●3人 ●40分程度
●あらすじ
詩の朗読をして一人悦に入っていた「涙」の前に現れたのは体育会系の「汗」。案の定、二人は…。
●キャスト
涙
汗
尿
●台本(全文)
明るくなる。
舞台中央に涙が立っている。
涙はお嬢様風の衣装。楚々とした感じで、手にした詩集を広げ朗読を始める。
しばらく朗読を続ける涙。
涙、ふと顔をあげて。
涙 感動的だわ…。
涙、再び詩集に目を落とし朗読。しばらくして、またふと顔をあげ。
涙 なんてステキなの…。
涙、ハンカチを目に当て、少し涙をぬぐうしぐさ。満足した様子で再び朗読を始めようとしたとき、ランニングシャツ、短パン姿の汗が、上手より下手へバタバタと走り過ぎる。
涙、ちょっとムッとするが、気を取り直し再び朗読を始める。
が、朗読の途中で今度は下手から上手へ汗が走り抜ける。
顔をしかめ、汗の去っていったほうをにらむ涙。
ひとつ咳払いをして、朗読を続けようとしたとき、またも上手より走り出てくる汗。
とうとうアタマにきた涙、詩集をバンと閉じて。
涙 ちょっと、アンタ!
汗、足は動かしつつ、その場に立ち止まって。
汗 オレ?
涙 そうよ、アンタよ。
汗 何?
涙 向こうでやってくんない。
汗 エッ、なんで?
涙、詩集を突き出し。
涙 見てわかんないの。
汗 (涙の様子をしげしげと見てから)ああ、野グソか。
涙 ノッ…ノグ…。違うわよ、バカ!
汗 だって、紙もってすごく焦ってるからさぁ…。
涙 これは紙じゃなくて本!
汗 本だって紙だろ。
涙 …そっ、それはそうだけど、違うでしょ全然。しかも詩集よこれは。わかる?
大事な詩集でそんなことするわけないじゃない!
汗 けど、どうしようもない時ってあるじゃん。
涙 …あきれた。なんてデリカシーのない人なの…。救いようのない野蛮人だわ…。
汗 ジャパン人?
涙 野蛮人よ野蛮人。頭だけじゃなくて耳までおかしいのね。もういいわ。とにかくあっちに行ってちょうだい。
汗 なんで?
涙 だーかーらー。アタシは今、これを読んで、深い感動にひたってたわけ。そーこーへー、アンタがやってきて目の前をウロチョロするもんだから、全然集中できなくなっちゃったわけ。だーかーらー、今すぐあっちへ行けって言ってるの!
汗 アア、なるほど。
涙 (小声で)…どこからどう見ても相当なバカだが、それでもようやく理解できたようだな…。
汗 つまり、ここで、その本を読んでたわけだ。
涙 そうよ。さっきから、そう言ってるじゃない。
汗 なるほど、なるほど。要するにヒマしてたってわけか。
涙 ちょっとアンタ、人の言ってること聞いてんの?
アタシは本を読んでたわけで…。
汗 だから、それって完全なヒマつぶしじゃんか。
涙、詩集を投げ捨て、汗に駆け寄り。
涙 テメェ、喧嘩売ってんのか?
汗 イヤ、別にそういうわけじゃないけど…。
涙 じゃあ、どういうわけなんだよ。人をヒマ人扱いしやがって!
事と次第によっちゃ容赦しねぇぞ!
涙、汗に近づき、胸ぐらをつかむ。
が、一瞬、動きが止まり。
涙 クッ…、クサイ…。…なんなのよアンタ。そのニオイ…。
汗 エッ?
ニオイ? アア汗だから気にしないでくれ。
涙 アンタ、一体誰?
汗 だから、汗だから気にしないでくれ。
涙 …汗?
アンタ汗なの?
汗 イエス。
涙 ウワァ〜。どうしよう〜。汗触っちゃったよ〜。
ハンカチを取りだし、ゴシゴシ手を拭く涙。
汗 つーかさぁ、カビならカビクサイし、タバコならタバコクサイわけで、つまり同じことだって。汗は昔から汗クサイわけ。わかる?
だからさぁ、「汗だからってそんなにアセらなくても」って、アッハッハッ、これ、一応洒落なんだけどどう? アッハッハッ。
涙 (汗の言葉に耳をかさず)アー最悪ぅ〜。今日は最悪だわ。(自分の手を鼻に近づけ)まだクサイ。どうすればいいの!
神様ぁ〜!
汗 …そういえばオタク、あんまりニオイしないよね。
涙に近づき、ニオイを嗅ごうとする汗。
涙、飛びのいて。
涙 やめてよ!
ニオイなんかするわけないでしょ!
汗 なんで?
涙 アタシは涙だからよ。ナ・ミ・ダ。
汗 ナミダ?
アア、意味なく目から出るあれね。
涙 もしもし。
汗 ハイ。なんでしょう。
涙 ひょっとして、今、「意味なく」って言った?
汗 イエス。
涙 アンタ、どうしてそう癇にさわるような言い方ばかりすんの。
汗 イヤ、別に。ホントのことだから。
涙 …さらに倍ムカツク。あのさぁ、ちょっと誤解があるみたいだから言っておくけど、涙っていうのは、意味のないものじゃないの。ていうか、逆よ逆。アタシは、人が感動したときに思わず知らずこぼれ落ちる、生きてることの証、いわば「美の結晶」なんです。おわかり?
汗 ほほぅ〜。
涙 ホントにわかってんのアンタ。
ちょっと首をかしげる汗。
涙 とにかく、ドクドクあふれ出て、クサイばっかりのアンタのほうがよっぽど意味がないんで、そこんとこヨロシク。
汗 イヤイヤイヤ。それはおかしい。絶対おかしいって。だってさぁ、オレは頑張った証なわけよ。頑張って、頑張って、頑張ったヤツだけがオレを身にまとえる。つまり、オレは努力と言う名の香水なんだぜ。
涙 ハァ?
「努力」と言う名の香水? アンタ、バカじゃない。なんで汗が香水なのよ。常識で考えてみて。香水を買いにデパートに行ってよ、シャネルだのなんだのが並んでる中に「努力」なんてのがあったら変でしょ。誰が買うのよ「努力」なんて香水。育毛剤じゃないんだからさ。一瓶だって売れっこないわ。
汗 育毛剤はないだろ、育毛剤は。全身から育毛剤が出てみろ。それはそれはすごいことになるぞ。
涙 アーもう。とにかく、あっちへ行って!
汗 ノー!
断る。ここはオレのいつものランニングコースだ。オレのことが気に入らないんなら、そっちが場所をかえるのがスジじゃんかよ。
涙 身分の高いほうが、なぜ、身分の低い者に命令されなきゃならないの?
汗 身分?
お前のほうが身分が上だってことかよ。
涙 そうよ。当然でしょ。
汗 言ってる意味が百パーセントわかんないんだけど。
涙 だってアンタとアタシとじゃ、次元が違うでしょ、次元が。
汗 ジゲン?
涙 なにげに流れ出ちゃう汗と、気持ちの高まりの美的表現である涙が同列だとでも思ってたわけ?
汗 ムムムムム。アキバ系ムーミンみたいな格好して、ずいぶん好き勝手なこと言ってくれるじゃんかヨ。
涙 アキバ系ムーミンですって。なによそれ。アタシのどこがアキバ系で、どこがムーミンなのよ!
汗 衣装がアキバ系で、体型がムーミンに決まってるだろ。
涙 許さん!
絶対許さん!
汗 べ〜つ〜にぃ〜。許してほしくなんかないもんね。オレ的には涙なんかどーでもいい存在だし。
涙 どーでもいいですって!
汗 アアそうさ。だってそうじゃん。感動とか気持ちとか言うけど、それってつまり、受け身っていうか、結果じゃん。いろいろあって、結果的に涙が出るわけだろ。そんなの別に偉くもなんともないよ。自動販売機にお金を入れてスイッチを押したら缶ジュースがゴロンと出るのと一緒じゃん。その点、オレはさぁ、努力してるという行為そのものと一体なわけ。つまりさぁ、努力してるってことイコール汗かいて頑張ってるってことなのよ。現在進行形っていうかさぁ、そういうライブ感ってのは人間にとってとても貴重だと思んだよね。だから結果はどうであれ、汗かいて頑張ったってことは、決して無駄にはならないし、尊いことなわけ。そういう意味でオレ的には、オレのほうがお前より数段エライと思ってる。以上。
涙 クサイやつは言うことまでクサイのね。アーヤダヤダ、下賤の者は。なんでもかんでも努力で片づけちゃうんだもん。ひとつだけ教えといてあげるけど、努力なんていうね、そんな物差し一つで全部済ませられるほど人生は単純じゃないの。人生の機微ってものがまるでわかってないんだもん、話にならないわ。
汗 そっちこそ、お高くとまってんじゃねえよ。自分じゃなんにもできなくて、結局、シクシク泣いてりゃそのうち誰かが同情してなんとかしてくれると思ってんだろうけど、世の中そんなに甘くないっつーの。誰もお前みたいなアキバ系ムーミンのこと心配してくれるヤツなんかいないんだからな。
涙 言わせておけば…。
汗 お互い様だろ。
涙 アンタなんか消えて無くなればいいのに。
汗 そっちこそ、ムーミン谷へ帰れ!
涙 ムーミンって言うな!
汗 ムーミン、ムーミン、アキバ系。ムーミン、ムーミン、コビトカバ!
涙 ガルルルル!
汗 ヒーッ、コビトカバが襲ってくるぅ〜。
もめる汗と涙。
下手より尿登場。サラリーマン風。手には水の入ったペットボトル。
二人の様子を見て。
尿 おやおや、何かトラブルですか。もしよけばボクが間に入って…。
尿、汗と涙の間に割って入る。
汗と涙、飛びのいて。
汗・涙 クサッ!
涙 何、このニオイ!
汗 オレじゃないぞ。いくらなんでもオレだってこんなにはクサくない…。
汗と涙、尿を見る。
尿 はじめまして。ボクは…。
尿、手を出して、汗と涙に握手をしようとする。
汗と涙、再び飛びのいて。
汗・涙 クサッ!クサッ!クサッ!クサッ!
汗 あいつだ。あいつが犯人だ。
涙 この激臭、あり得ないんですけど!
汗 (尿に)お前、どこか悪いんじゃないのか。
涙 ていうか、どこか腐ってるんじゃない。
尿 しっ、失敬な!
初体面のボクに向かって…。ボクはただ、お二人と握手を…。
尿、汗と涙に近づき再び握手をしようとする。
汗と涙、逃げるように飛びのいて。
汗 来るんじゃない!
涙 アタシ、もう、酸っぱすぎて耐えられないわ!
汗 目が…目が開かない…。なぜだ…。なぜなんだ…。なぜそんなにも…。
涙 そうよ。異常よ。(尿に)その酸っぱさの理由を教えて。どうしたらそんなに酸っぱくなれるの…。
尿 理由というか…。ボクはただ、体の中をキレイにしているだけですよ。その結果、多少老廃物の影響で、ある種、個性的な香りを発散させている可能性はありますが、それほど気にすることとは思えませんね。
汗 気にするよ。
涙 大いに、気にするわ。
尿 …気にすると言われても…。まぁそういうことでしたら、今後善処したいとは思いますが…。そうは言っても、そのために仕事をおろそかにすることはできませんからね…。
涙 仕事って…。
尿 ですから、体をキレイにしているわけです。
涙 ひょっとして石鹸?
尿 石鹸じゃないんだなぁ〜。
涙 そうよね。あんたみたいな石鹸、(汗を見て)あいつの香水以上に売れっこないものね…。…なんだろう?
尿 石鹸みたいに表面的じゃなくて、もっと根本的に体の中から老廃物を取り除いてキレイにしているイメージなんですよねぇ〜。
汗 体の中…。老廃物…。お前、ひょっとして尿か?
尿 ピンポーン!
大正解!
汗 やっぱりそうか…。ニオイがただ者じゃないと思ってたが、そういうことか…。
涙 (汗に)尿って、ひょっとして、オシッ…。
汗 そうそう。それだよ、それ。オシッコ。
涙 ウワァ〜。今日はマジ最悪。(尿に)それにしてもアンタ、そんなニオイでよく平気ね。
尿 仕事ですから。まっ、勲章みたいなもんですよ。
涙 (小声で汗に)ひどい勲章つけてるわね…。
汗 (小声で)あれが勲章なら、オレ、勲章なんていらないよ。
涙 (小声で)あの人と並んでると、アンタがさわやかに見えてくるから不思議だわ。
汗 (小声で)だろ。オレは基本、香水だからさ。
涙 (小声で)それも違うけど…。まぁ今はそんなことどうでもいいや。…とにかく、アンタ、なんとかしなさいよ。
汗 (小声で)なんでオレなんだよ。
涙 (小声で)だって、クサイ者同士、わかりあえるんじゃないの?
汗 (小声で)だから一緒にすんなって。
尿 あの、何か?
涙 イエ、別に。
尿 そうですか。…まっ、いいでしょう。ひょっとしたらボクに対する誹謗中傷かもしれませんが、それならそれで結構です。そういうことはよくあることですから。…ですが、ボクはボクに与えられた仕事を全うしているだけで、そういう面で、なんら恥ずかしいとは思っていません。逆に誇りに思っているくらいですよ。
涙 あっそう。そりゃまぁ、それならそれでいいけどさぁ…。
汗 だよな。それはそれでいいんじゃないか。別にオレたちには関係ないんだし…。
涙 じゃ、そういうことで。
汗 だな。じゃ、また。
尿 あの…。
涙 まだ何か?
尿 先ほどから、何か、二人でもめていたようですが…。
涙 あっ、いや、別に。なんでもないの。アナタには関係ないことだから…。
汗 そうそう。だからもう行っていいよ。っていうか。頼むから早く行ってくれ…。
尿 そういうわけにはいきませんよ。あなたがたが協調的な態度をとらないことで、万一、体全体のバランスがくずれたりすることがあっては、体調管理の責任者たるボクの監督不行き届きになりますからね。ちょっとしたことでも見逃すわけにはいかないし、長年の経験から言っても、悪い芽はなるべく早く摘み取るに限るんです。さぁ事情を説明して下さい。あなたがたは…。(間)ところで、あなたたちはどちら様でしたっけ?
汗 オレは汗だけど。
尿 アア、汗ですか。なるほど言われてみれば汗くさい。なるほどなるほど…(涙を見て)で、そちらの方は…?
ひょっとして…ムーミン?
涙 オイ。
尿 あっ、ゴメンナサイ。違いましたか。エッとじゃあ…。(小声で)ニョロニョロにしては色が黒いし…。第一体型がなぁ…。コビトカバの新種かな…。う〜ん、ディズニーの脇役でこういうキャラがいたような気もするが…。ダメだ。思い出せない…。ギブです。ギブします。
涙 いい加減にしろよ。
尿 あっ、どうしよう。かすかに怒ってる気がする…。(汗に)あのぅ…この人はどなたなんでしょうか?
汗 オレも最初はコビトカバだと思ったんだが、本人は涙だと言ってる。
尿 アア、涙。涙ですか。涙ね。なんだ涙か。
涙 「なんだ涙か」はないでしょ。
尿 イエイエ、そういう意味じゃないんです。つまり、同業者って言うか、ボクたちは仲間だってことですよ。三人とも。
涙 仲間?
汗 どうしてオレたちが仲間なんだよ。
尿 だって、元は同じ水なんですから。アッハッハッ。
涙 …同じ。
汗 …水。
汗・涙 そうか!
涙 アタシたち!
汗 オレたち!
汗と涙、手を取り合って。
汗・涙 仲間だったんだ!
涙 (手をふりほどいて)とか言うと思った。
汗 (ツバを吐いて)一緒にすんじゃねぇよ。こんなヤツと。
尿 ですが、ホントにあなたたちはですね、同じ水から作られた…。
涙 関係ないでしょ、そんなこと。
汗 元が同じでも、今は全然違うっつーの。
涙 フン!
汗 ベェ〜。
尿 (小声で)…困ったな。これはなんとかしないと…。汗と涙がいさかいを起こしたなんてことが表沙汰になったら、体液管理の責任者であるボクの面目がまるつぶれじゃないか…。(汗と涙に)あのですねぇ。取りあえず、喧嘩の原因だけでも教えてもらえませんかね?
汗 こいつがお高くとまって、「自分のほうが身分が上」みたいなこと言うからさぁ…。
涙 何言ってんのよ。アンタこそ、「偉いのはオレ様だ」みたいな態度してたじゃない。
尿 アア、なんだ、そういうことですか。(ちょっと笑いつつ)つまりどちらが上かってことでしょ。端的に言えば。
涙 …まぁ、そうね。
汗 アア。
尿 なら、答えは簡単です。
涙 どっちなの。
汗 どっちだよ。
尿 同じです。
汗・涙 同じ?
尿 ハイ。そうです。汗と涙は同じようなもんです。このボクから見れば。
汗 オイオイオイオイ。話、ややこしくするんじゃねぇよ。
涙 後から入ってきて、その言いぐさはないんじゃない。
尿 でも事実は、事実ですから。
汗 なんでそうなるんだよ。
涙 さっきは同じ仲間だとか言ってたくせに!
尿 まぁまぁ、落ち着いて、落ち着いて。今、説明しますから。(ちょっと考えて)アーでも、あれか。あんまり難しいこと言ってもこの人たちには理解できないだろうから…。…エーッとですね、いいですか。ごくごくかいつまんでお話しするとですね、体の中には腎臓という臓器があって、…その腎臓様がボクたち尿を適切・正常に生成することによって、生命活動が円滑に営まれているわけなんです。つまり、ボクがいなければあなたたちの出番なんてないんです。体がパンクして死んじゃうわけですから。わかります?
命がなくなっちゃったら、泣いてるヒマも、汗かいてるヒマもないでしょ。だから一番はボクで、ずーっと下のほうにお二人がいるって感じかな…。
涙 説明の仕方および内容が、とてもムカツクんですけど。
汗 オレも。
尿 でも、それ以上、説明のしようもないからなぁ…。ウソは言えないし…。
涙 あのさぁ、アンタのおかげで体調が整ってるっていうか、生きてられるっていうのはわかるけど、逆に言えば、アナタってそれだけベーシックな存在ってことなんじゃないの?
「最低限の生活」みたいな。その点、アタシなんか言ってみれば芸術だからさぁ、あってもなくてもいいのかもしれないけど、あるとないとじゃ大違いっていうか…。つまり「人はパンのみにて生きるにあらず」ってことよ。おわかり?
汗 待て待て待て。ちょっと待て。二人とも自分に都合のいいように話をもっていくんじゃない!
よーく考えてみろ。確かに生活も大事だ、芸術だってあってもいいのかもしれない。けどな、人間っていうのは、そういうもの全部ひっくるめて、その中でどれだけ頑張ったか、一生懸命汗かいたかでその人の値打ちが決まるもんじゃないのか。だから一番偉いのは…。
涙 ちがーう!
尿 違います。あり得ない。
涙 偉いのはアタシよ。
尿 いいえ、ボクです。
汗 だから、オレだって言ってるだろ!
尿 (小声で)これは困ったぞ…。これは管理職であるボクへのあからさまな反抗じゃないか…。二人のどっちが偉いかなんてのはどうでもいいことだが、二人よりボクのほうが圧倒的に立場が上なんだということだけはわからせなければ…。ボクの監督不行き届きということになってしまう…。こんなことが腎臓様に知れたら、どんなお叱りを受けるかわかったもんじゃない…。困った、困った…。
涙 何をブツブツ言ってんのよ。
尿 アッ、イエ。別に。
汗 とにかくオレは絶対譲らないからな。
涙 わかったわ。そんなに言うなら、勝負しましょ。
汗 オウ。やってやろうじゃないか。(尿に)お前どうする?
尿 (小声で)仕方ない。これも仕事のうちか…。(ペットボトルの水をグッと飲んで)いいでしょう。で、方法は?
涙 もちろん美しさよ。誰かに審査員を頼んで、三人の中で誰が一番美しいか決めてもらいましょ。
汗 美しさ?
涙 そうよ。清潔さと言ってもいいわ。クサくない人が一番ってことでどう?
汗 バカ言ってんじゃねぇよ。そんなんじゃお前が一番になるに決まってんじゃんかよ。
涙 いけない?
汗 当たり前だろ。
尿 ボクも反対です。そもそも美しいとか美しくないとかっていうのは、その人の主観じゃないですか。相対的過ぎますよ。
涙 美は絶対よ!
尿 そうはおっしゃいますがね。だったら、もしもですよ。その審査員が汗フェチの短パンオタクだったらどうします?
(汗を指さし)「そのニオイ興奮するぅ〜!」「短パンサイコー!」とかって、迷わず汗を選ぶんじゃありませんか?
涙 …それは。
汗 フッフッフッ。
尿 (汗に)たとえばの話ですからね。
汗 わかってるよ。
尿 (涙に)だからそういう芸術点みたいな採点方法はダメなんですよ。審査員なしでも一目瞭然で結果がわかる競技方法にしないと。
涙 じゃあアンタは、どんなのがいいと思ってるの?
尿 そうですねぇ…。(ペットボトルの水をグッと飲んで)ボクたちはなんだかんだ言っても液体ですからね。比べるとしたら、やっぱり量ってことになるんじゃないでしょうかねぇ。いかがですか?
涙 ダメダメダメ!
そんなんじゃアタシ絶対ムリじゃない。
尿 大泣きすればいいんじゃありませんか?
汗 オレも反対だ。(尿に)お前はさぁ、まとまってドドッと出るから計りやすいだろうけど、オレなんか全体的にジワッとしみ出すから、集めてるうちに乾いちまうっつーの。
涙 とにかく反対!
汗 反対に賛成!
尿 じゃあ飛距離にしますか?
汗 だからこっちはジワッと出るって言ってるだろうがよ!
涙 水鉄砲みたいに飛び出る涙がどこにあるのよ!
尿 困った人たちだなぁ…。
涙 (汗に)アンタはどう?
汗 オレ?
オレは…やっぱスピードがいいな。ここをグルッと一周してさ、タイムを…。
涙 アタシ、走るの嫌い。
尿 アア、でもそれはいいかもしれませんね。(ペットボトルの水をグッと飲んで)…ただ、あれだな。走るスピードっていうんじゃ涙さんに不公平だから、この際どうでしょう。出るまでのスピードってことで。
涙 出るまでのスピード?
尿 エエ。そうです。たとえば汗君はダッシュ、涙さんなら、その本を読む、それぞれ得意な方法で、誰が一番早く、汗かいたり、涙流したりできるか、そのスピードを競うんですよ。
汗 なるほど。それいいんじゃないか。
涙 そうね。アタシもそれならいいかも。
汗 (尿に)けど、お前はどうすんの?
尿 (ペットボトルの水を飲みながら)そうだなぁ…。そういう面じゃボクが一番不利かもしれないなぁ…。なにしろボクは生理現象だからなぁ…。しかも…。
涙 しかも、何よ。
尿 君たちみたいに、どこにでも出せるってもんじゃないんですよ。社会的ルールを守って出していいところにしか出せないキマリなんですよ。アー不利だ、不利だ。とてつもなく不利だ。
尿、ゴクゴクと水を飲む。
涙 じゃあ、ダメかしら。
汗 …だな。
尿 イエ、かまいませんよ。お二人がいいのなら。…だって、三人の意見が一致するのは難しそうだし、ここはまぁ少し不利でも大人のボクが我慢するしかないのかなって思ってます。
涙 ホント。
汗 悪いな。
尿 いいんです、いいんです。
尿、ゴクゴクと水を飲む。
涙 (汗に)じゃあそうする?
汗 (涙に)だな。そうしてもらうか。(尿に)よし、キマリ。それでいこうぜ!
尿 …わかりました。
尿、ゴクゴクと水を飲む。
まわり暗くなり、尿にのみ明かり。尿、独白。
尿 もらった。この勝負もらったぞ。涙が本を読んで涙を流すまでには…(電卓を取りだし計算)…少なくとも四五秒はかかるはずだ。汗は全力疾走したとしても、運動生理学的に(電卓を取りだし計算)…三〇秒以上たたないと汗として吹き出してこない。それにひきかえこのボクはもうパンパンだ。(下手を見て)あそこにある公衆トイレまでは小走りで一五秒。ズボンをおろすのに三秒。二秒でスタンバイしたとしてきっかり二〇秒で出せる。フッフッフッ。
元の明るさに戻る。
尿 じゃあ、早速始めますか。
涙 そうね。
汗 いや、待て待て。競技会を始める前に、まずは競技会実行委員長からの挨拶をだな…。
涙 どこにいるのよ。そんな人。
汗 エー、オホン。いないので、今日は代役として、オレが一言。
涙 いいわよ、そんなの。
汗 イーヤ、そうはいかない。ちゃんとした進行・運営・記録。そうしたものを省いてしまったら正式な競技会にならないだろ。そしたら、いくらいい記録を出しても公式には認められない。つまり、参考記録にしかならないんだ。アスリートにとって一番大切なのは公式記録だからな。ここはちゃんとやらないとすべてが無意味になってしまうんだ…。
涙 アア、そうなの。他はテキトーなのに、変なとこだけ面倒なのね、アスリートって。
尿 わかりました。じゃあ、手短にお願いします。
まわり暗くなり、汗にのみ明かり。なぜか拍手の音。
汗 アーでは、ご指名によりまして、ふつつかながら競技会実行委員長代理と致しまして一言ご挨拶させて頂きます。エー、本日は、天候にも恵まれ、また、会場設営等に当たっては地域ボランティアの皆様のなみなみならぬお力添えを頂き、「第一回汗涙尿スピードトライアル」を無事開催できる運びとなりましたことを、競技会実行委員長に代わりまして、ここに厚く御礼申し上げる次第でございます。エー、思いおこせば、一昨年、私ごとではございますが、両足太ももからつま先まで全部肉離れという思いもかけない大きな怪我を負い、一時は選手生命すら危ぶまれたわけではございますが、監督・コーチ・それに仲間たちの支えにより、今、こうして皆様の前に再び立つことができました。言葉では言い表すことのできないほどの感謝と喜びで、今、胸がいっぱいです。この感謝と喜びを胸に、今日は、力の限り、全力で、戦いたい。それこそが、今まで応援し、支えて下さった、皆様への唯一の恩返しであると思っております。…エー少し話がそれましたが、本題に戻りまして、本競技会の歴史と意義について、少しお話しさせて頂きたいと思います…。
汗の明かりが落ちて、涙と尿に明かり。
涙 なんなのアイツ。
尿 長すぎますよ…。
涙 アーうざい…。
真っ暗になって、早回しで汗が喋っている声だけがしばらく流れる。
明るくなって。
汗 …というわけで、簡単ではございますが、競技会実行委員長代理の挨拶とさせて頂きます。
汗、礼。拍手の音。
涙 …やっと終わった。さっ、やりましょ。
汗 (涙を無視)エー続きまして、本日、お忙しいところを駆けつけて下さる予定となっていた衆議院議員の内藤代議士の秘書の方が、これまた、急な用で、欠席となりましたので、その代理として、私が祝辞を代読させて頂きます。
涙 なんなのよ、それ。なにか意味があるわけ?
汗 セレモニーですから静粛にお願いします。
涙 大体祝辞なんて来てるわけないでしょ。
汗 静粛にお願いします。
汗、祝辞を取り出す。
涙 いつ仕込みやがった、そんなモノ!
汗 静粛に。…エーでは…。
拍手の音。
涙 (会場奥に向かって)コラ音響、いい加減にしろよ!
ブーイングの音。
涙 くそっ…。
尿 とにかくやらせてしまいましょう。そのほうが早くすみそうだ…。
まわり暗くなり、汗にのみ明かり。
汗 (祝辞を読む)本日は、「第一回汗涙尿スピードトライアル」の開催、誠におめでとうございます。内藤も、是非是非皆様のご活躍を拝見致したく楽しみにしておりましたが、諸般の事情により、誠に残念ではございますが、本日は会場に出向くことがかなわなくなりました。と申しますのも、内藤が長年心血を注いで手掛けて参りました「みんなで福祉を良くしようの会」と「綺麗な国づくりのために頑張る大勢の会」の合同臨時大会が開催されているからでございます。この「みんなで福祉を良くしようの会」と「綺麗な国づくりのために頑張る大勢の会」につきましては、ご存知の方はご存知かと存じますが、ごくごく簡単に説明させて頂きますと…。
汗の明かりが落ちて、涙と尿に明かり。
涙 めまいがしてきたわ…。
尿 ウウッ…なんでもいいから、早くして下さい…。
涙 どうしたの?
気分でも悪くなった?
尿 イエ、そういうわけでは…。
真っ暗になって、早回しで汗が喋っている声だけがしばらく流れる。
明るくなって。
汗 …以上、です。
汗、礼。拍手の音。
涙 いくらなんでも、もういいわよね。
汗 ノー。
涙 あと、何があるのよ。
汗 選手宣誓と審判からのルール説明、それからオープニングイベントとして地元の伝統芸能保存会のみなさんによる花花踊りの披露、そのあと花花踊りとは何かについての簡単な説明と解説、会場からの飛び入り参加ありのミニイベントのあと、チャリティーによる…。
涙 で、結局、今日中には終わる予定なのかしら?
汗 たぶん。
尿 ウウウッ…。早く、早くして下さい…。
涙 やっぱり変よ。
汗 どうなってんの?
涙 アンタがダラダラやってるから、調子がおかしくなったんでしょ。
汗 貧血かな。
尿 (首を横に振って)ウウウウウ…。
涙 お腹が痛いのかしら。
尿 (首を横に振って)ウウウウウ…。
汗 じゃあ、虫さされとか?
尿 (首を横に振って)ウウウウウ…。
涙 恋して切ない?
尿 (首を横に振って)ウウウウウ…。
汗 とにかく、あれだな。そろそろ始めたほうがいいのかもな。
涙 よく言うわよ。全部アンタのせいでしょ。
汗 じゃあ、後のはすべて閉会式に回して、取り敢えず始めるか。
汗、ピストルを取り出す。
汗 よーし、いいか。位置についてぇ〜。
汗、ピストルを上にあげる。
尿 ウウウウウ…。…やめて下さい。
汗 なんだよ。いいとこで止めんなよ。
尿 …ピストルはいけません。
汗 なんでだよ。
尿 大きな音はいけません…。
涙 意外に恐がりね。
汗 仕方ねぇなぁ。じゃあ、二人の背中を叩くから、それが合図な。いくぞ。
尿 ヒィィィィ。やめて下さい…。
汗 それもダメなのかよ。
尿 (蚊の鳴くような声で)刺激はいけません…。
汗 何?
涙 刺激はいけないんですって。
汗 アーわかった。こいつ、ビビってんだ。極度の緊張感でおかしくなってんだよ。
涙 だらしないぞ。
汗 そういうときはな。まぁ水でも飲め。
汗、尿に水を飲ませようとする。
尿、首を横に振って。
尿 ダメです…飲んだら出てしまう…。
汗 何?
涙 飲んだら出ちゃうんだって。
汗 何が?
涙 そりゃ、アレでしょ。
汗 (尿に)そうなのか?
尿 (うなずきつつ)ウウウウウッ。
汗 要するに漏れそうなんだな。だったらここでしちゃえよ。そのかわりさぁ、スタート前のフライングってことで、失格だかんね。
涙 アア、それはそうね。スタート前だもの。
尿 (首を横に振って)ウウウウウウッ。
汗 だって仕方ないだろ。
涙 失格になるのが相当イヤみたいね。
尿 (首を横に振って)ウウウウウウッ。
涙 何よ。違うの?
尿 ウウウッ…失格はともかく…もう…限界です…。
汗 だから、我慢できないんなら、ここでしちゃえばいいじゃんか。
尿 ウウウウウッ…それはできません…。社会人として、そんなことは…。
涙 でも、動けないんでしょ。
尿 (うなずきつつ)ウウウウウッ。
涙 だったらここでしちゃうしかないじゃない。
汗 そりゃそうだ。
尿 そういうわけにはいかないんです…。ウウウッ…。生活するということは、我慢するということでもあるんです。みんな我慢してるんだ。ボクだけがルール違反をするなんてとてもできない…。
涙 思いのほかやっかいな人ね。
汗 オレたちみたいに好きなときに出したいだけ出すってわけにはいかないようだな。
涙 ホント、そういう面じゃ、アタシたち幸せよね。出したいときに出せばいいんだもん。
汗 あれっ、でも、お前だって我慢することもあるんじゃねぇの。涙をグッとこらえるみたいな。
涙 アア、まぁね。そういうのもなくはないんだけど、演出って言うかさぁ、我慢して我慢して、それでも我慢しきれなくってポロッ、みたいなのが逆にいいわけよ。見せ場って言うの、ドラマって言うの。より感動が増幅されるみたいな感じ。たださぁ、(尿を見て)この人の場合、我慢して我慢して最後にジョジョーってのは、状況的には似てるんだけど、どうみてもドラマにはならないわよね。
汗 ヒデェ〜。やっちゃったぁ〜。って感じだもんな。
尿 ウウウッ…失礼な…。ウウウウウウウウ…。
涙 でも、マジで苦しそうね。
汗 だから、ここでしちゃえって。誰にも言わないからさぁ。
涙 そうだよ。三人だけの秘密にしとくからさぁ。
尿 ダメです。ボクのプライドが…。
汗 そんなこと言ってる場合かよ。
尿 ウウウッ…みんなに笑われます…。
涙 いいじゃない、笑われたって。このままじゃ病気になっちゃうよ。いいの、それでも。
尿 かまいません。そのほうがマシだ。世間から一生バカにされるよりは…。
汗 アーもう、かたっくるしい野郎だな。
尿 ルールはルールです…。
涙 かなりガンコね。(汗に)どうする?
汗 どうするって、このままにしてても時間の問題だからな。とりあえず、トイレまで連れてくか。
尿 (首を横に振って)ウウウウウウッ。
涙 動かしてほしくないみたいね。
汗 ほんのちょっとの刺激でも、それが引き金になってしまうほど、状況は切迫してるってことか。クソッ、なんだかややっこしいことになっちまったな…。
尿 ウウウウウウウウウウウウッ。
涙 どうしよう。なんか、断末魔みたいな感じになってきたわよ。
汗 動かせない。しかし、このままではもうすぐ悲しい結末になるのは明らか。一体どうしたらいいんだ…。
考え込む汗。
尿、急に立ち上がって。
尿 だって、元は同じ水なんですから。アッハッハッ。
尿、倒れる。
涙 ?
今の何?
汗 アア、オレの回想シーン。
涙 回想…。
うなずく汗。
汗 ウーン…。どうしたらいいんだ…。
再び考え込む汗。
尿、急に立ち上がって。
尿 だって、元は同じ水なんですから。アッハッハッ。
尿、倒れる。
涙 今のも回想?
うなずく汗。
汗、腕組み。
汗 待てよ…。ということは…。…そうか!
汗、急に走り出す。
涙 どうしたのよ。変な開き直り方しないでよ。
汗 (走りながら)バカ、違うって。水だよ水。
涙 水がどうしたのよ。
汗 同じ水なんだから、オレたちが水を出せば出すほどあいつは楽になるってことだよ。
涙 そんなにうまくいくの?
汗 わかんない。けど、やるしかないだろ。
涙 じゃあアタシは…。
汗 泣け、泣け、泣け!
とにかく泣け! オレは走る!
上手、下手と走り回る汗。
涙 わかった。アタシもやる。
本を広げ、読み始める。が、まどろっこしくなって。
涙 こんなのじゃ間に合わない。どうしよう。
尿 ウウウウウウウウウウウウウウッ。もうダメだ…。みんなサヨウナラ…。
涙 (尿にかけより)ダメよ。諦めちゃダメ! (涙、尿を抱きしめようとして)…クサッ!
目、目が痛い…。ウワ〜ン!
泣き出す涙。
涙 ウワ〜ン!
ウワ〜ン! ウワ〜ン!
汗 ハァハァハァ…。いいぞ、その調子だ!
涙 そういうんじゃないけど、涙がとまんないよぉ〜。ウワ〜ン!
汗 ハァハァハァ…。なんでもいいから泣いちゃえ、泣いちゃえ!
涙 アンタはどうなのよ。ウワ〜ン!
汗 ハァハァハァ…。倒れそうだぞ。けど、すごく出てきた!
涙 頑張って!
汗 おう。
涙 ウワ〜ン!
ウワ〜ン! ウワ〜ン!
汗 ハァハァハァ…。ハァハァハァ…。
しばらく泣き続ける涙。
しばらく走り続ける汗。
涙 …アア、もう、泣けないよ…。
汗 オレも、もうダメだ…。
倒れ込む二人。
涙 ダメだったのかしら。これだけやったのに…。
汗 そんなことないだろ。だって…。
尿、急に立ち上がって。
尿 元は同じ水なんですから。アッハッハッ。
涙 回想?
汗 イヤ。違う。
尿 元気ハツラツ!
ニョニョニョニョニョー!
涙 成功したんだ。
汗 らしいな…。
涙 アタシ、もう限界。
汗 オレも喉カラカラだよ。
尿 (涙と汗にペットボトルを差し出し)これどうぞ。
汗 オレたちに?
尿 ほんの気持ちです。
涙 いいよ、別にお礼なんか。
尿 イエ、社会人としてそういうわけにはいきません。
涙 どうする?
汗 もらっとくか。
涙 うん。
尿からペットボトルを受け取る二人。
涙 ありがと。
汗 サンキュー。
尿 こちらこそ。助かりました。
涙 座れば?
尿 イエ、ボクはこれで。ちょっと用があるもので…。
尿、小走りで下手へ消える。
二人、下手を見つつ。
汗 小走りだぞ。
涙 しかもちょっと内股よ。
汗 応急手当だからな。そう長くはもたないさ。
涙 アッ、トイレに駆け込んだ。
汗 どうやら間に合ったみたいだな。
涙 良かったね。
汗 ホント、やせ我慢ばっかしてんなアイツ。
涙 だよね。まっ、ちょっとエライって言えばエライ気もするけど…。
汗 …結構根性あるよな。
涙 だよね。
汗 …お前も頑張ったし。
涙 そうでもないよ。やっぱり汗のほうが頑張ってたよ。
汗 オレはそれしか取り柄がないからさ。
涙 でもちょっと感動したかも。
汗 …感動か。…悪くないな感動ってのも。
涙 アッそう。
汗 まっ、とにかく水分補給しようぜ。
涙 うん。
二人、並んで水を飲む。
下手より、手をたたきつつ尿戻ってくる。
尿 イヤァ、よかった、よかった。ボクの作戦がズバリ的中して、二人ともすっかり仲直りできたじゃありませんか。イヤァ、めでたい、めでたい。
汗 作戦だったのかよ。
涙 ウソよウソ。ウソに決まってるでしょ。
尿 失礼な。ボクは君たちのためを思ってわざとですねぇ…。
涙 (わざとらしく)ハイハイ。どうもありがとうございました。
汗 (わざとらしく)尿さんのおかげで、仲直りできたことが、とてもよかったと思います。
尿 いや、まぁ、お礼を言われるほどのことじゃありませんよ。とにかくボク的には体調面の管理者という立場からですね、君たち二人には仲良くしてもらいたかったんですよ。
涙 管理者ね…。
汗 そういえば、競技会だけど…。
涙 今すぐ泣けって言われても、アタシ無理。
汗 オレだって、もう走れないよ。足パンパンだもん。
尿 そうですか。じゃあ、お二人とも棄権ってことで…。
涙 アンタだって今は無理じゃないの?
尿 なんとかしますよ、ボクなら。
汗 すごい執着心だな。
涙 いつだってなんとなくインチキ臭いし。
尿 生活するってのはそういうことなんです。…でもね、君たちはボクのマネをしちゃダメですよ。君たちは君たちのするべきことをするべきです。
涙 どういうこと。
尿 君たちは、おもいっきり汗をかいて、いっぱい涙を流して下さい。…ボクみたいに計算したり、我慢したりしないで。…そして、地平線の向こうまで走って行って、誰も見たことのないような美しいものを見つけて下さい。あなたたちなら、きっとそれができますから。
汗と涙、ちょっとしんみりとして。
汗 …アア。わかった。
涙 …うん。そうする。
尿 ボクっていいこと言うでしょ。ネッ。
尿、汗と涙の間に入って、二人の肩を抱く。
二人 クサッ!
尿 しっ、失礼な!
汗と涙、笑う。
つられて尿も笑う。
間。
汗 さてと…。オレ、そろそろ行くわ。
涙 うん。じゃあね。
汗、下手へ消える。
尿 じゃあボクも失礼します。本当はもっとゆっくりしていたいんですがね、いろいろと忙しいもんで…。
涙 うん。
尿、上手へ消える。
一人残った涙、詩集を広げ、静かに朗読を始める。(幕)