつけたような説明でごまかされないわよ。いるわけないでしょ、スランプの精なんて。
ス精 でもいるんですってば。
クミ あっ、そう。なら、ひとつ頼みたいことがあるんだけどいいかな。
ス精 ハイ。なんでしょう?
クミ あなたの力で、私のスランプをなんとかして。
ス精 エッ、なんとかって…。
クミ スランプの精ってことはさぁ、「パパラパァ〜。ご主人様の願い事、なんなりとかなえて差し上げましょう。パパラパァ〜」みたいなことするために現れたってことでしょ。
ス精 あのぅ…。
クミ 何よ。
ス精 「パパラパァ〜」っていうのはどういう意味でしょうか?
クミ パパラパァ〜はどうでもいいの! いちいち、こだわんなよ、そういうとこに。…さぁ、早く!
ス精 つまり、あれですか。私の力で、クミちゃんをスランプから解放すればいいわけですか。
クミ そうよ。そう。わかってんじゃない。さぁ!
ス精 アッ、イヤァ〜。まいったなぁ…。そういうのはやってないんですよね。
クミ できないの?
ス精 ハイ。
クミ じゃあさぁ、あなた何ができるの?
ス精 何って、別に…。
クミ ただの役立たずってこと。
ス精 エエ、まぁ。あまり役には立ちませんね…。
クミ ダメじゃん。
ス精 …あの、おっしゃることはよくわかるんですよ。ランプの精みたいに、呪文ひとつで解決しろよってことでしょ。いや、ホント、そういうご要望があることは重々承知してるんですが、残念ながら、私、そういうお役立ち系のキャラじゃないもんですから…。なんて言うんでしょう、…アッ、そうそう。どっちかって言うと貧乏神とかに近い感じですね。エエ、エエ。
クミ ビンボウガミ…。
ス精 貧乏になった家には、貧乏神が住みつくみたいなもんで、スランプになった人にはスランプの精がやってくるんですよ。ですから、まぁ、これはきわめて自然な成り行きと言いますか、出会うべくして出会ったと言いますか、これも何かの縁なわけですから、できればよろしくお付き合い頂きたい、と、まぁ、そういうわけです。
クミ ナニそれ。なんで私があなたと付き合わなきゃならないのよ!
ス精 あの、付き合うと言ってもですね、映画を観に行くとか、公園でボートに乗るとか、そういうのじゃなくてですね。エーッと、そうだなぁ、どう言えばいいかなぁ〜。
クミ アア、もう、うるさい! わかったわよ。
ス精 わかって頂けましたか。
クミ エエ、よーくわかったわ。あなたが全くポイントにならないってことがね!
ス精 クミちゃんて、けっこうキツイ性格なんですね。ヘヘヘ。
クミ なんなのよ、そのヘラヘラ感は。イライラするなぁ、もう。(キッパリと)いい! ハッキリ言って、あなたがスランプの精だろうが、スコンブの精だろうが、どーでもいいの。とにかく、私は今、ものすごーく時間がなくて、ものすごーく焦ってるわけ。だから、練習に集中したいの。そういうことだから、あなたの相手をしてるヒマはないわけ。わかる? わかったら、すぐにそこから離れて、後ろのほうでおとなしくしてろっつーの。
ス精 アッ、ハイ。
クミ 静かにだぞ。
ス精 ハイ。
スランプの精、ソロリソロリと下手に移動。
下手のソデのほうを見てから、クミのほうに振り向き。
ス精 ねぇ、クミちゃん。
クミ (キッと睨んで)だから、静かにしろって言ってんだろうがよ!
ス精 でも、誰か来ますよ。
クミ ヘッ?
クミ、下手を見て。
クミ アッ、先輩。
下手より、先輩、登場。
先輩 大きな声出してたみたいだけど、どうかした?
クミ アッ、イエ。なんでもありません。
先輩 どう、調子は?
ス精 (先輩の前に進み出て、頭をかきながら)只今、大スランプでして。
クミ (スランプの精に)黙ってろ!
先輩 エッ? 何? うるさかった?
クミ アッ、違うんです、先輩。先輩は何も…。(小声でスランプの精に)アンタ、先輩には見えてないわけ。
ス精 (自分の口を押さえて)…。
クミ (スランプの精に)なんとか言いなさいよ。
先輩 何か言ったほうがいいの?
クミ 違うんです。先輩じゃないんです。スミマセン。あの、ちょっと、待ってて下さいね。
クミ、上手へスランプの精を引っぱってゆき。
クミ なんで、黙ってんのよ。
ス精 クミちゃんが黙ってろって言ったから。
クミ アーもう! いいわよ、しゃべって。
ス精 ハイ。
クミ で、どうなのよ。先輩には、アンタ、見えてないみたいだけど。
ス精 そりゃそうですよ。
クミ あなたの言葉も聞こえてないとか?
ス精 ええ、もちろん。私は、大スランプのクミちゃんにしか見えないし、クミちゃんにしか、私の声は聞こえませんよ。
クミ …ひょっとして、あなた、本当にスランプの精だったの?
ス精 何をいまさら。
クミ …わかったわ。とにかく、今は先輩が来てるから、おとなしくしてて。
ス精 ハイ。
クミ、元の場所に戻って。
クミ 失礼しました。
先輩 …うん、別にいいけど。で、調子はどうなのよ?
クミ アッ、…ハイ。…それがあんまり…。
先輩 …そっか。ちょっと見せてくれる?
クミ ハイ。
クミ、弓をかまえ、矢を射る。
弦の音と、矢の音。
すまなさそうに先輩の顔を見るクミ。
先輩 一体どうしたのよ、クミ。バラバラじゃない。何か悩みごとでもあるの?
クミ イエ、別に。
先輩 全然集中できてないよ。もう一回やってみて。
クミ ハイ。
クミ、矢を射る動作に入る。
先輩 足!
クミ ハイ。
先輩 肘が下がってる!
クミ ハイ。
先輩 肩に力が入りすぎだよ。
クミ ハイ。
先輩 ゆるんでる!
クミ ハイ。
クミ、矢を射る。
弦の音と、矢の音。
うつむくクミ。
先輩 あのさぁ、クミ。見ててすごく感じるんだけど、射(シャ)が浅いよ。もっとどっしり構えたら? それと少しハヤケ気味だけど…。
スランプの精、クミに近づき。
ス精 難しいですね。キュードー用語って。なんなんですか、ハヤケってのは。
クミ (スランプの精に)いいから、あっち行ってて。
先輩 私、邪魔? いないほうがいい?
クミ 違います。そんなことありません。アドバイスお願いします!
先輩 …そう。とにかくさぁ、もしハヤケになってるなら、数をかぞえてみるとかっていうのも、ひとつの方法だと思うんだけど、自分で気づいてる? ハヤケ。
ス精 やっぱり気になるなぁ…。ねぇ、クミちゃん。ハヤケって何かってことだけでも教えてもらえませんか?
クミ (怒って)矢を射るタイミングが早すぎるってこと!
先輩 それはそうだけど…。どうしたのよ、今さら。…なんか怒ってるみたいだけど、気にさわった?
クミ 違うんです。スミマセン。エッと、あの、ハヤケのことは自分でもわかってるつもりなんですけど、単純にハヤケっていうより、ちゃんと会(かい)が作れなくて、それで…。
先輩 アア、そういうことか。要するにハナレが一定しないってことでしょ。
クミ そうなんです。ハナレでもまだ迷ってるみたいなとこがあって…。
先輩 もう一回見せて。
クミ ハイ。
クミ、弓をかまえ、矢を射る体勢にはいる。
下手側で、腕組みをしてクミを見守る先輩。
上手側で、スランプの精、腕組みをして。
ス精 「ハナレ」かぁ。わからんなぁ〜。でも、聞くと、クミちゃん怒りそうだし…。今、先輩と話してる最中だから、絶対邪魔になるよな。うんうん。ガマンだ。ガマン。ここはガマンだぞスランプの精! お前ならできるはずだ。(間)…イヤァ〜、でも気になるなぁ〜。
スランプの精、腕組みをしたままウロウロする。
クミ 邪魔よ。邪魔。わかりもしないくせにナニ腕組みしてんのよ。気になってできないじゃない。
ス精 アッ、スミマセン。ハナレってのがどうにも気になったもんで…。
クミ ハナレはハナレよ。あんたこそ、そこからハナレなさいよ!
先輩 クミ!
クミ アッ、ハイ。
先輩 今のは完全に聞こえたわよ。あなた、私のことがキライなの?
クミ イエ、まさか。
先輩 じゃあ、今の部活に不満でも?
クミ そんなことないです。
先輩 なら、どうしてブツブツ文句ばっかり言うのよ。
クミ そっ、それは、(スランプの精を指さし)こいつが…。
先輩 こいつ?
クミ ハイ。先輩はスランプじゃないからわからないと思いますけど…。
先輩 どういうこと? そりゃぁ今はスランプじゃないけど…私だってスランプになったことくらいあるよ。だから、今のクミの気持ちわかるし、それで、休みなのに見に来たんじゃない。もしそれが邪魔だって言うんなら帰るけどさぁ…。
クミ 違います。違うんです。あの、先輩には見えないと思うんですけど、実はここにスランプの精っていうのがいてですね、そのスランプの精って言うのは、まぁ、貧乏神みたいなもんらしいんですよ。だから、全然役には立たないんですけど、役に立たない上に、私と先輩の話に割り込んできてですね、それで話がややこしくなっちゃって…。
先輩 ねぇ、クミ。バカのふりしてごまかそうとしてる?
クミ まさか、そんな。信じて下さい。私…。
先輩 信じたいよ。私だってクミのこと信じたいけどさぁ…。そんなわけのわかんないことばっか言ってるうちに、どんどん時間なくなっていくんだよ。それはクミにだって、わかるよね。
クミ …ハイ。でも…。スランプの精が…。
先輩 もういいよ。この際だからハッキリ言うけど、もしクミの調子がこのままだったら、今度の大会のメンバーには入れられないからね。…ユウコやチアキだって最近メキメキ上達してきてるし、補欠でガマンしてる二年生だっているわけだから、今までの実績だけで、クミを特別扱いはできないよ。それだけは覚えてて。…じゃ。
先輩、下手へ去る。
クミ、ガックリとヒザをつき。
クミ もうダメだ…。
ス精 まぁまぁ、そんなに落ち込まなくても。
クミ (キッと睨んで)全部あなたのせいでしょ!
ス精 エッ、そうなんですか。
クミ 決まってんじゃん。ねぇ、お願いだから、消えてくれない。私、一人になりたいんだけど。
ス精 ですから、何度も申し上げてるようにそれは無理なんですよ…。スランプの精というのはですねぇ…。
クミ (スランプの精を突き飛ばし)ウルサイ! あっち行け!
ス精 アッ、ハイ…。…じゃあ私、マトのほうに行って矢を集める係やりますから、バンバンやって下さいね。
スランプの精、スキップしつつ上手へ去る。
クミ なんだよ、アイツ…。人が落ち込んでるっていうのに、嬉しそうにしやがって…。まったく…。トンチンカンで役立たず、その上マトはずれなことばっかり…。(間)ん? まてよ。マトはずれ? そうか。そうだよ。マトはずれなヤツがそばにいるから、マトにアタらないんだ。貧乏神がいる間は、貧乏から抜け出せないのと同じことだよ! ということは、スランプの精を追い払ったら、スランプじゃなくなるってことじゃん。…わかったぞ。諸悪の根源はヤツだ。ヤツさえいなければ復活できる! それが答えだったんだ。よーし。
クミ、矢をつがえる。
上手へ向かって。
クミ スランプの精さーん。聞こえるぅ〜?
上手より、スランプの精の声。
ス精声 聞こえますよぉ〜。
クミ 悪いんだけどさぁ〜、マトの横に立って、見ててくれるぅ〜。
ス精声 いいですよぉ〜。こうですかぁ〜。
クミ そうそう。そこに立っててぇ〜。
ス精声 はーい。
クミ、独白。
クミ …やってやる。これでスランプともおさらばだ…。…これはもちろん私自身のためにやることだけど…今ヤツを始末しておけば、私みたいに苦しい思いをする人もいなくなるわけだから、そういう意味で、世のため人のためにもなることなわけだ。…よーし…。
ス精声 いつでもど〜ぞぉ〜。
クミ う〜ん。よく見ててねぇ〜。絶対動かないでよぉ〜。(間)消え失せろ、私のスランプ!
クミ、矢を放つ。
弦の音と、矢の音。それからドスンという音。
クミ、動かない。
上手より、スランプの精、走り出てきて。
ス精 クミちゃん。今のはど真ん中でしたよ。すごいじゃないですか。これじゃ、私もそろそろお払い箱かな。エヘヘヘヘ。(ジッとしているクミの様子を見て)あれぇ〜。ひょっとして、クミちゃん、私の姿見えなくなってるんじゃ…。(クミの耳元で)オーイ。聞こえますかぁ〜。(クミ、不動)うんうん、やっぱ聞こえてない。そーかぁ〜。てことは、大スランプは脱出したってことか…。
クミ してないよ…。
ス精 アレッ。まだ聞こえてるんですか?
クミ 聞こえてるし、見えてる…。
ス精 でも、マトの真ん中に…。
クミ 今のはあなたを狙ったのよ…。
ス精 私を?
クミ …そうよ。あなたがいなくなればいいと思って…。
ス精 アア、そうだったんですか。
クミ …怒らないの?
ス精 イエ。別に。むしろ嬉しいくらいです。
クミ 嬉しい? なぜ?
ス精 だって、狙ったところに行かなかったってことは、まだスランプなわけでしょ。スランプが続けば、それだけ長く、クミちゃんのそばにいられますから。
クミ 私のことが好きなの?
ス精 エエ。
クミ なんで? こんなヘタクソで、カッコ悪くて、イジワルな私のどこがいいの? いいとこなんかひとつもないじゃない。…そりゃ、一年生の中じゃ、目立ってたから、まわりも応援してくれてたけど、試合に出られないんじゃ、もう誰も相手にしてくれないよ。みんなはドンドンうまくなってるのに、自分だけダメで…。…「クミはもう終わった」って部内でもウワサされてるし…。
ス精 アア、なるほど…。
クミ 新人戦で優勝したときなんか、「弓道部背負って立つのはクミだ」とか「クミさえいてくれれば全国狙える」とか先輩も言ってくれてたんだよ。顧問だって「来年の主将はお前しかいない」って。だから、絶対先輩や顧問の期待にこたえなきゃいけないのに…。期待にこたえるどころか、とうとう先輩にも嫌われちゃったし…。
ス精 ほうほう…。
クミ とにかく、何がなんでもマトに当てなきゃなんないの! この状況から抜け出すにはそれしかないの!(間。しんみりとして)…でも、どうガンバレばいいのかがわからないんだもん。一生懸命やればやるほどますます泥沼だし…。今じゃ、試合どころか、練習でだって、ドキドキしちゃってさ。
ス精 ドキドキですか。
クミ うん。はずしたらどうしよう。絶対アテなきゃって思えば思うほど、息が苦しくなってくる…。マトが遠くに見えて、手の震えがとまらない…。こんな姿、みんなに見られたくないよ。…このままずっとこんな思いするくらいなら、、いっそのこと、弓道辞めようかなって…思ってる。
ス精 アア、そうですか。
クミ イヤになったでしょ。こんな私。
ス精 イエ。別に。
クミ どうして? どこがいいの。こんな私の。
間。
ス精 …私がなんでスランプの精になったかわかります?
クミ エッ? …ううん。
ス精 なろうと思えばなれたんですよ。もっときらびやかな妖精にだって。…なんて言うんでしょう。チョウみたいに飛び回って、飛んだあとには星のキラキラが残る、みたいな。…でもね、そういうのはやめたんです。
クミ なんで?
ス精 だって、そういう妖精って、人が幸せなときに現れて、その幸せを祝福するわけでしょ。なんかイヤじゃないですか、場を盛り上げるコンパニオンみたいで。それに私、幸せいっぱいの人を見るの、好きじゃないし。
クミ じゃあ、あなたはどういう人が好きなの?
ス精 私はね。苦しんでる人を見るのが好きなんです。
クミ …あなた、ひょっとしてS?
ス精 スランプの精だから、一応イニシャルはSSですけどね、別にそういうことじゃありませんよ。(間)…私、ひどいスランプの人を見てると、火山を思い出すんですよね。
クミ 火山?
ス精 エエ。噴火前の火山にすごく似てるなって。…なんか、もう、地下でマグマがはちきれそうになって、グラグラ煮え立ってるような…そういうエネルギー感じるんですよ。(間)だからね、スランプの人を見てると、ワクワクしちゃう。この人、いつか噴火するぞって。だからやめられないんですよ。スランプの精が。
クミ 噴火…。
ス精 エエ、噴火するんです。マグマの力で。…スランプになれる人っていうのは、そういうふうにマグマを自分の中にためられる人なんですよ。それができなくて、小出しにプクプク泡ふいてるような人は、スランプもないけど、噴火もしませんね。つまんないですよ。そういう人は。
クミ …そっか。ためてるのか…。
ス精 ハイ。
クミ 私もいつか噴火できるのかな?
ス精 (首をかしげて)さぁ、どうでしょう。
クミ さぁって…。
ス精 噴火するとかしないとか、マトにアタるとかアタらないとか、それはいろいろでしょ。私にはそんなことわからないし、私にとっては、そんなのどうでもいいんです。
クミ そんな…。ムセキニンだよ…。
ス精 だって、神様じゃないんだからそんなことわかりませんよ。
クミ 励ましてくれてるのかと思ったのに…。
ス精 励ましてほしかったんですか?
クミ わかるでしょ。それくらい。
ス精 アア、そうでしたか。それは失礼しました。…でも、私、そういうのもキャラじゃないんで、スミマセン…。
クミ (ちょっとしょげて)…噴火しろとかって言ってくれないんだ…。
ス精 別に、噴火してもしなくても火山は火山ですから。
クミ よくわかんないよ。
ス精 …なんて言うんでしょうねぇ。とにかく、このままマグマをためつづけてもいいし、頭の重しを吹き飛ばしてドカーンと噴火してもいいし、先のことは、まぁ、なるようになるんでしょうけど、それはそれとして、私は、噴火する前の火山が好きなんです。見た目にはわからないかもしれないけど、それでもちょっとずつ、マグマをためこんで、そんな自分の中のマグマにとまどいながら、ジッとその時が来るのを待ってる火山のような人が。…だから、私は、そんなふうに苦しんでる今のクミちゃんが大好きなんです。
クミ、顔を伏せる。
ス精 どうかしましたか?
クミ …そんな風には誰も言ってくれなかったから、ちょっとビックリした…。
ス精 そうですか。
クミ うん。苦しまないほうがいいよって言ってくれた人はいたけど、そのまま苦しんでればいいって言ってくれた人はいなかった。早く元気になってねって言ってくれた人はいたけど、悩んでる私のことが好きだって言ってくれた人はいなかった…。ガンバレって言う人やガンバラなくてもいいって言う人はいたけど、みんな最後は結果を求めてきた。結果をまるで気にしないで今の私を見てくれた人はいなかったから…。
ス精 まぁ、まわりはね、同情するか、説教するか、大体どっちかですから。
クミ そうそう。
ス精 なかなか私みたいにどっぷり付き合おうってヤツはいないもんです。
クミ そうそう。
ス精 役には立ちませんけどね。エヘヘヘヘ。
間。
クミ …でも、私、なんか、ちょっと、わかったかも…。わかったって言うか…焦らなくてもいいんだよね。
ス精 エエ、そうですね。そうだと思いますよ。火山に向かって、「いつ噴火するんだ」って聞く人、いないでしょ。少なくとも人にさしずされることじゃありませんよね。火山は噴火するときがきたら噴火する。そういうもんですから。
クミ うん。
地鳴りのような音。
ス精 アッ!
クミ 何?
ス精 イエ、別に…。
再び、地鳴りのような音。
ス精 アッ、やっぱり…。(間)そろそろお別れかもしれませんね。
クミ エッ。なんで?
ス精 聞こえるんです。私には。
クミ 何が?
ス精 マグマの音が…。
クミ マグマ? 私、噴火するの?
ス精 さぁ、それは自分で確かめて下さい。それがわかるのは自分だけですから。
クミ 見ててくれないの?
ス精 だって、私、スランプの精ですから。そのとき私はいませんよ。
再び、地鳴りのような音。
ス精 …さて、と。
クミ 行っちゃうの?
ス精 …ハイ。残念ですけど。…まぁ、クミちゃんにとってはそのほうがいいんですよね。エヘヘヘヘ。
スランプの精、下手へ。
クミ また会えるかな…。
ス精 さぁ、どうでしょう。
クミ きっと会えるよね。
ス精 やめて下さいよ。こういうの慣れてないんですから。
クミ 絶対来て! 来なきゃダメ! そのときはもっと大きな火山になってるから。それで、もっといっぱいマグマためて待ってるから!
ス精 強引だなぁ〜。わかりましたよ。じゃあ、また、いつか。とんでもなく苦しいときに。エヘヘヘヘ。
スランプの精、手を振って下手へ消える。
地鳴りのような音。
クミ、空を見上げ、大きく深呼吸。
ゆっくりと弓を手に取り、矢を射る姿勢。
地鳴りのような音、さらに大きくなって。(幕)