●4人 ●60分程度
●あらすじ
山奥にポッカリあいた竪穴(たてあな)の洞窟。そこで偶然出会った二人の女性。一人は自殺志願者、もう一人は観光客? 飛び込むのを止めているうちに、さらに二人がやってきて…。低いイスを半円状にいくつか並べたような簡単な舞台装置で上演可能…だと思います。
●キャスト
A
B
C
D
●台本(全文)
舞台中央、半円状に石が並べられている(客席の中ほどを円の中心とするような巨大な穴があいている感じ)。
上手よりA登場。中央までゆっくりとした足取りで進む。
石の上に上がって穴を覗きこみ、ひとつうなずく
やがて、靴を脱いでそろえ、ケータイをその上に。
もう一度穴の中を覗きこみ、目をつぶる。
下手よりBの声。
B ちょっと!
A、びくりとして下手を見る。
下手よりB登場。
B 何してんのよ。
A ……。
B まさか…飛び降りる気?
A、飛び込もうと身構える。
B 待ちなさいよ!
B、走り寄って、Aの手を引っぱる。
A 放して!
B やめなってば!
A 止めないで!
B 待って。ちょっと待って!
A お願い。死なせて!
B ダメダメダメダメ。絶対ダメ!
B、Aを強引に引っぱり、石の上からおろす。
A、泣き崩れて。
A …死なせて下さい。
B 死なせてって…。そんなこと言われて、ハイどうぞって言えるわけないでしょ…。
泣き続けるA。
B …困ったなぁ。…あのさぁ、何があったか知らないけどさぁ、こういうところで死ぬのってどうなのかなぁ…。(B、穴を覗きこみ)深っ…。(Aに)こんなところで死んだら誰も見つけてくんないよ。
A …かまいません。
B かまわないって言っても…。親とかさぁ…。
A、首を振って。
A …親なんかいません。いるけどいません。…だから、私なんか、そのほうがいいんです。
B そのほうがいいって…。そんな…。あなた、独りぼっちで死にたいの?
A、うなずく。
B それでこんな山奥まで?
A、うなずく。
B (穴を覗きこみ)確かに、ここに飛び込んだらそう簡単には見つからないと思うけどさぁ…。
A、うなずく。
B …アッ、そうだ。あなた誰にも知られずに死にたいんだよね。
A、うなずく。
B だったらさぁ、とりあえず中止にしようよ。ネッ。だって、ホラ、私、見ちゃったからさぁ、これじゃ誰にも知られずにってことになんないじゃん。ネッ。そうでしょ。
A ……。
B それにさぁ、はっきり言って、私だって困っちゃうんだよね…。だってさ、あなたがこの穴に飛び込むのを目撃しちゃったらさぁ、救急車とか警察とか呼ばなきゃなんないわけだけど、(ケータイを取り出し)見て。ホラここ。電波届かないからさぁ、山降りて、麓まで行って、みんなを連れて、またここまで戻ってきて…。とっても面倒じゃない。
A 面倒…。
B イヤイヤ、そういう意味じゃなくてさぁ。あなたのことが面倒なんじゃなくて…なんていうの、私にも私なりのスケジュールがあるわけで…。ネッ、ここは私を助けると思ってさぁ…。
A …お願いがあります。
B 何?
A 忘れて下さい。
B ハァ?
A 見ても忘れて下さい。…私がこの穴に飛び込んだこと。
B 忘れる? イヤイヤ、無理だって。目の前で人が飛び込むの見てさぁ、それをキレイさっぱり忘れられるわけないじゃん。無理無理。それは無理。
A お願いします。
B ダメだって。初対面だからわからないと思うけど、私、こういうの結構引きずるタイプなの。自分で言うのもなんだけど、メンタル面、ゲキヨワだからさぁ、飛び込むの見たら、絶対ショックで立ち直れないと思う。しかもそれを誰にも言えないわけでしょ。無理無理、キツすぎるよ。最低、不眠とかにはなるな…。で、もし、眠ったとしても、絶対うなされる…。アー考えただけでもブルーになってきた…。やっと眠ったと思ったら、金縛りとかになって、そしたらスーッと現れるんでしょ、あなた。それで私の上に乗っかってきてさぁ、私をこうやって押さえつけてさぁ、口元だけ笑いながら言うんだよ、「絶対秘密ですよ〜」とかって。
A 言いません。約束します。
B 言うよ。絶対言う。あんたはそういう人だ。アー耐えられない…。
A 信じて下さい。
B 信じられないよ。
A …そうですか。なら…。
A、飛び込もうとする。
B、Aを押さえて。
B コラやめろ! だからさぁ、私が見てる前でそういうことすんなっつーの。気持ち悪いなぁ。
A 気持ち悪いですか、私。
B イヤ、だ〜か〜らぁ〜、あんたがキモイとかキモクないとかそういうことはどうでもよくて…。
A …どうでもいいんだ。
B もう、なんて言ったらいいのよ。ねぇ、とにかく落ち着こうよ。ネッ。
A 私は落ち着いてます。
B 落ち着いてる人が死んだりするわけないでしょ!
A …わかってないな…。
B わかってないのはあなたよ。私が発見した時点で、人知れず死にたいっていうあなたの希望はかなえられなくなったわけだからさぁ、少なくとも今すぐここで飛び込むっていうのだけはやめるべきじゃないの。
A …わかりました。
B アッ、そう。わかってくれたんだ。アリガト。フー助かった…。
二人、しばし沈黙。
Bをじっと見つめるA。
B 何よ。
A ……。
B 何見てんのよ。
A ……。
B 何? 何か言いたいことがあるんなら、はっきり言ってよ。
A …行かないんですか。
B ハァ?
A …まだ行かないのかなって。
B 行く? さっさと帰れってこと?
A、うなずく。
B アッ、何、私がいなくなるのを待って、それから飛び込もうっていう作戦?
A、うなずいて。
A そうすれば迷惑かからないかなと思って…。
B あのさぁ、そんなこと言われたら、なおさら私、ここ離れられないじゃん。私がここを離れたら飛び込むわけでしょ。つまり、あなたが飛び込むスイッチを私が押すようなもんじゃない。…ったく。なんでそういうこと言うかなぁ…。
A はっきり言えって言うから…。
B ウウウウウ。最悪だ…。さっきも言ったけど、私、こういう状況に弱いっていうか、もう既に気持ち的には限界に近づいてるのね。…それはわかるよね。
A、小首をかしげる。
B (独り言)わかんねぇのかよ…。まぁいいや…。(気をとりなおして)とにかく、この穴はやめて。お願いだから。
A …でも。
B でも何。
A ここじゃないとダメなんです。
B ? なんで。なんでこの穴じゃなきゃいけないのよ。別に、ビルでも、どこかあっちの崖の上でもいいじゃない。
A …だって、ここが一番、黄泉の国に近いから。
B ヨミノクニ? 何それ。
A 死後の世界。
B あるのそんな世界?
A ハイ。
B ホントに?
A ハイ。あります。…私、少しでも早く黄泉の国に行きたくて、それでこの穴に決めたんです。
B …あのさぁ、それって宗教か何かなの? この穴が黄泉の国に一番近いとかっていうのは…。
A いえ。ネットです。
B ネット…。
A 「死んじゃいたい、黄泉の国、一番近い」で検索したら引っかかって…。
B ここが一番近いって?
A ハイ。…これ。
A、カバンから紙を取り出しBに渡す。
B、読む。
B 「…洞窟の利用法ひとつ提案しちゃいます。ちょっと過激だけど飛び込んだらきっと誰にも見つからないはず。なんたってこの洞窟は黄泉の国に続くほどの深さなんですよ。この世がイヤになって死んじゃいたい人集まれ! 黄泉の国に一番近い洞窟が待ってるよ!」(間)…こんなの…。こんなのイタズラだよ。ただのネットの記事じゃない…。
A でも書いてあった通りに来たら、本当にここに洞窟があったんです。
B それが黄泉の国に一番近いっていう証拠にはならないでしょ…。これ絶対イタズラだよ…。
A そんなことありません。(穴を覗きこんで)私、ここに立ってみてはっきりわかりました。この穴は黄泉の国に続いてるって。
A、フラフラッと穴に近づいていく。
B、Aの腕をひっぱり。
B コラコラ、うっとりすんなよ。…危ないなぁ。…ったく。勘弁してよ…。
上手よりC。ヘルメットにリュック姿。AとBには目もくれず、穴に近づき、下を覗きこんで。
C ここか。(地図を見て)うん、間違いない。よっしゃぁ!
C、リュックをおろし、洞窟探検のための用意をはじめる。
B あの…。
C (ようやくAとBに気づいて)アッ? 誰、あんたたち。
B アッ、いえ…。あの実は…。
C 何? さっさと言ってよ。見ての通り、私、今、準備で忙しいんだからさぁ。
B 忙しいって…何をするつもりですか?
C ケイビング。
B ケイビ? アア、警備会社の方? よかったぁ。実は今とっても困ったことになってまして…。
C 違うよ。
B エッ。
C 全然違う。
B 警備の方じゃないんですか。
C 見てわかんないかなぁ。この格好。
B よくわかんないけど…。(Aに)あなたわかる?
A さぁ…。
C ケイバーだよケイバー。
B 競馬?
C ちがーう。
A ゲイバー?
C 殺すぞお前。
B アッ、ダメ、ダメ。そういう刺激的な言葉は! (Aに)大丈夫だからね。この人、本気じゃないからね。わかるよね。(Cに)謝って下さい!
C …なんなの。わけわかんない。…とにかくさぁ、今からこの洞窟に降りてくんで、ちょっとそこどいてくんない。
B この洞窟に…降りる? ひょっとして洞窟探検とか?
C だから最初からそう言ってるじゃない。
B …ケイビングって洞窟探検のことだったんだ。
C そういうことなんでヨロシク。
C、準備を続ける。
B …あのさぁ。
C まだ何か?
B ひょっとして下まで行く気?
C もちろん。
B 危ないからやめたほうがいいんじゃないかな…。
C 冒険に危険はつきものだっつーの。
B いや…その…なんていうか…降りてる途中で…。…上から落ちてくる可能性だってないとは言えないし…。
C 落ちてくる? アア、石? 平気平気。そんなの気にしてたらケイビングなんてできないって。
B いや…石じゃなくて…。
C 水? 壁面から水が出てんの?
B ううん。石でも水でもなくて…。
C なんなの。もう、イライラするなぁ。はっきり言ってよ!
B (Aをチラッと見て)この子。
C ハァ? わけわかんない。
B だからね。この子があなたの上から落ちてくるかもしれないってこと。
C この子が? (Aに)何。あなたもこの穴を狙ってるの。
A、うなずく。
C チェッ。一番乗りだと思ってたのに先客がいたか…。けどさぁ、譲んないからね。私が先に降りる。いいよね。それで。
B 違うの。この子はケイバーさんじゃないの。
C ケイバーじゃない…。(Aをジロジロ見て)そういえば装備も何もないよね…。…じゃあ何?
B …飛び降り。
C 飛び…って。自殺?
B らしいよ。
C (Aに)マジ。
A、うなずく。
C あなたね、ふざけないでよね。この竪穴(たてあな)は、まだ誰も降りてない処女窟なのよ。そんな貴重な洞窟に飛び込もうっていうの!
C、Aの胸ぐらをつかみ揺する。
B やめなよ。やめなってば。
C (Bに)あんた、この子の友達?
B (首を振って)ううん。私はたまたま通りかかったから…。
C たまたま? あなた、たまたまここに来たの? こんな山奥に。
B アッ、いや…。たまたまっていうか…サイトシーイングよサイトシーイング。
C サイトシーイング? …まぁいいや、どーでも。…とにかく、この穴にあの子を飛び込ませないで。下まで行ったら死体が落ちてたなんてのは洒落になんないから。
C、再び準備を始める。
B (Cに)ちょっと。それだけ?
C それだけって他に何か?
B 冷たくない? この子自殺するかもしれないのに、私に全部押しつけて、自分はドークツ探検しようっていうの?
C 悪い?
B 悪いよ。当たり前でしょ。言っとくけどさぁ、私ひとりでこの子思いとどまらせることできるかどうかわかんないからね。私がふっと目をはなしたスキに飛び込んじゃったって知らないよ。そんでもってこの子があなたの上にドカーンとぶつかって、二人ともアレェ〜ってことになって、しかも、しかもよ、意外とよくあることなんだけど、この子だけが助かって、あなたは死ぬなんてことになったって、私の責任じゃないからね。ベー!
C ウワァ〜。何、その言い方。気分悪っ〜。
B 気分が悪いのはこっちのほうよ。自殺志願者の次はワガママ洞窟探検隊登場だなんて。まったくもう。
C ちょっと待ってよ。私は洞窟探検家だけど、洞窟探検隊じゃないからね。
B 何それ。そんなとこに引っかかんないでよ。私が言いたいのは…。
C 大違いよ。私はソロで、単独でこの洞窟に挑んでるわけで、だからこそ値打ちがあんの。大勢でやってきて、世間話しながら降りてくヤツらと一緒にしないでよね。
B 知らないけどさぁ…。
C 訂正して。
B 訂正って…。いいけど…。
C 早く。
B …気分が悪いのはこっちのほうよ。自殺志願者の次はワガママ洞窟探検家登場だなんて。
C それでよし。
C、うなずく。
B (独り言)…わけわかんないなぁ、この人も。
A、二人が会話している間に、一人離れて、再び穴のそばに立つ。
A、振り返って。
A …スミマセンでした。気分を悪くさせてしまったみたいで…。ご迷惑おかけしました…。
B、Aに気づいて。
B アー、ストーップ! 待ってってば。違うのよ。違うの。逆よ逆。あなたが自殺を思いとどまってくれさえすれば、それで全部解決することなんだからさぁ。
C アア、それは言えてる。(Aに)わかる? すべての元凶はあなたなのよ。
B (Aの肩を抱きつつ、Cを睨んで)怒るよ、ホントに。なんでそういう言い方しかできないのよ。人の命がかかってるんだよ。人ごとみたいな顔してないで、協力してよ。
C …わかったよ。もう、手間がかかるなぁ…。
C、ロープを取り出し、Aを縛りはじめる。
A やめて下さい…。
C うるさい! じっとしてろっつーの!
B …やめなよ。
C やめなーい。こうしておけば飛び込めないもーん。
B そんなことしても解決になんないじゃん。
C なるよ。一番確実じゃん。
C、気にせずAの体にロープを巻き付けていく。
B やっぱりおかしいって。
C おかしくないよ。おかしいのはこの子でしょ。
B でもイヤがってるじゃない。泣いてるし。
C (Aに)コラ。泣くな。助けてやってんだぞ。
A …ひどい。
B そうだよ。ひどいよ。
C バカバカバーカ。こっちだって、手間ひまかけてここまで来てんのよ。それを邪魔するこの子のほうがよっぽどひどいっつーの。(Aに)コラ。動くなってば!
B やめなよ。
C やめなーい。
B ダメだよ。
C ダメじゃない。
C、Aをグルグル巻きに。
B、さっとCのリュックを手に取って、穴のそばに駆け寄り。
B 待って! やめないとこうよ!
B、リュックを穴に投げ込むかまえ。
C アッ。何すんのよ。
B その子のロープをほどかないと、これ、穴に投げ捨てるよ!
C そんなことしたら、降りられないでしょ。
B イヤなら、今すぐロープをほどいて。
C ヤダよ。
B じゃあこうよ。
B、投げ込むそぶり。
C や、やめろってば。…わかったわよ。ほどけばいいんでしょ、ほどけば…。
C、Aのロープをしぶしぶほどく。
A (Bに)…ありがとうございます。
B 大丈夫?
A ハイ。
B (Cに)アッ、これ。
B、Cにリュックを投げる。C、大事そうにリュックを受け取り。
C …ったく。わけわかんないなぁ…。
B そっちでしょ。わけわかんないのは。
C …あのさぁ、あんたのやってること、ものすごく矛盾してんだけど。
B なんで?
C だって、自殺しようとしてる子のロープをほどくのって、フリーな状態で死ねるようにしてやってるのと同じことでしょ。さっきあの子が「ありがとうございます」って言ったのはさぁ、つまり、「自殺できるようにしてくれてありがとうございます」っていう意味なんじゃないの。
B (Aに)そうなの?
A ……。
C ホラ、否定しないじゃない。アーもう知らないからネー。これで、その子が自殺したら、あなた、自殺幇助だからね。
B …そんなぁ。私はただ…。(Aに)…まだ飛び込みたい?
A ……。
B 黄泉の国の話、まだ信じてるの?
A、うなずく。
B …参ったなぁ。…あの話はさぁ…。
C 黄泉って何のこと?
B 死後の世界。
C アア、それは知ってるけど…。それがどうかしたの。
B この子が言うにはね…黄泉の国に一番近いんだって、この穴が。
C へぇ…それで。
B だから、すこしでも早く黄泉の国に行くために、この穴を選んだってわけ。
C なんだそれ。…ていうか、あまりにも発想が暗くない。
B 暗いのは別にいいでしょ。(小声で)自殺しようとしてるんだから…。
C まぁ、そりゃそうだけどさぁ、そういうネガティブな思考回路、自分にはないからさぁ。どーも腑に落ちないのよね、そういう話聞かされても。ピンとこないっていうか…なんか弱虫の自己満足にしか思えないな…。
B (ちょっとムッとして)あのさぁ、別にこの子をかばうわけでも、自殺を肯定するわけでもないけどさぁ、誰だってネガティブになることくらいあるんじゃない。あなたにだって…。
C ないわね。全くない。ポジティブでなきゃ、冒険なんてできないもん。だってさ、こっちは身ひとつで大自然に挑んでるんだよ。一歩洞窟に入ったら、そこは危険と隣り合わせの世界なわけ。つまり、いつだって命がけでやってるの。わかる? だから、まかり間違っても自分から命を投げ出すなんてこと、絶対あり得ない。…人生だってそうじゃないのかなぁ。ポジティブであり続けるべきだと思うけどなぁ。
B …あなたの言うこと、わからないでもないけど…。世の中、あなたみたいな人ばっかりじゃないよ…。
C じゃあ、そうなれるように頑張れば。
B 頑張ってなれるもんなら苦労しないでしょ。あの子だって…。
C ねぇ、あなた、なんであの子の味方ばっかりするの?
B 敵とか味方とか、そんなんじゃなくてさ…。
C アア、同情か。
B 違うよ。
C わけわかんない…。まっ、いいや。これ以上弱虫さんたちとダラダラやっててもしかたないし…。さてと、準備準備…。(Aに)アッ、そうだ。黄泉の国の話だけどさぁ、この洞窟がホントに一番近いかどうか、私が見てきてあげるよ。それでいいでしょ。ネッ。…最後に、もう一度だけ念押ししとくけど、私が降りて、戻ってくるまで、絶対飛び込んじゃダメだからね。それは約束できるよね。
A、首を振る。
C (カッとしてAに詰め寄り)あんた、いい加減にしなさいよ! なんでなの。理由を言いなさい、理由を!
A …この穴を…汚さないで下さい。
C バカバカバカ! 汚そうとしてんのはそっちのほうでしょ。いい。よく聞いて。素人にはわかんないでしょうけど、こういう穴は滅多にないの。大抵は観光洞にされてたりとか、管理地内にあって、ケイビングするにもいちいち面倒な許可がいるのよ。だからホントに貴重なの。こんなふうに誰にも知られずに、手つかずのままポッカリあいてる洞窟は。そして今、私は、ここに立ってる。この竪穴に最初に挑めるチャンスを得ているの。このチャンスは絶対逃せない。絶対誰にも邪魔されたくないの!
B (AとCの間に割って入って、Cに)ちょっと、落ち着いてよ。ねぇ、ちょっとってば!
もみあう三人。
下手より、D登場。三人を見て。
D 誰、あなたたち。
B、Dのほうを見て。
B あっ、あの…。
D 何?
B 地元の方ですか。
D 地元? …そうよ。地元よ。悪い?
B アッ、いえ、そういう意味じゃなくて…。あの、ちょっと困ってるんです。助けて頂けませんか…。
D 助ける? …いいわよ。地方公務員法ならびに山森市職員服務規程に規定された範囲内のことであればなんなりとどうぞ。
B …山森市職員服務規程?
C あなた、ひょっとして公務員?
D そうだけど。
C でも、ここって確か山森市の隣の小橋村じゃ…。
D 合併したのよ。先月。
C なるほど…。
D (Cの服装を見て)あなたケイバー?
C そうよ。
D ここでケイビングをする気?
C そうよ。
D (ちょっと笑って)あいにくだけど、新市の条例では、ここは入洞不可になってるの。そういうことなんで、悪いけど帰ってくれるかな。
C エッ、ウソ…。
D ウソじゃないわ。正式な手続を経て、新山森市議会が決めたことよ。
C …そんな。
B (Cの肩に手をかけ)気の毒だとは思うけどさぁ、仕方ないよ。市が決めたことなんだから。…それよりさぁ、これで私の味方してくれるよね。もう探検できないんだから…。
C (Bの手を振り払い)うるさいわね。黙ってて。(Dに)証拠はあるの、証拠は。ここが入洞不可になったっていう証拠。それがないと納得できないんだけど。
D いいわよ。(カバンから書類を取り出し)ハイ、これ。
C (書類を受け取り)…一般廃棄物処理にかかる既存施設の統合並びに有効利用に関する条例…。何これ。
D だから条例だってば。
C …これが、この穴とどう関係あるの?
D 一般廃棄物…つまり家庭ゴミの処理方法が、今回の合併で一元化されたことに伴い、旧小橋村としても、応分の負担をすることになったわけ。
C …それで。
D つまり、ゴミ処理は旧山森市のクリーンセンターで一括して行うことになるわけだけど、旧小橋村もそれなりに協力してほしいってことになって、結局…クリーンセンターから出たゴミの燃えかすを…この穴に捨てることになったってこと。つまり、この穴はゴミ捨て場にされるのよ。
A …ゴミ。
B あっ、違うからね。あなたのことをゴミだって言ってるわけじゃないからね。誤解しないでね。
C ちょっと待ってよ。どうしてこんな貴重な洞窟をゴミ箱がわりにするわけ。ますます納得いかないんだけど。
D 何度も言わせないでよ。新市の議会が決めたことなんだってば。
C 議会って…。でも、どう考えたっておかしいでしょ。
D わざわざ穴を掘ってゴミを捨てるより、初めからあいてる穴に捨てるほうが能率的だという判断だと思うけど。
C イヤイヤ。絶対おかしい。絶対おかしいよ。
D 失礼だけど、あなた、市内の方?
C、首を振る。
D そう。だったら、これ以上のクレームはやめてもらえるかな。市外の住民からの苦情にまでいちいち対応する義務はないから。
C …。
D さっ、わかったら、三人ともそこを離れてちょうだい。
B …あの、ちょっといい。
D 市内の方?
B あっ、違うけど…。
D 何?
B 私、確かにここの市民じゃないし、ゴミ問題とかもよくわからないけど、こういう自然はできるだけ守っていったほうがいいと思うの…。
D あなた、環境保護団体の関係者?
B …違うけど。
D じゃあ何?
B 何って…。観光客かな…。
D 観光客? フーン…(Bをジロジロ見て)観光客ねぇ〜。
B とにかく、こういう洞窟はこのままそっとしておいたほうが…。
D そっと?
B うん。そっとしておくの。このままずっと。
D なんで?
B だって、いい感じだもん。ここ。…こういう場所が必要なんじゃない。癒しのスポットっていうか…。ひっそりとした山奥に人知れずある洞窟…。
D そんなのきれいごとよ。
B そうかなぁ。
D あなたたちは、この村…いえ、山森市の人間じゃないから、フラフラッと遊びにきて、自然は守るべきだとか癒しのスポットだとか、きれいごと並べるけど、ここに住んでる人間から言わせれば、ちゃんちゃらおかしいわよ。何がひっそりとした山奥よ。悪かったわね、山奥で。どうせ人知れずある洞窟なら、ゴミ捨て場にして、有効利用したほうがよっぽどましでしょ。違う?
B …それはそうかもしれないけど…。
C あのさぁ、だったら、観光洞にすればいいじゃん。これだけ立派な洞窟なんだしさ。バンバン広告して、たくさん人が来るようになったら、地域経済の活性化にもなるし、市の財源にもなるでしょ。そうすれば万事丸くおさまるじゃない。もったいないよ。
D アーア。
C 何よ。アーアって。
D アーアはアーアよ。地域経済の活性化? 観光洞? そんなことくらいとっくの昔に考えてるわよ。それができないから困ってんじゃない。せめてこの洞窟が横穴なら観光洞っていう目もあるけど、竪穴は無理。人、集められないもの。それに、ここは、ケータイの電波も届かないようなところなのよ。そんな僻地に年間最低一万人の観光客を呼び込むためには、どうしたって、交通手段が必要なの。それがない以上、無理よ無理。
C でも、ここをゴミ捨て場にするとしたって、道路が必要になるわけでしょ。同じことじゃない。
D …わかったようなこと言うじゃない。確かにゴミ捨て場にするにも道路は必要よ。…今日ここに私が来たのも、そのための最終確認だし…。でもそれは林道を少しのばして、車一台が通れる程度のものを作るっていう計画。観光バスが対面通行出来る舗装道路を麓から整備するのとは全然ケタが違うわけ。そんなお金かけて人を集めるより、ゴミ捨て場にしてしまえばいい、それが市議会の決定なの。(間)ねぇ、もう、いいでしょ!
B でも、わざわざここに運んできて捨てなくても…。
D とにかく埋めろっていうお達しなの。
B お達し?
D 危ないから埋めろってこと。
B よくわかんないよ…。
D 危険防止よ。危険防止。山に迷い込んだ人が、この穴に落ちたらどうするんだっていう意見が出て、…まぁ落ちるようなバカ知ったことじゃないんだけど…市としての危機管理体制がどうのこうのっていう話になって…。ゴミで埋めれば一石二鳥じゃないかってことで…結局こういうことになったわけ。
A、シクシク泣き出す。
D (Aを見て)何よ、この人。
B あの、実は…。
A …ウウウ。入り口がふさがってしまいます。
D 入り口? なんの?
A 黄泉の国の入り口がふさがってしまいます…。
D 黄泉の…国? (Bに)この人、何言ってんの?
B あの…、この子…。実はこの子、この穴に…。
D 穴に?
B 飛び込むつもりだったんです。
A ウウウウウ…。
D (Aの様子を見て)飛び込み…。自殺?
B、うなずく。
D …自殺か。困るのよね。そういうの。(Aに)悪いけど他を当たってちょうだい。ここは入洞不可なの。
A (首を横に振って)ウウウウウ…。
B (Dに)…あの。自殺する人に条例とかあんまり関係ないっていうか…。入洞不可とか言っても説得力ないような気がするけど…。
D そっか。…しまったなぁ…。飛び込み禁止の立て札立てとくべきだったな…。
B …それも、あんまり効き目ないと思うけど…。
D でもさぁ、困るのよ。マジで。道路の工事は三日後なの。だから、私は、今日中に現場確認をして…(カメラを出して)つまり、これでパチパチッと洞窟の写真を撮って、市役所に戻って、書類を作って、明日中に提出しなくちゃならないの。…そういうわけで、時間に追われてる私としては、ここに飛び込まれると大変イタイんだよね。時間をロスするっていうか…。それにさ、個人的にはどうでもいいけど、市職員的には、目の前で自殺されるのって、愉快じゃないな…。わかるでしょ。
A (首を横に振って)ウウウウウ…。
D (Aにつめより)あんたもわかんない人だね。そんなに人に迷惑かけるのが楽しい? ねぇ、答えなさいよ!
D、Aの胸ぐらをつかみ揺する。
B アッ、やめて下さい。やめてってば! (Cを指さし)あなたも、(Dを指さし)あなたも、わがまますぎるよ!
C・D わがままなのはあいつだろ。
CとD、うなずいて握手。
B ……。
C (ちょっと打ち解けた感じでDに)あのさぁ、今聞いてて思ったんだけど、工事は三日後なんだよね。
D そうよ。
C じゃあさぁ、ものは相談なんだけど…。確かに、自殺とかで、現場検証とかすると、予定が狂うけど、人がひとり、なにげに底まで行って戻ってくるくらいは、大目に見てくれないかな。迷惑かかんないんだしさ。…アッ、イヤイヤ、入洞不可っていうのはわかってるよ。だからさぁ、さっき言ってたじゃない。現場確認の写真撮るとかって…。それを民間ボランティアの私が代行するって形でどう? もちろんタダで。
D 考えたわね。
C どうしてもトライしたいの。ネッ、お願い。
D (ちょっと考えて)…ダメね。認められない。
C どうしてよ。
D あなたが無事に戻ってくるっていう保証がどこにあるのよ。もし、上がってこなかったら、遭難じゃない。そしたらやっぱり救助隊呼んで、警察呼んで…。アー面倒だ。ダメダメ。
C 絶対戻ってくるよ。
D それはあなたの希望的観測でしょ。百パーセントじゃない。
C 百パーセントよ。
D 百パーセント成功する冒険なんてない。もし百パーセントなら、それは冒険じゃない。…でしょ。
C …じゃあ、どうすればいいのよ。
D あきらめればいいのよ。…簡単なことじゃない。
C …それは出来ない。それは絶対イヤ。ここであきらめるくらいなら来なかったほうがいいもん。
D しつこいなぁ…。とにかく、写真なんて、適当にここから撮っとけばそれでいいの。底まで行く必要なんかないんです。
C わかった。じゃあ、私も譲歩する。
D 譲歩?
C うん。探検もダメ、現場確認も必要ないんなら、人命救助ってことにする。
D 人命救助? 何それ。
C (Aに)飛び込みたいなら飛び込みなよ。
B 何言ってんの!
C そしたら、私が底まで行って、引き上げてやるからさぁ。
B 滅茶苦茶じゃん。
C 滅茶苦茶じゃないよ。人として当然の行為じゃない。目の前で人が飛び込む。ケータイも届かない山奥で、すぐには救助隊も来ない。ケイビングの技術があるのは私だけ。…私が行くしかないでしょ。(Dに)どう?
B (Dに)そんなのあり得ないよね。
D あり得なくはないな…。その場合は緊急避難的行為だから、条例違反には当たらない。…まぁ法的には問題ないでしょうね…。
C だよね。よしよし。
B だよねじゃないよ。(Aに)本気にしないでね。
C さてと、私は、万一のときに備えて、救助の用意をしておこうかな。
B あなた、さっき、私に自殺幇助だって言ったけど、あなたのほうこそ自殺幇助じゃない。
D 自殺幇助とまでは言えないでしょうね。
B (Dに)あなた、市の職員でしょ!
D 行政は、そこまで介入しないの。
B ヒドイ。みんなでこの子を自殺させたいの!
D 勘違いしないでよ。私は、そういうことがあったとしたら法的には問題ないと言ってるだけ。(Cを指さし)あの人の言ってることに賛成か反対かと言えば、反対よ、反対。面倒なことにはすべて反対!
C (Aに)あなたはどうなの?
A …あの。
C 何? 怖じ気づいた?
A …イエ。もしどうしてもっておっしゃるのでしたら…。あの、ひとつお願いがあるんですけど…。
C お願い?
A 私が黄泉の国に行くまではそっとしておいて下さい。
C えっと…それって、何分くらいなの?
A わかりません。着いたら連絡します。
C あの、もしもし。どうやって連絡するわけ。なんなら私のケータイの番号教えてもいいけどさぁ…。
D ここ圏外。
C (Dを睨んで)わかってるわよ。冗談よ冗談。
A (Cに)来年の春になって、ここに、…今、私の立ってる場所にスミレの花が咲いたら、私は黄泉の国に着いたと思って下さい。
C アア、ナルホド。来年の春になったら、そこにスミレの花が咲くんだ、ナルホドねぇ〜。(間)あんた、私のことバカにしてるんでしょ!
A …いいえ、そんな…。私はただ、そっとしておいてほしいだけで…。
D (Cに)残念でした。
C アーうざったい! もういい。もういいよ! もう誰がなんと言っても私は行くからね。じゃ、そういうことで。
C、道具をもって、穴に降りようとする。
B (Dに)止めて。止めてよ。
D もう止めたでしょ。それでも行くのなら、勝手にすればいい。そのかわり遭難しても私は知らないからね!
C フン! 誰が役人の世話になんかなるもんですか。
D じゃあ、さっさと行けば。(Aに)アッそれからあなた。あなたもよ。私は止めたからね。それでも死にたいなら、死ねば。
A ウウウウウ…。
C (Aに)私の上から、飛び込んだら、殺す!
A スミレの花が咲くまで待って下さい!
C スミレなんか咲くか、バーカ!
D そうね。そこは道路になるから、咲くのは難しいかも。
A ウウウウウ…。
B わけわかんない。みんな冷静になってよ。(Cを見て)あっ、ダメ(Cにしがみつき)やめて。降りちゃダメ!
C ワッ、やめてよ。危ないでしょ!
B とにかくダメ!
C 放せ。放して!
BとC、放す放さないでもみあい、やがてC、あきらめて。
C ハァハァハァ…。あのさぁ…。
B ハァハァ…。何?
C あなた観光客のくせに、どうしてここまで邪魔をするの。ちょっと異常よ。何か私に恨みでもあるの?
B 恨みなんかないけど…。
C じゃあどうして!
B 私は…私は…この洞窟が黄泉の国に続いてるとは思わないけど…、でも、何かこの洞窟には神聖なものを感じるの…。だから人間が踏み込んだり、飛び込んだり、ゴミを捨てたり…そういうこと、しちゃいけない気がして…。
D ロマンチックぅ〜。
C メルヘン〜。
B ちゃかさないで!
C だって、神聖とかいってもさぁ、古墳とかだって発掘調査するわけでしょ。確かに古墳にゴミ捨てるのはどうかと思うけど…。…だから、洞窟に入るくらいはいいじゃない。調査だよ、調査。…ゴミ問題については、別途行政の方と話し合ってよ。私はその間に下まで行ってくるから。
C、再び降りようとする。
B、慌てて。
B あーダメダメダメ!
C だから調査だっつーの。
B 調査しちゃだめ!
C 理由がわかりませーん。
B ダメなものはダメなの!
C ちょっと底まで行って見てくるだけだって。
B ダメダメダメ。見ちゃダメなの!
間。
C 見ちゃ?
D ダメ?
C どういうこと? 底に何かあるわけ?
D あなた、ただの観光客じゃないでしょ。大体、こんなとこに観光客が来るわけないし。
B エッ…いや…それは…。
C まっいいや。言いたくないなら黙ってて。じゃ、そういうことで。
C、再び降りようとする。
B、慌てて。
B あーダメだってば! やっぱりダメ!
C うるさいなぁもう。気持ち集中させてるんだからさぁ…。
D よくいるのよ。こういう反対しかしない輩。バカみたい。
B …そんなんじゃないよ。そんなんじゃ…。
D だから、何。
C 何があんの。この穴の底に。
B ……思い出。
D 思い出? 何、それ。
C 昔、この穴に住んでたとか?
D それはないでしょ。コウモリじゃあるまいし。(Bに)…もう少し、わかるように言ってくれる?
B …捨てたの。思い出を。
D この穴に?
B、うなずく。
C 思い出を捨てたって、なんの?
B なんのって…。思い出は思い出だよ…。
D ああ、フラれたんだ。
B フラれたっていうか…。
C じゃあフッたの?
B フッてはいないけど…。とにかく、この穴に彼との思い出を封印したの。だから、この穴はそっとしておいてほしい…。
C なるほどねぇ…。
D で、何を捨てたの? 手紙?
B …それは…手紙とか…写真とか…。
D ほかには?
B …誕生日にもらったバッグとか、日記帳とか、ケータイとか、二人でディズニーランド行ったときに買ったプーさんのぬいぐるみとか…。あと、それから…。
C 捨てすぎだよ、あんた。
D そこまでやったら、一種の不法投棄よ。
B …でも、全部捨てたくて。
C それにしてもさぁ…。
A …私、わかります。その気持ち。
B あっ、でも、私は私を捨てたんじゃないから…。私が捨てたのは、私の思い出であって、私自身じゃないからね。そこを誤解しないでね。
A ……。
C わかったわかった。とにかく、見られたくないから執拗に反対してたわけね。じゃあ約束する。底に降りていって、あなたの日記帳とか見つけても絶対見ない。ネッ、それでいいんでしょ。
B でも、見るでしょ。絶対見るよ…。
C 見ないってば。
B ウソ。
C ウソじゃないよ。
B …ニヤニヤしてる。
C してないよ。こんな顔なんだってば。
A さっきはもっと恐かった。
C いいかげんにしてよ。目隠しでもして降りてけばいいわけ。
A あの…。
B 何?
A 私も見ませんから。
B どういうこと?
A もし黄泉の国に行く途中で日記帳を見つけたとしても、私、絶対見ませんから。
B アッ、いや、…その…。…これ言うと、私の話もしなきゃいけなくなるんで今まで黙ってたんだけどね…。つまり、その…黄泉の国のことなんだけど…。それって、私、ウソだと思う。
A ウソじゃありません!
B いや…でも、さっきネットで見たって言ってたでしょ…。
A ハイ。
B あれ、もう一回見せてくれる。
A どうぞ。
A、プリントをBに渡す。
B うん、間違いない…。
B、自分のカバンから、プリントを取り出し。
B ホラ、これ。私がネットで見た記事なんだけど。
A (二枚のプリントを見て)アッ。
B 同じでしょ。これ同じ掲示板だよ。掲示板のタイトル一緒だもん。
A …エエ。
B でもね。私のプリントしたところは…(自分のプリントを読む)「…恋の悩みが一発解消! 失恋しちゃったそこのあなた。この洞窟に思い出の品を捨てたら気分一新。すぐに新しい恋が芽生えるはず。さっ、ぐずぐずしないで。彼との思い出を即封印。いい恋して、いい女になろ!」ってな感じなわけ。
A …でも、どうして…。
B 「失恋、封印、いい女」で検索したら引っかかったの。…つまり、この掲示板は、洞窟に関する根も葉もないいろんなことを適当に書いてるだけのインチキ掲示板だってことよ。
A …そんな。
B …ったく。こんなイタズラひどすぎるよね。
D …ちょっと見せてくれる。
D、Bからプリントを受け取る。
間。
D ああ、やっぱり…。
B 知ってるの?
D …知ってるわよ。よーく知ってる。だってこの掲示板作ったの私だもん。
B まさか…。
D 本当よ。
B なんでこんなことするの! あなたのせいでこの子、死んでたかもしんないんだよ!
D (気にせずAのプリントを読む)「…洞窟の利用法ひとつ提案しちゃいます。ちょっと過激だけど飛び込んだらきっと誰にも見つからないはず。なんたってこの洞窟は黄泉の国に続くほどの深さなんですよ。この世がイヤになって死んじゃいたい人集まれ! 黄泉の国に一番近い洞窟が待ってるよ!」…なるほどね。自殺の名所に失恋を癒す名所か…フフフ。
B 何がおかしいのよ。
D アッ、ごめん。なんかバカらしくなっちゃって。…自分のやってたことが。
B ちゃんと説明してくれる。
D …私ね、村の役場にいたとき、観光課だったのよ。でね、この洞窟なんとかできないかと思って、自分でブログを立ち上げたわけ…。洞窟の「洞」に「なのよ」で「洞なのよ」っていうブログ…。
C …「ドウナノヨ」。
D それでね、この洞窟の活用法とか、保存法についての個人的な意見を書いてたんだけど…。ちょっと遊びっていうか、見に来てくれた人とのコミュニケーションの場として、掲示板を作ったの。(プリントを手に)それがこれ。ブログのほうには書き込みの仕方、書いといたんだけど…。これは「もしもこんな洞窟だったらいいのに」っていう、みんなからのウソの記事を集めたもので…。
B (Dに近づき、プリントを指さし)でも、掲示板のタイトルまで「洞なのよ」ってすることないでしょ…。紛らわしすぎるよ。
D 掲示板のタイトルは、ホラナノヨって読むの。洞窟の「洞」に「なのよ」で、ホラナノヨ。
B …「ホラ…ナノヨ」。
D うん。(ため息をついて)…以上、説明終わり。(間)掲示板が残っちゃってあなたたちに迷惑かけたことは謝るわ。…ゴメンナサイ。
B …でも、どうしてなの? そこまでして、この穴のこと考えてたあなたが、どうして、ゴミ捨て場になんかしようとするの…。
D いいでしょ。別に。
B よくないよ。
C 私も聞きたい。
D …合併よ、合併。小橋村は山森市に吸収されて、私は観光課から環境清掃部に異動…だからよ。
B 環境清掃部…。
D 早い話が、ゴミ処理係よ。ゴミ処理係。そしたらいきなり、この仕事だもん。…やってられないけど、やるしかないでしょ。だからブログは閉鎖。
B そっか…。…ねぇ一つ聞いていい? あなた、本当は今でもこの穴をゴミ捨て場にすることに反対なんじゃ…。
D …いいよ。もう。何をやっても無駄。もう止められやしない…。
B でも…。
D ダメなんだってば! 村だろうが市だろうが変わらない。女の私が言うことなんか…。ぺーぺーで、しかも女の私が言うことなんか、誰も聞いてくれないんだってば!
B …そんな…。
A …ウウウウウ…。
C (Dに)あのさぁ…。ちょっといいかな。
D 何?
C ひょっとしたら、これもそうなのかな…。
C、プリントを取り出し、Dに見せる。
D (プリントを手に取り)…「幻の洞窟ついに発見。今なら無許可でケイビング可能。。腕に自信のあるケイバーは今すぐチャレンジ。さぁ、一番乗りの栄冠はあなたのものだぁ〜!」…うん。間違いない。
C これって、「幻の洞窟、ケイビング、一番乗り」で検索したんだけど…、ひょっとして、この洞窟が処女窟だっていうのもウソだったりする?
D (うなずいて)悪いけど。…村の人間なら誰だって知ってる穴だしね…。昔の子供は遊び場にしてたって言うから…。
C 子供の遊び場? ウソ! …最悪だ。(ガックリとして)…洒落になんないよ。
B そんなに落ち込まなくても…。
C ほっといてよ。あなたに私の気持ちなんかわかんないよ。…こいつに一番乗りして、みんなを見返してやるって大ミエ切って出てきたのに…。これじゃ、逆効果だよ。…みんなの笑いものじゃん…。
B みんなって?
C みんなはみんなよ。女のくせにって思ってるみんなだよ! 私のこと一人ではなんにもできないって思ってるみんなだよ! アーもうおしまいだ…。
D そっか。それで一人で…。(間)…まっ、そういうことだからさ。悪かったわね、三人とも。(間)…さてと。写真撮って帰るか…。
D、けだるい感じで穴の写真を撮り始める。
B (Dに)…おもしろい?
D (写真を撮りながら)ハァ?
B 仕事。おもしろい?
D …別に。仕事なんてそんなもんでしょ。
B …おもしろくないのに続けていくんだ。
D (カメラをおさめて)いろいろあんのよ…。
C (うずくまって)どうしよう。さすがにちょっとネガティブになってきた…。
D (Cに)…頑張るしかないよ。
C 頑張る…か。キツイな…。(Aを見て)あのさぁ。
A ハイ。
C さっきはちょっと言い過ぎた。…ちょっとだけ、あんたの気持ちわかったかも。
A、お辞儀。
D (Cに)憂鬱よね。お互い。
C うん。重い。なんかすごく気が重い。…どうしよう。
D だから、頑張るしかないって。
C 頑張るっていってもさぁ…。頑張っても挽回できないよ、この状況…。アー、ダメだ。永久に笑いものにされる。…やっぱりあいつは一人じゃなんにもできないっていうレッテル貼られて、このさき生きていくんだ…。アア…。
D なんとかなるって…。生きてりゃそのうちいいことあるよ。
C イヤ。ないな。いいことなんか…。幸運なんてそうそう落ちてないし、私、それを拾える気がしない…。
D かなりへコんでるな…。
B (Cに)あのさぁ。
C 何? 過剰な励ましはノーサンキューだからね。
B いや、そういうんじゃなくて、ちょっとしたアドバイスなんだけど…。
C アドバイス?
B うん。…拾えないんなら、捨てちゃえば。
C 捨てる? 何を?
B わかんないけど、いらないものを。
C この穴に?
B うん。
C …捨てたってどうなるもんでもないでしょ。私、失恋したわけじゃないし…。
B そんなことないよ。ネットの記事はウソだったけどさぁ、この穴はそんなこと関係なしにすごいよ。
C そうかなぁ…。
間。
B …実は…私、前にもフラれたことあって…。そのときもすごくヘコんでね、持ってた写真とか燃やしたことあったんだけど…。
D うわっ…燃やしたんだ。
B 燃やしたらスッキリするかと思って…。でもね、燃えていく写真見てたら、なぜだかわかんないけど、怒りっていうか、なんかものすごく腹が立ってきて…気持ちに整理つかなかった。…燃えてなくなったはずなのに、心の中にへんな燃えかすが残ったみたいで…。…けど、この穴に捨てたら、なんかスッとしたんだ。不思議でしょ。捨てたんだけど消えてはいないっていうか…。忘れたいことだけど、忘れないで深く沈めておくぞ、っていうか…。そういう覚悟できた気がする。(間)捨てるって、うまく残しておくことなのかもしれないって。そんな気がした。だから捨ててみたら。この穴に、いらないものを。
C いらないものって言われても…。
B こだわってること、ない?
C それは…。それはあるかもしれないけど…。どうやって捨てるのよ…。
B わかんないけど、捨てるべきよ。
不意にA、スタスタと穴の近くに歩み寄る。
A 私、いきます!
B エッ。ちょ、ちょっと!
A、穴の中に向かって。
A (大声で)ワーッ!(こだまが返る)
D 何…。
A (大声で)ワーッ!(こだまが返る)
C どうしたの。
A (大声で)ワーッ!(こだまが返る)
B …。
A (ペコリとお辞儀)…おさわがせしました。
A、靴を履き、ケータイをしまう。
B 捨てたんだ…。
A、うなずく。
D 山奥だと思って…。おもしろいことするじゃない。
Dも穴に近づき。
D (大声で)ワーッ!(こだまが返る) ワーッ!(こだまが返る) ワーッ!(こだまが返る) バカヤロウ!(こだまが返る) ワーッ!(こだまが返る)
C バカヤロウか…。
Cも穴に近づき。
C (大声で)ワーッ!(こだまが返る) ワーッ!(こだまが返る) ワーッ!(こだまが返る) バカヤロウ!(こだまが返る) フザケンナ!(こだまが返る) ワーッ!(こだまが返る)
Bも穴に近づき、四人並んで。
四人で (大声で)ワーッ!(こだまが返る) ワーッ!(こだまが返る) ワーッ!(こだまが返る)
短い暗転。
////////////////////
四人並んで、穴のふちに座っている。
C なんか、ちょっとスッとした。
D うん。スッとした。
B けど…もったいないね。
D 何が?
B この穴。…いい穴だと思うんだけどな。
C (Dに)なんとかなんないの。
D 難しいんじゃない…。
B 署名とかは?
D 今からじゃ無理。
C 穴のまわりにバリケード作るとか。
D やめてよ。私、一応公務員なんだからさ。
B でも、なんとかしようよ。私たちが沈めた想い、ゴミで埋めてほしくないじゃん。
D …そうだけどさぁ。
B、C、D、うつむいて穴の底を見る。
A、ひとり、顔をあげている。
A (遠くを見て)アッ。
B 何?
A あそこ。
D どうしたの。
A 何かが飛んでます。
B …鳥だね。アッ…木にとまった。
C なんだアレ、やけにでかいな…。(双眼鏡を取り出し、しばらく覗いて)…ひょっとして、イヌワシ?
D まさか。
C (双眼鏡を覗きながら)いや、間違いない。イヌワシだ。…巣がある。
D ホント! 見せて! (双眼鏡を借りて覗き)ホントだ。間違いない。(覗きながら)…エッ、見て! ヒナがいる。ヒナだよ、あれ。信じられない!
興奮するCとD。
B (Cに)ねぇねぇ、何、イヌワシって。
C イヌとワシのあいのこ。
B へぇ〜、そうなんだぁ〜。…とかって、信じると思ってんの。
B、Cを睨む。
C、笑ってAを指さす。
A、しきりにうなずいている。
B、あきれ顔。
B (Dに)イヌワシって。そんなに珍しいの。
D 珍しすぎるわよ、イヌワシなんて。
B 少ないんだ。数。
D 数百羽じゃない。せいぜい。
B へぇ〜。
C 完全な保護鳥だよね。
D うん…。(双眼鏡から目を放し)保護…。そうよ。その手があるじゃない。確か、イヌワシの巣があるところで開発はできないはず…。少なくとも公共事業は行えないよ。
B ホントに。
D うん。
C …ということは。
D 工事、止められる。この穴、守れるよ!
B すごいじゃん!
C あるんだね、こんな幸運。
B 人生は捨てたもんじゃないってことだよ。
A、うなずく。
C (Dに)おめでとう。
D うん。ありがとう!
B、C、D、立ち上がり、抱き合って喜ぶ。
A、座ったまま、小さくバンザイ。
B、Aに気づき、手を引いて輪に入れる。
抱き合って喜ぶ四人。
D そうだ。写真撮っとかないと。
D、双眼鏡をCに返し、イヌワシの写真を撮り始める。
C、双眼鏡を覗いて。
C …ホントだ。ヒナがいる。
B エッ、見せて見せて。(双眼鏡を借りて)どこどこ。…アッ、ホントだ。かわいい!
C でもね。なかなか巣立ちまでいかないらしいよ。
B なんで。
C わかんないけど。
D 環境破壊とかじゃないの。たぶん。
B 大きくなるといいね。あのヒナ。
D …そうだね。
B それにしてもかわいいな…。
A、Bに顔を近づけ、双眼鏡を借りたそうな雰囲気。
A …あの。
B (Aに気づいて)アッ、見る?
A、うなずく。B、Aに双眼鏡を渡す。
A、双眼鏡を覗いて。
A …あれは、…世話をしているのは母親でしょうか。
C さぁね。イヌワシは一生つがいで生きて、子育ても二羽でするらしいから…。
A そうですか。一生二羽で…。…かっこいいな。イヌワシって。
間。
C あっ、飛んだ。
A、双眼鏡から目をはなす。
A、小さな声で。
A ガンバレ…。
四人、イヌワシの飛んでいくほうを目で追う。
全員、顔をあげ、遠くを見るような目になって。(幕)