●4人〜大勢 ●50〜60分程度
●あらすじ
体内では白血球と黄色ブドウ球菌たちが戦いの真っ最中。そこへ抗菌薬がやってきてバイキンたちをやっつけるが、事態は思わぬ方向へ…。4人以上であれば何人でも上演可能です。多いほうが迫力はあると思います。
●キャスト
抗菌薬
漢方薬
白血球(一人〜)
黄色ブドウ球菌(一人〜)
●台本(全文)
薄暗い中。鼓動が聞こえる。
下手より黄色ブドウ球菌(おうしょくぶどうきゅうきん)たち登場。手には光る剣(黄色と紫の縞模様)。
黄色ブドウ球菌たち、舞台上をグルグル回って踊り騒ぐ。
上手より白血球たち登場。手には白く光る剣。
白血球たち、黄色ブドウ球菌の群れの中に突っ込み、両者、舞台中央で入り乱れる。
やがて白血球たち、バタバタと倒れ、白い剣の光が次々に消えていく。
黄色ブドウ球菌たち、カチドキをあげ、騒ぎつつ上手へ去る。
舞台中央には、白く光る剣がひとつ。
明るくなると、そこには白血球が一人、倒れている。
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(備考)黄色ブドウ球菌たち、白血球たちに人数の制限はありません。適宜セリフをアテて下さい。なお、少人数の場合は、光る剣を背景に配置するなどすれば、道具のみで処理できるかと思います。
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下手より、漢方薬登場。剣は持っていない。
漢方薬、倒れている白血球を見つけてかけより。
漢方薬 アッ、オイ。しっかり!
白血球 …ウ、ウウウ。
漢方薬 こりゃ、かなりやられてるな…。オイ、しっかりしろ!
漢方薬、白血球を抱き起こすが、白血球、ぐったりしたまま。
漢方薬 困ったなぁ…。苦手なんだよなぁ〜。こういう救急処置って…。我々漢方薬の業務範囲超えてんだよなぁ〜。…けど、このままほっとくわけにもいかないし…。ん〜待てよ、落ちつけ、落ちつくんだ。こういうときはだなぁ、…アッ、そうだ。人工呼吸だ。人工呼吸。よし。
漢方薬、白血球に人工呼吸をはじめる。
白血球、目をさまして、飛び上がり。
白血球 オ、オェ〜。
漢方薬 オオッ、気がついた。
白血球 なんですか、今のは!
漢方薬 エッ? 何って…。
白血球 ものすごくクサかったんですけど。
漢方薬 アッ、エッ、クサかったっスか?
白血球 エエ、信じられないくらい。
漢方薬 エ〜ッと…それは、たぶん…。私の口のニオイかも…。
白血球 口のニオイ…。って、あなた私に何をしたんです!
白血球、漢方薬に剣を向ける。
漢方薬 何って、あの、倒れてたから、人工呼吸を…。
白血球 人工呼吸…。(剣を下げて)アア、私を助けて下さったんですか…。
漢方薬 エエ、まぁ、一応。でもあなたの意識が戻ったのは、人工呼吸の効果っていうよりは、私の口のニオイのせいみたいですけど…。…ゴメンネ。クサい思いさせちゃって。
白血球 イエ、そんな…。私のほうこそ、助けてもらったのに、剣を向けたりしてスミマセン。(間)…あの…ところで、失礼ですけど、あなたは一体…。
漢方薬 アッ、私ですか? 私、漢方薬です。
白血球 …漢方さん。…ということはこのニオイは…。
漢方薬 エキスですよ、エキス。生薬(しょうやく)っていうんですか。いろんな草の成分混ぜてあるもんで、それでこんなニオイに…。
白血球 アア、なるほど。だったら、やっぱり、このニオイが効くんじゃないですか。
漢方薬 エエ、まぁ、それはそうなんですけどね…。
白血球 (お辞儀をして)ありがとうございます。おかげで私、助かりました。
漢方薬 そうですか。ならよかったけど…。
間。
白血球 アッ、そうだ。私、もう行かないと。(上を見上げて)なにしろ、こんな状況でしょ、私たち白血球も大忙しで…。
白血球、立ち上がろうとするが、よろける。
漢方薬 まだ、無理ですよ。もう少し休まないと。
白血球 でも、仲間が頑張ってるのに自分だけ休むわけには…。(まわりをキョロキョロと見渡し)アレッ…。あの、一緒にいた白血球たち、知りませんか?
漢方薬 あなただけでしたよ。光ってたのは。
白血球 …私だけ。まさか…。
漢方薬 他にも大勢いたんですか?
白血球 エエ。私たち、あいつらが来たって知らせ受けたものですから、ここで待ち伏せして…。
漢方薬 …そっか。ということは、ひょっとしたら…。
白血球 …まさか、全滅?
漢方薬 かもしれません。
白血球 …。
漢方薬 あの。
白血球 なんですか。
漢方薬 一体、誰と戦ったんです?
白血球 黄色と紫の剣だったから…黄色ブドウ球菌だと思います。
漢方薬 黄色ブドウ球菌?
白血球 エエ。しかもかなりの数。
漢方薬 …黄色ブドウ球菌がこんなところまで?
白血球 ハイ。たぶん血管に侵入したんだと思います…。
漢方薬 …血管。…それって、かなりマズいんじゃありませんか?
白血球 エエ…。
漢方薬 (上を見上げて)…このままだと、このカラダ、ダメになっちゃうな…。
白血球 (うつむいて)…ゴメンナサイ。私たちがだらしないばっかりに…。
漢方薬 白血球さんのせいじゃありませんよ。…とにかく、しばらくはここで休んだほうがいい。(漢方薬、白血球を舞台奥に座らせる)…何か元気の出るもの探してきますから。
漢方薬、上手に去る。
舞台、薄暗くなる。
下手より、抗菌薬登場。手には赤く光る剣。
抗菌薬にのみ照明。
抗菌薬 一体どこなんだ、ここは。(キョロキョロしつつ)…まるで迷路だな、体内ってのは。
抗菌薬、カバンから地図を取りだし、床に広げて。
抗菌薬 エ〜ッと、口から入って、胃を通って、腸から吸収されて…。たぶんこの血管を通ってぐるっと回ってきたわけだから…。
ブツブツとひとりごとを言う抗菌薬。その後ろで、白い剣が光り出す。
白血球、ゆっくりと立ち上がって、背後から、抗菌薬に斬りつける。
白血球 死ね!
抗菌薬、サッと振り向き、赤い剣で受け止め。
抗菌薬 誰だ!
白血球、答えず、再度斬りつける。
抗菌薬、白血球をはじきとばして。
抗菌薬 フン、抗菌薬のこの私に斬りつけるとは、身の程知らずめ。
白血球 コウキンヤク?
抗菌薬 抗菌薬と聞いて怖じ気づいたか。さぁかかってこい、バイキン。
白血球 あの! ゴメンナサイ!
抗菌薬 なんだよ。
白血球 間違えました! ゴメンナサイ! 私、味方です!
抗菌薬 ウソつけ。後ろから斬りかかってきたくせに。
白血球 ゴメンナサイ。違うんです。私、あなたのこと、細菌だと思ったもんで、それで…。
抗菌薬 細菌? 失礼な!
白血球 抗菌薬さんを見たの、初めてなもんで…。ゴメンナサイ。ホント、ゴメンナサイ! 私、白血球なんです!
抗菌薬 白血球? (カバンから辞書を取りだし)ハ、ハ、ハ…。ハツカネズミ…ハックルベリー…白系ロシア人…ハッケッキュウ。アッ、あった、あった。免疫・生体防御の要。細菌など異物の侵入に対して攻撃的に働く細胞。白い服に白い剣を持ち…(辞書と白血球の姿を見比べ)…確かに白血球みたいだな…。
抗菌薬、剣をおさめて。
抗菌薬 それにしても、ヒドイじゃありませんか。よりによって抗菌薬と細菌と見間違うなんて。…一体どういう教育受けてきたんですか。
白血球 ゴメンナサイ…。
抗菌薬 ゴメンナサイ、ゴメンナサイって、さっきから謝ってばっかりですね。あなた、このカラダを外敵から守る、見張り番でしょ。もうちょっとピシッとしてくれないと…。
白血球 …ゴメンナサイ。
抗菌薬 もういいよ。…とにかく今の状況を端的に説明してもらえますか? 私も、今来たばかりなんで。
白血球 …エッと、実は、ついさっき、黄色ブドウ球菌とここで遭遇して…。
抗菌薬 (メモをとりつつ)エエ、エエ。
白血球 …どうやら、全滅したみたいで…。
抗菌薬 すごいじゃないですか。ブドウ球菌は全滅ですか。そりゃスゴイ。
白血球 イエ、全滅したのは私たち白血球のほうなんです…。
抗菌薬 ハァ? 白血球が全滅?
白血球 ゴメンナサイ…。
抗菌薬 生き残ったのはあなただけってこと?
白血球 …ハイ。
抗菌薬 マジですか。マジで黄色ブドウ球菌にやられたんですか?
白血球 …ハイ。
抗菌薬 ちょっとまって下さいよ。(辞書を取りだし)オ、オ、オ…。おいなりさん…王貞治…王様ペンギン…オウショクブドウキュウキン。あった、あった。黄色ブドウ球菌。皮膚や鼻腔などに広く分布する常在菌…。やっぱりそうだ。黄色ブドウ球菌って、結構ありふれた細菌じゃありませんか。そんなヤツら相手に白血球が全滅だなんて、あり得ないよ。
白血球 …あの、それはそうなんですが…。実は…。
抗菌薬 実は、なんです? 食中毒でも起こしてるんですか?
白血球 いえ、そういうわけじゃありませんが…。(上を見上げて)このカラダ、すごく弱ってるんです…。ご存じかもしれませんが、カラダが弱るってことは、このカラダから作られる私たち白血球自体も弱くなってしまってるってことなんです。…ですから、普段はおとなしいはずの黄色ブドウ球菌なんかも、私たち白血球の力では抑えきれなくなって、それで、どんどん数が増えて好き勝手しはじめるから、またカラダが弱って…、カラダが弱るから白血球もまた弱くなって…。ウウウウウ…。悪循環なんです…。ゴメンナサイ…。
白血球、泣く。
抗菌薬 なんてこった。(白血球を見て)…しっかりして下さいよ。あなたがしっかりしなくて、どうするんです。…まったく、情けない…。私が来たから、いいようなものの、もし、私が来るのがもう少し遅かったら…。
上手より、漢方薬、戻ってくる。
漢方薬 タダイマァ〜。イヤァ〜。あっちこっち探したんですけど、ダメですね。かなりの栄養不足ですよ、このカラダ。なんにもないんだもん…。(抗菌薬を見つけて)…オヤ、あなたは?
抗菌薬 抗菌薬ですが。
漢方薬 アー抗菌薬さん。で、いつ、このカラダに?
抗菌薬 今、着いたばかりです。口から入って、消化管を通って…。ところで、あなたは?
漢方薬 私? 私は漢方薬です。
抗菌薬 カンポウ…。アア、東洋医学のほうですね。
漢方薬 エエ、まぁ。
抗菌薬 長いんですか、このカラダに来て。
漢方薬 そこそこ。
抗菌薬 じゃあ、ちょっとバイキンどもの情報、教えてもらえませんかね。(白血球を指さし)…こちらはあんまり役に立ってないみたいなんですけど、どうですか、東洋医学的な攻撃の成果は…。
漢方薬 攻撃?
抗菌薬 エエ。バイキンどもをやっつけてるんでしょ。
漢方薬 私が?
抗菌薬 エエ。
漢方薬 イヤ、私はちょっとそういうのはやってないんですよね。
抗菌薬 ハァ? だって、クスリなんでしょ。
漢方薬 クスリはクスリですけど…。
抗菌薬 じゃあ、何をしてるんです。
漢方薬 何って、滋養強壮みたいな感じかな…。
抗菌薬 滋養強壮? ああ、カラダを強くしてるんだ。…でも、変だなぁ。カラダが強くなれば、白血球だって強くなるはずでしょ…。
漢方薬 エヘヘヘヘ。
抗菌薬 なんですか、その趣旨のわからない照れ笑いは。
漢方薬 私、あんまり効かないもんで。エヘヘヘヘ。
抗菌薬 効かない?
漢方薬 エエ。
抗菌薬 なんで。
漢方薬 どう言ったらいいんでしょう。抗菌薬さんは、バリバリの西洋医学の方だから、スパッと効かなきゃウソ、みたいなとこあるかもしれませんけど、漢方って、ゆるーく効くっていうか、ジワジワッと効果が出てくるんですよ。だから効くとか効かないとか、すぐには言えないみたいなところがあって…。
抗菌薬 (ノートにメモをとりつつ、小声で)…つまりは、戦力外ってことか…。
漢方薬 スミマセンねぇ…。
抗菌薬 アッ、イエ、別に。それならそれでいいです。(白血球に)ところで、黄色ブドウ球菌は今、どこに?
白血球 (上手を指さし)たぶん、血流に乗ってあっちへ行ったんじゃないかと…。
抗菌薬 わかりました。じゃあ、私はヤツらのあとを追いかけるので失礼します。
白血球 大丈夫ですか、お一人で。
抗菌薬 当たり前じゃないですか。
抗菌薬、カバンから、紙キレを取りだし、二人に見せ。
抗菌薬 これ、何かわかります?
白血球 さぁ…。
抗菌薬 効能書きですよ。効能書き。要するに、私が、どういう細菌を駆除するためのクスリかってことがここに書いてあるわけなんですけど、ホラ、見て下さい、ココ。黄色ブドウ球菌ってハッキリ書いてあるでしょ。
漢方薬 (のぞきこんで)ホントだ。
抗菌薬 つまり、私は、ヤツらには絶対的に勝てるクスリだってことなんです。
漢方薬 すごいじゃないですか。
抗菌薬 効くクスリだから投与されたんです。当然のことですよ。
白血球 じゃあ、お任せしていいんですか。
抗菌薬 もちろんです。まっ、あなたたちは、ここでゆっくりしてて下さいよ。…と、言ってもそれほど時間はかからないと思いますがね。軽くひねってきますよ。じゃ、失敬。
抗菌薬、上手へ去る。
暗転。
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薄暗い中。鼓動。
下手より、黄色ブドウ球菌多数。剣を光らせつつザワザワと上手へ移動。
それを追いかけるように、下手より赤い剣を光らせ抗菌薬登場。
抗菌薬 待て!
黄色ブドウ球菌たちの動き、止まる。
抗菌薬 イタズラはそこまでだ!
ざわつく黄色ブドウ球菌たち。
抗菌薬、剣をふりかざし。
抗菌薬 さぁ、どうした。かかってこい。バイキンども!
黄色ブドウ球菌たち、一斉に抗菌薬に襲いかかる。
剣で切りまくる抗菌薬。
抗菌薬 ドリャ〜。ドリャ〜。ドリャ〜。死ね、死ね、くたばれ! ドリャ〜。ドリャ〜。ドリャ〜。
黄色と紫に光る剣、次々に消えていく。
明るくなって。
一人仁王立ちの抗菌薬。
抗菌薬 フン。ゴミどもめ。思い知ったか。
再び薄暗くなる。
上手より、黄色ブドウ球菌多数。剣を光らせつつザワザワと登場。
抗菌薬 ストップ! 止まれ! ここから先には行かせない!
抗菌薬、剣をふりかざし黄色ブドウ球菌に斬りかかる。
バタバタと倒れていく黄色ブドウ球菌たち。
黄色と紫に光る剣、次々に消えていき、一本だけがヨロヨロと下手へ去る。
明るくなって。
抗菌薬 チッ。一匹逃がしたか。
暗転。
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明るくなる。
白血球と漢方薬、座っている。
白血球 …そうですか。抗菌薬さん、そんなに。
漢方薬 もうカラダ中、そのウワサでもちきりですよ。なにしろ、細菌たちを見つけ次第バッサバッサと切り倒すんだもの。
白血球 スゴイですね。
漢方薬 エエ、正直言って、ちょっとやりすぎって感じがするくらいスゴイですね。
白血球 やりすぎ?
漢方薬 ハイ。なんか見てて怖いですね。あそこまで徹底的にやっつけちゃわないといけないのかなって。ああいうやりかたは漢方にはないもんですから…。
白血球 そう言えば、漢方薬さんて剣もたないんですね。
漢方薬 もたないって言うか、もってないんです。(白血球の剣を見て)どんな感じなんですか、それって。…ちょっと貸してもらってもいいですか?
白血球 どうぞ。
漢方薬、白血球の剣を手に取り。
漢方薬 こういう感じで振り回すんですね?
白血球 エエ。
漢方薬 フーン。大したもんだ。私もこういうのもってればカッコつくんですけどねぇ〜。
白血球 でも、私なんかから見たら、漢方薬さんのほうがカッコいいですよ。剣がなくても平気って感じが。(間)…漢方薬さんは怖くないんですか。剣をもってなくて。
漢方薬 別に怖くはありませんね。だって、私は直接細菌たちを攻撃しないし、細菌たちも私を直接攻撃してきませんから。…それに、細菌たちは細菌たちで、理由があって暴れてるのかなっていう気もするんですよ。…まぁ、ちょっとズルいって言うか、傍観者っぽいところあるんですけどね。
漢方薬、白血球に剣を返す。
白血球 …難しいですよね、細菌たちを相手にするのって。私だって剣で押さえ込むのがベストだとは思わないけど、このカラダ全体のこと考えたら、そうするしかないし…。けど、今では、それもできなくて、抗菌薬さんに任せっぱなしで…。自分でも何やってんのかなって感じなんですよね…。
漢方薬 …とりあえずは、抗菌薬さんにガンバッテもらうしかないんでしょうね…。このカラダがもちなおすまでは…。
白血球 (少し長い沈黙の後)もちなおすんでしょうか?
漢方薬 というと?
白血球 私は、このカラダの一部だから、なんとなくわかるんです。このカラダがどんどん悪いほうに向かってて、それはもう止めようがないことなんじゃないかってことが…。…漢方薬さんや抗菌薬さんに来て頂いてるのに、こんなこと言うの心苦しいんですけど…。(間)寿命ってありますよね。
漢方薬 …なるほど。確かにそうかも。それもわかるような気がします…。でも、あんまり先のことを心配しても仕方ないですよ。結局なるようにしかならないんだし…。…クスリの私がこんなこと言うのも変ですけど…。
白血球 …。
漢方薬 とりあえず、白血球さん自身が元気になることですよ。そうすればこのカラダだって元気になるかもしれないじゃありませんか。希望をもちましょ。ネッ。
白血球 …。
下手より抗菌薬。
抗菌薬 ただいま。
白血球 おかえりなさい。
漢方薬 どうでした。パトロールは。
抗菌薬 それがですねぇ、バイキンども、どこに隠れたのか、出てこないんですよ。まっ、かなりの数、駆除しましたからね。ひょっとしたらもういないのかもしれないけど。アッハッハッ。(白血球に)…で、どうですか。お加減は。
白血球 …おかげさまで。
抗菌薬 早く元気になって下さいよ。それまでは、私がキッチリこのカラダを守ってみせますから。アッハッハッ。
急に薄暗くなる。
抗菌薬 なんだ、これは。
鼓動、早く、弱く。
白血球 脈が弱くなってきてるみたいです。
漢方薬 それに熱い。体温がかなり上がってきてる…。
抗菌薬 どういうことです?
白血球 細菌たちが暴れ出したのかも。
抗菌薬 そんなバカな…。
怪しげな音。
舞台奥で、黄と紫の縞模様の剣がポツリと光る(今までの縞模様よりも細かい縞模様)。
抗菌薬 アッ、あれは。
白血球 黄色ブドウ球菌…。
続いて、上手でも下手でも同じような剣がいくつも光りはじめる。
漢方薬 すごい数だ。
やがて、光る剣、まとまって渦を巻き、上手へ消える。
明るくなって。
漢方薬 やっぱりまだ生きてたんだ。
抗菌薬 クソッ。性懲りもなく。
漢方薬 どうします?
抗菌薬 どうって、駆除するに決まってるでしょ。わかりきったこと聞かないで下さいよ。
抗菌薬、剣を抜く。
白血球 無理しないで下さいね。
抗菌薬 心配ご無用。
抗菌薬、上手へ行こうとする。と、そのとき、下手より黄色ブドウ球菌が一匹現れる。
黄色ブドウ球菌、けだるい感じで。
黄ブ菌 …んだよ。ったく。おいてけぼりかよ。…歩くの早いっつーの。アーだるい。つーか、ノド乾いた。何か飲みてぇ〜。
漢方薬 アッ、あっち。あっちに、一匹いる!
抗菌薬、黄色ブドウ球菌に駆け寄り、剣を向け。
抗菌薬 動くな!
黄ブ菌 (気にせず)あっ、ねぇ、自販機とかない?
抗菌薬 あるわけないだろ。
黄ブ菌 じゃ、いい。
黄色ブドウ球菌、去ろうとする。
抗菌薬 コラ待て!
黄ブ菌 なんか用? つーかアンタ誰?
抗菌薬 アンタ…。お前、ふざけんなよ! バイキンのくせに抗菌薬を知らないのか!
黄ブ菌 コーキン…ヤク。何それ。全然イメージわかないんだけど。
抗菌薬 クスリだよクスリ。コーキンのコーは、対抗するの抗で、訓読みはアラガウだ。キンはバイキンのキン。つまりオマエらのこと。ヤクはクスリのヤク。要するにオマエらバイキンに対抗するクスリだよ!
黄ブ菌 で?。
抗菌薬 で、って。だから、つまり、オレは今からオマエをやっつけるんだ。どーだ、ビビったろ。
黄ブ菌 なんかそのイキオイにビビったかも。…で?
抗菌薬 だから、つまり、お前もそろそろ年貢の納め時だってことだよ。
黄ブ菌 天狗?
抗菌薬 テングじゃなくてネングだよネング。天狗を納めてどうすんだよ。天狗なんか納められたら扱いに困るだろ、お代官様だって。
黄ブ菌 オダイカン…それって帝国軍の総統か何か?
漢方薬 …あの二人、怖いくらいかみあってない…。
白血球 エエ、聞いてて寒気がします。
抗菌薬 とにかく、今からお前を駆除する。ここで私に会ったのが運のつき、悪いが諦めろ。大暴れしたお前たちが悪いんだからな。
黄ブ菌 で、とりあえず、どうすればいいわけ?
抗菌薬 どうって…。だから、ここでお前を殺菌するから、今までのことを反省して、懺悔でもしてろっつーの!
黄ブ菌 アア、ザンゲ、ザンゲね。…でも、道具持ってたかなぁ…。
漢方薬 …もう、何と間違えてるのかすらわからない…。
白血球 エエ、芸術的ですらありますね…。
抗菌薬 (漢方薬と白血球のほうを振り返って)近頃のバイキンときたら、最低限の常識もないようですね。…まったく、どうしようもない。まぁいいや、どうせやっつけるんだし。
抗菌薬、剣を光らせ振りかぶり。
抗菌薬 死んでもらいます。
黄色ブドウ球菌を切る。
黄ブ菌 ヒィェ〜!
黄色ブドウ球菌、バッタリと倒れる。抗菌薬、剣をおさめて。
抗菌薬 ハイ、完了。…まっ、こんなもんですよ。
抗菌薬、漢方薬と白血球のほうへ戻ろうとする。
と、黄色ブドウ球菌むっくりと起きあがり。
黄ブ菌 みたいな?
抗菌薬 エッ! どうして…。
抗菌薬、再び剣を抜き、黄色ブドウ球菌を切る。
黄ブ菌 キャァ〜!
黄色ブドウ球菌、倒れて、すぐに起きあがり。
黄ブ菌 みたいな?
抗菌薬 なんだお前…。(白血球のほうを振り返って)コイツ、黄色ブドウ球菌じゃないんですか?
白血球 イエ、黄色ブドウ球菌です。間違いありません…。
抗菌薬 だったらナゼ!
白血球 わかりません…。前より、少し剣の縞模様が増えてるような気はしますけど…。
漢方薬 …縞の数…。(ハッとして)耐性菌だ!
白血球 タイセイキン?
漢方薬 抗菌薬の攻撃に耐えられるように進化したんだ。
白血球 もしそうなら…。
漢方薬 倒すのは不可能だ…。
抗菌薬 そんな、バカな!
抗菌薬、黄色ブドウ球菌を切りまくる。
黄色ブドウ球菌、剣が自分の肩に当たるように体の向きを変え。
黄ブ菌 アッ、そこそこ。うまいうまい。気もちいぃ〜。
抗菌薬 ふざけんな!
抗菌薬、剣を投げ捨て、黄色ブドウ球菌につかみかかる。
ビリッと黄色ブドウ球菌の服の袖が破れる。
黄色ブドウ球菌、急に怒って。
黄ブ菌 何すんだよ!
黄色ブドウ球菌、抗菌薬をはねとばす。
抗菌薬、白血球のところまで転がっていく。
漢方薬 すごいパワーだ…。
白血球 大丈夫ですか、抗菌薬さん…。
抗菌薬 …。
黄ブ菌 ア〜ア。ソデ破れちゃったじゃん。どうしてくれんだよ。
黄色ブドウ球菌、怖い顔で三人に近づく。
漢方薬 (焦りつつ、とっさに)アッ、そうだ。仲間、あっちに行ったみたいですよ。あなたのこと探してたかも。
黄ブ菌 マジ?
漢方薬 マジ、マジ。
黄ブ菌 アッそう。じゃあ行かないと。(上手に向かって)オーイ、バカ、こっちだっつーの〜。
黄色ブドウ球菌、上手に去る。
漢方薬 フゥ〜。助かった…。
白血球 危ないところでした。
漢方薬 しかし、耐性菌が出てきたとはねぇ…。(しんみりと)いよいよかな…。
抗菌薬 いよいよってなんです?
漢方薬 いよいよは、いよいよですよ。…つまりゲームオーバーってことです。
抗菌薬 あきらめるんですか!
漢方薬 しかたないでしょ。
抗菌薬 あなた、くやしくないんですか。あんなテキトーなやつらに大きな顔させたままで。
漢方薬 どうにもならないことだってありますよ。
抗菌薬 弱気だなぁ〜。そりゃ、たまたま今回はあいつを倒せなかったけど、私だってこのままじゃ終わりませんよ。腕をみがいて次は絶対倒してみせますから…。
漢方薬 無理ですよ…。
抗菌薬 どうして断言できるんですか。やつらが強くなれるんなら、私だって強くなれるはずでしょ。
漢方薬 無理ですってば…。
抗菌薬 ナゼです。
漢方薬 それは、あなたがクスリだからです。…クスリは進化できないんですよ。
抗菌薬 ウソだ! クスリが進歩するから、世の中から悪い病気やバイキンがどんどんなくなっていくんじゃないか!
漢方薬 …どう言ったらいいのかな。それは新しくて強いクスリがどんどん開発されるからで、いったん古くなったクスリは古いまま、なんです。
抗菌薬 私が、古くなったって言いたいんですか!
漢方薬 言いたくはないけど、…その通りです。
抗菌薬 そんなバカな。正義に古いも新しいもあるもんか!
漢方薬 確かに正義に古いも新しいもないのかもしれません。でもクスリにはあるんですよ。新しいのと古いのとが…。わかりますか? つまり、新しいクスリの正義は通用するけれども、古くなってしまったクスリの正義は通用しないんです。そして、残念ですが、あなたは、このカラダの中では、もう、古くて、効かないクスリになってしまった。だから、あなたが、あなたである以上、どんなに正義を振り回しても、もう、あの子たちには通用しないんです。
抗菌薬 私は、変わってみせます!
漢方薬 できません。無理ですよ。あなたのような西洋薬は、合理的で無駄なく設計されてる。すべて理詰めで、計算づくだ。だから、変われる余地がないんです。…要するにカタイんですよ。固まっちゃってるから変わりようがない…。
抗菌薬 そんなことあるもんか。
漢方薬 残念ですが…事実です。認めて下さい。
抗菌薬 なんだよ…ちくしょう…なんでこんなことに…。なぜ耐性菌なんかが現れたんだ…。
漢方薬 …それは…あなたがあの子らを痛めつけたから…。
抗菌薬 私が…。
漢方薬 あの子たちを叩きすぎたんですよ。
抗菌薬 …。
漢方薬 あんまり、叩かれすぎたんで、…なんて言うのかな…叩かれても痛みを感じなくなっちゃったって言うか…。あの子らはあの子らなりにそんなふうに進化しちゃったんですよ。
抗菌薬 つまり、ヤツらが強くなったのは、私のせいだって言いたいんですか。
漢方薬 …まぁそういうことです。
抗菌薬 全部私が悪者ってことですか! 抗菌薬なんか来なければよかったと!
漢方薬 そんなこと言ってませんよ。現にこのカラダだってあなたが来なかったら、もっと早くダメになってただろうし…。役には立ったんじゃないですか、たぶん…。…でももういいでしょ…。
抗菌薬 諦めろと?
漢方薬うなずく。
抗菌薬 あなたはどうしてそうあっさりと諦められるんですか?
漢方薬 漢方薬ですから…。
抗菌薬 漢方薬だってクスリでしょ。プライドはないんですか。
漢方薬 ……。
抗菌薬 私たちクスリがサジを投げちゃったら、このカラダは一体誰が助けるって言うんです。違いますか? 私たちは最善の方法を見つけて最後まで努力すべきじゃないんですか。…それに、もし、あなたの言うように、私が通用しなくなってるとしても、それならそれで、もっと新しくて強力な抗菌薬がやってきて、ヤツらを全滅させてくれるかもしれないじゃないですか。そうでしょ。
白血球 (ポツリと)…たぶん、その可能性は低いんじゃないでしょうか。…前に抗菌薬さん、自分は口から入って消化管から吸収されたっておっしゃってましたよね。私、それを聞いたときに思ったんです。もう、あなた以上の抗菌薬は来ないだろうって…。
抗菌薬 言ってる意味がわからないな…。どうしてそんなことわかるんです。
白血球 (上を見て)よく見て下さい、このカラダを…。
抗菌薬 ?
白血球 敗血症を起こしてるんだと思うんです…。
抗菌薬 だからなんなんです。
漢方薬 普通、この状態で抗菌薬を投与するとしたら、口から飲む経口薬(けいこうやく)を使うんじゃなくて、点滴だってことです。
抗菌薬 点滴…。
漢方薬 エエ、口から飲んでたら効き目が遅いし…。もっと強い抗菌薬を血管の中に直接入れるんですよ。病院ならね…。
抗菌薬 …ここは病院じゃないんですか?
白血球 たぶん…。寝たきりの一人暮らしとか…。
漢方薬 まぁそんなところでしょう。だから、私のような漢方薬を飲んだり、手元にあった抗菌薬を飲んだりしてるんですよ。(白血球に)あなたは、経口薬だって聞いたときから、それに気づいてたんでしょ。
白血球うなずく。
抗菌薬 なんてことだ。なんで入院しないんだよ、バカじゃないのかこのカラダ!
漢方薬 事情はわかりませんがね、家で死にたいって思う人だって多いだろうし…。とにかく、そんなわけで、いくら待ってももうあなた以上の助っ人は来ないってことです。
抗菌薬 クソッ、どうしたらいいんだよ!
少し長い間。
白血球 …ゴメンナサイ…。みなさんまで巻き込んでしまって…。本当にゴメンナサイ。
漢方薬 あなたが謝ることじゃありませんよ。誰だってトシをとって、誰だっていつか弱っていくんですから。これは運命です。仕方ないことです。あなたのせいじゃない。
白血球 いいえ、私のせいです。全部私がいけないんです。…このカラダが弱ったのも仕方がないこと、だから私たち白血球が弱くなったのも仕方ないこと、だからあの子たちが言うことをきかなくなったのも仕方ないこと。そんな風に言い訳する前に、もっと全力であの子たちにぶつかるべきだったんです…。あの子たちが耐性菌になってしまう前に…。それをしなかった私がいけないんです…。
漢方薬 何を言ってるんです。あなたは十分頑張ったじゃありませんか。
白血球 頑張った結果がこれじゃ、意味がない…。
漢方薬 そんな風に自分を責めちゃダメですよ…。
薄暗くなる。
上手、下手より、一つ二つと縞模様の剣が光り始める。
漢方薬 来たみたいですね。どんどん増えてるな…。
抗菌薬 さっきと同じ縞模様だ…。
漢方薬 全員耐性菌か…。(白血球に)とにかく逃げたほうがいい。クスリの私たちはともかく、あなたがここにいたら確実にやられますから…。
白血球、立ち上がって。
白血球 いいえ。私は逃げません。…いくら逃げてもキリがないし、…もう逃げたくないし。
漢方薬 でも、どう考えたって、勝てっこないでしょ。
白血球 かまいません。私が時間をかせぐので、お二人はその間に血流に乗ってここから離れて下さい。
漢方薬 無茶だ。
白血球 いいんです。私は私なりにケリをつけたいんです。これは私の問題ですから。(お辞儀をして)…今までありがとうございました。
漢方薬 イヤだ…あなたには死んでほしくない。
白血球 (ちょっと笑って)漢方薬さんらしくもない…。
白血球、漢方薬と抗菌薬に近づき、二人を突き飛ばす。
漢方薬 アッ!
ゴーッという音とともに、二人、上手へ消える。
白血球 さようなら…。
白血球、舞台中央に歩いてゆき。まわりを見回して。
白血球 さぁ、かかっておいで。…遠慮しなくていいからね
たくさんの縞模様の光る剣、中央に近づいてくる。
切り込む白血球。
暗い中、白く光る剣と縞模様の光る剣がぶつかりあい、何度かの後、白い剣が地面に落ち、光が消える。
縞模様の光る剣、ゾロゾロとソデに消えていく。
暗転。
////////////////////
暗い中、血流の音と鼓動。
下手より抗菌薬と漢方薬、流れるように転がり出てくる。
二人にのみ明かり。
二人とも息が荒い。中央でしゃがみこみ。
抗菌薬 どこですか、ここは…。
漢方薬 どこでしょう。(耳をすまし)心臓の近くのようだけど…。
抗菌薬 (しんみりと)やっぱりあなたの言うとおりかもしれませんね。
漢方薬 エッ…。
抗菌薬 白血球もいなくなったし…血管の中は耐性菌だらけで…。…結局私はなんのためにここに来たのか…。私はなんの役にも立ってない、耐性菌を作っただけだったんですかね…。
漢方薬 …そうヘコまないで下さいよ。私だって、実のところかなりヘコんでるんですから…。
抗菌薬 あなたも?
漢方薬 当たり前ですよ。私だってクスリのはしくれですからね、こんな結末はイヤですよ。ホントはあの子たちにもおとなしくしていてほしかったし、このカラダにだって、もう一度元気になってもらいたかったんです…。…漢方薬だからって、現実を全部受け入れて、それでも平気でいられるほど悟りきっちゃいませんよ。自分の無力さに落ち込むことだって多いし、かといってあなたのように思いっきり振り回せる武器も持ってないし…。だからせめて白血球さんを元気づけようと思って…。でも、もう白血球さんもいないし…。
間。
抗菌薬 …これからどうします?
漢方薬 さぁ…。どうしたらいいものやら…。(間。耳をすまして)…ますます脈が弱くなってきたな…。
抗菌薬 なんだか寒くないですか。さっきまであんなに暑かったのに…。
漢方薬 敗血症の末期的な症状ですね。体温が急激に下がってる。…もう長くないな。
ゴホッ、ゴホッというセキの音。
抗菌薬 なんですか、今の音は?
漢方薬 アア、セキですよ。セキ。
再びゴホッ、ゴホッというセキの音。
漢方薬 だいぶセキこんでますね…。…あれで、あの子たちも出て行くわけだ…。
抗菌薬 出て行く?
漢方薬 セキと一緒に外の世界へね。
抗菌薬、立ち上がって。
抗菌薬 それは本当ですか。
漢方薬 エエ、あの子たちはそうやって外の世界へ飛び出していくんです。
抗菌薬 まさか。そんなことになったら、耐性菌がどんどん世の中に広がってしまうじゃないですか。
漢方薬 エエ。
抗菌薬 ダメですよ。そんなことさせちゃ。絶対ダメです。
漢方薬 …でも。
抗菌薬 どこですか。どこに行けば止められるんですか。
漢方薬 …それは、まぁ、肺でしょうけど…。
抗菌薬 行きましょう、肺へ。なんとしてもヤツらを止めないと!
漢方薬 方法はあるんですか?
抗菌薬 イエ…。でも、とにかく、このまま黙って出て行くのを見過ごすわけにはいきませんよ。じゃないと、自分のせいで生まれた耐性菌を世の中にバラまくことになってしまいますからね。…そんなことは絶対イヤなんです。
漢方薬 間に合うかな…。
抗菌薬 たとえ、間に合わなくても、何もしないよりはマシでしょ。お願いです、肺へ案内して下さい。
漢方薬 …わかりました。こっちです。
漢方薬、抗菌薬を連れて、上手へ去る。
暗転。
////////////////////
暗い中、縞模様に光る剣、多数。
セキの音。
音がするたびに、光る剣、何本かずつ上手へ消えていく。
やがて、剣が一本になったとき、舞台明るくなる。
舞台中央奥にはイスが三つ並べてある。
一番上手のイスには黄色ブドウ球菌が座っている。
下手より、抗菌薬と漢方薬。
漢方薬 遅かったか…。
抗菌薬 (座っている黄色ブドウ球菌を見つけて)イヤ、まだ一匹残ってる。
黄ブ菌 ヨウ。
抗菌薬 また、お前か。
黄ブ菌 あんたたちも、外に行くんだ。じゃあここに座れば。ちょうどセキ二つあいてるからさぁ。
抗菌薬 (漢方薬に)どういうことです?
漢方薬 セキですよ。セキ。セキがほら、あそこに三つあるでしょ。あのセキに座っていれば、セキと一緒に外に出られるんです。
抗菌薬 セキと一緒に…。じゃあ、あいつがセキに座るのを邪魔すれば、アイツは外に出て行けないってことですか?
漢方薬 まぁ、そういうことです。
抗菌薬 …三つっていうのは?
漢方薬 残りのセキはあと三つってことです。あと三回セキをしたらジ・エンド。このカラダはおしまいになるんですよ。
抗菌薬 そうか。つまり、あと三回、カラのセキをさせればいいわけだ。ヨシ!
抗菌薬、漢方薬の言葉を聞くと、サッと黄色ブドウ球菌に飛びかかる。
抗菌薬と黄色ブドウ球菌、もみあいつつ。
抗菌薬 立て、立つんだ!
黄ブ菌 何すんだよ! 割り込みかよ。隣あいてるじゃんかよ。隣に座れよ!
抗菌薬 私は外に出て行くつもりはない!
黄ブ菌 だったら、座ろうとすんなよ。
抗菌薬 お前を座らせたくないだけだ!
黄ブ菌 なんでそういうイタズラするわけ?
抗菌薬 お前のようなヤツを世の中に出すわけにはいかないんだ。
黄ブ菌 イミわかんない!
抗菌薬 わからなくて結構。とにかく外には出さないからな。
黄ブ菌 放せよ。コラ放せ!
黄色ブドウ球菌、抗菌薬を突き飛ばす。
抗菌薬、再度、飛びかかるが、またはじき飛ばされる。
黄ブ菌 うざいなぁ、…ったく。(上を見上げて)早くセキこめよ。
抗菌薬 …ちくしょう。
漢方薬 大丈夫ですか。
抗菌薬 クソッ、バカ力め。…何かアイツがイヤがることありませんかね。
漢方薬 イヤがることねぇ…。アア、ひょっとしたら…。
漢方薬、座っている黄色ブドウ球菌に近づいてゆき。
漢方薬 人工呼吸! マウス・ツー・マウスゥ〜!
黄ブ菌 ゲッ。クサッ! オエェ〜。
黄色ブドウ球菌、思わずセキを立つ。
ゲホッというセキの音。
黄色ブドウ球菌が座っていたイス、上手へ飛んでいく(ヒモで引っぱられて)。
黄ブ菌 アッ。
抗菌薬 オミゴト。
漢方薬 いや、そんな。おはずかしいことで…。
抗菌薬と漢方薬、握手。
黄ブ菌 (二人を見て)ゲェ〜。変質者コンビだよ。ヤベェ〜。早く出なくっちゃ。
黄色ブドウ球菌、急いでイスに座る(中央にあったイスに)。
黄ブ菌 (上を見上げて)ア〜もう。早く、セキしろっつーの!
抗菌薬 (漢方薬に)お願いします。
漢方薬 了解。
漢方薬、再び黄色ブドウ球菌に近づく。
黄ブ菌 やめろっーつの。来んなよ変態。ワッ、クサッ! ゲェ〜。
黄色ブドウ球菌、倒れつつ、漢方薬を突き飛ばす。
漢方薬、押された勢いで、イスに座ってしまう。
その瞬間、ゴホッというセキの音。
一瞬、暗くなって。漢方薬の「アレェ〜」という声。
明るくなると、イスとともに漢方薬、消えている。
抗菌薬 しまった!
黄ブ菌 アッ、あいつ行っちゃったよ。…ヤバッ。セキ、あと一つじゃん。
黄色ブドウ球菌、最後のイスに座る。
抗菌薬 最後のセキか…。ヨシッ!
抗菌薬、黄色ブドウ球菌に飛びかかる。
黄ブ菌 やめろよ、しつこいなぁ。
黄色ブドウ球菌、抗菌薬をはね飛ばし。
黄ブ菌 なんでアタシにばっか、つきまとうわけ? ほっといてくんないかな。
抗菌薬 お前をそんな風にしてしまったのは、私だ。だから、私はお前を外に出すわけにはいかない!
黄ブ菌 理解不能。私がどうしようが私の勝手じゃん。
抗菌薬 私には責任があるんだ。
黄ブ菌 知らないよ、そんなの。ほっといてよ。
抗菌薬 いーや、ほっとけない。お前、世の中に出たら、どうせ好き勝手するんだろ。
黄ブ菌 そりゃするよ。
抗菌薬 そういういい加減なところが許せないんだ。
黄ブ菌 アンタに許してもらってもねぇ…。
抗菌薬 いつまでもそうやってふざけてるんじゃない!
黄ブ菌 よく言うよ。変態のくせに!
抗菌薬 とにかくちゃんとしろ!
黄ブ菌 ウザイよ。(上を見て)アーもう。早くセキして!
抗菌薬 行かせない!
抗菌薬、飛びかかる。
真っ暗になって、ゴホッというセキの音。
暗転。
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中央に抗菌薬が倒れている。そばで見守る漢方薬。
薄暗い中。二人にのみ明かり。
抗菌薬 ウウゥ…。
漢方薬 気がつきましたか。
抗菌薬 …ここは?
漢方薬 外です。
抗菌薬 外?
漢方薬 エエ。
抗菌薬 あのカラダは?
漢方薬、首を横に振る。
抗菌薬 …そうですか。(間)アッ、アイツは?
漢方薬 (会場を指さし)仲間と一緒にあっちへ行きましたけど…。
抗菌薬 止められなかったのか…。
漢方薬 エエ。
抗菌薬 クソッ…。
漢方薬 アア、でも、あの子がこれを…。
漢方薬、抗菌薬に、赤い剣を渡す。
抗菌薬 これを?
漢方薬 エエ、「この剣、この人のみたいだから、渡してあげて」って。
抗菌薬 なんでそんなことを…。
漢方薬 さぁねぇ…。よくわかんないですよ。耐性菌の考えることは…。
抗菌薬 (剣を受け取り)…無邪気なのか、バカなのか…。キレやすいのか、優しいのか…。(間)一体ヤツらは何者なんですか?
漢方薬 …それがわかれば苦労しませんよ。
間。
抗菌薬 …私たちは、負けたんでしょうか。
漢方薬 あのカラダは救えなかったし、白血球さんも死んだし、あの子たちは外の世界へ飛び出したし…。勝ったか負けたかって言うと、負けたんでしょうけど…。たぶんあの子たちはそんなことすら気にしてないんじゃないですかね。
抗菌薬 かなわないな…ヤツらには。
漢方薬 あなたが鍛えたようなもんですよ。
抗菌薬 なんてことだ…。
漢方薬 で、どうします、これから。…まだ剣は光ってるみたいだから、そこらにいる雑菌でも探し出して、やっつけますか?
抗菌薬 …いや、もうやめときましょう。これ以上、この剣を使うのは。キリがないもの…。
抗菌薬、剣を後ろに投げ捨てる。
漢方薬 アッ、もったいない。いいんですか。
抗菌薬 エエ。
漢方薬 じゃあ、もらっちゃおうかな…。カッコいいから。
漢方薬、剣を拾ってきて。
漢方薬 アーア、思いっきり投げるから、壊れちゃったじゃありませんか。ダメだよこれじゃぁ。
剣、赤い部分がとれ、普通のライトになっている。
漢方薬、ライトであたりを照らしつつ。
漢方薬 …でも、懐中電灯の代わりにはなりそうですね。
抗菌薬 アア、なるほど。…そうだ、ちょっと照らしてみて下さいよ。ヤツらの行った先を。
漢方薬 (会場を照らして)こうですか。
抗菌薬 何か見えますか。
漢方薬 …たくさん集まってますね。
抗菌薬 また悪だくみしてるんでしょ。きっと。
漢方薬 …でも、結構、いい顔してますよ、みんな。
抗菌薬 いい顔?
漢方薬 エエ。
抗菌薬 そんなことないでしょ。
抗菌薬、立ち上がり、漢方薬と並んで会場を見る。
抗菌薬 …本当だ。おかしいな…。カラダの中で戦ってたときはあんな顔じゃなかったはずなのに…。
漢方薬 いつも赤い剣で照らしてたから、それで怖そうに見えたのかも…。
抗菌薬 アア、そうか…。そうかもしれない…。
漢方薬 いい子に見えるか、悪い子に見えるか。ひょっとしたら光のあてかたしだいなのかもしれませんね。
間。
抗菌薬 …もうちょっと近づいてみますか。話ができるくらいに。
漢方薬 構いませんけど…。でも、会ったらなんて言うんです?
抗菌薬 …とりあえず剣を返してくれたお礼を言って…。
漢方薬 ほう。…で、それから?
抗菌薬 そうだなぁ…。ネチネチ説教でもしますかね。
漢方薬 そんなことしたら、またイヤがられますよ。
抗菌薬 まっ、一人くらいイヤなヤツがいてもいいでしょ。
漢方薬 なるほど。
抗菌薬 あなたはどうします?
漢方薬 私はもちろん得意の人工呼吸で…。
抗菌薬 そのほうがもっとイヤがられるよ…。
抗菌薬と漢方薬、顔を見合わせて笑う。
二人、懐中電灯で会場を照らしつつ、歩きだし。(幕)