●5人 ●50分程度
●あらすじ
学校から家に帰ってきたアカネ。しかし何故か自分の部屋にはロックがかかっており、中にはアカネの部屋にひきこもろうとする妹のリサが。カレシが泊まりにくることになっているアカネは焦るが、事態はさらに悪い方向へと…。
●キャスト
アカネ
リサ(アカネの妹)
ユウコ(アカネの友達)
タカシ(アカネのカレシ)
アカネの母親
●台本(全文)
二階、アカネの部屋。部屋にはベッド、勉強机などが置いてある。
上手にドア。 中央にはコタツ。舞台奥には窓。
カギを開ける音。それから玄関の扉が開閉する音。続いて、足早に階段を上ってくる音。
上手より制服姿のアカネ登場。ウキウキした様子。
アカネ、ドアのノブをひねる。ドア開かない。
首をかしげるアカネ。再びドアのノブをひねる。
アカネ 何これ。なんでロックがかかってるわけ?
中に向かって。
アカネ ちょっと。誰かいるの?
アカネ、ドアをたたく。
ベッドの中から妹のリサ顔を出し、あくび。
のろのろと立ち上がってドアを開ける。
リサ …なんだ、お姉ちゃんか。…おかえり。
アカネ おかえりじゃないわよ。あんたなんで勝手に私の部屋に入ってんの。しかもカギまでかけて。
リサ エヘヘヘヘ。
アカネ エヘへじゃないよ。ねぇ、ちょっと出ていってくれる。
リサ いいじゃん、別に。
アカネ よくないよ。
リサ なんで?
アカネ 急いでんの。
リサ なんで急いでんの?
アカネ (天井を見上げて)…なんでもよ。
リサ 怪しい。
アカネ (天井を見上げて)…怪しくないよ。
リサ お姉ちゃん、何か隠しごとがあるでしょ。
アカネ なんでわかんのよ。
リサ お姉ちゃんが、意味なく天井を見上げるときは、何か秘密があるときよ。
アカネ …ムムムムム。イヤなヤツ…。
リサ (アカネの肩に手を回し)さっさと白状したほうが身のためよ。
アカネ あんたね、私の部屋に無断で侵入しておいて、よくそんなことが…(ベッドに目をやり)アッ! リサ、あんた、私のベッドで寝てたでしょ!
リサ うん。眠くなっちゃって…。
アカネ (あわててベッドを直しながら)アー! これヨダレじゃない! なんてことしてくれるのよ。私がやったと思われるじゃない!
リサ 誰に?
アカネ エッ…誰って…それは…。
リサ 誰か来るんだ。
アカネ (天井を見上げて)…来ないわよ。
リサ 来るんだ。…カレシ?
アカネ (天井を見上げて)違うってば。
リサ カレシか。(アカネをジロジロと見て)…フーン。ついにお姉ちゃんにも春が来たんだ。(間)オメデト。お姉ちゃん。
アカネ …アッ、どうも。
リサ で、どんな人?
アカネ どんなって…そりゃまぁ…。
リサ 優しい?
アカネ 優しいよ。
リサ どんなふうに?
アカネ どんなって…。
照れるアカネ。
リサ、アカネに抱きついて。
リサ 「愛してるよ、アカネ」とか?
アカネ やめてよ。そんなんじゃないよ。
リサ じゃあ…(アカネの足にしがみついて)「オレ、アカネがいないとダメなんだ。優しくするから、捨てないでくれよぉ〜。あと、悪いんだけど、金貸してくれよぉ〜。きっと返せないと思うけどさぁ…」とか?
アカネ それ、ただのヒモでしょ。
リサ ああ、ならこういう感じ?
リサ、アカネの背中にしがみついて。
リサ おぶさりてぇ〜。おぶさりてぇ〜。
アカネ 完全に「こなきじじい」入ってるじゃない。なんで私がヨーカイとつきあわなきゃいけないのよ。
リサ ひょっとしてお姉ちゃんこういうので興奮するのかもって気がしたもんだから…。
アカネ どういう趣味よ。
リサ だって、お姉ちゃん、重いものとか背負ってても「チョー重てぇ〜」とかって、笑ってそうじゃん。
アカネ (リサをふりほどき)あのさぁ、とにかくそういうわけだからさぁ、時間ないんだ。着替えなきゃなんないし。出ていってくんない。
リサ アッ、それは無理。
アカネ なんでよ。
リサ (セリフっぽく)だって、私、この部屋がとっても気に入ったんですもの!
アカネ 気に入ったってどういうことよ。
リサ 窓が広くて、陽当たりがよくて、とっても綺麗に片づいてて…。それに、一番いいのはドアにカギがかかるってことね。…私の部屋、カギかかんないじゃん。なんていうの。閉じこもれないっていうの? だから。
アカネ ちょっと、リサ。あんたまさか、私の部屋を乗っ取る気?
リサ 乗っ取るっていうか…ここで閉じこもってしまおうかなって。
アカネ ひきこもり?
リサ うん、軽く。
アカネ ひきこもりか…。まぁ…いろいろ事情はあるんだろうけど、とりあえず自分の部屋でやってくんないかなぁ…。
リサ だからさぁ、私の部屋にはカギがかかんないんだってば。お姉ちゃん、私の話聞いてんの?
アカネ アッ、そうか。でもいいんじゃないの。カギくらい。
リサ ダメダメ。カッコつかないじゃん。それじゃ。
アカネ ひきこもるのに、カッコつくとか、つかないとか、関係ないでしょ。
リサ あるよ! だってさ、ひきこもってんのにさ、夜中にお母さんとかがそーっと入ってきてさ、着替えとか、食べ物とか置いていったりしてみなよ。で、ベッドのそばにきて、私の寝顔とか見てさ、「この子が生まれたときは…」とかって、回想シーンに入ったりしたらどうすんのよ。
アカネ …考えすぎだよ。
リサ イヤ、充分あり得る。あの人なら、きっとやるって。しかも調子にのって私の寝顔をビデオ撮影する可能性だってあるな…。(ちょっと考えて)ゲェ〜やじゃない。そんなの。それをブログとかで流されちゃったりしてさ。アー最悪。なんで寝顔を動画で流すんだよって話だよね。写真でいいじゃん、写真で。でしょ。動いてないんだからさぁ。しかも、「ひきこもってるリサの寝顔ゲットしました。けっこう童顔です。おやすみリサ。スヤスヤ」とかってコメントついてんだぜ。ったく。わけわかんないよ!
アカネ だから、考えすぎだって。
リサ ううん。とにかく、そんな恐怖におびえつつひきこもるなんて絶対イヤ。やるからには、立派にひきこもりたいわけ。だからカギがかかるこの部屋しかないのよ! わかるでしょ、この気持ち。
アカネ イヤ…どうかなぁ…。
リサ お願い。お姉ちゃん!
アカネ でもさぁ、もうすぐ来ることになってるからさぁ…。
リサ なんなら私の部屋、使ってもいいよ。
アカネ ヤダよ。あんな汚い部屋。
リサ わがままだなぁ。
アカネ どっちがよ。(時計を見て)アーもう、こんな時間…。
ピンポーンという玄関のチャイム。
アカネ アッ、来ちゃったよ! どうしよう。
リサ 私、隠れてるね。
アカネ やめてよ!
リサ ドンマイ、ドンマイ。
リサ、ベッドの中に隠れる。
アカネ イミわかんないよ…。
再び、ピンポーンという玄関のチャイム。
アカネ アーもう。…ハッ、ハーイ。
アカネ、ドアを開けて、上手に去る。
階段を駆け下りる音。
玄関の扉を開ける音。
閉める音。
階段を上ってくる足音。
上手より、アカネの友達のユウコ登場。
ユウコ、振り返って上手に。
ユウコ ゴメン。ホント、ゴメン。とりあえず今晩だけお願い!
上手より、アカネ登場。
アカネ ちょ、ちょっと待って。あのさぁ、実はね…。
ユウコ (アカネの言葉をさえぎり)とりあえず中で話そ。聞いてもらいたいこと、山ほどあるんだわ。
アカネ アッ、イヤ、だから、私にも聞いてもらいたいことが…。
ユウコ、かまわず部屋の中に入る。
ユウコ ワッー。綺麗にしてるじゃん。
ユウコ、ベッドに持ってきた荷物を放り投げる。
リサ (布団の中で)ゲッ!
ユウコ 誰かいるの?
リサ (布団から顔を出し、ユウコを見て)エッ…女…。お姉ちゃん、レズだったの!
アカネ バカ、違うよ。これは友達のユウコ。
リサ エッ。…てことは。…ヤダ、不潔! 三人でってこと!
アカネ だから、違うんだってば。ユウコは友達で、急に訪ねてきただけなの!
ユウコ (リサを見て、アカネに)
ひょっとして妹?
アカネ うん。リサ。会ったことなかったっけ。
ユウコ あーかすかにあったかも、昔。(リサに)私、アカネの友達のユウコ。よろしく。
リサ こんにちは。
ユウコ 何してんの?
リサ エヘヘヘヘ。
アカネ 一応、ひきこもってるらしいんだけど…。
ユウコ ここで?
アカネ らしいよ。
リサ この部屋、カギかかるから。
ユウコ アア、なるほど。
アカネ 何、納得してんのよ、ユウコ。
ユウコ だってさぁ、カギかかるかどうかっていうのは、大事なことだよ。もしさぁカギがかからない部屋にひきこもったとするじゃない。するとさぁ、夜中にお母さんとかがそーっと入ってきてさ、着替えとか、食べ物とか置いていったりするかもしれないじゃん。で、ベッドのそばにきて…。
アカネ 寝顔見て、「この子が生まれたときは…」とかって、回想シーンに入ったりするんでしょ。
ユウコ そうそう。よくわかってんじゃん。
リサ 私、この人とは合うような気がする。
アカネ 合わなくていい!
リサ ねぇねぇ、ユウコさんは…。
ユウコ ユウコでいいよ。
リサ ユウコは、遊びに来たわけ?
ユウコ ううん。家出。
リサ アア、家出か。
ユウコ うん。軽く。
リサ じゃあ、今晩、ここに泊まってくんだ。
ユウコ 一応、そのつもり。
リサ やったぁ。なんか楽しくなりそう。ゆっくりしてってね。
ユウコ アリガト。
リサ ねぇねぇ、お姉ちゃん。今晩、歓迎パーティーしようよ。ネッ。
ユウコ エーッ、いいよ、いいよ。そんなに気ィつかってくれなくて。
リサ 気なんかつかってないよ。私、なんかパーッとやりたいんだ、パーッと。アッそうだ。お姉ちゃん、買い出し行ってきて。
アカネ …あり得ない…。(ユウコに)あのさぁ、ちょっと言いにくいんだけど…。
ユウコ アッ、ホント、いいよ。歓迎会とかは。急に押しかけちゃったの私なんだし。泊めてくれればそれだけで十分だから。
アカネ いや、まぁ、歓迎会はともかく、こっちにもいろいろ事情があってさぁ…。泊まるとなると…。
ユウコ アッ、大丈夫、大丈夫。パジャマもあるし、歯ブラシも買ってきたし…。
アカネ …そういうことじゃなくて。
ユウコ エッ。何? 他に何かあったっけ? ゴメンネ。私、家出すんの初めてだからさぁ、足りないものがあるんなら言って。
アカネ イヤ、グッズのことじゃなくて…。
リサ もうすぐ、カレシが来るんだって。
ユウコ エーッ。マジ! 何、水くさいじゃん。いつからよ。
アカネ いつって…まぁ、ちょっと前から…。
ユウコ なんで黙ってたのよ。
アカネ いや、まぁ、おいおい話そうかと思っているうちに、つい言いそびれて…。
ユウコ そっかー。アカネにもついに春が来たってわけね。…で、誰?
アカネ 誰って…。
ユウコ 森山君とか?
アカネ バカ、違うよ! あんなのヤダよ。
ユウコ じゃあ誰?
アカネ …川口君。
ユウコ カワグチ…? アア、二組の。下の名前、なんだっけ?
アカネ タカシ。
ユウコ フーン。…で、優しいの?
アカネ 優しいよ。
ユウコ どんなふうに?
アカネ どんなって…。
照れるアカネ。
ユウコ、アカネに抱きついて。
ユウコ 「愛してるよ、アカネ」とか?
アカネ やめてよ、もう。そんなんじゃないってば。
リサ (ユウコに)「金くれぇ〜」とか「おぶさりてぇ〜」とかも言わないんだって。
ユウコ フーン。結構、フツーだね。
リサ まぁね。お姉ちゃんのカレシだからね。そこそこフツーなんじゃない。
ユウコ アッ、そうかも。うん。たぶんそう。川口君って、私、ほとんど話したことないけど、行事のときだって、あんまり目立たないし、どっちかって言うとおとなしい感じなんだわ。だから優しいって言えば優しそうだけど…。
リサ 優柔不断?
ユウコ うんうん。若干、そういう印象受ける。どっちにしてもグイグイ引っぱっていくタイプじゃないね。それは確か。
リサ じゃあ、お姉ちゃんがリードするわけだ。
ユウコ (ベッドに座っているリサに抱きつき)「好きよ〜。タカシー」とか。
リサ ヒーッ。お姉ちゃん、大胆!
アカネ やめてってば。
リサ (ユウコに)でも、お姉ちゃんのどこがよかったのかな?
ユウコ そうよねぇ…。私もそこが不思議。よりによって…。
アカネ …よりによって。
リサ ホントホント。どういう手口でひっかけたんだろうね。
アカネ ひっかけてなんかないってば。
ユウコ エッ、じゃあ、ひっかかったの?
アカネ あのさぁ、そういう発想からは離れてよ。そんなんじゃないんだからさぁ。
ユウコ エッ、それじゃ、まさか…。
アカネ 私とタカシはね…。
ユウコ 赤い糸でとか言わないでよ。
リサ (布団にくるまって)ヒェ〜。寒い。寒気がするぅ〜。
ユウコ (床に倒れて)ウォォォォ。体が氷になっていくぅ〜。
リサ 温めてぇ〜タカシィ〜。
ユウコ (床に倒れたまま)今、行くよ、アカネェ〜。
アカネ 何、二人で遊んでんのよ。…まったく。大体、よく考えたら、リサはひきこもり、ユウコは家出してきたわけでしょ。もっと自分のことで真剣になるべきじゃない?
ユウコ いや、まぁ、それはそうだけどさぁ。やっぱうれしいじゃん。親友にカレシができたってことは。
リサ 私も。お姉ちゃんにカレシができるなんて、想定外だったから、なんか楽しくなっちゃって。
ユウコ オメデトウ。アカネ。
リサ よかったね。お姉ちゃん。
アカネ そんな…。ありがとう、二人とも…。
ユウコ 私たち、絶対二人の邪魔しないからね。
リサ うん。おとなしくしてるから。
ユウコ アッそうだ。何かわからないことがあったら、聞いてくれればいいからね。
アカネ 聞いてくれればって…。このまま、ここにいるつもり?
ユウコ うん。でも気にしなくていいよ。
リサ 私たちはいないもんだと思ってくれればいいんだから。
ユウコ ネー。
うなずきあう、リサとユウコ。
アカネ いないものってねぇ…。思えるわけないでしょ。こんな狭い部屋で。
リサ だから守護霊的な感覚でさぁ。
ユウコ ちょっと透明な感じでアカネを見守るんだよね。
リサ そうそう。
アカネ ノーサンキューよ、ノーサンキュー。(時計を見て)ゲッ、もうこんな時間。ねぇ、ホント、お願いだからさぁ…。
リサ 無理。だって、ひきこもってんだもん。
ユウコ 私も無理。そんなにすぐ帰れないよ。家出なんだから。
アカネ 無理って言われても…。ダメだよ、やっぱり…。
リサ だども、オラたち、他に行くとこがねーだよ。
ユウコ 庄屋様に見捨てられたら、飢え死にするしかねーだ。
リサ んだんだ。ここはひとつ、庄屋様のお慈悲におすがりするしかねぇ。
ユウコ どーか、オラたちを助けると思って、ここにおいてやってくだっせ。
アカネ なんなのよ、あんたたち。なんでそんなに波長が合うわけ。
リサ 百姓には百姓の意地があるだで。
アカネ イミわかんない…。とにかく、二人ともとりあえずこの部屋を…。
ユウコ これだけオラたちがおねげぇしてもダメだっつーことかね。
リサ 庄屋様は冷てーお人だぁ〜。
ユウコ どうする。リサどん。
リサ んだなぁ〜。庄屋様がウンと言って下さらねぇんなら、しかたねぇ。さぁ皆の衆。
ユウコ それ、一揆!一揆!
リサ 一揆!一揆!
リサとユウコ、ベッドの上ではねる。
アカネ ウヘェ〜。布団がぁ〜。降りてよ。降りてってば。
アカネ、リサとユウコをベッドから降ろす。
ベッドを直しながら。
アカネ アーもう、せっかく綺麗にしてたのにまたぐちゃぐちゃになっちゃったじゃない…。
ユウコ アッ、何。川口君を連れ込むつもりで、綺麗にしてたんだ。
アカネ 連れ込むとか言わないでよ。
ユウコ じゃあ、引きずり込むつもりだったんだ。
アカネ 海の巨大生物みたいじゃない、それじゃ。
ユウコ アッ、でもさぁ、マジ、親とかは大丈夫なの? いくらロックがかかるっていってもさぁ。
リサ それは大丈夫。今夜は帰らないって、昨日、お母さん、言ってた。
ユウコ 父親は?
リサ 二人とも。
ユウコ 旅行?
リサ 旅行って言うか、なんて言うの。ホージとかそういうので、田舎のおばあちゃんちに、親戚が集まるから、それで。
ユウコ (リサに)なるほど。法事という、一族にとって大切な行事がある日を狙って、彼女は犯行に及んだわけか…。
リサ 卑劣な犯罪です。…許し難い。
アカネ 犯罪ってね…。たまたまだよ。たまたま二人とも泊まってくるって言うからさぁ…。リサだって、そのスキにひきこもろうとしたんでしょ。
リサ だって、ひきこもりは犯罪じゃないもん。
アカネ 私だってそうだよ。
リサ でも不純異性交遊じゃんか。
アカネ 不純じゃないし。
ユウコ エー。そんなのつまんないよ。部屋に引きずり込んでおきながら、清らかなおつきあいをするわけ?
リサ エー。何ィ〜。リサ、清らかってわかんなーい。たとえば何すんの? 俳句をよむとか?
ユウコ ゲーッ。よりによって俳句かよ! それあまりにも清らかすぎない。
リサ じゃあ合唱とか?
ユウコ オェ〜。二人でかよ! どっちかが指揮したら、歌うの一人だから合唱になんねーじゃん。
リサ …実は宗教だったりして。
ユウコ ヒィェ〜。救われねェ〜。
盛り上がる、リサとユウコ。
アカネ、あきれて。
アカネ (独り言)ダメだこりゃ…。(時計を見て)こんなことしてる間にタカシ来ちゃうよ。…そうだ。とりあえず、今の状況をタカシに連絡して…。
ドアの外に出るアカネ。
ケータイを取りだし、連絡しようとする。
そのとき、ピンポーンという玄関のチャイム。
アカネ ゲゲゲ。どうしよう。
アカネ、部屋の中に飛び込み。
アカネ ちょっと! 二人とも…。
リサとユウコ、既に窓から下をのぞいている。
ユウコ 川口くーん。どーぞー。
リサ タカシィ〜。早く来てぇ〜。
アカネ ヒィェ〜。(二人を押しのけ、窓から顔を出し)ちょ、ちょっとそこで待ってて!
アカネ、窓をしめ、急いでドアを開け、上手に去る。
階段の音。
ユウコ、窓の下に向かって。
ユウコ ウソよー。もう待てなーい。
リサ 抱きしめてぇ〜。タカシィ〜。
はしゃぐ二人。
ユウコ アッ、そうだ。私たちも下に行こ。
リサ そうだね。お姉ちゃん、結構シャイだから、このまま玄関でタカシを帰しちゃう可能性あるもんね。
ユウコ よし、出発。
リサ ターゲット、タカシ。
ユウコ 生け捕りにするぞぉ〜。
リサ オー!
二人もドアを開け、上手へ去る。
ドタドタと階段を降りる音。
暗転。
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明るくなる。
部屋の中、タカシをはさんで、リサとユウコが座っている。
リサ …でね。横にいるお姉ちゃん見たらさぁ、なにげに鼻血出してたわけ。ツーダラダラって感じで。それでもう、私、そのときはゲラゲラ笑っちゃったんだけど、そしたらその晩、お姉ちゃんがゾンビになる夢見ちゃって。お姉ちゃん、鼻血出しながら、こんな感じで近づいてくんだもん。あれ、ヤバイよ…。
ユウコ アカネってさ、ここ一番ってときに、鼻血出すクセあるんだよね。小学校の修学旅行のときの話知ってる?
リサ ううん。
ユウコ 知らないんだ。「伊香保温泉血の池地獄事件」。
リサ エーッ、それ知らなーい。
ユウコ 修学旅行で伊香保に泊まったときに、クラス毎にお風呂に入ることになってたんだけど、そのときアカネがさ…。
階段の音。上手より、お盆にカップを二つ乗せて、アカネが登場。
ドアを開けて入ってくる。
アカネ なんの話?
ユウコ イヤ、別に…。修学旅行楽しかったって話。
アカネ あっ、そう。(タカシの前にカップをひとつ置き)ハイ。
タカシ アッ、ありがとう。
リサ 私のは?
アカネ ないよ。
リサ そのお盆の上のは、誰の?
アカネ 一応、私のだけど。
ユウコ アッ、それって、暗に「二人っきりにしろよ、てめーら」って言ってるの?
リサ エー。そんなことないよ。(アカネに)お姉ちゃんはそんな血も涙もない人じゃないよねー。
ユウコ アア、それもそうだね。血がかよってなかったら、鼻血も出ないはずだけど、アカネの場合はすぐに…。
アカネ (ユウコの口をふさいで)わかったわよ。私のあげるから二人で飲めば。
アカネ、自分のカップをリサに渡す。
リサ エーッ。二人でワンカップかよ。
タカシ アッ、よかったらこれ…。
タカシ、自分のカップをユウコに渡す。
リサ タカシ、優し〜。
ユウコ 紳士っ〜。
タカシと腕を組み、タカシの肩に頭をのせるリサとユウコ。
アカネ あんたたちねぇ…。
タカシ …あの、じゃまだったら、オレ帰るけど…。
アカネ いいのいいの。こいつら…イヤ、この人たちは、お茶飲んだらすぐにいなくなるから。
リサ ううん。ずっといるよ。だってひきこもってるんだもーん。
ユウコ 私も泊まるよ。だって家出してるんだもーん。
アカネ ……。
ユウコ (わざとらしく)でも、ひょっとしたらお邪魔なのかもよ?
リサ そんなことないよ。お姉ちゃんは優しいから、私たちを追い出したりはしないって。
ユウコ だよね。フトコロが広いって言うの。愛も友情も両立できる人だもんね。
リサ だからタカシも遠慮しないで。
ユウコ ここはフリーなスペースだからさ。
リサ おもしろいじゃん。四人でお泊まりって。
ユウコ なんかワクワクする。
アカネ (独り言)あり得ない…。
リサ (アカネを気にせず、ユウコに)でさ、寝る場所なんだけど、タカシと私がベッドを使うとして…。
ユウコ エーッ。それはダメだよぉ〜。
リサ じゃあ、タカシに決めてもらお。私とユウコ、どっちがいい?
アカネ なんでそういう選択肢になるわけ。
リサ だって、お姉ちゃんはさぁ、不純異性交遊はしないからさぁ。
ユウコ そうそう。そんなことして鼻血出したらまずいし。
アカネ やめろっつーの。その話は。
タカシ (立ち上がって)あの…、オレ、やっぱ帰ろうかな。
アカネ (残念そうに)…そうだね。…ゴメンね。
タカシ ううん。別に。
タカシとアカネ、ドアのほうに歩いていく。
リサ エ〜。帰っちゃうの?
ユウコ 遠慮しなくていいんだよ。
アカネ、リサとユウコをにらむ。
リ・ユ 怖ぁ〜。
タカシとアカネ、ドアを出て、上手へ去る。
階段を降りる音。
ユウコ アカネ、怒ってたんじゃない。…ちょっとやりすぎたかな?
リサ いいよ、いいよ。お姉ちゃんばっか幸せになるなんてズルいもん。
ユウコ ズルいってことはないけど…。でもまぁ、こんなことくらいでくじけるようじゃ、どーせ長続きしないよね。
リサ そうそう。試練だよ試練。…お姉ちゃんだって少しは苦労したほうがいいんだよ。
ユウコ 何。ひょっとしてリサって苦労人なわけ?
リサ 苦労人ってこともないけど…いろいろゴチャゴチャしてるからさぁ。疲れるって言うか…。なんか面倒くさいじゃん。
ユウコ アア、わかるわかる。なんかいろんなことが、全部面倒なんだよね。
リサ うん。面倒。バッサリやっちゃいたい気分。
リサ、刀を振るポーズ。
ユウコ エ〜、でもバッサリはまずいんじゃない。マジでやっちゃうと。
リサ そういう意味じゃなくて、バッサリはバッサリだよ。
ユウコ アア、縁を切るみたいな?
リサ そうそう。
ユウコ …それでひきこもり?
リサ まぁね。プチだけど。ユウコは?
ユウコ 同じようなもんだよ。
リサ そっか…。いいなぁ、お姉ちゃんは…。
ユウコ カレシまでつくっちゃってさ。
リサ 青春じゃん。
ユウコ だよね。
リサ …あの人さぁ、深く悩まないんだよね。あれ、どういう仕組みになってるんだろ。頭の中。
ユウコ 不思議だよね。なんか、あんまりこだわりがないって言うか。怒ったり泣いたり、結構普通にやってて、別に、すごくよくできた人ってわけじゃないのにさ。
リサ 得なタイプなんだよ…。
玄関の扉の開く音。
しばらくして玄関の扉のバタンと閉まる音。
バタバタと階段を上ってくる音がして、上手より、タカシとアカネ戻ってくる。
ユウコ 忘れ物?
リサ どうかしたの?
アカネ お母さんが帰ってきた!
リサ エーッ。マジ!
アカネ うん。玄関開けたら、こっちに歩いてくるのが見えた。
リサ、窓を開けて、外を見て。
リサ ホントだ!
玄関の扉の開閉する音。
続いて、カギをかける音。
アカネ どうしよう。
ユウコ とにかく、川口君を隠さないと。
アカネ アア、そうね。(タカシに靴を渡して)タカシ、これ。
タカシ アッ、うん…。
リサ (コタツのふとんをめくって)ここがいいよ。
タカシ う、うん。
タカシ、コタツの中に隠れる。
リサ ユウコ、こっち。
ユウコ エッ、私も?
リサ、ユウコの手をひいて、二人でベッドの中に隠れる。
階段を上ってくる音。
上手より母登場。怒っている。
母 ただいま。(ドアの外から中に向かって)…アカネ。いるんでしょ。
アカネ (ドアの中から)アッ、おかえりぃ〜。どうしたの? 早かったじゃない。
母 …ちょっといい。
アカネ エッ…いいけど…。
アカネ、ドアを開ける。
母、ずんずんと部屋の中に入ってきて。こたつの中に足を突っ込む。
アカネ アッ、そこは…。
母 何?
アカネ ううん…。一人?
母 そうよ。
アカネ どうかしたの?
母 どうもこうもないわよ。お父さんにはほとほと愛想がつきたわ。
アカネ ケンカ?
母 あのうすらハゲ。私をなんだと思ってんの! アー腹の立つ!
アカネ えっと…あの…それで一人で帰ってきたの?
母 そーよ。断固戦うわ。籠城よ!
アカネ ろーじょー?
母 (うなずいて)お父さん、きっと追いかけてくると思うけど、もう絶対うちには入れないから! いいわね。
アカネ いいって言うか…。いいのはいいけど…。アッ、そうだ。とりあえず、下で話さない?
母 ダメ。
アカネ どうして?
母 だって、いつあのうすらハゲが帰ってくるかわからないでしょ。だから。
アカネ だからって?
母 だから、この部屋からじゃないと、玄関が見えないじゃない。櫓よ、櫓。物見櫓なの、ここは。
アカネ ものみやぐら…。
母 ここで見張ってて、オヤジが家に入ろうとしたら、(持っていた買い物袋から卵のパックを大量にとりだし、コタツの上に並べ)これを上からぶつけてやるのよ! (アカネに卵をひとつ握らせ)いいわね。
アカネ いいわねって、私もやるの?
母 嫌なの?
アカネ 嫌って言うか…。何があったか知らないけど、あまりにも大人げなくない?
リサ (布団から顔を出し)大人げない人なんだよ、お母さんもお父さんも。
母 (リサに気づき)アア、リサ。いたの。
リサ 悪い?
母 悪いわけないでしょ。味方は多いほうがいいに決まってるじゃない。さっ、リサも手伝って。
母、リサに卵を渡そうとする。
リサ ヤダ。
母 アッ、あなたお父さんの味方をする気?
リサ そんなんじゃない。
アカネ お母さん、リサは寝起きが悪いから、しばらくほっといたほうが…。
リサ 寝てなんかいません!
リサ、布団を体にまきつけ背中を向ける。
布団がなくなり、姿を現すユウコ。
ユウコ、母と目が合う。
ユウコ アッ、どうも…。こんにちは…。
母 アア、ユウコちゃん。大きくなったわねぇ。
ユウコ アッ、ハイ。
アカネ ユウコ、たまたま遊びに来てて…今晩、泊まりたいって言ってるんだけど…。
母 アッそう。だったら、ユウコちゃん。あなたも手伝ってくれない?
ユウコ アッ…ハイ。別にいいですけど…。何をするんですか?
母 …簡単な作業なんだけどね。(卵を手に)これをこう持って…(窓から身を乗り出し)毛の薄い男が中に入ろうとしたら、窓から投げつけてほしいの。できる?
ユウコ アッ、ハイ。やってみます。
母 助かるわ。
母、ユウコに卵を握らせる。
アカネ あの…お母さん、ユウコは関係ないからさぁ…。
母 エー。でも、ユウコちゃんがこっちの味方してくれたら、すごい戦力じゃない。これはもう我が軍の完全勝利間違いなしよ。(ユウコに)だって、ほら、ユウコちゃん、確か小学校のとき、吹奏楽やってたでしょ。
ユウコ …ハイ。
母 フルートだっけ。
ユウコ ハイ。
母 (満足げに)それは頼もしいわ。
アカネ なんでそうなるのよ…。
母 にぶいわね、アカネ。フルート吹いてたってことは、ピーピーいわせるのが得意だってことでしょ。フフフフフ…。ユウコちゃんが投げた卵をおでこにくらって、ピーピー泣きながら逃げていく、短足うすらハゲの姿が目に浮かぶわ。アッハッハッ。
アカネ (小声で)この人のことがわからん…。
ユウコ 私、頑張ります! お母さん!
アカネ (小声で)そうくるか…。
母 そうと決まったら、兵糧を蓄えないと…。私、ちょっと台所に行ってくるから、あなたたち、交代で見張りをお願い。もしおやじの姿が見えたら、すぐに一人が伝令になって、知らせに来て。いいわね。
母、ドアを出て行こうとして、振り返り。
母 そうだ。出入りするときの合い言葉を決めておきましょ。…そうね。「うすら」「ハゲ」。…うん、これがいいわ。「うすら」と言ったら「ハゲ」。忘れないでよ。
母、ドアを出て、上手へ去る。
階段の音。
アカネ ふぅ…。(卵を握りしめ、窓の外を見ているユウコに)ちょっと。何やってんのよ。
ユウコ アカネ、聞いてなかったの。見張りだよ、見張り。アカネは伝令だからね。
アカネ ノリノリじゃない。もう…。
ユウコ でも、どうしたんだろうね。
アカネ 法事だからさぁ、親戚とか集まってて、お父さんがはしゃぎすぎたんじゃない。うちのお父さん、飲むとテンションあがりきっちゃうから。
ユウコ そんなことなのかなぁ…。
アカネ そんなことだよ。絶対そう。(間)…それにしても、よりによってこんなときにさぁ…。ついてないなぁ…。(ハッとして)アッ、タカシ!(コタツの中をのぞき)大丈夫?
タカシ (立ち上がって)う…うん。ちょっと暑かったけど…。…どうしようか。
アカネ 窓から降りられる?
タカシ (窓の外を見て)無理じゃないかなぁ…。
アカネ アッ、じゃあ、とりあえずリサの部屋に隠れてて。(ベッドのリサに)いいよね。リサ。
リサ、ベッドから出てきて。
リサ ヤダ。
アカネ なんでよ。
リサ だってもっと簡単な解決法あるもん。
アカネ どうすんの?
リサ お母さんをこの部屋に入れなきゃいいじゃん。
アカネ 無理だよ。
リサ だって、私、ひきこもってんだよ。お母さんが入ってきたら意味ないじゃん。なにが籠城よ。勝手なことばっかり言うんだから…。
アカネ 勝手なのはリサもでしょ。
リサ アーそういうことか。お母さんが恐いんだ。だから、私を追い出して、お母さんにいい顔するんだ。なるほどね。
アカネ やめてよ。とにかく時間がないからさぁ、悪いけど、とりあえずリサの部屋借りるからね。
リサ フン。
アカネ タカシ、こっち。
アカネ、ドアを出て行こうとする。
上手より階段の音。
アカネ ヤバイ。戻ってきた。タカシ、隠れて!
タカシ う、うん。
タカシ、今度はベッドに隠れる。
母、ドアの前に立ち。
母 合い言葉を言え!
アカネ …「うすら」。
母 「ハゲ」。
母、部屋に入ってきて。
母 困ったわ…。留守にするつもりだったから、冷蔵庫空っぽで…。アカネ、何か買って帰ってないの?
アカネ うん。後で行こうと思ってたから…。
母 まっ、いいか。これだけ卵があれば。
アカネ エッ、卵のみ?
母 (ぶつぶつと)…調理できればいいんだけどね…。まっ、とりあえずいいか、生でも…。
アカネ (小声で)よくないだろ、それは…。
母 でも栄養あるのよ、卵は。ちょっとコレステロールが高くなるらしいけど。
アカネ いや、でもさぁ…。
母 心配いらないってば。こういうこともあろうかと思って、(買い物袋から別の卵のパックを取りだし)ヨード卵も買ってあるから。
アカネ …そこまで考えてたんだったら、他の買い物もしておけばよかったのに。
母 アア、それもそうね。…やっぱり、なんだかんだ言っても気が動転してたんだわ…。かわいそうに。
アカネ (小声で)かわいそうなのはこっちよ。
母 (気にせず、ユウコに)ねぇ、ユウコちゃん。卵は大丈夫?
ユウコ 大丈夫ですよ。
母 そう。さすが元吹奏楽部ね。
ユウコ ありがとうございます。
アカネ (小声で)なんなんだ…この会話のつながりかたは…。
母 (ユウコに)それはそうと、アカネはどう。学校では。
アカネ いいよ、そんなこと聞かなくて。
母 (ユウコに)カレシとかいるのかしら。この子、そういうこと言わないタイプだから。
アカネ いるわけないでしょ。
リサ フォ〜!
母 (リサに)どうかした?
アカネ どうもしないって。リサのことは気にしないで。
母 アッそう。
リサ (目を合わさず小声で)ちょっとは気にしろっつーの。
母 (気にせずユウコに)ユウコちゃん、今晩泊まるんでしょ。
ユウコ アッ、ハイ。
母 だったら寝る場所考えないとね。
アカネ アッ、エッと…。ユウコはこの部屋で私と寝るから…お母さんは…。
母 私もここで寝るわよ。
アカネ エーなんでよ。
母 だって、この部屋しかカギかからないじゃない。もしカギのかからない寝室で寝てて、どこからかあのうすらハゲが侵入したらどうするの。そーっとベッドのそばにきて、私の寝顔とか見てさ、「こいつと結婚したときは…」とかって、回想シーンに入ったりしたらどうすんのよ。アーヤダヤダ。…というわけで、お母さんもこの部屋で寝るわけなんだけど…。
立ち上がって、ベッドに近づき。
母 一応、年長者である私がここでこうやって寝るとして…。
母、ベッドに入る。
アカネ アッ、そこは…。
しばし沈黙。
母、違和感を感じ、布団の中を見る。
母 ギョォォォォ!
母、ベッドからとびおり、卵を投げるかまえ。
アカネ 待って。違うの!
母 誰!
アカネ エッと…タカ…川口君。同級生の。
母 なぜここに?
リサ 不純いせーこーゆー♪
アカネ やめてよ、リサ!
母 (ユウコに)ひょっとしてアカネの?
ユウコ ハ…ハイ…。
母 そうなの、アカネ。
アカネ …うん。
母 (笑顔になって、タカシに)まぁ、いらっしゃい。ゴメンナサイね。卵なんかぶつけようとしちゃって。私、一瞬敵方のスパイかと思ったもんだから…。
タカシ スミマセン。お取り込み中に…。
母 いいのよいいのよ。まぁ、こういううちなんで、気楽にしてね。
タカシ アッ、ハイ。
母 なんにもないけど、ヨード卵でも食べる?
タカシ アッ、結構です…。
母 そう…。アッそうだ。いいものがあった。(バッグからキャラメルを取りだし)これ食べてみて。
タカシ …頂きます。
母 どう?
タカシ おいしいです。
アカネ 何それ?
母 「復刻版バンビミルクキャラメル」。知らないでしょ。ユウコちゃんもどう?
ユウコ アッ、頂きます。
ユウコ、食べて。
ユウコ ホントだ。おいしぃ。
母 でしょ。
母、さりげなく残りをバッグにしまう。
手を出しかけていたアカネ。
アカネ エエエエエ…。
母 (気にせず)それにしても、アカネにカレシがねぇ…。そりゃ私も歳をとるはずだわ…。
ユウコ そんなことないです。お母さん、すごくパワフルだし。
母 こんなのカラ元気よ。ホントはわかってんの、自分でも。でもなんだか気がせいちゃうって言うか、いろんなこと頑張らなくちゃって思ってて、その反動でドーンと疲れちゃったりもして…。やっぱり歳なんだと思う今日この頃なのよ。なんか何やっても先が見えてきちゃってね…。…なのに、あのうすらハゲったら、もう、全然わかってないんだから…。少なくともよ、親戚がいる前で、こいつは呑気だからとかって言ってほしくないわけ。でしょ。
ユウコ アッ、私、そういうのわかります。いつもそばにいるくせに、表面だけしかみてなくて、それでわかったようなこと言ってほしくないんですよね。
母 そうそう。まさにそう。
ユウコ だったら、そばにいる意味ないじゃんって感じしますよね。
母 その通り!
ユウコ …私も、それで家出してきたんです。
母 家出。アッそうなの。親とケンカか…。
ユウコ ケンカっていうか、うるさいから大体は無視してるんですけど…。さすがにちょっとカチンときちゃって…。
母 いろいろあるのよね。家族って…。
リサ フン!
母 どうかした?
リサ …別に。
母 なんなの。お腹すいたの?
リサ 違う。
母 じゃあ、お腹が痛いの? 床が冷たくて、冷えたんじゃない?
リサ うるさいよ、いちいち。
母 (アカネに)リサ、どうかしたの?
アカネ 実はね、お母さん。…リサ、ひきこもってんの。
母 ハァ?
アカネ だから、ひきこもってるんだってば。
母 へぇ〜。なんで?
アカネ 知らないけど。
母 でも、ここにいるじゃない。
アカネ この部屋でひきこもるつもりらしいの。
母 そういうの、ひきこもるって言うのかしら。
アカネ さぁ…。
母 どうして自分の部屋にしないのかしらねぇ。
アカネ あの部屋、カギがかからないから…。
母 アアなるほど。それは一理ある。(ちょっと考え)でも、だったら、私がここにいるのって、ひょっとして邪魔?
リサ トーゼン。
母 アア、それでさっきからプリプリしてるんだ。なるほどぉ〜。
リサ その言い方ムカツクんですけど!
母 (気にせず)うーん。けど、困ったわねぇ。私もこの部屋に籠城するつもりだし…。籠城とひきこもりか…。アカネはどっちがいい?
アカネ どっちって…正直どっちも迷惑なんだけど…。
タカシ (母に)あの…オレは、すぐに帰りますけど…。
母 川口君はいいのよ。せっかく来てくれたんだから、ゆっくりしていって。
アカネ (独り言)…この状況でどうやってゆっくりするのよ。
ユウコ …あの、私も出て行ったほうがいいなら…。
母 いいのよ、いいの。ユウコちゃんもゆっくりしていって。せっかく家出してきたんでしょ。せめて一泊くらいはしないと。
リサ 一番あとから入ってきて、なにしきってんのよ。バカみたい。
母 アッ、なに、今の私に言ったの。
リサ、答えず無視。
母 (リサを指さし、ユウコに)あれシカトでしょ。ああいう態度、シカトって言うのよね。
ユウコ エエ、まぁ…。
リサ とにかく、最初にこの部屋にいたのは私なんだから優先権は私にあるわけでしょ。その私がここでひきこもるって言ってるんだから、お母さんは出て行ってよ!
母 だったら、理由を説明して。ひきこもる理由を。こっちも今とりこんでるんだから、いきなりひきこもるって言われても困るのよ。
リサ お母さん、いつもそう。取り込んでるとか、今忙しいとか、バタバタしてるとかって、全然私のこと気にしてないでしょ。
母 そんなことないよ。あんまり言うとリサがうるさがるから、そっとしておいてあげてるんじゃない。それとも、口うるさく言われたいわけ?
リサ そうじゃない。お母さん全然わかってない。それじゃ、お母さんを怒らせたお父さんと一緒じゃない。自分がされて嫌なこと、人にしないでよね。
母 アー、なんてこと言うのよ。なんで私がお父さんと一緒にされなきゃいけないの。私のどこがお父さんと同じなの。頭だってこんなにフサフサしてるじゃない!
アカネ …見かけのことじゃないと思うんだけど…。
母 それにしたって、よりによってあんなのと一緒にされたくないわ!
アカネ リサはリサなりに、思ってることがあるんじゃない…。
リサ お姉ちゃんは黙ってて。これは二人の問題だから。
母 あっそう。望むところよ。こうなったらとことん話し合いましょ。
リサ ……。
リサ、顔をそむけたまま。
母 何よ。なんか言いなさいよ。黙ってちゃわかんないでしょ。
リサ …話すことなんかない。出て行ってくれればいいの。
母 リサ、あなた、結局どうしてほしいわけ? 気にしてほしいみたいなこと言うかと思えば、ほっといてほしいみたいなことも言うし、話しがしたいの、したくないの。相手にされたいの、されたくないの? はっきりしてよ。
リサ だから、もういいよ。とにかく出て行って!
母 嫌です。意地でも出て行かない。
アカネ 待ってよ、二人とも。冷静になろ。ネッ。そんなに怒らなくてもいいじゃない…。
リサ お姉ちゃんにはわかんないよ。日当たりのいい部屋で、カギかけて、カレシ連れ込んで、好き勝手できる、そんなやりたい放題のお姉ちゃんにはわかんない!
アカネ ちょっと待ってよ、私は私なりにいろいろ頑張ってんですけど。
リサ でもかわいがられてるじゃん。みんなに好かれてるじゃん。
アカネ …そんなの知らないよ。
リサ とぼけないで! ズルいよお姉ちゃんは!
母 言い過ぎよ。リサ。
リサ ほら、また、お姉ちゃんの味方する。
母 味方してるんじゃなくて……アーもう面倒ね。どう言ったらわかるのよ。
リサ どうせ私は面倒よ。
母 いい加減にしなさい。リサ!
リサ そっちこそいい加減にして!
母 卵ぶつけられたいの。
リサ やれるもんならやってみて。
立ち上がってにらみ合う、リサと母。
アカネ もういいよ。やめてよ二人とも。…どっちが使ってもいいよ、こんな部屋。好きにすれば。…私は大嫌い。こんなところ。
アカネ、ドアを開け放ち、上手へ去る。
階段の音。それから玄関の扉が開閉する音。
ユウコ、窓から外を見て。
ユウコ …アッ。アカネ…。アカネ、出て行っちゃいましたけど…。
一同、沈黙。
タカシ …あの。オレ、見てきます。
母 悪いわね。せっかくのデート台無しにしちゃったみたいで…。
タカシ イエ。
ユウコ 私も行こうか?
タカシ 大丈夫。オレひとりで。
ユウコ でも、家出とか。あるんじゃない…私みたいに。
母とリサ、ユウコの言葉にギクリとして顔を見合わし、同時に窓の外を見る。
タカシ、靴や荷物をまとめながら気楽な感じで。
タカシ イヤイヤ。それはないよ。
ユウコ なんでわかるの。
タカシ わかるよ。それくらい。
ユウコ よく知ってんだね。アカネのこと。
タカシ まぁね。
ユウコ でも、そんなに長くはつきあってないんでしょ。
タカシ うん。でも、アカネって、スーッと心の扉が開くっていうか、そういう感じがあって。…だから気持ちが見えるんだよね。
ユウコ …気持ちが見える?
タカシ、立ち止まって。
タカシ あいつ、心にはカギかけない人だから。
ユウコ …カギを? ……そう。わかった。なら川口君にまかせる。
タカシ (母に)アッ、じゃあ、ちょっと行ってきます。復刻版バンビミルクキャラメルごちそうさまでした。
タカシ、上手へ去る。
階段の音。続いて玄関の扉の開閉する音。
母とリサ、こたつに座る。
残った三人、しばし沈黙。
母 (ユウコに)川口君っていい人ね。
ユウコ なんか、ちょっとカッコよかったですよね。あいつ。
間。
母、立ち上がって。
母 さてと。晩ご飯の用意でもするか…。
間。
リサ …どうすんのよ。籠城。
母 とりあえず、晩ご飯つくってから考えることにする。
上手に去ろうとする母。
リサ …お母さん。
母、振り向く。
リサ 私とお姉ちゃん、どっちが好き。
母 …さぁ。
リサ どっち。
間。
母 …比べたら意味のなくなることもあるんじゃない。よくわかんないけど。
リサ ……。
母、上手へ去りつつ、独り言。
母 何にしようかなぁ。スクランブルエッグ…だし巻き…目玉焼き…オムレツ…ゆで卵…。迷うなぁ…。
母、去る。
リサ …卵ばっかじゃんか。
間。
ユウコ 二人になっちゃったね。
リサ うん。
ユウコ とりあえず、私も帰ろうかな…。
リサ エッ、いれば…。
ユウコ でも、なんか帰りたくなっちゃった。力抜けたっていうか。…結構いい家族じゃん。ここんち。
リサ そうかな。
ユウコ そうだよ。
間。
リサ アーア、私もなんか力抜けちゃった。…よいしょっと。(立ち上がって)しょうがない。また今度にするか。
ユウコ うん。
二人、部屋を出て、上手に去る。
暗転。
////////////////////
明るくなる。
アカネの部屋。
階段の音。
アカネとタカシ、上手より登場。
アカネ よくよく考えたら、チョームカツクんですけど。
タカシ まぁまぁ…。
アカネ だって、ここ基本的に私の部屋なわけでさぁ…。
タカシ まぁいいんじゃない。
二人、ドアを開けて、部屋の中に。
アカネ なんか割り切れないなぁ…。
タカシ でも、よかったんじゃないの。
アカネ よかったのかなぁ?
タカシ よかったんだよ。
ベッドに並んで座る二人。
アカネ …アー疲れた。なんかものすごく振り回された気がするんだけど。
タカシ こういうこともあるよ。
アカネ …アッそうだ。ベタだけどアルバムでも見る?
タカシ うん。
アカネ、音楽をかけ、アルバムをもってくる。
タカシにアルバムを見せながら。
アカネ これ、幼稚園のとき。…アッこの子近所の子でさぁ…。
タカシ アッ、ねぇねぇ。
アカネ 何?
タカシ 中学の修学旅行のときのある?
アカネ あるよ。
タカシ 「伊香保温泉血の池地獄事件」って何?
アカネ エッ、ああ、それは…つまり…。
天井を見上げるアカネ。
タカシ 天井に何か書いてあるの?
アカネ …バカ。
見つめ合う二人。いい雰囲気。
アカネ アッ、ちょっと待って。
アカネ、ドアのところに走っていく。
ドアを開けて、上手をうかがってから、ドアを閉めてロック。
アカネ ヨシ!
音楽大きくなる。
アカネ、タカシの横に座って笑顔。(幕)