●1人 ●25〜35分程度
●あらすじ
「犬を知りませんか。私の犬なんです」 愛犬を探す少女の心象風景。そのたどりつく先は…。 道具の少ない一人芝居です。
●キャスト
エリ
●台本(全文)
エリ、上手より登場。ボンヤリとした様子でノロノロと。
右手にはヒモ。ヒモの先には犬のぬいぐるみが結びつけられていて、エリが中央へ歩いていくにつれて、ひきずられたぬいぐるみが見えてくる。
エリ、中央で立ち止まり、正面を向く。
ハッと我にかえった様子。急にそわそわとして。
エリ 犬を知りませんか? 犬です。私の犬がいなくなったんです。
エリ、ぬいぐるみをひきずりながら舞台上をせわしなく動き回る。
しばらくして、舞台の前に出てきたエリがくるりと背を向けて奥に行こうとしたとき、ぬいぐるみが、ポトリと舞台から客席に落ち、ひっかかる。
エリ、それに気づかず奥に行こうとして、ヒモがピンと張る。
エリ、ギクリとして立ち止まる。
ゆっくりと正面に向き直り。
エリ 犬を知りませんか? 私の犬なんです。
エリ、客席の声を聞くようなしぐさで首をかしげる。それからニッコリと笑い、ヒモを巻き上げる。
ぬいぐるみを宙ぶらりんにつるして。
エリ アア、これですか。これは違うんです。これはクゥの代わりなんです。…私、クゥがいなくなってから、よく眠れなくて。それで、このぬいぐるみを抱いて寝てるんです。(ぬいぐるみを抱き上げ)クゥっていうのは私の飼っていた犬の名前。…エエ、そうなんです。こんな感じで、白と茶色の…フワフワした、とってもかわいい…。
エリ、ぬいぐるみを強く抱きしめ、首に巻いてあったヒモをはずす。
エリ 私とクゥはいつも一緒でした。…クゥはいつも私のそばにいて、まん丸の黒い瞳でジッと私を見つめてくれました。私はクゥの耳やしっぽやおなかを撫でながら…。(ぬいぐるみをポトリと落とし)だから私、クゥがいなくなるなんて思ってもみなかった。まさかこのヒモをかみ切って逃げ出すなんて!
エリ、くやしそうにヒモをにぎりしめる。
しばらくして、客席に向かってパッと顔をあげ。
エリ 誰かに盗まれたんじゃないかって? (ちょっと微笑み、くだけた感じで)それはないわよ。クゥが黙って連れて行かれるわけないじゃない。あり得ないわ。そんなこと。…それにね、連れて行かれたんじゃないっていう確かな証拠があるの。何だと思う? 知りたい? (ヒモの先を見せて)これよ。この先を見て。ホラ、ジャギジャギになってるでしょ。クゥよ。クゥがガシガシヒモをかみちぎったからこんな風に…。…それに。
エリ、ヒモの先を鼻の前にもってきて、クンクンとニオイをかぎ。
エリ クサい…。これは間違いなくクゥのよだれのにおいよ。(ぬいぐるみを拾い上げ)クゥはよくこんな風に飛びついてきて、こんな風に私の顔を…。
エリ、ぬいぐるみとともに転がりつつ。
エリ やめて。やめてよクゥ! そんなになめちゃダメ! 服がよごれちゃうよ。…ダメだってば。よだれが付いちゃうからダメだってば。……ヨーシ、そんなにするならこっちだって! アムゥ〜。
エリ、ぬいぐるみの鼻をかむ。
ぬいぐるみを、驚いたように飛びのかせて。
エリ どう? 参った? ヘヘヘ。またまた私の勝ちね。これで私の八十七勝一敗。
エリ、客席に向かって。
エリ エッ? 何? 一敗? アア、私が一敗したときのことを知りたいわけ。いいよ。教えてあげる。…それはね、私とクゥが初めて出会った日…。
暗くなる。雨の音。エリにスポット。
エリ、ヒザをかかえて座っている。
うなだれた感じ。
しばらくしてクゥ〜ンという鳴き声。
エリから少し離れたところに置いてあるぬいぐるみにスポット。
エリ、顔をあげ、ぬいぐるみを見る。
エリ ……。
再びクゥ〜ンという鳴き声。
エリ おいで。
エリ、ぬいぐるみを抱き寄せる。
クゥ〜ンクゥ〜ンという鳴き声。
エリ お前、泣いてばっかりいるんだね。
クゥ〜ンクゥ〜ンという鳴き声。
エリ 泣かないでよ。私だって悲しいんだから。
クゥ〜ンという鳴き声。
エリ やだ、顔をなめないでよ。……涙、拭いてくれてんの?
クゥ〜ンという鳴き声。
エリ 優しいんだね。名前は?
クゥ〜ンという鳴き声。
エリ (ちょっと笑って)クゥ〜ンばっかり。じゃあクゥでいい?
クゥ〜ンという鳴き声。
エリ 決定! 君は今日からクゥ。わかったね。
クゥ〜ンという鳴き声。
エリ ハイ。よく言えました。じゃあご褒美をあげよう。
エリ、カバンからポッキーを取りだし、一本ぬいぐるみに食べさせる仕草。
エリ お腹すいてたんだ。もっとお食べ。
エリ、もう何本か食べさせる仕草。
エリ ずいぶんおいしそうに食べるねぇ〜。…私も食べよ。クゥ見てたら、なんかお腹すいてきた…。
エリ、ポッキーを一本口にくわえ、食べようとする。
ぬいぐるみ、顔のところに飛びかかるようにして、おおいかぶさる。
エリ、ゴロンと横になり。
エリ やめて。やめてよクゥ! そんなになめちゃダメ! 服がよごれちゃうよ。…ダメだってば。よだれが付いちゃうからダメだってば。これは私が…。…参った。参りました。許してぇ〜。
エリ、すっと立ち上がり。
エリ これが一敗したときの話。でね。その日のうちに私は一勝するんだけど、その話しも知りたい? (客席の反応を確かめるようにして、うなずき)いいよ。教えてあげる。…あのね、私、クゥと暴れたあと、とってもスッキリとした気分になったの。体を動かしたせいだと思うんだけど、ホント、スッキリした。そしたらなんだかクゥにすごく親しみがわいてきちゃって、クゥにだけは愚痴、聞いてもらったんだ…。
エリ、ぬいぐるみと並んで座り。
エリ ねぇ、クゥ。ちょっと聞いてくれる。…たいしたことじゃないけど…。ううん、ホントはたいしたこと。一日中頭の中はそのことばっかりで…。でもね。どう考えても、私、悪くないと思うんだ。(立ち上がって)悪いのはユミだよ。絶対そう!「マルイもんじゃ事件」に関しては、私は無実よ!
クゥ〜ンという鳴き声。
エリ アッ、ゴメン。大きな声出して。ビックリした? (再び並んで座り)…でね、その「マルイもんじゃ事件」のことなんだけど、、ユミがマルイでかわいいスカート見つけたからついてきてって言ったのが事件の発端なのよ…。今考えれば、スカートくらい自分で買いにいけばって話しなんだけど、一応友達だからさぁ、つきあいが悪いと思われるのもイヤじゃない。だから「いいよ」って言っちゃったわけ。でもね、その日ちょうどユキとも約束しててさぁ。それが、二人で駅前に出来たもんじゃ焼き食べに行こうって計画だったんだ…。アッ、ユキもユミも友達。ゴメンね、紛らわしくて。…でね、ユキとユミの両方と約束しちゃったような感じになっちゃったからさぁ、どうしようかなって考えたわけ。…まぁユミとマルイ行くのもうざいしさぁ、先に約束してたのはユキのほうだからさぁ、ユキのほうをとればよかったんだけど…。実はね、私、あんまりもんじゃ焼きって好きじゃないのね、ホントのこと言うと。なんか、うざいでしょ。料理法が。粘っこいっていうか。しょっぱいし。でもさぁ、誘ってくれてるのに悪いからさぁ、一応行くってことにしてたのね。だから、ユミのほうに行っちゃえば、そのほうがいいかなってちょっと思って、それで結局ユキのほうを断ったんだぁ。でね、そういうのは、トーゼン内緒じゃない。ユキには。だからユミにもユキとの約束は断って来たよって言っておいたんだけどさぁ。それが裏目に出ちゃったんだよなぁ〜。
エリ、ため息。
エリ 次の日、学校行ったらさぁ、ユキがスッと寄ってきてさぁ、「エリ、あんた、昨日ユミとマルイ行ったんだって」って言うのよ。でね、私、とっさに「違うよ」って言ったんだぁ。そしたらユキ、キレちゃってさぁ、「違うわけないじゃん。ユミは謝ってくれたんだからね。もうエリのこと信じらんない」って言うわけ。机とかバーンってやってさぁ。…ねぇ、でも考えてみて。これってヒドクない? 私、ユキが嫌な思いしないようにと思って、内緒にしてただけでさぁ、ダマすとかそういうのじゃないじゃん。なのに、ユキったらバリバリ絶交状態に突入しちゃってさぁ、話しも聞いてくれないんだワ。しかもよ、しかももっとヒドイのはユミでさ、なんかもう、どういうわけかユキとベッタリになっちゃって、離れたとこから私のこと見て、二人でヒソヒソ話しとかするんだよ! オカシイでしょ。私はユミに頼まれたからついていってあげたんじゃない。それを何よ、ユキにバラしたうえに私をのけ者にしてさぁ、いつのまにか私一人が悪者扱いされてるんだもの! ねっ! どー思う? クゥ。
クゥ〜ンという鳴き声。
エリ だよね。ヒドイよね。(ぬいぐるみを抱きしめ)…クゥは優しいね…。ユキやユミよりよっぽど優しいよ…。
エリ、しばらくぬいぐるみをかわいがる仕草。
クゥ〜ンクゥ〜ンという鳴き声。
エリ アッ、ひょっとしてまだお腹すいてる?
クゥ〜ンクゥ〜ンという鳴き声。
エリ じゃ、これ。
エリ、ポッキーを取りだす。
エリ ハイ。
エリ、ぬいぐるみの口にポッキーをさす。
何かを思いついたように。
エリ アッ、待って、クゥ。まだ食べちゃだめ。
ぬいぐるみを両手でかかえ。
エリ ねぇ、クゥ。ポッキーゲームって知ってる? あのね、両方からポッキーを食べていくんだけど、やってみる? …こうやってね…。
エリ、ポッキーを反対側から食べていく。
やがてぬいぐるみとエリの顔が近づき、最後の一口で、エリ、ぬいぐるみの鼻をくわえる。
エリ アムゥ〜。
ぬいぐるみ、とびのきひっくり返る。
エリ アッハッハ〜。クゥったら変なの! あ〜っ、ひょっとして初めてだった? 照れてるんだぁ〜。カッワイ〜。ならもう一回。
エリ、ぬいぐるみを両手にかかえ、宝塚風に。
エリ 愛してるよ。クゥ。
再び、鼻をくわえて。
エリ アムゥ〜。
ぬいぐるみ、とびのきひっくり返る。
エリ 愉快愉快。
エリ、ぬいぐるみを座らせ、客席に向かって。
エリ 以来、私の連戦連勝。(真剣な表情になって)…そして八十七勝した次の日の朝。クゥはいなくなったんです。(ドキッとして)ひょっとしたらクゥは私に鼻をかじられるのがイヤだったのかも…。(ぬいぐるみに向かって)そうなのクゥ! 答えて! (ぬいぐるみを抱き上げ)イヤだった? ガマンしてたの? でもクゥ、いつだってしっぽ振って飛びついてきたよね。すごくうれしそうに。…あれ、演技? そんなことないよね。クゥはそんなことしないよね。…それとも(思いつめた表情で自分の手を口の前にもっていき息を吹きかけ)ひょっとして私の口のほうがクサかったとか…。(しばらく考えて)…自分の口のニオイはわかんないって言うけど、それはなさそうだな。…じゃあやっぱり、鼻をくわえたのが原因? イヤイヤ付き合ってたんだけど、とうとう我慢ができなくなった? (ぬいぐるみを抱きしめ)ううん、そんなことあり得ない。クゥが我慢してたなんて絶対ない。クゥとは一心同体。あんなに楽しい毎日だったんだもの…。
アルプスの少女ハイジのテーマ曲、流れる。
エリ、ぬいぐるみを放り上げたりしながら、舞台上をスキップ。
♪「……教えてぇ〜おじいさぁん。教えてぇ〜おじいさぁん。教えてぇ〜」までスキップを続けてから、ふと立ち止まる。音楽止まる。
エリ、ぬいぐるみを見つめ。
エリ 教えて、クゥ。何がいけなかったの? (客席からの声を聞くような仕草で)えっ? 何? いなくなった朝? そうよ、朝起きたらいなくなってた…。えっ? 前の日に何かあったんじゃないかって? (首をひねり)…前の日ねぇ〜。クゥはいつもどおりだったけど…。…ああ、でもちょっと嫌なことあったから、私、いつもより愚痴っぽかったかもしれないなぁ〜。
暗くなる。
エリにスポット。
エリ、ぬいぐるみを横に置き、座っている。
エリ …学校行きたくないな。…まだ続いてるんだ、例の事件。しかもだんだん状況悪くなってる。…って言うのがさぁ、ユキの幼馴染みにユリってのがいるんだけどね。
クゥ〜ンという鳴き声。
エリ …アア、ゴメン。ユミじゃないよ。ユリ。ユキとユミが元々の私の友達で、ユリはそのユキの幼馴染み。同級生だけど私はあんまり知らない。…とにかくそのユリっていう子まで、ユキやユミと一緒になってシカトしはじめてさ、…別にユリって子は友達じゃないからどうでもいいって言えばいいんだけどネ。問題はその子のアネキなんだ。…一つ上の学年にユリのアネキがいるんだけど、その人、結構学校でもブイブイいわせてる人でさぁ、子分みたいなのも何人かいるわけ。…でね。わかるでしょ。私、そのグループからもにらまれることになっちゃって…。…たぶん、学校行ったら、呼び出しあると思うんだよね。…どうしようクゥ…。怖いよ、私。…学校行きたくない…。(しばらくヒザに顔をうずめる。突然、顔をあげ、キッとした表情になり)何なのよ一体。私が何をしたっていうわけ。してないでしょ、何も。してないよね。なのにどうしてこんな目にあわなきゃなんないわけ? おかしいよね。絶対おかしいよ。(ぬいぐるみを見つめて)ねぇクゥ、お前はわかってくれるでしょ。私が悪いわけじゃない、なのに…。(立ち上がって)ア〜、ムカつく! 私がいつまでもおとなしくしてると思わないでよ! 私だっていつかキレてやる! ええ、そうよ、キレてキレてキレまくってやるわよ。そのときになってコーカイしてもムダよ! フン! 何よ。…何で私ばっかり…。(しゃがみこむ。ぬいぐるみを抱き上げ、目を見て)ねぇ、お前もそう思うでしょ。…お前は私の味方よね?
クゥ〜ンという鳴き声。
エリ、ぬいぐるみをジッと見つめ。
エリ ううん。そんなつもりじゃない。そういう意味じゃないってば。私はクゥの気持ち疑ったりしない。私はクゥのこと信じてるから…。
クゥ〜ンという鳴き声。
エリ、独り言のように。
エリ …でも…。ちょっと寂しいとき…ある…。
クゥ〜ンという鳴き声。
エリ ねぇ、クゥ…。クゥはいつだってそうだね。いつも私のそばにいて、そして一緒に悲しんでくれる。…うん。それはそれですごくうれしいけど。…でもね、クゥ。一緒に怒ってほしいときだってあるんだよ。…もちろん、なぐさめてほしいときもいっぱいあるし、私、クゥのこと大好きだけど…。今は怒ってほしい。私と一緒に戦ってほしい! だからクゥ! 私を励まして! 勇気をちょうだい! そして私を助けて!
クゥ〜ンという鳴き声。
エリ …ゴメン。そんな顔しないで…。いいの、クゥ。クゥは今のままでいいから…。だって私、クゥがいてくれないと…。
明るくなる。
エリ で、次の日の朝、クゥは消えてたってわけ。
ヒモをプラプラさせ気落ちした感じ。
突然ハッとして。
エリ そうか! ひょっとして私を守るために! (キョロキョロして)そうなのクゥ! 私がヒドイ目にあったら、いつでもどこでも、パ〜ッと飛び出してきて、すぐに私を助けられるようにと思って、それでヒモを食いちぎったの! (間)そうよ、そうだわ! それならつじつまが合う! いつも物陰から私のこと見守ってるんだ! クゥだったらそれくらいしてくれるはずよ。
舞台を前後左右に走り回りながら。
エリ クゥ、いるの? いるなら出てきてちょうだい! そばにいてほしいの! ねぇ、クゥ、お願い!
シーンとして応答なし。
エリ、何かを思いついた様子。
急に倒れ、苦しみはじめる。
エリ 誰か助けてぇ〜。死ぬぅ〜。マジ、ヤバイわよぉ〜。
エリ、頭をあげ、あたりを見回す。が、応答なし。
エリ、起きあがり。
エリ ダメか…。(深呼吸をしてから、客席に向かって)私、クゥがいなくなってから、学校には行ってません。だって、無理だもん。絶対無理。…でもね。私、思うんです。ひょっとしたら、クゥが戻ってきても、学校には行けないんじゃないかって。…だってそうでしょ。今の私の状況考えてみてよ。学校に行けば、先輩からの呼び出しあるのミエミエでしょ。それがわかってて行けるわけないじゃない。万が一、行ったとしてよ、何かヒドイ目にあって帰ってきて、クゥに愚痴って、それで一体どうなるっていうワケ? …そうよ、そうなのよ。どうにもならない…。
エリ、ぬいぐるみを抱き上げる。
そして、そっと後ろ向きに床に置く。
スッと立ち上がり、客席に向かって。
エリ 正直に言います。私はクゥを探しています。でも、心のどこかで、クゥはもう戻ってこないんじゃないか…とも思っているんです。そして、もし戻ってこなかったらどうしようか…ということまで。…ええ、そうなんです。私はクゥを探しながら同時に、クゥじゃない別の何かを探しているんです。私と一緒に戦ってくれる何かを…。
暗くなって、エリにスポット。
エリ たとえば、そう、猛毒を持ったサソリなんてどうかしら。そしてそれをいつもポケットにしのばせておくの。ハハハ、それはいい。それはいいわ。でね、先輩から呼び出されて、「お前生意気なんだよ! 許してほしかったら出すもの出しな」とか言われるとするでしょ、そこでサソリよ。アアおもしろい。ちょっとビビッたふりしながら、おもむろにポケットに手を入れ…いかにも財布を取り出すようなふりをしながら…。
エリ、ポケットに手をいれる仕草。
エリ イタッ! しまった! 私がやられた!
エリ、倒れて。
エリ なんておマヌケなの…。アア、みんなが私を見て笑ってる…。目の前が暗くなってきた…。アア、ダメ…、サソリはダメ…。
エリ、がっくり。
立ち上がって。
エリ …やっぱ扱いの難しい動物はダメだな。こっちが先にやられちゃ意味ないもん。少なくとも敵味方の区別がつく程度の知能がないとな…。う〜ん、もっと賢くて、お互いの意思の疎通がはかれるもの…。…そういう点から言うと…。アアそうだ。九官鳥なんていいんじゃないかしら。口で相手をやりこめる、みたいな。ああ、そうよ、九官鳥よ。
エリ、左手を前に出す。手には九官鳥がとまっているらしい。
エリ いいわね、キューちゃん。相手をギャフンと言わせるのよ。(声色で)「マカセトケー」いいわよ、いいわよ、その調子。アッ、ほら向こうから歩いてくる奴ら、敵はあいつらよ。(声色で)「マカセトケー」
エリ、先輩の役も声色で。
エリ (先輩)「ちょっと話しがあんだけど」(エリ)「な、なんですか」(先輩)「いいからついてこいよ」(エリ)「やめて下さい! キューちゃんお願い!」(九官鳥)「マカセトケー」(先輩)「はぁ? キューちゃん? なんだコイツ」(九官鳥)「ナンダコイツゥ〜」(先輩)「ふざけんな!」(九官鳥)「フザケンナァ〜」(先輩)「てめぇ、ぶっ殺すぞ」(九官鳥)「ブッコロスゾォ〜」(先輩)「真似すんな!」(九官鳥)「マネスンナァ〜」(エリ)「いいわよ、キューちゃん、その調子!」(先輩)「(エリに)お前は黙ってろ!」(九官鳥)「オマエハダマッテロォ〜」(エリ)「あっ、キューちゃん、どっちの味方してんのよ」(先輩)「こいつら仲間割れしてるよ。アッハッハッ」(九官鳥)「アッハッハッ」(先輩)「よしよし、キューちゃんは、今からこっちの仲間だからね」(九官鳥)「マカセトケー」(先輩)「さっ、キューちゃん、そいつを連れてくよ」(九官鳥)「マカセトケー」
エリ、がっくりと倒れて。
エリ ダメじゃん。全然ダメじゃん。…ただのオウム返しじゃ戦力外ってことか…。頭もよくて、パワーもあって、絶対味方してくれる…そういうのじゃないとなぁ〜。(ハッとして立ち上がり)そうだ。ゴリラよゴリラ。ゴリラこそすべての条件を満たしてるじゃない! 強くて賢くて美女に優しい(ヒモをムチのように扱いながら)さぁ、コング。私についてきて、悪者どもをやっつけるのよ! (ニヤッと笑い)来たわよ来たわよ。先輩たちが…。あら、何かご用? えっ、用はないの? あれぇ〜変だなぁ〜。私のこと探してるって聞いたからわざわざこっちから来てあげたんだけどなぁ〜。(小首をかしげて)どうかした? 顔色が悪いみたいだけど? エッ、何でもない? 何でもないってことはないでしょ。アア、そうだ。姿勢が悪いんだわ、きっと。姿勢が悪いから、顔色も悪いんだ。ちょっと待って、私が直してあげる。アアいいのよ、いいのよ、遠慮しないで。友達だった人の幼馴染みのお姉さんとそのお仲間でしょ。何も遠慮なさらなくていいのよ。さぁコング、この人たちの性根を直してあげて、そうよ、そう。背骨をまっすぐにね。ええ、みんなまとめて腕でギュッと。アッハッハッ、そうよそう。それでいいわ。グッタリするくらい力を入れないとね、こういうのは効かないから。じゃ、みなさん、ごきげんよう。私、まだやることがあるもので…。
エリ、ヒモをムチのように使いながら。
エリ コング。さぁ、一気にカタをつけるわよ。
エリの気持ちの高ぶりを表すかのように、原住民の太鼓のような音、流れはじめる。
エリ いたわよ。右斜め前方三〇メートル、ユキ発見。全速前進!
エリ、ヒモをムチのように使いながら。
エリ 捕獲完了! フフフ…お久しぶりね、ユキさん。エッ? 何? 何言ってんの。泣きながらしゃべらないで、何言ってるのかわからないから。…アア、ゴメンナサイって言ってんだ。…あなたって不思議な人ね。私に謝れって言ってたんじゃなかったっけ? そのあなたが、どうしてそんなに謝ってるの? 理解不能だわ…。エッ? 許してほしい? え〜っと、一体何を許せばいいのかしら? ハァ? 友達? 今トモダチって言った? バカじゃないの。寄ってたかってイジメるのが友達のすること? わけわかんない! めざわりよ! コング、その手につかんでいるものを思いっきり遠くへ投げすててちょうだい。私の目の届かないほど遠くに。ええ、そうよ。思いっきり。大気圏の外まで!
ヒューンという音。
エリ、遠くに視線をやり。
エリ ハハハ。スッキリした。(キョロキョロして、指さし)アッ、あそこ。あそこに隠れてるのはユミよ! コングお願い! アハハハハ、捕まえたわよ、ユミ。スカートはどうしたの? ああ、そう、それはよかったじゃない。私ね、あのスカートの件では、ずいぶんあなたに迷惑をかけられたんだけど、そのことわかってる? …アアそう。わかってるんだ…。わかってるんなら、なんでユキとつるんで私を無視したのよ! あんたみたいに裏表のある人間、見たことない! さぁ、コング、その手の中のものをペシャンコにしておしまい。そうすれば、もっと裏表がハッキリするはずよ。さぁ!
バチン、という音。
エリ、ヒモをムチのように使いながら。
エリ すばらしいわ。コング。あなたは最高よ。さぁ〜てと、残るは…。(遠くを見て)アア、いたいた、ほら、コング、見える? 遠くのほう、ときどきこっちを振り返りながら必死で逃げてるやつがいるでしょ。あれがユリよ。あんな子どうでもいいけど、ついでだから処分しとこうね。…それにしても逃げ足がはやいわね。あの態度、なんか見てるだけでムカつく…。そうだ、コング。岩よ岩。岩を投げて。
エリ、ぬいぐるみを手にとり。
エリ こんなふうに!
エリ、ソデにぬいぐるみを放り投げる。
エリ さぁコング! そうよ。そう!
ヒューンという音。続いてドーンという音。
エリ ナイスコントロール! あなたは、私の最高のパートナーだわ! アッハッハッハッハ…。
太鼓の音、消え、明るくなる。
エリ、ヒモをムチのように使いながら至極ゴキゲン。
ふと、客席からの声に耳を傾けるような仕草になり。
エリ ハァ? 何? 何をゴチャゴチャ言ってるの? そんなところにいたら、あなたたちも踏みつぶすわよ! エッ? ワシントン? ワシントンがどうかした? 条約? ハァ? …絶滅? 誰が絶滅すんのよ。…ハァ? …ハァハァ。…アア、なるほど、ワシントン条約っていうのがあるわけね、エエ、エエエエ…。それで…ホウホウ…。アアそうなの、ゴリラは輸入できないの。アラ、そう…。…じゃあダメってことね…。
エリ、フッと我に返ったようになり、立ちつくす。
手にしていたヒモをポイッと投げ捨て、急に何かを思い出したようにキョロキョロしながら。
エリ クゥ? クゥ、どこ? どこなの?
舞台上をそわそわと走り回りつつ。
エリ クゥ、クゥ〜! クゥ、クゥ〜!
やがて、ソデに目をやり。
エリ クゥ〜!
エリ、ソデに消え、ぬいぐるみを抱きしめ登場。
エリ ゴメンね、クゥ。(きつく抱きしめる)
鳴き声なし。沈黙。
エリ 何とか言ってよ、クゥ! ねぇクゥ! どうして何にも言ってくれないの! クゥ、ほら、飛びついてきて。(間)あっ、お腹減ってるの、ポッキー食べる?
エリ、ポッキーを取りだし、ぬいぐるみの口の前に。
ぬいぐるみは動かない。
エリ どうしたのよクゥ! 何とか言ってよ!
エリ、ぬいぐるみを強く抱きしめる。
パキッという音。
その瞬間、ぬいぐるみの首が折れて、綿が飛び出る。
エリ アッ! クゥ!
呆然とするエリ。
暗転。
音楽流れる。
スポット。
下手側にエリ立っている。
エリ 私の体は綿でできています。…きっと心も。だからこんなにスカスカするんだと思います。(間)…だれか犬を知りませんか? ええ、私の犬です。名前はクゥ。…クゥクゥと今もどこかで泣いているはずなんです。見つけたらきっと教えてくださいね。クゥは私の犬なんですから。
エリ、下手に消える。
舞台中央にスポット。
首から綿の出たぬいぐるみが置いてある。
クゥ〜ンという鳴き声が響く。(幕)