●4人 ●30分程度
●あらすじ
認知症のお話。一応少人数向けの台本ですが、4人のうち3人が老人の役です。練習用としてはよいかもしれません。
●キャスト
王様
従者
西の王
東の王
●台本(全文)
上手より王様登場。
頭を押さえながらフラフラと。
舞台中央で立ち止まり、あたりを見回して。
王様 …ここはどこだ。(頭を押さえて)アア…頭が…。オイ。誰か。誰かいないのか!
間。
王様 なんてことだ…。(あたりを見回し)それにしても、一体ここは……。
波の音が聞こえてくる。王様、耳をすまして。
王様 …波の音。…海?
アアそうか。航海の途中…船が…。嵐で船が沈んで…。そして…。(王様、しばらく考え込み、目をつぶったまま)…そうだったそうだった。突然海が荒れくるい、船は木の葉のように波に揺られ…。大きなマストが根元から折れて…。(間)…家来たちがバラバラと船べりから落ちていくのが見える…。「恐れるな。立ち向かえ!」私は、声を限りに叫んだ…。だが、ひときわ大きな真っ黒い波を受けて、私自身も船から放り出され…。やがて船はゆっくりと…何か逆らいようもないものに引きずり込まれるかのように…深く暗い海の底へと…消えた…。不思議なことに船が沈むとさっきまでの嵐がウソのような静けさが訪れた…。しかし、そのときすでに私のまわりには誰の姿もなく、船の破片のようなものにつかまったまま私は気を失った…。(目を開けて)恐ろしい夜だった…。さすがの私も、もう終わりかと観念したが…。(ちょっと笑って)こうして生きているところをみると、まだまだ神に見放されてはいなかったらしいな。
王様、腰をおろす。あたりを見渡し。
王様 しかし、なんだか殺風景なところだな…。どうやら小島のようだが、一体どこの国なのだろう。人がいて、言葉が通じれば…、そして私が王だとわかってくれればよいのだが…。そうすれば城に使者を送り、すぐにでも迎えを…。(ふと自分の姿を見て)オオッ、なんということだ!
マントも、剣も、(頭に手をやり)王冠もないではないか!(立ち上がる)…漂流中になくしてしまったのか…。ぶざまな…。これでは王というより、まるで…まるで…。…まぁ仕方ない。命が助かっただけでもよしとせねば…。それに私は王なのだ。たとえこのようなみすぼらしい姿をしていたとしても、王であることにはかわりがない。どんな時でも王としての威厳だけは失わないようにしなければな…。(間)それにしても家来たちはどうなったのだろう。オーイ、誰か、誰かいないのか!(間)まさか一人残らず…。オーイ、誰か、誰かいないのか!
オーイ!
下手より従者。
従者 大丈夫ですか、王様!
王様 オオ、生きていたか!
従者 王様こそ、よくぞご無事で!
王様 アア、なんとかな。…だが、マントも王冠も失った…。
従者 そのようなもの、国に帰ればいかようにでもなるではありませんか!
王様 …そうだな。その通りだ。お前の言う通りだ…。で、他の者たちはどうした?
従者、首をふる。
王様 全員か?
従者、うなずく。
王様 なんたること…。(再びあたりを見回し)お前、ここがどこだかわかるか?
従者、首をふる。
王様 そうか…。どうやら異国の小島のようではあるが…人影もないところを見るとひょっとしたら無人島かもしれん。…そうなると、国から助けが来るのを待つしかないが…大丈夫だろうか…。水や食料は…。
従者 ご安心下さい、王様。私がなんとか致します。
王様 オオ、そうか。心強いぞ。…エッと、たしかお前は…。
従者 従者の一人でございます。
王様 名は?
従者 ライト。ライトとお呼び下さい。
王様 ライト。うん、良い名だ。…ところでライト。私は頭が…。船から落ちた時に打ったのかもしれんのだが…。
従者 痛いのですか?
王様 イヤ、別に痛いというほどのこともないのだが、少ししびれているような気がしてな…。
従者 他にお怪我は?
王様 …それは大丈夫だ。歩くのが少しつらいが…これは、まぁ、年のせいだろう。ハッハッハッ…なにしろ私も…。
従者 七八歳でございます。
王様 そうか、七八か。足腰も弱るはずだ…。ハッハッハッ…。しかし、私にもまだまだ運があるというべきだな。あの嵐の中でも生き残り、一人とはいえ、家来もそばにいてくれるのだから。
従者 そうですとも。
王様 死んだ者たちのためにも、なんとかして国に帰らねば。
従者 もちろんです。それに王様がお戻りにならなければ、国中の者が悲しみます!
王様 そうか。悲しむか。
従者 ハイ。
王様 では、なんとしても戻らねばなるまいが…できるだろうか…この島から抜け出すことが…。
従者 何を気弱なことを。王様らしくもありません!
王様 …そうだな。気を確かにもたねばな…。
上手より老人(西の王)登場。泣いている。
西の王 アア…痛い…。どうして私だけがこんな目にあうのだろう…シクシク…。
王様 なんだあいつは?
従者 さぁ…。
王様 生き残った家来では?
従者 イエ、あのような者は船には乗っておりませんでした。
王様 この島の住人、ということか。
従者 …どうやら、そのようです。
王様と従者、西の王の様子をうかがう。
西の王、中央まで歩いてきて。
西の王 アア…このままでは、私の居場所はすっかり奪われてしまう。…もうここには私の寝る場所さえない…。
王様 何を言っているのだろうか?
従者 わかりません。聞いてきましょうか?
王様 イヤ、待て。私が行こう。
王様、西の王に近づき。
王様 …ちょっとよいか。そなたに尋ねたいことがあるのだが。
西の王 なんだお前。お前も私をイジメに来たのか?
王様 イジメる?
まさか。それより名は? どこから来た? ずっとここに住んでいるのか? さぁ答えてくれ。
西の王 (きょとんとした顔で)私のプロフィールが知りたいのか?
王様 プロフィ…。アア、まぁ…。
西の王 聞いてどうする?
王様 どうということもないが…。実はここのことがまったくわからないのだ。…船が難破して。
西の王 船?
ああ、マドロスさんか。
王様 (従者に)マドロス?
従者 船乗りのことです。
王様 (西の王に)イヤ、私は船乗りではなく…。
西の王 (王様の言葉を気にせず唄いだす)♪なぁ〜がい旅路のぉ〜航海おえぇてぇ〜船が港に泊まる夜ぅ〜♪
王様 おい、大丈夫か?
西の王 (急に唄うのをやめ)大丈夫なわけないじゃないか。(怯えながら)…お前も隠れたほうがいい。すぐに東の王がやってくる。
王様 東の王?
この島には王がいるのか!
西の王 アア、いるとも。
王様 どこにいる。その東の王とやらと、話がしたいのだが。
西の王 東の王と?
やめておけ。ひどくイジメられるぞ。
王様 …暴君か。よくいるタイプだ。で、お前たち民衆を虐げているわけだな。
西の王 ノー!
王様 …違うのか。
西の王 ツーポイント違う。
王様 ツーポイント?
西の王 まず、ひとつ。お前たちと言ったが、イジメられているのは私一人だ。そしてもうひとつ。私は民衆ではない。
王様 (従者に)ライト。わかるか。
従者、首をふる。
王様 (西の王に)お前は誰なのだ?
西の王 私は西の王だ。
王様 西の王…。
西の王 そうだ。だから民衆ではない。
王様 西の王に東の王…。こんな小島に二人も王がいるのか…。そしてどうやら東の王の力が増してこいつは…、西の王は劣勢。…そういうことか。
西の王 フッフッフッ。
王様 何を笑っている?
西の王 イヤ、別に。ちょっと王っぽくしてみただけだ。何はともあれ、王と呼ばれることは気持ちのいいことだからな。今日は気分がいい。フッフッフッ。(急に)ゲホゲホゲホッ…。
西の王、倒れる。
王様 (駆け寄り)しっかりしろ!
西の王 ムリ。
王様 どうしたというのだ。
西の王 毒を盛られた。
王様 毒を?
東の王にか?
西の王 イヤ。私の座を狙う者たちにだ。
王様 王位を…。これもよくある話だな…。で、体は大丈夫なのか?
西の王 大丈夫なわけないだろ。食べ物に毒を、それもバレないように少しずつ盛られていたのだぞ。
王様 そこまでわかっているのなら手の打ちようもあっただろう。近衛兵はいないのか?
味方になってくれる者は?
西の王、首をふる。
王様 妃や王子たちはいないのか?
西の王 身近な者ほど裏切りやすいものなのだ。
王様 …なるほど。内も外も敵だらけというわけか。(従者に)王たる者、こうはなりたくないものだな。
従者、うなずく。
王様 なぁ、ライト。この者を…、西の王をどうしてやればよいと思う。
従者 ハイ、王様。ここはやはり、王様のご威光で、東の王をしりぞけ、かつまた、西の王の国にはびこる悪を一掃してやるべきかと…。
王様 そうだな。これでは、あまりに哀れだからな。…よし、わかった。(西の王にむかって)西の王よ。安心するがよい。私の力で東の王の暴虐を封じ、お前の国に再び平和をもたらしてやろう。
西の王 できるのか。そんなことが。
王様 アア、できる。
西の王 ウソだろ。
王様 ウソではない。
西の王 私をダマして財宝をまきあげる気だな。だがそうはいかないぞ。
王様 無礼なことを言うな!
私はな…。
西の王 なんだ。
王様 私は…。…王…。オオノ…。……王の中の王だ!
西の王 名前は?
王様 名は…。
王様、従者のほうを見る。
従者 リュウ王でございます。
王様 (西の王に向き直り)リュウ王だ。
西の王 リュウ王?
…リュウ? あの龍か?
王様 そうだ。天を翔(かけ)るあの龍だ。
西の王 すごいじゃないか。
王様 だから、王の中の王だと言っただろ。
西の王 じゃあ、助けてくれ。
王様 アア、約束しよう。私の国に無事戻ることができたら、大軍を率いて助けにきてやるからな。
西の王 なんだ。今すぐじゃないのか。
王様 今?
今すぐはムリだろ。私だって遭難してるんだから。(従者の同意を得るような感じで)なぁ。
西の王 アッ!
王様 どうした。
西の王 マズイ。東の王だ!
上手より東の王。ヨロヨロと登場。ブツブツと独り言。
東の王 バカ者どもめ!
みんなみんな大バカ者だ! どいつもこいつもヘンチクリンのくせしやがって!
東の王。西の王を見つけて。
東の王 死ね。クソジジイ!
ひからびて死んでしまえ!
東の王、西の王を突き飛ばす。
西の王 ヒィ〜…。
王様 (従者に)相当荒れているな。
従者 手がつけられない感じですね。
王様 どうしたものかな…。
従者 お言葉をかけてみてはいかがでしょう。ひょっとして、勢力のある東の王なら、リュウ王様のことを知っているかもしれません。
王様 …そうだな。よし。(東の王に)アー、これこれ。東の王よ。
東の王 ん?
誰だお前。見ない顔だな。
王様 私はリュウ王だ。
東の王 リュウ王?
…知らんなぁ。
王様 (従者に小声で)やっぱり知らないみたいだぞ。
従者 (小声で)困りましたね…。
西の王 (東の王に)リュウ王はすごいんだぞ。
東の王 どうすごいんだ?
西の王 海で遭難して流れついた。
東の王 で?
西の王 ここがどこだかわからないで困っている。
東の王 ほうほう。それで?
西の王 私を助けてくれると言ってくれてはいるが、今はムリなんだ。
東の王 何ひとつすごくないじゃないか。
西の王 だが、龍は空をかけめぐる。
東の王 空?
空を飛べるのか! それはすごいな。(王様を見て)…リュウ王よ。
王様 なんだ。
東の王 私をここから連れ出してくれないか。
西の王 アア、それがいい。そしたら私もイジメられないですむ!
東の王 よしよし。これで話はまとまった。オレは空を飛んで、ここを出ていく。明日から、お前の顔を見ないですむかと思うとオレもすごくせいせいするぞ。アッハッハッ。
西の王 (つられて)アッハッハッ。
王様 待て待て。二人で話をまとめるな。空をかけめぐるのは、龍であって私ではない。私は空をかけめぐる龍のような、それほど勢いのある王という意味で、リュウ王なのだ。わかるか?
西・東 ……。
王様 わからないのか?
東の王 …つまり飛べないってわけ?
王様 アア、飛べない。
東の王 ダメじゃん。
西の王 リュウ王のウソつき!
王様 こらこら、私は飛べるなどとは一言も言ってないぞ。お前が勘違いしただけ…。
東の王 (王様に)オイ。
王様 なんだ。
東の王 だったら、泳ぐのはどうだ。
王様 少しなら…。
東の王 少しか…。オレを背に乗せて、この島から抜け出すほどの泳力はないのだな。
王様 あるわけないだろ。イルカじゃないんだから。
東の王 飛べず、泳げず…か。フン。使えないヤツ…。
王様 ちょっと待て…そういう言い方はないだろ…。
東の王、王様を無視して。
東の王 (西の王に)だったら、やっぱりお前が出てゆけ。
西の王 イヤだ、イヤだ。
東の王 オレがここから出ていけない以上、お前が出ていくしかないだろ。
西の王 しかし、他に行くところがないのだ…。
東の王 そんなこと、知ったことか!
とにかくオレはお前と一緒にいるのが我慢できんのだ!
西の王 そんなこと言わないでくれ。おとなしくしているから、せめて寝る場所くらいは…。
東の王 ダメだ。(上手を指さし)出てゆけ!
東の王、西の王をつまみだそうとする。抵抗する西の王。
王様 待て、東の王よ。
東の王 なんだ。まだいたのか。
王様 お前の望みはなんなのだ?
領土がほしいのか?
東の王 ここはオレのシマだ!
オレひとりのな!
王様 しかし、西の王がいるということは、本来、半分ずつなのではないか?
西の王 そうです。そうなんです!
東の王 そんなこと知るもんか!
気に入らないヤツは追い出すだけだ!
王様 力ずくで西の王を追い出しても、西の国の人々はお前を王として認めてはくれないぞ。人々に慕われるためには…。
東の王 (王様の話をさえぎって)人々だって?
バカ野郎! よく見てみろ。こいつ以外にどこに人がいると言うんだ。エッ?
王様 (あたりを見回し)まさか…。西の王よ。ここには王以外誰も住んでいないのか…。
西の王、うなずく。
王様 どうしてそんなことに…。
西の王 私は見捨てられたのだ。皆、私に毒を飲ませて消えたのだ…。財宝も王冠も持ち逃げして消えたのだ…。アア…。
王様 なんと…。
東の王 これでわかったろ。このろくでなしさえいなくなれば、このシマはオレひとりのものになるというわけだ。ワッハッハッ。
王様 待て待て待て。東の王よ。この島を独り占めにしてどうする気だ。西の王にはすでに家来も家族もいないのだぞ。無力で無抵抗な者をわざわざ追い出す必要がどこにある。西の王ひとりくらいここに置いてやってもバチは当たるまい。少しは情けをかけてやってはどうなのだ。
東の王 バカ言うな。一人と二人ではスペース的に大違いだろ。
王様 一人と二人…?
(従者に)東の王は何を言っているのだ?
従者 …さぁ。
王様 東の王よ。つかぬことを聞くが、王には家臣がいるであろう?
東の王 家臣?
イヤ。今ここにはいない。
王様 妃や王子は?
東の王 イヤ、いない。…ここには。
王様 国に住む、民百姓は?
東の王 …別に。
王様 おらんのか?
東の王 アア。
王様 ということはお前も一人…なのか。
東の王 アア。
王様 待て待て待て。ということは、この島には、結局、王様が二人いるだけで、他には誰もいないということになるが…。
西・東 ビンゴー!
王様 なんてことだ…。よりによって、とんでもない島に流れ着いたものだな…。(従者に)なぁ、ライト…。
従者、黙ってうなずく。
王様 う〜ん…それにしても…王が二人だけの国とは…。しかも一人は国中の者に見放され独りぼっちの病人…。あとの一人は…。(間)?…そういえば東の王よ。お前はなぜ一人になったのだ?
東の王 それは言いたくない。
西の王 島流しですよ。島流し。
東の王 この野郎。よけいなことを言うんじゃない!
東の王、西の王につかみかかる。
西の王 くっ、苦しい…。
王様 なるほど、そういうことか…。放してやれ、東の王。お前が悲しいのはわかるが、西の王に当たるのは間違っているぞ。
東の王 オレは悲しくなんかない。無性に腹が立つだけだ。
王様 しかし、お前たちの話を総合するとだな、最初にこの島にいたのは西の王のほうだろ?
西の王 そうです。その通り!
王様 そこへ、東の王が流されてきた。そういうことだな。
西の王 ハイ。
王様 そして、たまたま、西の王も一人だったので、この島には王が二人いることになったというわけだ。
西の王 エエ、エエ。
王様 東の王よ。後から来たのに島を横取りするのは良くないぞ。お前、そういうわがままな性格だから、島流しにされたんじゃないのか?
東の王 違う。オレは…。オレはダマされたんだ。
西の王 ダマしたほうも悪いが、ダマされたほうも悪い。
東の王 黙れ!
殺すぞ!
西の王 そんなことしたらまた島流しだ。アッハッハッ。
東の王 うるさい!
クソッ。どいつもこいつもオレをバカにしやがって…。ウッウッウッ…。
東の王、泣き崩れる。
西の王 アッハッハッ。泣いた泣いた。アッハッハッ…ゲホッゲホッゲホッ…。
西の王、倒れる。
王様 さてさて、どうしたものか…。
従者 …王様。
王様 なんだ、ライト。
従者 せっかくですから、この島を占領してしまってはいかがでしょうか。
王様 占領?
従者 ハイ。相手は老人二人です。王の中の王、リュウ王様の前にひれ伏させることなど朝飯前かと。
王様 だが…。
従者 一人は病弱、もう一人はただのカラ元気ですよ。なんなら私がこの剣で…。
従者、剣を抜く。
王様 待て待て。力で占領しても決して良いことはないぞ…。
従者 何をおっしゃいます、王様。今まで(剣を振りかざし)王様はこれで皆を黙らせてきたではありませんか。何を今さら。
王様 …そう、だったか?
従者 そうですよ。だから、今まで王位を守ってこられたんじゃありませんか。力で押さえ続けなければいつか足元をすくわれることになるんです。あの二人のように。
王様 そうなのか…。
従者 治めるとはそういうことなのです。
王様 では、敵も多かったろうな。
従者、うなずく。
王様 …恨みをかうことも…あったか?
従者、うなずく。
王様 そうか…。
従者 (西の王、東の王を見て)いかが致しますか。ご決断を。
間。考え込む王様。
王様 …やっぱりやめておこう。これ以上恨みをかいたくない。…それに、なんだかあの者たちを見ていると、哀れでな…。同じ王として人ごととは思えんのだよ…。
従者 …同じ王として。…そうですか。(間)よくわかりました。
従者、剣をおさめて下手へ去ろうとする。
王様 オイ。どこへ行く。
従者 (立ち止まり、王様を見て)イエ、別に。ただ、もう私は必要ないようですので、これで失礼しようかと…。
王様 バカを言うな。お前がいなくなったら、私は独りぼっちになるではないか。
従者 大丈夫。そこにお友達がいるじゃありませんか。
従者、西の王と東の王を指さす。
王様 友達?
あいつらが?
従者 ハイ。
王様 どういう意味だ?
従者 実を言うと、王様があの人たちと仲良くできるかどうか不安だったのです。
王様 仲良く?
従者 ハイ。王様はわがままな方ですから、心配で…。それでおそばについていたのですが…。でも、さきほどの言葉を聞いて安心しました。
王様 安心?
従者 ハイすごく安心しました。王様がここで仲良く暮らしていけるとわかって。
王様 暮らす?
従者 ハイ。暮らすのです。これからはずっと。
王様 あの者たちとか?
従者、うなずく。
王様 ちょっと待て、ライト!
突然、館内放送。
放送 二〇四号室の西尾さん、東尾さん。お薬の時間です。ステーション窓口までいらして下さい。二〇四号室の西尾さん、東尾さん。お薬の時間です。ステーション窓口までいらして下さい。
西の王、すっと立ち上がり。
西の王 アッ、時間だ。
東の王もすっと立ち上がり。
東の王 薬をもらわないと。
西の王 行こう行こう。
東の王 行こう行こう。
西の王と東の王、手を取り合って上手へ消える。
王様 なんなんだ。今のは。
従者 (口調が女性っぽく変わって)アナウンス。
王様 アナ…?
従者 館内放送っていうか、そういうの。
王様 …ライト、お前何を言っている?
従者 わからないの?
間。
王様 あの者たちはどこへ行った。薬とはなんだ。
従者 だからステーションの窓口だよ。高血圧とか糖尿病とかそういう薬を飲んでるんじゃないの。たぶん。
王様 やつらは病気なのか?
従者 うん。いろいろと。
王様 かわいそうに。
従者 うん。そうだね…。(間)…じゃあね。
従者、下手へ去ろうとする。
王様 おい。どこへ行く。
間。
従者 ゴメンネ。
王様 どうした?
何を謝る?
従者 …ゴメン。おじいちゃん。
王様 おじいちゃん?
従者 もう行かなくっちゃ…。
王様 どういうことだ。
従者 …だって、おじいちゃんが、王様になっちゃったから、それで、みんな困って…。
王様 王様になったから困る?
退位せよということか。
従者 違うよ。違う。そうじゃなくって、王様は普通の家にいられないから…。
王様 ちょっと待て、ライト。ひょっとして、私は海で遭難したのではなく、ここに連れてこられたのか?
従者、うなずく。
王様 なんてことだ。東の王と同じ、島流しにされたということか!
従者 島流しっていうか…。
王様 クソッ。誰だか知らんが、成敗してくれる!
ライト、その剣を貸せ!
王様、従者の剣を奪おうとする。
従者 ダメだってば、落ち着いて!
おじいちゃん、私をよく見て!
従者、剣を下手へ投げ捨て、サッとマントを脱ぐ。
従者、女性の姿に。
王様 …?
アッ。…ヒカリ。お前、ヒカリじゃないか。
従者 うん。そうだよ。ヒカリだよ。わかる?
おじいちゃん。
王様 ヒカリ…お前、なんでここに?
従者 だから、お父さんとお母さんが相談して…おじいちゃんをここへ…。
王様 なぜだ。
従者 だっておじいちゃん…。
王様 なんだ。
従者 …ボケたし。
王様 ボケた?
従者、うなずく。
王様 ここはどこなんだ。
従者 小島ゆうゆう園。…施設。認知症の。
王様 ニンチショウ…か。(間)…そうか。
王様、耳をすます。
波の音。
王様 波の音が聞こえる…。
従者 うん。そうだよ。おじいちゃん、海が好きだったから、海のそばがいいんじゃないかって。
王様 そうか…。なるほど…。(間)なぁヒカリ…。
従者 何?
間。
王様 おじいちゃんの住んでいた家はどこなんだい。海の向こうなのかい?
従者 ううん。海の向こうじゃない。
王様 ここから遠いのかな?
従者 うん、まぁ…少し。
王様 そうか、少し遠いのか。じゃあ、一人じゃ帰れないかもしれない…。
従者 おじいちゃん、帰りたいの?
間。
王様、うなずく。
従者 帰りたいんだ。…そうだよね。(間)…わかった。私、もう一回お父さんとお母さんに話してみる。
王様 イヤ、無理ならいい。おじいちゃんが我慢すればいいことだから。
従者 そんな寂しいこと言わないで、おじいちゃん。おじいちゃんはやっぱり家にいるべきだよ。
王様 ヒカリ…。
従者 私が絶対なんとかするからね!
王様 ヒカリ。お前はなんていい子なんだ。覚えているかい。お前が小さい頃は、よくおじいちゃんが連れて歩いたもんなんだぞ。帰り道は、きまって抱っこしてな。そしたらヒカリ、おじいちゃんの腕の中でスースー寝てしまって…。それを起こさないようにそっと抱いて帰るんだが、そんな時にかぎって近所のおばさんに話しかけられたりしてね。おじいちゃんはヒカリが起きてしまわないかと心配で心配でしかたなかったよ。だから、なるべく人に会わないような道を選んで帰るようにしたものさ。…懐かしいなぁ。そんなこと、覚えてないだろうね、ヒカリは…。
上手より、西の王と東の王、戻ってくる。
ぶつぶつとしゃべり続ける王様。
西の王と東の王、少し離れたところで立ち止まり。
西の王 まだいるぞ。
東の王 追い出してやる!
西の王 待て待て。誰かと話をしているようだ。
王様、西の王と東の王に気づいて。
王様 アア、君ら、戻ってきたのか。実は、孫が来てくれて、それで、私をもう一度家に連れて帰ってくれるらしいんだ。
西の王 大丈夫か?
王様 大丈夫だとも。ヒカリは本当にいい子なんだ。
東の王 ヒカリって誰だ。
王様 だから孫だってば。私の孫。…ホラ、そこに。
王様、従者を指さす。
従者のいた場所、暗くなり、従者、下手へ消えていく。
西の王 誰もいないじゃないか。
東の王 アア、誰もいない。
王様 …そんな。オイ、ヒカリ!
ヒカリ! おじいちゃんを置いて、どこへ行くんだ!
王様、従者を追いかけようとして、つまずき、倒れる。
王様 待ってくれ、ヒカリ!
西の王 どうやら、ボケてるな。
東の王 アア、ボケてる。
西の王 ああはなりたくないな。
東の王 ああはなりたくない。
西の王 近いものはあるがな。アッハッハッ。
東の王 アア、近いものはある。アッハッハッ。
西の王 とにかく寝よう寝よう。
東の王 アア、寝よう寝よう。
舞台奥、ベッドが二つ浮かび上がる。
西の王と東の王、ベッドに入る。
王様、立ち上がり、じっと下手を見つめて。
王様 ヒカリが…。ヒカリが消えてしまった…。私はこれからどうしたらいいんだ…。
王様、とぼとぼと上手へ歩いていく。
ガヤガヤとした感じで上手から何人かの女性の声。
王様、立ち止まる。
声一 新しく入った大野さんが見あたりません。
声二 捜して!
あなた三階、あなたとあなたは外をお願い。私は念のため、ご家族に連絡してきますから。アッ、館内放送も入れといて!
声三 ハイ。
館内放送。
放送 三〇五号室の大野龍雄さん。大野龍雄さん。いらっしゃいましたら、一階、ステーション受付までお願いします。三〇五号室の大野龍雄さん。大野龍雄さん。いらっしゃいましたら、一階、ステーション受付までお願いします。
王様 …さてと。そろそろ行くとするか。
王様、再び上手へ歩きはじめる。
西の王、ベッドの中から、王様にむかって。
西の王 いったいどこへ行くんだ。
王様 (ちょっと笑って)それさえわかればな…。
東の王、ベッドの中から、王様にむかって。
東の王 孤独だな。
王様 (再びちょっと笑って)王とは孤独なものなのだ…。
王様、とぼとぼと上手へ消えていく。
残った二人、ベッドに横になる。
暗くなって、あとにはただ繰り返す波の音。(幕)