●6人 ●40〜50分程度
●あらすじ
ツノが伸びて一人前になった青鬼は、オオオニの手下になって村を襲うことに。けれども、どうしても青鬼にはその決心がつかない。そこへ友達のバケギツネがやってきて、二人は「徴兵逃れ」の作戦を練るが…。
●キャスト
青鬼
キツネ/娘
赤鬼
黄鬼
猟師
風
●台本(全文)
暗い中。ヒュ〜ッという風の音。
下手より「風」登場。
スポットで浮かび上がる。
風、舞台中央に向かって歩きつつ。
風 (口笛を吹くような感じで)ヒューヒューヒューヒュー…。ヒューヒューヒューヒュー…。(上手まで行って立ち止まり、下手を確認してから)よしよし、ここまでくれば大丈夫…。よっこらせ…と。(風、腰をおろして正座。ひとつお辞儀をして)…風でございます。(下手に向かって)ヒューヒューヒュー…。(少し笑って)口三味線などという言葉がございますが、さしづめこれも、その類でございます…。何しろ風と申しますのも、はた目で見るよりは重労働。北の果てまで吹き飛ばされたかと思うと、南の海の上を何日も漂うといった具合でして、もうこの年寄りにはキツくてなりませぬ。(間)それで、(口笛を吹くような感じで)ヒューヒューヒュー…これでございますよ。こうしてさも「やっておりますぞよ」というふりをして、(ぐるりと見回し)…ホレ、このような洞窟を見つけてはこっそり入り込み、しばしの休憩。と、まぁこういう次第でして…。(小声で)エスケープでございますよエスケープ。
風、うきうきした感じで湯飲みと急須を取りだし、お茶の用意をしながら。
風 まったくもって、風というのも楽な商売じゃございません。…ちまたでは風に吹かれて西東なんてことを申しますが、なんのなんの、風は風なりにあっちに押され、こっちに飛ばされ…いやはやまったく、一番右往左往しているのは実は風のほう…。…ですが、まぁ、そのおかげと申しましょうか、世の中の、いろいろなことどもを見聞きすることができますわけで…。
風、お茶を一口すする。
それから、ふと、手をとめ。
風 ん? おや? (ぐるりと見回し)…まてよ。何やらこの洞窟には見覚えが…。(ハッとして)アア、そうだ! 間違いない。ここは確かにあの洞窟…。外の景色がすっかり変わっておったので、ここに座るまで気づきませなんだが…。(間)そういえば、あの時もこの岩陰にはさまって…。そうそうちょうどここだった。(感慨深げに)なんとまぁ、因果なこと…。(間)あれは、そう、いつの頃でしたでしょうか。…この洞窟にもまだ鬼が住んでおった頃のことでございます…。
ヒュ〜ッという音とともに静かに暗くなり、風、消える。
やがて、激しい風の音。
中央スポット。青鬼浮かび上がる。
青鬼は、うずくまっている。
青鬼 やけに吹くなぁ…。イヤだイヤだ、夜の風は…。誰かがひっきりなしに叫んでるような気がしちゃう…。(ふと自分のツノを手でさわり)アッ、まただ…。また少し伸びてる…。イヤだなぁ…まったく…。
青鬼、おもむろに立ち上がり、立てかけてあった金棒を手に取り、少し振ってみて。
青鬼 重いよコレ。…イボイボついてるし。どうしてこんなもの振り回さなきゃならないんだろ…。こんなもので暴れるなんてとてもできないよ…。アア、それにしてもなんてイヤな風の音なんだろう。人間が泣き叫んでいるようで眠れやしない…。
ふいに、ガラガラと鳴子(縄の先に板がついていて縄に引っかかったものがあると知らせる道具)が鳴る。
青鬼 ヒィ〜ッ!
青鬼、ビクッとして金棒にしがみつき、しゃがみ込む。
下手より、キツネのコン子登場。姿は人間。着物を着て、髪には赤いカンザシ。
キツネ 何やってんの?
青鬼 (うずくまったまま)誰?
キツネ あたしだよ。あたし。
青鬼 (顔をあげ)…アア、なんだコンちゃんか。
キツネ 「なんだ」はないでしょ。
青鬼、立ち上がって。
青鬼 なんの用? こんな時間に…。
キツネ 心配して来てあげたんじゃない。
青鬼 心配って?
キツネ 怖いんじゃないかと思って。
青鬼 …怖くないよ、ただの風さ。
キツネ 風?
青鬼 エッ? イヤ…。
キツネ 風って?
青鬼 …イヤ。なんでもない。…じゃあ何?
キツネ (青鬼のツノを指さし)それよ。それ。
青鬼 ツノ? アア、ツノ。ツノね…。(小声でぶつぶつと)まぁ、ツノも風も両方関係あるって言えば関係あることではあるんだけど…。
キツネ エッ? 何?
青鬼 イヤ、別に…。
キツネ 怖いんでしょ。やっぱり。
青鬼 ア…アア、まぁ…。ちょっとは…。
キツネ ちょっと? ホントに?
青鬼 イヤ…。ちょっとかどうか…。でも覚悟はできてるから…。
キツネ 覚悟ねぇ〜。(青鬼の顔をジロジロ見て)でも、なんか顔色悪いよ。真っ青。
青鬼 青いのは元からだよ! 青鬼なんだから!
キツネ 冗談だよ。冗談。
青鬼 (そわそわブツブツと)なんだ冗談か。…そうかそうか…。
キツネ (青鬼の様子をみて)う〜ん。やっぱり普通じゃない。見に来てよかった。
青鬼 エッ、そう?
キツネ うん。
青鬼 そうかな?
キツネ そうだよ。全然落ち着きがないじゃない。深呼吸でもしてみたら?
青鬼 うん。
青鬼、深呼吸。
キツネ 少しは落ち着いた?
青鬼 うん。たぶん。
キツネ (ツノを見て)また伸びたね。
青鬼 うん…。
キツネ どうすんの?
青鬼 どうって、どうもこうもないよ…。
キツネ それはそうだけどさぁ…。
青鬼 いいんだよ。ツノが伸びたら一人前ってことなんだから…。
キツネ (青鬼をしげしげと見て)青ちゃんが一人前ねぇ〜。
青鬼 (ちょっとムッとして)しかたないだろ。勝手にどんどん伸びてきちゃうんだから。
キツネ うん、まぁね…。アッそうだ。手紙入ってたよ。
キツネ、青鬼に手紙を渡す。
青鬼、受け取って読む。
青鬼 ……。
キツネ ますます青い…。
青鬼 ……。
キツネ どうしたのよ。なんて書いてあるの?
青鬼 次の満月の夜…だって。
キツネ 次の満月…って、あさってじゃない!
青鬼 うん…。
キツネ エ〜ッ、ホントに? ホントにあさってなの!
青鬼 うん。そう書いてある…。ホラ貝の音が合図だって…。
キツネ …でもさぁ、青ちゃんまだ長さが足りないんじゃない。
青鬼 ううん。もうダメだよ…。十分伸びてる。…ホラ。
青鬼、カベを指さす。
カベには折れ線グラフ。どうやらツノの長さをグラフにしたものらしく、ある時から急激に右肩上がりになっている。
X軸の中程に赤い横線が引いてあり、折れ線は既にその横線を越えてしまっている。
キツネ ホントだ。急に伸びたんだね…。(間)で、行くの?
青鬼 行くも行かないもないよ。
キツネ でもさぁ、行ったらさぁ…。みんなでさぁ…。
青鬼 わかってるよ! 村を襲うんだろ! (金棒を持って)こいつを振り回してさぁ。家を壊して、畑を焼いて、…人を殺して。…わかってるよ…。
キツネ 青ちゃんには無理だよ。
青鬼 無理でもやるしかないんだよ。鬼なんだから…。
キツネ …うん、…そりゃ、確かに青ちゃんは鬼だけどさぁ…。鬼にもいろいろあるんじゃないの? …きっと他にもいるはずだよ、青ちゃんみたいな鬼。
青鬼 どういう鬼?
キツネ なんて言うの…気が弱いっていうか、優しいっていうか…。
青鬼 …いるかなぁ。
キツネ いるよ、きっと。(間)アッそうだ。そういう鬼を何人か見つけてさぁ、みんなでオオオニ様に直訴すれば?
青鬼 ジキソ?
キツネ うん。「オレたち、村とか襲うのイヤなんです〜」って。
青鬼 無理だよ、そんなの。オオオニ様の手下たちにひどい目にあわされちゃうよ。
キツネ そうかなぁ…。
青鬼 そうだよ。当たり前じゃないか。コンちゃんはキツネだから知らないかもしれないけど、鬼の世界はね、ものすごく厳しいんだ…。そんなのヘタしたら百たたきの刑だよ。
キツネ 百たたき? 百回たたかれるわけ?
青鬼 しかも金棒でだよ。
キツネ …死ぬよ、それ。
青鬼 うん死ぬ。事実上の死刑だよね。(金棒をさわってブルッと震える青鬼)
キツネ じゃあ無理か…。
青鬼 無理無理。
キツネ アッ、じゃあさぁ、とりあえず友達に相談してみたら。「オレ、暴れるの苦手だから、お前、オレの分まで暴れてくれないか」とかって。
青鬼 ダメダメ。そんなこと言うやつは鬼じゃないって言われるよ。意気地なしだって。
キツネ いいじゃん、別に意気地なしだって言われても。
青鬼 意気地なしだって思われたら生きてけないよ…。暴れない鬼なんて鬼じゃない…。そういう世界なんだ、鬼の世界は。
キツネ でも私、青ちゃんにはそんなことしてほしくないな…。
青鬼 (ツノをさわって)これが伸びたらそうするしかないんだよ…。
キツネ (ちょっと考えて)アッ、じゃあさぁ、ツノが伸びてなきゃいいんじゃない? 短いままなら。
キツネ、青鬼の持っていた手紙をとって読む。
キツネ ホラ、ここ。ここに書いてあるじゃない。「…一五歳以上の鬼でツノが三寸に達しているものは次の満月の夜、オオオニ様の砦に集合するべし。合図はホラ貝の音。金棒は各自持参のこと。ただし、一五歳以上でもツノが三寸に満たないものはこの限りにあらず…」…ねっ。いいんだよ。ツノさえ短ければ。
青鬼 それはそうだけどさぁ…。どうやって…。
キツネ 私にまかせて!
青鬼 まかせるって?
キツネ 私を誰だと思ってるの?
青鬼 コンちゃん。
キツネ それはそうだけど、名前じゃなくてホラホラ。
青鬼 キツネ?
キツネ そうそう。キツネはキツネでも?
青鬼 バケギツネ?
キツネ 正解! …ということは?
青鬼 コンちゃんはバケギツネ!
キツネ イヤイヤイヤイヤ。それはそうなんだけど、バケギツネってことはさぁ、ホラ、できるわけでしょ。バケることが。
青鬼 そうだよ。今だってバケてるじゃない。っていうか、大体いつもその姿だよね。
キツネ ああ、そうね。私気に入ってるの、この格好。
青鬼 で、いつもカンザシつけてる。
キツネ うん、まぁね。これ一番のお気に入りだから。…私ってどっちかっていうと赤が似合うのね。だから前から赤いカンザシほしかったんだけど、なかなかなくて、そしたらちょうど、去年だったかな、街に出て行ったときにね、偶然見つけたのよ、コレ。で、ひと目見て、これだ!って思って…。(ふと話の流れが変わったことに気づき)違うよ違う。今はそんなことどうでもいいのよ。つまり、早い話が、私がツノの短い青ちゃんにバケるわけよ。それでオオオニさんのところへ行ってさぁ、「オレこんなだから今年はちょっと…」って言うわけ。そしたらさぁ、オオオニさんもさぁ、「ならしょうがないね。帰っていいよ」って言うはずよ。
青鬼 そんなにうまくいくかなぁ〜。
キツネ 大丈夫大丈夫。絶対大丈夫だって。私、変身には自信あるんだから。
青鬼 ホントに…?
キツネ うん、まかせて。明日、オオオニさんのところへ行ってくるからさ、青ちゃんは大船にのったつもりで待ってて!
青鬼 …う、うん。
キツネ じゃあねぇ〜。
キツネ、去る。
暗転。
明るくなる。森の中。
赤鬼と黄鬼が金棒を振り回している。
剣術の稽古をしているらしい。
赤鬼 セーイ!
黄鬼 トリャ〜!
赤鬼 ナント!
黄鬼 スキアリィ〜!
二人、稽古を止めて。
赤鬼 ハァハァ…。やるなキスケ。
黄鬼 ハァハァ…。いや、アカスケもなかなか。
二人、汗をふきつつ、切り株に腰をおろし。
赤鬼 腕がなるな。
黄鬼 明日の夜が待ち遠しい。
赤鬼 (黄鬼のツノをさわって)う〜ん。なかなかのもんだ。
黄鬼 なんのなんの、お前こそ。ホレホレホレ。
黄鬼、赤鬼のツノを激しくさわる。
赤鬼 ヒィ〜! やめろ! やめろよ。先っぽはやめろって!
黄鬼、さらに激しく。
黄鬼 ホレホレホレ。フォッフォッフォッ。
赤鬼 ヒィ〜! コラ。やめろ! そんなふうにつまむなって!
黄鬼 ワッハッハッ。
赤鬼 ワッハッハッ。
黄鬼 それにしても、いよいよオレたちもオオオニ様の手下になるか…。
赤鬼 アア、そうだな。
黄鬼 (赤鬼の顔をのぞきこんで)お前、本当は怖いんじゃないのか?
赤鬼 バカ言うな。そういうお前こそ。
黄鬼 オレは平気さ。(立ち上がって金棒を振り回し)オレ様にかかれば人間なんてなぁ、ひとひねりよ!
赤鬼 ヒトだけにひとひねりか。
黄鬼 ワッハッハッ。そういうこと。
赤鬼 ワッハッハッ。そりゃいいや。
黄鬼 で、もって、こうしてこうしてこうやって、たたきのめして、折りたたんで、みんなまとめてカラアゲにしてやるぜ!
赤鬼 カラアゲ?
黄鬼 お前知らんのか。ヒトカラアゲっていうのがあるらしいぞ。
赤鬼 ヒトカラアゲ?
黄鬼 アア。ジッパヒトカラアゲってのが。
赤鬼 それ、ジッパヒトカラゲだろ。
黄鬼 そうなのか。
赤鬼 アア。
黄鬼 うまいのか?
赤鬼 料理じゃねぇよ。お前、砦に行ってからもそんなこと言ってたら、みんなに笑われるぞ。
黄鬼 …オッ…オオ。
赤鬼 …ところで、キスケ。お前、人を殺したことあるのか?
黄鬼 …イヤ、それはない。…お前、あるのか?
赤鬼 オレもない。
黄鬼 どんなだろうな。
赤鬼 まぁ、今までやったことのないことをやるときは、誰だって「初めて」なわけだからな。多少緊張するだろうが、案ずるより産むが易しじゃないかと思ってる…。
黄鬼 そうだよな。こういうことはだんだん度胸がつくもんだしな。
赤鬼 そうそう。
黄鬼 それに、いざとなったら先輩たちが助けてくれるって。
赤鬼 だよな。先輩が一緒だもんな。言うこと聞いてりゃなんとかなるって。
黄鬼 そういうこと、そういうこと。
赤鬼 最初は、盗んだもの運んだり、先輩が使った金棒手入れしたり、そういう作業ばっかりだって言ってたし。
黄鬼 そうか。なら安心だ。
赤鬼 ああそういえば、明日襲う村にはどっさり食いモンがあるらしいぜ。
黄鬼 ホントかよ、それ。
赤鬼 アア。
黄鬼 オレ、それ聞いたら、すぐにでも村を襲いたい気分になってきたぜ。
赤鬼 けど、キスケ。ひとりじめすんなよ。砦に持って帰って山分けだからな。
黄鬼 わかってるって。鬼の掟は絶対だからな。
赤鬼 そういうこと、そういうこと。
黄鬼 よーし。それじゃ、もう一番やるか!
赤鬼 オウ!
二人、立ち上がる。
そこへ、青鬼(キツネがバケているのでツノが短い。が、ほっかむりをしているので、それとはわからない)が通りかかる。
赤鬼、青鬼に気づいて。
赤鬼 ヨッ。アオスケじゃねぇか。
青鬼 アッ、アア…どうも…。
黄鬼 どうしたどうした。元気ねぇじゃんかよ。
青鬼 アッ、イエ…。別に…。
赤鬼 ああ、そうだ。お前も一番やってけよ。
赤鬼、青鬼に金棒を差し出す。
青鬼 アッでも、私…イヤ、オレ、急ぐから…。
黄鬼 なんだよアオスケ。よそよそしいぞ!
青鬼 ゴメン、ホント。やることがあるもんで…。
黄鬼 バカ野郎! 今オレたちがやることといったら(金棒を振り回し)これしかねぇだろうよ!
赤鬼 キスケの言うとおりだぞ、アオスケ! お前、そんなんじゃいい働きはできないぞ! それ、一番!
赤鬼、青鬼に無理矢理金棒を持たせる。
青鬼 重っ…。
黄鬼 いくぞ、アオスケ! ソリャア〜!
黄鬼、青鬼に金棒で殴りかかる。
青鬼、持っていた金棒を投げ捨て、しゃがみこみ。
青鬼 ダメェ〜。
黄鬼 アッハッハッ。こいつ、腰ぬかしやがった。
赤鬼 情けないぞアオスケ。さぁ、立て!
青鬼、首を振る。
赤鬼 昔から、なまっちょろいヤツだとは思っていたが、この期に及んで、まだこのざまとは…。さぁ、立て。立てといったら立て!
赤鬼、青鬼に近づき頭をひっぱる。
青鬼 やめてよ!
青鬼のかぶっていたほっかむりがとれる。
ツノが短い。
赤鬼 こりゃ驚いた!
黄鬼 どうしたアカスケ?
赤鬼 見てみろよ、こいつのツノ。
黄鬼 どれどれ。(青鬼に近づき)オオッ! 何だコレ。…お前、なんでそんなに短いんだよ…。
青鬼 あっ、…それはですね。…えっと、え、栄養不足で…。
赤鬼 栄養不足?
黄鬼 体はデカいのに?
青鬼 部分的なものらしくて…。
赤鬼 それって絶対おかしいぞ。
黄鬼 病気じゃないか?
赤鬼 それじゃお前、オオオニ様の手下になれないぞ…。
青鬼 そっ、そうなんだよ。今年はちょっと無理かも…。それで今からオオオニ様のところへ行ってお願いしてこようかと思ってるんだ…。
赤鬼 お願い?
青鬼 一年待ってもらおうかと思って。
赤鬼 でも、そんなんじゃ…、来年も無理かもしれんぞ。
黄鬼 やっぱり病気だろ、それは…。体は一人前なのに、ツノだけが短いなんて。
青鬼 イヤ、いいんだ。私、イヤ、オレ的には別に…。
黄鬼 よくないよ。よくないって。オレたち同期じゃんよ。なのにお前だけおいてきぼりにするなんてできねぇよ。なぁアカスケ。
赤鬼 アア、キスケの言うとおりだ…。(間)しかし困ったな…。こんなに短いんじゃ…。
黄鬼 前に見たときより短くなってるような気さえするもんなぁ〜。
青鬼 ゴメンね、心配かけちゃって。でも、大丈夫だから。(そそくさと)んじゃ!
青鬼、立ち去ろうとする。
赤鬼 アッ、そうだ!
青鬼、ビクリとして立ち止まり、振り返る。
青鬼 何?
赤鬼 オレにいい考えがある。
黄鬼 どうすんだ?
赤鬼 オレ、ツノ伸ばすクスリの作り方、鬼婆に聞いたことあんだ。
黄鬼 ホントか! そりゃいい。よかったなアオスケ!
青鬼 …オレは別に。
黄鬼 遠慮するなって、仲間だろ。(赤鬼に)で、どうやって作んだ?
赤鬼 (思い出しつつ)…う〜ん。確か…タケノコをくだいて…。
黄鬼 なるほど! グングン伸びそうだな、それは。
赤鬼 それに牛のツノの粉を混ぜる…。
黄鬼 なるほど! すっかり理屈に合ってる!
赤鬼 で、最後にありったけの正露丸を混ぜてダンゴにする!
黄鬼 なるほど! 正露丸のあまりのニガさに思わずツノも飛び出るって寸法だな!
赤鬼 たぶん、そういうことだ。
黄鬼 オレ、とってくるワ。
黄鬼、走って消える。
青鬼 イヤ、ちょっとそれは…。
暗くなる。
ヒューッという風の音。
スポットで風、浮かび上がる。
風 そういうわけで、青鬼、…いや、青鬼にバケたキツネは、赤鬼と黄鬼に見つかって立ち往生…。残念、オオオニのところへは行けなくなってしまいましてな。その上、ツノが伸びるというクスリを飲まされることになったわけで…。いやはや、難儀なことでございます…。
ヒューッという風の音とともに、風消える。
全体が明るくなって。
赤鬼 できたぞ、できたぞ。
黄鬼 オオ、できたか、できたか。
赤鬼、黒いダンゴを手に、青鬼に近づく。
青鬼の顔の前に、ダンゴを突き出し。
赤鬼 くいんさい、くいんさい。
青鬼 クサッ!
黄鬼 まぁ、くいんさい。
赤鬼 いいから、くいんさい。
青鬼 なんで広島弁なのよ…。
黄鬼 ダマされたとおもーて。
青鬼 エグッ!
赤鬼 ほれほれ。
赤鬼、青鬼の口の中に、無理矢理ダンゴを押し込む。
青鬼 グエェ〜。
青鬼、口を押さえて、木の後ろに隠れる。
木の後ろから「オエェ〜」という青鬼の声。
木を回り込んで、ヨロヨロと出てきたときには、キツネ(女の子)の姿。しかも着物からシッポが出ている。
赤鬼 ? 女?
黄鬼 ? なんで?
赤鬼 (着物から出ているシッポに気づき)いや、待て。こいつは人間じゃねぇ。キツネだ。
黄鬼 キツネ?
赤鬼 アア、シッポが出てやがる! (キツネに)お前、バケギツネのコン子だろ!
キツネ ゲホッ、ゲホッ…。(しぶしぶうなずく)
黄鬼 (赤鬼に)オレたちダマされてたのか?
赤鬼 そのようだな。
黄鬼 (キツネの胸ぐらをつかみ)やい、てめぇ! 鬼をバカすとはいい度胸じゃねぇか。
赤鬼 しかも、幼馴染みのアオスケにバケるとはふてぇ野郎だ。
黄鬼 ただじゃおかねぇからな。
キツネ ちょ…、ちょっと待って。これにはワケが…。
黄鬼 ワケだと? どんなワケだ。
キツネ それは…その…。事情があって…。
黄鬼 その事情を言えっつーの。
キツネ それはその…。
黄鬼 何だよ。
キツネ いろいろあって…。
黄鬼 もういい!(赤鬼に)やっちまおうぜ!
黄鬼、キツネを地面に投げ捨てる。
赤鬼 アアやっちまおう! 聞くだけムダだ。
赤鬼、黄鬼、金棒を振り上げる。
キツネ 待って!
黄鬼 うるさい!
キツネ 青ちゃんのためなの!
赤鬼 青ちゃん? …アオスケの?
キツネ、うなずく。
黄鬼 聞くこたぁねぇ。どうせウソに決まってる!
キツネ ウソじゃないよ!
黄鬼 アオスケにバケてオレたちをだますのが、なんでアオスケのためになんだよ!
キツネ あなたたちをだまそうとしたんじゃないの。たまたま通りかかっただけなの。信じて。ホントに青ちゃんのためなんだから。あなたたち、青ちゃんの友達でしょ!(土下座して)お願い! 見逃して!
黄鬼 (赤鬼に)どうする?
赤鬼 バケギツネの言うことだからな…。どうせウソに決まってるとは思うが…。
黄鬼 聞いてみるか。アオスケに。
赤鬼 そうだな。こいつも連れて行って、アオスケに確かめてみるか…。
赤鬼、キツネをつかみあげ。
赤鬼 もしウソだったら、その時は覚悟しろよ。
黄鬼 キツネうどんにしてやるからな!
赤鬼 …。(小声で)オイ。キスケ。キツネうどんにキツネは入れないぞ。
黄鬼 ? じゃあ何入れるんだよ?
赤鬼 まぁ、道々教えてやるから、とりあえず行こうぜ。
黄鬼 アア。
赤鬼と黄鬼、キツネを連れて上手へ消える。
ソデから黄鬼と赤鬼の声。
黄鬼声 まさかタヌキじゃないよな?
赤鬼声 いいから来いって…。
暗転。
青鬼の洞窟。
青鬼がそわそわしている。
青鬼 遅いなぁ〜コンちゃん…。うまくやってくれたかなぁ…。
鳴子がガラガラと鳴る。
青鬼 アッ、誰? コンちゃん?
下手ソデから、キツネ。突き飛ばされたような格好で出てくる。
キツネ イテテテ…。
青鬼 どうしたんだよコンちゃん!
キツネの後ろから赤鬼と黄鬼、登場。
赤鬼 ヨウ、久しぶり。
黄鬼 元気か?
青鬼 アカスケにキスケ…。お前たちどうして?
赤鬼 実はな、(キツネを指さし)こいつ、お前にバケてオレたちの前に現れやがったのよ。
黄鬼 で、オレたちは見事にそれを見破ったわけなんだが…。
赤鬼 こいつが変ないいわけしやがるもんだからよぉ〜。
青鬼 …いいわけって?
赤鬼 お前のためにしたって言うんだよ。
青鬼 …。
赤鬼 だから、一応お前に確認しとこうと思ってな。
黄鬼 どうせウソに決まってるけどな。
赤鬼 で、どうよ。こいつの言ってること。
青鬼 …それは…。
黄鬼 (キツネをにらんで)ウソだよな。…絶対ウソだよ。だってアオスケの格好はしてたけど、ツノ短くってよ。スッゲー変だったんだぜ。こいつ、たぶんアオスケのこと良く思ってなかったんだと思うんだ。で、アオスケの悪いウワサ流そうと思ってこんなことしたに違いねぇ。(キツネの胸ぐらをつかみ)そうだよな!
キツネ キャッ!
黄鬼 キャァキャア言うな!
黄鬼、キツネを殴ろうとする。
青鬼 ちょ、ちょっと!
黄鬼 なんだよ?
青鬼 …ちょっと待ってくれよ。
黄鬼 だからなんだよ?
青鬼 …コンちゃんの言うとおりなんだ…。
赤鬼 どういうことだよ。
青鬼 コンちゃんはオレのためにバケてくれたんだ…。
赤鬼 よくわかんねぇな。
黄鬼 (キツネに)アオスケにバケて何するつもりだったんだよ。
キツネ …いいでしょ。どうでも。
黄鬼 なんだと!
黄鬼、またキツネを殴ろうとする。
青鬼 やめろキスケ! やめてくれ!(間)オレのせいなんだよ。…オレがだらしないから…。
赤鬼 だらしない?
青鬼 …オレ、怖くて…。
黄鬼 何が?
青鬼 村を襲うの…。
キツネ 言わなくていいよ、青ちゃん!
黄鬼 お前は黙ってろ!
赤鬼 (青鬼に近づき)村を襲うのが怖い? …アオスケ、お前、ひょっとしてオオオニ様の手下になるのがイヤで…、それでツノが伸びてないふりをしようとしたのか…。
青鬼 …アア。
黄鬼 お前、そんなことしていいと思ってんのか。
青鬼 すまん。
黄鬼 すまんじゃねぇよ。てめえ、鬼の掟知らねぇわけじゃねぇよな! ツノ短いふりしてごまかすなんて、鬼として最低だぞ! わかってんのか!
黄鬼、キツネを放し、今度は青鬼につかみかかる。
キツネ やめて! そうすればいいって言ったのは私なんだから! 悪いのは私よ!
黄鬼 (振り返ってキツネに)この野郎。やっぱりお前の入れ知恵か。いなり寿司の具にするぞ!
赤鬼 (黄鬼に近づき、耳元で)キスケ…それも違うぞ。
黄鬼 くそっ! まったく料理しにくい野郎だぜ。
赤鬼 まぁ落ち着けよ、キスケ。
黄鬼 けどよぉ〜。
赤鬼 まぁ聞け。確かにアオスケのしたことは、鬼として許されることじゃない。
黄鬼 アア。
赤鬼 けど、キスケ。オレたちだって全然怖くないかっていうと、そうじゃないよな。
黄鬼 オレは怖くねぇ。
赤鬼 けど、(金棒を持ち上げ)これで、人間の頭を殴るんだぜ。ガツンと。…その瞬間のこと考えたら、少しは怖くなるんじゃないか?
黄鬼 なら、考えなきゃいいだろ。
赤鬼 まぁ、キスケなら、そういうこともできるだろうが、アオスケは真剣に考えちまったんだよ。そういうヤツなんだよ、アオスケは。
黄鬼 …やっかいな野郎だ。
赤鬼 そこがまぁ、アオスケのいいところでもあるんだが…。
黄鬼 まぁな…。
赤鬼 (青鬼に)けど、アオスケ。オレたちはどこまで行っても鬼なんだぜ。鬼は鬼として生きるしかないんだ。わかるだろ?
青鬼 …。
赤鬼 (青鬼の肩に手をおき)今日のこと、オレは忘れる。
青鬼 …。
赤鬼 …忘れるからお前も今日のこと忘れろ。で、気持ち切り替えてさ、明日の夜は笑って会おうぜ。オオオニ様の砦で。(青鬼の顔をのぞきこみ)なっ。仲間だろ、オレたち。
黄鬼 (赤鬼と青鬼の様子を見て)よし、アカスケが忘れるなら、オレも忘れる。忘れるけど、アオスケがもし来なかったら、すぐに思い出して、オオオニ様に全部言うからな。いいな。これはタチの悪い告げ口だからな!
赤鬼 …どうする、アオスケ。
青鬼 コンちゃんも放してくれるか?
赤鬼 アア。
青鬼 …わかった。
キツネ 青ちゃん!
青鬼 必ず行くよ。
赤鬼 よし。よく言った。…じゃあな。
黄鬼 きっとだぞ。
赤鬼 鬼は鬼だからな。
赤鬼、黄鬼、去る。
青鬼、ガックリとひざをつく。
キツネ どうすんのよ、青ちゃん。
青鬼 どうって…。仕方ないよ…。
キツネ …でも。(間)あっ、そうだ。こういうのどうかな…。
青鬼 (キツネの言葉をさえぎるようにして)ゴメン、コンちゃん。一人にしてくれないかな…。
キツネ 青ちゃん…。
青鬼 ホント、ありがとう。オレなんかのために…。
キツネ 何言ってんのよ。
青鬼 …もういいんだ。やっぱり鬼は鬼さ。アカスケの言うとおりだよ。
キツネ そんなことないよ…。
青鬼 いいんだもう…。(間)…頼むよコンちゃん。今夜は一人にしてくれないかな…。
キツネ …一人で大丈夫?
青鬼 アア…。
キツネ わかった…。じゃあ行くよ。
青鬼 うん。
キツネ しっかりね…。
キツネ、青鬼のことを気にしつつ、立ち去る。
暗くなって、ゴーゴーと風の音、強く。
スポットで風、浮かび上がる。
風 (外の様子を気にするような感じで)アア、風が強くなってまいりました…。…あの日も確か、こんなふうに風が吹いていたような気がします…。キツネが去ったあと、青鬼は洞窟に閉じこもったまま、まんじりともせず夜を明かしました。…やがて朝が来て、昼になり、暗い洞窟の中から見ると、入り口だけがポッカリとまぶしいほどに明るく見えましたが、青鬼はその明るさに誘われることもなく、やっぱりじっと座っておりました。それから…日も傾き、夕日が洞窟の中にベロリと赤い舌を伸ばすように差し込みはじめ、その舌の先が青鬼に届きそうになった頃…。
風、消える。
舞台全体、ほの紅く明るくなる。
ガラガラと鳴子が鳴って、キツネ、下手より駆け込んでくる。
手には斧。
キツネ 青ちゃん!
青鬼 アア、コンちゃん…。
キツネ 私ね、いいこと思いついたんだよ!
青鬼 …いいこと?
キツネ (斧を見せ)これ。
青鬼 斧?
キツネ うん。
青鬼 どうしたの?
キツネ ちょっとね。キコリから借りてきた。
青鬼 よく貸してくれたね、そんなもの。
キツネ うん。まぁね…。
青鬼 (キツネの様子をうかがい)…黙って持ってきたんだね。
キツネ でも、すぐ返すから。
青鬼 何するの?
キツネ 切る。
青鬼 何を。
キツネ 何って、ツノに決まってるでしょ。
青鬼 ツノを?
キツネ うん。ツノがなければいいんでしょ。だからこれでバッサリ。
青鬼 エエ〜ッ…。無理だよ。
キツネ 無理でもやるの。
青鬼 でもどうやって…。
キツネ どうやってって、決まってるじゃない。(カベに立てかけてあった薪をとり)たとえば、この薪が青ちゃんだとするでしょ。
青鬼 うん。
キツネ で、(あたりを見回し)あっ、これがいい。
鍋の横にあったキノコを手に取り。
キツネ これがツノ。いい?
青鬼 うん。
キツネ よく見てて。こうやって、青ちゃんを横にしてさぁ。(と、薪を地面に置き)…ツノがここよね。(と、薪の先にキノコを置く)
青鬼 うん…。
キツネ そうしておいて、私がこうやって…。
キツネ、斧を振り上げるが、フラフラしている。
キツネ よーく、狙いを定めて…。
キツネ、フラフラしつつ、薪に近づき。
キツネ エ〜イ!
キツネ、斧を振り下ろす。斧、バッサリと薪に命中。
キツネ …これは失敗。…でも流れ的にはこういう感じで…。
青鬼 (薪を見て)なんだか気がすすまないなぁ…。
キツネ そう?
青鬼 うん。うまくいく気がしないんだけど…。
キツネ そんなことないよ。少し練習すれば…。エイ! エイ! エイ!
キツネ、斧を振り上げ、振り下ろす。今度は薪にも当たらない。二度三度と繰り返すが失敗。
キツネ …けっこう難しいね。
青鬼 もういいよ。
キツネ ダメだよ。あきらめちゃ。
青鬼 だって、もう決めたから…。
キツネ ホントに?
青鬼 うん。決めた。
キツネ でも青ちゃん。人とかやっつけられるの?
青鬼 できるよ。…鬼なんだから。
キツネ ホント?
青鬼 ホントだってば。
キツネ エイ!
キツネ、薪を手に取り、青鬼をたたく。
青鬼 何すんだよ、コンちゃん。
キツネ だったらやってみて。私を人間だと思って。…人間だっていざとなったらこうやって向かってくるよ。青ちゃん戦える? 戦ってやっつけられる?
青鬼 …できるよ。
キツネ じゃあその金棒持って!
青鬼 …でも。
キツネ いいから持って!
青鬼、しぶしぶ金棒を持つ。
キツネ いくよ!
青鬼 …うん。
キツネ エイ!
キツネ、青鬼を薪で殴る。青鬼、動かない。
キツネ エイ! エイ!
キツネ、再び青鬼を薪で殴る。青鬼、動かない。
キツネ エイ! エイ! エイ! エイ!
キツネ、何度も殴るが、青鬼、立ったまま。
キツネ ダメじゃない! 全然ダメだよ! こんなんじゃ青ちゃん返り討ちだよ。人間にやられちゃうよ! 殺されちゃうんだよ! ねぇ、どうすんの!
青鬼、持っていた金棒をポトリと落とす。
青鬼 …ゴメン。
キツネ 謝んないでよ! なんで謝んのよ!
青鬼 …ゴメン。
キツネ、青鬼の手をとり。
キツネ ねぇ、青ちゃん。よく聞いて。
青鬼 …。
キツネ 逃げよ。
青鬼 エッ?
キツネ 逃げるの。ここから。
青鬼 …でも。
キツネ それしかないよ。二人で逃げよ。
青鬼 二人で?
キツネ うん。
青鬼 コンちゃんも?
キツネ イヤ?
青鬼 ううん。イヤじゃない。
キツネ なら逃げよ。
青鬼 でもコンちゃんまで巻き添えにできないよ。
キツネ いいよ。別に。どこか遠くへ行って二人で暮らそうよ。
青鬼 どこか遠くで…。
キツネ うん。
青鬼 でも、アカスケたちとの約束が…。
キツネ 友達ならきっとわかってくれるよ。
青鬼 でも、鬼の掟が…。
キツネ 知らないよ、そんなの。掟が何よ。どうでもいいじゃない! 青ちゃんは見た目は鬼だけど、心は違うんだよ。無理矢理心まで鬼にならなくってもいいじゃない。そうでしょ?
青鬼 …うん。
キツネ 決めて、今。私と逃げる? それとも心まで鬼に変えて、人を殺しに行く?
間。
青鬼 …わかった。オレ、コンちゃんと行く。
キツネ よし、決まり! じゃあ私、すぐ戻るから、青ちゃんも支度して待ってて。
青鬼 えっ、行くの?
キツネ 荷物とってこなくちゃ。
青鬼 …今から行こうよ。
キツネ 大丈夫大丈夫。すぐだから。
青鬼 …でも。
キツネ (斧を手にして)これも返してこなくちゃなんないし。
青鬼 …。
キツネ じゃあね。
キツネ、走り去る。
青鬼 アッ、コンちゃん…。
暗くなって、雨の音。
風、浮かび上がる。
風 夕立でしょうか。突然、雨が降り始めました。そのうえ雷まで鳴り始めて…。(雷の音)アア、あの日は気味の悪い夕暮れだった。
バーンという銃声。
風 …銃声。雨の音に混じって、遠くから聞こえてきたのは…あれは確かに銃声でした。
風、消える。
洞窟。暗い。青鬼にスポット。
鳴子が鳴る。
青鬼 コンちゃんかい?
反応なし。
青鬼 アカスケ?
下手スポット。猟師登場。
猟師、青鬼に銃を向け。
猟師 動くな!
青鬼 人…。
猟師 (目をこらして)お前、鬼だな。
青鬼 あなたは…。
猟師 (かまえたまま銃を少し突き出し)これが目に入らねぇか。
青鬼 鉄砲…。猟師…。
猟師 こんなとこに鬼が住んでやがったとはな…。
猟師、青鬼に狙いをさだめる。
青鬼 まっ、待って下さい! オレは…。
猟師 なんだ?
青鬼 オレは今からここを去ります。絶対みなさんに迷惑はかけませんから!
猟師 迷惑をかけないだと。笑わせるな。鬼のくせに。
青鬼 ホントです。この山を出て、遠くで静かに暮らします。二度と戻りませんから!
猟師 黙れ!
青鬼 お願いです! 見逃して下さい!
猟師 「見逃して下さい」か。(ちょっと笑って)確かさっきのバケギツネも同じようなこと言ってやがったな…。
青鬼 バケギツネ…って。
猟師 キコリの斧を盗んだバケギツネよ。ホレ。
猟師、体を少しねじる。
せおった袋からキツネのしっぽが出ている。
青鬼 コンちゃん!
猟師 おぼこい娘にバケやがって…。けど、よっぽど慌ててたんだろうな。着物の裾からシッポが出てやがった…ヘヘヘ。
青鬼 撃ったのか…。
猟師 ああ、撃った。
青鬼 なんてことを…。
猟師 なんてこと?
青鬼 (猟師をにらんで)なぜ撃った!
猟師 なぜ? バカかお前。
青鬼 答えろ! なぜ撃った!
猟師 フン。猟師がキツネを撃って何が悪い! お前も死ね!
青鬼 この野郎!
青鬼、金棒を握りしめ、猟師になぐりかかる。
猟師、鉄砲を撃つ。バーンという銃声。
カキーンという金属音。
猟師 しまった!
青鬼と猟師のスポット消える。
風、浮かび上がって。
風 さてもさても…。猟師の撃った弾は、金棒に当たってはじかれ…。青鬼は逃げる猟師の背中に金棒を振り下ろし…。
「ギヤァ〜」という猟師の声。
風、消える。
舞台中央、スポットで青鬼浮かび上がる。
青鬼は後ろ向き。
やがて青鬼、ゆっくりと前を向く。
下から赤い光が顔を照らし、すごみをおびた表情。
金棒をもって仁王立ち。
遠くからホラ貝の音。
赤鬼と黄鬼の会話。声だけで。
赤鬼声 ホラ貝の音だ。行くぞキスケ!
黄鬼声 アア。
赤鬼声 ところで、キスケ。聞いたか。
黄鬼声 何をだ。
赤鬼声 アオスケのやつ、猟師をやったらしいぞ。
黄鬼声 猟師をやったのか。
赤鬼声 ああ、猟師は種子島をもってたらしいが、金棒でしとめたんだとよ。
黄鬼声 そりゃぁ大したもんじゃないか。
赤鬼声 ああ、大したもんだ。オオオニ様も大喜びらしいぞ。
黄鬼声 スゴいな。アオスケは。
赤鬼声 ああ、スゴい。
黄鬼声 で、あのキツネはどうした。
赤鬼声 死んだらしい。
黄鬼声 そうか。それは何よりだ。
赤鬼声 とにかく砦に急ごうぜ。
黄鬼声 ああ。
赤鬼声 アオスケはもう行ってるそうだからな。
黄鬼声 そうか。もう行ってるのか。
赤鬼声 砦はアオスケの話でもちきりらしいぞ。
黄鬼声 幼馴染みのオレたちも鼻が高いな。
赤鬼声 そういうことだ。
黄鬼声 さいさきがいいな。
赤鬼声 オウ。
青鬼のスポット消える。
風、浮かび上がる。
風 その後の青鬼の暴れっぷりときたら…。それはもう、私がどこにいようとも、風の便りで伝わってくるほどで…。とんとん拍子に出世して、何年かたった頃にはオオオニの片腕になっておったそうでございます。(間)いつも鬼たちの先頭に立って村を襲い、それはそれは恐れられておりました…。青鬼は村を焼き、人を殺すたびに、ニヤリと笑ってこう言ったそうです。「鬼が人を殺して何が悪い」と。…そんなある日。
風、消える。
舞台、明るくなる。叫び声。泣き声。燃える音。
青鬼、金棒を振り回し。
青鬼 皆殺しだ! 全部焼き払え! ひとりも逃がすなよ。
上手より、鬼たちの「オウ」という声。
青鬼、金棒を振り回し、下手へ。
下手には、小屋があるらしい。
青鬼、下手に向かって叫ぶ。
青鬼 さぁ、出てこい。出てこなければ小屋ごと踏みつぶすぞ!
青鬼、下手に消え、布で顔を隠した娘を引きずりだす。
青鬼 観念しろ。
娘、顔を隠したまま。
娘 お願いです。見逃して下さい。
青鬼 (笑って)見逃して下さいだと。
娘 おっとうが…。病気のおっとうが寝ているんです。…せめておっとうの命だけは…。
青鬼 (笑って)そうか。お前のおっとうが、奥で寝ているんだな。
娘 …はい。
青鬼、舞台奥に向かって。
青鬼 おい。誰か。この小屋に踏み込め! ひとり隠れてるぞ!
「オウ」と言う声。
バリバリという音。
青鬼 (娘に)おっとうはもういない。
娘 …そんな。
青鬼、金棒を振り上げ。もう一方の手で、娘の布をつかみ。
青鬼 さぁ、顔を見せろ!
暗くなって、風が浮かび上がる。
風 娘の顔を見た青鬼は、思わずギクリと致しました。その顔はあのバケギツネのコン子そっくりだったのです。…しかも髪には赤いカンザシ。(間)青鬼の心の中に、コン子との思い出がワッと込み上げてきて、青鬼は振り上げた金棒をどうしても振り下ろすことができませんでした。
風、消える。
舞台中央明るくなる。
青鬼、金棒をおろし、娘を放す。
青鬼 …行け。
娘 …。
青鬼 お前は見逃してやる。
青鬼、娘に背中を向ける。
間。
娘、ゆっくり立ち上がる。表情が厳しい。
その手には包丁。
一瞬の間。
娘、青鬼の背中に包丁を突き立てる。
青鬼、グッと娘のほうに向き直り、顔をゆがめながら。
青鬼 …逃げろ…。
娘、包丁を捨て、下手へ走り去る。
青鬼 …コンちゃん…。
青鬼、金棒を杖にしてこらえるが苦しい表情。最後に金棒を投げ捨て、ゆっくりと倒れる。
上手より「アオスケがやられた」「刺されたぞ」と騒ぐ鬼たちの声。
静かに暗くなる。
風、浮かび上がって。
間。
お茶を一口飲み。
風 …これがこの風めが見聞きしたことの一部始終でございます。…昔昔の出来事で、もう今では誰一人、あの青鬼のことを覚えている者もおりますまい…。まぁ、それはそうでしょう…。当然といえば当然のこと。残った鬼たちも、あの村の娘ももうとっくの昔にいなくなってしまっているのでございますから…。(お茶を一口飲み)泣いて、怒って、争って、皆、夢中で生き、そして死んでいきました。今となってはそれらすべてが遠い景色のよう、なつかしいような、切ないような、そんな気さえ致します。
間。
ヒュ〜ッヒュ〜ッという風の音。
風 (ふと洞窟の入り口のほうを気にするような感じになり)おやおや、風たちが洞窟の前に集まりはじめた…。さしづめ、つむじ風になって出発する相談でもはじめたのでございましょう。(湯飲みや急須ををかたづけはじめ)…さてと、どうやらお茶の時間もおしまいのようです。おさぼりは楽しいけれど、おいてきぼりは辛いですからね…。(ちょっと笑って)年寄りは思いのほか寂しがり屋なんでございますよ。(そそくさと道具を風呂敷につめて)…よっこらせと。ではみなさん、ご縁がございましたら、またどこかでお会い致しましょう。(間)いやいや、なんのなんの。すべては風のウワサ。茶飲み話でございますよ。皆々様の耳元をスッと風めが通り過ぎたとき、こんな話がふと聞こえただけのこと…。ですから皆様、後生でございます。死んでいった者たちの、その生き様の善し悪しをあれこれ言ってやって下さいますな…。ただただ、かの者たちを憐れんでやって下さいまし…。風の向こうに消えた者たちを…。
風、立ち上がって歩きはじめる。
風が吹き抜ける音とともに暗くなって。(幕)